ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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ブラボーーーーーーーー!!
 何これ嘘夢じゃねえのすげーうわああああああああああ神様ありがとう神様でももうちょっと早く教えてよ神様!!
 というわけで私が知らない間に及川由美さんの「カラマーゾフの兄弟 1」が発売されてたんですようわあああああああああ!
 
 冒頭から絶叫で大変お見苦しいですがなまぬる~くスルーしてください、どうして私がこんなに興奮してるのかっていうと及川由美さんといえばあなた、普段エンタメばっか読んでる私が長大・難解・退屈の先入観に囚われ自発的には絶対読まなかっただろう「カラマーゾフの兄弟」を手にとりおおいに萌え悶え苦しむきっかけを与えてくださった方なんです!!方なんです!!(エコー)
 今をさること数年前ネットの海を漂流していた私の心臓を鷲掴みにして連れ去った美麗絵サイト。そこに舞い踊るはミーチャ・イワン・アリョーシャの人名、ドエトエフスキー、カラマーゾフの文字……
 とにかく美しかった。とにかく衝撃だった。
 端正でアンニュイなキャラの横顔から漂うストイックな色気、白と黒のメリハリが利いたスタイリッシュな絵に宿るスタンダードな芸術性、イラストとしてもハイレベルで一目惚れ。
 こんなに上手い作家さんがネットにいたなんてと感動しサイトのすみずみまで拝見し、そこの管理人さんがドエトエスフキーを敬愛してやまぬ及川由美さんだと知りました。 
 及川由美さんの絵はとてもとても素晴らしかった。
 あえて系統に振り分けるなら中村明日美子か、しかしそんな系統分けは無意味だ。

 孤高が似合う青年は漆黒の瞳に虚無をたたえ思索に沈潜し。
 眼鏡の奥、怜悧な知性をやどす切れ長の目は魅力的で。

 その青年こそ、かの世界一有名な(?)三兄弟の次男イワンだったんです……!
 及川由美さんのサイトではドエトエフスキーの著作を美麗なイラスト入り相関図で詳細に解説し、キャラ考察なども設けられ、ドエトエフスキー?ちょっと敷居が高いなあ、萌えもなさそうだし……なんてたわけたことをほざいてた私を開眼に至らせました。
 及川由美さんの描くイワンに動悸息切れ眩暈がするほど萌えていわゆる恋の病を患った私は後日本屋で平積みにされた新訳カラマーゾフと出会い、「この分厚い小説の中にあのニヒルでアンニュイで黒髪切れ長の目で眼鏡がとてつもなく似合う美青年がいるのか……」とふらふらレジにもっていってしまいました。
 つまりなにがいいたいかというと及川由美さんのサイトに出会わなければ私がカラマーゾフを手に取ることはなかった!イワンに出会うこともなかった!純文学とか哲学とかイメージだけで敬遠してやたらと愛称が込み入ったロシアのドストさんの著作なんて読む機会はなかったんです!!ありがとう及川さん、感謝してます!!

 というわけでとにかく当時の衝撃はすごかった。
 え、この人マジで素人?こんな美麗な絵と深遠なキャラ考察をネットでただ見せしちゃっていいのなんならお金払いますよ?とか思ってたその方が!!なんと!!!!「カラマーゾフの兄弟」の漫画を連載してたなんて!!!!!!しかも一巻発売ってああっ嬉しすぎて夢みたい、ブラボー!!ブラボー!!
 
 カラマーゾフは昨今のブームにのって漫画で読む純文学だか古典だかってレーベルで文庫化されたのですが、実はそっちのほうの出来はいまいち……個人的にはイワンが眼鏡じゃないのが納得できなくて(おい)それ以前に小説のもっとも重要なテーマというか「ここは変えちゃだめだろう」という部分が端折られているのが受け付けませんでした。
 だからこれからカラマーゾフ読もっかな~兄×弟とか弟→兄とか萌えるし~とかお考えのお嬢さんがた(お母さんがたも)是非及川由美さんの描いた方を読んでください!
 原作読破済みの腐った方は迷わず手にとるべしです、腐ってない方が読んでも勿論面白いし夢中になりますが及川さんの繊細で美しく憂いある絵柄で表現されるイワンとアリョーシャの絡みなんてもう、もう、もう……

 時よとまれお前は美しい。

 すごいですよこの漫画。ページめくる手がとまりますよ。1ページごとにため息が零れますよ。おもにイワンの美しさとかアリョーシャのけなげ可愛さとかミーチャのエロさとかに。兄弟萌えの方はぜひ!!!!!!!読んでください!!!!!!というか読んでお願い読んで私と興奮分け合って――!!

 皆さん普段寡黙な(?)私の素のテンションにどん引かれてるとおもいますがぶっちゃけこれでどん引かれるなら悔いありません。さあどんどんどん引いてください。どん引かれても空気を読まず布教するぞ!

 だれにでも分け隔てなく優しい愛され末っ子聖職者アリョーシャ、ニヒルなインテリ無心論者で辛辣な次兄イワン、放蕩ものの色男で感情の波が激しい長兄ミーチャ、イワンを崇拝する下男スメルジャコフやら個性的で魅力的なキャラたちが織り成す濃厚な愛憎劇にこの機会に耽溺してください!

一緒に読みたい本


初めて読んだのはこれでした。一番好きな訳は岩波版。

及川由美さんのブログにもぜひ!素敵なカラマーゾフキャラがおでむかえしてくれますよ!
特集もあわせてどうぞ。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021031193216 | 編集



 どうして私なの?
 殺された理由と生きる意味を求め銃を持った少女の名はルーン・バロット。
 愛を知らない元少女娼婦。保険金殺人の犠牲者。
 最先端の科学技術によって死の淵から蘇生したバロットは、万能ネズミ型兵器・ウフコックという相棒を得て壮絶な戦闘に身を投じていく。
 
 待望の第一巻がでました!漫画版マルドゥック・スクランブルです!
 ずっと雑誌で追って楽しみにしてたんですが単行本が発売され紹介しやすくなりました!
 もう表紙からアドレナリン大量分泌で大変ですよ、カラーのセンスがありすぎです、虚無と絶望と儚い希望を映す黒瑪瑙の瞳に吸い込まれそうです!
 作画の大今さんはマルドゥック~が初の連載となる新人漫画家さんですが凄く画力があります!
 原作を細部まで読み込んるのがわかる描写にオリジナリティあふれる遊び心を加え、脚色する部分はさらにドラマ性を強め脚色し、キャラクターの魅力を最大限に引き出します。
 原作のバロットもコケティッシュで大好きだったんですが漫画版のバロットは反則的に可愛すぎる……
 個人的に前髪は蘇生後のパッツンじゃないほうが好きだったんですが、漫画版のバロットはそれを差し引いても表情豊かで凄く可愛い。
 基本無表情なんですがウフコックとの心温まる触れ合いを経て信頼関係を築いていくうちに少女らしい繊細で柔らかな表情を見せるようになる。
 大今さんは表情の変化の描写も秀逸なんですが、ヘタウマな歪みが魅力になる画風で、登場人物の心理的なプレッシャーを炙りだす不安定なアングルに唸らされる。鬼頭莫広に萌えを足したような絵柄なんですが、車が突っ込んでくるシーンの見開きなどは迫力満点。
 街の背景などもさりげなく凝っていて画面の隅々まで楽しめる。
 小説原作だとイメージが違う!という事がありがちですが、こちらはボイルドがやや痩せ型なのを除いてほぼイメージどおり。
 ウフコックにはちょっとびっくりしましたが……(笑)ファニーというかファンシーというかああくるとは思わなかった。

 マルドゥック~はひとりの少女の魂の葛藤と再生を描いた話。
 根底に流れるのは「どうして私なの?」という切実な問い。

 どうして私なの?
 不幸な生い立ち。
 娼婦として体を売る日々。
 救いの手をさしのべてくれた男にも裏切られ殺されかけ絶望し、一度は死を望んだバロットがしたたかにしなやかに成長していく姿には胸打たれる。
 少女と銃は少年と銃と同じ位好きな組み合わせなのですが、華奢な美少女が黒髪なびかせ銃をぶっ放す姿はやっぱ痛快。
 第一巻の見所はやっぱフェスタのシーン。
 派手な銃撃戦ももちろんかっこいいのですが、原作にはなかったエピソードが追加されたことによって、バロットの可愛らしさがより引き出されたなあと思います。
 可愛いんだよ……むくれ顔とか……もしゃもしゃとか……原作と比べより親しみやすい素顔を見せてくれるバロットにもう夢中。
 このフェスタに出てきた家族は後に再登場するんですが(たぶん二巻収録)……おいおいこんなのなしだぜ……あんたとんでもねー鬼畜だよ、こんなド欝展開望んでねえよ……みたいな……原作もそりゃグロなんですが(ヴェロシティに比べればだいぶマシとはいえ)漫画版の展開は予想してなかっただけにこたえました。
 ぶっちゃけ原作に忠実に漫画化すると「絵で見せるのむずかしいんじゃね?」ってのがかなりあるんで、今後どういうふうにそれを描いてくれるのか楽しみです。
 ウフコックとバロットの異種族年の差ラブもいいんですが、個人的にドクターとバロットのぎくしゃく擬似父娘的な関係に萌えます。
 思春期の娘への接し方に悩む若いお父さんというか、潔癖な娘の心をほぐそうとはっちゃけては上滑り空回る気の毒なパパンというか……ドクターはいいキャラですね。非戦闘員ですがウフコックに次ぐ癒しです。
 少女と銃の組み合わせが好きな方、中身オヤジなネズミが気になる方、そのネズミとワケありなタフガイが気になる方はぜひ!

一緒に読みたい本

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021030140231 | 編集



 「みんみんうるせえな。お前の名前は『蝉』だ」

 「弱いやつが死ぬのはあたりまえじゃねえか」
 帰る場所も行くあてもない。
 友達も家族もない。
 殺しを請け負った報酬でコンビニのサンドイッチを買い、漫画喫茶を渡り歩く空虚な日々に鬱屈していた孤独な少年にある日声をかけたのは見るからに胡散臭い眼鏡の中年。
 「おじさんとちょっとお話しねえ?」
 男の名は岩西。
 ジャック・クリスピンを信奉しその名言をたびたび引用する彼に、少年は反発しながらも絡めとられていく―……

 魔王から遡ること四年前、「ワルツ」は蝉と岩西の出会いから始まる殺し屋たちの戦いを描いた物語。
 今作において語られるのは魔王において主人公を食う強烈な存在感を発揮した蝉が岩西と専属契約を交わし蝉となる以前の話。むかついたからという理由で依頼主にさえナイフをふるう少年は、仲介業者でさえ匙を投げる異端児として忌み嫌われ孤立していたが、そんな彼を岩西が拾う。
 「今日からお前は蝉だ」
 使い捨ての人殺しからプロの殺し屋へ。
 自分の技量を認めてくれる稀有な存在との出会いを経て、「蝉」と名付けられた若き殺し屋は運命の扉を開く。

 
 いやすごいですねこれは。全編ボーイズラブ。
 ゲッサンで連載しちゃっていいんですか?連載開始時からリアルタイムで読んでるんですけどほんとにすごいですよ、そのへんのボーイズラブなんてメじゃありませんから。
 というか私の脳が腐りきってるせいかまるっきりボーイズラブに見えます。手遅れです。
 蝉のエロ可愛さは異常。岩西の鬼畜エロさは異常。 
 「魔王」において登場した蝉は岩西の束縛に不満を抱き、同時にいつか岩西に見捨てられるかもしれないという潜在的な不安を抱き続けていたんですが、その不安の根が「ワルツ」で明らかになります。
 岩西と蝉の出会いが援助交際だったり魔王で蝉が愛用してるうさぎ耳しっぽ付き上着は岩西の純然たる(変態)趣味だったり蝉が岩西専用携帯を手にする過程だったり、衝撃の事実の数々が明らかにされ涎がとまらない。
 大須賀めぐみさんの絵は華があり、なおかつそこはかとない色気があって大好きなんですが、最初すさみきっていた蝉が岩西にからかわれむきになる顔むくれる顔、初めて頭をポンと叩かれた時髪をぐしゃぐしゃにされた時の反応といったらもう、もう……このツンデレめ!死なすぞ!もう理想だよ!
 特に必見なのは血まみれデレ。
 岩西の胸ぐらつかんで上目遣いでデレる蝉の破壊力は物凄いです、本気で死を予感しました。 
 夜の街をさまよううちに人殺しの才能を見い出されたものの、むかつくやつはすぐ殺すという暴発性ゆえ同業者にさえ疎んじられ捻くれた蝉が、金に汚い食えない中年・岩西にあれこれ世話を焼かれるうちにどんどん表情豊かになってくのがたまらない。
 魔王よりさらに血しぶき増量で残虐シーンが増えているのですが正直それ以上に鼻血がでそうです。
 鬼畜スケベ岩西とツンデレ蝉のラブコメとして読んでも大満足なのですが、「誰かの役に立ちたい病」の首折り男や時間に正確な「チクタク」など異能の殺し屋たちが続々登場しサスペンスを盛り上げていく。
 やっぱり見開きが迫力満点でかっこいい……。
 伊坂さんの原作と大須賀さんの絵は非常に理想的な形で互いを高めあっています。
 岩西は魔王よりさらにアクが強くあくどく蝉を調教し(おい)蝉は魔王よりさらにツンデレに磨きをかけ岩西に噛み付きまくる。
 魔王がツンツンツンデレくらいだとしたらワルツはツンツンツンツンツンデレツンツンツン、そんな比率で。
 物語はまだ序盤。「首折り男」や「チクタク」との邂逅を経て蝉がプロの殺し屋として成長していく姿を描くのだろうと現時点で予想してますが、今月号で首折り男が「町を支配するある男」を倒そうとしていたという情報が提示され、これってもしや魔王とのリンク……とドキドキしてます。
 「商社」を牛耳るあの人のことかもしれませんが。
 もうすっっごく面白いです、私は腐ってるので岩西と蝉のやりとりにいちいち萌え悶え転がってるんですがボーイズでラブ的な視線を排しても漫画として絶対に面白い。
 フリークスな殺し屋どものスタイリッシュでキッチュな異能バトルものとしても充実の読み応えを保証します。
 「携帯なんか一生必要ねーし」と呟く八重歯で三白眼でツンデレで人間不信気味の不良少年が金に汚い意地悪な中年に褒められ否定され落ち込んだり不貞腐れたり調教されていく話に萌える人、買おうぜ!その際は前作「魔王」も忘れずに!

一緒に読みたい本


兄弟愛に萌えろ。

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関連記事 [読んだ本感想]
読んだ本感想 | コメント(-) | 20021029211747 | 編集



 ―…あの人には言ってあげたかったな
 もしかしてあなたの探しているものは 
 あなたのすぐそばの それじゃありませんかって……

 あの人は永遠に探すのかな
 自分のすぐ後ろにあるものを


 ………ね
 ぼくはずっと怒っているんだよ
 こんな思いをさせてくれるのも
 ぼくを縛るのも
 この世に一人しかいないんだ



 なるしまゆりの心理描写は圧巻。
 思春期の少年少女の痛々しいほどの閉塞性や、大人になりきれずさりとて子供でもいられない微妙な心理を描かせたら天才だと断言します。
 「少年魔法士」が好きで好きで大好きで一時期読みまくりました。
 カルノ(シスコン)もレヴィ(マザコン)も勇吹も好きですが、基本一話読みきりのオカルトオムニバス「少年怪奇シリーズ」も大好きなんです!凄くいいと声を大にして主張したい。
 これは昔あすかに読みきりで掲載されていたシリーズの愛蔵版。
 「隣の町で死んだ人」。
 有名校の受験に失敗し都立の滑り止めに入学した戸倉坂はクラスで浮いた存在。
 そんな変人・戸倉坂に興味を持つのは茶髪にピアスの不良・落柿。
 やがてクラスの出し物として「隣の町で死んだひと」という都市伝説がベースの劇を演じることになるのだが……
 落柿はちゃらちゃらした見た目に反し中身は一本筋が通った熱い男。
 クラスで孤立していた戸倉坂はそんな落柿の中に死んだ従兄の影を見る。
 友人が戸倉坂の陰口を叩けば「あいつそんなつまんねーやつかな」と呟き、劇の脚本を破いた戸倉坂の行動にも理由があると直感し、本人にむかって直接それを聞く。
 街では塾生が襲われる連続通り魔事件が発生。
 戸倉坂と落柿も事件に巻き込まれるのだが、当人たちをおいてけぼりにしてどんどん勝手な噂が広がっていく。
 実際にそこには傷付いた被害者や涙を流した遺族がいるのに、関係ない人々にとってはあくまで「隣の町で死んだひと」の話にすぎない。近すぎず遠すぎず、わっとたかって食い漁って忘れ去るのにちょうどいい距離……
 なるしまゆりは私たちの身近に当たり前にあって、しかし忘れがちなものに気付かせてくれる。
 面白おかしく脚色され一人歩きする噂にさらに傷付く「被害者」のひとりに向かい、落柿が言い放った台詞が最高にかっこいい。

 「いいか?襲われたのはオレ、怖かったのもオレ、だから本当のことを言えるのも俺だけだ。お前のせいじゃ絶対にねえ!!くだらねェことは信じるな 笑い飛ばせ!!バカ!!」

 少年怪奇シリーズはホントどれもよくてはずれなしの傑作選なんですが、「怪談六話」は格別に特別。
 中学生の従妹が屋上から落ちて意識不明の重態となった。
 事故の瞬間を目撃した少年はひとり病院をぬけだし、子供の頃彼女と冒険に行った城跡へと走る。
 幼友達が敵同士に分かれ合戦を行ったという伝説が残るその土地に友達同士で行くと怪談を見るらしい。

 「私たち友達なんだから見えるはずだよね?」
 「一生友達でいようね忍ちゃん」

 事故の直前、都古はかつて体験した怪談と再会し呪いをとくため城跡に行こうと忍に持ちかけ拒否されたのだった。
 今作は忍と都両方の視点が挿入されるんですが、ひねくれた忍の事を都古がどう思っていたかが痛いほど伝わってせつなくなる。
 美人だがとっつきにくい性格。
 女子に煙たがられクラスで孤立した都古の友達は忍だけ。

 だけど忍はいとこで男の子。
 中学生にもなっていとこの男の子が友達なんて変じゃないの?
 忍ちゃんは仕方なく私と一緒にいるんじゃないの?

