ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
痴漢を撃退する101の方法~中級編~

 『俺と一緒で語呂合わせみたいな名前だな』
 新人歓迎会のとき、あの人はそう言って笑ったのだ。


 「は~今日の先輩も犯したいくらい可愛かったなあ」
 初っ端から人として最低な発言失礼します。
 ホームの雑踏に埋もれ電車を待つあいだ携帯を操作してとっておきの一枚を呼び出す。
 カシャリ、軽快に表示されたのはぼくの宝物。超レアな一枚、先輩の寝顔。
 ふやけた口元からよだれをたらして眼鏡がずれてほっぺが潰れてすっごい間抜け。
 あー一日の疲れが癒されてく。幸せ。
 いつもの先輩はしゃきっとしてる。
 シャープでクールでいかにもデキる男って感じの先輩もそれはそれでイイけど、二人きりの時くらい気を抜いて欲しいというのはわがままかな。
 先輩はプライドが高い。
 自分にも人にも厳しく、弱みを見せるのを嫌う傾向にある。
 損な性格だなあと思う。要は甘え下手なのだ。
 ふたりっきりの時くらい甘えてくれたってばち当たらないのに…… 
 まあ、天敵の後輩に弱音吐くなんて自称デキる男のプライドが許さないか。
 大事に保存した先輩の寝顔を見てるうちにだらしなく顔がにやけてしまう。
 隣に並んだ見知らぬ中年サラリーマンが怪訝な顔でぼくをチラ見、液晶を覗きこんでぎょっとする。
 そりゃ驚くだろう、こいつ何にやけてんだって興味本位で覗きこんだら若い男の寝顔がドアップで表示されてるんだから。

 ぼくは変態です。
 悔い改めません。

 毎日が楽しくて楽しくて仕方ない、ことによると人生で今が一番充実してるかも。
 これぞ蜜月、幸福の絶頂。
 大学出て会社員になってからまだ一年ちょっとだけど、今が一番幸せかも。毎日会社に行くのが楽しくて仕方ない、先輩に早く会いたくて気がくるっちゃいそうだ。
 ぼくの好きな人の話をしよう。
 その人はすごく真面目で、ちょっとだけ不器用な二つ年上の先輩。
 名前は久住宏澄。
 眼光炯炯たる精悍な目つきにメタルフレームの眼鏡がよく似合う。
 大事なコレクションを眺めてしまりなくにやけつつ、ここ数ヶ月のあらましを回想する。
 入社以来ずっと久住先輩に憧れていた。
 かっこいい人だなあと尊敬していた。
 ぼくが自分の性的嗜好に気付いたのは中一の時で、以来好きになるのはずっと同性だった。
 つまりゲイ。
 世間にはまず偏見を被るだろうマイノリティの性癖を自覚しても悲観はしなかった。そのへん冷めてるというか、すごく割り切ってるのだ。
 もともと結婚にも家庭にも興味なかったし。
 ところで、ぼくが恋に落ちた先輩はノンケだった。
 ガチガチのノーマル、熱烈異性愛者。
 結婚を前提に付き合ってた彼女までいた。ふられちゃったけどね。
 異性愛者に対する同性愛者の片思いほど切ないものはない。
 片思いされるほうはまさか同性から好意を寄せられるなんて露にも思わず、ごくごく普通の友人か同僚としてあけっぴろげに接してくる。
 それがどんなに酷かわかってもらえるだろうか。
 飲み会で酔ったら平気でしなだれかかってくる、泥酔したら肩を貸してタクシーに乗せる、スーツはしどけなく着崩れてネクタイはよれて上気した首筋が目の前に……
 そんな美味しい状況でも理性を保たなきゃいけないなんて、辛い。
 まあ、先輩がぼくにしなだれかかってくるなんてまずありえないけど。

