ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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キスまでの距離

 その日、麻生のキスシーンを偶然目撃した。
 
 「……………」
 呼びかけようとして口半開きで硬直、素早く自販機の裏に隠れる。
 心臓がばくばく鳴る。
 って、なんで俺が隠れなきゃなんねーんだ?

 事件から二ヶ月経った。
 現役高校教師の恐喝、売春斡旋、教え子との性的関係。
 梶の死が契機となり暴かれた犯罪の実態は、ショッキングな見出しを伴い大々的に報道され、全国区に知られる事となった。
 麻生の爆弾が爆発した時点では梶は既に死んでいた、自宅を訪ねた敷島に刺殺されていた。
 直接の死因はナイフの刺し傷による失血性ショックで爆発はその後だから、麻生の行為は器物損壊と傷害にあたるがそう重くはない。
 コロンボの受け売りじゃ動機も十分同情の余地があるとの事で、保護観察は付くにしても、少年院送りなどの最悪の措置はとられないそうだ。
 大晦日、パトカーで警察に拉致られ色々事情を聞かれた。
 事情聴取は夜を徹し行われ、一晩明けて帰宅を許された頃には真っ白に燃え尽きていた。
 だけどそれでハイさよなら用済み放免にはならなくて、事件から二ヶ月経過した今も、麻生はたびたび警察に証言を求められている。
 電話一本で呼び出され巻き込まれただけの俺に関しては警察の対応もあっさりしたもんで、梶が元締めを務めた組織の実態について何も知らないとわかるやいなや、「あ、君はもういいよ来なくて」とぽーんと放り出された。
 当事者としておもいっきり根幹に関わっていた麻生の場合そうはいかない。
 爆弾を作り送りつけるに至った経緯そのものよりも、梶との関係性や殺害を試みた動機が重視され、梶の死後逃げ隠れしようとした組織の顧客や関連業者を日の下に引きずり出し検挙するための情報提供を行った。
 最近、すれ違いが多い。ため息も自然と増える。仕方ないって頭じゃわかってるけど、一抹の寂しさを拭えない。
 この二ヶ月で麻生を取り巻く環境は激変した。
 麻生は警察に用がある。
 放課後となると頻繁に警察に呼び出され、部活になかなか顔を出せない。
 この二ヶ月に限って言えば俺や聡史よかコロンボと一緒にいる時間のが多い気がする。
 ……コロンボと比較すんのもなんかむなしいけど。
 仕方ない。
 寂しさと不満を胸のうちに折りたたむ。
 麻生が梶の一番身近にいたのは偽りがたい事実で、麻生は梶のプライベートを知っていて、梶が死んだ今、組織の資金源となった裏ビデオの流通経路をはじめとする重要な情報を提供できるのはあいつだけなのだ。
 警察に協力を求められたら拒めないだろう。
 麻生もまた、自分にできる範囲で捜査に協力するつもりのようだ。
 梶が残した禍根を断つため、自分の中でけじめをつけるため。
 梶が死んだ今も、麻生は梶に縛られている。

 あの時、屋上で握り締めた手は俺より大きくて。
 だけど、すぐには握り返してくれなくて。

 屋上から宙吊りになった麻生は、あのまま墜落してもいいという冷めた諦観と絶望を眼鏡の奥に宿していた。
 あの目を思い出すと胸がざわつく。
 俺は渾身の力と全霊の叫びで麻生をこっち側に引き上げたけど、今でも、あの目を思い出すと胸が不吉に騒ぐ。
 ある日ふと麻生が遠くに行っちまいそうな予感がして、いてもたってもいられなくなる。
 俺にも誰にも告げず姿をくらましちまいそうな、そんな予感。
 だからだろうか、最近はあいつと離れてると妙に落ち着かない。
