ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十四話

 音源は隣の隣だ。
 ロンの房を挟んだ一つ向こうから発された悲鳴が通気口を伝って僕のもとまで届いたのだ。一つ房を隔てた場所で何が行われてるかわからないがあの悲鳴は尋常じゃない、スニーカーの靴底で床を蹴り通気口の下へと駆け付ける。
 通気口の鉄格子にしがみついて矩形の闇を覗きこむ。
 「なんだよ?」
 通気口からうろたえた声……ロンの声だ。
 「いったいなんだよ!?」
 「黙ってろ!!」
 平常心を乱しかけたロンが叫ぶのを一蹴して通気口に顔を近付ければ聴覚が拾い上げたのは切れ切れな会話の断片と嗚咽。
 「近付くな、近付くんじゃねえっ、さわんなよくそっ」
 「暴れんなよ、俺たち囚人に奉仕するのが売春班の仕事だろうが!」
 背中に冷水を浴びせられた気がした。
 僕は楽観的に構えすぎていたのだ、第一陣は既に到着していた。一つ隔てた房でどんなおぞましい光景が繰り広げられてるのか目で見るのは叶わないが音で正確に把握できる、売春班の少年が必死に抵抗して泣き叫ぶ声とそれをどやしつける客の声、凄まじい攻防戦。衣擦れの音に混じるのは何かを殴り付ける鈍い音とベッドの背格子が壁に衝突する金属音、はげしく揉みあって息を乱した客の笑い声。
 「やり、初物か。たっぷり仕込んでやるよ」
 絶叫。
 大気を震わせ鼓膜に叩き付けて来る長い長い絶叫。通気口によどんだ闇を震わせて鉄格子の隙間からもれてきた絶叫を聞くに堪えず耳を塞ぐ。何が起きてるのか想像もしたくない。悲痛な絶叫が追ってこないよう両手で耳を塞いで鉄扉へと駆け戻る。ぐずぐずしてる時間はない、僕がぐずぐずしてるあいだに一つ隔てた房の少年が犠牲になった。脅威はすぐそこまで迫っている、じきに僕の房にも強制労働を終えた囚人が訪れてくるだろう。溜まりに溜まった性欲を処理しに、積もりに積もったストレスを解消しに。
 「ごめん、ごめんなさい」
 鉄扉へと引き返した僕の耳朶を打ったのはたどたどしい哀願。さっきの部屋じゃない、鉄扉の斜向かいから聞こえてくる。扉の表面に耳を密着させる。僕の房から通路を挟んで斜向かいに位置した房からよわよわしいすすり泣きもれてくる、そしてすすり泣きを打ち消すような怒鳴り声も。
 「謝ればすむとおもってんのかよ!ふざけんなよ、シーツに吐きやがって……俺のモンがゲロまみれじゃねえかきったねえ」
 「ごめんなさいゆるしてください、だって苦しくて、喉が」
 「言い訳すんな」
 何かを殴り付ける鈍い音が連続。一回、二回、三回……まだ止まない。殴られ続けて歯が折れたのだろうか、廊下にながれていた嗚咽が急にくぐもり聞き取りにくくなる。
 通気口からは生きながら杭に貫かれる絶叫が、斜向かいの扉からはくぐもった嗚咽が。前後から押し寄せてくる音の波に耳を塞いで抗おうとするが無駄だ、どんなにぴったりと耳をふさいでもじかに頭の中に響いてくるようだ。吐き気をともなう眩暈に襲われながら扉の前に屈みスニーカーのつま先を立てる。背後に腕を回し、ゴムと裏面の隙間から一本の針金をとりだす。昨夜レイジが廊下に投げ捨てた針金だ、今朝サムライに返さなかったのはこの事態を想定してたからだ。
 直前施行された身体検査で売春班の囚人は全裸にされ裏も表も改められたが、スニーカーの中はともかく裏面の靴底まで確かめる看守がいなかったのが幸いした。ちょうどゴムが剥離しかけた部分に合鍵の針金を仕込むのはたやすかった、だれにも気付かれることなく仕事場に針金を持ち込むことができたのは幸運だった。
 今僕の手の中にあるのは直径10センチの針金だ。
 早鐘を打ち始めた心臓の鼓動が頭蓋骨の裏側で反響する。緊張で汗ばんだてのひらを開閉し固く固く針金を握り締める。正面には扉がある、錠がおりた扉。中から錠をおろして密室を作るのは可能だが鍵を掌握した看守がすぐ外にいるのだからそんなことをしても無駄だ。
 が、不可能を可能にするのが天才だ。
 「お袋、おふくろお」
 「凛々……」
