ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十話

 ブラックワーク配属が決定した囚人は就労前に医務室に集められる決まりだ。
 口数少ない看守に引率されて渡り廊下を渡り医務室の扉を開ければ先に身体検査を終えた囚人が十数人、所在なげに壁際に寄り添いあっていた。一箇所に寄り集まることで外敵から身を守ろうと意図するかのように壁際に並んだ囚人の列に見覚えある顔を発見する。
 ロンだ。
 先に身体検査を終えたのだろう、見慣れた囚人服を身に纏い不機嫌な仏頂面で佇んでいたが顔を見れば一晩中泣いていたのが一目瞭然だ。真っ赤に泣き腫らした目は近寄り難いほどに荒みきり、自分の身を守るべく本能的な動作で腹に回した両腕は固く強張っていた。たった一日でこうも頑なに変貌するとは、とあきれていたら導かれたようにロンと目が合う。
 「………よう」
 ぶっきらぼうな挨拶。無視することもできたのにお人よしな本質は変わらないんだろう、叱られた子供のように顔を伏せたロンへと慎重に接近する。衝立越しに自分の名前が呼ばれるまでの間は他の囚人に混じり壁際に待機が義務付けられている。ロンの横に並んで壁に背中を密着させる。ロンが非難がましい眼差しをむけてきたが気付かないふりで正面を向く。衝立越しにひとり、またひとりと吸い込まれていく囚人を見るともなく見送りながら気鬱な沈黙に耐えていると隣で声。
 「……あいつ、風邪ひかなかったかな」
 ぽつりと呟いたロンを意味深に見上げれば本人は心配そうに顔を曇らせていた。「あいつ」がだれを指してるかはすぐにわかった。
 「一夜明けて後悔するくらいなら閉めださなければいい」
 「こっちにも事情があんだよ」
 正論を唱えた僕をキッとロンが睨む。確かにロンには事情があるんだろう、人には明かせない事情が。ロンはきっとレイジに顔を見られたくなかったのだ、一晩中泣き腫らして子供っぽく様変わりした情けない顔を。しかしレイジが麻雀のルールブックを抱えて寒々しい廊下をさまよっていたことを知る身としてはロンに全面的に同情することもできず、複雑な心境で言う。
 「馬鹿は風邪をひかないという俗説が流布してるから大丈夫だろう」
 ロンが驚いたように顔を上げる。別にロンを慰めたつもりはないが結果的にそう聞こえてしまったようだ。なんとなくばつが悪い。気恥ずかしく俯いた僕の横顔を疑り深げに凝視していたロンがそっぽを向く。
 「……だな。あいつ馬鹿だもんな」
 「ああ。きみなんかを本気で心配してる大馬鹿者だ」
 皮肉っぽく付け加えればロンが「あんだと」と気色ばむ。昨日タジマに何をされたかは知らないが僕の当てこすりに反抗する気力が残ってるなら上々だ、心まで折れてない。少しだけ生気を蘇らせたロンが食い付いてきたのに安心し、安心したことを不思議に思う。
 「昨夜、レイジが房に来た。麻雀のルールブックを抱えて」
 「!」
 「どうやら本気で麻雀のルールを覚えて君に付き合う気だったらしいな。少なくとも房を閉め出される直前までは」
 「………」
 ロンが強く唇を噛んで下を向く。ロンの横顔に自然な動作で一瞥を投げる。この角度から見たロンは常よりさらにあどけなく幼く見える、普段は他の囚人に舐められないよう虚勢を張って振る舞っているが今のロンは親からはぐれた子供のように途方に暮れている。
 もしくは親に虐待された子供か。 
 「鍵屋崎 直」
 名前を呼ばれた。壁から上体を起こし、身体検査が行われる衝立の影へと歩みながらロンを振り返れば何か考えに耽るように真面目な顔をしていた。おそらくはレイジのことを考えているんだろう。
 友人と呼ぶには抵抗があり、他人と呼ぶには心を占め過ぎた男のことを。

                               +

 
 
 ブラックワーク二班の仕事場は中央棟地下一階だ。