 待ってるあいだそわそわしまくって聡史にも呆れられる始末。
 メールチェックは五分間間隔、早く連絡が来ないかこないかと貧乏揺すりで待っている。
 連絡が来たら喜び勇んで駆けていく、今日みたいに。

 といっても、今日は警察じゃない。
 麻生を呼び出したのは先生だ。

 梶に爆弾を送り付けた件が明るみに出てからというもの、警察だけじゃなく、学校側にも呼び出される事が増えた。
 自校の生徒が自校の現職教師に爆弾を送りつけたのだ。
 以前の麻生が学年主席の優等生だったからか、なおさら学校側はショックを受け、事件後、麻生の言動を警戒するようになった。
 ぶっちゃけると、一度は退学処分にしようという話も持ち上がったのだ。
 俺や担任、久保田や聡史の猛反対および警察や家裁の調停もあって、学校側はしぶしぶそれを引っ込めたけど、今もって麻生の言動には過剰に注意してる。もし次になにかあったら退学処分は避けられないだろう。
 事件から二ヶ月間、麻生に対する監視は強まった。
 放課後も自由に過ごせない。
 梶は死んだけど、それで何もかも元通りってわけにはいかない。
 俺は毎日麻生を迎えに行く。
 麻生を呼び出したのが警察なら地元署へ、先生なら校庭の待ち合わせ場所へ。
 本人が迷惑がっても鬱陶しがっても懲りずに迎えにいくのは、麻生のためというよりは、自分の不安を解消するためだ。
 「あいつ、待ってるかな」
 旧校舎を出て玄関から校庭へ出る。聡史は久保田と約束があるとかで先に帰った。
 聡史を送り出してからしばらく一人ぼんやり過ごし、携帯にメールが入ると同時に待ってましたと駆け出す。
 ボロいスニーカーを突っかけ、校庭へ出る。
 野球部やサッカー部や陸上部が元気なかけ声を上げ飛んだり跳ねたり走ったり、校庭のあちらこちらで汗を流す。
 練習に励む運動部をよそにざっと校庭を見回すも待ち人おらず、部室棟の方へといそぐ。
 プレハブ二階建ての部室棟付近にはベンチや自販機が据えられ、ちょっとした憩いの場となっていた。
 昼休みとなると弁当を広げる連中で騒がしいが、今は人けがない。運動部の連中は校庭で汗水流してて、部室に居残ってる不真面目なヤツはいない。
 口の横に手をあて捜し歩く。メールではここで待ってるって話だ。
 部室棟付近はベンチや色んな種類をそろえた自販機があって、待ち合わせにちょうどいい。
 麻生は大抵、片隅のベンチに腰掛け本を読んでいる。
 ここだけの話、俺は読書中のあいつをそっと盗み見るのが好きだ。
 いつもの三割増知的に見えて得した気分になる。
 「って、いねーし!」
 ひとりボケ突っ込み。
 いつもいるはずのベンチに姿がない。
 「どこいったんだあいつ。場所、間違ってねーよな」
 携帯を開いてメールを確認、首を傾げる。
 移動した?
 ならそう言えよ。
 困惑顔のまま、携帯をちら見しつつぶらつく。
 「んだよ、このあと本屋寄るっていったのに勝手にどっか行くなよ、薄情者め」
 歩きつつ愚痴るうちに、行く手からかすかな物音が聞こえてくる。
 はっと顔を上げる。
 「麻生?」
 小走りにそっちに駆け寄る。
 みっつならんだ自販機の一番奥に人影がちらつく。
 「そんなところで何し、」
 言いかけてやめる。
 思いがけない光景を目にし、心臓がとまる。
 麻生がいた。一人じゃない。もう一人、知らない学生がいた。
 麻生はそいつを自販機と自販機の隙間に追い詰め、キスをしていた。
 「……………」
 どうでもいいけど、ここは男子校だ。
 どうでもよくない。
 あれ?どうしよう、俺ひょっとしてものすごーく混乱してる?