 子供の頃はあたりまえに一緒に遊んでいた忍はいつしか他の友達を作り都古から離れていく。
 ずっと一生友達だよって約束したのに、その約束にこだわってたのは私だけなの?
 関係性の変化に戸惑う心情があるあるわかるーというエピソードをとおして非常に上手く描写され引き込まれる。
 いとこで異性の同級生に対しお互い抱く複雑な気持ち。
 友情と馴れ合いを区別するのはむずかしい。ひょっとしたら同情なのか。大人になりきれないふたりにはすぐ後ろにあるはずのもうひとつの答えが見えなくて……
 もう本当にこの話が好きで……語りはヤボなのでとにかく読んで欲しい。
 冒頭のシーンで感情の水位が上昇しぶわっと涙が出ました。
 
 怪奇と名はついてますがシリーズに通底するテーマは死、友情、出会いと別れ。
 逝ってしまったものと残されたもの、得たものと失ったもの、今いる人と今はもういない人の対比が哀切な情感を引き立て独特の余韻を残します。
 幽霊が出る合戦場、彼岸と此岸が交錯する深夜の橋の上、閑散とした駅のホーム、夜はもうひとつの顔をもつ無人の場所。
 それぞれに悩みを抱え道に迷った登場人物たちは、それら非日常に接し霊的な磁場を生じる場所で様々な怪奇と遭遇し、既に日常をはずれてしまった存在との対話を経て自分の中に在る「ほんとう」に気付いていく。
 逝ってしまった人への愛情、忘れかけていた夢への情熱、古い友との約束。

 どうにもならないことはどうにもならない。
 折り合いなんてつけられない。
 結局は向き合うしかないのだと。逃げてばかりいられないのだと。どうにもならなくてもやるだけやってみるしかないのだと。
 やるだけやってみたらなんとかなるんじゃないかと、信じることができるのが平凡なひとの非凡な強さだと。

 日常に埋没し削れていく大切なものをすくいとるかのような描写は時に切なく優しく、ふとしたはずみに踏み込んでしまった非日常での体験を経て、あがき、悩み、苦しみ、葛藤し、挫折を乗り越えようと前を向く人々の姿が胸を打ちます。
 読後感はほろ苦くさわやか。
 傑作ぞろいの短編集が読みたい方におすすめです。
 こういう話が書けたらいいよなあ……書きたい。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021028120428 | 編集



 《じゃあ、ドクターのことは機械の一部だって思うことにする》
 「ひどいなあ」 
 ドクターがぼやいた。
 《優しい機械》
 からかうようにバロットが付け加えた。
 《言いたいことを、言わせてくれるから》


 ―今、ここにいる。
 つづけて、すぐ下にこう書いた。
 ―味方は一人もいない。
 それから、また書き付けた。
 ―今ここにいる。



 「きみにすべてを与えなおそう」
 そう言って行き場を失くした少女に救いの手をさしのべた男は、炎上する車に彼女を閉じ込め去っていく。
 助けを求める声に耳を貸さず。
 非情な背中を向けて。
 「素敵な人形は飾られてればいい」
 それまで男に従順だった少女がたったひとつ犯した間違い。
 与えられた物に疑問を持ったこと。
 少女はただ自分が何者か確認したかっただけ、男が与えなおしてくれたものを確認し今の幸せに感謝したかっただけなのに……
 少女の名はルーン・バロット。
 職業は未成年娼婦―ティーン・バロット。
 保険金殺人の犠牲となって瀕死の重傷を負った彼女を科学技術の粋を尽くし死の淵から蘇生させたのは、事件委任官ドクター・イースターとネズミ型万能兵器ウフコック。
 自分はなぜ殺されねばならなかったのか。
 頼れるネズミ(中身は親父)ウフコックを相棒に、バロットは自らの存在意義を賭けた壮絶な戦いへと身を投じていく―……。
 冲方丁といえばライトノベル界では一番の出世頭。最近発売された初の時代小説「天地明察」がブランチでも取り上げられたので知ってる方も多いと思います。私も読みました。面白かったです。
 「マルドゥック~」は少女と銃(ほんとはネズミだけど)というその筋のフェチにはたまらんコンビが縦横無尽に活躍するSFアクション小説。日本SF大賞も受賞しました。面白さは折り紙つきです。
 SFというと難解な専門用語がわんさか出てきてとっつきにくいイメージが先行しがちですが大丈夫!キャラの魅力とリーダビリティの高いスリリングな展開、息継ぐ間もない痛快なアクションシーンの連続でぐいぐい読ませます。
 
 バロットとは孵化する前のひよこを卵の中で煮殺して食べる悪趣味な料理。
 グロテスクな見た目に反し大変美味で一部のマニアに好まれている。

 過去、バロットはさまざまな辛い経験に遭い自らの心を殻で覆う術を身につけた。
 何度も何度も裏切られ傷つけられ絶望し、現実から逃避する唯一許された手段として自らの心を殺し生きてきた非力な少女が、ドクター・イースターとウフコックという心強い味方=全力でサポートしてくれる仲間を得たことによって、一度はリタイアしかけた非情な人生に立ち向かっていく姿がとてもいい。
 序盤は無気力で厭世的、人形のように主人(=シェル)に従順だったバロットが誰かの言うなりにただ漠然と「生きる」というポーズを脱ぎ捨て、「生き抜く」という目的意識を新たにしていく過程にぞくぞくします。
 少女と銃!銃と剛!素敵に無敵!
 バロットを励ましともに戦う仲間も非常に魅力的。
 人語を解ししゃべるネズミにし正体は手のひらに乗る万能兵器・ウフコック。あるじのオーダーによって、必要とあらば銃やナイフなどの武器から日用品のラジオまで、なんにでも化けることができる。
 フルネームはウフコック・ペンティーノ―生焼け―煮え切らないと揶揄される名前が示すとおり、なんにでも実直に取り組んで自問自答する悩み多きネズミ。彼との出会いがバロットを変える。
 ドクター・イースターはロック歌手さながら長髪を七色に染めたエキセントリックな男だが、しかしその一流の技術をもって、声帯を失ったバロットに新たな能力を授ける。
  
 一人の少女の喪失と再生の物語である。

 そう言ってしまえばひどく陳腐だが、使い古されたテーマだからこそ作者の力量が生きる。
 文章はテンポよく痛快。変態どもが入り乱れ銃弾飛び交うアクションシーンもスリリングかつバイオレンスで興奮大だけど、ウフコックとバロットのとぼけたやりとり、ドクター・イースターのお茶目など、日常パートも見所もりだくさん。
 「私を生き返らせてレイプした」と、当初は命の恩人のドクターにさえ警戒心ばりばりだったバロットが徐徐に心を開いていく様がなんていうかもうむちゃくちゃイイ……バロット萌えです、いいです、可愛いんです……!ドクターにプレゼントをなげつけるシーンやその後部屋にこもって一人泣くシーンには悶え転がりました。なんて愛しいいい子なんだ……。
 保険金殺人が失敗した事を悟ったシェルは、生き残った被害者―証言者に刺客を送ってくる。
 このとんでもないド変態ぞろいの刺客を戦う力を手にしたバロットが迎え撃つシーンは鳥肌が立ちます。痺れる……!
 しかしバロットもバロットで、悲惨な生い立ちや今までの体験から、ウフコックに対し危ういまでの執着と依存を見せる。 

 バロットは「私を愛して」とウフコックに懇願する。
 そうすればそれが生きる目的になるから、生きる意味になるからと。
 ウフコックは戸惑う。自分はネズミで兵器だから男が女を愛するようにはきみを愛せない、保護者のような感情しか抱けないと煮え切らない態度で答えを保留する。
 殻を割れない少女は問い続ける。

 どうして私なの?
 どうして私が選ばれたの?
 
 ただ一言「愛してるから」と、ひとりぼっちの少女はそう言ってほしかっただけなのに。
 それで納得できたのに。

 抱いて。タイトに。 

 少女と銃の組み合わせが好きな方には自信をもっておすすめします。
 難所といえば難所なのが二巻終盤から始まるカジノシーン。
 SFやアクション部分はノープロブレムでもここで脱落しちゃう人が多いと思います。むしろこのシーンあってこその傑作!と熱烈に支持する向きもあるのですがルールを知らない人には厳しいだろうなあと……
 現在別冊少年マガジンで漫画版が連載中。
 こっちもすっっごく面白いです!
 作画は大今良時さんという無名の新人ですが、絶妙の不安定感を醸すアングル、歪みや崩れが魅力になる独特の絵柄に惚れこみました。鬼頭莫広に萌えを足したような絵柄といいますか……
 公式サイトで一話が無料で読めるとのことなのでぜひ!

 余談ですが今夏ゴンゾでアニメ映画化予定ということです。
 こちらも楽しみ……と言いたいのですがなんだか激しく不安なのは公式サイトがそっけなさすぎるからか、一度アニメ化が企画段階で頓挫した前科があるからか……プロモも雰囲気は出てるけど思わせぶりなだけで判断しようがない……。
 期待してるのでいいもの作ってくださいお願いします!
 不安にさせないで!

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021027190926 | 編集



 犬の力とは何か。

 物語の発端は1975年に遡る。
 アメリカとメキシコの混血捜査官アートは、職場での不遇を跳ね返すため麻薬組織の殲滅に乗り出す。
 されどアートが手を組んだ男は彼を手駒として敵を葬り、我こそが次代の黒幕として市場を手中におさめ悪徳の利潤を貪り始める。
 自らがもたらした惨劇を購うべく麻薬カルテル撲滅に執念を燃やすアート。
 しかしアートのよき仲間を襲った酸鼻な悲劇が、正義と神を信じる一人の男を復讐の鬼へと変えていく。
 この話では十数人もの人間の人生模様が時を経て交錯する。
 麻薬カルテルを独占する黒幕「叔父貴」、叔父を手伝いめきめき頭角を表わしていく知謀のアダンと暴力担当ラウルの兄弟、美貌の娼婦ノーラ、ヘルズキッチン育ちの殺し屋カラン、型破りながら真実の意味で人々を救済し続けるファン神父。
 それら強烈な個性を持つ登場人物たちが好む好まざるに関わらず巻き込まれて行くのは三十年にわたる壮絶な麻薬戦争、犯罪組織の対立、政府の謀略。
 
 プロローグから衝撃的。
 作者の筆が紡ぎだすのは残虐無比、悪辣非道の極地でありながらすべてが終わってしまった後の虚無と神聖さを漂わせる虐殺の現場。
 赤ん坊を庇い死んだ若い母親、情交の後の赤裸々な姿で撃ち殺された男女、玩具を抱きしめた子供たちの亡骸、凄まじい拷問が行われた事を示す死体……
 それら一族の悲劇が何を意味するのか、どういう経緯をもってする帰結で何が原因で行われたのか、冒頭の段階では読者に何の情報も提示しない。
 終わってしまった悲劇に立ち会うアートの悲哀、哀悼の念に隠れた身を切るような後悔が切々と伝わるだけに、どうしてこの悲劇は防げなかったのか、「不可避」で「予定調和」の悲劇のひとつとして処理されねばならなかったのかぐっと関心を引く。
 
 老若男女が無残な死を遂げた大量殺戮の現場において、アートは鎮魂の祈りを捧げる。

 消えた。もぬけの殻。
 勇を鼓して、アートはふたたび屍を眺め渡す。
 わたしの落ち度だ。
 わたしがこの人たちをこんな目にあわせた。
 すまない。ほんとうに、すまない。折り重なった母と子のほうへ上体をかがめて、アートは十字を切り、小声で唱える。
 「父と子と精霊の御名によりて」
 イン・ノミネ・パトリス・エット・フィリィ・エット・スピリトウス・サンクティ。
 「エル・ポデル・デル・ペーロ」
 メキシコ人警官のひとりがつぶやく。
 犬の力。


 アートの祈りを「犬の力」と聞き間違えたメキシコ人警官の呟きこそ、本作に通底して渦巻くあらゆる邪悪の概念を包括する。

 ジャンルで分類するならピカレスク、ノワール、ハードボイルドとなるのだろう。上質の裏社会小説である。
 同時にミステリー的な仕掛けが縦横に張り巡らされている。あの伏線がここで繋がるのか、あの人物がここで出てくるのか、まさかあの人物とこの人物が繋がってたなんてという驚きが随所にちりばめられている。
 ある時は捜査官のある時は娼婦のある時は殺し屋の視点によって、場所さえ超越しさまざまな角度から語られる物語はしかしその根の部分で確かに繋がっている。
 ある人物が起こした行動がどのように周囲に波及し影響をもたらすかが鮮明に描き出され、もしあの時ふたりが出会っていなかったら、あのふたりが別れてさえいなければ、無粋な邪魔が入らず結ばれていたらといくつもの「もしも」が浮かんでしまう。
 暴力シーンは容赦ない。
 凄惨な拷問シーンもある。
 はっきり言って、グロい。
 特にアートの親友のヒダルゴが拷問を受けるくだり、ピラール母子を襲った痛ましい悲劇には目をそむけたくなる。しかし目がはなせない。
 もうやめて!と叫びながらも読んでしまう力がある。

 犬の力。
 おそらくは読者もそれに取り憑かれている。
 悪意と謀略と犯罪が渦巻く地獄において、様々な人物が交錯し描き出すドラマに魅入られている。
 
 文章は詩的で独特。
 視点の交代が頻繁な割には混乱が少ないのは映画のカッティングさながらテンポがよいため。
 自分が犯した罪に苦悩するアートも魅力的だけど、特に気になったのはカランとノーラの恋の行方。
 素晴らしい肢体と美貌に恵まれ生まれながらの娼婦として男を誘惑し続けたノーラが、メキシコのホテルで大地震に襲われた時に見せた意外な一面には胸を打たれた。
 ビルが倒壊し被災者があふれ、一面瓦礫の荒野と化けたシティをさまい歩いていたノーラは、同じく孤児と手を繋ぎ救済活動に励んでいたファン神父と運命的な出会いを果たす。
 ヘルズキッチン育ちのアイルランド人の若者カランは、友人を助けるため殺人を犯すも、持ち前の度胸と機転でマフィアに見初められ凄腕の殺し屋として取り立てられる。そんなノーラとカランが出会ったのは一度きり、ノーラが娼婦デビューした夜。

 本来、ノーラの初めての相手はカランになるはずだった。
 カランもまた一目でノーラに惹かれた。
 ふたりは一目で恋におちた。

 もしあそこで引き裂かれさえしなければひょっとしたら二人の運命は変わっていたのではないか、ふたりが結ばれることによってその後の数多の悲劇は回避できたのではないかと思わずにはいられない。
 冷酷無慈悲な殺し屋として恐れられるカランだが、私にはとてもそうは見えない。
 最初の殺人は銃をつきつけられた友人を救おうとして。
 その後の殺人はカラン自身の意志によるものだが、彼は幼い自分に親切にしてくれた男を殺してしまった事をずっと悔やみ、行き過ぎた報復行動にでようとする友人オ・バップをいさめ、愛する人と出会った事によって改心し、一度は銃を捨て真人間になろうとした。
 しかしカランを天才的な殺し屋足らしめる才能は、カランが普通の男として幸せになる道を許さなかった。
 ノーラもまた男たちの虚栄心とエゴイスティックな愛情に翻弄され続け、この人だけはとプラトニックな気持ちを持った相手さえ最悪のやり方で奪われ、何度も喪失と裏切りを体験するうちに恐るべきしたたかさを学んでいく。
 ノーラとカランはひたすらすれ違い続ける。
 しかしカランにとってもノーラにとっても、たった一度きりすれ違った相手こそ、人生におけるただ一人の相手だったのだ。
 
 正直最初はノーラにあんまりいい感情を持ってなかった。
 ヤク中の父親と二人暮し、中年男をたらしこんではその小遣いで父親に覚醒剤の土産を買ってくる、自分の魅力を知り尽くした上で男をもてあそぶ鼻持ちならない女だなあとちょっと引いてたんですが、高級娼婦としてヘイリーに見い出された彼女が初めての夜に見せた機転で見直し、メキシコ地震における活躍に感動し、ファン神父と友情を結び国境を越え孤児院の手伝いにやってくる姿に惚れて……
 売春で稼いだ金でもって市場に乗り込んでは、自分の目で選び抜いた最高の食材を買いあさってくんですが、その時のやりとりがふるってる。

 市場ではどうか?
 これまた、美しき脅威そのもの。
 野菜売りの露店が並ぶなかを、女帝よろしく歩き回りながら、いちばん質のいいもの、いちばん新鮮なものをあれこれと探す。
 品物をぎゅっとつかみ、においを嗅ぎ、試食させてくれと頼む。
 ある朝、うんざりした食料品店の店主がきく。
 「どなた様に食べさせようってんだね?一流ホテルのお客さんかい?」
 「うちの子どもたちが、ホテルの客よりおいしいものを食べちゃいけないっていうの?」



 かっこいい……。
 
 とにかく謀略に次ぐ謀略で形勢は二転三転、誰が味方で敵か時々見失いそうになる。
 誰が寝返ってもふしぎじゃないと思わせる暴力と血の嵐の中、ノーラが見せた度胸のよさと貫いた覚悟に何度惚れ直したことか。
 ナイトクラブを襲撃した黄色毛の手下をカランが撃退するシーン、黄色毛とアダン一党が路上で繰り広げた銃撃戦、カランがハーレーダビットソンに跨って現金輸送車と繰り広げた疾走感たっぷりのカーチェイスなど手に汗握るシーンを数え上げたらきりがない。
 そしてなんといってもアートが渋い……。
 ヒダルゴの仇をとらんとする妄執に近い復讐の一念と巨悪を憎む心とででアートが蒔いた種はやがて憶測と疑惑と裏切りの華を咲かせ、それが冒頭の虐殺シーンに繋がる構成が憎い!ああ、こういうことだったのか……とすとんと腑に落ちると同時に、麻薬カルテル撲滅という正義の御旗がもたらしてしまった純粋なる悪の暴走をまざまざと見せ付けられ、運命の皮肉さに胸が痛くなる。

 ラスト、念願かなって仇敵とあいまみえたアートが怒りの拳を振るいつつ叫んだ台詞が胸に刺さる。

 欲を言うならエピローグでグロリアやカランやノーラのその後をフォローしてほしかったなあ……後者については無粋かもしれませんが。

 J・M・エルロイの文章に少し似てるので、エルロイが好きという方、読み応えあるノワールをおさがしの方におすすめです。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021026144343 | 編集



 バスクラリネットの死を知ったトロンボーンとアルトフォンサクソフォンは、ちょっとしたパニックに陥った。
 互いがあまりに動揺しているものだから、二人は遂にバスクラリネットの秘密に気づいてしまった、四半世紀を経て。
 

 冒頭から引きこまれる一文がある。
 一見意味不明な暗号めいたこの文章を読むや、電撃的に直感が走った。
 冒頭のたった一行を読むだけで傑作だと確信してしまうような、否、傑作の評価を待たずとも自分とは抜群に相性がいいと確信してしまう小説との出会いは貴重だ。最近では「ハルモニア」(篠田節子)がそう、冒頭の目に浮かぶように豊穣で美しい情景描写に眩惑され、この物語に最後まで付き合おうと覚悟した。読まなきゃ後悔すると思った。
 ハルモニアが美しい滅びに至る音楽小説なら、こちらは苦い喪失を経て再生に至る音楽小説だ。
 
 語り手の他片(たいら)は赤字続きのバーを営む中年男性。
 そんな彼のもとへある日一人の女性がたずねて来る。
 「披露宴で皆で集まって吹奏楽を演奏してほしい」と依頼したのは高校吹奏楽部の元メンバー、桜井。
 桜井の一言がきっかけとなり、他片は今は散り散りとなった吹奏楽部のメンバーに再結成を呼びかけるが……
 物語は語り手・他片の回想に沿ってすすむ。
 吹奏楽部のメンバーはいずれも個性的。
 指を怪我した自分の代わりにとクラスに乗り込んで強引に他片を部活に引きずり込んだ行動力あふれる皆元、女だけどジョン・レノン似の先輩・川之江、反骨精神に満ちた部長・小日向、個性のデパート・用賀、音楽に対しては奇妙に真面目で情熱をかけるヤンキー・永倉、主人公に片思いするストーカー気味の後輩・柏木、プロ並の腕を持ちライブハウスで演奏するゲイ・玉川、人のオーラや前世が見える自称マリーアントワネット・馬渕……とここまで来るとなにがなんだかわからない。
 登場人物はのべ数十人。吹奏楽部は大所帯、楽器の数だけ個性がある。
 音楽小説であり青春小説であり八十年代ーグロリアス・エイティーの風俗小説である。
 中年の他片が吹奏楽部で活動した過去を振り返る形で綴られる物語は、青春真っ只中の輝かしい黄金の光ではなく、ランプシェードで絞ったようなくすんだ黄金の輝きに満ちている。
 それは夕暮れが訪れる寸前の、溶けて消えそうな黄金の空に似ている。
 桜井と組んでかつての部員の足跡をたどるうちに、他片はさまざまな人生の変遷を知る。
 変わった友人がいれば変わらない友人もいる、成功した友人がいれば破滅した友人もいる、そして死んだ友人も……
 現在と過去が交錯するごと陰影は際立ち、部員たちのそれからの人生が浮き彫りになる。
 かつて他片は先輩の何気ない一言がきっかけで、東京育ちでけっして方言をしゃべらない桜井を意識していた。
 その桜井は蛙の研究者となり、他片を吹奏楽にひきずりこむきっかけとなった皆元は、夜の高速道路で車にはねられあっさり死んだ。
 一番殺しても死にそうにないタイプだったのに。
 自殺か事故かはわからない。
 他片が吹奏楽部にいた期間は八十年代と重なっている。
 それゆえ、作中にはローマ法王の来訪やポール・マッカートニー暗殺などの時事ネタが多く織り込まれている。しかしそれらは味付けにすぎず、メインとなるのはあくまで吹奏楽部メンバーの友情、恋愛、対立、確執、下克上、革命。
 クラッシックこそ最上の音楽と信じてやまぬ顧問・安野は、軽快な音楽を演奏したがる部員たちとたびたび対立し、夏休みの合宿では先輩に唆され集団で女湯を覗き、罰として生卵をぶつけられ、エレキギターを買いたいがためにバイトに励み、いくつもの恋が生まれ破れまた結ぶ中、他片はさまざまな人々とかかわりあって、さまざまな価値観、音楽への姿勢を学んでいく。
 一年時の合宿で、常にウィスキーの瓶を持ち歩く先輩・用賀に導かれ屋根にのぼり、星空を眺めながら共奏するエピソードがロマンチックで素晴らしい。

