ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十五話

 「うわっ、なんだこれ」
 扉をぶち破って房に乱入した看守が目を剥く。
 無理もない、房の床は一面惨状を呈していた。斜めに亀裂が入った鏡の破片が無数に撒かれた床には蛇口から迸った水があふれてさながら洪水のような有り様だった。大股に水たまりをはね散らかしながら接近した看守がびしょぬれの僕を見下ろしてぐいと肘を掴む。
 「手間かけさせんなよ、だれがこれ片付けると思ってんだよ」
 肘を掴んで強引に立たせる。情けない話、肘を支えられていなければ膝が笑ってしまって自力で起き上がることすらできなかった。
 現在房にいる看守はふたり。どうやら彼らふたりがかりでドアを破ったのだろう、錠に巻き付けた針金は無残にちぎれて床に弾けとんだ。荒々しく踏み込んできた看守に肘を引かれて立たされるが頭の中は混乱していた。なぜ手首を切れなかった?サムライの顔が浮かんで?馬鹿な。あの時決断して手首を切っていればこんなことにはならなかった。
 もう手遅れだ。
 「入るぜ」
 ゆるやかに顔を上げる。
 看守に断って入室した少年に目を凝らし既視感をおぼえる。どこかで見た顔だ。どこでだろう。
 「おいおいもう忘れちまったのか?つい二・三日前まで同じ班でよろしくやってただろうが」
 揶揄するような口調と薄笑いで思い出す。二ヶ月前、僕の腕に偶然の事故を装ってシャベルをぶつけた少年だ。つい先日足をひっかけようとしたのも彼だ。どうやらよほど僕のことが気に入らないらしく同じ班に配属されてからというもの頻繁に嫌がらせを受けてきた。
 何故ここに居るんだ、という詰問が喉元まで出かけて飲み込む。何故?決まってるじゃないか。僕を買いに来たのだ。
 「思い出したみたいだな」
 「なんで、」
 声が詰まる。唾を飲み下し、声が震えないよう一語一句を強調して吐き出す。
 「きみは僕のことを嫌ってるはずだろう?だから性懲りもなく進歩のない嫌がらせをしてきたんだろう?なのに何故、」
 「ご挨拶だな。見ず知らずの赤の他人にヤられるより元同僚にヤられたほうがまだマシだろ」
 おどけたように肩を竦めて名前も知らない少年が笑う。名前……名前は何と言ったっけ?わからない。わかるのは東棟の人間だということだ、僕と、サムライとおなじ東棟の。床をひたした水たまりを軽快に跨いで歩み寄った少年が媚びるように左右の看守を見比べる。
 「ドア開けてくれてありがとうございます。で、早速っスけど出てってくれませんか?見られて興奮する趣味ないんで」
 おぞけをふるう提案に片方の看守は表情を変えず、片方の看守は下卑た笑みを浮かべた。すれちがいざまに少年の肩を叩いて看守が出て行き扉が閉まる。外側で錠の落ちる音がやけに重々しく房全体に響いた。
 密室にふたりきり。
 逃げ場はない。
 「そんなびびんなよ親殺し」
 壁を背にしてあとじさった僕へと無防備に歩み寄りながら少年が両手を挙げてみせる。五歩、四歩、三歩。次第に確実に縮まってゆく距離、耳朶をこする衣擦れの音。壁に背中をあずけてゆっくりと半周した僕につられて円を描きながら少年が笑う。
 欲望に火がついた、おぞましい笑顔。  
 「お前が売春班に配属されたって聞いて『やっぱり』って思ったよ」
 「やっぱり?」
 聞き捨てられない言葉に眉をひそめれば少年が図々しく間合いを詰めてくる。少年の接近を拒み、壁に背中を預けて緩慢に距離をとる。
 「忘れたのか?半年前のこと。タジマの息がかかった凱たち相手にはでにやらかしただろう」
 「!」
 「あれで目をつけられたんだよ、おまえ。だから売春班にまわされたんだ」
 「ロンもか?」
 「ロン?ああ、あの半半ね」
 頭が割れそうに痛いのは頭蓋骨の裏側でがんがん反響する荒い息遣いのせいだ。鐘を一斉に打ち鳴らすような心臓の鼓動が耳のすぐ裏側で聞こえて全身の血液が沸騰する。こんな奴に怯えるのはプライドが許さない、こんな奴に怯えて逃げ惑うのは僕らしくない。でも、どうすればいい?距離をとらなければ後退しなければ肌がふれてしまう、体と体が接触してしまう。