 「……あ、ちがうちがう、俺コーヒー買いに来ただけだし。麻生なんか捜してないし不純同性交友現場なんて見てねえし先生にチクんないし、小銭どこやったかなーぽちっと」
 「-ッ!!」
 麻生に押さえ込まれていた男子生徒が顔を真っ赤にし、声にならない悲鳴を上げるや、麻生を乱暴に突き飛ばす。
 「さわんな、ホモ野郎!!梶の次は俺かよ、ド淫乱!!」
 「!?なっ、」
 捨て台詞にカッとしたのは、麻生じゃなく、俺。
 気まずさをごまかし、あたかも「俺はただコーヒー買いに来ただけですよ見てない見てない気にしないで続けて?」という感じに全力で平静を装って自販機に硬貨を投入しかけた姿勢から振り返り、脱兎の如く逃げてく男子に怒鳴る。
 「ド淫乱ってなんだよド淫乱って、それ男子校で男に向かって言う悪態じゃねーだろ、なんか激しく間違ってるって自分で思わねえ!?」
 「いいよ、事実だし」
 麻生が落ち着き払って言う。
 「手、火傷するぞ」
 「あちっ!?」
 遅かった。
 よそ見したせいでコーヒーの飛沫が飛ぶ。
 プラスチックの扉を開けて紙コップに注がれたコーヒーをとり、ずずっと行儀悪く音をたてて啜る。
 男子生徒が走り去ったあと、麻生とふたりっきりでぽつねんと取り残される。
 めちゃくちゃ気まずい。
 口に含むコーヒーがやけに苦い。
 顔をいちいちしかめつつ、一口ずつコーヒーを啜る俺を横目でちらりと見て、麻生が例の感情のないポーカーフェイスで呟く。
 「コーヒー、ブラックで飲めるようになったのか」
 「……飲めねえよ。苦いの苦手」
 「舌がお子様だな」
 「うるせ。……たまたまボタン押し忘れたんだよ、だれかさんのキスシーンにばったり出くわしたショックで」
 自慢じゃないが、俺はこの年になっても、自販機でコーヒーを買う時は必ずクリームと砂糖増量ボタン押す。
 だけどさっきは動転し押し忘れた。
 そのせいで飲めもしないブラックコーヒーをちびちび舐めるはめになった……麻生が悪い。
 舌がお子様だと馬鹿にされて腹立たしい。今の光景はなんなんだ、あれは誰だと問い詰めたい。俺との待ち合わせすっぽかして知らないヤツとあんな……何考えてんだ。
 自販機の前にて無言で寄り添う。
 校庭から活気ある運動部の声が遠く響く。
 苦くてまずいコーヒーを頑張って嚥下し、憮然と呟く。
 「あのさ……さっきの、知り合い?」
 麻生の顔がまともに見れず、紙コップのふちを噛んで俯く。
 「知らねえ」
 返事は実にあっさりしていた。納得できっか。
 「どこをどうやったら知らねえヤツとキスする展開になるんだよ、自販機の間にこそこそ連れ込んで」
 「さあな。推理してみろよ、得意だろ」
 「あいつは野球部で、場外ホームランを追っかけて、お前がたまたまボールを拾って……違う、ユニフォーム着てなかったな。その線はなし。自販機で飲み物買おうとして、小銭おっことして、自販機の間に転がり込んだのをお前が拾ってやってなんとなく……ちがうちがう、そこからキスに発展するワケがわからん。じゃあなんだよ、事故って感じにゃ見えなかったし……」
 推理に煮詰まる。
 あてつけにわざと下品な音たてコーヒーを啜る。
 ついさっき目撃したシーンが瞼に焼きついて胸の内をもやもやが苛む。
 どうしてこんな嫌な気分になるんだろう。
 男同士のキスシーンだ、不快になんないほうがおかしいと自分を納得させてみるも、麻生のキスシーンを見るのはあれが初めてじゃなくて、放課後図書館で梶と情を交わしてるとこを前に一回偶然目撃していて、視聴覚室で上映されたビデオにはもっとすごいのが映っていて、だから今さらキスくらいで取り乱すのはおかしい。
 頭ではそう分析しつつどうしても唇に目が行っちまう。
 後ろめたい気持ちをひきずって横顔を盗み見る癖が治らねえ。
 なんとなく裏切られた気がする。
 裏切られたってのもおかしいけど、うまく言えねえけど、麻生が俺に黙って俺の知らないヤツとこそこそキスしてたのがショックで、不快感と嫌悪感と他の何か……嫉妬とか怒りとか、そういうのが色々入り混じったマイナスの感情が沸々と煮立つ。
 「知らねーヤツと、どうしてキスするんだよ?」
 自然、絡むような口調になる。
 麻生は鞄から文庫本をとりだし、ぱらぱらとページをめくる。
 無視かよ。いい度胸だ。
 「人が話してる横で本読むな。とぼけてんのか、それ?お前に言ってんだよ麻生譲」
 「…………」
 「無口無表情無愛想無節操メガネ麻生譲」
 「人聞き悪ィ定冠詞つけるな」
 不愉快そうに眉をひそめ、ぱたんと本を閉じる。
