ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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プシュケの涙(柴村仁)



「植物だって生きてるんだから、自衛の策ぐらいは持ってますよ。ぼんやり突っ立ってるわけじゃないんです……だからね、そんな、必要以上に怖がらないであげてください。食わなきゃ大丈夫なんだから。だってあんた、そのへんに生えてる花、むしって食ったりしないでしょ」
  
「ちょっと前まで、ここに確かに存在していた同い年の女の子なのに。若くて健康で綺麗で、才能に溢れた女の子だったのに。肌も髪も、それにきっと内蔵だって、ツヤツヤだったはずなのに」
「…………」
「そんな娘が死んで、彼女の肉体は、灰と煙に変わってしまった……それって、こういう言い方をするのはよくないかもしれないけど、それってさ、すごくもったいないよ。ホント、もったいない。彼女ははぜ、そんなもったいないことをしたのか?不思議でしょうがない」


夏休み、一人の女生徒が校舎の四階から飛び降り自殺した。
吉野彼方。
登校拒否気味のミステリアスな少女。
補習の最中に飛び下り現場を目撃した榎戸川に登校中声をかけてきたのは、美形で変人の由良。
「あんたか、吉野彼方が飛び下りたところを目撃したのは」
榎戸川は強引でマイペースな由良に巻き込まれ彼方が自殺した動機を調べ始めるのだがー…… 
 
白背景に舞うピンクと紫のグラデーションを帯びた蝶の群れ、手を繋ぎあって墜ちていく少年少女。

ラノベらしからぬ幻想的で透明感ある表紙に惹かれました。
挿絵がないので取っ付きにくいかもしれませんが、この作品の場合はこれでよかったと思います。
下手に萌え絵師なんか使ったら雰囲気壊れます、絶対。

前髪をぼさぼさに伸ばし奇矯かつ奔放な言動で周囲を翻弄する由良と、そんな由良に執拗につきまとわれ済崩し的に吉野彼方の死の真相を探り始めた平凡な高校生・榎戸川。
正反対の二人の掛け合いは軽妙洒脱な台詞の応酬で序盤から魅せてくれる。
自己紹介から脱力のボケと寒い駄洒落をかます由良に引きつつも、その既成概念に束縛されぬ奔放な言動を羨む榎木戸の心情が繊細に表現される。
文化祭を控え浮き足立つ学校の雰囲気、そこから隔離され絵の具の匂い篭もる冷えた美術室、受験生の焦慮……
思春期の多感な心情を追体験しつつ、一方では由良の強引な調査法に驚かされ、謎に包まれた吉野彼方の死の真相に迫りゆくスリルを味わう。
ミステリーとしてもなかなか心憎い仕掛けが施されてます。
吉野の死の真相が明らかになる対峙のシーンは手に汗にぎります。

だけどこの小説が真に憎いのはその構成。
第一部が吉野彼方の死に端を発した死後の物語なら、第二部は生前の吉野彼方の視点で語り直される物語。

第一部で自殺した吉野彼方の事を読者は知らない。
読者が知る情報はごく限られており、既に死んでしまった吉野彼方は、神秘の霞に包まれ美化されている。
しかし第二部で明らかになる彼女の素顔は……
良い意味で予想外。第一部の印象をまるっきりひっくりかえします。
第二部でヴェールを剥がされた彼方の素顔は一層鮮明な輪郭をもち、読者の心にくっきり焼き付く。
彼女が人知れず抱えていた悩み、クラスに馴染めずスケッチブックを持って出かけた校庭で偶然出会った変人・由良彼方への想い……
それらが語られていくにつれ、ああ、切なくなる。
だって彼女は、第一部の時点でもういないんだから。
第二部は時系列では過去に相当する。現在パートに相当する第一部を読んだ読者は、彼方がもうどんな手を尽くしても帰ってこないことを知っているのだ。

クラスで孤立し家にも居場所がなく、一人悩みを抱え夾竹桃の写生に逃避する彼方にちょっかいをかける由良。
最初はそんな由良を疎んじていた彼方が、他愛ない触れ合いを通し徐徐に心を開いていく過程は、丁寧に溶いた水彩絵の具さながら淡色の優しさに満ちあふれている。

だからこそ切ない。
たまらない。

第二部終了時点から本当の意味で始まるはずだった二人の物語は、第一部冒頭でむざんに断ち切れてしまう。
彼方が由良に惹かれていけばいくほど、由良が彼方を振り回せば振り回すほど、二人に待ち受ける不可避の未来が脳裏を過ぎる。
 
プシュケとはギリシャ神話に出てくる人間の娘。絵画では蝶の翅をもつ乙女として表現される。

古来より蝶は死者の魂を運ぶ冥府からの使いと崇められてきた。
彼方が生前描いた蝶の絵。
植物しか描かなかった彼女が初めて描いた生き物の絵は、しかし永遠に未完のまま終わってしまう。
彼方と同じ美術部であり浅からぬ縁をもつ由良は彼方が絵の余白になにを描き足すつもりだったか模索する。
彼方が右下の余白になにを描き足すつもりだったかー……遺された人間が知る術はない。
狡猾な罠を仕掛け事件の真相を暴いた由良でさえ余白の真実は明かせなかった。

しかしこの物語を最後まで読み終えた時、読者の脳裏には完成するはずのなかった絵が浮かぶのだ。
吉野彼方が描こうとしたものを、あなたはきっと想像できる。
彼女の素顔を知り、心に触れ、彼女の視点から語り直された物語を読めばー……おのずと答えは出る。
  
  
おそらく吉野彼方が描きたかったものは
由良と一緒に吹いた、透明な虹色の球。
 
舞い飛ぶ蝶の群れの如く、天が抱く霊魂の如く、虹色の光沢を帯びて空に浮かぶあの美しい球ではないかと私には思えてならない。 

蝶は霊魂の導き手。
蝶の翅もつプシュケは地に墜ちず空を舞う。

読み終わったあと、表紙を見返して切なくなった方は、ひとつ試してみてほしい。
本をひっくり返し改めて表紙を見て欲しい。


ほら、まったくちがう絵が見える。
蝶の群れに運ばれ飛翔するプシュケを踊り戯れるように地上に繋ぎとめるその手は、彼女が恋した少年の手なのだから。

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