ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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 「兄さん………」
 見慣れたアパートの廊下で兄さんと対峙する。
 呆然と立ち尽くすぼくを険のある目で眺め、兄さんが鼻を鳴らす。
 「どこほっつき歩いてたんだ、ひとを待たせて」
 「だって……来るなんて一言も……携帯にかけてくれればよかったのに……」
 後半は口の中だけで呟く。聞き取りにくい声で呟くぼくに兄さんは案の定苛立つ。
 「言いたいことがあるなら人の目を見てはっきり言え、情けない」 
 人の目を見てはっきり言え。
 それが兄さんの口癖だ。兄さんはひとの目を見てしゃべれない人間を対等と認めない。
 ひとの目を見て話せないヤツはろくな人間じゃないというのが兄さんの信条だ。その基準に照らし合わせるとぼくは失格だ。実の兄の目もまともに見れず足元に視線を逃せば、薄汚れたスニーカーが目に入り、ぎゅっと胃が縮む。
 「何の用ですか」
 「家にお前宛の荷物が届いた」
 「え」
 思わず顔を上げる。
 兄さんが小脇に抱えたダンボール箱を突き出す。両手で受け取りラベルを見る。
 「あ」
 送り主の氏名に見覚えがあった。
 一年前、まだぼくが実家にいた頃ネットオークションで競り落としたフィギュアの出品主だ。
 しばらく待っても届かないから郵便事故か相手先で問題がおきたのだろうと諦めていた。
 引越し先の住所を先方に教えていなかったため手違いで実家に配達されたらしい。
 「わざわざ届けにきてくれたんですか?病院の方は……」
 「ついでに人様に迷惑をかけてないか見てこいと言われた」
 兄さんが渋面を作る。ぼくを見る目に紛れもない侮蔑と嘲りとが浮かぶ。
 兄さんはぼくを嫌っている。兄さんだけじゃない、父にも母にも家族全員に疎まれている。
 ぼくは家族中のお荷物、厄介者だ。
 「そのぶんだと就職は決まってないみたいだな」
 「……………」
 「就職もせず親の金に頼ってぶらぶらしてられる年じゃないだろう。自分の立場がわかってるのか」
 叱責を浴び、ダンボール箱を抱え立ち竦む。
 立ち話中の大家と隣人がちらちら気遣わしげにこっちをうかがう。
 普段部屋にこもりきりのぼくが珍しく外出したとおもったら背広の似合う見知らぬ男が来訪し一方的に責め立てているのだ、気にならないはずがない。
 「とりあえず中入って……人が見てるし……」
 ダンボール箱を抱きしめ、不自由な手でズボンのポケットに突っ込んだ鍵をたぐれば、兄さんが「ここでいい」と煩わしげに言い切る。
 「どうせ漫画やゲームで散らかってるんだろう。靴下を替えなきゃいけなくなるのはごめんだ」
 掃除してないのを見抜かれた。
 ドアを開け放たんとノブを掴んだ手を放し、困惑顔で兄さんを仰ぐ。 
 「東」
 一歩間合いを詰める。
 ぼくより頭ひとつ分は高い長身が放つ威圧感が膨らみ、反射的に後退する。
 ダンボール箱を庇いつつあとじさるぼくを馬鹿にしきった目で眺め、憤懣やるかたない顔つきで言う。
 「お前は全く、どうしようもなくダメなヤツだな」
 失望と苛立ちが綯い交ぜとなった表情に苦い記憶がよみがえる。
 『お兄ちゃん見習ってしっかりなさい』 
 思い出す母親の小言。自分が産んだ子供の出来の悪さに困惑する顔。
 『同じ八王子でも北と東でえらい違いだな』
 思い出す担任の冗談。同情と諦めの入り混じった苦笑。
 親も教師も親戚も周囲の大人はだれもかれもぼくと兄さんを比較する。
 物心付いた時からずっと兄さんは見本だった。
 勉強も運動もよくできる兄さんは常に褒められ評価される側で、弟のぼくはといえば対照的に真面目だけがとりえの内気な子供だった。
 貶されるのは慣れている。本当の事だからしかたない。
 兄さんがぼくを疎ましく恥ずかしくおもうのは当たり前だ、ぼくときたら何をやらせても鈍くさくて勉強も運動も人並みに届かないできそこないだ。
 こんな弟はいらないだろう。
 いないほうがましだろう。
 兄さんの顔がまともに見れない。目を合わせるのが怖い。
 兄さんの目の色を読み取ってしまえばきっと立ち直れなくなる。
 嫌悪、侮蔑、怒り。冷ややかな感情で固めた色。目は口ほどにものを言う。
 いつからだろう、兄さんに敬語を使うようになったのは。
 いつしか兄さんはぼくを弟ではなく実家に寄生する厄介者として扱いだし、両親もまた兄さんにならってぼくを遇した。
 漫画ラノベゲームを詰めたダンボールを山と抱え単身アパートに移る決心をしたのは、二十年暮らした家にとうとう居場所がなくなったからだ。
 「顔をあげろ東。足元を見て楽しいか」
 「……………」
 「言いたいことがあるなら口で言え。だまってちゃわからん。二十二にもなって情けない……」
 「……………」
 「服装がだらしない。髪に寝癖が付いてる。靴もぼろぼろじゃないか。少しは鏡を見ろ、身嗜みは社会人の規範だ……すねかじりには関係ないか」
 兄さんが口元を歪める。いたたまれず俯き、自分の足元に視線を固定する。
 どうにか話題をそらそうと混乱する頭を捻り、どもりがちに聞く。
 「綾さん……義姉さんは元気ですか」
 「相変わらずだ」
 「そうですか」
 話が弾まない。兄は一年前結婚した。今は実家で奥さんと暮らしている。
 「父さんがぼやいていたぞ。東の携帯にかけても繋がらないって。着信拒否か?」
 「そんなこと……ただ、めったにチェックしないから」
 ぼくはいつも携帯を手放さないが、それはメールをチェックするためじゃなく、用途はサイトの閲覧とゲームに限定される。
 第一、ぼくの携帯にはめったにひとからかかってこない。
 登録してあるのは家族の番号だけで、アドレス帳の空き容量をもてあましてる状態だ。
 「役に立たないな」
 兄さんが舌打ち、だしぬけにぼくの体をまさぐりだす。
 「!?な、返してください、ひとの携帯を勝手に……!」  
 抗議の声を発し掴みかかるも兄さんは無視、携帯のフラップを開け液晶を見る。
 「家族の番号しか登録してないのか、相変わらず。一年中部屋にこもりきりじゃ友達もできないか。一日中パソコンに張り付いて不健康な生活おくってるんじゃ現実に友達ができなくてもしかたない、自業自得だ」
 勝手に中身を見られた怒りと羞恥で舌が空転、必死に手をのばす。
 「これからどうするんだ東。学校も途中でやめて就活もせず、はたち過ぎて漫画アニメゲームに埋もれて二次元に逃げこんで、そんなんでこれからの人生やってけるのか?金はどうする、仕送りが絶えたら飢え死にだ。就職しろとはいわん、せめてバイトを……」
 関心をなくしたように携帯を放りなげる。
 「……無理な話か。ひとりじゃなにもできないダメなヤツだからな、お前は。昔からそうだった。問題がおきるたび親や俺に泣き付いて、いいかげん尻拭いはうんざりだ。お前も二十二だ、衣食住に必要な金ぐらい自力で稼いでみろ。これまで買いためた漫画やゲームを綺麗さっぱり売り払えば多少は足しになるんじゃないか。部屋も広くなって一石二鳥だ」
 引け腰で前のめり、危なっかしい手つきで携帯を受け止めたぼくの頭上で皮肉に嗤う。
 「二次元と心中するならとめないがな」
 言い返そうと喘ぐも兄さんと面と向かうや萎縮し、もどかしく唇を噛む。
 携帯を抱き、今にも泣きそうな顔で見上げるぼくの視線を受け流し、背広から一通の封筒を抜く。
 「今月分の生活費だ」
 「……口座に振り込んでくれればいいのに……」
 「父さんから直接渡すように言われた。口座に振り込めば趣味に使うだろ」
 その発言で合点がいった。
 兄はぼくに渡す生活費の監視役として父に派遣された。
 今月に限って手渡しなのは、いい年して就職もせず、安アパートの一室で現実逃避を続ける次男に活を入れるためだ。
 だからこそぼくがもっとも苦手とする人間をさしむけた。
 「父さんの代わりに俺が来た。俺だって暇じゃないんだがな……また病院に戻るんだ」
 「行ってください、患者さん待たせちゃ悪いし……」
 茶封筒から紙幣が零れて乱雑に舞う。
 ぼくの目の前でわざと封筒をさかさにし、生活費を廊下にぶちまけた兄さんが無表情に口を開く。
 「拾え」
 足元に舞い散る紙幣、高圧的に命じる兄さん。
 頭が真っ白になる。
 下唇を噛み、緩慢な動作で片膝突く。
 大家と隣人が息を呑む気配が伝わるも振り向かず、廊下にのろのろと手足を付き、盛大に散らばった紙幣をかき集める。
 デジャビュ。
 「……這い蹲るのか。プライドがないな。だからいじめられるんだ、学校でもどこでも」
 『土下座しろよ』
 『うわ、コイツほんとに土下座したよ!』 
 『マジ引くわー』
 『こんな安物のために本気で土下座なんて頭おっかしいんじゃねえの』
 スーパーの醜態をアパートの廊下で再現し、あちこちに散らばった紙幣を一生懸命かき集め、屈辱に震える手を握りこむ。
 「俺が拾えといったら拾う、這えと言ったら這う、土下座しろといったら土下座する。お前の意志はどこにあるんだ、したくないなら断ればいい、俺の目を見てそう言えばいいんだ。恥ずかしくないのかそんなかっこで、人が見てるんだぞ、アパートの人間に白い目で見られてるんだぞ。そんなに趣味に使う金が大事か?生活をぎりぎりまで切り詰めて貯めた金を趣味に注ぎこんで、いい年した大人の男が漫画やらゲームやらフィギュアやらくだらんものばかり大量に買い込んで、現実逃避も大概にしろ」
 『いい年してアニメ好きなんて気持ち悪ィ』 
 『学校にこんなもん持ってくんなよ』
 教室に広まりゆく嘲笑の渦、放物線を描き窓からとびだすキーホルダー。
 張り合いのない叱責に疲れたか、兄さんが苦渋の面持ちで目を伏せ、持参した妥協案を述べる。
 「……医者になるのはむりだと父さんも諦めてる。だが今から頑張れば普通の会社員にはなれるだろう、父さんのコネで……」
 「現実なんて辛いだけだ」
 「なんだと?」
 身の内で鬱屈の内圧が高まる。
 社会に適応できない挫折感と世間に迎合できぬ疎外感、兄への猛烈な反発に駆り立てられ、くしゃくしゃの紙幣を握り締め立ち上がるや重たい前髪に目を隠し言う。
 「二次元の方がずっといいです」
 ぼくは兄さんみたいに優秀じゃないんだから
 なんでもできるわけじゃないんだから
 「だって、裏切らないし。嫌なこと言わないし。何も悪いことしてるわけじゃない、目立たないようにじっとして部屋にこもりきりで外出はそこのコンビニまで、月一回秋葉原に行くけど夜九時までにはちゃんと帰る、現実と関わるのはいやだ、現実と接点なんか持ちたくない生身との接触は極力避けてきた、それのどこが悪いんですか?ぼくがよかれとおもってしたことはみんな裏目に出る、ぼくが手を出すとがっかりさせる、だったらなにもしないほうがずっとずっとましだ、期待されない代わりに失望もさせない、ずっとこのままでいいんです!!」
 そう、これが一番いいんだ
 ぼくは今の生活に満足してる、人並みになりたいなんて高望みはしない。
 ひきこもりオタクニートは八王子の片隅の電車の音と震動がうるさい安アパートで死ぬまで地味に暮らす、就寝中に漫画の山がくずれ圧死か窒息死しても本望だ、だれにも迷惑かけずに逝けるんならぼくとしちゃ上等な死に方だ、ずっとずっと親に兄に先生に周囲の人たちに迷惑かけどおしで、今だって親の仕送りに依存しきってなんとか生活してる。
 「おつりひとつ満足に受け取れない、買い物ひとつ満足にできない、一緒に行こうって誘ってくれた人に恥かかせてせっかく外にでても失敗ばっかで笑われて馬鹿にされるくらいならずっとひきこもってたほうが」
 「―ッ、この腰抜け、そんなんだから携帯に登録する友達のひとりもできないんだ!!」
 大喝が爆ぜ、兄がぼくの胸ぐらを掴み、風切る平手をふりあげる。
 勢い良く撓った平手が頬に炸裂するのを予期し、やがて訪れる痛みに怯み、ぎゅっと目を瞑る。
 
 「友達ならここにいる」

 突然割って入った声に弾かれ目を開ける。
 ぼくの頬めがけ振り下ろそうとした手が虚空で静止。
 段飛ばしで階段を駆け上がった小金井が強引に間に割り込み、兄さんの手首をひっぺがす。
 「小金井さ……」
 「東ちゃん、携帯貸して」
 携帯をひったくり素早くボタンを押す。
 「俺の番号登録しといたからいつでもエンリョなくかけてきてよ」
 自分のアドレスを登録した携帯を投げ返すやくるりと兄さんに向き直り、愛想よく挨拶する。
 「はじめまして、東ちゃんのダチの小金井リュウです。ちょいワケありで、今東ちゃんの部屋においてもらってるんです。ま、ヒモみたいなもんかな」
 「ヒモ?おい東、この男は一体」
 「すいません、話聞いちゃいました。お兄さんの声でかくって階段の下まで響くんだもん。あんな声で怒鳴りまくったら患者さんの心臓とまっちゃいますよ」  
 からかいつつ険悪な形相の兄さんとぼくとを見比べ、外人ぽく肩をすくめてみせる。
 「暴力反対。住民のみなさんのご迷惑になるから廊下で兄弟喧嘩禁止。いい年していい年してって東ちゃんに連呼するけど今のお兄さんだって相当大人げないっすよ。痛み分けってことで今日は引き取ってもらえませんか」
 小金井がぼくを庇うように敢然と立つ。
 対峙の緊迫の中、我の強い者同士の妥協を許さぬ眼光が互いに削りあう。
 小金井は口元こそ笑っていたがその双眸は抑えた殺気を吹かせ、自発的に引かないならば無理矢理にでもと重心を低く踏み構え牽制する。
 「………友達か。物好きだな。こんなひきこもりのどこがいいんだ」
 「ガンプラ作り教えてくれました」 
 「きみも同類か」
 失笑をもらす兄に対し、小金井が不意に真剣な顔になる。
 「……東ちゃん、すっごくゲーム上手いんです。何年も一生懸命やりこんできたんだ。俺の知らないことほかにもいっぱい知ってて色々教えてくれる。モデラーナイフなんて俺見たことも聞いたこともなくて、使い方さっぱりわからなくて、そしたら東ちゃんは丁寧に教えてくれたんです。紙やすりは何番使ったらいいか、塗装は何時間乾かせばいいか、ぜんぶ東ちゃんから教わりました」
 「つまり?」
 「東ちゃんはすごいんです。俺、マジで尊敬してる。東ちゃんが作ったガンプラ見てザクのかっこよさが初めてわかったもん、これってすごいことですよね?」
 てらいなく宣言し、息を喘がせつつぼくを振り返って屈託なく笑う。
 「ザクを作らせたら世界一だ」
 コイツ、本当に馬鹿だ。
 「量産型ザクなんて……誰が作っても一緒なのに……」
 「全然ちがう。東ちゃんが作ったザクなら一発で見分ける自信ある。やすりがけすっごい丁寧だもん、細部もこってるし」
 「……くだらない」
 断固として身を翻し、性急な靴音を響かせ階段をおりていく。
 所在なく立ち尽くすぼくは一度も振り返らず。
 手摺から身を乗り出し遠ざかりつつある兄さんを未練がましく見送るぼくに、小金井がさりげなく提案する。
 「………ちょっと歩こっか」
 二階の廊下に気まずく沈鬱な空気が漂う。
 手摺から手をどかし、力なく体の脇にたらし、無言で頷く。
 ぼくと兄さんの口論を目撃した大家と隣人の囁き声がいたたまれず、この場から一時的に離れたい衝動に駆られ、小金井の誘いに乗った。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010228024117 | 編集

