ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十七話

 「ロンが壊れた」
 床の真ん中に胡座をかいたレイジがいつになく深刻な面持ちで切り出した。
 「それ以前に何故僕の房にいるんだ?」
 「閉め出されたからだよ」
 ベッドに腰掛けてそれまで本を読んでいた僕が刺々しく問えば世にも情けない顔でレイジが嘆く。床にじかに胡座をかいたレイジが途方に暮れたようにかぶりを振る。
 「なにがあったか知んねーけど俺がふらっと外出て戻ってみたら房に鍵かけてあって叩いても蹴ってもさっぱり反応なし。返事もねえし入れねえしでサムライの房に避難してきたわけ」
 「参ったね」と両手を広げたレイジの訴えにサムライは特に反応を見せず日課の写経に励んでいた。どうせまたいつもの痴話喧嘩の延長だろうと飽きれているのかもしれないが淡白な横顔からはその本心まで読み取れない。サムライを話し相手にする愚を思い知ったレイジが拗ねたように鼻を鳴らして僕に向き直る。
 「キーストア、何か知らない?」
 おそらく何も知らされてないのだろうレイジの顔を見て伏し目がちに逡巡する。彼に真実を告げたものかどうか判断が付かない。僕の表情から何かを読み取ったレイジが怜悧に目を細める。ひとの心の奥底まで見透かすような透徹した視線の前では偽証すら霧散する。小さく嘆息し、図書室から借りてきた本を膝に置く。
 「昨日、房にやって来た看守にこれを渡された」
 枕の下に手をさしいれ取り出したのは一枚の紙。妙にたよりない手応えの黒い紙を面前にかざした僕にレイジとサムライが注目する。まるで強力な磁力を放っているかのようにふたりの視線を引き付けた紙をかざしながら淡々と説明する。
 「僕は何だか知らなかったが今朝医務室に案内されて聞かされた、これは半年に一度の新規部署発表でブラックワーク配属が決定した囚人への就労通知らしい。そして医務室にはロンがいた、僕と同様ブラックワーク2班就労が決定したらしい」
 口を半開きにして絶句するレイジの背後、床に正座して墨を磨っていたサムライが手を止める。
 「おまえもブラックワークなのか?」
 「君の耳は節穴か?先にそう言ったろう」
 「なんでそんな落ち着いてるんだよ?」
 レイジの抗議に力なく腕をおろす。
 「……いまさら取り乱しても仕方ないだろう、『上』の決定は覆せないんだから」
 昨日の時点では自分の身に何が起こってるのか現在進行形でわからなかった。完全に理解したのは起床ベルが鳴る前に看守に起こされて中央棟の医務室へ引率されタジマの口から説明を聞いた時だ。新規部署発表のスクリーンに僕の囚人番号と名前が見当たらなかったのはそういうわけだ、僕はブラックワーク配属になったのだから他の囚人の目に触れるかたちで公表されるわけがないのだ。
 ブラックワークとは東京プリズンの暗部、汚れ仕事を一手に引き受ける忌まわしい部署だ。
 ブラックワークの詳細は監視塔でリョウとレイジから聞かされていたし二ヶ月前にはサムライがブラックワークに誘致される事件も起きた。が、まさかこんな予想外な形で自分の身に関わってくるなんて予期してもなかった。タジマの説明によると僕が配属された二班の通称は売春班、囚人の暴発を防ぐために溜まりに溜まった性欲を処理する係らしい。
 正直、実感はない。現実感も希薄だ。
 僕がブラックワーク配属になったなんて悪い夢のようだ。ただ、売春班の実態を目にしたことがないせいか身に迫る実感が伴わないのだ。それがプラスに働いて恐慌状態の医務室でみっともなく取り乱すような事態は避けられたが……
 僕は同性と性交渉に及んだ経験がない。