 ちょっと前、思い余って先輩を犯した。
 栄養ドリンクに睡眠薬を仕込むという禁じ手を使って意識を奪ってネクタイで後ろ手に縛って色々けしからん悪戯をした。強姦。証拠画像もばっちり掴んだ。
 先輩は逆らえない、会社にいたかったらぼくの言う事を聞くしかない。
 恥ずかしい写メをばらまくぞと脅して、言いなりにさせて。
 先輩が羞恥する顔ときたら傑作だ、屈辱に歪む顔がまたそそる。
 歪んだ愛情表現。
 アブノーマルな嗜好。
 どうしてこうなっちゃうんだろと思春期には深刻に悩んだものだけど、今は吹っ切れてる。
 ぼくがこうなってしまった原因は、カウンセラーにかかるまでもなくはっきりしてる。
 即ち、家庭の事情ってヤツ。
 「…………」
 ちょっとだけ憂鬱になる。
 世界で一番苦手な人の顔が、脳裏にぼんやり像を結ぶ。
 『自分がされていやなことは人にするな。常識だろう』
 「……ですよね、先輩。おっしゃるとおり」
 口元に微苦笑がちらつく。
 隣のサラリーマンがますます引く。
 先輩の言い分はいつも正しい、いつだって正論。
 けれども天邪鬼なぼくは、好きな人の泣き顔を見たいと猛烈に願ってしまう。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった悲惨な顔が見たいと固執してしまう。
 かっこいいとこだけじゃない、みっともないところかっこ悪いところ全部さらけ出してほしい、独占したい。
 先輩はまっすぐな人で、ぼくみたいな人種を毛嫌いしてる。
 同性愛者とか関係なくて、ぼくの犯す卑劣な行為そのものを唾棄し嫌悪し憎悪の対象とする。

 先輩の目を思い出す。
 眼鏡の奥から注ぐ苛烈なまなざし。
 さんざん犯され辱められても、けっして反骨の意志を失わない双眸。
 寄るな変態と罵られると背筋がぞくぞくするような快感が走る。

 普通に抱くだけじゃ物足りない。
 というか、先輩が大人しく抱かれてくれる事がまずないんだけど。

 「ぼくだって、たまには優しくしてあげようっておもうのに」
 憮然と口を尖らす。
 先輩はぼくを外道扱いするけど、好きでもない相手のために道を踏み外したくない。
 「…………」
 千里、と。
 あの人に呼ばれると。
 あの人の顔を見ると、声を聞くと、すぐに理性が飛んでしまう。
 ぼくに抱かれながら上げる余裕のない声が好きだ、嗚咽みたいで色気のない喘ぎ声はぞくぞくくる、手の甲を噛んで我慢する声なんて反則モノ、必死にしがみついてくる腕が愛おしくてたまらない。
 ぼくはサディスト、歪んだ性癖の持ち主。
 そしてしばしば手加減を忘れてしまう、気絶するまで追い詰めてしまう。
 ごめんなさいと胸の内でこっそり謝ってみたところで、行動に反映されなきゃ意味がないとわかっている。
 携帯をポケットにしまう。
 白線の内側に立ち尽くす。
 ホームのざわめきが急にふくれあがる。
 心が手に入らないなら体だけでも奪いたい、自分のものにしたい。
 愛情が高じた独占欲、執着。
 奪えば奪うほど飢えと渇きは激しくなる、心までは決して手に入らないと思い知らされ絶望する。

 絶望は渇望に繋がる。
 渇望は欲望を駆り立てる。
 手に入らないならいっそめちゃくちゃにしてしまいたい。

 脳裏に思い描く先輩の顔。
 きっちり固めた髪、ストイックで知的な顔立ち、ヒステリーな眉間の皺。
 険しい目つきのせいで高利貸しみたいと陰口叩かれるけど、男前な方だと思う。
 人にも自分にも厳しい、特にぼくに厳しい、女性にはすごく優しい無自覚フェミニスト。
 性差別反対、ゲイの人権も認めてほしい。
 「………はまっちゃったかな」
 先輩をはめるつもりだったのに、計算が狂う。
 アメと鞭を使い分けるように先輩と久住さんを使い分けて、倒錯した快楽の味を教えこんで、絶対服従の奴隷にしたてあげるつもりだったのに。
 そうすればぼくしか見なくなる、ぼくから離れられなくなる。
 心が手に入らないならせめて体だけでも繋ぎ止めたい。
 先輩はぼくを嫌ってる、暴力と脅迫で自分を蹂躙し束縛する強姦魔だと蔑み憎んでいる。
 今さら好きになってもらおうなんて、虫がよすぎる。