 男子生徒が走り去った方角を無関心に一瞥、眼鏡のブリッジを人さし指で押して呟く。
 「本当に知らないヤツだ。しつこく絡んでくるからちょっとからかってやっただけさ。あれにこりてもう近付かないだろ」
 「絡んでくるって……何か言われたのか?」
 麻生は肩を竦める。意訳、「まあな」。
 『さわんな、ホモ野郎!!梶の次は俺かよ、ド淫乱!!』
 「先に口を出したんだから、手を出されても自業自得だろう」
 事件から二ヶ月、麻生は校内外で有名人になった。
 梶との関係が暴露されてからというもの、心ない生徒および保護者の中傷が絶えない。
 被害者であると同時に加害者でもある麻生の立場は、一方的に脅され搾取された純然たる被害者の久保田より一層複雑で不安定だ。
 見方を変えれば敷島とおなじく梶の共犯か従犯ともとれて、一際風当たりが強い。
 「…………そっか」
 俺がいない間に、麻生がまた悪く言われた。
 知らない生徒に絡まれて、酷い言葉を投げつけられた。
 普段、麻生はそういうのを相手にしない。かまう時間がもったいないってクールに無視する。
 だけど、気にしないふりをするのと、傷付かないのは別物だ。
 紙コップのふちが歯型でへこむ。
 言葉に窮す俺の手から、さっと紙コップが消える。
 「何すんだよ、まだ飲んでるのに」
 「無理すんな、飲めねえくせに」
 「飲むよ!返せよ!」
 奪い返そうと手を伸ばした時はすでに遅し、麻生は飲みかけのコーヒーに口をつけていた。
 間接キス。
 形良い唇がそっと縁を挟むのを目にし、頬に血が集まっていく。
 すっかりぬるまったコーヒーを啜りつつ、自販機に向き合い、硬貨を落とす。
 クリームと砂糖増量ボタンを押し、注ぎ終わるのを待つ。
 「ほら。おごり」
 扉を開き、湯気だつ紙コップを俺に手渡す。
 砂糖とクリームをたっぷり足したコーヒーを啜る。
 「……話はわかったけど、キスはその、やりすぎじゃねえか?あいつ、めちゃくちゃびびってたし。顔真っ赤で……」
 「してねえよ」
 「え?」
 「勘違い。脅かすつもりで真似しただけ」
 「マジ?」
 「お前、俺をなんだと思ってんだよ。誰彼構わずキスする変態か?まったくそのケがねえ普通のヤツならフリだけで十分びびる、本当にやる必要ねえ。第一不潔だよ、直前なに飲み食いしたのかわかったもんじゃねえのに」
 麻生は呆れ顔。
 真相を聞いて、胸を塞ぐもやもやがキレイに晴れていく。
 「そか。そっか!なんだよーもー紛らわしいことすんなよ誤解しちまったよ、俺はてっきり校内で不純同性交友かと思って冷や汗だらだらでさー水分補給でもしなきゃやってらんねって自販機ボタン押しちゃったじゃん!!だよな、そうだよな、あーもーびっくりしたホント、自販機の間にもぐりこんでこそこそやってっからイケナイ想像しちまったよ俺ばっかみてえ、待ち合わせすっぽかされたとおもって……あちっ!」
 嬉しさと照れ隠しが綯い交ぜの気持ちでそわそわとコーヒーに口をつけ、とびあがる。
 舌をやけどしちまった。
 「ばか。見せろ」
 「いいよ、平気だって。唾つけときゃ治る」
 「舌に唾って……もうつけてるだろ」
 涙目で口を押さえる俺に麻生が接近、眼鏡をかけた顔が近付く。
 心臓がひとつ、強く鼓動を打つ。 
 「麻生、いいって……人来る」
 心臓が早鳴る。いつ運動部が帰ってくるか気が気じゃねえ。
 よそ見してばかりの俺に何を思ったか、自販機の間へと押しこむ。
 中身入りの紙コップで片手がふさがった俺に抗う術なく、麻生の腕に押され、自販機と自販機の隙間へと身を隠す。
 窮屈で薄暗い。二人入れば一杯になる。煙草の吸殻やプルタブが足元に散らかって不衛生だ。
 自販機の側面に背が密着し、身動きがとれない。
 突然の事態に動転し脱出を試みるも、肩を掴んで強引に押し戻す。
 「コーヒーこぼすなよ」
 目の前に端正な顔がくる。
 眼鏡をかけた顔。
 「!ぅむ、」
 むりやり俺の唇を奪う。
 俺の体を自販機の側面に押しつけ、抵抗を封じて。コーヒーのほろ苦さが口に広がる。
 初めてのキス。
 俺のファーストキス。
 ちょっと待てどういう状況だこれ相手は男で麻生で友達で場所は自販機と自販機の間で全然色気なくて想像とちがう、ファーストキスの相手は可愛い女の子で俺は積極的に押せ押せでその子は恥じらって目を伏せて「透くんならいいよ……優しくしてね」ともー辛抱たまんねー潤んだ上目で見上げる予定じゃなかったのか、つかなんで男?なんで麻生?なんでなんでなんで!?
