ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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トライアングル

 俺は先輩に恋してる。

 「おっせーなー」
 先輩は落ち着きがない。
 もとから落ち着きがない性格だけどこの頃とくにそわそわしてる。
 読みかけの本のページをぱらぱらめくったり椅子をがたがた揺らしたり右手に飽きたら左手で頬杖ついたり部室に来てもひとときたりともじっとしてない。
 「ちゃんと連絡するって約束したのにな。忘れてんのかな」
 先輩に憂い顔は似合わない、いつもみたいにバカみたく笑っててほしい。
 誤解しないでほしいが、憂い顔が似合わないってのは決して素材が悪いって意味じゃない。むしろ反対。
 机の反対側から、お行儀悪くシャーペンを咥えて振る先輩の横顔を心ゆくまで眺める。
 髪の毛は色素の薄い猫っ毛で軽く癖がついている。虹彩も天然の茶色。
 ぱっと目を惹く華やかな美形じゃないけど、生き生きした表情がよく似合う愛嬌ある童顔は親しみやすく好感がもてる。美形がわんさかでてくる学園ドラマだと主人公の友達の友達のそのまた友達あたりの役を振られそうな容姿……ってどんなだ。
 特にくりっとしたどんぐりまなこが可愛いと思う。よーく見るとキレイなアーモンド形の目をしてるんだよなあ、大口あけて笑ったり表情くずしてる事が多いせいでわかりにくいけど。
 ……俺としたことが尊敬する先輩をまたいかがわしい目で見てしまった。反省。
 さて、その先輩はさっきから携帯のフリップを開けては、眉間に似合わない難しい皺を刻んで液晶の時刻表示と睨めっこしてる。
 連絡あらず、待ち人きたらず。
 ぼーっとした先輩の注意をひきたい一心で机に乗り出す。
 「問題。バスカヴィル家の犬でモーティマーがホームズの部屋に置き忘れた杖にしるされた年号は?」
 「1884」
 手首を返し携帯を閉じ、不敵に笑う。
 「俺を試そうなんて十年早い、緋色の研究から出直してこい。ちなみに杖の年号から逆算したバスカヴィルの事件発生年は1889年、だけど1889年にはすでにワトソンは結婚してホームズとの同居を解消してるから矛盾が生じると発売当初ファンの間で物議を醸し」
 「円周率」
 「およそ3」
 うわあ年上なのにゆとり世代。
 「さすが先輩、化学の元素記号や数学のサインコサインブイサインはさっぱりでもミステリーがらみとなると抜群の暗記力」
 「そこはスルーしろ」
 失敗した。おだてるつもりが、どうも俺は一言多い。
 資料室は汚い。ファイルや藁半紙のプリント、会誌のバックナンバーを集めた在庫、それらを詰め込んだダンボール箱が床を占拠して足の踏み場もない。
 ミステリ同好会はメンバー最小単位の弱小同好部で、したがって割り当てられた部室も余り物的なもの。
 換気が悪く常に埃っぽい。喘息持ちにはあんまりお勧めしない部活だ。
 俺は一年以上入り浸ってもうすっかり神経が麻痺しちまったからこんな環境でも平気で飲み食いできるけど、潔癖症のだれかさんは今だに飲食を避けている。
 先輩が鬱陶しく、もとい親切に勧めるポッキーやポテチを「いらない」「読書の邪魔だ」とそっけなく断って見向きもしないんだからああ、もったいない!
 俺だったら夕飯が入らなくなるのを承知で先輩がくれるものならなんでもたらふく食うというのに……酷いときは「お前がばかみたく口かっぴろげて笑うと本に唾がとぶ」「こっちくんな」「ページに菓子屑がこぼれる」と暴言を吐く。
 無神経をとおりこして無慈悲。
 親切を足蹴にされた先輩はといえば、捨て犬みたくしゅんとして、口に咥えたポッキーの先を垂らす。
 ああ、可哀想な先輩!俺にください食べますから、むしろ咥えたまま間接キッスで!
