ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四話

 「前から不満だったんだ」
 「なにが?」
 深刻な顔でぼそりと呟けば隣席のレイジが耳ざとく横槍を入れる。箸を浮かべてプラスチック皿の焼き魚を見据え、言う。
 「なんでこの刑務所には中華がないんだ?」
 東京プリズン入所当時から俺が腹の中で抱いてた最大の疑問がそれだった。
 東京プリズンにはさまざまな国のさまざまな人間がいる。白色人種黄色人種黒色人種、アメリカ人ロシア人ベトナム人フィリピン人マレーシア人インド人。中で最多数を占めるのが世界総人口の実に五人にひとりを占めるという中国人で東棟はとくにその割合が多い。東棟最大規模の中国系派閥を仕切る凱が裸の王様のごとく威張り散らしてるのがいい証拠だ。しかし東京プリズンの食事は来る日も来る日も和食・洋食・和食・洋食・和食・洋食の単調なローテーションで栄養面でもお粗末ならば見た目もパッとしない、お世辞にもバリエイション豊かとはいえない貧しい内容なのだ。
 現に今、俺の前に供されてるのは粗食という形容がこれほどぴたりと当てはまるのも珍しいだろうという和食メニュー。矩形の皿にはパリパリに骨ばって干からびた焼き魚が真ん中から開かれて乗っている、白目の濁った眼球をぎろりと剥いたなかなかグロテスクな顔をしている。トレイの左隅、アルミの深皿に注がれているのは申し訳程度にワカメが浮いた水っぽい味噌汁。いや、味噌汁というより水汁だろう。なんたって味がしないのだ。小皿に盛られているのは薄っぺらいキュウリの漬物が五切れ、あとは白い飯。口に入れた途端に唾液がわいてくるような、ふかふかに炊けた甘い白米ではなくこれも妙にべそべそと水っぽい。自分が食べてるのは粥になりそこねた米なんだか焚くのに失敗した米なんだか時々わからなくなるほどだ。  
 箸で焼き魚の目玉をえぐりながら不満を訴える。
 「おかしいじゃねえか、東京プリズンは中国人がいちばん多いんだぜ?なのになんで中華がねえんだよ、民主主義だろ日本は。多数派の意見尊重しやがれ」
 「おまえの口から民主主義とか多数派とか聞ける日がくるとはな」
 行儀悪く箸をくわえてテーブルに肘をついたレイジがけたけたと笑う。
 「食に関しては民主主義に賛成。ムショにぶちこまれてから来る日も来る日もまずい芋と小骨ばっかの焼き魚食わされてみろ、拷問だ」
 腹立ち紛れに箸を使い、抉り取った目玉をぽいと口に放りこむ。レイジが嫌な顔をした。
 「よく食えんなそんなもん」
 「魚の目玉は栄養あるんだぜ。だよな鍵屋崎」
 目玉をしゃぶりながら箸の先を上げ、博識な鍵屋崎に解説を頼もうとしたが本人の姿が見当たらない。てっきり近辺に座ってるとばかり思っていたのにと向かい席のサムライに目をやれば寡黙に飯を咀嚼しながら背後へと顎をしゃくる。鍵屋崎は三つテーブルを隔てた後方席の隅にひとり腰掛け、片手にアルミ皿を片手に箸を握り、終始うつむきがちに朝食をとっていた。時折思い出したように顔を上げて焼き魚を切り分ける以外に俺たちのほうを見ようともしない。
 最初から俺たちに気付いてないのかそれとも気付いていて完璧に無視してるのかわからないが、自分の膝を見ながら飯を食べる鍵屋崎が何だかひどく真剣な表情をしていて尻込みしてしまう。椅子から腰を浮かし、鍵屋崎に声をかけようとして躊躇した俺を押しのけるように身を乗り出したレイジが「おーい」と呼びかける。
 「?」
 大声で鍵屋崎を振り向かせたレイジが箸の先をちょいちょいと擦り合わせ、「魚の目玉について教えてくれ」と要請する。この突発的かつ突飛な申し出に鍵屋崎は怪訝な顔ひとつせず見慣れた無表情で応じた、淡々と事務的に、なにかを長々と説明するときの癖でメガネのブリッジに触れながら。
 「魚の目玉とその周辺の肉は栄養価が高い。魚の目玉にはビタミンA・B1・B2が多く含まれていて特にタイの目玉はビタミン類と脂肪が豊富なことで知られている。余談だが同じ脂でも肉と魚では働きが違う、魚の脂肪に多く含まれているDHAは記憶力をよくしたり脳の中の情報伝達を担うシナプスの原料となる成分だ。要約すれば魚を食べることにより脳内のシナプス量が増え痴呆防止につながるんだ」
 「へえーへえー」
 わざとらしく感心したふりをするレイジだが、その顔がにやついているのまでは隠せない。説明を終えた鍵屋崎がふたたび顔を伏せ、とくに味わってる様子もなければ美味そうな様子も見せずに淡々と食事を再開。
 「まあ、きみたち凡人と頭の出来が違うぼくは魚の目玉なんてグロテスクなものを食して記憶力の向上を図る必要はないがな」
 一言余計だ。
 「なんでアイツひとりで食ってんの?」
 「魚の目玉に含まれてる成分解説」よりもそっちのほうが気になり、正面のサムライに尋ねる。東京プリズンに来た最初の数ヶ月は俺たちと馴れ合うのを極力避け、ひとりぽつんと輪から外れて飯を食っていた鍵屋崎がここ最近俺たちと一緒に食事をとるようになった。べつに積極的に交流をはかるようになったとか親睦を深めようとか気色悪い変化がおきたわけじゃないが、二ヶ月前くらいからだろうか鍵屋崎に微妙な変化がおきた。それまでは意固地に他の囚人と交流を断ち、接触を拒絶し、自分のまわりにひとを寄せ付けないよう透明なバリアを形成していた鍵屋崎の目に見えないバリアの壁が薄くなったといえばいいのだろうか。それまではだれも立ち入ることを許されてなかった鍵屋崎の内側に気付けばサムライがちゃんと存在していた。俺たちからしてみればバリアの弾力は相変わらずで、不用意に触れればあっというまに跳ね返されてしまう排他的な強靭さも備えているのだが、その壁が内側まで透けるくらいに薄くなったことには気付いていた。