 「こんなのやだ、こんなのやだ」
 「うそだうそだうそだ俺が犯られるなんてうそだ、俺は娑婆にでて女を抱くんだ抱いて抱いて抱きまくるんだそれだけがたのしみで生きてきたのに!」
 呪詛嗚咽哀願絶叫。向かいから斜向かいから右右隣から左隣から左左隣からすべての房から喉を絞るような声が押し寄せてきて発狂してしまいそうだ、理性が蒸発してしまいそうだ。廊下に面した房の大半では既におぞましい行為が繰り広げられてるらしくスプリングが軋む音や衣擦れの音や獣じみた息遣いがもれてくる。うるさい黙れ消えろ邪魔をするな。指先に全神経を集中し手こずりながらも針金をこねくり回し変形させる、変形させた針金を内側の錠に巻き付けて固定する。試しにノブを引いてたしかめる、手首に抵抗。針金で束縛した錠は押しても引いても動かない。
 密室の完成だ。
 これで多少の時間稼ぎにはなるだろう、とノブから手をはなして顔を上げる。ドアの隙間から覗けば見張りの看守はあくびをしていた。僕の思惑には気付いてないようだ。
 さて、次は?
 混乱した頭で考える考える考える、打開策を考える。壁越しに響いてくる罵声に集中を散らされないよう下を向いて歩き回る、余計な物が目に入らないように自分のつま先だけを見て頭を回転させる。時間はない、もうすぐ僕のもとにも客がやってくる。僕を買いにだれかがやってくる。
 ふざけてる。
 時間はないのに右往左往してる場合じゃないのに次の策が思いつかない、早く早く早く……考えろ鍵屋崎直、考えるんだ。お前は天才だろう、IQ180の知能指数の持ち主だろう?きっと素晴らしい打開策が見つかるはずだ、この危機的状況をあざやかに切り抜ける打開策が。サムライに頼ってばかりはいられない、ここにはサムライがいない。
 ひとりきり。
 僕は今現在完全に孤立してる。内側から密室を作り中に閉じこもっている状況だ。味方なんてだれもいない、ひとりもいない。
 「痛い、うあ、あああああっ」
 苦鳴。
 「あばれんなよ、じきに気持ちよくなるから」
 睦言。
 「処女はきっついな、さすがに。ちぎれそう」
 嘲笑。
 「助けてくれ、誰でもいいから助けてくれ、もうこんなとこいたくねえ、はやいとこ地獄から引き上げてくれ、悪い夢なら覚めてくれ」
 現実逃避。 
 皆自分のことだけで精一杯だ、他人をかまってる余裕などない。他人の助けを期待できないなら自分でなんとかするしかない、生き抜くためには頭を使うしかない。考えろ考えろ考えるんだ鍵屋崎直、惠に会うためにサムライに会うために僕が僕でありつづけるために。全房に設けられた通気口は中でつながっていてプライバシー度外視で会話や音がもれてくる、聞きたくもない喘ぎ声や泣き声やその他諸々が。無理だ、こんな状況で正気を保ち続けるのは不可能だ。じきに限界が訪れる、僕が僕でいられなくなる。だからその前に打開策を捻り出すんだ、大丈夫だ、僕ならできる。
 追い詰められて視線をさまよわせた僕の目にとびこんできたのは左手の壁に括り付けられたシャワー。そして正面の鏡。
 吸い寄せられるように鏡を覗きこめば鏡の中の自分と目が合う。憔悴しきった顔色の少年が呆然としてこちらを見返している。
 その手があったか。
 左側面の壁に駆け寄り壁からシャワーを毟り取る。壁に固定されたホックからホースを抜き取り振り返れば鏡の中の自分と目が合う、眼鏡越しの目に極限まで思い詰めた光をたたえた線の細い少年の顔に亀裂が入り破片となって砕け散る。
 おもいきりシャワーの先端部を鏡に叩き付けたからだ。
 洗面台の鏡にちょうど斜線を引くようにひびが入り、三分の一上方の破片が鋭利に輝きながら宙に舞った。
 「かぎやざき?」
 ロンの声が聞こえた気がしたが幻聴かもしれない、今の僕に他人にかまってる余裕などない。壁越しの騒音を不審に思ったロンが騒ぎ出しても知ったことじゃない。鏡に先端部を叩き付けた衝撃でホースが外れ、天井近くの蛇口から滝のように水が迸る。ほとんど垂直に迸った水に背中を打たせながら崩れるように床にうずくまり一面に散乱した鏡の破片を手にとる。
 