 こないだ先輩は会社を休んだ。
 先輩が体調を崩した原因は、ぼくだ。

 『お前が所構わず発情するせいで』

 ぼくが無茶させたせいで、先輩は熱を出した。
 酷いこと、沢山した。
 縛って嬲って辱めて写真を撮った。
 ローター突っ込んだまま会議でプレゼンさせた。
 先輩が熱を出したって聞いた時、ああ、ぼくのせいだと悔やんだ。
 ぼくが悪い。
 ぼくの独り善がりが先輩を不幸にする。
 その日は一日上の空で過ごした。
 先輩でいっぱいの頭とは裏腹に機械的に手を動かし最速で仕事を片した。
 先輩のマンションは安子さんに電話で聞いた。
 先輩がまだ未練たらたらな元カノを頼るのは少し癪、いやかなり癪だったけど背に腹は変えられない。
 ぼくを迎えた先輩は酷い顔で、胸が痛んだ。

 現実はうまくいかない。

 最前までの満ち足りた幸福感がしゅるしゅるとしぼみ、ため息が口をつく。
 最近躁鬱の差が激しい。
 情緒が不安定になってる。
 先輩が大好きで、だけど先輩はぼくが大嫌いで、わかっていても覚悟していても面と向かって「大嫌い」と言われるのはこたえる。そしてつい手加減を忘れてしまう。

 サディストでもたまには普通のセックスをしたい。
 普通の恋人同士のように正常位で愛し合いたい。
 好きな人に優しくしたい時だって、あるのだ。

 「説得力ないか」
 日ごろの行動がアレだし。
 先輩が聞いたらキレそう……というか「なに企んでんだ?」って引かれそう。
 自分の信頼のなさがちょっと哀しい。
 「ぼくの株、大暴落してるんだろうなあ」
 自業自得だけど。 
 好きな人が自分のことを好きになってくれる。
 簡単な条件に見えて、すごく難しい。
 先輩はまっすぐな人だから、ぼくみたいな卑劣な人間を好きになるなんて絶対有り得ない。
 諦観と絶望が胸を冷やす。
 やがてそれは虚無を生む。
 ホームのざわめきが大きくなる。ちょうど帰宅ラッシュの時間に重なってしまった。
 先輩は今、隣にいない。
 今日は別行動だ。
 「ぼくのマンションによりません?」「見たい映画あるから却下」……すげない。
 例の写メで脅して無理矢理連れこもうかと誘惑に心動いたけど、病み上がりに無茶させるのは自重した。
 今日は大人しく会社を出た。
 群れなして飲みに誘う同僚を「用があるから」とにこやかにあしらって、単身駅のホームに立つ。
 「…………ふう」
 週末、部屋に誘ってみようかな。
 リベンジで。何もしないと約束して。
 一緒に映画を観るだけでいい、隣にいてくれるだけでいいって、たまには下心抜きの本音を明かそう。信用してくれるかわからないけど。