 あの人の中では本>>>>先輩と優先順位が決定してる。
 まったく、先輩はなんだってあんな人に……
 「聡史」
 ぱっと頬杖をくずし顔を上げれば、先輩が訝しげにこっちを見ていた。
 咳払いで平静を装い、背筋を正す。
 「なんですか」
 「最近どうだ、久保田の様子」
 久保田は俺の親友でクラスメイト。
 先輩が久保田を心配するのにはわけがある。
 今年初め、久保田はとある事件に巻き込まれ警察に事情聴取を受けた。
 うちの高校に梶という教師がいた。
 スポーツマンタイプの二枚目で、二十代後半とまだ若い。
 贔屓が激しく怒りっぽくて嫌われ者の先生だったけど、その先生が実はとんでもない極悪人だったのだ。
 梶は地元有力者の息子。親の七光りで中高からやりたい放題だった。
 俺もあとから新聞やら週刊誌やら読んで知ったんだけど、逃げるように東京の大学に進学したのも、十代でおもたる悪さをし尽くして地元にいられなくなったからだそうだ。
 そしてほとぼりが冷めた頃また戻ってきて、対外的には立派に更正したふりをして、高校教師の職に就いた。ちなみに教職に就く際マイナスとなる十代の頃の前科は親の圧力で揉み消したそうだ。胸糞悪い。
 地元に舞い戻った梶は表では厳格な教師を演じながら、十代の頃に作った不良仲間とのコネや業界とのパイプに親の威光を加え、裏で一大売春組織を築き上げた。
 週刊誌に暴かれた組織の実態は非道を極めた惨憺たるもので、読んでるうちに吐き気がした。
 だが、梶はもういない。殺されたのだ。
 梶を殺した犯人もまた、俺の通う高校の教師だった。
 久保田は梶が元締めを務める組織に輪姦された上ビデオで脅され売春を強要されていた。
 久保田と同じ中学出身で一年上の伊集院というヤツが梶の使いパシリで、格好のカモとして気弱な久保田をひきずりこんだのだ。
 「聞いたぜ、巴投げと大外狩り」
 「ぶほっ!?」
 口に含んでいたウーロン茶を盛大に吹き出す。
 「どうして先輩が知って……もう噂が出回ってるんすか!?」
 お茶が気管に入って激しくむせる。
 片手にペットボトルをもち、顎をぬぐいつつ、涙目で先輩を睨みつける。 
 だらしなく頬杖ついた先輩は、俺の反応を見て意地悪く目を細め笑う。
 「見たかったな、俺も。現場に居合わせなかったのが残念。そりゃーあっぱれな巴投げと大外狩りだったんだって?もったいねー、今からでもオリンピック狙えよ。そんで表彰台で今の自分があるのは高校時代世話になった秋山先輩のおかげです、金メダルは先輩に贈るから煮るなり焼くなり質入れなりお好きにと感動のスピーチを」
 「勘弁してくださいよ、あれはほんの出来心で」
 「出来心でぶん投げられちゃたまんねーよ、相手も。ま、許す!というかよくやった聡史、すかっとした!」
 席を立ち手をのばし、俺の肩を勢いよく叩く。
 連続平手打ちの衝撃でまたウーロン茶を吹きだしかけるのを頬ふくらませ小刻みに震えながら堪える。
 両手を引っ込め椅子に身を投げ出した先輩が、憤然と腕を組む。
 「クラスメイトが見てたんだよ。で、話聞いた。久保田を守ってやったんだろ?」
 「………はい」
 ペットボトルを膝の間に置き、唇を噛んで俯く。
 先輩に面と向かって褒められる面映さもさにあらん、理不尽を思い出し怒りがぶりかえす。
 梶の件が公になってから、久保田を取り巻く環境は激変した。
 久保田を見る周囲の目も変わった。
 それまで普通に接していたクラスメイトの一部が、露骨に久保田を避けるようになった。
 聞こえよがしの陰口を叩くヤツ、幼稚ないやがらせをするヤツ、すれちがい際わざとぶつかったり足をひっかける他のクラスの生徒、先輩……。
 『地方都市に巣食う現代の闇 極悪高校教師の爛れた実態』
 『鬼畜!教え子にハメ撮り売春強要』
 『変態教師の餌食となった同高一年K君(16)の現在を追う』
 梶の悪事が暴露されると同時に、告発の先陣を切った久保田にもまた、マスコミの焦点がしぼられた。