 脳裏を疑問符の嵐が飛び交う。
 麻生の肩を押し返そうともがくも片手じゃ力が足りず、もう一方の手は紙コップでふさがって、俺がちょっと身じろぐたび中身のコーヒーがたぷんと揺れてふちを越してこぼれそうになってしずくがとんで、麻生はお構いなしに唇を奪って、吸って、なぞって、頭が真っ白になって、鼓動が膨れ上がって、放課後図書室で目撃した梶との情事濃厚なキスが鮮烈にフラッシュバックして、今度は麻生が押せ押せで、俺は不本意にも受け身で流されて、というか仕方ないじゃん片手にコーヒーもってるし下手に動けばこぼれて火傷だし制服汚れてクリーニング大変だし不可抗力だって!?
 「麻生……!?やめ、ちょ、こぼれるって、ズボンに染みが!」
 「自分の貞操よりズボンの染み取りの心配かよ。お前らしい」
 麻生が皮肉っぽく笑う。眼鏡の奥の目が意地悪く細まる。
 したたかで食えない顔に、ぞくりとするような色気が匂い立つ。
 ファーストキスは男。
 しかも友達。
 しょっぱすぎ、俺の青春。
 実際は自分の身を儚み呪う暇も俺の青春はどうたらこうたら振り返って後悔する暇もなくって、麻生のテクに翻弄され、膝が笑い出す。
 押し付けられた自販機の固い感触、眼前に迫る麻生、自販機の間は狭くて窮屈でぴったり体が密着して体温が伝わって、麻生は俺にコーヒーを持たせて立たせ、唇を味わう。
 「舌、やめろ……」
 「まだ入れてねえ」
 「……じゃなくて、なぞられるだけで……なんか変……っていうか、人きたらどうすんだよ……」
 理性がぐらつく。羞恥で体が火照る。
 麻生は友達で同級生で、俺が抱いてるのは友情であって恋愛感情でも劣情でもなくて、そのはずで、でもわかんなくて、境界線があやふやに溶け合って、流されちまいそうになる。男にキスされてるのに不愉快じゃないのはどうしてだ、気持悪くないのは?恥ずかしくないか恥ずかしいかで言えばむちゃくちゃ恥ずかしい、今すぐ蒸発したい、だけど不快じゃない、麻生の唇の感触も温度もほろ苦い味も全部ひっくるめて吸収して体の内からカッと燃え上がる。
 「唇、甘い」
 「お前は苦え……」
 こっぱずかしい台詞。耳から火がでそうだ。
 俺の唇が甘いのはクリームと砂糖増量のせい、麻生の唇が苦いのはブラックで飲んだから。ただそれだけの事。
 「やめ…………お前わざと……」
 早く終わってくれ。目を瞑り、一心に念じる。
 触れ合う唇を中心に、初体験の甘い官能が芽生えて、波紋のように広がっていく。
 だれかが通りかかったらと気が気じゃなくて、麻生にしがみついて表をうかがって、麻生はそんな俺からあっさり身を引く。
 体が離れると同時にくたりと弛緩して、片手に預けたコーヒーの存在も忘れ、その場にへたりこむ。
 すかさず麻生が片腕をとって俺を立たせ、自販機の外へと引きずり出す。
 「初めてか?」
 「初めてだよ悪いか畜生!!」
 ぶん殴りてえ。
 「畜生、初めてがなんでお前……初めては女の子がよかった、コーヒーの味とかいやだ、百歩ゆずってカルピスなら許す、なんでコーヒー……眼鏡かちかち当たって冷たいし、自販機の後ろなんて色気ねえし雰囲気ねえし、相手は男だし、お前だし、なんか無理矢理だし、ずりいし、コーヒーちょっとこぼれたし」
 もったいねえ。
 半分がたこぼれちまったコーヒーをやけっぱちで一気に干し、むせる。
 体育座りでいじける俺をあきれ顔で見下ろす麻生を、涙で潤んだ目できっと睨みつける。
 「なんでキス………したんだ」
 「なんとなく。したくなった」
 「答えになってねえ」
 「お前見てたら、なんとなく」
 「コーヒーのついでに口直しかよ……」
 俺、なんでこんなやつと友達やってんだろう。時々本当に不思議になる。
 眼鏡の奥の目がちょっと困惑。ずんと底抜けに落ちこむ俺を前に、少しだけばつ悪そうに、からっぽの紙コップを俺の分まで取り上げてゴミ箱に捨てる。
 「ついでじゃねえ」
 ぼそりと呟く。
 ぶっきらぼうな声に反応し、膝を抱えたまま顔を上げる。ゴミ箱に向かう姿勢をおこし、なんともいえない表情で、俺を見詰める。