 異性との性交渉は経験したが行為中も快感を感じたわけではなかった、僕はきっとセックスに淡白な人間なんだろう。知識を吸収するのには貪欲だが異性と性行為に及びたいとか種の保存に関わる本能的な欲求が根源から欠落してるのだ。だから純粋に快楽を求めて性行為に及ぶという人間の行動原理がよくわからない、不快より快を優先するのは動物の正しい姿だが僕は生まれてからこれまで性的な快感を得たことがなく、したがって純粋に快楽を求めて同性と寝る心理もわからない。
 
 ただ、他人にさわられるのは気持悪い。
 想像しただけで吐き気がする。

 しかしそんなことを言っても仕方ない、決定はもう覆らない。「上」の決定は絶対だ、僕個人の感情で左右されるわけがない。それならどんなに不快で耐え難くても従順に受け入れるしかないではないか、そうするよりほかに僕が生き残る道はないのだから。
 大丈夫だ、これからどんな最悪なことが起きても僕には恵がいる。
 一昨日五十嵐は恵の住所を調べてきてくれると、調べて必ず告げにきてくれると約束した。五十嵐は誠実な人間だ、必ずや約束を実行してくれるだろう。恵との連絡手段が回復すればまた恵の存在を身近に感じることができる、一度は断たれた絆を回復するきっかけも掴めるのだ。
 恵さえいてくれれば大丈夫だ、僕はまだ生きていける、まだ希望がある。
 そう自己暗示をかけて本を開くが内容が全然頭に入ってこない。心を落ち着けようと努めれば努めるほど空回りしてるのが自分でもわかる、せめて同じ空間を共有したサムライとレイジに動揺を悟られないように本へと目を落とす。
 「ロンがブラックワーク……」
 レイジが呟く。 
 「ブラックワーク落ちが決定したからショック受けてひきこもったのか?」
 「それだけじゃない」
 ページをめくりながら呟けばレイジが答えを促すように顔を上げる。
 「今朝の身体検査でロンはタジマに連れて行かれた。僕は衝立の外で待機していたし壁際のはなれた場所にいたから何が起きたか正確にはわからないが……」 
 「言え」
 脅迫に近い口調でレイジが促し威圧的な笑みを浮かべる。本のページに目をすえたまま、続ける。
 「衝立の向こうで凄い騒音と悲鳴がした。何事かと動揺した囚人が衝立に近寄ろうとしたら別の看守に止められた、それから暫くしてロンが出てきたが……」
 当時の状況がまざまざと瞼の裏によみがえり、顔を伏せる。
 「酷い顔をしていた」
 実際ひどい顔だった。あれが数分前のロンと同じ人物だとは思えなかった、僕が知ってるロンは目つきこそ悪いがまだまだあどけなさを脱してない少年の顔をしていたのに身体検査を終えて衝立から出てきたときには自分を取り巻く世界のすべてを憎悪しているような殺伐とした雰囲気を漂わせていた。少し泣いたらしい荒みきった目は赤く充血してぎらついていた、極度の人間不信に凝り固まった目。
 医務室を出て行く間際のロンと目が合った。
 壁際の僕にむけられたのは本来タジマに向けるべき憎悪を転化した苛烈な眼差し、僕に見られていることが痛くて耐え難いとでもいうような悲痛な色を湛えた双眸が後々まで強く印象に残った。
 少なくとも衝立の影に消えるまでのロンは、あんな荒んだ目をする人間じゃなかった。
 重苦しい沈黙が落ちた。
 僕はべつにロンを友人と認識してたわけじゃない、イエローワークの強制労働中、同じ班の人間に嫌がらせされてるところを何回か助けられたがそのことに感謝してるわけでもない。
 でも、ロンの変貌ぶりが気にかかるのは何故だろう。
 「殺しときゃよかった」
 ぽつりと呟いたレイジにぎょっとして顔を上げる。天井中央から吊り下がる裸電球の下、房の床に行儀悪く胡座をかいたレイジが軽薄に笑いながらうそぶく。
 「タジマがロンに手を出す前に殺しときゃよかった。相手は看守だし時期を見て慎重に行こうってグズグズしてた俺が馬鹿だった」