 先輩は、ぼくが先輩を好きになったきっかけを知らない。
 ちゃんとあるんだ、理由が。

 『三番線に電車が参ります、お乗りの方は白線の内側にさがってお待ちください』
 アナウンスが流れ、ぼくが立つホームに疾風伴う電車がすべりこんでくる。
 注意に従い白線の内側にさがる。
 排気音ともにドアが開き、乗客がおりてくる。
 あらかた吐き出されるのを待って入れ違いに中へ、ドアの近くの定位置をおさえ吊り革を掴む。
 先輩、今頃どうしてるんだろう。
 まだ会社かな。
 頑張ってるかな。
 何の映画観るか聞いとけばよかった……ぼくの誘いを蹴る口実の可能性も否定できないけど。
 あとからあとから人がのりこんで人口密度が高まる。
 見知らぬ他人と密着するほどに混雑し、不快指数が飛躍的に上昇する。
 先輩の顔を思い描き、不快な時間をやり過ごす。
 衝動的にスーツを剥いでシャツを脱がしたくなるほどストイックで知的な顔だち、おもわずぐしゃぐしゃにかきまわしたくなるきっちり固めた髪……
 ドアが閉まる。
 電車が動き出す。断続的で鈍重な揺れが靴裏に伝わる。
 悶々と妄想が膨らむ。 
 ぼくだけが知ってる先輩の顔、たぶん安子さんも知らない顔、気持ちよすぎてわけわかんなくなってる顔……
 「ホールドアップ」
 突然、背中に人さし指をつきつけられる。
 「!」
 吊り革を掴み、咄嗟に振り返ろうとするも、背中に擬された人さし指がそれを制す。
 だれかが背後に立つ。背の高い男。
 そいつの片手が独立し、臀部を重点的になでまわす不自然で奇妙な動きを始める。
 痴漢。長年の経験で直感する。
 「やめてください」
 相手にだけ聞こえる声できっぱり意思表示、牽制。断固たる態度で拒否。
 だけど相手は聞かず、ぼくの尻に手をやって、さわさわと触りだす。
 またか。
 知らずため息が漏れる。
 自慢じゃないけど、中学の頃から毎日のように痴漢に遭ってきた。
 今さら尻をもまれたくらいで驚かないが、今回は事情が違う。
 この前、外回りの最中に先輩が痴漢に遭った。
 乗りこむ際に引き離されたぼくは、間抜けにも、電車が出発してだいぶ経つまで先輩が痴漢されてるのに気付かなかった。
 同じ車両に乗り込んでいたのに、ほんの十メートル先で先輩が屈辱と羞恥に耐えている事にさえ気付かずにいたのだ。
 そいつは狡猾かつ大胆な常習犯で、尻を揉むだけじゃ飽き足らずズボンの中、さらには後ろにも指を入れてきたという。
 先輩の様子がおかしいのには気付いていた。
 吊り革をぎゅっと掴んで、下唇を噛んで、赤い顔で俯いていた。
 最初、ぼくはドアのそばにいて、痴漢の姿は死角に入っていた。
 だから気付くのが遅れた。
 先輩の異常を悟りながら、気分でも悪いのかなと見当違いな心配をしていた自分に殺意さえ湧く。
 先輩の息が上擦り始めて、眼鏡のむこうの双眸が潤み始めて、助けを求めるように切迫した視線が行き来して。

 『ちさと』
 声が聞こえた。

 ぼくは超能力者でもなんでもない、だけど聞こえた、助けを呼ぶ声が。脳裏に直接響いた。
 プライドの高い先輩は声に出しては絶対助けを求めない、だけど確かにぼくを呼んだ、たぶん無意識に無自覚に、追い詰められ煽り立てられ無音で口を動かした。
 ちさと、と。
 瞬間、感電したようにすべてを理解した。
 先輩は世界で一番大嫌いで憎いはずのぼくを呼ばなきゃいけない絶体絶命のピンチに陥ってる。
 先輩の後ろでもぞつく不審な人影、背後の男の動きに合わせ先輩が身を揺する、よく見れば男の手はズボンの中に突っ込まれてる、先輩は吊り革を力の限り引っ張ってどうにか男を引き離そうともがく。
 電車が次の駅に到着、ドアが開いて客がなだれ出すと同時に行く手を塞ぐ人を突き飛ばし先輩のもとへと駆けた。
 気付けばそいつを引きずり出し、先輩を辱めた右手を踏みにじっていた。 
 『もういい、やめろ千里!!』
 先輩が間一髪止めに入らなければあいつを線路に突き落としてただろう。
 ぼく以外の人間が先輩に触れるなんて許せない。先輩に酷いことをしていいのはぼくだけだ。
 ぼくに踏まれて汚い顔で泣き喚く痴漢を思い出し、どす黒い感情が煮立つ。
 右手、二度と使い物にならなくしとくんだった。
 「……犯罪ですよ」 
 さりげなく後ろに手を回し、なれなれしく尻をさわる手首を掴む。
 小声で警告し、手に力を込める。ぼくは今すこぶる機嫌が悪い。
 コキュッとやってしまうか?
 よし、決定。
 掴んだ手首を反対側にねじらんと肩を回し―