 「……隙だらけだからだ」
 「俺のせいかよ!?責任転嫁だ!!」
 意味わかんねー。
 くりかえし唇を拭いつつ叫ぶ。手の甲でごしごし唇を擦るしぐさに鼻白み舌打ちひとつ、あとはもう振り返らずに校門の方へと歩いていく。
 慌てて背中を追う。地面にほったらかした鞄を拾い上げて小走りに追いつくや、ズボンのポケットをさぐり、コーヒー代をつきつける。
 「返す」
 「いらねえ。おごりだって言ったろ」
 「怒ってるんだよ、俺は」
 「気分出してたくせに」
 「な………!?」
 愕然。
 校門を出るやいなや、再び文庫本を広げる。しれっとすました横顔をさらしつつ、冷ややかな軽蔑の目つきで俺を睨む。
 「訂正。隙だらけじゃなくて隙しかないか、お前は」
 「逆ギレかよ!?意味わかんねー、もうお前さっさと先帰れ、顔も見たくねえ!!」
 そして俺は啖呵を切り、校門前に麻生をひとり残し、自転車を取りに戻っていった。

 自転車を引いて戻ってきたら、とっくに帰ったはずのあいつがまだいた。
 校門に凭れてひっそりと本を読む姿が、同性の目から見ても悔しいほど絵になる。
 「………なんでいるんだよ」
 顔も見たくないって言ったのに。帰れって言ったのに。
 「お前、俺と帰るためにこの時間まで待ってたんだろ」
 「俺が待ってたから、自分もってか」
 わかりにくいんだかわかりやすいんだかよくわからないヤツ。
 俺が到着するや、ゆっくりと門柱から背中を起こし、文庫本を閉じて鞄にしまう。
 俺の方は見ようとせず、神経質に眼鏡の位置を直し促す。
 「帰るぞ」
 事件から二ヶ月。冬は終わり、もうすぐ春を迎えようとしている。
 校門から離れ、俺がついてくる前提でひとりさっさと歩き出す麻生の背中を追いつつ、ひとりごつ。
 あれから色々な事があった。色々なものが変わった。だけどこの二ヶ月、俺と麻生は変わらず一緒だった。一緒に毎日を過ごした。
 変わらないものも、この世にはある。
 変わった事。一口には言えない。目に見えるものばかりとは限らない。俺と麻生の関係も少しずつ、ゆるやかに変化してる気がする。
 友情から友情以上へ。友達から友達以上へ。たとえば今、俺は自転車を引きながら、麻生と並んで通い慣れた坂道をくだる。
 今ここに、当たり前に麻生がいる奇跡に感謝する。こんな奇跡が続くなら、キスのひとつふたつ大した事じゃないと思えてしまう。
 ……大したこと、あるんだけど。
 麻生にキスされながら俺が考えていたのは麻生のことで、嫌いな相手にキスされたら相手の事で頭が一杯になるはずなくて、気持ちよくなるはずなくて、でも実際は唇がちょっと触れ合っただけで体が熱くなって、甘い痺れに似た感覚がじんわりもどかしく広がって。
 「怒ってるからな、俺」
 「知ってる」
 誤解なきようはっきり言っておく。
 自転車を引きながら続く俺に麻生は頷く。頷いただけ。思わずジト目になる。
 「………謝らないのかよ?」
 「後悔してない」
 つまり反省もしてないわけで。
 自転車のサドルを握り、がっくりとうなだれる。麻生は無感動なまなざしで俺を見詰め、予告する。
 「俺にされるのがいやなら隙見せるな。言っとくけど、これからも多分する」
 何が変わったのか。
 何が変わらなかったのか。
 俺たちは今、境界線のどっち側にいるのか。
 男友達にファーストキスを奪われて、口とは裏腹に、そんなに不愉快に思ってない俺はおかしいのだろうか。
 麻生がキスした理由。
 今はまだ、わからないふりをしておく。鈍感なふりをしておく。
 もう少し、曖昧な関係を続けたい。
 もう少し、時間が欲しい。

 二回目があるとして。
 キスまでの距離は、案外長いかもしれない。

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ボーダー×ボーダー | コメント(-) | 20010309232221 | 編集
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