 それなれば終わりだ。
 体格で劣る僕がかなうわけがない。
 手も足も出ずに後退を余儀なくされた僕をなぶるように追い詰めながら少年がまくし立てる。
 「タジマは生意気な新人が好きなんだ、踏みつけても踏みつけても雑草みたいにしぶとく起き上がってくるやつがな。減らず口ばっか叩く生意気な囚人のケツ剥いてひんひん泣き叫ぶ声に酔いながら痛いのぶちこんでやるのが大好きなんだよ」
 饒舌にまくし立てていた少年の目が恍惚と狂気をおびる。無造作に歩を繰り出し一気に間合いを詰めてきた少年から後退しようとして背中に鈍い衝撃。
 洗面台だ。
 洗面台で尾てい骨を打った僕はいよいよ本格的に追い詰められたことを悟る。少年はすぐそこまで迫っている。三歩、二歩、一歩……
 「さて。はじめるか」
 後ろ手に洗面台の縁を掴み仰け反れば前傾姿勢をとった少年を仰ぐ格好になる。汗で手が滑って崩れ落ちそうになるのを膝を支えにして耐える。今目の前にいるのは二ヶ月前僕にシャベルをぶつけた男、なにかと僕を目の敵にして絡んできた男だ。
 よりにもよって、こんな男を相手にしなければいけないのか?
 「!あ、」
 洗面台の縁にかけていた右腕をぐいと掴まれて袖を剥かれる。外気にふれた右腕にひやりとした感覚。肘までめくりあげた右腕をまじまじと見下ろして少年が口惜しそうに唇をねじまげる。
 「俺がつけてやった痣、ねえな」
 「……当たり前だ、何ヶ月前の話をしてるんだ?人体の自然治癒力をみくびるなよ」
 つけてやっただ?あまりの言い草に反感がもたげてくる。思い出すのはイエローワークの強制労働中、穴を掘る作業に没頭していたらちょうど横にいた彼に砂をどかすふりでおもいきりシャベルをぶつけられたのだ。あの時の激痛は忘れようったって忘れらない、一時は骨折したかと危ぶむほど重たい衝撃だった。
 「じゃあ、またつけるか」
 洗面台に追い詰めるかたちで僕を押さえこんだ少年の目に愉快げな企みが宿る。発言の真偽を確かめる余裕など与えずに上着の裾にすべりこんできたのは手。
 「なっ、」
 手を振り切ろうと身動ぎしても無駄だ、裾にもぐりこんだ手が痛いほどに脇腹を揉みしだいて淫猥にうごめく。すさまじい生理的嫌悪で腰が萎えそうになる、逃げたくても逃げられない、背後は洗面台だ。無力に身悶えるしかない僕を覗きこんで歯を剥いた少年が意外な行動にでる。
 首筋を舐められた。
 「!!」
 声が出そうになった。
 奥歯を噛んで必死に声を殺す。僕の肩に抱きつく格好で首筋に顔をうずめ強弱をつけて吸う、唾液を捏ねる淫靡な音がすぐ耳元で響き猛烈な吐き気がこみあげてくる。首筋に軽く歯を立て舌で舐め唇で食む執拗な吸引力のキス。
 両手を突っ張って突き飛ばそうとしたがたやすく腕をつかまれ押さえこまれてしまう。手首を締め上げられてはそれ以上抵抗もできない、屈辱に歯噛みして耐えるしかない僕の首筋に顔を埋めたまま上着にもぐりこませた手を緩慢な動きで胸板に這わせる。発情した軟体動物めいた動きで胸板を這っていた手が鎖骨に達する。
 膝が砕けそうになる。拡散しかけた理性をかき集めて理路整然とした思考を紡ごうとするがだめだ、目を瞑って見ないようにするだけで精一杯だ。声がでないよう手で口をふさぎたいが手首を締められていてはそれさえできない、早く早く終わってくれ飽きてくれ解放してくれと一心に念じながらただひたすらに待つー……
 願いが通じた。 
 透明な糸を引いて唇がはなれ張り詰めていた体から力が抜ける。虚脱して崩れ落ちそうになった体を気力とプライドだけでなんとか支える。熱に潤んだ目で見下ろせば首筋が赤く染まっていた。
 「今度は隠せないだろう」
 「……っ、」
 唇を噛み締め、てのひらで首を隠す。羞恥と屈辱で顔が熱くなる。赤面した顔を覗き込まれるのを避けて俯けば上着に突っこまれた手が性急に動き出す、先刻とは違う貪欲な愛撫。跡になりそうなほど乱暴に肌を摩擦されて苦痛で顔が歪み吐息が上擦る。