 近所のこじんまりした公園に語らいの場を移す。
 いまどきの子供は家にこもってゲームが主流で公園遊びは不人気だという印象があったが、ここは周囲にマンションやアパートが多いせいかそこそこ活況を呈している。
 砂場で山を作る子と手分けしてトンネルを掘る子、アニメキャラを印刷したプラスチックのバケツを持って水道へ向かう子、シーソーが上下する度はしゃいで歓声を上げる子。
 「あ、転んだ」
 隣で小金井が呟く。
 視線の先、友達と駆けっこしていた男の子が地面に倒れる。
 砂にまみれた顔が歪む。泣くかな、と緊張したが、友達が引き返し「だいじょうぶ?」と声をかけるや涙を見せたくない虚勢か意地か強く頷いて立ち上がる。
 膝に付いた砂を払い、友達を追って再び駆け出す男の子に小金井が音のない拍手を送る。
 「えらい。男の子はそうこなくっちゃ」
 ぼくたちは公園の片隅のブランコに座っていた。
 ブランコといえば公園の目玉、子供たちにもっとも人気を博す遊具の代表格。
 そのブランコを真昼間っから大の大人が占拠しては当の子供たちはおろかお母さん連からも顰蹙を買う。しかし不思議と文句は出ず、微妙な空気を察してか子供たちも寄ってこない。就学年齢に達してない子供と主婦を除き真っ当な人間は本来学校か会社へいく時間、児童公園の隅でブランコを占領し暇を潰す男ふたりは、良識あふれる奥様がたに忌避される。
 小金井は人目を気にせず堂々とふるまう。
 ぼくはといえばベンチのまわりで井戸端会議を開く主婦の視線を避け俯く。
 おしゃべりに興じる主婦が時折ちらちら詮索の目を向けてくるのがなんとも居心地悪い。
 青いペンキで塗ったブランコに座った小金井は、食材で張ったビニール袋を地べたにおろし、おもむろに口を開く。
 「さっきのお兄さん?」
 小金井を振り向く。手の中でうるさく鎖が擦れ合う。
 「ごめん、聞いちゃった。階段の下で。なんか深刻な雰囲気ただよってきたから割り込んでいいものか悩んで、結果盗み聞き。東ちゃんはともかくお兄さんの地声でかいんだもん、聞く気がなくても聞こえちまうって……言い訳になんねーか、はは」
 「とっくに追い付いてたんですね」
 「足速いもん、俺」
 というか、ぼくが遅いのだ。体育のランニングは必ず最後尾だった。わざとぼかした言い方をする小金井の優しさが、逆に辛い。
 どうりで絶妙のタイミングで仲裁に入ったはずだ。小金井はぼくと兄さんの口論を一部始終聞いてしまった。ならぼくたちの微妙な関係もわかるだろう。案の定、いつになく遠慮がちな横目でさぐるようにぼくをうかがい、第一印象を率直に述べる。
 「おっかなそうな人だね。東ちゃんとは正反対に堅苦しい感じの」
 「……はい」
 「あんまり似てない」
 「……子供の頃からよく言われました」
 ぼくは何をやらせてもダメなヤツだ。兄さんは何をやらせても優秀だ。そんな二人が似ているはずない。
 「だいぶ興奮してたね、お兄さん。怒ってた。すぐ手が出るタイプ?」
 「………悪い人じゃないんです。ただちょっとカッとしやすくて、手が出るのが早くて」
 無意識に兄を庇う。
 歯切れ悪く兄を弁護すれば、小金井は「ふーん」と深く追及せず頷く。
 兄さんは自分にも他人にも厳しい。特にぼくに厳しく接する。
 優秀な兄さんからすればはたち過ぎて親のすねをかじって漫画アニメゲームを卒業できずアパートの一室にひきこもるぼくの生活態度は甘えにしか映らない。実際、兄さんの言い分は正しい。
 ぼくだって頭じゃなんとかしなきゃってわかっている、現状に焦燥を抱いている。けれども抜け出す努力をするには今の生活はあまりに居心地いい。
 停滞した日常、将来の決断を延々先送りにするモラトリアムの日々。
 金のかかる趣味にかまけ自堕落に暮らすぼくを、常識人な兄さんは常々苦々しく疎ましく思い、時に手を上げ更正を図らせようとする。
 兄さんの気持ちはそれこそ痛いほどわかる。
 他人の気持ちを理解できなくても想像はできる。職場でぼくの存在が公けになれば恥をかくのは兄さん父さんだ、はたち過ぎてアパートにひきこもった次男の存在はふたりにとって恥でしかない。
 社会不適合者を蔑む実兄のひややかな目を思い出し、鎖を握る手に力がこもる。
 「お兄さん、医者なんだ」
 小金井がなにげなく聞いてくる。
 惰性で頷き、聞き取りにくい小声で付け足す。
 「……勤務医です。今日もぼくのところよってから病院もどるって……忙しい人なんです、兄は。優秀で。頼りになって。患者さんや患者さんの家族からも信頼されてる。本当はぼくのところに来る暇なんてないのに」
 「お医者さんか。すげー、かっこいい。まだ若いのに。あ、でも背広も似合ってたね。白衣バージョンも見たいかも」
 小金井の単純さを羨ましく思う。
 「ぼくの父、院長なんです。兄は父の病院で働いてるんです」
 だれかに話したい、聞いてもらいたい。だれにも言えなかった、話す相手がいなかった。
 今なら身近に小金井がいる、話を聞いてくれる人が隣にいる。
 信頼感とか安心感とか言葉にしてしまえば陳腐なものを、小金井のテキトーな人柄に対し漠然と抱いてるのは否定できない。
 『まったくダメなヤツだな、お前は』『情けない』『いい年して漫画アニメゲームばかり』『現実逃避も大概にしろ』
 怒りと失望の入り混じった兄さんの顔、険悪な形相、耳に障る怒鳴り声。
 口論を聞かれた上、廊下に這い蹲って生活費をかき集める光景を見られた。
 もうですでに恥ずかしい姿を見られてる、この上恥をさらすくらいなんだ。
 「……前に聞きましたよね、小金井さん。ぼくの親が金持ちかって。たぶん……家は裕福な方です。普通よりちょっと。父が病院を経営してて、そこそこ余裕があるんです。兄は長男で、子供の頃から出来がよくて、跡継ぎとして両親に期待されてました。学校の成績もすごくよくて、性格もさばさば明るくて、友達も大勢いて……ぼくとはほんと正反対なんです。父は次男にも医者になってもらいたかったみたいだけど……」
 『まったくダメなヤツだな』
 『お兄ちゃん見習ってしっかりしてよ』
 もう随分会ってない父と母の顔が瞼の裏をよぎる。
 「……正直、ぼく、出来が悪くて。運動はもちろん、勉強もぜんぜんだめで。これでも一応努力したんだけど、さっぱりで。その……こんな性格だから友達もひとりもできなくて、ずっといじめられてばっかで。それでも少し前までは、父さ……父も母も、口うるさく叱ってたんです。今日の兄さんみたいに、お前そんなことでいいのかって、いい年して漫画アニメゲームにかまけて情けない、しっかりしろ、ちゃんと就活しろって。だけど……」
 語尾が萎む。
 鎖を握る手からふっと力が抜けていく。
 「一年前、兄が結婚したんです」
 小金井が無言で続きを促す。
 小金井の視線を避けるように俯き、スニーカーの靴底で地面を軽く蹴る。
 「綾さん……兄の奥さんになる人はすごくいい人で、ぼくにも優しくしてくれた。もともと看護婦で、兄とは職場結婚だったんです。両親も彼女の事は気に入ってて……実の息子より贔屓してたくらいで。それは全然いいんです、さすがにやきもちやくような年じゃないし。ぼくも彼女の事は……綾さんは、すごく感じのいいひとだなって思った」
 言葉を続けるのが苦しく、空振る舌と萎えそうな意志を励まし、口を開く。
 「兄さんは結婚して、実家で親と同居することになった。だけど……なんか、ばかみたいな話なんだけど。両親も兄さんもぼくの趣味の事、お嫁さんに話してなかったんです。恥ずかしくて。ぼくだって勿論言えなかった。それで、いざ夫婦になって、綾さんがこっちに移るってなった時に問題が発生したんです。はたちすぎた次男が就職もせず、漫画アニメゲームに囲まれてひきこもり同然の生活してるのがお嫁さんにばれちゃまずいって。うちの親、人一倍体裁気にする人たちだから……」
 一年前、実家を出ることが決まった時。
 荷物をダンボールに詰めるぼくを戸口で監視し、両親が囁いた言葉が忘れられない。
 『悪いけど東、今度からあんまりこっちに顔出さないでね。連絡は電話でお願いね』
 『綾さんは知らないからな、お前がこんな……』
 父が渋面で言いかけやめた台詞は、おそらく。
 「『こんなダメなヤツだなんて』『こんな恥ずかしい趣味もってるなんて』」
 兄の結婚と同居を口実に家を追い出された。
 ぼくの存在と趣味は兄の奥さんから隠蔽された。ぼくは、家の恥だから。
 「……兄夫婦と両親の同居がきっかけで、一年前、家を出ました。アパートの敷金も親に払ってもらったんだから、甘えてるって言われたらそれまでなんだけど。それから一年間、実家に帰ってません。親とは口座に生活費を振り込んで引き出すだけの関係で……兄さんとも今日ひさしぶりに会って。久しぶりの再会がアレなんて、ほんとアレですけど」
 実家とは疎遠になった。
 両親はぼくをいないものとして扱っているし、兄さんだって。
 力ない笑いでごまかそうとしてごまかしきれず、笑みを作ろうとした顔筋がへこたれ、何度目かわからぬため息が口を突く。
 今は疎遠な両親も、むかしはぼくを可愛がってくれた。
 長男と比べはるかに出来の悪い次男を精一杯庇い励ましてくれた。
 むかしはぼくもここまで卑屈じゃなかった。
 ここまで吃音と噛み癖が酷くなかった。
 日常生活に支障が出るほどどもりが悪化したのは一人暮らしを始めてからのここ一年の事だ。
 「……何度も何度も失望して、期待するのに疲れちゃったんです」
 両親も。兄も。
 家族の期待を裏切り続けたのはほからぬぼく自身だ。ぼくに両親を責める資格はない。
 両親も兄も別段薄情なわけじゃなく、ただただ当たり前に普通の人なだけだ。
 立ち直るきっかけは何度もあったのに。
 真面目に勉強すれば大検だってとれたかもしれないのに。
 この数年ぼくがしたことといえば逃げることだけ、逃げ続けることだけ。
 カーテン閉めきった実家の部屋にこもってパソコンに夢中で漫画ゲームアニメフィギュアに現をぬかして、実家から追い出されたらアパートの一室に逃げ込んで漫画ゲームフィギュアに耽って相も変わらず現実逃避のモラトリアムを脱却できず停滞した日常にひたりきって社会復帰の気力さえ失いつつある。
 「……なんか……ありがちな話ですよね。ありがちすぎてつまんないや。笑っていいですよ」
 身の上話が一段落し、意識の外に遠のいていた子供たちの歓声が帰ってくる。
 自分の足元に視線を投げたまま、自嘲と自虐と一抹の照れ隠しの混じった口ぶりでそっけなく突き放せば、小金井が大真面目に考えこむ。
 「……質問いい?」
 「なんですか」
 「タッチなの?」
 「はい?」
 「南ちゃんはどこさ?」
 この男馬鹿だ。
 本音が顔に出たぼくの方へ身を乗り出し、激しい手振りで訴える。
 「出来のいい兄と悪い弟ってまんまタッチじゃん、タッチなら南ちゃん不可欠だよね、んで肝心の南ちゃんはどこいったのさ。あ、ひょっとしてお母さんの名前が」
 「……三人目が女の子だったら南になったかもしれませんけど、二人で力尽きたみたいです」
 「そうなんだー」
 ……真面目に話して損した。
 身の上話とも人生相談ともつかぬシビアな話を、それにふさわしい深刻な顔と雰囲気で明かしたにもかかわらず、小金井は相変わらず小金井だった。
 同情も軽蔑もせず、なにも考えてないように朗らかに笑いつつ軽く地を蹴ってブランコをこぐ。
 小金井の奔放さに毒気をぬかれ、その動きを目で追いつつひとりごつ。
 「ブランコなんて乗るの小学校ぶりだ」
 「俺は中学ぶりかな。施設にあったから」
 「施設?」
 「言ってなかったっけ?施設育ちなの、親いねーし」
 言葉を失う。
 ついさっきまで自分こそが世界で一番不幸なような顔をしていたぼくに、小金井はそんな過去など吹き飛ばすように笑いながら言う。
 「悪ガキだったからさ、毎日ぶん殴られてた。東ちゃんの兄貴は平手だからまだ優しい方じゃん」
 慰めとも励ましともつかぬ台詞。逆にフォローされたじろぐ。
 たった今まで世界で一番自分が不幸だと思っていた、家族に愛想を尽かされ追い出された可哀相な自分に酔いしれていた。
 小金井に身の上を語りながら、心のどこかで自分を哀れんでいた。
 正直、小金井がそんな過去をもっていたなんて想像さえしなかった。
 ぼくは今の小金井しか知らなくて、小金井の過去なんか知ろうともしなくて、ヒモと自称するくらいなんだから女の人のところを渡り歩いて気楽に気ままに何の悩みもなく暮らしてたのだろうと勝手に決め付けていた。
 小金井にこんな形でフォローさせた自分の鈍感さが嫌になる。
 ぼくが退屈でありふれた身の上話をさも深刻げに語ったせいで小金井も生い立ちの一端を明かすはめになった。ぼくのせいだ、ぼくが余計なことを言ったから……小金井に気を遣わせて……スーパーでも勝手にキレて怒鳴り散らして小銭を投げ付けて、そうだ小銭、あのあと小金井はひとりでどうしたんだろ、ぼくがぶちまけた小銭をいちから這い蹲って拾い集めたのか?
 どんだけ迷惑かければ気がすむんだ、ぼくは。
 「……………っ………」
 不甲斐なさに胸が詰まる。
 小金井の過去と比べたらぼくの悩みなんてすごくちっぽけで、陳腐で、ぼくは身の上を小金井に語りながら優越感さえ抱いていて、可哀相な自分というフィクションに溺れて、相手の事なんか理解しようともしなくて
 こんな時、どうすればいい?
 謝ればいいのか、そしたらかえって気を遣わせちゃうか、流したほうが……
 「ひでぶ!?」
 むぎゅっと頬を掴まれる。
 「東ちゃーん、スマイルスマイル」
 小金井がブランコから身を乗り出し、ぼくの頬を両側から広げ伸ばしだらけて笑う。
 「いきなり何すんですか、ひとがしんみりしてんのに!?」
 「しょげた顔してるとツキが逃げてくよ」
 赤くなった頬をさすりつつ涙目で抗議すれば、小金井は手をひらつかせしゃあしゃあ嘯く。
 触られた頬が熱いのは痛みのせいばかりじゃない。
 胸高鳴らせそっぽを向けば、空気を読まずあっけらかんとこんなことを言い出す。
 「競争しようよ、どっちが高くこげるか」
 「え?いやですよ、二十二にもなって」
 大の大人がブランコ占領してるだけで目立つのに、この上漕ぎ出したりなんかしたらいい笑い者だ。
 しかし小金井は毎度のことながらぼくの意見など聞かず、力強く地を蹴った反動でブランコを浮上させ、猛然とスタートを切る。
 「アイキャンフラーイ」
 付き合いきれない。
 ため息を吐きそっぽを向く。先にアパートに帰ろうかとちらりと思い、腰を浮かせかけ固まる。
 「あのおにいちゃんすげー」
 「たけー」
 「だいじょぶ?落ちちゃわない?」
 いつのまにかブランコのまわりに人だかりができていた。
 プラスチックのバケツとシャベルをもった子供、サッカーボールを脇に抱えた子供、シーソーから飛び下りた子供たちがわらわら寄り集まって、高々ブランコをこぐ小金井を賛嘆のまなざしで仰ぐ。
 興奮に上気した子供たちが喝采浴びせる中、小金井はまんざらでもなさげな顔をし、地上のぼくに挑発的な一瞥をくれる。
 「こっちのおにいちゃんは?」
 「こがないの?」
 「てきぜんとーぼーだ」
 「やる前からあきらめるんだ、かっこわりー」
 「戦わずに逃げるんだ、なさけねー」
 「戦う前に敗けを認めるのは腰抜けの証拠だってゴレンジャーが言ってた」
 一方ブランコを取り囲む子供たちは上空の小金井と地上にぽつねんと取り残されたぼくとを見比べ騒ぎ出す。
 「なっ……」
 羞恥と怒りで赤くなる。 
 「負け犬だー」
 「負け犬だー」
 「へタレめがねかっこわるー」
 躾の悪いお子様たちが一斉にこっちを指さしはやしたてる。
 たしかにぼくは臆病で腰抜けな負け犬かもしれないが、スーパーファミコンも知らない世代に好き放題言わせておけない。
 恥と大人げをかなぐり捨て、両手でしっかり鎖を握りこみ、深呼吸で覚悟を決め―
 いざ。
 呼気を吐くと同時に力一杯地を蹴り、浮力の反動に乗じブランコを駆る。
 「おおっ」
 子供たちのどよめきに煽られ猛然とブランコをこぐ。
 乗るのは小学校以来なので当時の感覚を思い出すのにしばらくかかったが、一度要領を掴んでしまえば前後に繰り出す足が風を切る躍動感もブランコが空を駆け上る爽快感もどこか懐かしく、世間のしがらみを脱ぎ童心に返る。
 ブランコを駆って空を翔る。
 快晴の青空が視界一面を埋める。
 身を切る風がたまらなく気持ちいい。
 子供たちの賛嘆のまなざしに送られ、ひきこもり生活で鈍った体と錆びた筋肉を酷使し、こんなに必死になったのは何年ぶりだろうという捨て身の勢いで高度を競い上昇するうち、身の内に溜まった不純物が汗と一緒に流れ出ていく。 
 「その程度なの?」
 「くそ、もっと!」
 挑発にむきになり、口汚く悪態を吐き、必死な形相で足を蹴り出す。
 もっと高く、もっと高く。
 無重力の浮揚感が反復運動の加速に乗じ身を包み、体の中を一陣清涼な風が吹き抜けていく。
 近付いては遠のいて、近付いてはまた遠のいて、ブランコが空を翔るごと自由の意味を知る。
 最初こそ小金井と競っていたがそのうちどうでもよくなり、全身で風を切る爽快感に心が浮き立ち気分が高揚し、もっと高く高くと一心に念じ、顔を真っ赤にしている自分に気付く。
 「ウィーキャンフラーイ」
 小金井は芝居じゃなく心の底から楽しげに笑っていた。
 笑いながら、子供だましのお遊戯に真剣勝負を挑んでいた。
 笑う余裕なんかこっちはない。
 スーパーでお釣りを受け取りそこね恥をかいたこと、アパートの廊下で兄さんと口論したこと、頭をかきむしりたくなような記憶ごと空に放り上げるように何度も何度もがむしゃらに足をけり出し、体を上空に運ぶ。 
 鎖が軋り鳴く。
 前髪が風圧に泳ぐ。
 足が大胆に弧を描く。
 空に墜落しそうな浮遊感。
 限界が来た。
 足の蹴りだし方が次第に緩慢になり高度がおちていき、スニーカーの靴底が砂利を掻いて制動をかける。
 「はっ、はあ、は………はは、ぼくの勝ち……」
 小金井が先に止まったのを目の端で確認後、靴底で地を削り、ブランコを止める。
 汗びっしょり消耗しきり、鎖に縋るようにして言えば、小金井が悪戯っぽく微笑む。
 「大の大人が大人げなくブランコこぐの、めちゃくちゃ気持ちいいっしょ」 
 はかられた。
 そう思ったが、実際気持ちよかったし、なにより疲れ果て反論できない。
 ブランコをこぐだけで体力が底をつくなんて我ながら情けない体たらく。
 小金井は身軽にブランコから立ち上がるや、ズボンのポケットに手を突っ込んで歩いてくる。
 おもむろに正面に屈みこむや、人慣れぬ動物を手懐けるように視線の高さを合わせ、噛み含めるように語りかける。
 「東ちゃんはさっき自分なんかずっと部屋にこもってりゃいいって言ったけどさ、今日外にでなきゃ大の大人が人目を気にせず本気出してブランコこぐのがこんなに気持ちいいなんて、きっと永遠にわからずじまいだった」
 胸の底の澱みをかきまわし、波紋の中心から宝石を拾い上げる誠実な言葉。
 軽薄な笑顔に似合わぬまっすぐさで覗き込む真摯な目に、心臓がひとつ強く鼓動を打つ。
 「腹ごなしも終わったし帰ろっか。美味いパスタ作るから」
 小金井が腰を上げる。
 腹の底で渦巻く鬱屈した想念が汗と一緒に体外に流れ出て、何かが少し吹っ切れた。
 ブランコをこぐうちにスーパーでさらした醜態や兄との口論の事なんかどうでもよくなって、久しぶりに、本当に久しぶりに、人の目をまっすぐ見ることができた。
 汗でへばり付いた黒髪の奥、汗で曇りずれた眼鏡越しに、小金井の目をまっすぐ見詰める。
 「あの………」
 ありがとうか、ごめんなさいか。
 自分でもそのどちらを言えばいいかわからず口を開くも、小金井の手が顔にのびるのが早い。
 「ずれてる」
 向き合った小金井が弦を掴み、眼鏡を鼻梁の上にちゃんとかけ直す。
 「………ありがとうございます」
 「よくできました」
 頭を下げるぼくに小金井が苦笑する。
 顔を上げると同時に、ブランコを囲む人だかりの中に見覚えある顔を見付ける。
 「!」
 さっき、スーパーで出会った女の子がいた。ぼくの怒鳴り声に驚いて泣き出した女の子だ。
 「あ、さっきの。お母さんはどうしたの?」
 「お買い物もうしばらくかかるからいい子で遊んでなさいって」
 「そうなんだ。偉いね」
 小金井が褒めれば、人懐こく駆け寄ってきた女の子が嬉しげにはにかむ。
 「あの………」
 「おにいちゃん痛いの治った?」
 「え」
 「スーパーの床で転んだんじゃないの」
 小金井からぼくへと向き直った女の子が心配げな顔をする。
 這い蹲ってお釣りを拾い集める姿が、事情を知らぬ女の子には転んだと映ったらしい。
 勘違いを修正しようにも無垢な目に口を噤めば、女の子が先に動く。
 「いたいのいたいのとんでけー」
 小さくふっくらした手が、寝癖だらけの頭をよしよしとなでまわす。
 避ける暇も拒む暇もなかった。
 自分を泣かせた人間を純粋に心配し、大真面目におまじないをかける女の子を見詰める。
 「………………」
 対人恐怖症のくせに。
 接触恐怖症のくせに。
 今頭にふれる子供特有の体温の高い手は、何故だかちっとも不快じゃない。
 「なおった?痛くない?」
 「…………うん」 
 「よかったあ」
 傍らに立つ小金井が笑いを噛み殺す。
 ブランコを囲む子供たちが幼い顔に溌剌と好奇心を湛えこっちを覗きこむ。
 安堵の笑みを浮かべる女の子にちゃんと向かい合い、精一杯の勇気を振り絞り、言う。
 「………さっき、スーパーで。いきなり大声出してごめん、脅かしちゃったね」
 なんとか噛まずに言えた。
 ラスボス戦を控えたデータセーブと同じ位、いや、それよりもっと緊張したけど。
 突然の謝罪に女の子は目を丸くするも、公園の外から母親に呼ばれ弾かれたように駆け出す。
 母親と手を繋いだ女の子がなにかを報告する。母親がこっちを見る。
 不審人物と誤解されたかと腋の下を冷や汗が流れるも、ぼくの予想を裏切り、母親は丁寧に頭を下げ娘を連れて去っていく。
 娘と遊んでくれたおにいちゃん、位に思ってくれたらしい。
 「ばいばいおにいちゃん」
 女の子が力一杯手を振る。
 小金井がそれに応じ元気よく振り返し、ぼくは小金井よりいささか控えめに、遠慮がちに振り返す。
 親子連れが見えなくなったあと、さっきまで振っていた手をおろし、ぼくの方へと差し出す。
 「アパートに帰ろ。久しぶりにブランコこいで腹へった」
 「……食べる前に手、洗ってくださいね。シンナーくさいです」
 文句をたれつつ小金井の手に手を添え立ち上がり、買い物袋を片方もつ。
 小金井とふたつに分けてビニール袋を持ち公園を出る際、自称ヒモが問題発言をかます。
 「こうしてるとさー、俺たちって新婚さんみたいじゃね?子供ができたら南って名付けよっか」
 小金井リュウは本当に馬鹿だ。
 真面目に怒る気も失せ、おもわず笑っちゃうほどに。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010227212245 | 編集