 落ち着け心臓。
 しずまれ呼吸。

 「あああああああああああああああああっ、ひ、ぐっ、」
 「痛い痛い死ぬ死んじまう!」
 「たすけてくれ、たすけて、おねがいだからあ」
 「どいつもこいつもくそったれだ、タジマのくそったれめ、絶対に殺してやる、ここからでたら真っ先に殺しにいってやる!!」
 聞こえない。
 なにも聞こえない。
 波が引くように周囲の雑音が消え虚無の世界にぽつんと取り残される。頭は真っ白だ。集中力が頂点に達して余計な物が徹底して排除されたからだ。蛇口からあふれた水が床一面をぬらしてどす黒く染め替えてゆく、僕が膝を付いたズボンにも染みて背中にも染みて急速に体温を下げてゆく。
 背後でノブを引っ張る音、看守の怒声。鏡が割れる音でようやく異変に気付いたらしい看守がせわしげに扉を殴ってる。
 「おい何の真似だこれは、開けろ、即刻開けろ!!」
 針金がちぎれるのも時間の問題だ。もうあまり保たないだろう。はやく覚悟を決めなければ……よし。目を開き、鏡の破片をしっかりと握り締める。鋭利に尖った切っ先を左手首に浮いた青白い静脈にあてがい深呼吸をくりかえす。
 結局この方法しか思いつかなかった。
 「無駄な抵抗はやめてドアを開けろ!」
 「いつまで客待たせんだよ、娼夫のくせに生意気だな」
 「ドアの前に客がきてるぞ。いさぎよく腹を括ったらどうだ」
 血管は血液が運ばれる道筋だ。
 心臓を出た血管は全身くまなく回る大量の血液が通れる直径2.5センチぐらいの太さ、体の隅々に行くにつれて次第に細くなり1ミリの1000分の5になる。
 「鍵屋崎どうしたんだよ」
 心臓から出ていく血管を動脈という。酸素をたくさん含んでいるため真っ赤な血が流れているが外側からは見えない、体の表面から離れた深い所を通っているし血を遠くまで運ぶために圧力が高く血管の壁が厚くできているから。が、アゴの下や手首の内側の親指側、ヒジの内側などに手を触れると動脈がドクドクと脈打つのを感じることができる。
 「なにか言えよ」
 体の隅々から心臓へ戻っていく血管が「静脈」。酸素が少ないため赤紫色をしている。体の表面近くを通っていて、手の甲や手首に見える血管はこの静脈だ。動脈と違って壁が薄いから皮膚の上から血の色がすけて見える。光の屈折や乱反射の関係もあって赤紫が少し青みがかって見えるのはこの為だ。
 「おい!!」
 動脈と違い静脈を切ったところで早急に処置を施せば命に別状はない、見た目は出血が多くてはでだから恫喝効果も期待できる。
 僕は今から手首を切る。
 自殺するつもりは全くない、だがこの方法しか思い付かなかった。どんなにここの看守が非人道的でも囚人が自殺未遂を図れば慌てるだろう、医務室に運んでくれるだろう。
 そうしたら客をとらなくてすむ。犯されなくてすむ。サムライのところに帰れる。顔を上げてサムライを見ることができる。
 これが最も合理的な結論だ、効率論を重視した必然的帰結だ。大丈夫、加減すれば死ぬことはない。僕が加減を間違うなんてそんなことありえない、あってはならない。手首の血管がどこを通っているかどれくらいの太さなのかすべて頭に入ってる、力の加減を誤って出血多量で死に至るような失態を犯すはずがない。

 おそれることはない。
 僕は人殺しなのだから。

 両親を刺した時の感触はまざまざと手に残っている。要はあの時と同じことをすればいいだけだ、躊躇することなどなにもない。
 あの時、僕は惠を守るために鍵屋崎優と由佳利を刺した。  
 今度は自分を守るために自分を刺すんだ。一度できたことが二度できないはずがない、今度も上手くやれる、上手くできる。何度も深呼吸して指の震えをおさえこもうとするがなぜか手が言うことをきかない、鏡の破片を握り締めた右手が自分の物じゃないように震えている。どうしたんだ?怖いのか?人殺しのくせに、鍵屋崎優と由佳利は刺したくせに自分の手首を切るのは怖いのか?
 固く固く目を閉じる。
 左手首に破片が食い込み傷口から血があふれだす瞬間を見ずにすむように目を閉じれば瞼裏の暗闇に交互に顔が浮かぶ。
 『おにいちゃん』
 惠。
 『鍵屋崎』
 サムライ。
 破片を握り締めた手が汗ですべりそうになる。心臓の鼓動が大きくなり全身の血管が脈打ち頭が熱く火照る。どうして、なんで決心がつかないんだ?戸籍上の両親は刺せたじゃないか、殺せたじゃないか。破片の切っ先が左手首の皮膚に食い込み血の玉が盛り上がる。鋭い痛みに顔をしかめる。手首を切ればもっと痛い――
 空を切り、右手を振り上げる。
 僕の計算に狂いはなかった。サムライの声を、言葉を、顔を思い出しさえしなければ僕が振り上げた鏡片は狙い違わず左手首の静脈をかすめていたはずだ。
 『戻って来い。待っているぞ』
 「!」
 顔を上げたのは何故だろう。
 そして、正面の鏡を見てしまったのは。
 斜線状に亀裂が生じた鏡に映った顔には見覚えがある。生まれてから十五年間、鏡を覗けばどこにでもいる自分の顔。でも、違う。普段の僕はこんな追い詰められた顔をしてない、こんななりふりかまわない形相をしてない。
 この顔はそうだ、鍵屋崎優の胸にナイフを刺したとき、雨滴の伝う窓ガラスに映った顔とおなじ―……
 爆発的な勢いで扉が蹴破られるのと、僕の手から落ちた鏡片が床で粉々に砕け散るのは同時だった。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060213200428 | 編集
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