 だが、その目は微塵も笑ってなかった。
 口元だけで笑みを浮かべるなんて器用な男だ、とあきれ半分感心半分の僕はレイジの脇におかれてる本に目をとめる。麻雀のルールブックだった。昨日、食堂で口にしたことは半ば以上本気だったのだろう。レイジは麻雀のルールを覚えてロンに付き合うつもりだったのだ、ふらりと廊下に出て自分の房から閉め出されるまでは。
 「で、君はいつまで僕の房にいるつもりなんだ?」
 レイジの境遇には同情しないでもないが消灯時間が過ぎても房に居残られていては困る、じきに看守も見回りにくるのだからレイジには早急に房から出て行ってもらわなければ。露骨に迷惑げな顔をした僕に首を竦めて立ち上がる。
 「キーストア一緒に寝よ」
 「断る」
 「じゃあサムライ、」
 「断る」
 「……ちぇ」
 「廊下で寝るしかないか」と悲観的な予想を口にするレイジをちらりと一瞥して懐をさぐるサムライ、取り出したのは針金を細工した合鍵。
 「リョウに渡された手製の合鍵だ。お前の房でも使えるかもしれない」
 「恩に着るぜサムライ」
 サムライから合鍵を受け取ったレイジが白い歯を見せて笑う、片手を振って房から出て行ったレイジを見送ってサムライに向き直る。
 「ロンのことが気になるか?」
 図星だ。目を見ただけでどうしてわかるのだろう。
 「気になるわけないじゃないか、彼は何の関係もない赤の他人だぞ。不可解なことを言うな」
 さも憤慨した、といわんばかりに否定するが危うくブリッジに手が伸びそうになる。心の揺れを繕うようにベッドに腰掛けた僕を表情の読めない双眸で一瞥、サムライの視線が最前までレイジが座っていた床へと固定される。サムライの視線を追ってなにげなく床を見た僕はレイジが足取り軽く立ち去った床に本が置き忘れられてるのを発見する。
 麻雀のルールブック。
 「レイジに届けてやれ」
 「………」
 「今から行けば房の前で間に合うな」
 淡々とした物言いに逆らう気も失せた。ベッドから腰を上げてレイジが忘れていった本を手にとり、小脇に抱える。
 「誤解するなよ。レイジの忘れ物を嫌々不承不承届けに行くだけだ、こんな俗悪な本が視界に放置されたままだと気分が悪いからな」 
 突き放すように言い置いて房を出る。扉が閉じる間際、振り返った際に目が合ったサムライが薄く微笑してるように見えたのは気のせいだろう。レイジの房は以前訪ねたことがあるから道には迷わなかった。サムライの言う通り房の前でレイジに追いついた、中腰の姿勢で鍵穴と格闘してたレイジが苛立たしげに舌打ち。
 「くそっ、開かねえ。サムライめ、嘘ついたんじゃねえだろうな」
 「武士に二言はない」
 レイジが振り向く。僕の目は廊下でのやりとりにも無関心に沈黙した鉄扉へと吸い寄せられた。僕らの声が聞こえてないはずはないのに中からは何の反応もない。しびれをきらしたレイジが針金を投げ捨て長い足で扉を蹴る。
 「ロン、寝てんのか?聞こえてんだろ?いい加減ココ開けろよ、おまえだけの房じゃないんだぜ」
 ガンガンガンと続けざまに扉を蹴るが全くの無反応だ。全く手応えが得られずに渋面を作ったレイジが片手で頭をかきむしる。いつも飄々と笑ってるレイジの横顔にこの時ばかりは焦燥の色が浮かんでいた。
 「俺の声聞こえてんだろ?なにがあったか知んねーけどだんまりやめろよ、タジマになにかされたんならちゃんと言、」
 
 轟音、震動。

 「タジマ」の名に返ってきた反応は激烈だった。何か硬い物が鉄扉に激突する音に目を見張る。枕だろうか?いや、枕にしては震動が大きい。一体なにを投げたんだろうといぶかしんだ僕の傍らで予想外の事態が発生。
 レイジが激発した。
 ―「ガキっぽい真似やめろよ!!」―