 「痛くされるのが好きなのか」
 嘲弄の声に目を見開けば熱で歪んだ視界を占めた卑猥な笑顔。興奮に顔を上気させた少年が僕の反応をうかがいつつ手を加速させる。汗で不快に湿ったてのひらが体の裏も表もまさぐるおぞましさに全身鳥肌立つ、気持ち悪い、惠、めぐみ―……
 猛烈な吐き気と戦いながら僕に覆い被さって股間を固くしている少年を睨む。
 「調子、にのるな、よ」
 上着の裾をはだけて侵入した手が今やズボンの内側にまでもぐりこもうとしている。なす術なくそれを眺めながら途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
 「僕は貴様みたいな変質者じゃない、同性を性愛対象にするほど飢えてもなければ溜まってもいない。半年間同じ班にいたが君がタジマの同類だとは気付かなかったな、察するに自分より体格で劣った弱者をいじめ抜くことで性的興奮をおぼえる倒錯的嗜好の持ち主なんだろう?は、虫唾が走る、な。どうりで外の女性に相手にされないわけだ」
 「なんだと?」
 愛撫の手は止めずに少年が凄む。ズボンの内側に潜りこんだ手に手荒く太腿をしごかれ声がもれそうになるのを奥歯を噛みしめて殺す。
 「外の女性に相手にされないか、ら、刑務所で男なんか相手にするんだ、ろう。生憎、だな。貴様に恋愛感情はおろか好意を抱けない女性の気持ちはよくわ、かる。貴様のよう、に、容姿も言動も品性も人間性もすべてが平均以下の以下、そんな男に抱かれたら自分の価値まで貶めることになる。どうやら僕が思っていた以上に世の女性は賢明なようだ」
 下着と一緒にズボンを膝までひきずりおろされる。ズボンが膝に絡んで足がもつれた隙に体勢を入れ替えられ後ろ向きに固定される。洗面台に顔を突っこまれ強制的に前傾姿勢をとらされて鏡を見れば、背中に覆い被さった少年が憤怒の形相に変じていた。
 「処女にはやさしくしてやろうとおもったんだけどな」
 むきだしの内腿に勃起した股間を擦り付けられ喉がひきつる。亀裂が入った鏡の中で自分の顔が悲痛に歪む。背中に体重をかけてのしかかられて眼鏡の傾きを直すこともできない不自由な体勢を強いられることになり洗面台の縁を掴んだ腕がくじけそうになる。
 「ベッドに行きたいか?ダメだ。立ったままやるんだ。生意気な口きかなきゃベッドに運んでやったんだけどな」
 腕が辛い。間接が軋む。
 交尾に臨む雌犬のように屈辱的な体勢をとらされ視界が羞恥に歪む。いや、水面下から見上げた世界のように視界が朦朧と歪んでいるのは目に涙の膜が張ってるせいだろうか。哀しくて泣いてるわけじゃない、生理的嫌悪と肉体的な苦痛でかってに涙が滲んできたのだ。鏡に映る自分から目をそらせない、そらしたくてもそらせない。殆ど上着をはだけられて半裸の状態になった肌の至る所に浮かび上がるのは薄赤い痣。真っ先にとびこんできたのは首筋の斑点、襟刳りが緩んで露出した鎖骨の上にも点々と見受けられるそれは唇の吸引痕。
 顎先を指で掴まれて持ち上げられる。後頭部を仰け反らせたはずみに耳朶が何か、熱い粘膜に含まれる。
 「っあ、あ」 
 舌、だ。
 とろけそうに熱い口の粘膜が耳朶を食み、細切れの声がもれる。僕は不感症だからなにも感じない性的刺激など一切受け付けないはずだ、それは誓って真実なのに。口から出た声はまるで、まるで僕の声じゃないみたいだ。気持ち悪くてうめいてるのか鋭い性感に苛まれて喘いでるのか自分でもわからない、自分の耳朶がこんなに敏感にできてるなんて今の今まで知らなかった、いや、永遠に知りたくなかった。
 「不感症のくせに耳噛まれただけで感じるなんて変態だな」
 この、低脳を喜ばせるくらいなら。
 
 ダメか。
 もうダメなのか。