 加害者の梶は既に死亡している、ならば被害者に関心がむかうのは自然な成り行きで、久保田はこの数ヶ月間殆ど晒し者も同然の状態で日々の登校さえ困難だった。
 「未成年だから、被害者だから、守ってもらえると思ったら大間違いっスよね……」
 世間はそんなに甘くない。
 ため息に憤りの残り火が混じる。
 胸に凝った不快感を押し出すように息に乗せて呟けば、机を挟み対面の先輩が、痛みを堪えるような顔をする。
 梶に食いものにされた犠牲者の名前は公式には伏せられたが、一部が顔写真とともにネットや週刊誌に流出し、物議をかもした。
 久保田の顔と氏名、個人情報もまた、ネットに晒されて吊るし上げをくった。
 被害者だろうが、未成年だろうが、久保田が男と関係を持った事実は変わりない。
 伊集院と仲間たちに輪姦され、梶に売春を強要されていた事実が明るみに出てからというもの、久保田はクラスメイトと疎遠になった。多くの友達が離れていった。
 久保田は被害者だ。何の非もない。
 だけど世間がそう見てくれるとは限らない。
 『気持ち悪いんだよ、ホモ』『あいつ男に犯られてビデオまで撮られたんだろ?』『信じらんねえ、よく平気な顔して学校これるな、頭おかしいんじゃねえか』『男相手に売春してたんだろ?』『梶に言われて』『どうだか。俺だったら殴られようが脅されようが野郎にケツ掘らせるなんてごめんだね、死んだほうがマシ』『しゃぶったんだろ?おえー』『楽しんでたんじゃねの?』『被害者ヅラしてんじゃねえよ』『寄んな、ホモが伝染る』……
 中傷、糾弾。
 久保田はどんどんクラスで孤立していった。
 「………久保田は悪くねえのに」
 あの日、俺は掃除当番だった。
 掃除を終えて、いざ部活に行こうと準備をしてる時に、久保田がジャージを着てるのに気付いた。
 学ランはどうしたんだと聞けば、困ったように笑って、二階の窓からバケツで雑巾の絞り水をかけられたんだといった。
 ホモは学校くんなの罵声とともに。
 泣くのを懸命に我慢してるかのような弱々しい笑顔を見た瞬間、理性の糸が切れた。
 俺は鞄をとるのも忘れ即教室を出てその足で久保田にバケツの水をぶっかけたクラスに殴りこんで、からっぽのバケツを持ってざまあみろホモの臭い匂いをあらいながしてやったと馬鹿笑いするバカのところへまっしぐらに突き進んで、中学最後の全国大会で準優勝に輝いた時と同じかそれ以上の裂帛の気合をこめて大外狩りと巴投げを見舞った。
 勝手に体が動いていた。
 頭が真っ赤で衝動に駆り立てられて、相手が素人だとかどうでもよくて加減も忘れて、俺はただ久保田をよく知りも知らないくせに知ろうともしねえくせに安全圏から中傷するような卑怯で卑劣な連中が許せなくて、いやぶっちゃけて言うと正義感でもなんでもなくて、友達への理不尽な悪口にカッときただけで、気付いたら夢中で走り出していた。
 「俺、だめなんです。カッとくるとすぐまわりが見えなくなって突っ走って、あのあと親呼ばれて説教されて……久保田にも迷惑かけて。恥ずかしいっす」
 俺が投げ飛ばした相手は、床と机にぶちあたって全治一週間の怪我をおった。
 学校に親が呼ばれた。俺がしでかした事が原因でお袋が説教くらって、相手の親に嫌味言われて、俺はそれを黙って聞いてるっきゃなくて。
 久保田が必死に事情を説明し庇ってくれたから停学処分こそ免れたものの、申し訳ない気持ちで一杯だった。
 「……俺が守ってやんなきゃなんねえのに、逆に世話かけてどうすんだって話ですよね。はは」
 力なく笑う。
 今の俺はきっと、最強に情けない顔をしてるだろう。
 久保田の力になりたい。
 そばで支えたい。
 久保田はこれまで誰にも言えず一人で我慢してきた、親にも先生にも誰にも相談できず耐えてきた、梶が死んで事件が明るみに出てやっと地獄から解放された、これ以上辛い思いをさせたくない。
 「先輩、怒んないんすか」
 「なんで」
 「だって素人に投げ技使ったのに……打ち所悪かったら大怪我してたかもしんねーのに」