 普段の余裕をかなぐり捨てたレイジがどうにかこうにか自分に関心を向けさせようと苛立たしげに叫び、拳で鉄扉を殴る、殴る、殴る。
 「てか今投げたの俺の本だろ、音でわかんだよちゃんと!ひとが図書室から借りてきた本投げんなよ表紙剥がれたらどうすんだよ弁償しろよ!!」
 「……今の音から推測すると人が殺せそうに分厚い本だな」
 「ロン!!」
 「放っとけよ!!」
 すがるように扉を殴り付けていた拳が止まる。  
 鉄扉越しに届いた絶叫には聞く者の鼓膜と心を引き裂くような悲痛な響きがあった。拳を掲げて廊下に立ち尽くしたレイジが虚を衝かれて凝視する扉の向こう、自分のベッドの上で膝を抱えてるにちがいないロンが打って変わって低い声で命じる。 
 「…………………失せろレイジ。耳障りだ」
 扉に被せていた上体をゆっくりと起こし、拳に握り固めた手を体の脇におろす。急激に沸騰してきた怒りを押さえ込むように五指を握り締めたレイジがロンよりさらに低い声をだす。
 「……そんなに言いたくないのかよ」
 沈黙。
 明るい藁束のような茶髪を振り乱して扉を殴り付けていたレイジが、今は近寄り難い静謐をまとって廊下に佇んでいる。完璧な造作の双眸に嵌め込まれた色素の薄い瞳を扉の一点に据えて微動だにしないさまは端正な彫像のようにおかしがたい聖性をおびていた。
 「………おまえのツラなんか見たくねえ、ずっと目障りだったんだよ。一年半、同じ房になってからずっと。おまえのしあわせそうな寝顔見るたび絞め殺したくなった。本気で」
 毅然と前を向いたレイジの顔が一瞬苦痛に歪む。いつでも余裕綽々と笑ってるこの男が、いつでも飄々とした態度をくずさないこの男が傷ついた顔をするところを初めて見た。しかしそれはすぐに現在進行形で起こりつつある不条理な出来事に対する怒りに転化され、精巧な硝子玉めいた瞳に激情の稲妻が閃く。レイジが纏っていた空気が一気に変容、静電気をおびたように空気が撓んだのにも気付かずロンが地雷を踏む。
 「お前なんか大嫌いだレイジ、死んじまえ」
 「ああそうかよ!!!」
 レイジがおもいきり扉を蹴った。
 鼓膜が痺れるような轟音が廊下に響き渡り近隣の房の囚人が「なんだなんだ」と扉を開け放つ。
 「いつまでもそうやって拗ねてろガキ、もう面倒みきれねえよ!」
 端正な顔を憎々しげに歪めてレイジが絶縁状を叩き付けるも鉄扉の内側から応答なし。轟音の余韻が大気に溶けて消えてゆくのに背中を向けて廊下を歩み去るレイジ、その形相を目にした囚人が「ひっ」と悲鳴を発して連鎖的に扉を閉める。有言実行、怒れる暴君の大股で廊下を去ろうとしたレイジにわけもわからず追いすがる。
 「レイジ」
 「んだよ」
 「この本はきみのだろう」
 レイジが鞭打たれたように立ち止まる。怪訝そうな顔で僕の手の中の本を見下ろしたレイジが悲哀に似た感情を目に閃かせるが、瞬きとともに消失。長く優雅な睫毛に縁取られた瞼が上がりきったときには、レイジは一転して笑顔を湛えていた。
 冗談とも本気ともつかない、僕がよく見慣れた気丈な笑顔。
 「やる。もう要らねえから」
 肩越しに手を振って大股に去ってゆくレイジを見送りひとり廊下に取り残された僕の脳裏に疑問符が浮上する。彼は今晩どこで寝る気なのだろう?あてがあるのだろうか。まあレイジが廊下で寝て風邪をひこうが僕のベッドに入りこまれるよりマシだが。
 「……………」
 僕の手に残されたのはレイジに半ば強引に押し付けられた麻雀のルールブック。
 折角だし、読もう。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060220075437 | 編集
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