 「東ちゃん髪切ろっか」
 「ぼくの髪はあなたに切らせるほど安くありません」
 「邪魔じゃね?」
 「ジャマじゃないです」
 「ホントは邪魔でしょ?」
 「小金井さんの存在が邪魔です」
 「ゲームやる時とか漫画読む時とか……目に入るし痛いっしょ」
 「あなたに眼球の心配をしていただく義理はありません」
 「ますます視力低下するよ?」
 「すでにさがりようありません」
 「いくつよ?」
 「むかし測ったときは裸眼で0.03でした」
 「低ッ、小数点切ってんの!?」
 ひとりで騒がしい男だ。
 ガンプラ作りは佳境に入り、ここからが本格的な腕の見せ所。
 シェイカーの要領で缶スプレーを振り沈殿した中身を攪拌、新聞紙で試し吹きしはみでぬよう細心の注意を払いパーツを着色していく。
 シンナー独特の臭気が換気の悪い部屋にむせかえるようにこもる。
 胡坐をかいたままぼくの手元をのぞきこみ、小金井があきれた顔をする。
 「またザク?好きだね東ちゃん」
 「一口にザクといっても千差万別極めれば奥深い、シャア専用ザクと量産型ザクとじゃビジュアルから性能までそれこそ天と地の差がある。ザクといえば初心者が必ず通る道であるからして楽勝と誤解されがちですが易しいからこそ実技の真価が試される、カスタムしやすい素体だからこそ作る人間の個性が出るんです。ぼくが尊敬する原型師ハクトさんも言ってます、ガンダムはザクに始まりザクに終わる、ガンプラを極めたくばザクを制せ、ザク百体完成させぬうちはガンプラを語るなと……ちなみに今ぼくが作ってるのは終盤に投入され公国に圧倒的有利をもたらした型式番号:MS-0ことジオン軍の量産型モビルスーツその名もザクⅡ」
 「ガンプラ作るのにもジャマじゃね?髪」
 聞いてないし。
 小金井が右から左からうるさくぼくの手元をのぞきこみ自分の前髪をつつく。
 よっぽどぼくの髪型が気に入らないらしい。
 ザクへの愛情迸る熱い解説を遮られた腹立たしさで構う態度も自然邪険になる。
 「ほっといてください、ぼくは今の髪型でいいんです」
 「だってそれじゃ何も見えねーし不衛生じゃん」
 「見えますよ目をこらせば」
 「こらさなきゃ見えないんだろ。ずっと観察してたらさー、東ちゃん眼鏡かけてんのに近眼の人がもの見る時みてえに目ぇぎゅっと細めてんだもん。自分に忍耐強いて楽しい?東ちゃんマゾ?」
 揚げ足とりやがってこのヒモが。
 「今『揚げ足とりやがってこのヒモが』って思った?」
 「思わ……思いましたよ」
 小金井が手を叩く。
 「そだ、切ったるよ」
 「は?」
 突拍子もない提案に面食らう。
 力の抜けた手からぽとりとザクの頭部が落ちてんてんと跳ねてテーブルの下に転がり込む。
 小金井は自分の提案に大乗り気、そうと決まれば善は急げと洗面所へ駆け込み口笛吹いて取って返す。
 手には鋏。
 テーブルの下に頭を突っ込み行方不明のザクの頭部をさがすぼくの後ろに座り込み、小金井が道化た大仰さで腕を広げる。
 「さっぱりしよーぜ」
 「絶対いやです」
 奇妙な同居生活が始まって三週間が経つ。
 小金井はすっかりぼくの部屋に居着いてしまった。
 日中はドラクエ経験値上げの日課をシコシコこなしつつ、たまにはぼくも付き合いで参戦し格ゲーやオチモノゲーで汗を流す。窓の桟を指で拭いて埃を吟味する小姑の如し指導が実を結び、ガンプラ製作の腕も少しずつ上達してきた。
 じきぼくが教える必要もなくなるかなと考えるとちょっと寂しい。
 ……あくまでちょっとだが。弟子は師の屍をこえ外宇宙にはばたくものなのだ、欲を言えばはばたいて永遠に帰ってこないでほしいが。
 ほかに変化といえば、小金井が料理担当になった。
 家事料理はヒモの必須技能と自認するだけあって小金井はナンパな見た目から想像つかぬほど料理が上手かった。
 パスタやサラダなど小洒落た料理はもちろんのこと肉じゃがやロールキャベツなどの堅実な家庭料理までなんでもござれで、ここ一週間ぼくの食生活は劇的に改善され栄養状態が向上した。
 以前はカップラーメンや冷凍食品、コンビニで買い込んだ惣菜パンに頼りきって偏食の極みな食生活をおくっていたのだが、小金井が料理の腕を振るいだしてからというもの作ってくれた人に悪いしという義務感から渋々ゲームやパソコンを中断しご飯を食べるようになり、測ってないから正確なところは不明だが心なし体重も増えた。
 実家を出てから趣味にかまけ放題、食事の時間をフィギュア製作やゲーム攻略にあてポテトチップやらカップヌードルやら片手間に食べれるものばかり摂取していたせいでもとから貧弱な体躯が子供と接触事故をおこしあっけなく弾かれるほど薄っぺらくなっていたのだが、「アニメ漫画ゲームパソコンもいいけど飯も」とおさんどん係のヒモに口うるさく言われ、この頃はふたりテーブルを囲みいただきますの合掌をし正式に食べ始めるのが習慣になった。
 非日常も慣れてしまえば日常でしかない。
 いつしか小金井はその持ち前の図々しさでぼくの内側にずかずか上がりこみ、漫画アニメラノベゲームが乱雑に散らかって足の踏み場もない部屋にちゃっかり溶け込んでしまった。
 いまだに免許証は返してくれないが、ぼくはぼくで小金井の奔放な言動や楽天的な笑みや料理に毒気をぬかれ、一つ屋根の下素性のよくわからぬ自称ヒモと格ゲーオチゲー対戦をし、ガンプラ作りを教え、夜になれば押入れに引き上げる生活にささやかな楽しみを見出していた。
 まあそれはそれこれはこれなわけで。
 「髪切ろうぜ」
 「絶対いやです」
 鋏を構え準備万端やる気満々の小金井の申し出を却下する。
 すげなく断られた小金井が鋏をおろし「なんでさ」とふくれる。
 「絶対切ったほうがいいって、あんま長いと前見えなくてこけっし危ねーよ?東ちゃんただでさえドジっ子属性あンだからさ」
 「ドジっ子属性とか気持ち悪いからやめてください、属名ドジっ子が許されるのは五歳から二十二歳までの女の子だけです。二次元限定で」
 「具体的な範囲指定」
 「前髪切ったら人と目が合っちゃうじゃないですか」
 「何がまずいの?」
 ダメだこの男、人の話聞いてない。
 理解の鈍い小金井に苛立ち両手を忙しく振るい説明する。
 「まずいですよ、気まずいです。前髪切ったら人と目が合い放題間が保たない、たとえばレジでお弁当あたためてもらうときとか店員と目が合っちゃったらどうすんですか、相手が気を遣って世間話とか吹っかけてきても困るし、だからってこっちがだんまりでも沈黙が重いし、当たり障りなく天候や気候の話題振られたって一日中アパートの部屋にこもりっきり夜が更けてから徒歩五分圏内のコンビニ出かけるだけでそんなのわかんないし、なら最初っからお互い知らんぷりしてたほうがいいじゃないですか。このもっさりした前髪は人間関係の希薄な現代社会を生き抜くための自己防衛の一環なんです」
 力説するぼくを小金井は異次元の住人でも眺めるみたいな目で見る。
 根っから社交的で人に好かれるたちの小金井には到底わからない悩みだろう。
 「第一小金井さん、切るって……」
 「安心して、プロ並だから。前に美容師の彼女と同棲してたんだ」
 「それ自分の技能になんら関係ないですよね?」
 むしろ美容師の彼女と付き合ってたんなら甘えっぱなしでだめだめになりそうだ……依存心の強いぼくの偏見だろうか?
 疑惑の目を向けるぼくに警戒心を霧散させる弛緩した笑みを返し、小金井がしぶとく粘る。
 「東ちゃん見てると理容師心が疼くっていうか……もっさい前髪じゃっきり切りたくなるっていうか……部屋におかしてもらってんのに料理くらいしかお礼できねーのもなんだし、いっちょ任せてみない?散発代浮くよ」
 甘言を弄し篭絡をはかる。その手はくうか。
 「もし何もお礼ができなくて悪いとおもってんなら速攻出」
 出てってください、と続けようとして
 小金井が前触れなく顔を近付けてくる。
 「!?っ、」
 「んー……」
 眉間に思案の皺を刻む。
 細めた目で検分し、ぼくの前髪に無断で指を通す。
 「おもいきってイメチェンしてみね?」
 「……だからそういうのはいいって……」
 「少しでいいから」
 小金井の手が前髪を摘む。
 渋るぼくをふやけた笑顔で宥めすかし着々と準備を進めていく。
 畳を埋め尽くす漫画ラノベゲームソフトを払いのけ、缶スプレーの試し吹きに使った古新聞をちょうどいいやと持ってきて下に敷く。
 「ちょっとちょっと!」
 慌てて立ち上がるも、遅い。
 「くっ……固有結界とは卑怯な!」
 周囲に一分の隙なく新聞紙を敷き詰められた。
 ガンプラ製作には古新聞が不可欠。
 缶スプレーの試し吹きはもちろんのこと着色作業の際は塗料が飛び散るのでまわりに新聞を敷いておくのだが、それが仇になった。
 新聞紙を蹴散らし移動しようかともおもったが、考えを読んだ小金井が迅速に先回りし、押入れから引っ張り出した等身大美少女アニメキャラのポスターをぼくが足を踏み出そうとしたまさにその場所に広げる。
 「踏み絵もとい踏みポスター」
 「馬鹿じゃないですか?」
 小金井が行く手に広げたポスターを丁寧に巻き戻す。
 可哀相に、今巻き巻きしてあげるからねキュアレモネード。
 「空気にふれると酸化で褪色が早まるんでおいそれと広げないでくださいよ、手垢と指紋も付くし」
 ポスターを丸めて回収し注意すれば、小金井が鋏を回すのをやめふくれっ面でほざく。
 「東ちゃんノリ悪ィ」
 「塗りの乗りが悪いよりずっとマシです」
 「鎖国とこうよ」 
 「小金井さんこそなんでそんなぼくの前髪に執着するんですか、何があなたをそうまでして散髪に駆り立てるんですか、ほっといてくださいよ」
 平行線の一途を辿る不毛な論争に徒労感が襲う。
 ポスターを押入れに戻しにいけば、小金井の声が追っかけてくる。
 「身嗜みは社会人の規範ってお兄さん言ってた」
 唐突に兄の名を出され、襖にかけた手が止まる。 
 襖の取っ手を掴みぎくしゃく振り向けば、小金井が含みありげにほくそえむ。
 あくどい策士顔。
 「………地獄耳ですね」
 そういえば兄との口論は一部始終聞かれてたんだった。
 階段の半ばに隠れ口論に耳を澄ます小金井の姿を想像すると間抜けで笑える……じゃなくて。
 「容姿向上計画その一。まずその伸ばしっぱなしの前髪切るとこから始めよ」
 静かに襖を開け奥にポスターを安置し、襖を閉め、振り返る。ぎろりと三白眼。
 「ほっといてくださいよ」
 「見返したくねーの?」
 素朴な疑問、といった感じの衒いなさで小金井が口を尖らし問う。
 率直な質問にたじろぐ。
 たしかに、兄を見返したくないと言ったら嘘になる。ぼくにもプライドはある。生活費を廊下にばら撒かれ四つんばいで拾わされた上、ダメだのオタクだのネクラだの気持ち悪いだのとことん罵倒されご近所さんの前で恥をかかされた。あれから以前にも増して隣人および大家さんと顔を合わせ辛くなった。
 ここ一週間というもの気分転換をかね近所の公園まで散歩にでかけたりスーパーに食材の買出しにでかけたり、元気のありあまった小金井に背中を押され渋々足を靴に通す機会が増えた。
 徒歩五分圏内限定で外出する頻度こそ増えたが、兄さんの来訪以来アパートのご近所さんとの齟齬が顕在化し、階下に住む大家など今じゃぼくを完全に「親の仕送りで暮らすひきこもりおたくニート社会不適合者の犯罪者予備軍」という怪しさ爆発の偏見の目で見ている……いや、まあ偏見じゃなく正しく事実ではあるんだけど、うっかりイヤホンはずしてエロゲでもやろうものなら女の子を誘拐監禁してフラチなまねをしてると誤解され即通報されかねぬ綱渡りの日々だ。
 生まれつきの顔はどうにもならないけど、見た目がさっぱりしたらご近所さんの風当たりを弱められるだろうか。
 『もっとも親のすねかじりのお前には関係ないがな』
 兄さんの皮肉な声が耳に甦る。
 身嗜みは社会人の規範だ。しかしひきこもりニートのぼくには関係ない。
 ちょっと前までそう開き直っていたが、兄さんを見返せと発破をかける小金井の説得と誘惑に心が揺れる。
 ひきこもりおたくニートでも清潔感は大事だ。
 清潔感があるのとないのとじゃご近所さんの接し方がちがう、見る目がちがう。
 兄さんだって、ぼくの見た目がもうちょっとすっきりしたら見解を改めるかもしれない。 
 いや、でも、やっぱり。
 「むりです」
 前髪を庇いつつ頑なに首を振る。
 堂々巡りする議論に小金井が「なんでー」と非難の声を上げるもこればっかりは譲れない。
 「前髪にポリシーでもあんの?」
 「だって……前髪切ったらひとと目があうし……その、怖いじゃないですか……この前の秋葉原みたいに、ヘンな人に絡まれたたらやだし」
 蚊の鳴くような声で反論し、力なく目を伏せる。
 前髪をのばしできるだけ視線を避けていても不良に絡まれ恐喝されるのだ、前髪を切って顔をさらしたら10メートル歩くごと袋叩きだ。
 現に小金井の凝視が痛い。
 前髪を伸ばしできるだけ視線を遮っていてもひしひし重圧を感じる。
 前髪を庇い断固として拒むぼくに小金井は肩を竦める。降参と妥協の合図。
 「しかたねえなあ。今日は引くか」
 持て余した鋏をくるくる回す。
 危機を回避できた安堵に肩の力を抜く。
 諦めてくれてよかった。正直、小金井が持ち出した鋏を見て不整脈を生じそうなほど気が動転していたのだ。
 前髪を切りみっともない顔を人前に晒す抵抗はもちろんのこと、何より自称ヒモ自称プロなみと自称で埋め尽くされた小金井の腕が信用できない。
 「わかってくれてよかったです。小金井さんもぼくの前髪なんかどうでもいいから作りかけのガンプラを早く」
 完成させてくださいよ、と言いかけ
 不注意で手が滑る。
 「ぶ!?」
 話しながら缶スプレーを使っていたのが災いした。
 パーツの表面に吹いたスプレーの塗料が勢い余って顔に飛び散る。
 ガンプラ職人にあるまじき初歩的なミス。手加減を誤って強くスプレーを押しすぎた。
 缶スプレーを机におき、塗りかけのパーツを新聞紙の上におき、顔に跳ねた飛沫をティッシュで拭う。
 「あーもー小金井さんが横からうるさく話しかけるから気が散って失敗しちゃったじゃないですか、責任とってくださいよ!?」
 「うん、とる」
 え?
 「前髪、塗料付いてる。落ちにくいんだよね、プラスチック用塗料って」
 企み顔の小金井の手には、鋏。
 「切るよ」