 「もうたっぷり怒られたじゃん、先生とおばさんに。窓側に投げなかったのは良心だよな」
 「………っス」
 「よし」
 消え入りそうな声で答える俺を、先輩はどこかほほえましげに嬉しそうに見守ってる。
 弛緩しきった姿勢で頬杖付き、足をのばす。
 「俺的にはさ、カッサイ」
 「喝采?」
 「人のために真剣になれるってすげーじゃん。久保田が好きだから、大事だから、バカにされて怒ったんだろ?怒る場所を間違えたとは思わねーよ。まあ大外狩りはやりすぎ、かな?次から内股狩りにしとけ、机とか椅子とか学校の備品壊したら弁償させられっから」 
 先輩らしいなと脱力と苦笑を誘う微妙なアドバイス。
 だらけきった姿勢から上目で俺をさぐり、気負わぬ口調で言う。
 「なんかあったら言えよ。あんま力になんねーかもしれねーけど話すだけでラクになるっていうし……あ、そうだ、久保田がミス研入ればいいんじゃん!問題解決!」
 「話すりかえてません先輩?」
 「だってさー。俺もう三年だよ?あと一年で卒業だよ?そしたらお前一人になるわけじゃん、部長として大いに不安なわけよ、せめてあと一人くらい今年中にゲットしてーなって抱負を……で、どう?脈あり?」
 「声はかけてるんすけど今いち……」
 「そっか。まあ仕方ないか、本読むヤツあんまいねえし……中でもミステリーとなるとなー、マニアックだしなー」
 椅子をがたつかせ盛大に嘆く先輩に心が痛む。
 実は以前からミステリー同好会に入らないかと勧誘してるのだが、色よい返事がもらえない。
 こないだなんて「沢田がミス研にこだわるのってやっぱ秋山先輩めあて?」と疑心暗鬼の目で見られた。というか、見抜かれてっし。
 「先輩こそ、怪我はもういいんですか?」
 「おお、すっきりさっぱり完治。見る?」
 「ええっ、こ、ここでですか!?そんな過激で刺激的な、今人がきたらどうす、じゃなくて校内で破廉恥、もし人に見られて誤解されたら先輩にご迷惑はいえむしろ俺は大歓迎なんスけどああでも物事には順序があるし脱ぐ前にキスとかキスとかポッキーで!?」
 言語中枢がショート、先輩の爆弾発言に混乱を来たして意味不明な事を口走る。
 悶々と膨らむ妄想の中で秋山先輩はポッキー咥えてキスするみたいに口尖らせて俺は反対側の端っこ加えてだんだん顔が近付いてって、ああ、そんな接触の感触……!?
 頭から煙をふいて動転する俺をよそに先輩は乗り気で学ランを脱ぎ始め……
 「―って何してるんスか!?」
 「え?見るんじゃねえの」
 「見ませんからしまってください、剥いたらしまうこれ常識、さあ早く早く人が来る前に露出狂の烙印おされる前に!」
 「聡史のケチ」
 「どうして俺がケチ呼ばわりっすか、脱ぐのは酒が入った時だけにしてください!」
 手をばたつかせ制す俺に舌打ちひとつ、なかば脱いだ学ランを不満そうに着直す先輩。
 やべ、衣擦れの音だけで勃つ。この人無防備すぎる。
 安堵と残念なのと綯い交ぜの気持ちで胸なでおろしつつ、前屈みの姿勢をそろそろ直す。
 ……俺としたことが尊敬する先輩をまたいやらしい妄想で穢してしまった。猛省。
 「治ったんならいいんです。校庭駆けつけてびっくりしましたよ、ジャージの背中血まみれで……」
 「見た目派手だけど大したことなかった。最初はマジ殺されるってびびったんだけど……加減、してくれたのかな」
 笑顔に悲哀の翳りがちらつく。
 自分の背中を滅多ざしにした人のことを思い出してるのだろう。俺もちょっとしんみりする。
 「敷島先生、今どうしてるんスかね」
 名前を口に出すのは、少し抵抗を感じる。
 大好きな先輩を酷い目に遭わせた人だから。
 先輩は肩を窄める。
 「拘留中。梶を殺したのは事実だけど、動機を考えると情状酌量の余地あり。懲役は……十年は固いだろうな。コロンボから聞いたけど」
 「すっかり仲良しっすね」
 「おう、メール交換してるぜ。こないだなんか奥さんのへそくりの心当たり聞かれてさ、こっちもミス研部長の沽券賭かってるし、便座の裏が怪しいってアドバイスしたんだけど……どう思う?」