 サムライと鍵屋崎の間になにがあったかはわからないが、サムライはあの気難しい、扱いにくいメガネの内側に入ることに成功したんだろう。

 そんなわけで、ここ最近は鍵屋崎も俺たちと一緒に食事をとっていた。鍵屋崎が混ざったからといって会話が弾むはずもなく、むしろ食事時の雰囲気は悪くなった。鍵屋崎ときたら多少は接しやすくなっても毒舌は衰えてないばかりかさらに磨きがかかっていて、気まずい沈黙にしびれを切らした俺がちょっと話しかければ間髪いれずに辛辣な皮肉で応酬するのだからたまらない。鍵屋崎が相手じゃまともな会話が成立するはずないと奴が来てからの半年で十分に理解してるのだが、「気は進まないが席を立つのは大人げないしここに居るしかない」という決まり悪そうな表情の鍵屋崎を見てると何か言わずにはいられなくなるのだ。
 本当にお節介だな、俺。
 「今朝はひとりで食事をとりたいそうだ」
 「たまにはそういうこともあるだろう」と達観した淡白な口調だった。
 「また喧嘩したのか?」
 サムライは答えず、粛々と箸を運ぶ。さすがガキの頃から箸を握らされてた生粋の日本人だけあって箸の扱いはお手の物だ、流れるようにあざやかな、能の振り付けを彷彿とさせる華麗な手さばき。これ以上答える気はないようだし、詮索はよす。焼き魚の目玉を舌の上で転がしながら視線を食堂上空に移動、娑婆で日常的に食べていた好物を次から次と思いつくままに挙げてゆく。
 「牛楠飯(ニョウナンファン)炒麺(ツァオミエン)生薊包(センチエンパオ)控肉飯(コンロウファン)貢丸湯(コンワンタン)……ああ、肉粽(ロウズォン)が食いてえ」
 今俺が挙げたのは厳密には中華料理じゃなくて台湾料理だが、ガキの頃から慣れ親しんできた家庭の味なのは事実だ。俺がある程度でかくなってお袋が料理を放棄してからは屋台で買い込んできた飯が三食腹の足しになったが。
 好物を指折りかぞえて悲嘆に暮れる俺をレイジがにやにや笑いながら眺めている。ひとを小馬鹿にしたような憎たらしいツラが癇に障り、噛み付くように言う。
 「おまえは食いたいもんねーのかよ?」
 「あるぜ。ティラピア」

 あん?なんだって?