 「とんでもない。スキンシップさ」
 耳元で囁く、声。

 「俺がいないあいだに浮気してないか、ズボンの上から締まり確かめてやろうとしただけさ」
 聞き覚えのある声。
 戦慄が襲う。冷や汗が背中を伝う。驚愕、衝撃。
 「………兄さん………どうして、アイルランドにいるはずじゃ」
 「可愛い弟に会いたくなって帰ってきた。……ってのは嘘で、あっちでの仕事がおもったより早く片付いたもんでね。一時帰国」
 振り向けない。振り向かない。

 どうして?
 なんで?
 当分もどってこないと安心してた油断してた、ようやく解放された自由になれたと思ったのに。
 懐かしい声、揶揄するような響き。

 「どうして乗ってる電車が……」
 「俺がいないあいだずっと椎名に監視させてた。気付かなかったか?お前の帰宅ルートもばっちり、何時何分何番線の電車にのるか押さえてある。はは、感動の再会を演出してみたんだけどな。びっくりしたか」
 「当たり前です……」
 平静を装うも抑えがたく語尾が震える。
 記憶の中そのままの声、軽薄な口調。
 ガタンゴトン、電車が揺れる。振動が靴裏に伝う。
 背後に立つ男がうっそりと笑う。
 「会いたかったぜ、バンリ」 
 どうしても振り向く決心がつかない、振り向く勇気をだせない。
 吐息に混じる甘ったるい葉巻の匂い、官能的に低い声。
 振り向かなくてもわかる、そこにいるのがだれか。
 声だけで足が竦む。
 振り向けばきっと、あの人がいる。
 バンリと、ぼくを下の名前で呼ぶのは一族だけだ。
 外国語の名前を発音するように、まるで誘惑するかのように、耳元で囁く。
 「遊んでやれなくて悪かったな。寂しかったろ」
 「とんでもない。あなたの顔を見ずにすんでせいせいしました」
 「お、言うようになったな」
 「アイルランドはどうでした?」
 「あっちは偏西風の影響で気候が安定してるからな、霧でじめじめしけったロンドンとは大違いさ。ビールも美味いし、なかなか悪くない国だった。エコノミスト誌の調査でもっとも住みやすい国に選出されるだけの事はある。ゲイにはあんま優しくないけど」
 唾を飲む。
 動揺に上擦りそうな声を抑し、質問。
 核心を迂回する、さりげない会話。
 ガタンゴトン電車が揺れる、隣り合う客と肘が触れ合う。