 ヒモは、とても強引だった。
 「いやだって言ったのに……」
 「往生際悪いよ東ちゃん。男なら素直に敗けを認める」
 「敗けてませんよ。一体なんの勝負ですか」
 抵抗むなしく小金井に肩を押され新聞紙の上に正座する。 
 プラスチック塗料は洗ってもなかなか落ちない。
 小金井の言う通り、というか、小金井にそれを教えたのはほかならぬぼくだ。
 小金井が手に持つ鋏に視線が行く。
 小金井はぼくに顔を近付け、片手を前髪にくぐらせ指を通し、重量を確かめる。
 「どんくらい切る?ばっさりいく?」
 「ちょっとだけ……」
 「3センチくらい?」
 「0.3ミリくらい」
 「逆にむずかしいよ」
 どうしてこんなことに。
 不本意ながらガンプラ製作を中断し、小金井と向き合い途方に暮れる。
 小金井は是が非でも前髪を切ると駄々をこねて聞かず、ぼくはぼくで塗料が付着した前髪の不快さに辟易するも、いざ鋏をもったヒモを前にすると凄まじい不安が込み上げ胃が痛くなる。
 片腹を押さえ、露骨な不信の目で小金井を見る。
 「あの……お手柔らかに……」
 「大丈夫大丈夫任せといて、俺上手いから。美容師の元カノ仕込みの超絶テクで東ちゃんを爽やか系イケメンに改造する」
 ……だめだ、壮絶に不安だ。爽やか系なんて言われても、はじけるレモンの香りとか間違ったイメージしか浮かばない。
 微妙に死語が入り混じった自賛と抱負が猛烈な不安を呼ぶ。
 玄関を一瞥し、目測で距離を割り出す。全速力で走ったら逃げ切れるか?
 窓、トイレ、押入れ。逃げ道を模索する。
 重たく陰鬱な前髪に隠れ、血走った目で部屋中見回すぼくに小金井が苦笑する。
 「力抜いて。リラックス」
 「無茶言わないでください、そもそも人にさわられてる時点でリラックスなんてできないです」
 前髪に触れる手に心臓が浅く鼓動を打つ。
 小金井の顔が目の前にくる。
 「いくよ」
 鋏が剣呑にぎらつく。
 固く目を瞑る。
 膝の上においた手をきつくにぎりこむ。
 前髪にひやりと鋏があてがわれる。
 ジャキン、涼やかな音。
 鋭利な刃が噛み合い、ぬばたまの黒髪が一房新聞紙の上に散らばる。
 「あ………」
 最前まで体の一部だったものが、今や完全に生気が抜け、ただの無機物……ゴミとなりはて新聞紙の上に散る。
 新聞紙の上に散らばった髪を呆然と見詰め、無意識に手を伸ばす。
 「動かないで」
 真剣な声で制され、感電したように指を引っ込め姿勢を正す。 
 正面に片膝立てた小金井が軽く身を引き、ぼくの顔全体を視界におさめ、プロフェッショナルぽく刃をあて長さを測ってから散髪を再開する。
 ジャキン、ジャキン。
 金属音を伴いなめらかに動く鋏が前髪を容赦なく断ち切っていく。
 小金井は一分の躊躇なく、手際よく、勘の赴くまま切り進めていく。
 片手でぼくの前髪を梳き、適当にばらけさせ、一房摘む。
 「―っ………」
 人との接触に慣れないせいか、ちょっと髪にさわられただけで含羞から来る居心地悪さを覚える。
 顔が極端に近付けばどうしても小金井を意識してしまう。
 髪には神経が通ってないはずなのに、感覚もないはずなのに、前髪に触れているのが小金井の手だと思えば思うほど平常心を保つのがむずかしくなり頬に赤みがさしていく。
 喉をなでられる猫ってこんな感じなのかな。
 シャキン、シャキン。
 鋏が小気味よく鳴る。
 最初こそ抵抗があったが、眠気を誘う単調なリズムにいつしか緊張がほぐれていく。
 頭皮に触れる手のくすぐったさに耐え膝をもぞつかせつつ、真剣な顔つきで鋏を使う小金井をうかがう。
 透徹した刃鳴りに合わせ髪がぱらつき、寸断された毛先が舞う。
 「上手いですね、小金井さん」
 「んー?まあね、元カノ仕込み。実技は覚えるの早いんだ」
 「モデラーナイフの使い方もすぐ飲み込みましたもんね」
 「東ちゃんの教え方が上手いから」
 「小金井さんが上手いんですよ」
 なんだこの褒めあい合戦。お互いのろけあってどうする。
 さすがに恥ずかしくなる。
 散髪の合間、前髪を切る手は止めず、小金井が軽口を叩く。
 「知ってた?東ちゃん。髪って性感帯なんだって」
 「はあ?嘘だ」
 「嘘じゃないよ。耳朶さわられるとくすぐってーし寒いと真っ先に赤くなるのは鼻の頭、カラダの先端は敏感にできてるんだ。髪もまたしかり」
 鋏を持たない方の手が、猫の喉をなでるような感じで前髪をやさしく梳く。
 「どんな感じ?」
 「どんなって……」 
 「頭皮。感じる?」
 小金井の手が髪にもぐる。
 髪に指が通り、触れるか触れないかの微妙にして絶妙な力加減で指圧する。
 「………あんまりさわらないでください。髪、洗ってないから汚いし。あぶらっぽいし」
 小金井の手。
 シャツの裾からもぐりこんだ手の感触と巧みな愛撫をまざまざ反芻し、前髪に隠れた顔が発火しそうに熱を帯びる。
 ぼくは、どうしたんだ。小金井の戯言を真に受けるなんてどうかしてる、髪が性感帯なんてでまかせだ、髪には神経も痛覚も通ってない。
 そう自分に言い聞かせ努めて平静を装うも、意味深な台詞が耳の奥で殷々反響し、鼓膜に甘く染みて、小金井の手が触れるたび過剰反応を示す。
 塗料の斑点が散ったシャツの下で体が火照り、小心に伏せた目が酩酊に潤む。
 長さと関節のバランスが絶妙な指が髪の根元にくぐる。
 「んっ………」
 円を描くようにゆったり髪をかきまぜられ、性感とも快感ともつかぬ官能に肌が粟立つ。
 反応に味をしめた指が悪戯めかし頭皮を這っていく。這い回る。
 「……ッ……だからさわんなって……」
 「動かない」
 髪に性感帯なんてあるわけない。つくづく暗示にかかりやすい自分の体質を呪う。
 でもそうとでも考えないと、小金井になでられる気持ちよさが説明つかない。
 快感のツボを心得た手つきでぼくの頭をマッサージしつつ小金井が性悪に笑う。
 「感じる?」
 「感じません」
 「気持ちいい?」
 髪の根元から手を抜き差し、にんまり含み笑い反応を見る。完璧遊んでる。
 意地悪い手に高められ、シャツと擦れ合う体が微熱を帯びて遣る瀬なく火照る。
 処女をたぶらかすような優しく淫靡な愛撫が官能を燻し、刺激に弱い肌が上気し、膝を掴んだ手がじっとり汗ばむ。
 体の変調に心が追いつかずおいてけぼりをくらう。
 生唾を嚥下し、上擦る息をひた隠しつつ、赤く潤んだ目で小金井を睨みつける。
 「気持ち……悪いです、すっごく」
 「顔赤い。目もちょっと潤んでるし」
 「シンナーが染みたんです」
 小金井の手に導かれ頭が前傾、こつんと額があたる。
 吐息の湿り気が顔をなで、接触の嫌悪や密着の度合いが増す当惑全部ひっくるめて羞恥心が燃え盛る。
 心臓が浅く脈を打ち、極端な顔の近さに男同士の気安さ以上に空気が閉じて、まるで口説かれてるような錯覚を来たす。
 隠微に倒錯した空気が漂う中、鋏を斜めに傾け前髪を断ち落とし、目を細めて小金井が囁く。
 「俺の指技に酔いな」
 「まだまだだね……って、こないだ見せたアニメの影響受けてるし」
 茶化す小金井をつんけんあしらいつつ、暗示によって性感帯と化した頭皮を執拗にまさぐる手を払う。
 人に髪を切ってもらうの何年ぶりだろう。
 「東ちゃん、最後に美容院に行ったのいつ?」
 小金井も同様の疑問を抱いたらしく、さりげなく聞く。 
 「………覚えてません。数年前かな」
 「伸びてきたらどうしてたの」
 「自分で適当に切ってました」
 「どうりでぼさぼさ。毛先がふぞろい」
 うるさい。
 「後ろとかやりにくくね?」
 「……それも自分で。鏡見て。勘で」
 「美容院行けばいいのに」
 「美容院行くお金があるなら秋葉原に行きます」
 「東ちゃんらしいや。眼鏡とっていい?」
 「いやです」
 「切るのにジャマだから。毛が付くし」
 「あとで拭きます」
 無造作に手を伸ばす小金井から反射的に身を引く。
 眼鏡の弦を掴んで拒否するぼくと相対し、小金井が怪訝な顔をする。
 前髪を切らせても、こればっかりは譲れない。
 就寝中と入浴中を除き人前で眼鏡をとるのは抵抗を感じる。
 眼鏡を外す行為はぼくにとって服を脱ぐのも同然の露出を意味する。
 他人に前髪をさわらせるのだって対人恐怖症のぼくからすれば精一杯の譲歩だ。
 「なんでとるの嫌なの?」
 大人しく手を引っ込め、小金井が純粋にふしぎそうに聞く。
 率直な問いに胸を衝かれ、眼鏡の弦に手をかけどもりがちに口を開く。
 「………だって………みっともないですし」
 八王子東がどれだけみっともない人間か、自分が一番よくわかっている。
 人前に出るのが恥ずかしい、人の目が怖い。
 「コンタクトにしねーの?」
 「目に異物を入れるなんて正気の沙汰じゃありません」
 「ま、慣れないうちは痛いっていうけどさ」
 深追いはせず、再び鋏を使い出す。さばけた気性に感謝。
 ジャキン、ジャキン、大胆に鋏を噛ませ目を遮る前髪を切断する。
 いつしか小金井に身を委ねている自分に気付く。
 ぼくの髪を一房すくいとりしげしげ見つめ、小金井が言う。
 「すげえ綺麗な黒。染めたことねーの?」
 「はい」
 男に褒められても嬉しくない。照れるけど。
 「いいなあ。俺なんか染めては染め直しってくりかえしてっからドブっぽい色に」
 羨望のため息を吐き、ぼくの髪をさわる傍ら自分の髪をひょいと摘む。
 「似合ってるとおもいますよ、その色」
 「軽薄で?」
 「はい。……あ、いや、明るいかんじで」
 あわてて訂正する。
 下手なフォローに小金井が吹き出し、つられてぼくも苦笑し、雰囲気が和む。
 カーテンを閉めきったシンナー臭い部屋。
 まわりには漫画アニメラノベが散らかってしけった布団が敷きっぱなし、テーブルの上には塗装途中のザクが放置されている。
 なのにぼくは新聞紙を敷いた畳の上で小金井と向き合い、巧みに鋏を操る小金井にすっかり身をゆだねきって、愛撫にも似た手付きで髪を梳られるくすぐったさに気を抜けば崩れそうな顔を必死に引き締めている。
 「小金井さんはいつ髪染めたんですか」 
 一方的に質問されてばかりなのも癪なので、仕返しに聞く。
 一週間前、大人げなくどちらがブランコを高くこげるか競争して以来、小金井に対し興味が湧いた。
 施設出身という小金井の過去が気にならないといえば嘘になるが、それよりもっと核心的部分で、ぼくの日常にずかずか上がりこんできたこの無礼な男の事を知りたくなった。
 小金井が今の掴みどころない性格を形成するに至った経緯、環境、人間関係。
 小金井のことを、もっとよく知りたい。
 「んー?中1」
 「-って、早いですね!?」
 「ませガキだったからね。今は小学生でもフツーに染めてるけど、当時は怒られた」
 施設で毎日ぶん殴られてたから。
 ブランコで隣に座った小金井の言葉を思い出す。
 余計なことを聞いたかと消沈するぼくをよそに、束ねた前髪に鋏を入れ、悪ガキの面影を残す快活な笑顔で小金井が話す。
 「ダチがコンビニから染髪スプレーぱくってきて、それでふたりして見よう見まねで」
 「友達って……施設の、ですか」
 「腐れ縁の悪友。ガキの頃からふたりで色々悪さした。叱られンのも一緒」
 友達との思い出を楽しげに披露する小金井に、どうしてだか胸が痛む。 
 表情を翳らせたぼくをよそに、悪友との思い出の数々を回想しつつ、鋏をもつ手を鈍らせ小金井が言う。
 「それがさ、笑えるんだよ。そのダチ染めんの初めてだからまず最初に他のでためそうって、目を付けたのがなんとうさぎ。あ、俺の施設じゃうさぎ飼ってたの。で、夜中そのウサギ小屋にこっそり忍び込んでさ……翌朝掃除に来た係が腰抜けるほど仰天した、ウサギが一匹残らず茶色く染まってんの。めちゃくちゃだっつうの、アイツ」
 「ウサギは一匹じゃなく一羽ですし、動物虐待です」
 羨望、嫉妬、疎外感。
 手を留守にし底抜けに明るく友達とのエピソードを語る小金井に、不自然にそっけない態度でつまらない突っ込みを入れてしまう。
 ぼくにはひとに語れるような友達との思い出なんかひとつもない。
 小学校中学校通し学校にいい思い出なんかひとつもない。
 引け目を感じるとともに、小金井が親しげにアイツと呼ぶ人物に対し苦々しい感情を抱く。
 「よし、終了」
 小金井が鋏をおく。
 目にかかるほど伸びた前髪が切られ、眼鏡越しの視界が晴れる。
 小金井がそばに置いた鏡を掲げ、ぼくの方へ向ける。
 「………………」
 絶句。
 最初は違和感の方が強かった。徐徐にそれが既視感に変わっていく。
 ああ、そういえばこんな顔してたな。
 ここ何年も鏡を見てなかった。秋葉原に出かけた際も店のショーウィンドーは徹底して避けてきた。
 間抜けな話、自分の顔さえも忘れかけていたのだ。
 「世界が明るくなった?」
 「………顔が寒いです」
 軽くなった前髪を神経質に梳く。
 鬱陶しく目を覆い隠していた前髪は鋏が入り、眼鏡にかからない程度にさっぱり切られていた。
 鏡に映る若者を他人行儀に見詰める。
 分厚い眼鏡の奥の卑屈な目、陰気な表情。乳性石鹸のように白い肌にさした赤みが一際目立つ。
 高校生どころか中学生で通りそうな童顔のくせに可愛げがない。
 兄さんの目鼻立ちをずっと女々しくしたような、覇気もなければ魅力もない地味で冴えない顔。
 前髪を執拗にいじくりつつ、もう片方の手で服にまとわりつく細かい毛髪を払うぼくを、小金井がじっと見詰めているのに気付く。
 「東ちゃんて割に可愛い顔してるんだ」
 「はあ?」
 耳を疑った。
 次に小金井の目を疑った。
 「視力だいじょうぶですか?」
 「いや、マジで。おもったより悪くない。もっさり前髪伸ばしてたのがもったいない。そこそこイケてるってか、地味に可愛い」
 「ふざけないでください」
 小金井が片付けないので代わりにぼくが後始末を担当する。
 髪の毛の散らばった新聞をもってゴミ箱に行き、髪の毛ごと包んで突っ込み、鋏を洗面台に返し、憮然として居間に戻り、机と向き合いガンプラ作りに再着手。
 にやつく小金井は無視し、缶スプレーを勢い良く振ってフックを押し込むー
 「うわっ!?」
 まただ。ぼくともあろうものが、過ちを二度くりかえす。
 勢い良く噴射された塗料が顔にとび、眼鏡のレンズに散ってうろたえる。
 あせった手付きで眼鏡を外し、ティッシュでレンズを拭うぼくの背後に忍び寄った小金井が、なれなれしく肩を抱いて囁きかける。
 「動揺してる?」
 「してません」
 「顔真っ赤」
 「ぼくはむしろ小金井さんを真っ赤に染めたい心境です、缶スプレーで。エナメル塗料とプラスチック塗料、どっちにしますか」
 ひっつく小金井を邪険にどかし作業にもどるも、顔に注ぐ視線を過剰に意識してしまい、動揺と照れを反映しザクの頭部をもつ手が再三すべる。
 テーブルに自堕落に頬杖つき、たびたびザクの頭部を落っことすぼくを面白そうに眺めつつ小金井がだしぬけに言う。
 「ねー東ちゃん」
 「なんですか」
 「キスしていい?」
 だらけきって寝そべる小金井の顔面めがけ猛烈な勢いで缶の中身を噴射する。
 「目が、目がぁああああああああぁああああああああああっ!?ひでー東ちゃん冗談なのに人の顔面めがけスプレー噴射で目潰し攻撃って!?」
 「小金井さんがさっきからヘンな発言かますからです、男にむかって可愛いとかキスしたいとか無節操にも程があるし第一ぼく三次元アレルギーだし冗談でもそういうこと言わないでくださいよ、次ガンプラ製作ジャマしたらザク責めにしますからね!!」
 「ザク責め!?ザク責めってなに!?」
 「ザク責めはザク責めです、小金井さんをザクで包囲して一斉攻撃しかけます、小金井さんは一度量産型の底力を思い知るべきです!!」
 スプレーでむせた小金井が情けない顔で抗議するのに応酬し、缶スプレーをしゃかしゃか振って牽制すれば小金井もむきになり、テーブル上にもう一個おいてあった缶スプレーをひったくってあろうことかぼくの方にむける。
 この展開はまさか
 「ぶはっ!?ちょ、あんたなに考えて、」
 「ハンムラビ法典、やられたらやりかえすのが喧嘩の鉄則!くらえスプレー噴射!!」
 「ちょ、やめ、眼鏡かけてる人間にスプレー噴射とか正気ですかレンズ覆われて見えなくなるって視界が……」
 いい子はまねしないでくださいと番組の最後に注釈を付けたくなるような見苦しい諍いを繰り広げる。
 小金井は「ははっ」と無邪気に笑い新聞紙の上を転げまわってスプレーを噴射しまくり、ぼくもスプレーを手にとり応戦し、泥沼の戦争に突入する。
 服を塗料まみれにしとっくみあいの物音も騒々しくスプレー合戦を繰り広げるさなか、爆発と紛う勢いでドアが開け放たれ大喝がとぶ。
 「いい年した男がどったんばったんうるさいよ、喧嘩ならよそでやんなさい!!」
 憤怒の形相の大家が廊下に立っていた。

 それから二時間、ふたりして正座で説教された。
 小金井のせいだ。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010226132919 | 編集