 「知らねーの?フィリピン料理だよ。川魚の丸揚げ、味は淡白で癖もない。酢醤油みたいなソースに漬けて食うんだ、うめーの」
 「ティラピア……それピラニアじゃねえか?」
 「そうかも」
 「そうかもってピラニア食えんのかよ。食う奴いるのかよ」
 「あとはポップコーラ。気の抜けたとしかいいようのないフィリピン産のコーラでコップに注がずにそのまま飲むのがフィリピンスタイルだ。ガキの頃はよく飲んでたんだけどココ入ってからとんと縁がなくてさあ……看守に融通きかせてフィリピンから輸入しようにもあそこ第二次ベトナム戦争の戦火が飛び火した激戦地じゃん?無理っぽくて」
 「テキーラとかウィスキーとか好きなだけがぶ呑みできる身分の王様が気の抜けたコーラにこだわんなよ、しみったれてんなオイ」
 「手に入ったら飲ませてやる」
 「要らない」
 「感謝しろ、特別サービスだ」
 「い・ら・ね・え」
 俺から持ち出した話題だが、これ以上レイジの戯言に付き合ってられるか。
 綺麗にたいらげたトレイに抱えて席を立つ。乱暴に椅子を引いて立ち上がった俺にもサムライは顔を上げず、背筋をしゃんとのばして飯を食っている。対照的にだらしなく頬杖ついたレイジが箸をもてあそびながら気のない声をかけてくる。
 「ロン」
 「なんだよ」
 トレイをカウンターに返却する途中、レイジの声に反応して振り向く。やばい、ついうっかりレイジの頭を直視してしまった。こみあげてきた笑いがこらえきれなくなる前に慌てて下を向く。下唇を噛み締め、肩を震わせて立ち尽くした俺をテーブルに片足投げ出した姿勢で眺めていたレイジが箸の先端をツと滑らせて警告する。
 「あぶない」
 え?