 どうして?
 なんでこんなに早く?
 帰ってくるのがはやすぎる、当分会わずにすむとおもったのに、安心してたのに。

 「……ぼくを見張らせてたんですね」
 「弟が不始末しでかさないように監視するのが兄の義務だろ?ちがうか?」
 よく言う。ただ独占したいだけのくせに。
 自分が日本を離れてる間に浮気しないか人の物にならないか、不安がってたんじゃないか。
 ぼくの独占欲の強さは兄譲りだ。
 ゆっくり深呼吸し冷静さを吸い込もうと努めるも、高鳴る動悸と比例して上昇する体温は偽れない。
 兄の手が臀部を這う、尻たぶを淫猥に掴み捏ね回す。
 周囲の人にばれないようにさりげなく、執拗に、下半身をなでまわす。
 「…………っ………やめてください……電車の中ですよ、人に見られたら」
 「お前が協力してくれればバレやしないさ」
 兄が笑う。
 「久しぶりだな、日本の電車。あっちの地下鉄は治安が悪い、よくスリが出る。俺も財布を狙われた」
 「兄さんのポケットねらうような命知らずいるとは思えませんね」
 「黄色人種はあっちじゃ食いものにされる。まあ、俺のポケットマネーをねらう悪い子は椎名がお仕置きしてくれたけど。面白いんだぜ、外人の悲鳴。アウッ、アウッて。腕の一本、二本もってかれてのたうちまわってたよ」 
 笑いながらスリを虐げる姿が、ホームで痴漢をなぶるぼくとだぶり、嫌な気分を味わう。
 「ズボンの上からじゃわかんないか」
 「兄さ……」
 「浮気してないかどうか身体検査だ」
 とんでもないことを言い出す。振り向かないから表情は分からないけど、きっと笑ってるんだろう。
 ズボンの上からスキンシップ過剰に尻を捏ね回していた手がゆっくりとじらすように移動する。
 吊り革を握り締め、俯く。
 ガタンゴトン、ガタンゴトン。
 暗示でやりすごす不快な時間が自分を殺し耐え忍ぶ苦痛な時間へ変わる。
 きつく目を瞑る。じっとり汗ばむ手で吊り革を握る。
 兄さんはぼくを見張らせていた、監視していた、人を使って尾行させた。
 迂闊だった。
 どうしてすぐ気付かなかった?
 兄さんがいなくなって、やっと自由になれて、解放感に酔い痴れて普通の会社員生活満喫して、毎日が楽しくて幸せで忘れていた?
 ぼくの背に寄り添いつつ、スーツが覆う肩から腰の広範囲を視線でなめまわす。
 「まだ会社勤めなんかしてるのか。いい加減反抗期やめて、実家に帰ってこい」
 「…………成人したんだから好きにさせてください。そういう契約だったでしょう」
 知らず、懇願するような口調になる。
 ポケットに手を忍ばせつつ、兄が大げさに驚くふりをする。
 「勘当した覚えはないぞ?お前は今でも俺の弟、一族の人間だ。意地張らず頼れよ、ラクに暮らせる。そうだ、俺の秘書にならないか?いい人材さがしてたんだ」
 「椎名さんがいるじゃないですか」
 「秘書は何人いたって構わない。有能ならな」
 言葉が通じない、会話が成立しない。
 背後で動く気配。
 何をされるか警戒する。
 「―っ!」
 ひやりとした感触。
 ズボンの中に手がすべりこむ。
 ローションでぬるつく手が、直接尻に触れる。
 「……俺がいない間、どうしてた」
 「調べさせたんなら……知ってるでしょう」
 目を瞑る。そっけなくあしらう。動揺を隠す。
 吊り革を握る手が小刻みに震える、かすかな震えが腕を伝いやがて全身に広がる。
 ローションを塗した手が窄まりをくりかえしなぞり、悪寒に似て背徳的な感覚が波濤のように寄せては返す。
 じれったく爪弾く脊椎が、空気の波紋に震える音叉と化し性感を増幅する。
 「椎名に聞いた。……最近よく一緒にいるのは同僚か」
 「誰の事ですか」
 「とぼけるな」
 とぼける。白を切りとおす、ごまかす、隠し通す。
 先輩の事だけは知られたくない、知られたら何されるかわからない。
 「眼鏡をかけた、年上の。……ああいうのがタイプだったのか、お前。初めて知った。俺とぜんぜんちがうじゃないか。セフレ?」
 「違います。誤解です。せんぱ……あの人はただの会社の同僚です、兄さんが思ってるような関係じゃありません」
 「どうだか。お前は淫乱だからな……我慢、できなかったんだろ」
 必死な自己弁護。
 閉じた瞼の裏に浮かぶ先輩の顔、怒った顔、困った顔、仕方ないなあというお人よしの顔。
 人さし指が窄まりの奥をさぐる、ほじる。
 くりかえしなぞられて背筋がぞくぞくする。
 快感と悪寒が混じり合ってソドミーな性感を生む。
 「―うっ……」
 つぷ、窄まりに指の先端がめりこむ。
 人さし指が粘膜に刺さる違和感と痛みに、小さく呻きを漏らす。
 隣り合うサラリーマンが不審げにこっちを一瞥、慌てて顔を伏せる。
 「……後ろは使ってないみたいだな。処女膜が再生されてる」
 「冗談にしても悪趣味です……」
 「悪い。恥ずかしかった?」
 ひとを魅了する華やかな笑い声が耳元で弾ける。
 体内で巧みに指が蠢く。
 たっぷりローションを塗した指が、直腸の入り口付近を浅くかきまぜる。 
 「可愛い、バンリ。真っ赤」
 愛情と錯覚しそうな優しい声。
 けど、ぼくは知っている。
 この人はぼくなんか足元におよばないほどのサディストだ。
 二十三年生きてきて数え切れないほど痴漢に遭った、だけど指まで挿入された事は殆どない、せいぜい一・二回だ。
 混んだ電車の中でズボンに手を入れられ、直接尻をまさぐられる不快さにも増して、周囲にばれないかという不安と恐怖が苛む。
 「………やめてください、お願いします」
 「お前のお願い聞くの久しぶりだな」
 吐息に掠れ始めた声で懇願するも、兄は鼻で笑う。
 先輩に強制した台詞を今度は自分が言う、やめてくれと縋る。
 ガタンゴトン、車内は冷房が利いてるはずなのにとても暑い、体温調節が狂う、スーツの下に着込んだシャツが不快に湿る。
 先輩もこんな気持ちだった?