 「辛抱ないのう。唄でも歌うとれ。ほうじゃ、俺がトランペット演るけえ、おまえはハミングでベースやれ」
 課題曲のトランペットが活躍する中間部を、彼は口笛で吹きはじめた。
 僕はまる憶えのベースラインを、ふん―ふん―とハミングした。
 僕の声は低くはないから、たぶん本来の音の二オクターブ上だ。ましてや美声でもない。しかし掠れぎみの口笛とのデュエットは、自分で言うのもなんだが絶品だった。鳥肌ものだった。
 口笛が上昇する。僕は下がる。口笛が停滞している間に僕だけが流れるように動く。
 僕が止まると口笛は勢いこむ。演奏する僕らが名前も憶えてないような国内の作曲家の作品だった。それがいかに緻密な計算の上に成り立った芸術であるかを僕は思い知った。


 叙情的で、いい、実にいい……軽くジーンとしました。
 吹奏楽部時代は先輩や友達との馬鹿騒ぎ中心でユーモラスなエピソードが多いが、現実はそうも行かない。
 当時、主人公が買えない高額の楽器をあたりまえに持っていた金持ちの幾田は、心を病んでひきこもりになり、親の年金を食い潰して生きている。たまにかけてくる電話では記憶が混乱し、高校の頃の話もまるで昨日の事のように語る。
 厳しい指導でおそれられた顧問の安野は、ある事件がきっかけで教師を辞め、夜の街を孤独に徘徊する寂しい余生をおくる。
 不良の永倉は母校の教師となった。
 用賀は行方知れず。
 吹奏楽部と軽音楽同好会を掛け持ちし、吹奏楽部の女生徒と付き合っていた人気者・辻は悲劇に見舞われ、演奏に絶対不可欠なあるものを永遠に喪失する。
 二十数年の歳月は人を変える。変わらないものもある。
 幸せになったヤツもいれば不幸せになったヤツもいる。再結成は困難を極める。
 それでも他片と桜井の熱心な勧誘にこたえ、一人また一人とかつてのメンバーが集まり始めるのだが……



 人はなぜ音楽を奏でるのか。僕は今自分なりの答に至ろうとしている。
 音楽なんて、単純な物理法則を利用した儀式に過ぎない。
 音楽なんて、雑多な情報に取り囲まれた空虚に過ぎない。
 音楽なんて、本来他人とは共有しえない閃きに過ぎない。
 音楽なんて振動に過ぎない。
 音楽なんて徒労に過ぎない。
 音楽は何も与えてくれない。与えられていると錯覚をする僕らがいるだけだ。
 そのくせ音楽は僕らから色々に奪う。人生を残らず奪われる者たちさえいる。
 なのに、苦労を厭わず人は音楽を奏でようとする。
 種を植え歩くようにどこにでも音楽を運んで奏で、楽しいことばかりならいいけれど、それを原因に争ったり病気になったり命を絶ったりする。
 そんな手に負えない悪辣な獣から僕らが逃れられないのは、きっと、そいつと共にいるかぎりは何度でも生まれ直せるような気がするからだ。そいつに餌を与えながら、清らかな毛並みを撫でてきた者ほど、予感に逆らえず、背を向けられない―。
 



 このくだりこそ音楽だ。
 音楽の本質を突いた文、音楽の真実を突いた文だと思う。心が震えた。
 音楽はひとを幸せにするばかりじゃない、音楽のせいで不幸になる人間だって確実にいる。
 音楽を極めんと志すものこそ、狭き門にはじかれぼろぼろになっていく。
 だけど人は音楽を愛する。音楽に情熱を捧げる。それが素晴らしいものだと信じてやまない。
 音楽に命をやどすのも意味を与えるのも、人だ。究極的に人でしか有り得ない。
 音楽は時としてローマ法王の説教より胸を打つ。
 演奏シーンの一体感、上手い音楽と気持ちいい音楽の違いなど、示唆に富んだ考察に目からぽろぽろ鱗おちまくりでした。私が吹奏楽部だったらもっと共感できたんだろうなあ……。

 ラストシーン、再結成した吹奏楽部の規模は全盛期の四分の一に満たない。
 出番を控えそれぞれに時間を過ごすメンバーの様子が描写されるこのシーンに、胸が熱くならずにいられようか。
 不器用で繊細すぎるが故に病んでしまった幾田への友情、今は亡き仲間への鎮魂の想いを胸に、他片はしずかに目を瞑る。

 冒頭の一文と終尾の一文が呼応するラストに、胸の一番奥深く、一本の弦が共振した。

 ここまでシリアスにまとめといてなんなんですが文庫版の装丁にひとつ不満が。
 左の男子生徒はおそらく他片だとおもうんですが、ド近眼で眼鏡の他方がなんで眼鏡してないんですか!ポケットにひっかけてるのかとおもって捜しちゃったよ!
 装丁もお気に入りなんですがたったひとつそこだけ残念です……。
 あ、あとラストでテューバを抱いてたそがれる唐木がパなく切なえっす先生……・。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021025230946 | 編集



 遠い遠い昔、東洋に聚慎なる栄えし国在り。
 災禍に襲われ聚慎滅びたのち、友との約束と正義を胸に各地を旅する一人の暗行御史がいたー……。

 かつてサンデーGXで連載してた韓国人による活劇漫画「新暗行御史」を文庫化をきっかけに読んでみたらすっっごく面白い!!
 たゆたう布たなびく髪の筋一本一本までりゅうりゅうと躍動的、戦闘シーンは迫力と美麗さを兼ね備えて惚れ惚れするしなんといってもキャラがいい!
 主人公の文秀は世に言うピカレスクヒーロー、安易な奇跡に唾吐き自分の正義を貫き続ける男。初登場時はやられ役の小悪党にしか見えなくてすっかりだまされた……やさぐれ、ひねくれ、守るべき国も人も失いひとりさすらう文秀はとある呪いから呼吸器代わりのパイプを手放せぬ体。呪いに冒され蝕まれた体のせいで激しい戦闘や運動はできぬハンデ持ち、にもかかわらず二丁拳銃をぶっぱなし鬱陶しい天パとコートを颯爽なびかせ敵をやっつける痛快無比な活躍ぶりはもーめちゃくちゃかっこよくて胸がすく。
 「奇跡なんてのはただのペテンだ」と飄々嘯き、安易な逃避や救済を求める人々を蔑み喝をいれ、絶望を乗り越えてどん底から這い上がってきたヤツにだけ手を差し伸べる度量の深さに男も惚れます。というか実際惚れられまくってます。特に元述(元述についてはたっぷりくどいほど後述します)
 そんな大胆不敵、倣岸不遜な文秀が過酷な旅の途中で得た相棒が山道の春香とちんちくりんひげの憎めない房子。
 山道というのは御史の護衛で凄腕の闘士、房子はその世話役。日本でいうとうっかりはちべえですね。
 この山道がまた可愛い。
 戦闘時はたおやかな細腕で巨刀をぶん回し豪快に敵を薙ぎ切っていく反面、通常モードでは無口でシャイでよく涙ぐむ清楚な美少女……なのにどうしてマントの下はボンテージでSMプレイがデフォの露出狂なのか、はたして読者サービスなのかとこの点に関しては作者を問い詰めたいです、ええ。よくやった、もっとやれ。山道と文秀の関係も萌えて燃える。過去に最愛の人を亡くし運命的にめぐりあった男女ふたり、と状況だけ抜き出せば恋愛に発展してもよさげな関係なのにどっこいなかなかそうはならない。山道はあくまで崇拝し守るべき対象として文秀のために剣を振るい、文秀もまた掴み所なく、苛烈にして非道な言動で山道の忠誠心を試す。
 ふたりの関係は恋人というより主従寄りの相棒に近く、ろくでなし文秀をけなげに一途に慕うオトメな姿にキュンとし、持病のせいで戦えない文秀を補佐する男前な雄姿におおーっと興奮し、捨てられた子犬のように自分につきまとう山道を露骨に迷惑がりつつも次第に信頼を置き始める文秀ににやにやし……いいよ!とにかく!燃える!高所恐怖症山道可愛いよ!美髪美人だよ!
 
 と文秀と山道にもおおいに萌えているのですがこの漫画における最大の萌えはやはり(男に)モテまくりなセクシー将軍列伝すごいよ文秀さまです。
 文秀の上を通りすぎてった男たち(通り過ぎてねえ)は数多くいるのですが中でも語るに欠かせないのは、かつての文秀の部下であり、聚慎が誇る凄腕剣士部隊・郎花のトップだった元述。
 もうこいつがねえ……すごいよ……なんなの?
 自分たちを栄光の勝利に導いた覇軍の将に心酔し、その懐深さに惚れこんだのだが、聚慎を襲った未曾有の災厄はかつての純粋な青年を殺戮に酔う復讐の鬼へと変えた……文秀を兄のように父のように慕い続けていたからこそ恨みはげに深い。
 しかし元述は初登場時より死んで甦ってからのが段違いにかっこいいよ……初登場時はなよなよしたノースリーブカマ野郎だったのにゾンビ化したら無口無愛想ストイックな男前(しかもツンデレ。もんのすごいツンデレ)になってました。お前そんなに文秀が好きなのかよ……立派に執着攻めストーカー体質だよ……。
 物語中盤からある理由より山道が失踪し、文秀・元述・房子の三人旅が始まるのですが、この間語られるエピソードに血を吐くほど萌え悶えます。包帯ポイとか……胸ぐら掴んで至近距離で見詰めあったり……そりゃ房子も誤解するよ(笑)トリブラのトレスが好きな人はこの時期の元述にはまるんじゃないかな?文秀はシティーハンターの冴羽遼を思い出しますね、同傾向のピカレスクヒーローです。
  
 最大の見所はやはりユイテの野望に引き裂かれた文秀と元述の悲恋(?)なんですが(文秀と王の悲恋かもしれない)、他のキャラもメインから端役に至るまでいい味だしてます。ウルパソも最初すげーいやなやつだったのにいつのまにか憎めないお笑いキャラになってるし……ブチ切れモードのヨンヒルには爆笑しました。ネリチャギ!
 男キャラも凄い魅力的なんですが数では少ない女性キャラも負けてはおりません。
 一途な山道はかわいかっこいいし平岡も決めてくれたし吉童の悲劇にはほろりときたし、だけど忘れちゃいけないのが月香!文秀の元恋人で運命の女、回想シーンでは首から下だけたびたびでてきましたが中盤から突入した過去編でいよいよお披露目。いい意味で予想を裏切ってくれます。深窓の令嬢キャラ予想してた人はぶったまげます、私もぶったまげました、なんて芯が強くて積極的で行動力にみちあふれたお嬢さんだ……惚れた。洋装可愛すぎる。惚れた。
 正直中盤から凄い展開になってくんで「はあ?意味わかんねーなんじゃこりゃ!」と脱落する人もでるかと思います、私も過去編で悪魔とか黒魔術とか出てきたあたりからおいおいとツッコミいれまくってました……が、無問題!本編最終決戦の前哨戦みたいな過去編ですが、よき友で幼馴染だった王の変貌や着々と進むユイテの陰謀、戦争が終わり訪れた平和な世の中で自らの存在意義に悩む元述の憂いに満ちた表情など見所がたくさんで読みながらよだれがでました。
 元述いいよ元述、ノースリーブえろいよ細身で筋肉質の二の腕えろいよ。
 束の間確かにあった平和な時代が描かれてるからこそ、後に訪れる惨劇の酸鼻さが際立つんですよね……。 
 文秀の海外遠征に「連れてってください」と志願するも「お前はここに残れ」と言われた元述の失意、ようやく訪れた平和な時代に馴染めず感じる孤独、疎外感、自分の存在への疑問。過去編を読むといかに元述やその他の兵士にとって文秀の存在が大きかったか、すべてだったかがわかって切ない……元述がぼろぼろの文秀を匿い包帯を巻くシーンは、文秀が腐りかけた元述に包帯を巻く後のシーンと呼応して目頭が熱くなる。
 元述がどういう運命をたどるかはぜひご自身の目で確かめてください。

 まとめとしては素晴らしい娯楽作品に仕上がってます!おすすめです!男前受けと執着攻めが好きな方必読!

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021024121552 | 編集



 G線開放弦の太い音が楽器の胴体を震わせ、その振動が東野の体にまで伝わってきた。
 そのとたん由希は小さく体を震わせた。春を感じて、小さく羽を動かす鳥の動作に似ていた。
 淡く血の色の透けたような紅色の唇が小さく開いた。
 驚きを含んだ歓びの表情が見える。
 音が、彼女の心に届いた。


 この世には真実の音があるという。
 ハルモニア。
 それはまるで世界をすべる黄金率にも似た調べ。
 神聖で崇高な侵しがたい神の旋律。
 凡庸なチェリスト東野は音楽療法のスタッフとして通った高原の精神医療施設で、凄まじい才能を数奇な運命を秘めた一人の患者と巡り会う。
 浅羽由希。
 脳に障害を持ちながら、欠損を補って余りある音楽的才能をもった美しい少女。
 大脳の言語感覚を司る部分が退縮し、会話の成立はおろか意思の疎通も不可能かに見えた彼女は、豊穣な音楽の世界に生きていた。
 東野はどうにかして彼女の秘めたる才能を引き出そうと悪戦苦闘の個人レッスンを開始するが……

 超感覚ホラー。
 サスペンス。
 人間ドラマ。
 この小説を飾る言葉はあまたあれど、一番しっくりくるのはやっぱり音楽小説だろう。
 そう言うととかく高尚なものを思い浮かべがちだが、登場人物の苦悩や懊悩、葛藤が非常に生々しくリアルに迫ってくるせいで、どっぷりのめりこんでしまう。
 血肉が通った饒舌でありながら流麗な描写は、とくに演奏シーンでその本領を発揮し、光の渦を巻いて読者をめくるめく翻弄する。
 二十年間音楽に人生と情熱を注ぎ続けたチェリストでありながら、凡庸な秀才の域をでぬ東野は、重い障害を持ちながらけっして自分が叶いえぬ「天才」由希に激しい羨望と劣等感を抱く。
 が。由希は紛れもなく音楽の天才でありながら、同時にコミュニケーション不全で、東野とも殆ど交流が成り立たない。
 困惑する東野だが、一対一のレッスンを辛抱強く続けるうち、言葉よりも多弁な音楽を通して二人は次第に互いへの信頼を深めていく。
 迷子になった由希が東野と再会し笑みかけた時。
 寒い中東野を待ち、手を握ったとき。
 帰りの電車で水鳥のように頭を預けたとき。
 普段の由希が何を考えてるかわからない不可解なベールで包まれているからこそ、東野にだけ見せる希薄な表情が特別な意味を持つ。

 リーダビリティは登場人物の魅力によるところが大きい。
 主人公・東野は三十代前半、とある楽団に所属するチェリストだが凡庸な彼は演奏だけでは食べていけず音大をめざす受験生を教えてレッスン料を稼いでいた。
 日本を代表する一握りのチェリストの中には絶対入れないと自嘲しつつも、一方では自分では教師ではなく演奏家であると自負する。
 自分の能力の限界を突き詰め悟ってしまっても、否、だからこそ血が滲む研鑽をやめられない。
 そんな彼にとって由希がどれだけ輝かしく見えたことだろう。
 由希と関わるうちに彼女の豊かな音楽性に感化され、彼女に「自分の音楽」を発見させることこそ命題にしつつあった東野の前に立ち塞がった障害は、衝撃的な死を遂げた世界的チェリストルーシー・メイの亡霊だった。
 とにかく演奏シーンが圧巻。
 よく映像が目に浮かぶような描写といいますが、この小説の場合本来なら聞こえないはずの音が聞こえてくる。
 

 東野は実直で誠実で生真面目、だけどひたすら報われず不幸な男。
 彼は由希に対しても誠実に接し続け、けっして彼女を性的な欲望の対象としては見ないのですが、時折由紀を異性として意識する瞬間があって、その瞬間の慌てぶりが可愛くてたまりません。直立不動とか!由希も由希で東野だけを信頼し、あるかなしかのごく淡い微笑を浮かべるものだから二人の絆の強さが感じられたまりません。まあそれさえも読み手の願望に基づく幻想に思えるあたりに寂寥を感じますね……
 
 ハルモニアはハーモニーの語源。
 ハーモニーとは
 
 ハーモニー [harmony]
 (1)音楽で「和声(わせい)」に同じ。
 (2)和音。特によく協和する音。
 「美しい―を奏でる」→和声
 (3)調和。
 「絵に―がある」

 とのこと。
 人間の脳は無限の可能性を秘めている。
 需要と供給、欠損と補填は結びついて、喪失の定義は反転し獲得と同義となる。
 盲人の指先には視神経に似た細胞が育つという。彼らは見えない目の代わりに指で字を読むのだ。
 由希もまた退化した言語能力の代わりに音楽的才能を得た。
 しかし、その代償はあまりに大きい。
 由希自身はおろかまわりの人さえ巻き込み破壊してしまう制御不能の力。
 
 音は暴力である。
 超音波は大気を媒介にして音叉に干渉する。 
 一点に集音させれば硬質なガラスをも微塵に砕く。
 その音を用い自らを不快にさせた人々、自らに危害を加えようとした人々に容赦ない攻撃を加える由希に、献身的に彼女を見守ってきた心理士・深谷もやがては畏れを抱く。

 速度は電気を生む。
 人間の思考は恐るべき速さでシナプスを媒介し神経系統に接続する。
 脳は常に活動し微弱に放電してるといっていい。
 由希が起こす超常現象の数々は、本来の機能を停止した代わりに普段休眠してるという90パーセントのいずれかが異常励起した脳の放電現象であるというのは穿ちすぎだろうか。

 久しぶりに冒頭から引き込まれる作品に出会いました。
 凄い、とにかく凄い。
 音楽という神にして悪魔に魅入られ破滅した男女の物語にもとれるのですが、由希を背負って砂浜を歩く東野の姿には、「ハルモニア」を聞いた者だけが得る至福を感じられ、二人にとってどうするのが一番よかったのか、これでよかったのか、なにが幸せでなにがふしあわせだったのかわからなくなります……。

 天才と凡才。
 聖と俗。
 虚構と真実。

 さまざまに反発し対立する要素が絡み合って重層的な構造を生み出す物語の結末は、ぜひあなたの目で確かめて下さい。

 願わくば砂浜を行く二人の耳に、今もハルモニアが聞こえんことを。

一緒に読みたい本

精神病院を舞台に患者の少女と医師の交流を描く。構造が似てる。ミステリー的なオチは弱いけど多重人格に興味ある人におすすめ。

共感覚ホラーつながり。
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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021023113456 | 編集



 電脳世界では、涙すらも排泄物として処理されるのだろうけど。
 涙を零す人間性すら、同時に処理されていないことを願う。

 脳が繋がらなくても、手を握ることはできるだろうに。
 

 「わたくしが誕生したのは1999年、世界の滅びを迎えだれもが浮き足立っていた世紀末でした」

 物語は解剖台から幕を開ける。
 無菌ライトの下、無機質な解剖台に横たわる全裸の少女。
 全身に残る無数の手術痕、左右で大きさの違う眼球、継ぎはぎだらけの体。
 左右非対称の異形の怪物でありながら壮絶に美しい少女は、人類が謎の奇病に苛まれ滅びの道を辿る世界において、偶然から生まれた唯一の不老不死。
  
 ビスケット・フランケンシュタイン。
 通称ビスケ。
 彼女は人ではない。
 人に似て非なるまったく別個の存在であり、遺伝子の進化の亜種にして究極。
 死体を継ぎはぎし誕生したビスケは研究室を脱走し、様々な歪みを抱えた人々との出会いと別れ、様々な体験を経て一個の人格を持ちえる存在となる。

 体に重大な秘密を抱え、生まれて初めての恋に身を焦がす大学生・古月蝶。
 最愛の母の教えを遵守しひとごろしを続ける少女・小宮山楽園。
 醜く無能な現実の自分を捨て、仮想現実に逃避する南雷多。
 