 中央棟の地下に潜ったことがない僕は全く知らなかったがエレベーターで下った階は図書室がある廊下と比べて明らかに異なる様相を呈していた。
 まず、照明が暗い。そのせいか廊下全体が暗く、陰湿な雰囲気が漂っている。べつに蛍光灯の数自体が減ったわけではない、天井には上の階と同じ数だけの蛍光灯が等間隔に設置されているのだ。にも関わらず誤解しようもなく暗い印象を一歩足を踏み入れた者に与えるのは、管が破損したまま交換されることなく放置されてる蛍光灯が多いからだ。
 破損した蛍光灯の数はその区域の治安の悪さに正比例する。
 図書室や医務室、視聴覚ホールなど公共の施設がある上層階は見張りの看守の人数も多く監視の目が行き届いてるせいもあり割れた蛍光灯は少なく、万一割られたとしても即時交換されて照明が復旧する。
 ところが下層階ともなると事情は一変する。
 囚人はともかく、看守が頻繁に往来することがない中央棟地下一階の蛍光灯は破損したまま長期間放置されてる。仄暗く翳った視界の左右に並ぶのは無個性な鉄扉。なにやら秘密めいて淫靡な空気を醸す扉は厚さと形状こそ僕の房のそれと変わりないが決定的な違いがある。
 格子窓がないのだ。
 通常囚人が暮らす房にはちょうど顔にあたる高さに格子窓が設けられている。格子窓に顔をくっつけて中を覗けば囚人の私生活が隅々まで見渡せるというプライバシー侵害も甚だしい仕組みだがここにはそれがない。
 あたりまえだ、行為中に中を覗かれては気が散って仕方がない。東京プリズンの看守にも情事を盗み見るのを人並みに忌避する最低限の配慮はあるらしい、などと他人事のように考えていたら廊下にだみ声が響く。
 「全員整列!」
 囚人を何組かに分けてエレベーターで降ろし終えたタジマが号令をかける。殆ど条件反射で囚人が整列する。行儀正しく並んだ囚人を満足げに眺め、後ろ手を組んで廊下を徘徊しながらタジマが言う。
 「さて、今日からブラックワーク二班本格始動、新規メンバー就労開始だ。ブルーワークやらレッドワーク、他部署の連中がとっくに仕事始めてるのになんで売春班だけ二日のロスタイムあるかわかる奴いるか?」
 だれも答えない。気まずげに顔を見合わせる囚人を小馬鹿にして鼻を鳴らし、腹を満たす獲物を物色するよう視線をさまよわせたタジマが嗜虐的な笑みを浮かべる。
 「わかるか、天才」
 「たぶん」
 この場で「天才」と呼ばれる心当たりがあるのは僕だけだろう、他は似たり寄ったりの凡人ばかりだ。不安げな面持ちでタジマの顔色を窺っていた囚人が自分から矛先が逸れたことにあからさまにホッとする。プライドを全放棄して自己保身に走ったいずれ劣らぬ小心な囚人の中、顎を引いてタジマを見返す。
 「僕らに覚悟する時間を与えてくれたんですね」
 「覚悟ねえ」
 「語弊があるならわかりやすく端的に言い変えましょうか?」
 ねちっこい口調で揚げ足をとられて不愉快になるがタジマに心の中を見抜かれるのは癪だ。眼鏡のブリッジを押し上げ、挑むようにタジマを睨む。
 「僕らに『諦める』時間を与えてくれた。檻の中で執行猶予を言い渡されるなんて貴重な体験だった」
 「ご名答」
 白々しく拍手したタジマが両腕をおろして一列に並んだ囚人をねめつける。視線に威圧され、腰が引けた囚人が一歩二歩とあとじさる中、その場に踏みとどまったのは僕とロンだけ。僕は軽蔑的な無表情で、傍らのロンは敵愾心むきだしの形相でタジマと対峙する。
 「ブラックワーク就労通知を受け取ってから今日で二日だ。二日もありゃ腹括れるだろう、男に抱かれるあきらめもつくだろう。ここにいる連中は昨日の健康診断をパスした健康体のオス犬ぞろい、性病にかかってないのも保証済みで安心だ。その後の身体検査で危険物は没収された、いや、それだけじゃねえ」
