ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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わくらば日記(朱川湊人)



 「痛いっ」
 私が思わず手を引っ込めると、姉さまは慌てて同じ場所を撫でてくれました。
 「つまりね、ワッコちゃん。あの人は、こんな風に痛い目にあい過ぎたの。だから、痛いと感じるのをやめたのよ」
 「そんなこと、できるの?」
 「できるわ」
 今度は私の手の甲をゆっくりと撫でながら、姉さまは言いました。
 「こんな風に撫でられて、温かいとか嬉しいとか思わないようにできれば……心の中から苦しみと一緒に、喜びも追い出してしまえば」


 「いいですか、茜さん。この世で一番悪いことは、人の命を取ることです。その次に悪いのは、人の信頼を裏切ることです」
 (中略)
 「自分が信じられていることに誇りを持ちなさい。信じられたからには、もう自分一人の体ではないのだと思いなさい」
 「信じた方が悪いだなんて、口が裂けても言ってはいけません。あなたを信じた人は、あなたを愛した人でもあるのですから」


病葉-病んだ葉。
嫩葉ー萌えいづる若葉。そのどちらをもわくらばという。
昭和三十年代。和裁で生計を立てる下町の貧しい母子家庭に暮らす心優しく病弱な姉・鈴音と勝気でお転婆、口達者な妹・和歌子。 
対照的な姉妹はしかしとても仲がよく、和歌子は姉を慕い、外国人の血が入っているのではないかと噂されるほど美しい鈴音は、自分に懐く活発な妹を可愛がっていた。

「ワッコちゃん。実はね、私には不思議な力があるの」

同じ布団の中で息を潜め聞いた姉の告白。
姉さまは人や物の記憶を「見る」ことができる不思議な力を持っていた。
鈴音が生まれ持った不思議な能力は姉妹だけの秘密だったが、和歌子が初恋の警官の気を引きたい一心で交通事故現場を透視させたことから、鈴音は刑事・神楽に目をつけられ未解決事件の捜査を委ねられることに……
姉さまの優しさが、話の切なさが、人の哀しさや愛しさがぎゅっと凝縮された珠玉の連作集。
北村薫「円紫さんと私」シリーズを彷彿とさせる雰囲気といったら少しわかっていただけるでしょうが、幼いといってい年代の姉妹が主人公であることと、時代設定が日本が高度経済成長を迎える前の昭和三十年代が舞台ということもあり、こちらのほうがよりノスタルジックな切なさが胸に迫ります。
とにかく情景が美しい。
病弱に生まれつき学校もろくに通えなかった鈴音は、しかし人や物の記憶を映像として見ることができた。
透視の前兆として人や物のやや上方に虹がかかり、その中に情景が浮かぶ。
「とても綺麗なのよ」
鈴音は刑事・神楽に抜擢されいくつもの事件の裏側を見る。
虫も殺せぬほど心優しく、他人の痛みにさえ感応してしまう鈴音には耐え難い苦痛を伴う経験。
それでも神楽は鈴音を頼るしかない。
理不尽に命を奪われた被害者の仇をとるため、犯人の動機を理解するため。
鈴音もまた神楽の要求に応じ、毅然として凄惨な事件の裏を見続ける。

鈴音……姉さまはとても優しい。
成長し、晩年を迎えた妹・和歌子の回想の形で語られる姉さまは、打ち上げられた衛星の中でひとりぼっちの死を迎えたライカ犬が可哀想と涙し、やむをえぬ事情から轢き逃げ犯となった青年の弟を案じ、不幸な境遇から道を誤ってしまった朝鮮人の青年に線香をたむけ、信じきれなかった友達に対する自責の念に苦しむ。

高く青い空が好きな姉さま。
荒川の土手に寝転がり、「この空の下では誰もが祝福され生まれてくる」と信じて疑わなかった姉さま。
どんなに惨たらしい事件に遭遇し、人間の暗い面を見せ付けられ打ちひしがれても、死ぬまでそう信じ続けた姉さま。

収録作「流星のまたたき」に宇宙塵という言葉がでてくる。
実は地球にはしょっちゅう隕石が飛来してるが、それらの殆どが大気圏の分厚い壁に衝突し粉々に砕け散り、肉眼ではとらえきれぬ微細な塵となって空気中に漂っている。
「わくらば日記」の登場人物が語る飾り気ない言葉、地の文に散りばめられたはっとするような情景は、まるでこの宇宙塵だ。
目に見えず手に触れ得ず、けれども何万光年もの宇宙の暗黒を光り貫き、遂に今ここへ達したかけがえのないもの。

人の心は時として恐ろしく暗く汚いものを秘める。
でも、どんな底なしの暗闇にも一粒の光は届く。

この本を読んだら姉さまを好きにならずにいられない。
姉さまだけじゃない。
自分が間違っていると悟ればすぐさま「ごめんなさい」と素直に謝罪ができる和歌子。
自分と同じ境遇で果てた女郎を悼みお寺参りをする茜ちゃん。
礼儀にうるさく、新しくうちに来たミシンにサチコと名付ける母さま。
爬虫類じみて冷血な顔の裏に罪を犯した人間を激しく憎みながらも、彼らを理解しようと努める真摯な心を隠す刑事・神楽。

みんななんてひたむきで愛しいんだろう。
愛しくて哀しくて素敵なんだろう。

「追憶の虹」の終わりあたりからずっと泣けて泣けてしょうがなかった。
涙がぼろぼろこぼれてとまらなかった。
姉さまが優しすぎて、出てくる人がみな愛しくて哀しくて。
どんなに残酷な現実や運命に虐げられても、自分を信じてくれる人と出会えたことで生きていく希望を取り戻した人がいる一方で、抗いきれずに押しつぶされてしまった人がいて。
姉さまはそのどちらにも等しく慈愛のまなざしを注ぐ。
 
表紙と挿絵はおやすみプンプンの浅田いにおさん。
よくよく見ると表紙に作中に出てくるキーアイテムが散りばめてある遊び心が嬉しいです。


あー……いい本読むと心が拡張工事されたようだ……。

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