 自分のもととなった十数人の少女たちの記憶を持ち得、対象を捕食する事によってその人物の知識を保存する永遠の少女・ビスケは、進化的限界に達した人間の醜さや歪みを半世紀の間見続けながら、とある目的を胸に秘め、世界中を旅して患者たちと接触する。
 ビスケは「生き物は遺伝子の乗り物」だといい、奇病の正体は遺伝子が下した結論だと、全体を生かすために一部を犠牲にする正義と大義が働いた結果と説く。
 遺伝子工学はじめ情報処理学に大脳生理学など、専門用語がところどころ織り込まれた奇病と進化の考察は難解でとっつきにくいが、虚構の枠をこえ現実の問題についても示唆するリアルな観点を孕んで興味深い。
 などと難しいことをならべたが、絶対的な孤独を背負った世界に唯一の存在の美少女が、愛を求めてさすらうハートウォーミングロードノベルとしても読みごたえあり……
 というのはちょっと(かなり)嘘で、日日日の作品群の中では「蟲と眼球とテディベア」に一番近い滅びの絶望と隣り合わせのダークでシニカルな世界観とタナトスでペーソスな空気が全編を覆います。

 挿絵がまたいいんだよなあ……
 toi8さんは廃墟を描かせたら右に出るものがないレーターだとおもいます。

 難しいことをごちゃごちゃならべたんで引いちゃう人もいるかもなんですが、とりあえず最初の話だけでもぱらぱら読んでみてほしい。
 油断して読んでたら「えっ!?」と目からウロコな仕掛けがあって、思わずページをさかのぼって挿絵をじっくり見直してしまう。
 日日日の描くキャラは皆どこかサイコパス的な歪みを抱えていて、自分の欲望と目的のためなら殺人行為すら辞さないんですが、そんな良くも悪くも自己中なキャラが特定の人物にだけ捧ぐ無償の愛情や執着にジーンときちゃうんですよね……不覚にも。
 家族はじめ周囲に性癖を否定され続けた蝶の純粋な恋心や母を慕うあまりに狂気に憑かれた楽園の末路など、全体を構成する断片としての物語は決してハッピーエンドにならず、自業自得と言ってしまえばそれまでの悲劇的な結末に終わる。
 解剖台に横たわるビスケが思い出話と称し語るエピソードは、それでも愚かで弱く哀しい人間への慈愛と諦観のまなざしに包まれている。
 だがしかし。
 客観的にはまごうことなき悲劇であっても、主観においてはそうとも限らない。

 蝶が、楽園が、雷多が。
 想い報われず願い叶わず悲劇的な結末を迎えた彼らが本当に不幸せだったのか、外側からはけっしてわからないだろう。
 彼らの物語が不条理に断ち切れ終わってしまっても、ビスケの物語は続く。永遠に。
 ビスケは自らに彼らを語り継ぐ義務を課す。
 字義通り、遺伝子レベルで。細胞単位で。
 何故なら彼女にはそれが可能だから。
 彼女にしかできないことだから。
 それこそ自分が生まれてきた意味だとビスケは思う。

 作中、「奇病」と共に重要なキーワードなるのが「物語」。
 共感は幻想、愛は虚構、すべて脳が見せる幻。
 本質的な意味では決して分かり合えない人間たちは、結局は個々の物語の中を生きている。
 それぞれの「物語」を作り信じることで、空虚な人生に意味を与えている。
 雷多とビスケが液晶を通し交わす会話は、他人の痛みを想像し得ても知覚体感できず、結果「共感」という幻想で己を欺き生きるしかない人と人との断絶を鋭く突き、考えさせられる。

 このパートで描かれるのは、人と人との関係性を根幹から脅かす最大のタブー。
 人と人は究極的にわかりあえないという絶望的な現実が、確固たる事実として提示される。

 ビスケはネットゲームに耽溺する雷多を否定も肯定もせず許容するも、それでも人が好きだと、滅びゆく人の遺伝子と記憶を残したいと強く願う。
 
 果たしてビスケの目的とは?
 人類の未来は?
 滅びの奇病の正体は?

 継ぎはぎの怪物として生まれ、人に似た心を持つ一人の少女の数奇な運命の終着点を、ぜひとも確かめてください。 

一緒に読みたい本

かなり似てる。読み比べると楽しいかも。
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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021022211541 | 編集



 朱里さんが夢見るように語った、死によって永遠に結ばれる恋人たちに、わたしは惹かれた。
 好きな人と一緒なら死ぬのも怖くない。幸せに思える。
 そんな恋もあるのかなって、胸が震えた。
 けど、目の前で今、死のうとしている人を相手に、それがあなたにとっての幸せなんて、納得して見送ることなんかできない!
 どんなに余計なお世話でも、部外者の勝手な言い分でも、生きなきゃダメだ、生きててほしいと、喉が嗄れるまで叫ぶ!齧りついてでも止める!


今さら私が紹介することもない人気シリーズ「文学少女」。
このラノベがすごいでも完結と同時に堂々一位に輝きました。
元覆面美少女作家でひきこもりの「ぼく」こと心葉が高校で出会ったのは、食べちゃうほど本が好きな(比喩ではなくそのまんまの意味で)遠子先輩。

「ねえ、あなた文芸部に入らない?」
先輩のその一言がきっかけで何事にも消極的で後ろ向きな心葉は文芸部にひきずりこまれるのだが……

私が手に取った時はすでに書店で既刊平積みにされるほど人気があったんですが、実をいうと最初はばかにしてたんですよね。
「本を食べちゃうってナンセンスすぎる」「てかホントに好きなら食うなよ破くなよ!」ってかんじで斜に構えてたんですが、興味本位で一冊手にとってぱらぱら読んでみたらあらあら不思議次の日には全巻そろえちゃったよ奥さん。まんまと罠にかかりましたよ。
とにかく遠子先輩のキャラがいい。
母のように姉のように恋人のように迷える心葉を教え導く優しい先輩で本に対する愛情は人一倍どこか十倍、またの名を本が主食の妖怪。いかなる理由からか遠子先輩は普通の人とおなじように食事ができず本から栄養をとっていた、って設定だけ抜き出すとファンタジーなんですが、ストーリーはミステリー仕立て。といってもトリックよりは動機に重きを置いています。
外見は清楚でしとやかな文学少女なのに好きな本の事となると鼻息荒く、しばしば饒舌に「この本はコンソメスープね!」とか様々な料理にたとえ語り出す先輩に振り回される心葉。
先輩がとうとうと語る本の味は物凄くリアルでおいしそうで聞いてるだけでよだれがでる。本好き読書好きならもう好きにならずにいられないようなキャラです。
主人公の心葉は過去流行作家として一世を風靡したものの、好きな女の子が屋上から飛び降りる瞬間を目撃したトラウマに苦しみ続ける。
心を閉ざした心葉と先輩との距離感が絶妙。
他のキャラクターも個性的で大好きです。
レギュラー・ゲスト問わず全体的にヤンデレ多めなので病んだ娘さん好きは必読。
でもやっぱりストーリーがいいんだよなあ……古今東西の名著に絡み、人の心の闇が生み出した事件を文学少女な先輩があざやかな名推理で解き明かしていくんですが、台詞ひとつひとつが本当に胸を打つ。
シリーズ一作目「死にたがりの道化」で、絶望し屋上から飛び降りようとしたキャラクターに対する説得の台詞で泣きました。

もうね、あれは反則。あれは泣く。本好きとしてこみ上げてくるものがなきゃ嘘。

胸が震えた。
純粋で必死でまっすぐで、胸に突き刺さる。

本編完結済みで今回紹介する「初恋」は外伝(続編?)扱いになります。
遠子先輩卒業後、心葉ひとりとなった文芸部に飛び入り参加した新入生・菜乃の視点で語られる物語なんですが、心葉の成長が随所に見受けられ嬉しい限り。本編でうじうじぐだぐだ悩みまくってた心葉にずっと「男のくせにしっかりしろよー」とじれてた身としては、大人になったなあと感慨もひとしお。詰めの甘さが若干惜しいですが(笑)
遠子先輩との出会いと別れ、事件で出会ったさまざまな人たちとの触れ合いを通して彼も変わったんだと実感できて、この時点でもう胸いっぱいです。 
学園ビタースイートミステリってあおりに象徴される通り、ストーリー展開はかなり欝。
どうしようもない人の弱さ、ずるさ、愚かさが生み出した事件にはやりきれない苦みを感じるのですが、遠子先輩のしなやかな前向きさ、あふれんばかりの本への愛情、世界を肯定する姿勢が救いとなるので、読後感は必ずしも悪くない。
弱くずるく愚かであがき続ける人々が巻き込まれてしまった悲劇に心葉は何度も打ちのめされるのだけど、そのたび先輩に手をさしのべられ立ち直る。師弟以上恋愛未満、プラトニックでこそばゆく甘酸っぱいふたりの関係が本当大好きです。
「初恋」では部長になった心葉に菜乃が猛アタックを仕掛けるのですが、ぜんぜんなびいてもらえなくてちょっと可哀相。
改めて先輩の存在の大きさを実感しました。
でも菜乃も可愛いんだよなあ、まっすぐて一生懸命で可愛くて……人の痛みに共感し真摯に寄り添い、どんな絶望的な現実にも負けず、本の中からヒトカケラの「希望」をすくいあげようとする姿勢が遠子先輩にだぶります。
心葉が冷静さを失っちゃうのもわかる……。

おすすめのシリーズです。本好きを自認する方はぜひ手に取ってください!
登場人物たちの本への愛情が伝わってきて幸せになれます。
紹介したのは「初恋」ですがはじめて読む方は「死にたがりの道化」からどうぞ。
個人的には「飢え渇く幽霊」が一番好きです。情念と悲恋の物語。
MADもあったんで参考までに。完成度高ッ。

あーでも雛沢さん可哀相だ……切ねえ……。

一緒に読みたい本

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021021011517 | 編集



 「それが有名税を払うという考え方です。僕らや、芸能人はいいんです。その分お金をもらっているし、最初からその覚悟ができている。
 消費されることも、自ら選び取った上でのことです。だから我慢ができないことはない。
 ですが、突然の不幸や事件に見舞われた人々がそうされることは、本物の被害です。それは『税』ではなく、暴力だとしか言いようがない」

 「いつだったか、これと同じような内容の声を囁いたことがあります。人を騙し、金銭を奪い、暴力をふるい、人の気持を傷つけ、それを露ほども気にとめない人物。
 人の存在は平等ではなく、自分は偉ぶることが許されると信じていたんでしょう。
 だから僕は、その考えに賛同しました。
 傲慢な悪意に、それ以上の傲慢さで応えた。人は平等ではないのだから、甘んじて受けてもらいました」


 あなたの手元に悪を測るメジャースプーンがあったらどうしますか?

 世の中にはどうしようもない悪が存在する。
 その悪に虐げられた罪なき弱者もまた存在する。
 小学四年生の「ぼく」は幼馴染のふみちゃんが好きだった。
 近所に住む同い年のふみちゃんは変わった子。
 けっして可愛いわけじゃない。笑うと歯の矯正危惧が目立つ。大きな眼鏡をかけている。
 だけどふみちゃんはクラスのみんなから頼りにされている。ふみちゃんには特定の友達がいない。女の子同士が作るグループに入らず、のけ者にされた子がいたらそっと寄り添ってあげるような女の子。その子がグループに復帰したら「よかったね」と微笑んで見送ってあげる。そしてまた一人になる。
 優しくて真面目で努力家のふみちゃん。いつも一生懸命なふみちゃん。
 みんなが面倒くさがってさぼるうさぎの世話が本当に大好きで、さぼったみんなの分まで学校に一番乗りして、うさぎを可愛がったふみちゃん。
 「うさぎの世話より楽しいことないの?」
 「あんまりない」
 笑ってそう答えるふみちゃん。
 ある日を境に、ふみちゃんは心と口を閉ざした。
 学校に一番乗りしたふみちゃんが飼育小屋で目撃した光景。
 血の海。
 裁縫バサミで手足と耳を断ち切られ、虐殺されたウサギたち。
 ふみちゃんは必死にうさぎを救おうとした。でも、間に合わなかった。うさぎはすでに息も絶え絶えで、血の海にちらばった手足をかき集めて職員室に運んでも、だれも助けられなかったのだ。
 ショックで心を閉ざし学校に来なくなったふみちゃんに追い討ちをかける、犯人の残忍な行為。ふみちゃんの背中を撮った写メがネットに掲載されたのだ。
 「第一発見者が君?うわ、萌えねー」
 氾濫する中傷と悪意。
 顔の見えない、不特定多数の人たちの悪意。
 「ぼく」はふみちゃんに癒えない傷を与えた医大生に復讐するため、自分に目覚めた不思議な能力を使う決意をした。
 
 条件ゲーム提示能力。
 「なになにしなければ何々になる」という言い方で相手の行動を縛る能力。
 たとえば、「ピアノを弾かなければ一生後悔する」。
 たとえば、「誰々と口をきけば一生学校にこれなくなる」。
 そういう条件を提示することによって、相手に思い通りの行動をとらせる能力が「ぼく」には備わっていた。
 うさぎ殺しの犯人はしばらくすれば社会に復帰する。
 ふみちゃんは心を閉ざしたままなのに……
 そんなことが許されるのか?
 許しておいていいのか?
 許せない。
 裁く力が自分に備わっているなら、罪と罰を測って裁くメジャースプーンを自分が持っているなら、今、それを使わなくてどうするんだ?

 この話には「悪」が登場する。
 本性の悪。真性の悪。けっして反省も後悔もしない、法的な力をもってしても厚生不可能だろう悪。
 「ぼく」は犯人に与える罰を考えるため、一族の中で唯一自分と同じ能力をもつ大学教授のもとへと相談に通う。
 大学教授・秋山との対話を通し、ぼくは条件提示ゲームの孕む危険性を突き詰めていくが、復讐をなす決心は変わらない。
 
 重い話だ。
 仮にふみちゃんが一面的な、いかにもフィクション的な「良い子」だったら、ここまで哀切な気持にならなかったろう。
 ふみちゃんは、けっして完璧ないい子じゃない。ピアノの発表会で自分よりはるかに上手い子の直後に弾くのが恥ずかしいと逃げ出す、臆病なところもある。だけど、この本を読んだら、ふみちゃんを近しく思わずにいられない。ふみちゃんを好きにならずにいられない。「良い子」ではなく「いい子」。ふみちゃんがどれほど心の優しいいい子か、人の立場になって痛みに共感できる特質の持ち主かは、パン屋のエピソードが端的に象徴している。
 そして物語のキーパソーンとなる教授、秋山。
 彼の底知れぬ存在感が、小学生の一人称語りで成立する話に、達観した大人の視点から切り取った現実の苦さと厳しさを持ち込んでくる。
 秋山は安易に復讐を批判しない。
 犯人を許す必要はない、諦める必要はないと「ぼく」に諭す。
 やや独善的に悪を裁く彼の姿勢は、ひどく厳格で冷徹とさえいえる。
 「ぼく」に対し見せる優しさや気遣いと、秋山が語る「悪」と「罪」と「罰」の非情な理論との落差温度差には戦慄せざるを得ない。

 もし自分の大事な人が理不尽な行為や暴力によって傷付けられたらどうするか?
 法律の裁きに納得できなかったら?

 命題は重い。
 答えは主観の域を出ない。
 もっともふさわしい罰とは何だ?
 秋山との対話を通し「ぼく」が辿り着いた答えとは…… 

 最後、秋山が「ぼく」に能力を使わず安心した。
 何故ならそれは外からの働きかけで強制的に覚えさせられるものじゃなく、自分の意志で心に留め置くべき事柄だから。
 
 ぼくのメジャースプーンが出した結論を、ぜひ確かめてください。 
 

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021020142138 | 編集



 「なるほど俺は確かに怯んださ。モモにも、とばっちりが行ったかもしれん。だが、それでどうこうなるサリエル様だと思うなよ。オレにはオレの才能があり、オレの音楽がある。結局、オレはそいつに賭けるしかないんだ。とっくの昔に腹はくくってある。見てろ。どいつもこいつも、いまにこの天才ダン・サリエル様が目に物見せてやるからな!」

 「お客さんに謝りなさい」
 「……は?」
 「お金出してまであなたの音楽を聴きに来てくれた人たちにーあなたの音楽が好きで、一緒になって喜んでくれた、ホールのお客さんたちに、今すぐ謝りなさい」
 アマディアはきっぱり言った。それから、「ううん」と首を横に振った。
 「お客さんだけじゃないわ。スタッフのみんなにも。賞をくれた人たちにも。シャルマさんにも!あなたのために努力して、応援してくれてる人たちみんなにー謝りなさい、アサナミ・リジア!」


精霊と人が共存する今ここによく似た異世界。
一世を風靡する人気音楽家にして、自分の心を「形」にした音楽を糧に与え精霊を使役する神曲楽士でもあるダン・サリエル。
しかしこの男、タキシードが似合う貴公子然とした顔をひっぺがしてみればとんでもない暴虐無人な問題児。
尊大、傲慢、卑小、確かな自信と過剰な自尊をオーラとして放ちまくる音楽界の革命児。
そんなダン・サリエルと彼の契約制霊兼マネージャー兼メイドのモモ、押しかけ弟子だが師をもしのぐ才能の持ち主のアマディア、アマディアの演奏にほれ込んだ巨大な虎の精霊コジが送るドタバタコメディ。
最高。
もーーーーーーー最高です!最高でした!待った甲斐がありましたサリエルは相変わらず不埒千万と暴虐無人と傲岸不遜を掛け合わせた性格の俺様でかっこいいし、サリエルに虐げられるけなげなドジっ子のモモ可愛いし、コジは相変わらずアル中のどら猫だし(待て)でも今巻で一番がんばったのはやっぱりアマディアでしょうね。一巻はサリエルとモモを軸に展開しましたが、二巻ではダブルヒロインのもう片方アマディアがクローズアップ。
音楽家の名門一族に生まれかつては将来を期待された神童、しかしあがり症を克服できず試験に落ち続け親にも見放された令嬢。音楽を目指すものなら誰をも羨む特別な才能に恵まれながらも、人前で弾くことができないという致命的な欠点に悩み苦しむアマディアの内面が非常にリアルに描写されて感情移入していました。
あざのさんの書くキャラは等身大の肉付けがされていて、個々の葛藤や悩みなどにひしひし共感できます。
俺様キャラで倣岸不遜な言動が目立つサリエルにしたところで、ひどく繊細な面をあわせもつ。アマディアに「音楽を楽しめ」と教えたサリエル自身、彼女の才能と自分の才能とを比較し、劣等感を抱いてしまう。

ぜんっぜん完璧な人間じゃない。突出したひとつの才能を除けば難のほうが目立つ。それでもサリエルを好きにならずにいられない。
不遜で傲慢でコンサートでは客の入りを真っ先にチェックするような卑小な性格、ギャラが少ないと文句をつける、目つきの悪さを隠すため伊達めがねをかける。一方で音楽にかける情熱と理想をめざす真摯な姿勢は本物で、「演奏する者も聴く者も同時に楽しめる音楽こそ最高だ」との信念を持ちながら、自分の音楽はしょせん大衆と時勢に迎合した「消費される音楽」ではないかと不安に揺れる。あーもうほんといいよサリエル、良い意味で人間くさい。すごいツボ。結婚して。……いや、結婚はしたくないけどファンクラブ入らせてください。
で、今巻ではサリエルと因縁浅からぬ男が登場。「イドラ(偶像)の魔術師」の異名をとる敏腕プロデューサーでサリエルと喧嘩別れした元相棒、シャルマ。
こいつがまたいい性格してて……伊達にドSを名乗っていません。第三話で音楽に絡め才能論をぶつところは圧倒されました。サドというよりは徹底してシビアなだけかもしれない。「才能は小数点を数えない」という言葉は非常に冷徹ですが、真実の一面を抉っている。説得力があります。彼女がめざしてるのはアートじゃなくてアーティストのところとか、これ、音楽の道をめざしてる人はかなり耳が痛いじゃないかなあ……音楽に限らず、創作だの何だの芸術系の進路をえらんだ人全般にあてはまりますが。

というかですね、シャルマとサリエルがあやしくみえてしょうがない。
ドS。胸がときめきます。ふたり睨みあってるときのぴりぴりした空気がたまりません。普段へろ~んとした優男シャルマがモモをやけに敵視するのも意味深だし、喧嘩別れした元相棒の事務所に安酒もって押しかけるとか、ちょ、この人おいしすぎ(笑)カズアキさんのイラストのシャルマがまたどえりゃー美青年なせいでシャルマ×サリエルにしか見えない。サリエルに待望の相手役登場ですか。ああ、ふたりの間になにがあったか気になる……。
あがり症が克服できず人前での演奏は失敗続きのアマディアですが、幼馴染と腹を割って話し合って一皮剥けたのは嬉しい限り(人として大事なものもいくつか捨てたっぽいですが)とくに楽屋にもどってきたリジアに活を入れるシーンはすっとしました。よく言った、偉い!
「自分の音楽をめざす」というオリジナリティ追求論はアーティスト志望者ならだれしも持ち得るビジョンだけど、リジアのそれがいささか甘えに映ったのも事実。だからアマディアのお説教は痛快でした。サリエルに似てきたのかな……この師にしてこの弟子あり。
「音楽とは何か」「才能とは何か」「秀才と天才の差」などがダン・サリエルのテーマだと個人的には思ってるんですが、一方ですごくシビアな論理や価値観を語りながら、もう一方で現状に安住せず足掻くキャラへの優しいまなざしを忘れないのが読後感の良さの秘訣なんだよなあ……。実際に目に見え音が耳に聞こえてくるような演奏シーンは今回も健在。私もこんな文章が書けるようになりたい……。
 