 背後に衝撃。

 無防備な背中に肘打ちをくらい、たたらを踏んで姿勢を崩す。トレイを取り落としかけて体勢を立て直した俺の目に映ったのは見覚えあるツラのガキ……凱の取り巻きのひとりだ。下卑た笑みを満面に浮かべたしまりのないツラのガキ、その足もとにからのアルミ皿が落下する。けたたましい騒音を奏でて床に散らばったアルミ皿をご丁寧にテーブルの下へと蹴り飛ばし、勝ち誇ったように哄笑する。
 「ぼうっとしてんなよ、半半。わかんねえのかよ、お前が食堂にいるだけで飯がまずくなる。とっとと失せろ」
 トレイだけは死守したが、がくんと上下したトレイから落下した皿の方は俺が拾い上げる間もなく油汚れで照り光る不衛生な床を転がって四方のテーブル下に散逸してしまった。そのさまを見て周囲のテーブルの連中が嘲笑する。中には自分の足もとに転がってきた食器をさらに奥へと蹴り飛ばしてくれた奴がいる。
 「なにすんだよ」
 「床に手をついて拾えよ」
 手近のテーブルにトレイを叩きつけて食ってかかったが、相手は涼しい顔をしている。陰湿な光を目に湛えた卑しい面つきには俺の反応を面白がってこれから行われることを存分に見届けよういう嗜虐心が満ち満ちていた。高飛車に腕を組んで優勢を誇示したガキを忌々しげに睨みつけるが、いつまでこうしていても始まらない。舌打ちして床に膝をつき、テーブルの下に頭をくぐらせる。あった。手近の椅子の下にアルミ皿が転がっている。テーブルの裏面に頭がぶつからないよう注意して四つん這いになり食器へと手をのばし……
 手がふれる寸前に食器が目の前から消失した。
 かんだかい音をたてて1メートル向こうへと蹴り飛ばされた食器から視線を上昇させれば、手前の椅子にふんぞりかえっていた中国系のガキが「ふん」と嘲るように鼻を鳴らしてくれた。
 ガキっぽい嫌がらせだ。
 毎度毎度慣れているとはいえ腹が立たないわけじゃない、生憎俺はそんなに人間ができてない。体の脇で拳を握り締め、わざと俺にぶつかってきたガキと俺が手に取ろうとうした食器をわざわざ遠くに蹴り飛ばしてくれたガキを想像の中で殴り倒す。よし、少し気が済んだ。気を取り直し、四つん這いの姿勢で這って1メートル遠のいた食器に接近、今度こそはと手をのばしかけ……
 また食器が消えた。今度は別の奴に蹴り飛ばされ、さらに1メートル奥へと強制移動。
 頭の上で哄笑がはじけ、かまびすしい野次が乱れ飛ぶ。こめかみの血管が切れそうだ。コイツら、ガキっぽいにもほどがある。蒸発寸前の自制心をかきあつめ、油汚れで一面飴色に輝く不衛生な床に四肢をついた犬の姿勢でテーブルの下を彷徨する。膝で床を刷いて食器に辿り着いたそばから別のガキに蹴り飛ばされ手の中から皿が消える、その繰り返し。机の下から顔を出してレイジを仰ぎ見れば、テーブルに片肘ついた気だるいポーズで箸をくわえていた。
 『助けてやろうか』
 恩着せがましいレイジの目配せに中指を立てる。俺にも意地がある。プライドと呼べるほど上等なもんじゃないが、それでも守り通したい意地が。レイジの助けを借りるなんてお断りだ、俺は男だ、自分の身にふりかかった災難くらい自分ひとりの力で切り抜けてやる。
 油汚れでズボンの膝をどす黒く染め、テーブルの下をうろうろ這い回る。どれくらいそうしていただろう、遂に食器を見つけた。椅子に陣取ったガキどもの足が格子のように林立する中間にぽつねんとアルミの深皿が転がっている。今度こそは蹴られるまえに拾い上げようと肘をのばして皿を掴みかけ……
 「!」
 顔面に靴裏の影がさす。
 椅子に腰掛けたガキと足もとに這いつくばっていた俺の目が合う。ガキは笑っていた、俺が至近距離に到達するのを見計らい、事故を装って顔面に蹴りをくれようと足を振り上げたのだ。顔を庇おうと頭上に両腕を翳したが間に合わない、遅くとも鼻骨が陥没するのは防げればいいのだが……
 しかし、予期していた衝撃はいつまでたっても訪れなかった。
 肩透かしを食らい、おそるおそる両腕をおろす。今まさに俺の顔面に振り下ろされようとしていた片足が虚空で止まっている。ゴミと残飯が付着した靴裏が鼻先に迫った近距離に浮かんでいる。そして、足の脛を掴んで虚空に縫いとめているのは肉厚のてのひら。眼前の足を辿って視線を上昇させた俺の目に映ったのは意外な光景だった。
 凱がいた。
 俺を蹴ろうとしたガキの足を骨が軋むほどに締め上げ、不機嫌絶頂の仏頂面で俺を見下ろしている。
 凱がとった意外な行動に食堂の喧騒が止み、周囲のテーブルで俺を囃し立てていた連中が固唾を飲んで沈黙。耳に痛いほどの静寂が満ちる中、無造作に腰を屈めた凱が自分の足もとに転がってきた食器を拾い上げ、ずいと俺の鼻先に突き出す。
 「………………どういう風の吹き回しだ?」
 おもわず食器を受け取ってしまってから暗雲のように疑惑がたちこめる。凱が俺を助けるなんてわけがわからない、凱は俺のことを毛嫌いしてるのに。半年前もイエローワークの仕事場で殺されかけて、「次は必ず殺す」と堂々予告されてもいるのに。
 俺の両手に食器を押し付けた凱は周囲のテーブルから注視を受け、ばつがわるそうな、陰鬱な表情をちらりと覗かせたがすぐに虚勢を取り戻す。巌のような筋肉に覆われた厚い胸板を反らし、腰に手をつき、憎々しげに吐き捨てる。
 「借りは返したぞ」
 借り。
 脳裏で閃光が閃く。何を言われてるのかわかった、いつだったか、あれは三ヶ月に一度のあの日、囚人の明暗を分ける手紙の分配日。凱が自分宛の手紙に同封されていた写真を廊下に落とし、そうとは気付かずに高笑いして去ってしまったことがある。俺はそれを拾い届けてやった、わざわざ。凱の手紙に同封されてた写真なんか破り捨ててやればよかったと後々後悔しないでもなかったがどうしてもできなかった、煙草の火で写真を焼こうとして寸前で思いとどまった。