 「便座の裏って、必ず上げるんだから男の場合バレバレじゃないっすか」
 「あ、そっか」
 先輩はばかだ。
 「けどさ、コロンボが不精で便座を上げずに用を足す可能性も」
 「便座もと暗しですか」
 しかも諦めが悪い。
 「他にも加齢臭に悩んでるっていうからキシリッシュがいいとか……見る?」
 「いっす」
 あんまり仲のよさを見せつけられても妬いてしまいそうだ。
 掲げた携帯を舌打ちひとつ引っ込める先輩をよそに、物思いに沈む。
 懲役十年。長いのか短いのか判断つかない。
 人を殺して十年ですむのなら軽い方だが、相手が梶となると重い気がする。
 「人ひとり殺したんだから、そんくらいになるだろうな……」
 敷島を語る口調は複雑そうだ。懐かしい思い出として振り返るには、刻まれた痛みの記憶が生々しすぎるのだろう。
 俺なら自分を刺した相手の事を、こんな風に達観して語れるだろうか。自信がない。
 先輩は凄い。
 本人に自覚はないけど、だから余計に。
 「先輩こそ、大丈夫ですか」
 「へ?俺?なんで?」
 本当にわからないといった呑気な顔で自分を指さす。
 膝の上でこぶしを握りこみ、やり場のない怒りをおさえこむ。
 「俺たちなんかより、先輩たちの方がずっと大変じゃないっすか」
 俺の言葉がなにを意味するかわからないはずない。
 先輩は馬鹿だけど、人の痛みに鈍感な人間じゃない。
 案の定、先輩の顔に浮かんでいたへらへらした笑みが薄まり、俺を気遣うような困惑の表情へと代わる。
 「………先輩、麻生さんと。麻生先輩の方が、久保田よりずっと梶に近くて……それで色々言われてるの、こっちにまで聞こえてます。あることないこと勝手に、あいつら、何も知らないくせに……面白半分に」
 俺にはもう一人先輩がいる。
 その人は無口無表情無愛想で、頭は良いけど変わり者で、俺はその先輩の事がよく理解できない。
 だけど。その先輩が、悪い人じゃないってのは、わかる。
 周囲はそうは思わない。
 単純にそう思ってくれない。
 二人目の先輩は、今は死んだ梶と二年近く関係を持っていた。
 変態教師のお気に入り、ペット、愛人。
 ネットで、世間で、酷い誹謗中傷と憶測が飛び交った。
 死後に発覚したのだが、梶にはSМ趣味があって、特にハードなプレイを好んだという。
 同性との倒錯したセックスを好む梶と二年近く性交渉をもった十七歳の少年に対する世間の偏見は凄まじく、マスコミもまた、あることないこと扇情的に書きたてた。
 セックスの見返りに月数十万の小遣いを貰っていた、プレイの一部始終を収録した過激な裏ビデオが高値で取引されてる、もともと同性愛者だった少年の方から誘惑した、梶に別れ話を切り出され逆上し爆弾を送りつけた、少年の方から切り出した別れ話に梶が逆上し暴行を働いてそれがきっかけで爆弾を送りつけた。
 みんなでたらめだ。俺はそう思うしそう思いたい。
 だけど周囲の連中はそうじゃなくて、マスコミの報道やネットの書きこみを真に受けて、本当なら被害者のはずの久保田や先輩を異端者のように扱う。
 特に先輩に対する風当たりは強い。
 先輩は、一度は本気で梶を殺そうとしたから。
 俺たちに内緒で、爆弾まで作って。
 「あいつら、先輩と話したことないくせに、ただ遠くからちらっと見ただけのくせに、勝手を言うんです。ここに来て直接会って話してみればいいんです、そしたら麻生先輩がどんな人かわかります、麻生先輩ときたら読書中は話しかけても目もくれないししつこくするとすぐへそ曲げるしすっげえ扱いにくいし、怖いし、とっつきにくいし、言うこと難しいし……だけど、本、好きで。本の話になると、ちょっと口軽くなって、どことなく楽しそうで、麻生先輩が話しかけると邪魔っけにするとホントはまんざらでもなくて、俺にも……勉強、教えてくれたし」
 「勉強?麻生が?」
 膝の上のこぶしをますます強く握りこみ、頷く。
 「数学の……因数分解、わかんなくって。部室でノート開いてうんうん唸ってたら、教えてくれたんです」