今いちばんおすすめのラノベシリーズなので書店で見かけた方はぜひ手にとってみてください。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021019135810 | 編集



 「あなたはたくさんの間違ったことをしましたが、それを非難しようとは思いません。
 間違いを犯すのはヒトの本質ですから。あなたを肯定できませんが、否定もしません」
 「正しい部分も悪い部分も含めて、あなたのすべてを許容します」

 私たちはヒトを理解できない。ヒトも私たちを理解できない。それがそんなに大きな問題だろうか?
 理解できないものは退けるのではなく、ただ許容すればいいだけのこと。
 それだけで世界から争いは消える。
 それがIだ。


 物語の力を信じますか?
 絶望に負けない物語を。
 時として現実よりも正しく価値のある物語を。
 
 人類が衰退しマシンが台頭する未来。
 食料を盗んで逃げる途中、主人公の「僕」は空から降り立った美しいアンドロイド・アイビスと出会い捕獲される。
 当初はアイビスを警戒し「アンドロイドの言う事なんか信じられるか」と疑っていた主人公に、アイビスは「リアルな歴史じゃない、フィクションよ」と前置きして物語を始める……。

 機械と人の物語。
 仮想空間が舞台の恋の話。
 虚構が内包する虚構の話。

 ある少年は現実で辛いいじめにあい、ネット上で複数の参加者が書き継ぐ物語の世界に逃避する。
 ある少女は現実の自分に自信がもてず、ネットの中で知り合った少年と恋愛を進展させていく。
 ある少女は幼い日にプレゼントされた鏡の中のバーチャルフレンドに何もかもを打ち明け、無二の親友として慕う。

 世界にはさまざまなフィクションが溢れている。
 フィクションに没頭する人を「現実と虚構の区別がつかない」とあざ笑う人もいる。
 だがしかし、現実はそれほど尊く正しいのだろうか?
 作中で示唆されるのは物語の可能性、希望、正しさだ。現実では行われない勧善懲悪が法則として機能するフィクションの世界を薄っぺらいキレイ事と片付けるのは簡単だが、その虚構で実際に救われている人間がいるのなら、物語は虚構以上のー……そして現実以上の価値を有す。
 独裁者が無実の人間の頭上に爆弾をおとす世界、その独裁者を支持する人間がいる世界、肌の色や生まれ育った環境が違うというだけで人を差別し迫害する世界、正しくない正義が横行する世界、「自分がされていやなことは隣人にしてはいけない」という単純な原則における隣人を自分の仲間と曲解し、それ以外なら攻撃してもいいと都合よく認識を書き換える人間の現実。
 「それらの事件がおきるたび倫理的に間違ってると批判されますが、論理的に間違ってると指摘する人物がいないのは何故でしょう」
 アンドロイドの詩音は疑問をのべる。
  
 いえね、正直最初は「ああ、菅浩江っぽいなあ」と思ってたんですよ。
 世界観というか切り口が。
 で、これなら女性的な感性と流麗で繊細な文章の菅野さんのが好きだなーサブタイトルも「ときめきの仮想空間」とかださいしなーと序盤は没入できなかったんですが、全編にあふれるフィクションを肯定する姿勢と物語の秘める力への信頼みたいなものが伝わってきて、人生でいちばん辛いとき小説や漫画に救われた経験のある身としてすっごく共感してしまいました。
 第一話「宇宙をぼくの手の上に」は、ネットで参加者を募り、架空の宇宙船クルーという設定内でリレー小説を書く同好会の主催者が語り手となるんですが、私自身PBM体験者なもので、「あるある!」とデジャビュな場面が続出。
 同好会メンバー兼架空の宇宙船クルーの少年が同級生を殺し逃亡、会長=語り手のもとへ刑事が訪ねてくるというプロローグなんですが、彼女が少年を救おうとして考えだした手段がも―感動的。物語の底力を見せつけられる。
 
 アイビスが語る物語はどれも人と機械の絆を扱ったもの。
 人に似て人ならざる機械は、しかし人をけっして傷付けはしない。何故なら機械は人とちがい、異なるものを許容できるから。
 
 SF的な用語とかもたくさんでてくるんで苦手な人はちょっととっつきにくいかもしれませんが大丈夫。山本弘さんはベテランSF作家で既に不動の地位を築いてるんですが、将来アンドロイドやAIが本当に誕生するとしたらおこりえるだろう問題も指摘していて唸らされます。
 おもちゃ鏡に組み込まれたAIの少女に卑猥な言葉を教えて興奮する男性購買者とか、ТAI(マスターが自由にカスタムできるネット上のでキャラクター)のデータをハッキングしてバチャクル(性的虐待)を加える変態とか……あーこれ近い将来絶対わくよ、今も似たことやってるひといるし……と先見の明に感じ入ってしまいました。余談ですが年季の入ったショタコンOLが、自分のパソコンに男の子のTAIを飼って、仕事の憂さ晴らしにさまざまな責め具でいじめまくっては「○○ちゃんの悶える顔たまんなーい」とはあはあするエピソードに凄まじい同属嫌悪を感じてしまいました……。

 全編にあふれる愛に信頼に胸が熱くなります。いい話です。
 この作品が気に入った方には、おなじSF作家で世界観の近い菅浩江さんの著作をおすすめします。
 AI、仮想現実、人と機械の関係性などテーマも共通ですし、希望を肯定する姿勢の通底も「アイの物語」にだぶります。 

一緒に読みたい本

表紙もいいけど中身もいい。一番好きなのは唯一のファンタジー「月かげの古謡」かな。
「雨の檻」は新井素子好きにおすすめ。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021018171417 | 編集



「神様-人を尊重し、力になり、気遣い、気配りをし、寛容に振る舞い、分かち合い、優しくし、忍耐強く、寛大な心を持ち、親切にもてなす。
これが、人と付き合う上で大事なことだと、わたしの小学校の頃の恩師は言いました。わたしは教わったこの言葉を忘れていません。
それをずっと……守って生きていきたいと思っていました。
けれども、春日井光代は……あの女はッ!人を貶め、嘲弄し、暴行を加え、尊厳を踏みにじり、利用し、嘘をつき、他人の善意を笑い、横暴に振る舞い、猜疑の根は深く、人を人とも思わない。わたしは、あの女の存在が、許せないんです!」


殺人や拷問を愛好する異端者たちが集うアンダーグラウンド・サイトの管理人である月森高校二年生の摩弥京也は、巷を騒がす連続殺人犯と偶然ネット上で知り合った。彼からとある惨殺画像を受け取った京也は、その死体がクラスメイト南雲小百合のものだと気づき、結果、犯人から狙われることになる。小百合の葬式で彼女の妹・南雲御笠と出会った京也は、御笠に犯人捜しを手伝わせて欲しいと請われ、二人は事件を独自に調べ始める……。

「マージナル」を系列分類すると乙一「GОТH」や西尾維新「戯言シリーズ」、入間人間「嘘つきみーくん壊れたまーちゃん」などと同じく青春暗黒ミステリに該当するのかな。昨今流行ですよね青春暗黒スプラッタ。そこはかとなく猟奇でカルトなグロ風味。
漫画でいうと「デスノート」とか好きな人におすすめです、人とちがう俺カッコイイ、イカレタ主人公痺れる~的な厨二病王道展開だけど面白いは正義。
前四巻までは現役高校生にしてアングラサイトを営む麻弥京也=ヴェルツェーニの視点で進行していたのですが、五巻はがらりと様相をかえ視点人物交代。

今回軸となるのはとある女子高に通う双子姉妹、音羽と小夜歌。
両親の離婚により互いの存在を知らず育った生き別れの姉妹は、偶然に導かれた数年前の再会をきっかけとして高校で蜜月を過ごしていたが、その間も妹・小夜歌は継母に虐待を受け続けていた。
姉・音羽は妹を虐待する義理の母・光代を憎悪し、抹殺計画を練り始めるが……

双子で百合で到叙というある意味最強の布陣。
高潔で厳格、才気走った音羽はいかにも同性にモテるお姉さまタイプで、対する片割れ・小夜歌は典型的な甘えっこの妹タイプ。
序盤からいきなりキスかましたり小屋で全裸で寄り添ったりと免疫ない読者は若干引く(そして好きな読者は鼻息あらくする)場面が頻出するのですが、光代の登場を契機に、小夜歌の劣悪な家庭環境が暴かれていくにつれ物語はどんどんシリアス度を増していく。
妹を救うため完全犯罪の計画を練る音羽の追い詰められた心情などはなかなか読ませる。
ちょっと辛口いうとこの「マージナル」ってエピソードが底浅くて、それが不満ではあるんですよね。
ところどころ人物の行動に説得力が欠けてたりするんですが(特に四巻、ヒロインが爆弾もって逃げる場面で他人巻き込むとわかってるのにそっち行くか!?みたいな突っ込みを……あとヒロインは姉を惨殺されてるんですが、その姉を回顧するエピソードや父親の言葉がちょっとキレイすぎて、フィクションに濾過されすぎというか、遺族のリアルな悲しみが伝わってこない……あくまで私見なんですが)だけど面白い。
猟奇殺人犯がそうなったきっかけや殺人を犯し追い詰められていく心情はなかなかスリリングで読ませるし、シリアスな場面でも会話にユーモアがあって思わず笑っちゃう。文章も上手い。唐突に出てくる四字熟語には正直面食らいますが、狂気に針がぶれかけた心理の描写は達者だなあと唸らされます。
既刊五巻なんですが、この巻から読んでも支障はないと思います。
だけどこれから読もうというひとにはできれば一巻から読んでほしい……ヤンデレサイコでトラウマ持ちな割にとぼけた人柄の京弥が面白いというかほほえましいというか(笑)
個人的にはちょうどマンネリ化してた頃合なので視点人物交代は大歓迎です。
たまにはこういう遊び心あっていいよね。
 
あ、あとひとつどうしても気になることがあるんですが……
顔の半分に酷い発疹があるって外見特徴のキャラの挿絵にまったくそれらしい痕跡が見当たらないのですが。

絵師さんしっかりして……。 

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 「なによ、偉そうにっ!男とも女とも寝る男が!」
 「でも、きみとは死んでも寝ない」
 志木が本格的な攻撃を開始した。
 「仮に、田中彩子と寝ないと殺すと言われても、おれは断る。あるいは、仮に田中彩子と寝れば全世界を支配できるといわれても、おれは逃げる。
 もし、田中彩子本人がぺこぺこ頭を下げて『わたしと夜を共にしてください』と泣いて哀願したとしても、おれは拒絶する。
 なぜなら、きみみたいに下品なことを平気で口にする人間に欲情するつもりは毛頭ないからだ。なお、きみがレズビアンであるという事実は、理由に含まれない」


超兄貴サイズの体格に白薔薇のごとき心をもつ大学生作家・矢野俊彦は、同性の百合小説作家・千里を「世界一美しい人」と崇拝していた。しかしある日、千里の作品に感動した漫画家の彩子が、彼を女性と思い込み、同性愛のターゲットにしてしまう。横暴で好戦的な美女・彩子に、クールな毒舌漫画家・志木、さらには小悪魔的な美少女・美穂に翻弄されながら、俊彦は愛する千里を守れるのか?伝説の恋愛コメディ、ついに復活。

森奈津子さんが大好きです。
森奈津子さんは自身もバイセクシュアルと公言する性愛小説作家。
おもにエロコメディ分野で活躍していますが、「からくりアンモラル」などちょっと切ないSFを書かせても非常にうまく、「なつこ、孤島にとらわれ」(西澤 保彦 祥伝社文庫)ではなんと同業作家にヒロインとしてネタにされるという前代未聞の珍事が発生。
そんな森奈津子さんが以前書いた小説待望の文庫化。

主人公の学生作家・俊彦は悪人顔の男前だが、線の細い耽美な美少年に憧れている。
そんな俊彦が崇拝してやまぬ百合小説家・相原千里(ペンネーム愛原ちさと)は、「お姉さま!」「妹よ!」なベタベタ百合小説を「ほしがりません、売れるまで」の精神でひたすら書き続ける絶世の美形だが、その耽美な容姿とは裏腹に、慢性的な貧困ゆえ常に空腹で、生活能力の低い社会不適合者。なにかあればすぐ目をうるうるさせるも餌付けでコロッと機嫌をなおす(例「わーい、俊ちゃん大好き!」)ちょっと女々しくお馬鹿な26歳。甘辛みたらし団子が大好物。
そんな二人をとりまくのはいずれも強烈な性格と性的嗜好の作家、漫画家。カルト的人気を誇るギャグ漫画家田中彩子は真性レズビアンの暴君、そんな彩子の親友(?)にして顔を合わせば必ず口論に発展する人気漫画家・志木昴は、知的な風貌に丸眼鏡がよく似合う毒舌クールな美青年。志木のアシスタントで彩子をお姉さまと慕う美穂も含めた面々が繰り広げる日常ドタバタがもー楽しい!なんといっても志木が最高ですステキすぎますツボすぎて鼻血がでます。

冒頭の台詞は志木が彩子にバイセクシュアルと罵られて返した台詞。
下品な言動が大嫌いで、彩子が下劣な暴言を吐くたび表情ひとつかえぬ毒舌で一刀両断する志木だけど、その実態たるや「ベッドの上以外では潔癖」と称される三度の飯よりセックス好き。
数年ぶりの再会を経てマンションに入り浸るようになった元親友・千里を「お前など通い赤子だ」など罵倒しつつも、千里のためにプリンをそっと冷蔵庫にとっといてやるようなさりげない優しさが憎い!素直じゃないところがいい!存在自体がエロい!! 
ノンセクシュアルな千里は相手が男だろうが女だろうがセックスにまったく興味がなく俊彦の恋は前途多難なんですが、ぱっと見人間関係複雑な面々が志木のマンションに入り浸りワイワイ飲んだり食べたり騒いだり喧嘩しあったりする様はすごく楽しそう。 
作品が売れなくて自信をなくす千里に発破をかける彩子の気風のよさも素敵だし、千里を崇拝すると同時に志木を尊敬する俊彦は純で可愛いし、なんといっても志木が!志木がいい!(結局そこに帰る)見た目はストイックで潔癖で無表情、性格も厳格できっついのに、ベッドの上では男だろうが女だろうが構わず寝るギャップがいい!
俊彦が「これどうぞ」と持参した新作を本人の前で読みながら「なんだか疲れたみたいだ」と眼鏡をとって、ごしごし子供っぽく目をこするんですが……クールな言動と子供っぽいしぐさのギャップに撃ち抜かれ、その後彩子に「胸にキスマークついてるわよ」と担がれ、あわててシャツの襟をのぞきこむシーンでやられた……なんだよお前可愛すぎだよ……
だけど一番萌えたのは千里がキスマーク見せて!と無邪気な残酷さを発揮して志木を押さえ込む場面ですね!なんだよあれ無理矢理キスマーク暴いてべたべたさわりまくるとかどんな羞恥プレイだよ、本人に悪気も下心もないからなおさらたち悪いよ、やってる本人は純粋な好奇心だよ、無自覚天然攻めかよ千里!!

あーもー……あのシーンがエロすぎ……一気にテンション上がった……

作中志木がバイなのは公式なんですが、受けなのか攻めなのかが明かされてないので非常に気になります。本人の言動から推察すると攻めっぽくもあるんですが見た目と私の好みからすると絶対受けなんですよね……てか志木が受けじゃないとか国家的規模の損失だよ……クールめがね毒舌潔癖は受けなんだよ……したあとうつ伏せで寝ててキスマークつけられたってんならやっぱ受けなんでしょうか……あーもー気になって眠れん……

キャラの中では志木が一番好きなんですが、千里が好き好き大好きで夜のオカズにするなどとんでもない!自分が守らねば!と熱い想いを滾らせる俊彦はホント応援したくなるし、志木の事を「愛してる」(注・友情的な意味で)とさらっと言っちゃう千里は耽美なルックスと裏腹に男前で頼りになる一面も持ち合わせてたりで、ほんともー出てくるキャラがすごくいいです。ギャグもかっとばしてて爆笑でした!!
   
「1」と銘打たれてる事は二巻もでるんですよね……
二巻では志木が受けか攻めかはっきりすることを願って待ちます!!
受けかリバ希望です!!


「いなくなった猫の話」で泣きました。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021016214033 | 編集



 「痛いっ」
 私が思わず手を引っ込めると、姉さまは慌てて同じ場所を撫でてくれました。
 「つまりね、ワッコちゃん。あの人は、こんな風に痛い目にあい過ぎたの。だから、痛いと感じるのをやめたのよ」
 「そんなこと、できるの?」
 「できるわ」
 今度は私の手の甲をゆっくりと撫でながら、姉さまは言いました。
 「こんな風に撫でられて、温かいとか嬉しいとか思わないようにできれば……心の中から苦しみと一緒に、喜びも追い出してしまえば」


 「いいですか、茜さん。この世で一番悪いことは、人の命を取ることです。その次に悪いのは、人の信頼を裏切ることです」
 (中略)
 「自分が信じられていることに誇りを持ちなさい。信じられたからには、もう自分一人の体ではないのだと思いなさい」
 「信じた方が悪いだなんて、口が裂けても言ってはいけません。あなたを信じた人は、あなたを愛した人でもあるのですから」


病葉-病んだ葉。
嫩葉ー萌えいづる若葉。そのどちらをもわくらばという。
昭和三十年代。和裁で生計を立てる下町の貧しい母子家庭に暮らす心優しく病弱な姉・鈴音と勝気でお転婆、口達者な妹・和歌子。 
対照的な姉妹はしかしとても仲がよく、和歌子は姉を慕い、外国人の血が入っているのではないかと噂されるほど美しい鈴音は、自分に懐く活発な妹を可愛がっていた。

「ワッコちゃん。実はね、私には不思議な力があるの」

同じ布団の中で息を潜め聞いた姉の告白。
姉さまは人や物の記憶を「見る」ことができる不思議な力を持っていた。
鈴音が生まれ持った不思議な能力は姉妹だけの秘密だったが、和歌子が初恋の警官の気を引きたい一心で交通事故現場を透視させたことから、鈴音は刑事・神楽に目をつけられ未解決事件の捜査を委ねられることに……
姉さまの優しさが、話の切なさが、人の哀しさや愛しさがぎゅっと凝縮された珠玉の連作集。
北村薫「円紫さんと私」シリーズを彷彿とさせる雰囲気といったら少しわかっていただけるでしょうが、幼いといってい年代の姉妹が主人公であることと、時代設定が日本が高度経済成長を迎える前の昭和三十年代が舞台ということもあり、こちらのほうがよりノスタルジックな切なさが胸に迫ります。
とにかく情景が美しい。
病弱に生まれつき学校もろくに通えなかった鈴音は、しかし人や物の記憶を映像として見ることができた。
透視の前兆として人や物のやや上方に虹がかかり、その中に情景が浮かぶ。
「とても綺麗なのよ」
鈴音は刑事・神楽に抜擢されいくつもの事件の裏側を見る。
虫も殺せぬほど心優しく、他人の痛みにさえ感応してしまう鈴音には耐え難い苦痛を伴う経験。
それでも神楽は鈴音を頼るしかない。
理不尽に命を奪われた被害者の仇をとるため、犯人の動機を理解するため。
鈴音もまた神楽の要求に応じ、毅然として凄惨な事件の裏を見続ける。

鈴音……姉さまはとても優しい。
成長し、晩年を迎えた妹・和歌子の回想の形で語られる姉さまは、打ち上げられた衛星の中でひとりぼっちの死を迎えたライカ犬が可哀想と涙し、やむをえぬ事情から轢き逃げ犯となった青年の弟を案じ、不幸な境遇から道を誤ってしまった朝鮮人の青年に線香をたむけ、信じきれなかった友達に対する自責の念に苦しむ。