 薄暗い照明が不気味な陰影を落とす廊下に仁王立ちしたタジマが腕組みして声をかけたのはロン。脳天からつま先まで舐めただけでは飽きたらず、囚人服に隠された未成熟な四肢まで愛撫するかの如く視姦に時間をかけ、興奮に乾いた唇を舌で湿らす。
 「身体検査で丸裸にされて恥かいて、すっかり抵抗する気が失せただろうが」
 「…………っ、」
 ロンが歯軋りする。今にもとびだしていきかねない剣幕のロンを見れば羞恥と屈辱で頬が上気し、体の脇で握り締めた拳が怒りを押さえ込んで震えていた。ロンの反応に気を良くしたタジマが陰険に笑い、手中の警棒を軽やかに回して挑発。
 そう、昨日今日と二回かけて念入りに行われた身体検査の真の目的は「見せしめ」だった。直前の身体検査は囚人が危険物を所持してないかチェックするのが目的だが、昨日の段階で身体検査をしても何の意味もないではないか。
 ブラックワーク二班の囚人にプライドなど要らない。羞恥心など要らない。
 不要な感情を全部剥ぎ取り、精神的にも肉体的にも囚人を全裸にして従順に従わせる素地を作るのが昨日の身体検査の真の目的だった。
 吐き気がするような真相だが、それが有利に働くこともある。そう、看守の考えを逆手にとり行動し盲点を突くのだ。
 思案顔で黙りこんだ僕には気付かず、機嫌よく警棒を振り回しながら薄暗い廊下を闊歩し、朗々と声を張り上げるタジマ。
 「この期に及んで反抗しようなんて馬鹿はいねえだろうが忠告だ。世の中なんでもあきらめが肝心だ、娑婆に女がいようがガキがいようが知ったこっちゃねえ。いいか?ここはどこだ」
 廊下の半ばで立ち止まったタジマが機敏に警棒を振り上げ、中央の囚人を指す。顔面蒼白で立ち竦んでいた囚人がひきつけを起こしたように硬直、長く長く息を吐いて呼吸を平坦にし喘ぐように口を開く。
 「と、東京プリズン」
 「そう、東京プリズンだ!」
 素早く警棒を引っ込めたタジマが大袈裟に両手を広げ、我が意を得たりと会心の笑みを湛える。
 紺色の征服に包まれた厚い胸板を反り返らせ、誇らしげに高らかに、嬉嬉と紅潮した顔色で。
 地獄で産声を上げた悪魔のように、懇々と沸き出づる歓喜に声帯を打ち震わせ。
 目を炯炯と輝かせ狂気迸る身振り手振りをまじえ、演説をぶつ。
 「むさ苦しい野郎どもがカマほりあってる変態の巣窟。ブタ小屋より劣る最低の場所。人間よりネズミのが肥えてる下水道。糞にまみれた汚ねえ便所。史上最低最悪の治外法権無法地帯、地獄を上回る地獄と評判の悪名高い東京少年刑務所!ここに来ちまったんならあきらめろ、娑婆にでようなんて考えるな。五体満足で刑期終えたきゃ看守の命令に逆らうな、上の決定に歯向かうな。まあお前らの境遇にゃちっとは同情しないでもねえ、娑婆じゃフツーに女抱いてたのに刑務所送りになった途端にツラのよさが災いして売春班入りだもんな。無事に刑期終えて娑婆に出ても売春班体験したら一生女を抱けなくなるぜ、女の裸見ても勃たなくなるぜ?女抱くたびに自分が抱かれたこと思い出して毎晩野郎に犯られてたトラウマがよみがえっちまうもんな」
 下卑た哄笑が陰陰滅滅と低い天井にこだまし、壁際に並んだ囚人の顔が悲愴さを増してゆく。中には耐えきれずに嗚咽をもらす者やタジマに殴りかかりたくなるのを拳を握り締めてこらえる者がいる、一様に殺気走った目でタジマを睨み据えた囚人が全身から発散する負のエネルギーで廊下の空気が重苦しく澱んでゆく。
 「ま、それも良い経験だ。知ってるか?オカマは癖になるんだとよ。最初は痛くて痛くて泣き叫んでも回数重ねるごとによくなってくんだと。よかったなあお前ら、イエローワークの穴掘りでもブルーワークの便所掃除でもレッドワークの火遊びでもなく売春班で!相手も喜ばせることできて自分も気持いいなんて一石二鳥じゃねえか」
 「ふざけやがって!!!!」
 すさまじい剣幕で列からとびだした囚人がタジマの襟首を掴む。昨日医務室で外に子供がいると訴えていた囚人だ。
