ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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ミノタウロス(佐藤亜紀)



 拳銃は、熟した果実が落ちるように、上着をはね上げた手の中に落ちてきた。
 ぼくはそれをシチェルパートフに突き付けた。
 膝ががくがくしたが、手は震えていなかった。
 アナトーリ・ティモフェイヴィチ、後生ですから。
 シチェルパートフの口が妙な加減に歪んだ。笑っていた。げらげら笑った。
 言ってみろ、ヴァーシャ、妾の子。父なし子、お前は一体誰の息子だ。


 やっぱこう、太陽を背にして襲い掛かりたいね。
 どうして。
 格好いいじゃん。

二十世紀初頭、ロシア。
人にも獣にもなりきれないミノタウロスの子らが、凍える時代を疾走する。―文学のルネッサンスを告げる著者渾身の大河小説。

ジャンル分けするとピカレスクというかビルドゥングスロマンとかいうそんなかんじの小説。
ピカレスクの語源は悪漢小説。
この小説の主人公、自由奔放に生きる地主の息子ヴァシリも見事な悪漢です。
とにかく密度が濃いです。文学してます。時代設定も二十世紀初頭ロシアという知る人ぞ知る非常にマニアックな選択。
裕福な地主の次男として生を受けたヴァシリは、成り上がりの父を継ぐことを夢見て農業を学ぶも生来女好きな放蕩癖あり、下宿先の叔父の家の女中や故郷の娘とたびたび関係を持っていた。
しかしそんなヴァシリの運命がロシアに迫り来る戦火に煽られ風雲急を告げる。
父の死、顔面に重傷を負い帰還した軍人の兄。
叔父の家から帰郷したヴァシリは放埓で驕慢な運命の女・マリーナと出会い、大胆にも彼女を物にする企てを練るが……
強盗・強姦なんでもあり。
人倫を踏み外す行為全般に一切ためらいない主人公の破滅的生き様は凄い。
殺人や悪事に手を染めても一切心を痛めず自分を貫き生きるさまはいっそ清清しい。
良心の所在が人間を定義する必須条件ならヴァシリの生き様はけだものさながら自由で獰猛で野蛮。
常識に束縛されず倫理に唾し欲望に正直に生きるヴァシリはやがて因縁の相手を殺害し、故郷から落ち延びる道程で脱走兵のイタリア人少年・ウルリヒと出会い意気投合する。
このウルリヒがすっごいいいキャラしてるんですよ!
ニヒルでいながらユーモアセンスにとんで、飢えと寒さに苛まれたみじめな逆境でも軽口を忘れない。飛行機操縦の腕前は天才的で軽快な曲芸飛行を演じ現役軍人の鼻を明かす。
このウルリヒにフェディコというびびりの少年をくわえ、やがて三人で盗んだ馬車を駆り、略奪と殺戮とどんちゃん騒ぎをくりひろげつつロシアを縦横無尽に奔走する帰るあてなき旅が始まる。
ぶっちゃけ主人公のヴァシリは関係した女が妊娠し、その事で実の兄に激しく暴行されてる現場を見て「ついでに腹も蹴ってやれば堕ろす金が浮くのに」とか思う最低鬼畜野郎なんですが、一緒にケツを掘られた仲のウルリヒには友情だか信頼感だかを抱いてるみたいで、スリル満点の戦闘シーンはじめ殺伐とした描写が続く中、合間に挟まれるふたりの語らいやじゃれあいは青臭くくすぐったい。
で、なんといっても空中戦が圧巻。
天才的な操縦の腕を発揮し機銃掃射で地上の敵を薙ぎ払い、敵機と丁々発止機先を制し合う攻防の迫力に息が詰まる。
そんなふうにして敵を容赦なく爆撃し「よっしゃー」と子供っぽい(悪ガキっぽい)歓声をあげたかとおもいきや、農家に略奪に入った際に出会った初恋の少女に対してはウブで奥手、ヴァシリに逢瀬を茶化されマジで腹を立てるさまがもう……もうね、可愛すぎる……しかも野卑で軽薄な言動、斜に構えた態度と裏腹にあらくれ軍人くずれ一同を感動で号泣させるピアノも弾けるなんて最高じゃねえか。なんだこれギャップ萌えか、これがギャップ萌えなのか。
あーやっぱいいよウルリヒ大好き。
鬼畜で外道な癖に青臭く肝心な場面で詰めが甘い主人公よりよっぽど好きだ。
そんなヴァシリたちのやりたい放題の暴走ぶりを「おいおいそのうち因果応報天罰がくだるぞ……」と眉をひそめ読んでいくと案の定後半で……ラストは言わぬが華ですがああ無情なかんじです。天罰というか人誅のほうでしたが。ヴァシリは自業自得だけどなあ……ウルリヒ……。
文章の密度もかなり濃い。
冒頭に上げたのは主人公が初めて人を射殺するシーンなんですが比喩の秀逸さに感動しました。
嗚呼美しい、官能的……ため息。
 
佐藤賢一さんの「傭兵ピエール」や森博嗣さんの「スカイクロラ」なんかが好きな方にもおすすめです。
しかしロシアの人名地名はどーしてこーしちめんどくさいんだ。舌噛むぞ。

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