高く青い空が好きな姉さま。
荒川の土手に寝転がり、「この空の下では誰もが祝福され生まれてくる」と信じて疑わなかった姉さま。
どんなに惨たらしい事件に遭遇し、人間の暗い面を見せ付けられ打ちひしがれても、死ぬまでそう信じ続けた姉さま。

収録作「流星のまたたき」に宇宙塵という言葉がでてくる。
実は地球にはしょっちゅう隕石が飛来してるが、それらの殆どが大気圏の分厚い壁に衝突し粉々に砕け散り、肉眼ではとらえきれぬ微細な塵となって空気中に漂っている。
「わくらば日記」の登場人物が語る飾り気ない言葉、地の文に散りばめられたはっとするような情景は、まるでこの宇宙塵だ。
目に見えず手に触れ得ず、けれども何万光年もの宇宙の暗黒を光り貫き、遂に今ここへ達したかけがえのないもの。

人の心は時として恐ろしく暗く汚いものを秘める。
でも、どんな底なしの暗闇にも一粒の光は届く。

この本を読んだら姉さまを好きにならずにいられない。
姉さまだけじゃない。
自分が間違っていると悟ればすぐさま「ごめんなさい」と素直に謝罪ができる和歌子。
自分と同じ境遇で果てた女郎を悼みお寺参りをする茜ちゃん。
礼儀にうるさく、新しくうちに来たミシンにサチコと名付ける母さま。
爬虫類じみて冷血な顔の裏に罪を犯した人間を激しく憎みながらも、彼らを理解しようと努める真摯な心を隠す刑事・神楽。

みんななんてひたむきで愛しいんだろう。
愛しくて哀しくて素敵なんだろう。

「追憶の虹」の終わりあたりからずっと泣けて泣けてしょうがなかった。
涙がぼろぼろこぼれてとまらなかった。
姉さまが優しすぎて、出てくる人がみな愛しくて哀しくて。
どんなに残酷な現実や運命に虐げられても、自分を信じてくれる人と出会えたことで生きていく希望を取り戻した人がいる一方で、抗いきれずに押しつぶされてしまった人がいて。
姉さまはそのどちらにも等しく慈愛のまなざしを注ぐ。
 
表紙と挿絵はおやすみプンプンの浅田いにおさん。
よくよく見ると表紙に作中に出てくるキーアイテムが散りばめてある遊び心が嬉しいです。


あー……いい本読むと心が拡張工事されたようだ……。

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「ここには私の涙と憎悪が何年分も染み込んでるの」

「ほら、あれが噂の『人喰い給水塔』ですよ」


古今東西数多ある推理小説の中で根強い人気を誇る「日常の謎」カテゴリ。
国産もので有名なのといえば北村薫「円紫さんと私シリーズ」(大好きです)加納朋子「駒子シリーズ」倉知淳「猫丸先輩シリーズ」などが挙げられるんですが、本書も日常の謎解きをメインに扱った恩田陸の佳作。
殺人事件や人死にが含まれる話も少なくないんですが、その殺人事件も過去の出来事で思い出語りができるほど風化されていたり、生々しさはそれほどありません。けれど面白い、すごく面白い。「謎」の最も純粋な部分だけ抽出し結晶化したような短編が多く、掌編といっても差し支えない長さのものも含まれてるのですが、どれひとつとってもはずれがないのは凄い。
ひとつひとつの話が短くさらっと読めるので通学中は電車のお友に重宝しました。おかげで表紙がぼろぼろです。

主人公は退役判事・関根多佳雄。成人した三人の子供をもつ愛妻家、物腰柔らかな老紳士で散歩が趣味。
そんな彼が遭遇した日常の謎を、退役してもなお衰えを知らぬ鋭敏な洞察力と推理力で解き明かしていくんですが、多佳雄さんのとぼけた人柄が浮世離れした雰囲気に相まって非常にいい持ち味を出してます。
どれも好きなのですが個人的ベストを選ぶなら「廃園」。
薔薇が咲き乱れる庭でかつて不審な死を遂げた美しい従姉・結花。
従姉の死から時が経ち、成長した娘は母が死んだ庭を家ごと売り払う決意をした。
母が愛した薔薇は枯れ果て、美しかった庭は朽ち果てた。
変わり果てた家を訪れた多佳雄は奔放な従姉の思い出とともに過去を回想し、彼女の死の真相を探り当てるー……
「廃園」のタイトルが示す通り、多佳雄が来訪した現在の庭は跡形なく荒れ果てているんだけど、彼が追憶する庭の情景が非常に美しく華やかに描写されるせいで、読者の脳裏には現実には既に存在し得ない幻の庭が鮮やかに像を結ぶ。この仕掛けが憎い。
恩田陸は「もうここにありはしないもの」を巧みな語り口によっていまだあるように錯覚させる描写の名手なんですが、「廃園」ではその手腕が遺憾なく発揮されてます。
残滓にすぎないもの、残像にすぎないもの、残影にすぎないもの。しかし登場人物たちの中では確かに生きて、ともすると灰色の現在より鮮烈なイメージを持ち得る事柄。
色とりどりに咲き乱れる薔薇、濃密な芳香、麗かな天国の情景、如雨露を持って振り返る美しいいとこと愛くるしい娘……土が剥き出しの灰色の庭を前に、多佳雄が回想する情景は非常に美しく、それが現実には存在し得ず、当時を知る人間の記憶の中でのみひっそり生き続けるからこそ哀切な余韻を増し、感傷をかきたてる。
 
ほかに人間の命の尊厳を問う「ニューメキシコの月」、関根家の娘と息子といとこが一枚の写真をもとに推理合戦をくりひろげる「机上の空論」、現役検事の息子・春とドライブに出かけた先での出来事「海にいるのは人魚ではない」も好きです。表題作の時が止まったような喫茶店の雰囲気、ほろ苦く懐古的な余韻もいいなあ……。

恩田陸は以前から空間の魅力、特定の場所がもつ呪術じみた魔力の描写に定評があるのですが、「給水塔」は特筆したい。
散歩中に奇妙な男・満と知り合った多佳雄が、団地に聳える古い給水塔にまつわる怪奇な噂の真相を推理していくのですが、ただの噂に過ぎないと思っていた断片的エピソードを統合すると見えてくる陰謀は背筋をぞっとさせる。これを読むとありふれた給水塔が異形の怪物に見えてくるから怖い。中編「魔術師」にでてくる「人が一定数をこすと町やある種の共同体は独自の意志を持ち拡大を図る」という考えは、「月の裏側」「Q&A」など、作者の後の作品にも影響を与えてますね。
この作品がお気に召したら春が同僚検事と廃墟の無人島に訪れる「puzzle」もぜひ。
話のモデルとなった無人島は軍艦島で、廃墟マニアにはたまらない無機物の荒廃感が存分に醸しだされてます。
士度がかっこいいです!

廃墟好きには「聖女の島」もおすすめ。こっちのモデルも軍艦島だそうな。

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 拳銃は、熟した果実が落ちるように、上着をはね上げた手の中に落ちてきた。
 ぼくはそれをシチェルパートフに突き付けた。
 膝ががくがくしたが、手は震えていなかった。
 アナトーリ・ティモフェイヴィチ、後生ですから。
 シチェルパートフの口が妙な加減に歪んだ。笑っていた。げらげら笑った。
 言ってみろ、ヴァーシャ、妾の子。父なし子、お前は一体誰の息子だ。


 やっぱこう、太陽を背にして襲い掛かりたいね。
 どうして。
 格好いいじゃん。

二十世紀初頭、ロシア。
人にも獣にもなりきれないミノタウロスの子らが、凍える時代を疾走する。―文学のルネッサンスを告げる著者渾身の大河小説。

ジャンル分けするとピカレスクというかビルドゥングスロマンとかいうそんなかんじの小説。
ピカレスクの語源は悪漢小説。
この小説の主人公、自由奔放に生きる地主の息子ヴァシリも見事な悪漢です。
とにかく密度が濃いです。文学してます。時代設定も二十世紀初頭ロシアという知る人ぞ知る非常にマニアックな選択。
裕福な地主の次男として生を受けたヴァシリは、成り上がりの父を継ぐことを夢見て農業を学ぶも生来女好きな放蕩癖あり、下宿先の叔父の家の女中や故郷の娘とたびたび関係を持っていた。
しかしそんなヴァシリの運命がロシアに迫り来る戦火に煽られ風雲急を告げる。
父の死、顔面に重傷を負い帰還した軍人の兄。
叔父の家から帰郷したヴァシリは放埓で驕慢な運命の女・マリーナと出会い、大胆にも彼女を物にする企てを練るが……
強盗・強姦なんでもあり。
人倫を踏み外す行為全般に一切ためらいない主人公の破滅的生き様は凄い。
殺人や悪事に手を染めても一切心を痛めず自分を貫き生きるさまはいっそ清清しい。
良心の所在が人間を定義する必須条件ならヴァシリの生き様はけだものさながら自由で獰猛で野蛮。
常識に束縛されず倫理に唾し欲望に正直に生きるヴァシリはやがて因縁の相手を殺害し、故郷から落ち延びる道程で脱走兵のイタリア人少年・ウルリヒと出会い意気投合する。
このウルリヒがすっごいいいキャラしてるんですよ!
ニヒルでいながらユーモアセンスにとんで、飢えと寒さに苛まれたみじめな逆境でも軽口を忘れない。飛行機操縦の腕前は天才的で軽快な曲芸飛行を演じ現役軍人の鼻を明かす。
このウルリヒにフェディコというびびりの少年をくわえ、やがて三人で盗んだ馬車を駆り、略奪と殺戮とどんちゃん騒ぎをくりひろげつつロシアを縦横無尽に奔走する帰るあてなき旅が始まる。
ぶっちゃけ主人公のヴァシリは関係した女が妊娠し、その事で実の兄に激しく暴行されてる現場を見て「ついでに腹も蹴ってやれば堕ろす金が浮くのに」とか思う最低鬼畜野郎なんですが、一緒にケツを掘られた仲のウルリヒには友情だか信頼感だかを抱いてるみたいで、スリル満点の戦闘シーンはじめ殺伐とした描写が続く中、合間に挟まれるふたりの語らいやじゃれあいは青臭くくすぐったい。
で、なんといっても空中戦が圧巻。
天才的な操縦の腕を発揮し機銃掃射で地上の敵を薙ぎ払い、敵機と丁々発止機先を制し合う攻防の迫力に息が詰まる。
そんなふうにして敵を容赦なく爆撃し「よっしゃー」と子供っぽい(悪ガキっぽい)歓声をあげたかとおもいきや、農家に略奪に入った際に出会った初恋の少女に対してはウブで奥手、ヴァシリに逢瀬を茶化されマジで腹を立てるさまがもう……もうね、可愛すぎる……しかも野卑で軽薄な言動、斜に構えた態度と裏腹にあらくれ軍人くずれ一同を感動で号泣させるピアノも弾けるなんて最高じゃねえか。なんだこれギャップ萌えか、これがギャップ萌えなのか。
あーやっぱいいよウルリヒ大好き。
鬼畜で外道な癖に青臭く肝心な場面で詰めが甘い主人公よりよっぽど好きだ。
そんなヴァシリたちのやりたい放題の暴走ぶりを「おいおいそのうち因果応報天罰がくだるぞ……」と眉をひそめ読んでいくと案の定後半で……ラストは言わぬが華ですがああ無情なかんじです。天罰というか人誅のほうでしたが。ヴァシリは自業自得だけどなあ……ウルリヒ……。
文章の密度もかなり濃い。
冒頭に上げたのは主人公が初めて人を射殺するシーンなんですが比喩の秀逸さに感動しました。
嗚呼美しい、官能的……ため息。
 
佐藤賢一さんの「傭兵ピエール」や森博嗣さんの「スカイクロラ」なんかが好きな方にもおすすめです。
しかしロシアの人名地名はどーしてこーしちめんどくさいんだ。舌噛むぞ。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021013033547 | 編集



現在アスキーで絶賛連載中、ファミレスを舞台に従業員同士の人間模様を描く笑いあり涙あり萌えあり腐ありのラブコメ漫画。
とにかく女の子が可愛い!みんな個性的で目移りする。
主人公御手洗は母親に言われ叔父が店長を務めるファミレスで不承不詳働くことになったが、そこのバイト・萌に一目ぼれ。しかし萌は実は気合の入ったガンダムオタクで腐女子だった!蒸発中の両親に代わり育ち盛りの弟ふたりを育てる勤労女子高生・鐘城さん(りっちゃん)、ツインテールロリロリのルックスで男を虜にするもデブ専な小悪魔・舞、金髪青眼のガイジンながら「妙子」なる露骨な偽名を名乗る万能のフロア長、ギャンブル狂で借金漬けのイケメンコック・王里……
上記愉快な仲間たちがおしゃべりの合間に働き馬鹿騒ぎをやらかすファミレスの日常が楽しすぎ。
平凡ながら善良な御手洗は困ってる人を放っておけない体質でりっちゃんや二巻から仲間入りした守時さんにラブラブ熱視線をむけられるもてんで気付かず、ハーレム物主人公特有の鈍感さをいかんなく発揮する。
御手洗を中心にした三角関係も気になるのですが、個人的イチオシは王理と舞。
りっちゃん・御手洗・トッキーとはまた違ったアンニュイな大人の関係と巧みな駆け引きにどきどきする。りっちゃんもトッキーも表情豊かで可愛くて好きなんですが、同性から見るとちょっと頬染めすぎであざといかなーってきらいがあるんですよね(まあそこもいいんですけど)。
その点言動とルックスのあざとさではダントツの舞が、王里の前でだけ小悪魔の媚態を脱いで意地っ張りだったりやきもちやきだったりする素顔を見せるのがたまんねーっす。
素顔といってもりっちゃんやトッキーと比べてだいぶ控えめ大人しめなんですが、かえってそれがよい!
媚び媚びの笑顔がデフォルトなしたたかな女の子が気を許した男友達かそれ以上に意識してる異性にだけほろっと見せる隙と言いますか、悪戯と本気の境界線が曖昧な言動といいますか……いいんですよね!受け流す王里も余裕があっていいです。
ぶっちゃけ舞と王里の関係が一番気になる……おたがいまんざらでもないみたいだし。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021012191449 | 編集



情感。
静謐。
情景。
感傷。
そしてノスタルジア。

「МISSING」は本多孝好さんの作品の中でいちばん好きかもしれない。
「眠りの海」はすべてを失った男性教師と不思議な少年の一晩の対話。
「祈灯」幽霊ちゃんというあだ名の女性と兄弟の交流。
「蝉の証」は老人と女子高生の話。
「瑠璃」瑠璃色の目の従姉に憧れる男の子の切ない恋。
「彼の棲む場所」は完璧な人間の中にひそむ歪な分身の話。
それぞれ違った独特の味があるのですが、一番好きなのは「眠りの海」です。
この説に出てくる男性教師がめちゃくちゃタイプで。もう筆舌尽くしがたく好みで。
幼い頃に家族を事故で失い天涯孤独となった高校教師。
他人に心を許さず、深い孤独を抱え生きてきた高校教師が、問題児と噂される生徒と関係を結ぶも、彼女の突然の死がきっかけで敷かれたレールを逸れていく……。
子供の頃に家族と死に別れてからというもの他人と距離を置いて生きてきた教師が、教え子との恋愛を経て自分の中に封印した感情に目覚めていく過程がすごくいい。この教師の造形がすごくツボ。怜悧でストイックな色気がたまりません。しかも伊達メガネなんですよ伊達メガネ。最高です。
ようやく得たかけがえのないもの、失えない存在。
しかし初めて心を許した彼女は死に、再び独りになった彼は絶望し入水自殺を試みるも不思議な少年に助けられる。
そこでの対話を通し明らかになる恋人の死の真実とは……。
心理描写がすごく丁寧で繊細。洗練されている。
教師と生徒、男と女、周囲に知られてはならない禁断の関係。
秘密を持ったふたりはしかし、幸福な蜜月を過ごす。
クールでストイックで敬遠されていた教師は彼女の隣でだけひとりの男にもどり、リラックスした素顔を見せることができた。
複雑な家庭環境で育った彼女は教師の包容力にふれ、束の間日常の鬱屈を忘れ去ることができた。
そんな二人を見舞う悲劇、訪れる残酷な結末、最後にもたらされる一条の希望の光。
「蝉の証」は老人の秘密をさぐる女子高生ひと夏の冒険。
「彼の棲む場所」は人の心の深淵を覗いた気にさせ背筋が寒くなる。
清冽。
透明感。
ガラスのような硬度。
収録作はいずれも死の気配を孕んでいるが、それはあくまで抑制の利いた文章の行間に漂い、決して前面に出ず淡々としている。淡々としてるからこそ余韻がいつまでも残る。
登場人物たちはいずれも大きな喪失を体験し、人生の一部を損なってしまった過去がある。
喪失と再生というテーマこそ陳腐で月並みだけど、やっぱり本書は独特。読後、余韻が波紋のように広がりゆく。
トラウマの克服に焦点を絞るよりは、傷を傷としてあるがまま受け入れ、絶望と希望が錯綜する薄明の中折り合いを付け生きる道を示唆する。
  
ああいいなあ…………。
たぶん人によってどの作品が気に入るか好みが分かれるとおもいます。
ロールシャッハテストみたいなものですね。 

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021011025026 | 編集



どうしてそんなことがありえるのか?
いったい 子供が蝿の羽根をむしるときだけが
彼らの本当の姿なのか?
子供のうちから 彼らは悪なのか?