 「たしかに俺は犯罪者だよ、悪いことしてムショにぶちこまれた何ひとつ偉そうなこと言えねえ身だよ、ガキにだってなにひとつ自慢できねえ屑親父だよ!でもなんで、なんでこんな目にあわなきゃなんねーんだよ、おかしいだろ畜生!刑務所ってのは犯罪者を更生させるとこだろ、反省させるとこだろ、看守が幅利かせて好き放題やって囚人いじめ抜くとこじゃねえだろ!!なんだよ売春班てなんだよブラックワークってそんなの聞いたことねえよ、なんで刑務所にんなもんあるんだよ!野郎にケツ掘られたら家族に合わす顔ねえよ、メイファに、娑婆においてきたガキに俺が親父だって名乗りでることもできねえじゃんか!!」
 目に涙をため顔をくしゃくしゃに歪め、なりふりかまわずタジマにつっかかっていった囚人が警棒で横っ面を張られて薙ぎ飛ばされる。軽々と吹っ飛び、背中から壁に衝突した囚人が軽微な脳震盪を起こして床にずり落ちる。
 「往生際が悪い」
 心底あきれたような侮蔑のまなざしで囚人を見下ろし、指を弾いて若い看守を呼ぶ。顎をしゃくって看守に指示し、ぐったり四肢を弛緩させた囚人を手近の房へと投げ込む。気を失った囚人が鉄扉の向こう側に消えるのを待ち、改めて僕らへと向き直る。
 「付け加えとくが外には見張りがいる、脱走しようったって無駄だ。使用目的がアレだから中にはシャワーもある特別待遇のスイートルームだ。それと」
 タジマの背後に居た数人の看守が手際よく散開、一列に並んだ囚人に順々に箱を渡してゆく。看守から手渡された長方形の箱を見下ろし、その正体を確かめる。
 コンドームだ。
 「コンドームは無料配布、在庫が尽きたら看守に言え。二班は性病流行ってるし後処理も面倒だし付けといて損はねえ。野郎同士でも中出しは禁物だ、下痢しちまうからな。ま、シャワーがあるし速攻で洗えば心配ねえだろうが念には念をだ」
 複雑な面持ちで掌中のコンドームを持て余した囚人に混ざっていると景気付けるようにタジマが手を叩く。辛気くさい空気を払拭せんとかん高く手を打ち鳴らして自分に注意を引き付けたタジマが順繰りにひとりひとりを見渡す。
 「これよりブラックワーク二班就労開始だ」
 警棒に追い立てられた囚人が我先にと手近の扉を開けてとびこんでゆく。他の囚人と同じようにノブに手をかけて入室しようとして視線を感じて顔を上げ、タジマと目が合う。ノブに手をかけた僕へと大股に接近、鉄扉に片手をついた前傾姿勢で顔を寄せてくるタジマから距離をとろうとしてどこにも逃げ場がないことに気付く。
 廊下の奥には闇がよどんでいる。
 僕の前途のように暗い暗い闇が。
 後にも先にも逃げ場はない、助けてくれるひとはいない。ここにはサムライがいない、彼を頼ることはできない。救いのない現実に足をすくわれそうになるがここで引くわけにはいかない、そんなぶざまな真似は僕を僕たらしめてるプライドが許さないと深呼吸する。
 顔に顔を寄せてきたタジマがよわよわしく明滅する蛍光灯を背に、耳朶を食むように囁く。
 「知ってるか?売春班の常連には看守もいるんだぜ」
 タジマの口から出た言葉を紛れもない真実として咀嚼するのに二秒を要した。衝撃の余り頭の働きが鈍っているようだ。鉄扉にすがりつくようにもたれてタジマを仰げば、よわよわしく瞬く蛍光灯が不安定な影を落とした容貌はおぞましく醜悪で、正気の沙汰とはおもえない半月の笑みが口元に揺らめいていた。
 「………ご忠告どうも」
 背中を翻しタジマを振り切り鉄扉を閉じる。扉越しに響いたのは狂える哄笑。タジマが笑っている、僕のことを嘲笑っている。紙一重でタジマから逃れた僕は肩で息をしながら考える。
 『売春班の常連には看守もいるんだぜ』
 タジマは必ず僕を犯しに来るだろう。
 予感が確信に変わるにつれ頭から冷水を浴びたように全身が鳥肌立ち、肩に腕を回し自分で自分を抱きしめた。

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