 「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ……」
 強大な負の圧力に押されジリジリ後退する。
 脂汗を流し葛藤するぼくを時間に尻を叩かれる社会人や暇そうな学生が追い越していく。
 みんな何故こいつが怖くないんだ、すでに洗脳されてるのか。
 「くっ………!」
 うちひしがれ片膝突く。駄目だ、こらえろ、人が見ている。ここで蹲りなどしたら恥の上塗りだ。目の前にあるのがせめてクーロンズゲートならよかったのに、そうしたらへタレびびりひきこもりオタクニートのぼくでもきっとくぐれた……気がする。
 敗北を認めるのか八王子東、むざむざ負け犬の醜態に甘んじるのか?
 発破をかけ闘志を昂ぶらせるも、固く閉ざされた門が放つ邪悪なオーラに尻込みし、さらに一歩退く。
 仮にぼくが脱ひきこもりに成功し社会復帰を果たし通勤だか通学だかで毎日駅を使うようになっても、この障害を克服せぬ限り電車に乗れまい。
 日常にこんな罠が潜んでいようとは……盲点。
 あたかも獲物を食らわんと待ち構えるかのような存在感を示す門との対決に戦わずして敗れ、背に装備した四次元リュックの肩紐を握る。
 「ここまでか……」
 「なにやってんの東ちゃん、立ち止まってたら人のジャマだよ。先いくよー」
 緊迫の極みで膠着し、悶々と苦悩するぼくの横をひょいと素通りする影。
 軽薄な声に物思いを破られ顔を上げる。
 ぼくの横をさっと通り過ぎた小金井が改札機に券を通しホームに抜けていく。
 あっさり改札機のむこうに抜けた小金井がぼくにむかってぶんぶん両手を振る。
 「早くしねーと電車でるよ?」
 「………この怪物をたやすく御すとは……侮りがたしヒモ」
 ちょっとだけ見直す。あくまでちょっとだけ。
 「改札機の前でなにぐだぐだブツブツやってんの。すげー目立つ」
 小金井との同居から一ヵ月後、秋葉原遠征の日がやってきた。
 いざ征かんオタクの聖地日本最大の電気街へとアパートを出たぼくの前に立ちふさがった第一の関門、無人自動改札機。
 「いやだって、絶対閉じますよこれ。ぼくが通ろうとしたとこ見計らってバシンと胴を打ちますよ、絶対。前回とおなじ手はくいません」
 おもえば一ヶ月前ぼくが赤っ恥をさらしたのもこの改札機だった。
 ならばこれは因縁の対決、報復戦。
 慎重に慎重に、じりじりと引いてためてタイミングを見計らい見極める。
 汗ばむ手に券を握りこみ改札機と睨み合うぼくを利用客が不審げに眺めていく。
 小金井は改札の向こうで人の気も知らず笑って待つ。
 その能天気な笑顔がひどく癇に障り、馬鹿にされてると思い込み、瞬時に頭に血が上って決断と行動に踏み切る。
 いざ禍根を断つ。
 意を決し足を踏み出しスナップを利かせ手首を一閃、改札機に券を投入。やった、上手くいった!心の中で快哉をあげ、タイミングに乗じ、全速力で向こう側へ走り抜ける。
 聖剣エクスカリバーを抜く伝説の勇者の如く反対側から射出された券をひったくり、勢い余って転びかけ、腕ばたつかせ辛うじてバランスを保つ。
 「見ましたか小金井さん!?」
 「見たけど……」
 「ついに勝ちましたよ、こいつに!この無人改札機に!」
 何をそんなにはしゃいでるんだろうという不審顔の小金井と向き合い、擬人化した改札機を指さし、興奮しきって叫ぶ。
 「本当に長い戦いでした……思い返せば物心ついたときからずっとこいつはぼくの行く手に立ちふさがってきた、約束の地に行きたくば俺を倒し屍をこえていけと不敵な存在感を醸し無言で立ちふさがってきた!何度こいつに泣かされ恥をかかされたことか、いざ抜けようとするたび警告音がうるさく鳴って駅員さんがわらわらたかってまわりの人たちに嘲笑されて恥辱の極みで立ち竦み……券をとりそこね扉が叩き閉まること数十回、ジョジョでいうとアラウンドザワールド時よ止まれ、一秒かそこらのケアレスミスくらい見逃してくれたっていいのに何度も何度も意地悪く通せんぼして」
 「みんな見てるよ東ちゃん」
 冷静な指摘で我に返る。
 駅のホームを行き交う人々が改札機に勝ち顔を真っ赤にして喜ぶぼくを見てくすくす笑う。
 「―ッ!!」
 ぼくとしたことが、無事改札を抜けれたのが嬉しくてつい浮かれてしまった。
 「と、とにもかくにも第一関門突破です。最初の難題はクリアしました、幸先いいです」
 ずれてもない眼鏡の位置を神経質になおし咳払いする。
 小金井が口を窄め不躾にぼくを眺める。 
 「………なんですか」
 「改札抜けただけでこんな喜ぶひと初めて見た。超新鮮」
 一ヶ月前のリベンジを果たした達成感が小金井のぬるい笑みに包まれ萎んでいき、熱くなった顔を伏せる。
 月に一度、記念すべき秋葉原遠征の日。この日に備え一週間も前から綿密に計画を立ててきた。
 ネットで格安PCショップの情報を入手しラノベ早売り書店をチェックし贔屓の原型師が自信作と銘打ち出品する美少女フィギュアをおさえ、いざリュックを背に装備しアパートを後にした。
 ところがひとつ誤算があった、なんとヒモまでついてきたのだ。
 「喧嘩する猫みたくフーッて毛を逆立てて唸ってるから対人アレルギーの発作かとおもった」
 「無機物相手にアレルギーでたりしませんよ、ただちょっと怖かっただけです」
 改札をスムーズに抜けただけで大騒ぎなんて自分でもなんだかなあと思う。
 思うが、改札を抜けるのはぼくにとって通りぬけフープをくぐるのとおなじくらい大冒険なのだ。
 いやちがう。
 「しいて言うならドラクエでパルムンテを使うくらいびくびくもんです」
 「自分で勝手にハードル上げて生きにくくしてない?」
 「小金井さんみたくテキトーな人にはわかりませんよ、ぼくの悩みは。ああ、ルーラが使えたら便利なのに……てかなんだってついてくるんですか」
 「東ちゃんがひとりで行けるか心配で」
 「いけますよ、子供じゃないんだから。保護者ですか?」
 「自称ね」
 「あんまひっつかないで……離れて歩いてください」
 半径1メートル内に寄るなと手刀を切って境界線を示すも小金井はどこ吹く風でブーイングをとばす。
 「昼間ヒマなんだもん。東ちゃんひとりで遠出ずりー」
 「別に引き止めてないんだからひとりでどこへなりとも好きなとこに出てってください」
 まったく図々しい。
 こう言えばああ言うの典型の小金井はぼくの突っ込みを首をすくめ軽くいなし、本音を見透かすように不敵に笑う。
 「……とかいって。俺がホントに出てったら寂しいっしょ?」
 「自信過剰です。小金井さんがいなくなったら押入れにこもらなくてすむしせいせいします」
 小金井と漫才喧嘩をくりひろげつつ階段をおりる。
 すれちがう人たちの視線を横顔に感じ、若干緊張する。
 今日の服装は一ヶ月前と少し違う。
 もとからないセンスはどうしようもないが、身なりを清潔にするだけでだいぶ印象と好感度が上昇するとは社交に長けた小金井の弁。
 この一週間奇妙な逆転現象というか相互依存というか共生関係が築かれ、ガンプラ製作の師となり上達を指導するぼくに対し、小金井は「容姿向上計画」と称する甚だ迷惑ないやがらせを開始した。まずは鬱陶しく伸ばした前髪をばっさり切るのを手始めに、近所のユニクロだか古着屋だかで安く購入した服をとっかえひっかえコーディネートしぼくの外見を自分好みに改造した。
 「まったく、きせかえ人形じゃないんですよ……」
 「前よりだいぶ雰囲気明るくなったよ、東ちゃん」
 まあそれは認めよう。たしかに小金井の言い分は一理ある。
 自分で身に付け驚いたが、こと他人に口出す分には小金井のセンスは存外まともだった。
 改造と聞き真っ先に小金井の私服のような黒とシルバーが基調のパンクファッションを連想し「それなんてコスプレ?」とどん引きしたが、小金井はちゃんとぼくに似合う服―は言いすぎかーぼくが着てもおかしくないカジュアルな服を紙袋いっぱいに調達してきた。そのほとんどが近所の古着屋で安く仕入れたものだ。
 期待と自信輝く目で「だまされたとおもって着てみ?」と促されしぶしぶ洗いざらしのシャツに袖を通してみたら、古着だけに着心地はごわつきいまいちだったけれど、当初覚悟していたほど不恰好じゃなく拍子抜けした。
 ついこないだまで「着れればいいや」の安直な方針で数年前母が買ってくれたものを二・三日サイクルで着まわしていた。まめな洗濯は面倒臭い、クリーニングに出す金も馬鹿にならない、徒歩三分のコインランドリーに行くのだって社会不適合者には厳しい。オタクひきこもりニートな一人暮らしを続けるうちに不精が慢性化し嗅覚が麻痺し自分の体臭もあんまり気にならなくなった。
 もともとぼくなど何を着ても似合わないというコンプレックスから来る先入観が強く、色やがらにこだわらずリラックスできる着心地を一番に優先し、伸縮性に余裕を持たせた生地で作った服を好む傾向があった。
 春夏・秋冬兼用で着れるだぶだぶトレーナーや縫製の甘いジャージで過ごすのはらくちんだが、室内着はそれでよくても人前に出るのは却下とダメだしされ、この頃外出時はヒモが見立てた服を着ている。
 今日の服装は茶系のカッターシャツと黒に近い灰色のズボン、質素で清潔な身なり。上着もズボンも……じゃない、トップスもボトムも小金井が選んだもの。シャツの裾はしまわず外に出し、だらしなくない程度にラフに着崩している。
 イメチェンした自分が行き交う人々の目にどう映るか意識するあまり足取りがぎくしゃくとして挙動が不審を呈す。
 みっともなくないだろうか。
 どうも口の上手さに乗せられた感が拭えず、視線の重圧を内に抱え込む猫背で首をうなだれ立ち尽くせば、自称ヒモ兼専属スタイリストが頭のてっぺんからつま先まで自分好みに磨き立てたぼくが審美眼に適うか検分し、軽く頷き指で輪っかを作る。合格点。
 「俺の目に狂いはなかった。東ちゃんやっぱオレンジ寄りの茶色が似合う」
 「からかわないでください」
 「マジマジ。もとから地味だけど清潔な目鼻立ちが引き立って文系好青年てかんじ。単位取得に余念がない」
 「おだてたってあかいカビしかあげませんよ」
 専属スタイリストを気取る小金井をそっけなくあしらうも一方で含羞と感謝の念にくすぐられ、どんな顔をしたらいいかわからなくなる。
 「でもなあ、なんかこう……」
 「なんですか?」
 「真面目すぎ?遊び心がたんない」
 おもむろに手がのびる。
 「一番上は開けといたほうがいっか」
 抵抗を許さぬ緩やかさで小金井が一番上のボタンを外せば、開いた襟から外気がながれこみ、首筋がひやりとする。
 「自分でできますよ、子供じゃないんだから!それにこれはとめといたほうがいいんです、露出狂じゃないんだから首なんかさらしたって楽しくありません」
 首に触れた指の湿り気を反芻し、もたつく手で一番上のボタンを嵌めなおす。 
 「えー、なんでさ。かたっくるしい」
 「いいんです」
 「首絞まってきつくない?」
 「いいんです」
 「締め付けられんのが好きなの?マゾ?」
 「―っ、だからあんたはどうしてすぐそう!」
 子ども扱いされた腹立たしさに声が尖る。
 頭皮とか首筋とか、こいつは敏感な場所ばかり触りたがる。しかも不意打ちで。卑怯だ。
 いつ小金井の手が悪戯だかお節介だかを仕掛けてくるか気が気じゃなくて、平常心維持の暗示に失敗して、穴に通したボタンを上の空でいじくりまわす。
 指を動かしてれば少しは気恥ずかしさが紛れるかと期待するもさっぱりで、隣に立つ小金井のささいな仕草や視線の角度を否が応にも意識してしまい、指の感触を覚えた首筋が襟と擦れささくれだち、強烈な羞恥に火照る。
 すれちがう人々の視線を感じる。
 小金井と出会う前はひとりでこのホームに立ち新宿行きの電車を待っていた。
 今も、人目は怖い。
 怖いが前ほどじゃなくなった、小金井といると人目を気にする暇がないのだ。
 ぼくは相変わらず世間さまから偏見の目で見られるひきこもりオタクニートで、人とすれちがうたびびくつく癖が抜けなくて、駅に来るあいだも自分の存在が他人を不快にさせてないか、卑屈な言動が体臭が雰囲気がただ通りすがっただけの人たちを不快にさせてないか、ひたすらそればかり気にし申し訳なさを味わっていた。
 けれども小金井は、そんなぼくをけっして急かさず置いていかず歩調を合わせてくれた。遅遅として進まぬリハビリに根気よく付き合ってくれた。
 この一ヶ月間、小金井と一つ屋根の下で暮らした日々を回想し奇妙な感慨に浸る。
 オタク狩りから助けた恩に着せ免許証とりあげ強引にアパートに押しかけた自称ヒモ、夜這い未遂前科一犯の要注意人物。
 素性も得体も知れず、掴みどころない笑顔と言動でひとを煙に巻く謎の男。
 対人恐怖症のはずだった。 
 他者との接触が苦手なはずだった。
 ひとの目をまっすぐ見れず、プレッシャーに起因する吃音癖と噛み癖のせいでまともに話すことさえ難しかった。
 なのに小金井はどうしてか、噛みまくりのぼくの話に最後まで耳を傾けてくれる。
 強引で、無礼で、軽薄で。
 漫画アニメラノベゲームに囲まれ閉じた生活に強引に割り込んでどっかり居座って。
 自由奔放なヒモに振り回される毎日は妥協と譲歩の連続で、どうかするとモンスターが出てくるRPGよりも発見と驚きと好奇心に満ち溢れて、こんな日々も悪くないかなと状況に流されやすい心の片隅で漠然と思い始める。 
 一週間前、切られた前髪の涼しさにもようやく慣れてきた。
 「小金井さん、その……ぼく、ヘンじゃないですか」
 「ヘンて?」
 「匂いとかしません?」
 「東ちゃん、最近ちゃんと風呂入ってんじゃん。だいじょーぶだって」
 「だいじょうぶ……かな」
 前髪を指で梳いて心許なく呟く。
 小金井に髪を切ってもらった日から一日一回欠かさずシャワーを浴びてる。
 アパートの風呂は狭苦しく自由に足も伸ばせないし、水道代節約もかね三日に一回と決めているが、シャワーを使い入念に体を洗うだけで格段にさっぱりした心地になるのは新しい発見だった。
 ゲーム攻略とガンプラ製作でかいた汗を流しシャンプーなんて上等な物はないから石鹸で代用し髪を洗い、できる範囲で衛生を心がけるようになった動機は、兄さんの正論な説教。
 『身だしなみは社会人の規範だ』
 『そんなことでどうするんだ、お前は』
 『甘えるんじゃない』
 ぼくが変わればまわりの見る目も変わるだろうか。
 変わろうという努力を少しでも認めてくれるだろうか。
 兄さんやご近所さんを見返したいという反発心は見直してもらいたい向上心に結び付き、漫画アニメゲームラノベに囲まれた相変わらず自堕落な日々の中、食事・睡眠・シャワーは最低限習慣づけ、亀の歩みで生活のリズム修正を図っているのが現状だ。
 小金井と出会って内側にも外側にも新鮮な変化が訪れた。
 三歩すすんで四歩さがる後ろ向きな性格が三歩すすんで二歩さがる程度には前向きになったのも、底抜けに明るく楽天的な小金井の影響だ。
 そのうち人目を気にせず堂々と出歩けるようになるかもしれない。
 今隣に立つこの男のように、ぼくも。
 「あ」
 向こうからメールを打ちつつ会社員がやってくる。
 衝突を予期し脳が警報を発するも、右へ行くべきか左にどくべきか回避の判断が遅れる。
 仮想敵と丁々発止攻防を演じるが如く右足に左足に重心を移すあいだも大股に距離は縮まり、とうとう会社員が目の前にくる。
 ぶつかる。
 「―っと、危ね」
 小金井がぼくの肩を抱きさりげなく庇う。
 最前までぼくが突っ立っていた場所を会社員が足早に通り抜けていく。
 メールを打ちながら歩き去った男を見送り、小金井が冗談ぽく腕の中をのぞきこむ。
 「スラダンごっこ?」
 「リバウンド王にぼくはなる」
 じゃなくて。 
 「今の人とゲーム中の東ちゃん、どっちが集中力上かな」
 「ぼくに決まってます」
 どうしてぼくはこう何度も何度もおなじ間違いをする、いい加減反射神経が磨かれてもいい頃合なのに。小金井も小金井で、頼んでもないのにどうして毎回同じことをするんだ?
 素直に礼を言えない自己嫌悪に下を向く。
 甘やかされる心地よさと不甲斐なさに唇を噛めば、小金井の手がすっと肩から離れていく。
 「電車来た」
 アナウンスが朗々と響き、ホームに失速した電車が滑りこんでくる。
 電車の扉が空気の抜ける音とともに開き、人が忙しく乗り降りする。 
 先に歩き出した小金井を追い、矩形のドアから中に乗りこむ。
 一口に八王子駅といってもJRと京王の二種類路線があるが、秋葉原に出かける際は後者を利用する。
 京王線の方が停まる駅が少なく速いし安上がりで財布に優しい。そもそも京王線の名称は東京と八王子を結ぶ鉄道である事実に由来する。
 シルバーホワイトの胴体に赤紫の横線の入った京王線の中は両側に座席が分かれ、これぞ不況の煽りに負けぬ資本主義の本領という感じで吊り広告が端から端までぶらさがり、春の新色と気が早く銘打たれた化粧品の売り上げにいくばくか貢献する。
 小金井が早速シートに腰掛け足を放り出す。
 その横に肩身狭く腰掛ける。
 のんべんだらり緊張感のかけらもない弛緩しきった体勢でシートに凭れ小金井が言う。
 「でっかいリュックおぶってるけど秋葉原でなに買うの」
 よくぞ聞いてくれた。
 「ぼくが尊敬する原型師ハクトさんが自信作と銘打った美少女フィギュアがまさに今日発表されるんです」
 「前から気になってたんだけどさー、原型師ってなに?ガンプラ作る人?」
 「ガンプラなら小金井さんだって作れるでしょう」
 「楽勝だあね」
 しれっと嘯く小金井。これだから素人はてんでわかっちゃいない。
 原型師の意味も知らずきょとんとする小金井に偉ぶって人さし指をたて、滔滔と説明する。
 「原型師とは量産品の模型の原型となる塑像を製作するという職能を持つ人、いわゆるプロフェッショナルな職人です。原型師の歴史は新しく遡ること1980年代初頭、ガレキの台頭に伴い認知が広がりました。原型師の始祖は荒木一成、このひとはガレキや食玩で有名な海洋堂の社員でありながらホビージャパンに取り上げられたほど造形作家です。同じく海洋堂古参の原型師で世界的に知られているのがBOME、この人は美少女フィギュアの完成度で一躍その名を世に知らしめた人です」
 「早い話フィギュアのもとを作る人ってこと?」
 「……まあ、ものすごーく乱暴にまとめてしまえば」
 身も蓋もない要約に脱力。ずれた眼鏡を押し上げため息を吐く。
 「今日は秋葉原でぼくが尊敬する原型師ハクトさんの新作お披露目会があるんです。ハクトさんといえば美少女アニメキャラのフィギュアに定評ある気鋭の職人、とくに彼が作ったちびうさフィギュアはスカートのあざとさ一歩手前の捲れ具合からして最高の出来。タートル仙人さんもハクトさんの大ファンなんですけど地方に住んでるのと仕事が忙しいのとでなかなか上京できないからイベントオチ報告たのむって」
 「タートル仙人て誰?」
 「ぼくがよく行くチャットの常連さんです。すごいんですよ、タートル仙人さんは!フィギュア黎明期、まだ原型師なんて言葉が存在しなかった時代から隆盛を見守ってきた歴史の生き証人です。美少女フィギュアに賭ける情熱はぼくに勝るとも劣らず、ハクトさんがネットでほそぼそ作品発表してた頃サイトの掲示板に書き込んだ経験あるっていうんだからすごさがわかろうというもの。あ、そうだ、仙人さんが布教してくれたラノベの漫画版出るんだった!作画担当がエロ漫画家のKEIなんですよね、むちむちぷにぷにの女の子を描かせたら今のエロ漫画界いちと評判の。フラゲ亡者どもに踏み倒されてもゲットせねば……そだ、葉鍵の新作も」
 秋葉原に着いてからの行動を指折りシュミレーションするぼくの隣で、小金井が憮然とする。
 「どうしたんですか小金井さん」
 「東ちゃん楽しそうだね。俺にはぜんぜんわかんねーのにさ」
 小金井がむくれる。
 理解できない話を延々垂れ流され拗ねてしまったらしい……ガキっぽいひとだなあ。
 「そっちが先に聞いたんじゃないですか」
 言い返せば不服そうに口を尖らし、靴の爪先をなげやりにぶらつかせる。
 小金井でも疎外感を覚えるなんて意外だった。そういうデリケートな感性とは無縁のとことん鈍感で無神経な男に見えたのに。 
 自分がついていけない話を饒舌に展開された腹いせにふてくされそっぽを向く小金井に、遠慮がちに申し出る。
 「あの、よかったら小金井さんもチャットきません?きっとみんな歓迎してくれますよ」 
 「え?」
 リズムを刻む爪先がとまる。頬杖を崩し、目を点にしてこっちを向く小金井。
 はやまったかと後悔の念が過ぎるも一度出た言葉はもどせず、ええいままよとゴリアテから飛び下りる覚悟で自分を急きたて続ける。
 今こそゴミの意地とプライドを見せる時だ、八王子東。ムスカに笑われたってかまうもんか。
 「ほら、昼間ヒマだし……ドラクエの経験値ももう既にМAXだし、格ゲーオチゲー対戦ばっかじゃ飽きるでしょ?小金井さんがチャット覚えたらみんなとも話せるし、ぼくがチャットしてても一人でヒマを持て余さずにすむし、一石二鳥じゃないかなって」
 つっかえつっかえ最大限の勇気を振り絞り、一度チャットに来てみないかと小金井を誘う。
 少し前までぼくにはチャット友達しかいなかった。
 その友達だって実際会った人はひとりもなく、画面越しの付き合いで完結していた。
 これまではそれで十分満ち足りていた、不満なんかなかった。
 画面越しの付き合いのほうが気が楽だ。
 タートル仙人さんもハルイチさんもまりろんちゃんもそれぞれ個性的で話題が豊富で、何時間ぶっ続けでしゃべっても飽きなかった。
 オフで小金井と暮らし始めてチャットに行く頻度が減った。
 チャットの仲間には一応居候の存在を明かしてあるが、まりろんちゃんなどよくも知りもせぬ小金井の事を「怪しい怪しい」と色んな意味で邪推し、話の分かるハルイチさんやタートル仙人さんも「警察に相談したほうが」と懐疑的に助言する。
 小金井がチャットに来て皆とうちとければ誤解もとけるし、ぼくは現実と虚構の板ばさみのジレンマから解放されオンとオフを両立できる。
 オンの交友もオフの人間関係も等しく大事にしたい。
 以前は迷わずネットを優先したが、最近は小金井に感化されどちらか一方を選び取るのではない共存の方向を模索しはじめた。 
 ぼく個人としても奇妙な同居人をチャットのみんなに紹介したい気持ちがあった。
 思いつきで口走った言葉がさも名案のような錯覚をきたし、両手を広げてかき口説く。
 「だいじょうぶ、心配いりません。タートル仙人さんもハルイチさんもまりろんちゃんもすっごくいい人です、きっとあったかく迎えてくれます。タートル仙人さんはチャットの面子の中じゃ最年長の兄貴肌で頼り甲斐あるし、本職がシステムエンジニアだけあってPC関連にすっごく詳しいんです。ハルイチさんはぼくと一番年が近くて今は……専門学校生だっけ?鳥取から上京して麻布に住んでるらしいんですけど、人当たりが柔らかくて話しやすいし、すぐ仲良くなれますよ。まりろんちゃんはすぐ男同士をくっつけたがるミーハー腐女子だけどテンション高くて楽しいし紅一点アイドル的存在で」
 「……でも俺、漫画やアニメわかんねーし。東ちゃんほどゲーム詳しくねえし、絶対浮くよ。話ついてく自信ない」
 精一杯の説得を試みるぼくを頬杖ついて眺め、苦笑まじりにはにかみ伏せた目に逡巡の光がちらつく。
 ためらう素振りが新鮮でいつもと立場が逆転したような優越感に心が浮き立つ。
 気乗りせぬ曖昧な態度でやんわり提案を受け流す小金井にこぶしを握り食い下がる。
 「小金井さんなしですよ、そういうのは。さんざんぼくの生活ひっかき回しといていまさら遠慮してみせたって通じませんからね、一度チャットに来るべきです。みんな小金井さんに会いたがってるんです、ぼくが秋葉原で拾った自称ヒモに興味津々で、とくにまりろんちゃんが連れてこい連れてこいってうるさくて……タートル仙人なんかけしからん、説教してやるって大層お怒りで」
 