 『自分がされていやなこと人にするな』
 思い出す真面目な顔、正義感の強い顔、正論。 
 自業自得、か。

 「ぁう、あ」
 挿入した指をくじく。
 第二間接まで消えた指がもっと深く沈み、根元まで突き刺さる。
 「可愛い、千里。その声、夢にまで見た。お前の事考えて、何回もオナニーした」
 耳元に唇を寄せ、ぼくにだけ聞こえる声で囁く。
 吊り革に体重をかけぶらさがる、吊り革が軋む、後ろの動きにあわせもどかしく身を揺する、唇を噛む、尿意をこらえるように内股でもぞつく。
 前傾、痙攣、硬直、弛緩。
 「ふ………やめ、兄さ……電車の中では………」
 「相変わらず敏感な体だな。そんなに俺の指が恋しかったか?こっちは使わせてないんだろ、感度いいくせして。抱かれる方が似合うよ、お前は」
 吐息が熱く湿る。
 前立腺をピストンされ、下半身に甘い痺れが広がる。
 やめろと言って聞く人じゃない、どころかますます調子にのる、ああ、本当にぼくと似てる、そっくりだ。
 早く駅に着いてほしい、外へ出たい、兄さんから離れたい、さもないと立ったままイってしまう、拒もうが抗おうがイくまで許してくれないだろう。
 「!ぅく、」
 突然、指が抜かれる。
 吊り革に片手で掴まったまま、膝が笑い、そのままへたりこみそうになる。
 上擦る息を懸命に整えるぼくの後ろ、密着した兄さんが、ポケットからなにかを取り出してそれを窄まりに押しあてる。
 無機質なプラスチックの固まり。
 ローター。
 「…………………」
 首を振る。
 兄さんの企みを予知し、それだけはやめてくれと、絶望に凍りついた顔で切実に願う。
 振り向けない。振り向かない。
 吊り革と手のひらは汗でしっかり接着され、周囲は混み合って身動きできず、兄さんはそれをいいことにズボンの中で意地悪く手を動かす。
 「………お願いします……おもちゃは……音、」
 「電車の振動に紛れてわからないさ」
 先輩の気持ちがわかる。
 今やっと、自分がどれだけ酷いことをしたか痛感する。
 「お前のために言ってるんだ。こなしとかないとあとが辛い。……指だけじゃ足りないだろ?」
 今すぐ電車から飛び出したい、ドアをこじ開けて、開かないから窓から、走行中でも構わない線路にとびおりて逃げるんだ、さあ 
 普通の痴漢ならよかった、見知らぬ他人なら撃退できる、手首を反対側に曲げて次の駅で蹴り出してやるのに。