ボダ×2完結しました。
最後までお付き合いいただいた皆さんありがとうございます。沢山のあたたかい声援とご感想励みになりました。
―ってことで、完結記念ってわけでもないんですが作中にも出てきたエーリヒ・ケストナーの「人生処方詩集」を今回はご紹介。
エーリヒ・ケストナーはドイツの有名な児童作家。
少年たちおよび教師の友情が美味しすぎて妄想の余地ありすぎな寄宿舎もの「飛ぶ教室」、「点子ちゃんとアントン」などが代表作ですが、大人のほろ苦い悲哀とくすっと笑える諧謔が詰まった「人生処方詩集」もいいんですよねー。高田馬場の古本屋で百円で買ったんですが実に掘り出し物でした。どうでもいいですがケストナーさん著者近影の眉が黒々しいよ、炭でも塗ったようだ。
この詩集においては粋なはからいをされていて、冒頭に「孤独にたえられなくなったら」「ホームシックにかかったら」「青春時代を考えたら」など検索しやすいよう処方箋に見たてた目録をずらり用意してます。
ざっと眺めても「偶然による残高」「自殺戒」「大げさな言葉のない悲歌」「春は前借りで」など尖ったネーミングセンスにぞくぞくする。
ボダ×2で引用したのは「堅信を受けたある少年の写真にそえて」と「従兄の隅窓」の二編。
どの詩も人生の悲哀とニヒルな諦観と滑稽な諧謔とが絶妙に結び付いて唸らされるんですが、言葉選びに発揮される鋭い感性と、たまに行間にただようセンシティブな慕情の対比がすごくいい。
 
 「おまけに雨が降り出した
  雨が降るときは人は善ならず
  おれに遇うやつはみんな
  おれに遇わないような顔をする」

 「ひとは冷淡な表情で世間に挨拶する
  そのにこやかさは本心ではない」
 

欺瞞や偽善を裏から暴く、ぎくりとしてしまう警句と出会う。

 「子供らがいちばんすばらしいものを望むとき
  彼らはほとんど口に出さない
  子供らがいちばんすばらしいものを望むとき
  彼らはただ母親の耳にささやくだけだ」

 「ふたりはたいそう惚れあっていた
  まるで本の中にしかないように
  彼女はお金がなかった 彼もなかった
  そこでふたりは結婚式を挙げて 声をそろえて笑った」

   
幸福な情景が目に浮かぶような箴言がある。

批評家のシニカリズムと小さきものへむける包容のまなざしが相まって、乾いてはない、さりとて湿ってもいない、独特の余韻をのこす。

パリッと糊のきいたシーツは迂闊にさわれば手が切れる。
湿気をすってふやけたシーツは気持ちが悪い。

度が過ぎて鬱陶しい感傷とも、厭世が過ぎて虚無に至る諧謔とも等距離を保ち、シニカルな中にもユーモアを忘れぬ視点をもってケストナーが紡ぐ詩は、どれもどこにでもいる小市民のありふれた人生の一幕を切り取っていて、とても印象深い。
これらの詩に出てくるずるく弱い人々に、我らが隣人的な親近感を抱かずにいられようか。自分の境遇と照らし合わせ感情移入せずにいられようか。
世間を批判しながら機知に富んだケストナーの詩は、彼の小説がそうであるようにどこか突き抜けた明るさを感じさせ、落ち込んでるときに読むと「まあこんな日もあるよな」「辛いのは自分だけじゃない」と元気付けられる。
ケストナーの小説を既読の方も未読の方ももし機会がありましたら手にとってみてください。

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「おっと、旦那、怒らねえでおくんなさい。あやまる、あやまる」
牢屋小僧は片手をあげてふり、その手をつぶれた左の眼にあてた。
「あやまってる証拠は、ほら、この通りです」
四郎助は、のどの奥で、あっと叫んでいた。

「人が殺すところの者を神は甦らし給う。祈れよ。信ぜよ。父なる神は彼処に在す」


明治19年、薩摩出身の有馬四郎助は北海道月形の樺戸集治監の看守に着任した。
高潔な青年看守が目にする監獄の劣悪な実態、人間の愛憎が綾なす奇奇怪怪な事件の真相とは?
厳正な温情あふれ「愛の典獄」と呼ばれた有馬四郎助の若き日の姿を綴った小説。
 
山田風太郎といえば娯楽時代小説の大家。
近年は「甲賀忍法帖」が「バジリスク」のタイトルで漫画化・アニメ化したことでも記憶に新しい。
私の場合は父が山田風太郎ファンで小学生のころから読んでました。一番最初に読んだのは「伝馬町から今晩は」。子供心に衝撃を受けました。
「地の果ての獄」はその名の通り、明治の北海道に実在した監獄に派遣された青年看守・四郎助の視点で綴る物語。
まず冒頭から凄い。
北海道にむかう船の営倉に糞尿垂れ流しですし詰めにされた囚人らが、待遇改善をもとめ反乱を起こす。
その決起を率いる二巨頭こそ、牢屋で産声を上げ半生の殆どを獄で過ごした通称「牢屋小僧」と、日本一の大泥棒「五寸釘の寅吉」。同船した四郎介の勇敢なる機転により暴動は鎮圧されるも、牢屋小僧のきっぷのいい啖呵、稀代の悪党でありながらどこか憎めない寅吉の演説が心をぐっと掴む。
講談調のテンポ良い文体にのって夢中でページを繰る。
四郎助から見た樺戸集治監は囚人への虐待が横行する劣悪な環境で、不衛生な獄では悪疫がはやり、私刑や鶏姦が黙認され、極寒中の強制労働にたえかね囚人がたびたび命を落とす。
船で暴動をおこした罰として牢屋小僧と寅吉も苦役を課されるんですが、これがまた……絶句する惨さ。当時は囚人の人権なんかなかったんだなと痛感します。詳細は読んでのお楽しみ(?)とうことで省きますが、とにかく凄い。描写が詳細で生々しいから余計目に浮かぶ。
最果ての地の監獄には日本中から札付きの悪党どもが集められる。
しかし囚人より看守のほうが悪辣なのが刑務所ものの王道。
「地の果ての獄」にも囚人よりよっぽどたちが悪い看守がでてくるでてくる。囚人に面会に来る情婦に横恋慕し略奪計画を練る看守、私怨から囚人を虐待する看守などなかなかいい具合にくさりきってる。だからこそ万事につけ公正な四郎助の人物像が際立ちます。 
地の果ての獄で繰り広げられるのは壮絶な人間ドラマ、人生の辛酸を噛み締めずにはいられない愛憎劇の数々。
運命の悪戯としか呼べぬ数奇な縁から監獄送りとなった善人もいれば、生き別れた妻子に一目会いたいと切望する大悪党もいる。
四郎助の赴任直後から監獄では度々不審な事件がおきる。
囚人が有り得ない不可能状況から脱走を図る。横暴な看守が変死を遂げる。
呑んだくれのアイヌ医者、人間の良心を信じ続ける神父。
それら多彩な人物に囲まれ囚人と触れ合ううちに、四郎助の心境にも徐徐に変化が芽生えていく。
なんといっても牢屋小僧がめちゃくちゃかっこいい。ほれます。ここだけの話ぶっちゃけると私が書いてる小説に出てくる某サムライのビジュアルは牢屋小僧のイメージで……っても挿絵はないんですが、私の頭の中に浮かぶ牢屋小僧=サムライなんですよ!
もうね、かっこいい。
野卑で狡猾、過酷な苦役と折檻にもめげず不敵な笑みを浮かべ続ける男。
そこはかとなく不気味な存在感で他を圧倒し、極悪人ぞろいの獄でも一目置かれる隻眼の囚人。

牢屋で生まれたから牢屋小僧。
観察力・洞察力にたけ、扇動の才を持ち、舌先三寸の詐術を駆使し看守と互角に渡り合っていく。

棺桶熊が、御寵愛の十六歳の少年囚をつかまえて一儀に及ぼうとしたのを、
「よさねえか!」
と牢屋小僧が一喝したのだ。
ここにはいって以来、ほとんど口をきかず、陰気に黙り込んでいて、これは五寸釘ほど有名人ではないと見えて名前も名乗らず、しかもどうやら五寸釘のほうが、その片目の痩せた男に一目も二目もおいている気配で、凶暴な囚人たちにも闇の精みたいにぶきみな印象を与えていたが、これがはじめて牢名主をどなりつけたのであった。
「おりゃ、そういうことを見るのはきれえだ。やめろといったら、やめろ」


ああ、かっこいい…… 
収録作の中でいちばん好きなのは「邏卒報告書」。
元巡査の囚人・畑寺。根っから善良で真面目な畑寺が地の果ての獄で再会したのは、自分を騙し裏切り続けた親友・高戸。
同じ枷に繋がれた二人は元親友同士でありながら姑息な高戸は何度も畑寺をそそのかし、その友情に付け込んで美味い汁を啜っていた。
高戸の裏切りがもとで巡査の職と最愛の妻子までも失い、地の果ての獄に送られた畑寺を待っていたのは元部下で現看守の堂目の凄まじい虐待。
しかし根っからお人よしな畑寺はそこでも元親友を庇い続け……

全部説明しちゃうとアレなんで、これはとにかく!読んで下さい。
騙され裏切られすべてを失った冴えない中年男、畑寺。
友人を破滅させておきながら反省の色はさっぱりなく、今また畑寺を踏み台に脱獄計画を練るこりない高戸。
最後の最後で畑寺が上げた台詞が、もうね……胸が熱くなる。涙がこみあげてくる。 
あの台詞を叫ぶまで畑寺が経てきた人生が走馬灯のように過ぎって、活字がぼんやり滲む。

傑作です。おすすめです。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021009100239 | 編集



「なにがおかしい?」
いや、とゆっくり首を振ったキジマは、懸命に笑いをこらえる様子で逆にたずねた。
「絶対に外れない予言を知っているかい?」
黙っていると、彼はなおくつくつと笑いながら、私の眼をまっすぐに見つめてなぞなぞの答えを口にした。
「人は必ず死ぬということだ」
 
「騙されていたのは、嘘ではありません」キョウコが言った。
「おそらく彼らはーそして、わたしもー本当に騙されていたのでしょう。
 けれどそれは、真実を知りたくなかったからー騙されていたかったからー騙されただけなのです」


戦時中に消息を絶った知人の情報を得るため巣鴨プリズンを訪れた私立探偵のフェアフィールドは、調査の交換条件として、囚人・貴島悟の記憶を取り戻す任務を命じられる。
捕虜虐殺の容疑で拘留されている貴島は、恐ろしいほど頭脳明晰な男だが、戦争中の記憶は完全に消失していた。フェアフィールドは貴島の相棒役を務めながら、プリズン内で発生した不可解な服毒死事件の謎を追ってゆく。
戦争の暗部を抉る傑作長編ミステリー。

管理人の方なら一回か二回出来心で自分の作品名サイト名で検索してみることありますよね?
私も例に漏れず何回か試したことがあるんですが、東京プリズンで検索すると恐ろしい数でヒットするんで「え!?」と見返したら、どうやら巣鴨プリズンー通称東京プリズンーなる戦犯収容所が日本に実在したそうです。
「ジョーカー・ゲーム」で見事このミス二位を獲得し一躍脚光を浴びた柳広司の意欲作「トーキョー・プリズン」は、その東京プリズンで密室変死事件にニュージーランド人の私立探偵エディと戦犯キジマのコンビが挑むミステリー。
これはもー面白かった!!すごい面白かった!!もともと刑務所ものが好きでよく読むんですが戦後の、それも戦犯専用刑務所が舞台のミステリーは新境地。目新しい事実が色々発覚し勉強になりました。何よりキャラが立ってる!キジマが抜群にかっこいい!
脱獄の常習犯にして頭脳明晰、ニヒルな笑みが似合う日本人にしては整いすぎた容姿の持ち主。戦時中に捕虜を残忍に虐待した容疑で投獄され、「悪魔じみたサディスト」と唾棄されるも、五年間の記憶を失っている。
エディが房に入ってくるなりその出身地・経歴・考えてることを言い当てる洞察力観察力推理力、脱獄の為なら手段を選ばず錆びた釘を十数本とのみこむ強靭な精神力と人を食ったユーモアセンスをあわせもつ特異な人物造形に心を持ってかれます。
しかし一方で記憶喪失故現実と夢の区別がつかず苦悩し、記憶を失った五年間の自分が本当に悪魔のようなサディストだったのか自問し続ける。孤独と高潔と野卑が綯い交ぜとなったキジマに徐徐に関心を持ち始めるエディ、二人の距離の縮まり方がすごくいい……!
戦争問題を扱っていながら固くならず読めるエンターテイメントとしても完成度高いです。

何が悪で善なのか。
キジマは本当に捕虜を虐待したのか。

「捕虜を虐待するのが悪なら女子供の頭の上に爆弾を落とすのは悪じゃないのか?」
「戦時中だから人殺しは許される?そんなことはない、人殺しは許されるか許されないか二択だ」

重い命題。責任の不在。本当に責任をとるべき人間は誰か?
敗戦国の日本人が天皇を変わらず仰ぐ一方マッカーサーに熱狂的な声援を送る心理が鋭く解剖されていて唸らされました。

というかもう……どうにもならないとおもってたんだけど、どうにかなってほしかった……
キジマ……なんでこんないい男が………別れ際、エディに送ったウィンクとかもうね……

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021008180434 | 編集



奔放な空想はご所望ですか?


「弁明はそれで終わりか?」
「はい」
「なら、死ね」


書店に鈍器が売ってる……と思ったら古川日出男さんの「聖家族」でした。
古川日出男さんといえば独特の音楽的な文体でアグレッシブな物語を生みだし続ける今一番意欲的な作家。
そもそも分厚すぎて手に持って読むのが無理な「聖家族」は、東北のさる旧家を舞台に、一族代々の異能ゆえ迫害を受け続けた人間たちの歴史を描く。
あらすじだけだと桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」恩田陸「光の帝国」を連想しますね。
でも個人的に古川日出男の傑作だと譲れないのはこれ!「アラビアの夜の種族」。
長い!厚い!面白い!と三拍子揃った非常に贅沢な物語です。
聖遷暦1213年、偽りの平穏に満ちたカイロ。
訪れる者を幻惑するイスラムの地に迫りくるナポレオン艦隊。
対抗する手段はただひとつ、読む者を狂気に導き、歴史さえも覆す一冊の書。
ナポレオン率いる侵略軍を篭絡するため、読むものを惑わす伝説の書物を献上せんと上奏したのは文武に秀でた万能執事・アイユーブ。
エジプトを治める偉大なパシャの一人に仕える眉目秀麗頭脳明晰な執事・アイユーブは、主人の信頼と寵愛を受け出世を極めるも、その出自は一切が謎に包まれた特異な人物。
アイユーブが侵略軍を追い払うため献上を約束した書は、読んだものを魅了し破滅に至らしめる書は、しかし実は存在しない。全てはアイユーブの捏造、嘘だった。

アイユーブはその虚構を現実の物とするため画策を始める。

ないのなら作ればいいー……将軍ナポレオンをも魅惑し破滅させる書を。
この世の誰も読んだことない、どんな賢者をも一読白痴へとならしめる人間を毒する本を。
そしてアイユーブは「夜」ーライラの名を冠する稀代の物語師ズームルットを召還し、この世の誰も今だ見聞しない物語を乞う。
異国より来たりた暴虐の将を追い払うため、異教徒の邪眼からカイロを守る護符となるため、ここに空前絶後の千夜一夜物語が開幕するー……

物語は入れ子細工となっている。
「ないのなら作ればいい」というアイユーブの奇想から召還されたズームルットが夜を徹し滔滔と語り始めたのは、数千年、いや、人智では計り知れない歳月をも飲み込み遡る壮大なスケールの物語。
王の正当な嫡子でありながらその生まれつきの醜さ故疎んじられたアーダム。乳母より学んだ妖術と悪辣非道な知恵を駆使し成り上がり、蛇のジンニーアと契りを結ぶ。でもこの第一部は序章に過ぎず、続く第二部では主人公が変わり、アーダムの絶望に端を欲した新たな物語が始まる。
とにかく文章がすごい。最初は「読みにくいな~」と思ってたんですが慣れちゃうともー病み付きになる麻薬のような文体!ズームルットの語りはもちろん現実パートの文体もめちゃくちゃかっこよくて……

すでに殺人の季節は始まっていた。
カイロでは中世が断末魔をあげていた。


とか!あーもーたまんねーこれ、いいよいいよすごくいいよ、嚼めば咀むほど味が出る。

第二部は流亡の運命を背負ったアルビノの天才魔術師・ファラーと泥棒一家の秘蔵っ子として育ったサフィアーン、月と太陽と讃えられる類まれな美貌の拾い子二人の物語。
ファラーいいよファラー。この屈折した性格たまらない。プライドの高さたまんない。生まれ持った白髪と白い肌ゆえ森に捨てられるも、精霊と交感する「左利き族」に拾われ育てられる。
「お前は黒い人々との混血なのだ」と教えられ、森の外に棲むという黒い人々に憧れ続けるも、ある悲劇をきっかけに自分の中に流れる黒い血を憎むようになる……
一方サフィアーンは王の落胤という高貴な血筋ながら、泥棒一家に拾われ渡世術を磨き、誰もに愛される天真爛漫な(ちょっと、かなりおばかな)若者へと成長する。
この二人が出会いコンビを組み、アーダムが作った地下迷宮にして魔物の巣窟「阿房宮」に挑むのですが、ここらあたりの描写が凄い。まんまダンジョンRPGのノリというか、地下に街ができていく過程が詳細に描写されてワクワクする。
千年来の魔物の巣窟であり、邪悪な瘴気が篭もった阿房宮で常人が暮らすのは不可能なんですが、なら最初から狂ってるんなら問題ないじゃん?そうだね!と、なんと八千八百八十八人の奇人集団を送り込んで開拓の先陣を切る。もうむちゃくちゃです。この八千八百八十八人の奇人たちのはしゃぎっぷりがすごい(笑)魔物とドンチャン騒ぎをやらかすやら地中の滝で船遊びやらやりたい放題。

キャラでは男女問わず悩殺しまくるファラーが最高なんですが、蛇のジンニーアの徹底した蓮っ葉ぶりも大好きです。
「いいわ!それじゃあ姦ってちょうだい!」
ファラーとジンニーアの閨ごとの場面は完璧艶笑喜劇です。
サフィアーンもサフィアーンで
「ヤア、サフィアーン、おまえは自分がどうして獄舎のなかに入れられたかも知らない、それでサフィアーン本人にまちがいないって言えるんだろうか。危ない、やばいぞ、気が狂っちゃいそうだ。サフィアーンはサフィアーン、これを認めなかったら太陽だって月になり、エジプトだってアル・ヤマンになり、木曜日だって日曜日になり、三日後だって百年後になっちゃうぞ。ね、そうですよね、霊剣さん?」とテンパって霊剣に話しかけたり(饒舌が愉快すぎる……)キャラクターが憎めない。 

どうも私の支離滅裂な解説だとこの物語の面白さを上手く表現できないんですが、とにかく凄い。文章も描写も圧巻。
サフィーアンが閉じ込められた岩室で見る森の夢海の夢の描写はほんと幻惑的で……五感が酔って……文のリズムに身を委ねるだけで軽く異世界にトリップできます、本読んでこんな感覚味わったことって最近ないよ。よく「映像が目に浮かぶような」って褒め言葉でありますが、この場合は視覚・触覚・嗅覚・味覚と全部を揺さぶって訴えかけてくる。

作中作の物語と現実パートは交互に進むのですが、終盤、アイユーブの正体が明らかになるあたりは胸が詰まりました。切なくて苦しくて……アイユーブが失った物が余りに大きすぎて。空虚な入れ物にすぎなかったアイユーブが初めて自分の意志で行った選択、それを受けて語り始める糸杉には胸が熱くなって思わず涙が……

あー、とにかく凄いものを読んだって感じで読後は放心状態です………。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021007113309 | 編集



 人間は人間じゃなくなる
 弱い奴も強い奴も
 どんな人でも

 ……お姉さん
 あたしも? 
 あたしもなの……?


バーバ・ヤガーとはロシア民話に出てくる森の魔女の事。
棲家の森に迷い込んだのがいい子なら気まぐれに助け導くこともあるが、悪い子ならばとって食ってしまう醜い老婆。

四年前、子ども会が行ったキャンプの下山中に一人の少女が失踪した。
豊田乃亜(トヨタノア)。
わがままで気分屋で同性から嫌われていた女の子。
乃亜の失踪と前後して森で迷子になった小学生・犬丸ほのかはこう証言する。
「山姥を見た」
駆け落ちとも囁かれた彼女の行方は杳として知れず、山姥を見たと頑なに主張する犬丸ほのかは嘘吐きと決め付けられ、この事件がきっかけで子ども会の毎年恒例キャンプは中止になった。
四年後、同窓会で思い出のキャンプ地に集った面々は、ほのかが目撃した山姥の正体が失踪した乃亜ではないかと疑い始めるが……
 
美少女と欝とエロとグロと言えば誰を思い浮かべますか?
桜庭一樹・鬼頭莫宏・タカハシマコ、そこにきづきあきらをくわえ四天王と呼びたい(私の中で)。
きづきあきらはざくっと太めの描線と目力のある女の子が印象的ですが、自意識過剰で痛いオタクばかりが集う高校の漫研が舞台の「ヨイコノミライ」で欝作家として不動の地位を確立した人でもあります。
本作「バーバ・ヤガー」も欝系統に属する作品。
四ヶ月に一回という変則的なスケジュールで掲載されてるらしく、正直一巻を読んだ感想は謎多すぎて意味不明、消化不良の感が残るのですが、欝な雰囲気は十分すぎるほど伝わってきます……
そして女の子が可愛い。みんなむちむちしてる。むちむちぷりんたまごぜめ。乳も唇も腿も全体のラインも肉感的でそこはかとなくエロス。
そして百合。そこはかとなく退廃百合。
嘘吐き呼ばわりされた自分を唯一庇い信じてくれた溝呂木にむける犬丸の盲目的な愛情と献身はもはや狂気の域。
盗聴・尾行・ゴミ漁りが日課のとんでもないヤンデレで普通に引きます、どん引きです。怖いよ犬丸。でももっと怖いのは大気だよ。というか登場人物全員本心がわからなくて怖すぎる……既に疑心暗鬼で人間関係破綻の予兆むんむんです。

物語は過去回想と現在パートが交錯して進む。
四年前のキャンプで何があったのか?
視点人物によって真実はがらりと様相を変える。

小学生のほのかは森の奥で本当は何を見たのか、いじめられっ子だったアッコが離れの山小屋で目撃した子ども会の指導員「おにいさん」の凄惨な本性、「おにいさん」と「おねえさん」の歪んだ関係、大気と凌駕が共有する秘密とは……

そして四年後、森の奥に消えた魔女が再来し再び起きる残虐な事件。
読後感は「ミスミソウ」に近いです。 
登場人物がほぼ全員普通じゃない、イッちゃってる、狂気を抱えてる。
一見頼れる常識人な大気が実は一番アレだし、溝呂木も溝呂木で高校生が古い一軒家に一人暮らししてる理由を穿っちゃうし、凌駕はすぐ暴力的に暴発するし……
ヤンデレ犬丸は言うに及ばず、一番マトモなアッコは一巻のラストで衝撃的な目に遭うし…… 
サイコホラー分類なのかこれは?

四年前失踪した豊田乃亜は本当に魔女だったのか?
彼女が人を狂わせたのか?
現在の事件は乃亜の復讐なのか?