 「東?」

 熱弁を遮る声。
 反射的に顔を上げ振り返る。
 向かいの座席から今しも立ち上がった一人の青年が、だらけてこっちに歩いてくる。
 だれだっけ。
 突然名前を呼ばれ戸惑う。
 目の前の顔と記憶が噛み合わず首を捻るも、青年が自分の顔を指さした瞬間、脳裏にフラッシュバックが炸裂。
 「俺だよ、俺。わかんね?中学で一緒だった黒田」
 
 『いい年してアニメに夢中で気持ち悪いんだよネクラオタク』
 『取り返してみろよ』

 「…………………あ………」
 いじめの主犯格の元クラスメイト。
 出発のアナウンスが入り、電車の扉が閉まる音を上の空で聞く。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010225140417 | 編集

 「東?」
 条件反射で身が竦む。
 対面の席から立ち、イマドキ風の青年が片手を挙げ無防備に歩いてくる。
 「あ………」
 『キメエんだよネクラオタク、死ねよ』
 『さわんな、病原菌が伝染る』
 『こんな安物にマジんなってばっかじゃねーの、くだんねえ。壊れたらママンに泣きついて新しいの買ってもらえよ』
 脳裏でストロボが焚かれる。教室に渦巻く嘲笑が耳の奥に響く。
 二度と思い出したくなかったでも一生忘れられない毎日が地獄みたいだった中学時代が克明な白昼夢さながら鮮烈に像を結ぶ。
 二重写しのフィルムのように目の前の顔と記憶の中の顔の輪郭がぶれてだぶって目鼻立ちがぶれてだぶって現実が焦げつき焼き切れていく。
 目に映るものが信じられない。嘘であってほしい、悪夢であってほしい。
 ぼくはきっとシートの固さが気持ちよくて電車の揺れが心地よくて今日はいい陽気でうたた寝してるんだ、きっとそうだ。
 自分が見ているもの触れているものに疑いをもつ、五感が信じられなくなる。
 目は現実の受容器、眼球から飛び込んだ情報は神経を介し脳で分析される前にブレーカーが落ち遮断される。
 パソコンの強制終了に似た暗転、完全な空白、思考停止状態。
 眼前の光景から現実感が剥ぎ取られ欠け落ちて虚構とリアルが反転したような錯覚を来たす。
 こっちを見詰める乗客の顔は妙にのっぺりのっぺらぼうで反応が鈍く天井からぶらさがり振動に合わせ揺れる吊り革も吊り広告もよく出来た芝居のセットみたいで自分以外の人間は皆エキストラで脇役で生きて呼吸してる人間はぼく一人のような妄想が強迫観念を助長する。
 イマドキ風の茶髪に染めた同年代の青年の顔には言われてみれば確かに見覚えあって、名乗った名前にも確かに覚えがあって、だけどそれはもう二度と思い出したくない何年も脳に負荷をかけ圧殺しようと努力し続けてきたものでだからこんなふうにして現実に遭遇するはずない再来も再会もするはずがない。
 座席から半端に腰を浮かせ黒田と対峙する。口パクで発声を試みるも動転のあまり声がでない。
 硬直するぼくをよそに黒田は楽しげに笑う、あたかも同窓会の予行演習といった感じで屈託なく。
 「ひさしぶりだなーおい、何年ぶりだ?」
 なんでそんなふうに笑えるんだ?
 ぼくにあんなことをしておいて
 電車内で偶然再会した元同級生、中学時代のクラスメイト、陰湿を極めたいじめの主犯格。
 ぼくが大切にしていたアニメキャラのキーホルダーを奪い窓から投げ捨てた張本人は、当時の面影を宿す笑顔を浮かべ、頭のてっぺんから爪先まで変わり映えしたぼくをざっと眺める。
 「どうしたんだよ、何か言えよ。ひょっとして俺のこと覚えてない?ひでえな、同じクラスだった」
 「おぼえてる……よ」
 ようやく、それだけ言う。
 忘れたくても忘れられない顔と名前、もう八年も前の出来事なのに今だに夢でうなされ汗みずくで飛び起きる。
 思い出す夢、慢性的な悪夢。
 夜毎ぼくを苛む夢の中に現れるクラスメイトはのっぺらぼうで空白の顔下半分に嘲笑の切り込み、ぼくを取り囲み罵声を浴びせ殴る蹴るの暴行を働く。床に這い蹲り両手で頭を抱え身を丸め、嵐が過ぎ去るまでひたすら耐えに耐え抜く。
 無力感、屈辱感、敗北感。
 プライドはぎたぎたに切り刻まれて
 しっかりしろ、理性を保て。
 平常心を保って、平静を装って、なんでもないふうに対応するんだ。
 横目で窺えば小金井が不思議そうな顔をしている。 
 頬杖をくずし、愕然と立ち尽くすぼくと見知らぬ男を見比べる。
 小金井の胡乱な視線が横顔に突き刺さる。
 プラスチックのお面じみて目鼻立ちが精巧な割に無個性で無表情で乗客の顔、顔、顔、コンパクトを覗き化粧を直すOLの無関心な顔主婦の迷惑そうな顔ブルゾン姿の中年男の居眠りする顔そのどれも全く違うのに個性と人格を欠いた量産品に見えるのはなんで?
 驚愕、混乱、動揺……その他の感情で塗り隠せぬ恐怖。
 「えーと、八年ぶり?偶然だな、ホント。まさかこんなとこで会うたあおもわなかった。俺?今からガッコ、大学行くの。二限目から。一限は教授の事情で休講で……」
 黒田は嬉々として自分を指さし、聞いてもないことを勝手にしゃべりだす。
 八年ぶりに再会した喜びか奇遇の気安さからか、ぼくが知りたくもない聞きたくもない自分の現在事情を饒舌にしゃべる黒田に曖昧な笑みを返す。
 顔面神経痛の発作じみた歪んだ笑み。
 「けどさあ、ふしぎだよなあ。これまで何回も京王線使ってんのにお前と会うの初めて。今おまえ何やってんの?大学?どこ?」
 出ない言葉の代わりに首を振る。
 「大学行ってないんだ。じゃバイト?」と詮索する黒田に、これも弱弱しく首を振って否定。
 巨大な車輪が枕木を噛む断続的な振動が靴裏に伝わりガタンゴトン催眠術じみた単調で鈍重な音が轟く。
 逃げたい。
 今すぐ電車から飛び下りたい。
 今から全速力で先頭の運転室に走って車掌に頼み込めば止めてくれるだろうかガタンゴトン開いた扉から線路にとびおりてもと来た道を駆け戻るアパートまでガタンゴトン仮病を使って盲腸でガタンゴトンいやだめだそんなことできるわけないガタンゴトン一度走り出した電車は次の駅に着くまで停まらないガタンゴトンなら窓でもいいから早く!
 ガタンゴトン重低音と一定間隔の振動を伴い電車はスローモーションを体感する速度で進む。
 脂汗を垂れ流し、腰を浮かせ半端な姿勢で立ち尽くすぼくを、乗客が不審な目で眺める。
 どうか頼むから見ないでくれ、こんなみっともないぼくを見ないでくれ、後生だから無視してくれ。
 狂気を発さんばかりに一心に祈り念じる。
 方々から浴びせられる乗客の視線、車内でうるさくしゃべる黒田を迷惑そうに見るついでに非難がましくぼくを一瞥する。
 こいつの友達だとおもわれてる?
 勘違いもいい所だ、黒田はー……
 『ちゃんとおさえとけよ、動かないように』
 耳に忍び込む粘つく声。
 『暴れんなよ東、可愛くしてやるから』
 悪意滴る声、嗜虐の笑み。
 体育館用具倉庫の暗がり、生徒の汗と体臭が染みついた固くしけったマットレス。
 両側の座席を埋めぼくを取り囲む数多の顔がぐにゃり歪んで溶解したプラスチックの仮面の向こうから中学のクラスメイトの顔が暴かれる。
 ここは電車の中じゃない、あの日の放課後の体育用具倉庫。
 固いマットに倒れこんだぼくを取り囲む翳った顔、顔、顔、何人もの同級生。
 隅に金網製のカゴがあってバスケットボールが詰め込まれていた、跳び箱があった、平均台がしまわれていた。
 叫んでも暴れても多勢に無勢でむだ、先生は気付かない。引き戸は閉めきられた。だれも助けにきてくれない。
 もがいてあがいて必死に抗い暴れ狂うぼくをあの時にやつき押さえ込んだのは
 「なんか雰囲気変わった?色気づいちゃって」
 イメチェンしたぼくの身なりを不躾に眺め回し、黒田が意味深にほくそえむ。
 からかうような笑みを浮かべ接近しおもむろに手を伸ばす。
 「!!」
 殴られる。
 直感し、中学時代と全く同じ動作をなぞり腕を交差させ掲げるも予想を裏切り衝撃は来ない。
 髪を引かれる違和感。
 黒田が作為を感じさせぬ自然さでぼくの前髪を一房摘みしげしげ見詰め冗談めかし呟く。
 「髪も、前は脂でぺったりしてたのに。彼女でもできたか?」
 ぼくにさわるな。
 そう叫び突き飛ばしたい衝動を自制の限り抑圧する。
 心を許せぬ相手に無許可で体の一部をさわられる生理的嫌悪が燃え広がって殺意が湧く。
 小金井に触られたときは嫌悪も抵抗もそんなになかったのに、黒田にちょっとつままれただけで怖気をふるう。
 黒田の指が髪に吸いつくのを感じてしまう。
 感覚も神経も通ってない髪をしつこくいじくられ、シャツに隠れた肌が粟立つ。
 黒田が髪をいじくり回せば背筋をなで上げられるような悪寒が走って背中が鳥肌立ち、アレルギー性皮膚炎でも患ったように頭皮が痒くなる。
 「ぱさぱさしてるな、髪。石鹸で洗ってんの?」
 『大人しく脱げよ、手間かけさせんな』
 調子に乗った高笑い、貧弱で薄っぺらい肩を押さえ込み力尽くで学ランを剥いでいく。
 距離が近い、互いに息がかかるほど近いのに親密さより威圧を感じるのは被害妄想か。
 黒田の手を振り払い突き飛ばしたい、勇気が出ない、黒田の手が髪と接触したとたん堰を切ったように忌まわしい思い出がよみがえって恐怖がぶりかえして調教済みの体が先に屈服する。
 頼むからお願いだから放してくれもう放っておいてくれガタンゴトンぼくをひとりにしてくれガタンゴトンかさぶたを無理矢理はがされ傷に塩をすりこまれる激痛に心が悲鳴をあげるガタンゴトンいや、かさぶたなんか張ってなかった、ぼくの傷口はぐちゅぐちゅに膿んで腐臭を発して、その耐え難い匂いがすれ違う人にいやな顔させてガタンゴトン『臭いんだよ、お前』『責任とって死ね』ガタンゴトンそうだぼくは臭い髪も体もどこもかしこも全部余すところなく臭い、臭くて臭くてたまらないだから誰も寄ってこない誰も彼も先生も生徒も遠巻きにする教室でも世間でも疎外され迫害され孤立してガタンゴトン
 「そうだ彼女で思い出した」 
 黒田は勝手に話を進める。
 相槌が得られなくても返事が返らなくてもそんなことお構いなしにマイペースに、この男はもとからそうだった中学時代からちっとも変わってないぼくの意見なんかさっぱり無視して自分の中だけで話を進める癖があった。
 黒田がジーパンの尻ポケットをまさぐり、携帯のフラップを開いてぼくの肩を抱き寄せる。
 強引に肩を抱かれ足が縺れよろめく、接触の嫌悪と不快さに筋肉が強張る。
 黒田がぼくの方へ小さい画面を向ける。
 「中学ん時、同じクラスに須藤っていたろ」
 須藤さん。
 その名前だけは、忘れるはずがない。
 黒田のねちっこい吐息を耳朶に感じる。
 「俺たち今付き合ってんだよ。高校が同じでさ、それでなんとなく」
 液晶の待ち受け画面に、黒田と、見覚えある少女が映っていた。 
 当時の面影を色濃く残す可憐な顔立ち。
 それは確かに、成長した須藤さんで。
 髪を茶色く染め短くしてたけど、見間違えるはずがなくて。
 画面の中ふたりは仲良く寄り添い黒田はだらしなくにやけまくり須藤さんははにかみ、どこか遊園地で撮ったらしく須藤さんは紙コップを手に持ち、黒田は須藤さんがよそ見した隙にストローからジュースを飲んでいた。 
 「変わったろ須藤。中学ン時よりずっと可愛くなった」
 黒田の声が遠く聞こえる。
 鼓膜が真空に閉じ込められ、酸素の濃度が急に薄くなって、ひどく呼吸がし辛い。
 液晶から目を放せないそらせない放したいのにどうして鈍感に無神経に蒸し返す傷をえぐる、こんな最悪の形で。
 知りたくなかった、こんな事。
 会いたくなかった、こんな奴。
 放物線を描き窓の外へ消えるキーホルダー、クラスメイトの笑い声、閉じ込められた体育用具倉庫。
 「あれ、そういえばおまえ須藤のこと」
 