 体の奥底で燻っていたプライドの熾火が消えそうになる。今まで僕を支えていたプライドが床に叩き付けたパズルのピースのように崩壊してゆく。こんな姿惠には見せられないサムライには見せられない僕自身も見たくない、だれがこれから自分を犯そうとしてる相手の顔を見たいものか無力に犯されようとしている自分の姿を見たいものか。
 洗面台の縁に手をついて上体を支え、よわよわしくかすれた声をしぼりだす。今の僕に精一杯の声を。
 「…………、」
 「は?」
 「眼鏡を、外させてくれないか」
 洗面台にすがりつき、鏡に映った自分とその背後の相手を見ずにすむように顔を俯ける。眼鏡さえなければ情けない自分を見ずにすむ、おぞましい光景を網膜に焼き付けずにすむ。
 「なんでだよ」
 「面倒くせえ」といわんばかりの投げやりな口調で行為を続行しようとした相手に何かが切れる。何か。それはきっと僕を僕たらしめている核の部分、僕をこれまで支えてきた脆く強靭なプライドの要、今にも切れそうな理性を繋いでいた細い糸。
 それが、音をたてて切れた。
 「理由を聞きたいか?じゃあ話してやる」
 そうだ、話してやれ。ありのままを、包み隠さず。今僕の背中に覆い被さったズボンを脱ごうとしてる男に、醜悪な性器を露出しようとしてる男に。鏡の中の自分が歪な笑みを浮かべる。危うい均衡の上に成り立つ、崩壊寸前の笑顔。
 「きみの醜悪な容貌を見たくないからだ、容貌に負けず劣らず醜悪な性器を見たくないからだ。発情期の犬のように弛緩した口と垂れ下がった舌から滴る涎も脂下がった目も火照った顔も欲望剥き出しの下劣なオーラもすべて、そう、存在自体を見たくない。きみに要求するのはこれだけだ、迅速に速急に確実に今この瞬間に僕の視界から消えてくれ」

 僕は馬鹿だ。
 なぜ今この場で、この状況下で、こんなことを口にするんだ。
 こんなことを言ったらどうなるか、予想がつきそうなものじゃないか。

 「―っぐ、」
 顎が軋むほどに指に力をこめられ上向きに固定される。目の前の鏡には洗面台の縁にしがみついた僕の姿が鮮明に映っている。  
 「眼鏡は絶対に外すな。ヤられてる自分の顔ちゃんと見てろ」
 声を低めて恫喝される。内腿にすべりこんだ手が蛇腹めいた動きで徐徐に這い上ってゆく。緩慢に熱を追い上げる愛撫に先行するのは皮膚の下で多足の蟲が蠢いてるような不快感。鏡の中の顔が歪む、歪む――
 こんな姿惠には見せられないサムライには見せられないレイジにもロンにも―……ロン。そうだロン。不自由な体勢から顎を持ち上げて壁を仰ぐ。僕が発した声は通気口を通って隣に漏れ聞こえてしまう。
 嫌だ。
 絶対に嫌だ。
 たとえもうどうしようもなくても何もできなくてもその瞬間を待つしかなくてもプライドだけは最低限のプライドだけは守りたい。死守したい。プライドがなくなれば僕は僕でなくなる、鍵屋崎 直じゃなくなってしまう。ロンにみっともない声を聞かせるのはいやだ、こんなみっともない僕を知られるのはいやだ。
 だから、叫ぶ。通気口を見上げ、腹の底から。
 「耳朶閉!!」
 聞こえただろうか?信じるしかない、祈るしかない。彼ならきっとわかってくれるだろう、言う通りにしてくれるだろう。
 僕が人に何かを頼むなんて滅多にないことなのだから。
 僕の後頭部を押さえ込んでいた手が腰へと回される。鏡の中、洗面台の縁に手をついて苦しげに呼吸する僕の腰を掴んだ少年、その唇が動く。  
 『い』
 『く』
 『ぜ』
 目を閉じる。瞼裏の暗闇に浮かんだ惠の顔が急速に遠ざかり消滅する。行かないでくれ恵、おいてかないでくれ。闇に浮かんだサムライの顔が手が届かない彼方に遠ざかる。
 死に物狂いで叫びながら手を伸ばす、けっして届かない手を、握り返されることのない手を。
 頼む行かないでくれおいてかないでくれ見捨てないでくれ
 惠、サムラ、

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060212200638 | 編集
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