 教え方自体は全然やさしくなかった。
 かといって面倒くさそうってかんじでもなく、なんというか、本当についでみたいなさりげなさで、要点をかいつまんで教えてくれた。
 先輩は興味を示し、身を乗り出す。
 「いつ?俺いたっけ」
 「去年の九月ごろ。覚えてません?たまたま早く来た日があったじゃないですか」
 「あ、俺がトイレ寄った日?」
 「その日。宿題に出された因数分解の式がわかんなくて、部室でノート広げてたら、先に来た麻生先輩が、x二乗だよって、例のどうでもよさそうな口調で教えてくれて……自分は本読みながらだけど、説明がするする頭に入って、悩んでたのが嘘みたいに一気に解けて」
 教え方の上手さにも驚いたけど、式を解き終えると同時にノートを一瞥した先輩の一言に、一番驚いた。
 「がんばってるんだなって、言ってくれたんです」
 俺のノート。何度も書いては消し書いては消しをくりかえしたせいで皺くちゃで、消しゴムかすが一面に散って汚れていた。
 俺の話を聞きつつ先輩は頷き、悪戯っぽく微笑む。
 「あいつのノート見たことあるか?すっげえキレイなんだぜ。消しゴム殆ど使わねーんだと、式で悩まねーから。やんなっちゃうよな、秀才は。俺なんかよだれのしみと落書きだらけなのにさー」
 ぼやく言葉とは裏腹に、友達のすごさを自慢する弾んだ響きがあった。

 ああ。
 先輩は、本当に先輩が好きなんだなあ。

 大好きな人の中での自分の位置を思い知り、胸が痛む。
 こぶしを握り締めて俯く俺の深刻な様子を勘違いしたか、先輩が椅子を揺するのをやめ、しっかりした声で呟く。
 「俺たちは大丈夫だよ」
 無敵の笑顔。
 自分たちを取り巻く偏見も中傷も悪意もすべてまとめて吹っ飛ばすような、底抜けに強く明るく前向きな、俺の大好きな笑顔。
 「俺にはあいつがいる、あいつには俺がいる。で、俺たちにはお前がいる。な?大丈夫だろ」

 先輩はずるい。
 反則すっよ、そんな笑顔。

 携帯が鳴る。
 待ち構えていた反応速度で手に取る。
 「麻生!?終わり?今警察?わかった、迎えにいく。……いーよいーよ遠慮すんなって、終わったんなら本屋いこ本屋、シリーズ待望の新刊でてんだよ!お前が好きなあの作家、なんだっけ、純文上がりのバカミスの……あれの新作も……おっしゃ、そうくると思ったぜ!」
 ガッツポーズを決め通話を切ると同時に、いそいそと携帯をしまい、矢もたてもたまらず席を立つ。
 「麻生の事情聴取終わったんだとさ。帰りに合流して本屋寄るけど、お前も来いよ」
 「今日はいいっす。久保田と約束があるんで」
 「そっか?」
 事件から二ヶ月経つ。
 敷島の取り調べや審議および事件の捜査はいまだ継続中で、麻生先輩は今でもたびたび警察に呼び出され話を聞かれてる。
 麻生先輩の取り調べが終わるまで、秋山先輩は俺とだべりながら部室で待つ。
 携帯の時刻表示をちらちら気にしつつ、しゃべりながらどこか上の空で、取調室の麻生先輩を心配して、早く連絡が来ないかと貧乏揺すりでそわそわしてる。
 本音は警察署に行って終わるのを待ちたいんだけど、刑事さんの迷惑になるし麻生にも気を遣わせるからと、こっそり教えてくれた。
 
 先輩を譲る気はないけど、勝てる気がしない。

 「どうした聡史。途中まで一緒に行くぞ」
 「先に行ってください、すぐ追い付くんで」
 鞄を抱え立ち上がった先輩が部室を出るのを待ち、机を回りこみ、さっきまで先輩が座ってた席に来る。
 まだ先輩のぬくもりがのこる椅子をさすり、周囲に人目がないのを確認後そこへ腰掛け、改めて頭を抱えこむ。
 頭を抱え込んだ両手の間から、三番目のからっぽの椅子をちらりと眺め、甘苦い青春のため息にくれる。
 「…………俺のが先なのに、ずるいっすよー」
 
 俺の気持ち知らず、秋山先輩は今日も柴犬のようにぱたぱた廊下を走っていくのだった。


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