 写真に写っていたのが凱によく似た小さな女の子だったから。

 コイツまさか、あのことをずっと気にしてたのか?
 俺が何か言う前に背中をひるがえし、早々とその場を立ち去る凱。憤然と肩を怒らせ、堂々たる大股で通路を去ってゆく凱の後ろ姿を周囲のテーブルの連中が口を半開きにした間抜けヅラでぽかんと見送っている。どいつもこいつも今目の前で何が起こったのか計りかねている様子だった。いちばん当惑しているのは最初に俺にぶつかってきた凱の子分だ、台湾・中国の混血を毛嫌いして「いつか殺してやる」と血気さかんに息巻いている凱の歓心を買いたいがために俺に嫌がらせを仕掛けてきたのに裏目にでてしまった。
 「あ、あの、……」
 放心状態で立ち尽くすガキのもとへ大股に接近、肩で風を切って威勢よく突き進んでゆく途中で拳を振り上げ。
 ガキの顔が大きく仰け反り、噴出した鼻血が空に弧を描く。
 「ひゃ、ひゃんで凱さん?!」  
 ひしゃげた鼻を両手で覆い、半泣きの状態で床にうずくまったガキの疑問に凱は背中で告げる。
 「いいか?そいつは俺が殺すんだ、イエローワークの現場で正々堂々とな。俺様の獲物を勝手に横取りするんじゃねえ」
 「ま、待ってください凱さん!出すぎた真似してすいませんでした!」と卑屈に頭を下げて凱の背中に追いすがるガキが振り返りざまありたけの殺意をこめて睨んできたが、「すまねえと思ってんならとっとと席確保してこい、使えねえパシリだな!」という凱の怒声に縮み上がり、全速力でテーブルとテーブルの間の通路を駆けてゆく。
 「愛されてるなロン。妬けるね」
 椅子の背もたれに上体を預け、後ろ脚で器用にバランスをとりながら一部始終を傍観していたレイジが呟く。
 「………」
 レイジを恨むのは筋違いだ。レイジのことだからきっと一言「助けてくれ」と頼めば助けてくれたんだろう。王様の一声で連携して俺をなぶっていた囚人どもを黙らせることもできたはずだ。
 でも、それはできない。俺は男だ、自分の身くらい自分で守れなければ。俺はいつもそうしてきた、11の時にお袋の客に無理矢理ヤられそうになったときも喧嘩慣れしたクソ度胸で切り抜けた。
 俺は男に依存するしか生き方を知らないお袋とは違う、自分の身くらい自分で守れる。 レイジの台詞を無視して逃げるように食堂から立ち去る。トレイをカウンターに返却して足早に通路を抜けた俺の背後で聞こえるのはサムライとレイジのやりとり。
 「なんだよ、ジッと顔見て。なんかついてるか?」
 「いや……」
 「はっきり言えよ、あんまり男前で見惚れたって」
 「レイジ、気付いてないのか?」
 「なにを」
 「……今朝顔は洗ったか?」
 「いんや、面倒だから洗ってない。それがどうしたの?洗わなくても美形だろ」
 「鏡は見なかったんだな」
 「だからなんだよ?」
 噛み合わないやりとりを繰り広げるサムライとレイジの声に被さるのはくぐもった笑い声。周囲のテーブルに陣取った囚人がトレイに顔を伏せ食器に顔を埋め、懸命に笑いの発作をこらえているのだ。箸を握った拳を震わせ、笑い声をもらさないよう下唇を食い締めた囚人の多くは満足に呼吸できずに顔を紅潮させている。ひとたび声をもらしたら最後、風船を針で突いたような爆笑の渦に食堂が呑まれるのは必至。
 しかし恐れ多くも王様の機嫌を損ねる真似はできない、王様はまだなにも知らないのだから。
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