 
 「さわんな」

 
 強く腕を引かれ、逆らえず倒れこむ。
 小金井の膝に倒れこんだ事を自覚し、虚脱した動作で顔を上げれば、本人はぼくの肩に両手を置き、座ってろと促し立ち上がる。
 「なんだよ、お前」  
 「東ちゃんのダチ」
 「へえ、ダチなんていたんだ」
 あからさまに馬鹿にした笑い方。本質は中学時代から変わってない。
 鼻白む黒田に詰め寄り、小金井が一転鷹揚に言う。
 「電車の中で騒いじゃだめってお袋さんに教わらなかった?」  
 「俺はただひさしぶりに中学のクラスメイトと会って、懐かしくて……そっちこそ、関係ないヤツは引っ込んでろよ」
 「言ったろ、ダチだって。関係大あり」
 小金井の眼光が底冷えする凄みを帯びる。
 顔は相変わらず軽薄に笑っているが、その笑みが注意して観察せねばそうとわからぬ程度に薄まり殺気を放つ。
 「消えてくんないかな」
 「な………」
 「目障りなんだ」
 淡々と言う小金井に対し、黒田の顔が怒りで赤く染まる。
 しかし小金井は動じず、指の先から寸刻みで生まれてきたことを後悔させる酷薄な目と淡白な笑みの取り合わせで命じる。 
 一触即発の緊張感に居合わせた乗客が息を呑む。
 隙だらけ弛緩した立ち姿から滲み出る抑えた殺気と眼光の牽制に気圧され黒田が舌打ち、携帯をポケットに突っ込み、最後に「くそっ」と毒吐き車内を突っ切っていく。
 追いたてられるようにして隣の車両に移った黒田を見送り、座席に片腕かけへたりこむぼくへと向き直り、中腰の姿勢で語りかける。
 「だいじょうぶ、東ちゃん。ひでえ顔色……」
 限界だ。
 『次の駅でお降りのお客様は足元に十分お気をつけください』 
 極限まで膨れ上がった吐き気が胃袋を圧迫する。
 駅到着を告げるアナウンスが響き渡り、網棚からケースを下ろし子供の手をひき三々五々降りる準備をし始めた客をよそ目に、排気音を伴い扉が開くと同時に猛然と駆け出す。
 「東ちゃん!?」
 背後で小金井が呼ぶも決して振り返らず口元を押さえ、ホームを行き交う人のあいだを走りぬける。
 肩や肘や腕がすれちがった人にぶつかりスーツの会社員が「なにすんだよ!?」とヒステリックな罵声をあげ「何あれー超必死なんだけど」「トイレ?」と女子大生が黄色い声で指さすも振り向かず階段を駆け上がる。
 運動不足の体に全力疾走は辛く肺活量はすぐ限界を迎え酸欠で視界が明滅、老若男女で賑わうホームの雑踏をかいくぐりお馴染みの標示をさがす。
 駅なんだからどこかに絶対……
 「!」
 床を蹴り加速。
 頭を低めた前傾姿勢で雑踏を突っ切ってホームの片隅に設けられたトイレに飛び込む。
 ハンカチで手を拭きながら出てきた男性が目を見開くも今はどうでもよくて、入れ違いにとびこんで、個室にも小用の便器にも行かず手洗い場に突っ伏し
 「!!げぼっ、」
 込み上げたものを一気に吐き出す。
 洗面台に顔を突っ込み嘔吐、小金井が作ってくれた朝食を全部吐き出す。
 口の端から胃液が粘り糸を引く。
 縁を掴み吐き気に耐える背後に人の気配、上目で見上げた鏡に小金井が映る。
 「東ちゃん、どうしたの。電車酔い?気分悪ィの?」
 鏡の中で小金井が動く。背後に立ち、気遣わしげな面持ちで背中をさする。
 吐寫物の飛沫が跳ねた顔で凝然と鏡を見詰める。
 小金井の手『ちゃんとおさえこんでろよ』『可愛くしてやるから』黒田の手、体を押さえつけるいくつもの


 「さわるな!!」


 小金井の優しさを、全身で拒絶する。
 ようやく戻った声で絶叫し、背中をさする小金井を乱暴に振り払う。
 予期せぬ仕打ちに避けるのも忘れたか、壮絶な形相と剣幕に気圧されたか、突き飛ばされた勢いを殺せずトイレの床に尻餅を付く小金井。
 らしくもなく呆然と床にへたりこんだ小金井に背を向け、蛇口を捻り、吐寫物を流す。
 排水溝に渦巻き飲み込まれていく水を虚ろな目で眺め、乱れた呼吸を整え、口の端を手の甲で拭うもまた吐き気が込み上げる。
 「うぐぁ、」
 胃が痙攣、喉が収縮、背中が撓り再び嘔吐。
 吐き気がやまない。食べたもの全部吐き出して、胃は空っぽで、もう胃液しか出なくて、それでも吐いて吐いて吐き続ける。胃を痛めつけるような無茶な吐き方。
 吐いては蛇口を捻り流す反復作業を繰り返す。
 手の甲でくりかえし口を拭い、漸く少し気分がマシになって洗面台に凭れ顔を上げ、鏡に映った自分の顔に絶句。
 酷い顔色。小金井の言う通り。
 冷え切った脂汗でべとつく顔を力なく拭う。
 黒田が摘んだ前髪が額にへばりつく不快さに顔が歪む。
 背負ったリュックの重さを支えきれず足が縺れ、洗面台に寄りかかるようにしてその場に膝を突く。
 「げほがほげほっ」
 激しく咳き込む。
 黒田が触れた髪が肩が気持ち悪い。消毒したい。
 涙腺が開いて目に涙が滲む。
 トイレの不衛生な床に前屈みに突っ伏し苦痛を伴う咳の発作に耐えるあいだも瞼の裏に黒田の笑い顔と写メがよぎり、理性が一片残らず蒸発しどす黒い憎悪が荒れ狂い頭がどうかしそうになる。秋葉原どころじゃない、いやだ、もういやだ、うちに帰りたい、頼む帰らせてくれ。なんでもするから……やっぱりぼくは外に出ちゃいけなかった、ずっと部屋にこもってるべきだった、部屋にいる限りは守られてる、安全だ。

 なんで扉を開けた?
 なんで階段を降りた?
 なんで券を買った?
 なんで改札を抜けた?
 なんで電車に乗った?

 「改札が、閉まれば」
 どうして今日に限って閉まらなかった、勝ったって何の意味もないのに。
 意志なき改札を呪い、ふと気付く。

 小金井が余計なことさえしなければ、
 お節介で前髪を切ったりしなきゃ気付かれなかったんじゃないか?

 場違いだったんだ、身の程も弁えず外に出てくるからこんな事になった、知りたくもない真実を思い知らされる羽目になった。

 顔を濡らす液体が汗なのか鼻水なのか涙なのかそれさえ判別つかない。
 震える手で洗面台の縁を掴み、言う事を聞かない膝を叱咤し立ち上がるも、一歩踏み出すと同時に足から力が抜ける。

 こんな目にあうなら、一生ひきこもりでいい。

 「ほっといて……ください」
 無意識に手を差し伸べ支えようとした小金井を制し、壁を伝い歩き、なんとか自力でトイレを出る。
 背に負ったリュックがずっしり重い。絶望的な重さに挫け、その場にへたりこみそうになる。
 小金井と暮らし始めて、毎日が楽しくて忘れていた。自分が本当はどんな人間か忘れかけていた。
 今日、電車の中で偶然出会った男が思い出させてくれた。
 八王子東がどれだけみっともない人間か、臭くて汚くて恥ずかしい人間か、ひきこもっていたほうがどれだけマシか知れない人間か、ただそこにいるだけで人を不快にさせる病原体か。

 八王子東は、死んだほうがマシな人間だ。

 膝が笑う。歩行に忍耐が伴う。
 胃は軽いのに背中は重くて、バランスが取れなくて、一歩前に踏み出すだけで意志の力を総動員する現状のぼくを眺め、トイレの床に無造作に足を投げ出した小金井がぽかんと呟く。
 「…………意味わかんね」

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010224012904 | 編集

 『東くんへ
  放課後体育用具倉庫で待ってます

                      須藤』


 可憐な丸文字の手紙。
 昼休みから数えて最低十回は読み返した。
 トイレで弁当を食べ終え昼休みを潰し、席に戻ったらこの手紙が置いてあった。
 封筒の表にデフォルメされたねこのキャラクターで直感、封を破って便箋を開き差出人を確信。
 いじめっ子に取り上げられないうちにと慌ててポケットにしまうと同時に前方の戸が開き、五時限担当の先生がやってくる。
 先生が背を向け板書する間、ノートをとりつつ斜め前に座る女生徒の横顔を追う。
 心臓が強く鼓動を打って今にも喉からとびだしそうで数式を解く先生の声が全然頭に入らない。
 女生徒が使うノートの隅に封筒に印刷されてあったのとおなじねこがちらつく。
 斜め前に座る女の子の頭がノートに数式を書き写すのに合わせ揺れるごと胸が高鳴り、筆圧が必要以上に強くなってシャーペンの芯がぽきぽき折れた。たぶんぼくの顔は赤くなってたと思う。横を通り過ぎた先生に「よそ見するな八王子」と教科書で頭をはたかれ笑われても、胸の内は不思議と温かかった。
 放課後、指定どおり体育館を訪れた。
 掃除が終わった体育館は静まり返っていた。今日は職員会議で部活がない……帰宅部のぼくには関係ないんだけど。
 だだっ広い体育館を注意深く見回す。
 『八王子くんて呼びにくいから東くんでいい?』
 二学期の席替えを終え、斜め前の席になった女子の第一声がそれだった。
 ぼくの前後左右の席になったクラスメイトは口を揃え「マジかよ」「最低ー」「イースト菌の隣なんて臭くてやってらんねえ、おれ明日から登校拒否するわ」とぼやいていたが、斜め前の須藤さんだけは気さくに笑いかけてくれた。
 須藤さんはクラスの女子の中でも可愛い方だと思う。ぼくの中じゃダントツ一位だ。笑うと覗く八重歯はけっしてマイナスポイントじゃない。
 睫毛は長いというより濃くて、ぱっちりした二重瞼で、色素の薄い虹彩が日を透かしてガラスみたいに光るのがとても綺麗だ。
 あんまり目立つほうじゃないけれど気立てがいいから男子にもそこそこ人気がある。
 ぼくは、ぼくも須藤さんが好きだった。須藤さんに恋していた。授業中気付けば須藤さんを目で追っていた、ノートをとる手を留守にして須藤さんの横顔ばかり見ていた。
 窓から射した陽射しが須藤さんの髪を淡い色合いに透かすのがすごく綺麗で、乳白色にぼやけた頬の輪郭がとても綺麗で、綿毛みたいなおくれ毛がすごく綺麗で、ぼくはぽかんと口を開け、しばしば間抜け顔で見とれていた。
 用具倉庫の扉が徐徐に近付く。
 体育館の入り口から倉庫までの距離がやけに長く感じる。
 一歩、また一歩……距離が縮むごと耳の中の鼓動が膨らむ。
 いつしか扉が目の前に迫る。
 緊張が頂点に達する。
 まだ扉を開けてもないのに……引き返すなら今だとだれかが耳元で囁く。
 取っ手を掴みかけた手を引っ込め、唇を噛む。
 ズボンのポケットの中、手紙の存在感を意識し、頬に血が上る。
 須藤さんもうきてるかな。
 中で待ってるかな。
 ひょっとして担がれたんじゃ……まさか、須藤さんがそんなことするはずない。
 須藤さんはほかのクラスメイトとは違う。
 「キモイ」「かっこ悪い」と罵倒する他の女子と違い、こんなぼくに普通に接してくれる。
 除け者のぼくにただ一人親切にしてくれる須藤さんにはずっと感謝していた。
 でもぼくはまともにお礼も言えず、まともに目を合わすことさえできなくて。
 ここで逃げ帰ったら今までと同じだ、なにも変わらない。
 臆病で卑屈な自分を変えたい。
 須藤さんの前に出ても恥ずかしくない八王子東になりたい。
 『よし』
 ひとつ頷き、慎重に取っ手を引く。
 『うわっ、こいつマジきたよ!引く!』 
 『あの手紙マジで須藤からのラブレターとか勘違いしちゃったとか?ウケるんだけどー』
 暗がりに慣れた目に映る光景と突如自分の身に降りかかった事態が理解できず、桟を跨ぎ、中に入りかけ硬直。
 跳び箱に腰掛け足ぶらつかせる男子、奥の壁にもたれ立つ男子、平均台に座る男子、隅っこで固まる女子数人、くすくす湧き立つ忍び笑い。 
 見慣れた顔。クラスメイト。なんでここに?
 『………っ、須藤さんは……』
 『ばーか』
 跳び箱から身軽に飛び下りたリーダー格の男子が、大股にこっちにやってくる。
 黒田。いじめグループの主犯格。
 こないだキーホルダーを奪われた記憶が甦り、反射的にあとじさり逃げる体勢に入るも、黒田が尊大に顎をしゃくり仲間をけしかける。
 ぼくは足が遅い。運動音痴で、とにかくどんくさい。昔から何もないところでよく転んだ。
 クラスメイト男子がよってたかってぼくの腕や肩を掴み後ろから中にひきずりこむ、上履きが桟にひっかかる、溝を噛む、でも踏みとどまれない。引き戸が勢いよく桟を滑り乱暴に叩き閉められ、固いマットレスに引きずり倒される。
 『だまされてやンの。ばっかでー』
 『東くんお手紙真に受けてきたのー?かわいそ』  
 『イースト菌の分際でめでたい勘違いしてんじゃねえよ、気色わりい』
 イースト菌。クラスで定着したぼくのあだ名。今では名字より呼ばれる回数が多い。八王子東だからイースト菌、安直なネーミング。
 『なん、で……手紙、須藤さんは……』
 『須藤ならあそこだよ』
 いた。
 黒田が親指の腹でさす方向を見やれば須藤さんがいた。俯き、けっして目を合わせようとしない。
 期待と不安が綯い交ぜとなった高揚が萎み、裏切られた絶望と失望に食い潰されていく。
 はめられた。
 『こんなとこ呼び出してなに』
 『遊び足りないんだよ、まだ』
 疑問を遮り、黒田が後ろ手に隠し持ったものを得意げに鼻先に突き出す。
 セーラー服。
 『な………』
 白地に赤いリボンを結んだセーラー服はうちの中学指定のものだけど意味がわからない。
 困惑の半笑いで黒田を仰ぎ、次いでまわりのクラスメイトを眺める。その含み笑いで、ようやく意図を悟る。
 『なあネクラオタク、お前ってコスプレしたことあんの?』
 『秋葉原とかでやるんでしょ。アニメキャラのかっこして表歩くとかよく恥ずかしくないね、信じらんない』 
 『女装とか経験済み?お前がこないだ鞄にさげてたキーホルダーも某アニメの美少女だよな、あーいうのに憧れてふりふりスカートはいちゃったりするわけ?きもっ、まじきもっ、想像しただけでおえっ』
 『だからさー……』
 一呼吸おき、黒田が提案。
 『実演してくンね?』
 逃げ出そうとした。
 咄嗟に身を翻し勢い余って蹴っ結躓き、すぐ跳ね起きて一目散に戸をめざすも足を払われすっ転ぶ。
 倒れた場所がちょうどマットの上だったのを幸いと男子がのしかかり、学ランを毟り取りにかかる。
 『やめっ、さわんな!』
 『さわんな?イースト菌の分際でおれらにタメ口かよ、いつのまに偉くなったんだ』
 『ナマいうと眼鏡壊すぞ』
 『黒田がせっかく姉ちゃんのお古のセーラー持ってきてくれたんだ、念願のコスプレできて嬉しいだろ?』
 汗臭く固くしけったマットレスが背中に当たる、体に絡みつく手を必死に払う、払っても払っても何度でも伸びてきてきりがなくパニックで頭が真っ白になる。外野の女子が甲高く笑う、薄暗く埃っぽい体育用具倉庫に笑いの渦が満ちる。無意識に須藤さんをさがす、須藤さんは爆笑する女子の輪に加わらずひとり離れ申し訳なさそうに俯いてる。
 『がんばれー東くん』
 『初女装期待してる!』
 『東くん色白だしーよく見ると割に可愛い顔してるからけっこ似合うかもよ?期待してる』
 無責任な歓声と野次が飛び交う。女子が互いにじゃれつきあってさも愉快げに笑う。
 男子が学ランの裾を掴み大胆に捲り上げる、荒っぽく胸ぐら掴まれ一番上のボタンがはじけ飛ぶ、抵抗と格闘の激しさを物語り眼鏡がずれ視界が歪む。誰かの手がボタンを外し上着を引っぺがす、誰かの手がボタンの外れ目からもぐりこみ素肌をまさぐる気色悪さに喉が引き攣る。
 『やめ、やめて……先生、だれか!』
 『こねーよ、先公なんか』
 『そうやってまたすーぐチクる。だからうざがられんだよ、お前』
 汗で湿る手の感触、黒田がのしかかり笑いつつシャツを毟る。
 クラスメイトの手を直接肌に感じ極限の恥辱と屈辱で理性が蒸発、めちゃくちゃに手足を振り回しなんとか遠ざけようと図れば、偶然その拳が黒田のこめかみを掠める。
 『あ、』 
 わざとじゃない。
 自分の身を守りたい一心に恐慌が陪乗した精一杯の抵抗はしかし、激烈な怒りを買う。
 こめかみを掠ったパンチに黒田が激怒、表情が豹変。
 一瞬で憤怒の形相と化し、ギンと剥いた目が殺気を放ち凶暴にぎらつく。
 『ふざけんなよ、イースト菌の分際でっ!!』
 高い音、衝撃。頬を張り飛ばされ眼鏡がずれる。
 両手で頭を庇い身を丸める、黒田の一撃を皮切りに男子たちが笑いながら殴る蹴るの暴行を加えだす。多勢に無勢、圧倒的人数差の前にひれ伏すしかない。マットの上で身を丸めるぼくに降り注ぐ殴打と蹴りの嵐、全身がひりついて意識が朦朧と霞んでいく……  
 『やめなよ』
 蚊の鳴くような声。
 薄目を開け腕の隙間からうかがう。
 ぴたり一斉に動きを止めた男子と女子の注目を浴び、所在なげに立ち尽くす須藤さん。
 水をさされた黒田が唇をねじって笑う。
 『いまさら味方ぶんなよ、須藤。イースト菌の友達だって勘違いされて、ハブられンのがいやで偽の手紙書いたくせに』
 『共犯だよ、お前も』
 『偽善者ぶんなっつの』
 『そうだよ須藤ちゃん、いまさら裏切んの?酷くない?』
 『イースト菌が好きなの?』
 『マジで?趣味わるー』
 『こんなキモオタにさあ』
 『ちが』 
 男子女子総出でひとりを責める。
 非難と罵倒の矢面に立たされた須藤さんが首振り否定し、何かを堪えるように顔を歪める。
 『私はただ、ここまですることないって……』
 『ならチクりにいけよ。そんかし明日からお前もイースト菌の仲間だからな』
 裏切り者。
 共犯者。
 須藤さんは見て見ぬふり。
 仲間はずれにされたくないから、同じ底辺におちたくないから、手紙で呼び出した生贄を見殺しにする。
 須藤さんはたぶん友達にけしかけられて手紙を書いて、ぼくのこと好きでもなんでもなくて、勝手に告白とか勘違いして
 『そっち足持ってズボン脱がせ』 
 『大人しくしろよ、可愛くしてやっから』
 『私ゴム持ってるよー。これで髪結お』
 体をべたべた這いまわる無数の手、手、手。
 のっぺりのっぺらぼう下半分の口で嗤う笑うクラスメイト、体に触れる手の気色悪さに全身鳥肌立つ、奇声を発し暴れるぼくの細腕を押さえ付け無理矢理シャツを引っぺがしズボンを脱がしていく。視界が突如暗転、頭からセーラー服を突っ込まれる。
 せめてズボンだけはと裾を掴み抵抗するもだめで、よってたかって下げ下ろされ、ついに足首からすっぽ抜ける。
 『うあ、やめ、おねがいだか、ら』
 助けて、だれか。
 先生でも生徒でもいい、だれかとおりかかってくれ!
 恥も体裁もプライドもかなぐり捨て一心に切実に願い祈る、この地獄から抜け出そうと必死にあがく。
 初めて好きになった女の子の前で学生服を強引に脱がされみっともないかっこをさらす。
 髪は激しい抵抗の痕跡をとどめ乱れ、殴られ蹴られた体はあちこち痛くて、耳の中でクラスメイトの邪悪な笑いが渦巻いて
 外気に晒された下肢が寒々しい。
 ズボンの代わりにスカートを穿かせ、仲間に指示してセーラーの裾を引き摺り下ろし、黒田が宣言。
 『完成!!』
 ドッと場が沸く。
 爆笑、嘲笑、拍手喝采。
 内股でへたりこみ、スカートの真ん中を押さえ小刻みに震える。
 足が寒い、股が寒い。自分が今どんなかっこしてるかわからない、知りたくもない。 
 『やだー似合うじゃん、今度から東ちゃんて呼ぼっか』
 『東ちゃん色白いしー、痩せてるしー、違和感ないよね?お肌すべすべだし』
 『援交すれば稼げるって絶対』
 『中二のくせに声変わりもまだだし余裕っしょ』
 『記念に写メっちゃえ。あとで友達にまわそ』
 女子が競って携帯を掲げシャッターを切り女装を強制されたぼくの痴態を写メる。
 須藤さんは全てが終わるまでひたすら顔を背けていた。
 女子の一人がボンボン付きのゴムでぼくの髪を縛る。
 今すぐ死んでしまいたい、消えてしまいたい。
 須藤さんが見ている。同情のまなざし。ぼくは、一体こんなところで何やってるんだ?
 嘘の手紙を真に受けて、嘘の呼び出しを真に受けて、ひょっとしたら告白かもしれないとひとり浮かれて、来てみたら案の定これだ。
 信じるんじゃなかった。
 体の表面と芯が視姦の恥辱に燃える。
 女の子座りで股を隠すぼくに付け込み、黒田が言う。
 『せっかく女装したんだからカンペキにしなきゃな』
 黒田の手が、スカートの下から覗くトランクスの裾へと伸びる。
 『!やめっ、』
 『聞いたか今の、レイプされる女みてーな声あげて』
 『東ちゃ~ん、怖くないよ~。脱ぎ脱ぎしまちょーねー』
 黒田がスカートを捲り、一斉にながれこんだ外気に下肢の毛穴が縮む。
 足を蹴り上げ暴れるも、男子ふたりがかりで押さえ込まれマットに固定され、黒田が陰湿に笑いゆっくり恥辱を煽るようにしてトランクスをおろしていくー……