 相手が悪い。
 最悪だ。
 この人にだけは逆らえない、逆らったらもっと酷い事をされる。

 ローションを塗したプラスチックローターが、指でほぐされた窄まりに沈んでいく。
 「うぁ………」
 肛門に異物を挿入される。見なくても分かる、動きを感じてしまう。
 ぐいぐいと、容赦なくローターを押し込んでいく。
 「声、出すとばれるぞ」
 いつか先輩に言った台詞
 懸命に声を殺す、堪える、下肢がびくつく、冷たく固い質感のローターが腸内を押し進んでいく、むりやり窄まりをこじ開けていく、違和感と痛みと鈍い快感とがごっちゃに溶け出して下半身を熱くする、吊り革を掴んで耐える、耐え忍ぶ、忘れていた感覚、後ろを開発される感覚が生々しくよみがえって
 「……にいさ………っ、きつい……ここでは、や……言うこときくから抜いて、ください」
 朦朧とし始めた頭で許しを乞う、譲歩案を口走る。
 ばれたらどうする?
 電車の中、周囲の人は知らんぷり、気付いてない、だけど音が匂いが、ぼくの様子はおかしい、吊り革掴んで立ちっぱなし膝がもたない、こんな状態でスイッチなんか入れられたら……

 『変態』
 『俺に恥かかせて、見せしめにして、楽しいのかよ』

 ごめんなさい、先輩。
 会議中、先輩は頑張った。ローターで責め立てられながら、最後までプレゼンをやりとげた。
 プレゼン中ずっと辛そうだった、びっしょり汗をかいてるのがぼくの席からもわかった、息は上がっていた、快感と恥辱とそれでもやりとげようやりぬこうとする気概とで立ち続けた。

 ぼくは、

 「!!-あっ、」
 衝撃が来る、続けざまに。
 唐突にスイッチが入る。
 体内の奥深く、前立腺の近くまで押し込まれたローターが電動の唸りを発し暴れだす。
 隣に立つ会社員が不思議そうにこっちを見る。
 立ち眩み膝をつきかけ、腕がぱんぱんに腫れるまで自重を委ね吊り革にすがり、辛うじて前のめりの姿勢を保つ。
 尻に物を挟んだまま立つだけで前立腺に刺激がおくりこまれるというのに、ローターが微弱に振動するせいで、凄まじい快感が襲い来る。
 「………ふっ……ぁ、ぅく……に、さ、やめ……とめて、弱くして………くださ……」
 ひさしぶりにくらうローターの味は強烈だった。
 プラスチックの卵が腹の中で振動する、粘膜を攪拌する、前立腺を徹底し苛め抜く。
 人が沢山いる状況で、逃げも隠れもできない状況で、衆人環視の走る密室の中で……
 隣の人がちらちらこっちを見る、様子がおかしいと怪しむ、顔を伏せる、深く伏せる、耳朶が充血する、顔が紅潮する、前が固くなる、吊り革を揺すって戦慄く。
 「あっ、あう、ふあ」
 「騒ぐな」
 後ろからのびた手が口を塞ぐ。
 首の後ろを息の湿り気がなでる。
 密着した股間の勃起が、ローターで震える窄まりを律動を刻み突き上げる。
 自制できず抑制できず暴走する、暴発しそうになる、後ろに寄り添った兄さんが電車の振動に合わせズボンの勃起を擦りつける、内と外から同時に刺激が送り込まれ窄まりが収縮、ローターの振動が一段と強く激しくなる。
 「ふ…………、ふむ、ふあ、ふぐ」
 「次で降りるぞ。ホテル予約してあるんだ。……どのみちもうもたないだろ、お前」
 今にもへたりこみそうなぼくを後ろから抱きしめ、兄さんは……
 千里有里はサディスティックに笑った。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ

リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419230458 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天