二巻以降、点が線に繋がり始め炙りだされるおぞましい真相が気になります。
月並みだけど魔女よりお化けより人間が一番怖いよねって話になりそうな予感。

きづきあきらは眼鏡男子率高いので眼鏡男子スキーで欝耐性ある女性読者にもおすすめ。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021006090000 | 編集



「何でもかんでも論理、論理とわめきたてるのはやめにしてもらいたい。
俺を裁くことはだれにもできない。ただひとつの存在を除いて、な」
「それは何ですか?」
沼田がかろうじて口にした最後の言葉に対し、速水は昂然と答える。
「俺を裁くことができるのは、俺の目の前に横たわる、患者という現実だけだ」

「取材のヘリは飛ぶのに、ドクター・ヘリはどうして桜宮の空を飛ばないんだ」



大蔵省の派遣役人、異様に軽いフットワークとごきぶりの如く厚顔無恥な性格、論理の隙を突く詐術が得意の白鳥シリーズ三冊目。
白鳥シリーズ二作目にして賛否両論物議を醸した前作「ナイチンゲール」と同じ時系列で進みます。  
「ナイチンゲール」は奇跡の歌唱力に恵まれた小児科看護師・小夜を中心に進行する物語ですが、「ジェネラル・ルージュ」は小夜の親友・翔子、ナイチンゲールでも風聞だけは流れていた速水医師率いるオレンジ病棟の行く末を巡る医療ドキュメント。もちろんフィクションなのでエンターテイメントと呼ぶのが正しいんですが、ドキュメントといっても遜色ない充実の読み応えに仕上がってます。

嵐を呼ぶキーパーソンはオレンジ病棟に君臨する血まみれ将軍、速水。
愚痴外来の看板にして我らが万年講師・田口の大学の同窓で、財政破綻から沈みゆくと夕日と揶揄されるオレンジ病棟で孤軍奮闘辣腕をふるい、患者の搬送ヘリ導入の悲願を抱く医師。
なんといっても速水がかっこいい!
後輩医師をなれなれしく「佐藤ちゃーん」呼ばわりしたかと思ったら処置の手際に点数つける茶目っ気披露、いつもチュッパチャップスを咥えてる、自由奔放・唯我独尊キャラとおもいきや患者と相対するや一転凄まじい外科手術のスキルを発揮……
もう言うことなすこと全部かっこいい!抱いて!
そりゃ翔子や花房さん佐藤ちゃん(?)じゃなくても惚れるってなもんです。イイ男きわまれり。
多彩な脇役陣にもここぞ!という見せ場が用意され実に魅せてくれる。
「ナイチンゲール」の小夜が静なら翔子はその対極、考えるより先に手を動かし足で歩き回って逆境を打破する典型的な動のキャラ。自分が間違ってないと思ったら意地でも信念を変えない強気でまっすぐな看護師。
「ナイチンゲール」の翔子は不謹慎な言動にちょっと引いてたんですが(瑞人が眼球を摘出する事になったと知って「神様はなんて残酷な事をなさるんでしょうね……」と薄幸の美少年に萌えたり)「ジェネラル・ルージュ」を読むとそのパワフルでアグレッシブ、自分が間違ったと思ってなければ吊るし上げにあっても毅然とした態度を取り続ける姿が素敵で、めちゃくちゃ応援したくなる。
翔子の上司・花房師長も凛々しくてかっこいい。
花房師長のライバル猫田師長もとぼけた味だしてるし、速水のワンマンぶりに振り回される佐藤ちゃんの哀れっぷりがたまんない。そしてミス・ドミノ!白鳥の優秀な部下(?)氷姫が遂に本シリーズに殴りこみです。その戦々恐々の働きぶりにはこんな看護師には絶対担当されたくない……と全読者が身の危険を感じること請け合い。

「ジェネラル・ルージュ」は「ナイチンゲール」と同時進行・表裏一体の構成となっているので、ナイチンゲール既読だと「あの時こっちじゃこんなことがおこってたのか!」「この人こんなことしてたのか!」と目から鱗の発見が数々。
両作が両作を補完し面白さが相乗で二倍になる理想的な構成。
遊び心と職人の仕掛けが憎い!

「ナイチンゲール」は殺人事件が起きたりと一応推理小説の枠組みを借りてるのですが、「ジェネラル・ルージュ」はそういうけれん味をいっさい排し、現代医療の矛盾を追求する重厚な人間ドラマとなっています。難解な医学用語も出てくるのですが、しかし面白い!リーダビリティーの高さには毎度驚かされます。
医療の事なんてさっぱりわからん私でもすらすら読めちゃうのはやっぱキャラ立ちまくりの人物の魅力とテンポ良く練られた文体の効果でしょうか。
もーホントかっこいいんですよ、出てくるキャラ出てくるキャラ男女問わずアクが強くて一人として没個性な人物がいないのは凄い。 
中でも速水のかっこよさが際立ってますが(ジェネラル・ルージュの異名を冠するに至った口紅のエピソードとか反則……)翔子視点の田口の描写がなかなか新鮮で(笑)「優しい風貌に似合わず切れ者」「食えない人」「桜宮病院の策士」とか……一作目二作目と田口のトホホな一人称語りに慣れた読者は思わず笑っちゃいます。
白鳥も相変わらず白鳥で面白かった。
イヤミで陰険な沼田をやりこめるところはすっとしました!
エーアイ導入に反対するエシックス・コミティの理不尽な主張(「死体を寝かせた機械を使うのは患者が嫌がるんじゃないか」)を、盲点突いて百八十度ひっくり返すシーンの鮮やかさときたら……ロジカルモンスターの面目躍如、さすがです、脱帽です、痛快です。
エーアイについて説明しますと、突然死・変死した患者を解剖にふさず臓器などの異状をスキャンして調べる装置のこと。
本来、健康な人間が突然死・変死した際は死因を明らかにするため行政解剖が義務付けられているのですが、残念ながら全国的に見て正常に機能してないのが現状。
このへんは上野正彦さんの「死体は語る」で読んで知ってましたが、「ジェネラル・ルージュ」では遺族の反発を和らげなおかつ死因を解明できるエーアイという画期的な装置に焦点を当てています。
死体解剖は今だに遺族の抵抗根強く、拒否される事例が多い。
しかし解剖しなければ本当の死因が不明のまま闇に葬られる。
故人を悼む気持ちから拒否する遺族が大半を占めるのだが、中には突然死だと思われた女児が実は虐待死だったケースなど、犯罪の隠蔽が目的で抵抗する悪質なものも存在し問題となっている。
上のようなケースを一例でも減らすため、遺体に傷ひとつつけず検査できるエーアイ導入を推奨してるのが田口の同窓の島津なんですね。
詳しく知りたい方は上野正彦さんの一連の著作を読んでください、大変面白くて勉強になります。
行政解剖の第一人者たる作者がこれまで出会った奇妙な遺体の真実を解き明かしていくノンフィクションドキュメントで、世知辛い世の中で何かとおざなりにされがちな死者の権利や尊厳を見直すきっかけになります。

「ナイチンゲール」は小夜ちゃんの選択(ロマンチックだけど看護師が手をだしちゃいかんだろうと……)と超能力(あれは超能力の領域です)に若干腑に落ちないものがありましたが、「ジェネラル」の方はそういうモヤモヤする箇所があまりないので読後感爽快でした!
院内政治の確執など人間関係は相変わらずドロドロしてますが、速水を筆頭にした現場の医師たちの個性や舌鋒が強烈でクライマックスまで一気に読めます。
速水が彼女を選んだラストでは「よっしゃ!」とガッポーズ。
そうこなくっちゃな!幸せになってくださいお二人さん。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021005154252 | 編集

インシテミルインシテミル
(2007/08)
米澤 穂信

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「おれは確かに、別にどうってことない、一山いくらのただの大学生です。だけど、だからって駒にされるいわれはない。
償いをさせるなら、おれたちを駒に、高みの見物でミステリに淫してみた<主人>にさせるべきです。
(中略)……もう、こうなったら意地です」 


「車がなきゃ女にモテない」
強迫観念に突き動かされたビンボー大学生・結城はコンビニで求人情報誌を立ち読みしてたところ謎の美女に声をかけられる。
「あの、雑誌の読み方を教えてくれませんか?」
結城の目にとまったのは時給12万という破格の報酬のバイト。
モニターはとある地下シェルターに拘束され二十四時間行動を観察される。
ある者は金のためならなんでもするつもりで、ある者は冗談のつもりで、ある者は自分の才覚を試す一世一代のチャンスとしてこの奇妙なバイトに応募するが……

青春ミステリーの旗手として名高い米澤穂信の新境地、ディスカッションにおけるロジック重視のクローズドサークル物。
地下シェルター「暗鬼館」(名前からして怪しさ爆発ですね)に集った十二人の個性的な人物たちに与えられたのは、推理小説に精通した主催者からの挑戦状と古今東西の推理小説になぞらえた凶器。
一週間後の解放までじっとしていれば莫大な報酬が累積する。
しかし、「殺人ボーナス」ねらいの裏切り者が行動をおこしたせいで、暗鬼館は一気に猜疑渦巻く連続殺人の舞台へと変貌する……。
クローズドサークル物というと有栖川有栖の江神シリーズや綾辻行人の館シリーズ、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」が有名ですね。「インシテミル」にもご多分にもれず、クローズドサークル物の傑作と名高い「そして」にあやかった小道具が配置されてます。

犯人は誰か?
裏切り者は誰か?
悪趣味な殺人ゲームを仕掛けた主催者の目的は?

謎のまま物語は進み犠牲者はどんどん増えていく。
どんな異常な状況でもそれが続けば日常になる。
非日常は劣化していく。
人死にに慣れたキャラたちは犠牲者が増えていってもどこか冷めて乾いている。
結城のとぼけたキャラがいっそうそう思わせるのかもしれませんが、十二人のモニターのうちまともな神経備えてる方が少数派。 
悪趣味なゲームにのりのりなもの保身に窮々するもの多彩な内分けで読ませます。

なんといっても特筆すべきはヒロイン(?)須和名さん(結城にならっておもわずさん付けしちゃうよ)の空気を読まないどころか「読む読まないは自分で判断しますので」と言わんばかりの言動の数々。
昨日まで和気藹々おしゃべりしてた人物を監獄に閉じ込められた途端呼び捨て、蔑み慣れの態度、「でも俺、須和名さんにだけは信じてもらいたくて」という結城のいじましい告白を「自分で判断できますので」とにっこり一蹴するおそるべきひと。ひとよんで黒いえる。
どのキャラも個性的なんですが須和名さんは天女の見た目に無自覚にアレな言動の数々で際立ってます。
世間知らずの天然こそ国士無双で最強じゃないか……と。
しかし須和名さんは最初からそういうキャラだと認識してるのでいいですが、物語が進み人間関係が泥沼になるにつれ登場人物の化けの皮が剥れていくのが面白くもあり残念でもあり……
特に明るくて軽薄なノリの某キャラが終盤で腹黒キャラと判明した時は「お前そんなヤツだったのかー!!」と叫びたくなりました。
残念ながら美形から死んでくんだよなこの話……
あなたも暗鬼館にイン(IN)してみる?
 
指一本は百億円ですか、須和名さん。 
まさか兆はいかないですよね? 

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021004232138 | 編集



「植物だって生きてるんだから、自衛の策ぐらいは持ってますよ。ぼんやり突っ立ってるわけじゃないんです……だからね、そんな、必要以上に怖がらないであげてください。食わなきゃ大丈夫なんだから。だってあんた、そのへんに生えてる花、むしって食ったりしないでしょ」
  
「ちょっと前まで、ここに確かに存在していた同い年の女の子なのに。若くて健康で綺麗で、才能に溢れた女の子だったのに。肌も髪も、それにきっと内蔵だって、ツヤツヤだったはずなのに」
「…………」
「そんな娘が死んで、彼女の肉体は、灰と煙に変わってしまった……それって、こういう言い方をするのはよくないかもしれないけど、それってさ、すごくもったいないよ。ホント、もったいない。彼女ははぜ、そんなもったいないことをしたのか?不思議でしょうがない」


夏休み、一人の女生徒が校舎の四階から飛び降り自殺した。
吉野彼方。
登校拒否気味のミステリアスな少女。
補習の最中に飛び下り現場を目撃した榎戸川に登校中声をかけてきたのは、美形で変人の由良。
「あんたか、吉野彼方が飛び下りたところを目撃したのは」
榎戸川は強引でマイペースな由良に巻き込まれ彼方が自殺した動機を調べ始めるのだがー…… 
 
白背景に舞うピンクと紫のグラデーションを帯びた蝶の群れ、手を繋ぎあって墜ちていく少年少女。

ラノベらしからぬ幻想的で透明感ある表紙に惹かれました。
挿絵がないので取っ付きにくいかもしれませんが、この作品の場合はこれでよかったと思います。
下手に萌え絵師なんか使ったら雰囲気壊れます、絶対。

前髪をぼさぼさに伸ばし奇矯かつ奔放な言動で周囲を翻弄する由良と、そんな由良に執拗につきまとわれ済崩し的に吉野彼方の死の真相を探り始めた平凡な高校生・榎戸川。
正反対の二人の掛け合いは軽妙洒脱な台詞の応酬で序盤から魅せてくれる。
自己紹介から脱力のボケと寒い駄洒落をかます由良に引きつつも、その既成概念に束縛されぬ奔放な言動を羨む榎木戸の心情が繊細に表現される。
文化祭を控え浮き足立つ学校の雰囲気、そこから隔離され絵の具の匂い篭もる冷えた美術室、受験生の焦慮……
思春期の多感な心情を追体験しつつ、一方では由良の強引な調査法に驚かされ、謎に包まれた吉野彼方の死の真相に迫りゆくスリルを味わう。
ミステリーとしてもなかなか心憎い仕掛けが施されてます。
吉野の死の真相が明らかになる対峙のシーンは手に汗にぎります。

だけどこの小説が真に憎いのはその構成。
第一部が吉野彼方の死に端を発した死後の物語なら、第二部は生前の吉野彼方の視点で語り直される物語。

第一部で自殺した吉野彼方の事を読者は知らない。
読者が知る情報はごく限られており、既に死んでしまった吉野彼方は、神秘の霞に包まれ美化されている。
しかし第二部で明らかになる彼女の素顔は……
良い意味で予想外。第一部の印象をまるっきりひっくりかえします。
第二部でヴェールを剥がされた彼方の素顔は一層鮮明な輪郭をもち、読者の心にくっきり焼き付く。
彼女が人知れず抱えていた悩み、クラスに馴染めずスケッチブックを持って出かけた校庭で偶然出会った変人・由良彼方への想い……
それらが語られていくにつれ、ああ、切なくなる。
だって彼女は、第一部の時点でもういないんだから。
第二部は時系列では過去に相当する。現在パートに相当する第一部を読んだ読者は、彼方がもうどんな手を尽くしても帰ってこないことを知っているのだ。

クラスで孤立し家にも居場所がなく、一人悩みを抱え夾竹桃の写生に逃避する彼方にちょっかいをかける由良。
最初はそんな由良を疎んじていた彼方が、他愛ない触れ合いを通し徐徐に心を開いていく過程は、丁寧に溶いた水彩絵の具さながら淡色の優しさに満ちあふれている。

だからこそ切ない。
たまらない。

第二部終了時点から本当の意味で始まるはずだった二人の物語は、第一部冒頭でむざんに断ち切れてしまう。
彼方が由良に惹かれていけばいくほど、由良が彼方を振り回せば振り回すほど、二人に待ち受ける不可避の未来が脳裏を過ぎる。
 
プシュケとはギリシャ神話に出てくる人間の娘。絵画では蝶の翅をもつ乙女として表現される。

古来より蝶は死者の魂を運ぶ冥府からの使いと崇められてきた。
彼方が生前描いた蝶の絵。
植物しか描かなかった彼女が初めて描いた生き物の絵は、しかし永遠に未完のまま終わってしまう。
彼方と同じ美術部であり浅からぬ縁をもつ由良は彼方が絵の余白になにを描き足すつもりだったか模索する。
彼方が右下の余白になにを描き足すつもりだったかー……遺された人間が知る術はない。
狡猾な罠を仕掛け事件の真相を暴いた由良でさえ余白の真実は明かせなかった。

しかしこの物語を最後まで読み終えた時、読者の脳裏には完成するはずのなかった絵が浮かぶのだ。
吉野彼方が描こうとしたものを、あなたはきっと想像できる。
彼女の素顔を知り、心に触れ、彼女の視点から語り直された物語を読めばー……おのずと答えは出る。
  
  
おそらく吉野彼方が描きたかったものは
由良と一緒に吹いた、透明な虹色の球。
 
舞い飛ぶ蝶の群れの如く、天が抱く霊魂の如く、虹色の光沢を帯びて空に浮かぶあの美しい球ではないかと私には思えてならない。 

蝶は霊魂の導き手。
蝶の翅もつプシュケは地に墜ちず空を舞う。

読み終わったあと、表紙を見返して切なくなった方は、ひとつ試してみてほしい。
本をひっくり返し改めて表紙を見て欲しい。


ほら、まったくちがう絵が見える。
蝶の群れに運ばれ飛翔するプシュケを踊り戯れるように地上に繋ぎとめるその手は、彼女が恋した少年の手なのだから。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021003170325 | 編集



「Can you fly?」

黄昏時、ロリポップなセーラー服の美少女と甘い誘いにご用心。
あなたは『船』へ飛べますか?

ニコ。
悩める少年少女のもとへどこからともなく現れる不思議な少女。
スタンダードなセーラー服に身を包み、コケットリーな媚態を演じ、無邪気に笑い、清楚に微笑み、放埓にはしゃぐ。

多重人格?
家出少女?

全にして個、群にして端。
神出鬼没の彼女の正体は軽犯罪抑止を目的に、将来軽犯罪をおこす可能性が高いと判断された少年少女を施設へ収容するためのナビゲーションツールとして制作されたロボット。
心を持たないはずのニコはしかし時として人間らしい一面を見せる。
あるときはリストカットに生きる実感を見出す少女のもとへ、あるときは人生に絶望した少年のもとへ、あるときは兄が自殺した少女のもとへ忽然と現れては去っていく愛らしい誘拐犯ーロリポップ・キッドナッパー。


「あなた ここじゃないどこかへ行ってみたいなーって思ったことある?」
「かわいそうな子供をさがしてるの あなた心あたりない?」

 
繊細で可憐な絵柄がナイフのようにざくざく抉り出す心象は、透明で痛い。
この話は「ニコ」と出会った子供たちの物語だ。
彼らはいずれも悩んでいる。
家庭、友達、性、将来……「心の闇」といってしまえば陳腐なもの、「心の傷」と一括りにしたとたん無個性に堕すが、だからといって一人ひとりが抱えたも物の重さが減るわけじゃない。
何者にもなれない自分に悩み苦しみ、逃避願望を抱く子供をニコは永遠の子供の国ー船へと迎えにやってくる。

ニコと出会った子供のすべてが船へと行けるわけじゃない。

ある者は船への逃避を切に望みながら果たされず、ある者は現実に絶望し二コの手をとり、ある者は二コとのふれあいを通しままならぬ現実と折り合って生きる道を模索する。
誰でも通る思春期。
乗り越えれば先がある、どんな形であれ将来が現実となる。
だがしかし、平坦な戦場から望む望まざるに関わらず脱落してしまう子供はいつの時代もいる。
そんな子供たちが二コとの触れ合いを経て得たもの失ったものとは?
 
致死量の毒を孕む飴玉の如く危険で愛らしい二コの魅力に読んでくうちにじわじわはまる。
可愛いのにどこか冷めて乾いた印象は「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」や尾崎かおりの「ナイフ」、石原敦子の作品にも通じる。
思春期特有の閉塞感、どこへも行けない焦燥感、何者にもなれない自己不全感、失望と絶望とほんの少しの希望。子供たちの心にはそんなものが詰まってる。
 
   
女の子って何でできてる?
お砂糖にスパイス
すてきなものずくめ
そんなものでできてるよ


女の子は世界中のすてきなものでできてるとマザーグースは歌う。
ガラスの眼球と冷たい人工肌で出来た二コは心をもたぬはずなのに、メンテナンス中の彼女達を見て、船で働く看護婦は呟く。
 
「あの時……私、自分の方がロボットの方に近い気がしたわ」
「心や人格までコピーしたら それは生きてるってことにならないかしら」

タカハシマコ作品の中で「二コ」が一番好きです。 

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