 須藤さんと目が合う。


 暗い部屋。
 うっすら埃が積もった床に足跡が浮く。
 埃っぽくよどんだ部屋の至る所に漫画雑誌単行本ラノベが散らばりゲーム機のコードが這い回り、未完成のガンプラや無機質なフィギュアが戯画化された死体の如く累々と転がる。
 時間の感覚はとうに失せて今が夜か昼かさえ区別がつかない。
 何日も風呂に入ってないせいで自分が発する垢じみた体臭が鼻腔を突く。
 暗く不健康な部屋の中、唯一の光源はテレビ画面の青白く不健全な光。
 誰かが狂ったようにドアを叩く。
 『いつまでそうやってひきこもってれば気がすむ、母さんに心配かけるんじゃない』
 ドンドンドンドン
 『学校でなにがあったかちゃんと話せ、今日も先生がプリントを届けにきてくれたぞ』
 ドンドンドンドン
 『学校で何された?体の傷はなんだ?いじめられてたのか?』
 ドンドンドンドンうるさいうるさい乱打音が途切れなく重圧を与え続ける。
 ドアの向こうにいるのは兄さん、高校から帰ったばかり。そろそろ両親も見限り始めたぼくの部屋に制服も脱がず直行して聞き飽きた説教、代わり映えせぬ怒号をとばす。
 そんなに殴ったら手が痛くなるのに。修理費だって高くつく。
 麻痺した心の片隅で固い扉を殴り続ける手の心配をする。あの人なら本気で骨が折れるまで殴り続けそうだ。
 兄さんはこの頃学校から帰ってすぐ愚弟の部屋に寄って頼まれもしない説教をたれるのが習慣になっている。
 ドアの向こうで兄さんが何か言う、必死に叫ぶ。
 開けろ?出てこい?……何回目だろその台詞。外なんか出たってなにもいいことないのに。
 一生ベッドから出たくない。学校には二度と行きたくない。
 学校に行くくらいなら、死んだほうがマシだ。
 『………………』 
 ぼくは負け犬だ。痛いのは嫌い、死ぬのが怖くて自殺もできない。首吊りは汚いからいやだ、飛び下りは掃除する人に迷惑をかけるし第一高所恐怖症だ。何度か試したけどモデラーナイフじゃ手首も切れない。カッターは……刃を軽く手首に当てるだけで震えが来た。究極のびびりだ。
 廊下で電話が鳴る。
 ノックがやむ。
 漸く諦めてくれたかと安堵して体の力を抜く。
 電話に受け答えする声がかすかに届くけど、ぼくには関係ない。
 床踏み鳴らし兄さんが引き返してくる。
 今度は幾分遠慮がちにノックをし、低く言う。
 『東、お前に電話だ。同じクラスの須藤さんからだ』
 須藤さん。
 名前を聞いただけで心臓が止まる。
 不整脈を生じそうなほど動悸が激しくなり、全身の汗腺が開いて濁流の如く汗が噴き出す。
 肩に毛布を羽織ったまま、あたり一面に散乱した漫画や雑誌およびガンプラをかき分け、床を這うようにしてドアへ向かう。
 鍵を開錠する。ドアの隙間が薄く開き、兄さんがそこから電話の子機をさしいれてくる。
 『心配してかけてきてくれたんだ。逃げずに出ろ』
 両手で子機を受け取り、生唾を呑む。心臓の音がうるさくて、兄さんの声がよく聞こえない。
 手の中の子機をもてあまし見下ろす。
 逡巡と葛藤の末、慎重に耳を付ける。
 『………もしもし』
 久しぶりに出した声は、自分の声じゃないみたいで。
 みっともなく掠れ、聞き取り辛くって。
 一拍おき、押し殺した息遣いに紛れ消えそうにかすかな女の子の声が届く。
 『…………東くん?』 
 学校に行かなくなって、数週間ぶりに聞く須藤さんの声。
 子機に受話器を密着させる。子機を握る手がじっとり汗ばみ、沸いた血が頭にのぼり、冷却されまた爪先までおりてくる。
 どうしてだろう。
 あんなに好きだった須藤さんが名指しで電話をかけてきてくれたのに、全然嬉しくない。
 嬉しいとか哀しいとか正常に感じる器官がすっかり壊れてしまって、須藤さんの声が現実と同じ位薄っぺらく耳から耳へ通り抜けていく。
 『東くん、あのね、私……ごめんね』
 『…………』
 『東くんが学校こなくなったの、こないだのことが原因だよね。体育用具倉庫の。私……わたしが嘘吐いて呼び出したから、あんなことに』
 『…………』
 『あれから東くん来なくなって。先生に聞いたらずっと部屋から出てこないって、だから……謝らなきゃっておもって』
 子機のむこうから嗚咽が漏れる。
 しゃくりあげる須藤さんの謝罪を聞き、この状況にもっともふさわしい言葉を放つ。


 『死ねよ、ブス』

 
 鋭く風切る唸りを上げ平手が頬に炸裂する。
 『甘えるのもいい加減にしろ!!』
 こんなに怒った兄さんを見るのは何年ぶりだろう。
 感情が麻痺した心の片隅で漠然と考える。
 電話にむかって吐いた暴言を兄さんに聞かれてしまった。
 あせった兄さんが咄嗟にドアを開け放ち子機を奪い取るも、その時には既に、ぼくのほうから通話を叩ききっていた。
 須藤さんがどれだけショックを受けたか考えると楽しくて楽しくて笑いがとまらない。 
 兄さんの慌てた顔ときたら傑作だ。
 『はははははははっ』
 『なにへらへらしてるんだ東、お前……あの子はお前のこと心配してわざわざうちにかけてきてくれたんだぞ、それがどれだけ勇気がいることかわかってるのか、なのにお前は……ッ、ろくに話も聞かずあんな……』
 『兄さんが電話に出ろって言ったんじゃないか、気がすんだろ、ゲーム中なんだから出てけよ!』
 『ちょっとやめなさいふたりとも、ご近所さんに聞こえるじゃないの!!』
 騒音に血相かえた母さんが数週間ぶりにぼくの部屋に駆け込み、いきりたつ長男と抗う次男のあいだに割り込んで引き離そうと努めるも、下手な仲裁は火に油で、兄さんの怒りはおさまるどころかますます燃え立って、ぼくの胸ぐらを掴み足裏が浮くほど吊りあげる。
 『学校にも行かず一日中部屋にこもりっきり、勉強もしない、先生にも会わない、友達から電話がかかってきたら叩き切る!』
 『友達じゃない、友達なんかいない!!』
 『甘えるんじゃない、世の中で不幸なのはお前だけか、自分が一番可哀相か!?』
 『ぼくの不幸はぼくだけのものだ!!』
 世界のほかのだれが不幸だって知るものか、ぼくはぼくの不幸しか知らない、ぼくの不幸しかわからない。
 沸騰した激情に駆られ叫び返す剣幕に一瞬たじろぐも、反省の色皆無な態度に逆上し兄さんが怒鳴り散らす。
 『ならちゃんと理由を話せ、俺や父さん母さんが納得できるようきちんと説明しろ!お前がどうしてもいやだというなら無理に学校に行かせはしない、守ってやる、でもワケを話さずだんまりで一日中部屋にこもってんじゃどうしようもない、お前の生き方はただの怠慢だ!!』
 理由を話せ?簡単に言う。
 どうやったら話せるんだ、学校でいじめられたこと。学校につけていったアニメキャラのキーホルダーを無傷で返してもらいたい一心で土下座までしてでも報われなくて、好きな子に手紙で呼び出され告白と勘違いして用具倉庫にいったらいじめっ子が待ち受けていて、力尽くで服を脱がされセーラー服を着せられボンボンで髪を縛られ証拠の写メまで撮られた。
 大好きだった初恋の女の子に、毛も生えてない、剥けてもない下半身を見られた。
 『いい年して漫画アニメゲームに埋もれて、何かあったらすぐ部屋にとじこもって戦わず逃げ出して……現実と虚構どっちが大事なんだ、お前は!!』
 

 その台詞で、
 今まで堪えに堪え抑圧してきた何かが決壊した。


 『現実なんて辛いだけだ、一生ずっとひきこもりでいい』
 一際甲高く乾いた音が響き痛みが爆ぜ、力一杯ベッドに突き飛ばされる。
 『なら一生ひきこもってろ、みっともないから外に出るな!!』

 背中がベッドで弾む。
 殴られた頬がひどく疼く。
 口の中に鉄錆びた血の味が広がる。
 学ランを乱した兄さんが憤然と身を翻し部屋を出て行く。
 最後に見た兄さんの顔は悲哀と憤怒が綯い交ぜとなった苦渋の面持ちで、ああ、完全に愛想を尽かされたと

 みっともないから外に出るな

 至近距離から唾と一緒に浴びせられた鼓膜が破れんばかりの怒声。

 みっともない。
 それはもう、生きているのが恥なほどにみっともない生き物で。
    
 『……う………』

 瞼が熱を帯び、殴られ腫れた顔が火照り、最後の意地と見栄でせめて嗚咽はもらすまいと唇を噛む。
 漫画アニメゲームソフトゲーム機が散らばって足の踏み場もない部屋の片隅のベッドの上、ベッドに転がった処女作のザクを胸に庇うようにして抱きしめる。


 こんな目にあうなら一生ひきこもりでいい。 
 ぼくになにもしてくれなかった現実なんかどうでもいい。
 みんなみんな死んじまえ。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010223023132 | 編集

 ぼくは世の中に必要ない人間だ。
 「……………」
 泣き腫らした瞼が重い。
 気だるいまどろみから浮上し、緩慢に瞬きしてあたりを見回す。
 いつのまにかジーパンの膝に顔を埋め眠りこけてしまったようだ。
 胎児の姿勢で膝を抱えかすかに身じろぐ。
 ここは押入れの下段、襖を閉めきった上ポスターの筒で突っかえ棒をしてある。
 あれから何時間たったんだろう。眠気の残滓が沈殿した頭で朦朧と考える。
 黒田と別れてから記憶が判然としない。
 長い夢を見てるみたいで妙に現実感が乏しい、それもきわめつけの悪夢だ。なんとかアパートに帰り着き靴を脱ぐのもそこそこに押入れに直行した、たぶんぼくの靴は玄関に散らかったままだろう。
 もうなにも見たくない、だれにも会いたくない、外に出たくない。
 さっきまで小金井がしつこく襖を叩いていた。
 「東ちゃんどうしたの」「ご飯食べねーと体に悪いよ」「まだ気分悪ィの?」……うるさい、余計なお世話だ。もうほっといてくれ。この時ほど空気を読まない居候を鬱陶しいと思ったことはない。結局どれくらい叩いていたのか、数分おきにノックしては様子を見るような沈黙が訪れた。押入れの隅、闇で膝を抱えひたすらだんまりをきめこみつつ無神経なノックを聞く。やがてノックの間隔が徐徐に開いていき、「……飯ここにおいとくから腹へったら食べて」の一言と降参の一打を最後に、さしもの小金井も根比べに負け引き下がった。 
 夢を見た。
 むかしむかしの夢、思い出したくもない悪夢。
 体育用具倉庫に嘘の手紙で呼び出された翌日から登校拒否を始めた。
 正確には、学校に行けない体になった。
 親を心配させたくない気持ち、いじめられてる事実を知られたくない見栄と虚勢と義務感とが入り混じって制服に着替え朝食をむりやり詰め込み玄関まで行くのだが、いざ靴に足を通しドアを開けようとたび猛烈な吐き気が襲う。
 登校しなきゃと急く気持ちとは裏腹に体が拒絶反応を起こし、玄関から一歩も出れなくなった。
 『どうしたんだ東、大丈夫か!?』
 吐瀉物で制服を汚し、呆然と座り込むぼくのもとへ真っ先に駆け付けたのも兄さんだった。
 玄関にうずくまったぼくの背を兄さんが大きい手で撫で上げれば、人肌のぬくもりでクラスメイトの手を思い出し、吐き気がぶりかえす悪循環。
 覚せい剤常習者が体験するというフラッシュバック現象がぼくの身にも起きた。
 玄関に立ち、ノブを回し外側へと押す一連の動作のあいだに何回もフラッシュバックが来る。
 薄暗く埃っぽい体育用具倉庫、汗臭く固くしけったマットレスの感触、陰湿に渦巻く笑い声、ぼくを取り囲む無数の顔、顔、顔、勝ち誇る黒田の笑みと写メのシャッター音とフラッシュと俯く須藤さん。思い出したくもない忌まわしくおぞましい光景が堰を切ったように一挙に押し寄せ、恐怖の反芻と予期で身が竦む。学校にいったらまた同じ繰り返しだ、今度はどんな目にあうかわからない、もっと酷い目にあうかもしれない……妄想は暴走し、呼吸と動悸がどんどん荒くなり、気付けば過呼吸の発作に陥りかねぬほど狼狽の相を呈していた。
 『ひさしぶりだな、東』
 『俺だよ俺、中学で一緒だった黒田。覚えてね?』
 覚えてる。
 忘れるはずがない。
 八年間、どんなにか忘れたかったことか。
 黒田は電車の中で当たり前に話しかけてきた。
 それこそ中学のクラスメイトと偶然再会し、懐かしさのあまり声をかけたといった具合に、なんら屈託ない態度で普通に接してきた。普通すぎて、こっちが面食らった。なんでそんなふうに普通に声をかけられるのか、無神経に鈍感にかつていじめて不登校にまで追い込んだ相手に厚かましくふるまえるのか、信じられなかった。けれどもリアルタイムじゃ憎む余裕すらなくて、ぼくはただひたすら現実に立ち現れた過去の残像に怯え、卑屈なおもねり笑いを浮かべ相槌を打っていた。
 押入れの中で考えて考えて、考え抜いて答えが出た。
 黒田はきっと、ぼくに悪いことをしたとは思ってないのだ。
 自分のせいでぼくが不登校になったなんてかけらも思ってないのだろう。
 黒田にとって八王子東はいつのまにかクラスから消えてたやつくらいの認識しかなくて、ぼくが教室から消えたのが自分が中心となって行ったいじめのせいだなんて自覚さえ持ち合わせてない。
 いや、仮に持ち合わせてたところでさほど重要な事とはおもってない。
 黒田の中じゃぼくはどうでもいい扱いで、ぼくのことなんかどうでもよくて、自身が扇動したいじめも大したことじゃなくって、だからあんなふうに罪の意識もなく声をかけてこれたのだ。たまたま昔のクラスメイトに会って、懐かしくて。小金井に言った事は真実だろう。
 八年たてば時効なのか。
 ぼくの中じゃ終わってないのに。
 こんなにリアルに続いてるのに。
 八年前から一歩も進んでないのに。
 黒田は今大学生だと言った。須藤さんと付き合ってると言った。
 須藤さん、ぼくの初恋の人。同じクラスで唯一優しくしてくれた女子。中学をドロップアウトしたぼくはそのままひきこもり人生まっしぐら、いまどき高卒資格がなきゃ何もできないからと通信制の高校をなんとか卒業した。したけれど、何もできないのは変わりなかった。
 ぼくをおきざりにして黒田は大学生になっていた。大学生になって青春を謳歌していた。
 こんなのってありかよ、畜生。
 「…………っ………」
 不公平だとか理不尽だとか。ずるいとか卑怯だとか。
 言いたいことは山ほどあって、でもひとつも喉から出てこない。黒田と須藤さんを呪う、かつてぼくをいじめた連中を憎む。知りたくなかった、黒田と須藤さんが付き合ってるなんて。須藤さんがあいつの彼女だなんて。外に出さえしなきゃ知ることもなかった、永遠に知らずにいられた、ならずっとひきこもってればよかった。
 かつてのクラスメイトの消息なんて知りたくもない。
 「う………」
 鼻水を啜り、強く膝を抱え込む。
 ぼくは世の中に必要ない人間、死んだほうがましな人間だ。
 親にも兄さんにも迷惑かけてばっか、アパートの家賃まで払ってもらってる。
 社会の役に立たない、だれにも必要とされない。いっそ死んだほうがいい。死ね死ねと顔を合わせるたびクラスメイトに罵倒された中学時代を思い出す。 
 死ね死ねと何百回も繰り返されるたび、心の一部、感情を司る部分が壊死していくのがわかった。
 何回も何十回も、あるいは何百回も言葉で切り刻まれ殺された。だから逃げた、ぼろぼろの心と体を守るために。負けてもよかった、死ぬのはやだった。
 それがそんなに悪いことなのだろうか?
 戦え戦えと皆は言う。兄さんは逃げるのがさも悪いことのように決め付ける。でも、あの時は。八年前のぼくは、部屋にひきこもる事でしか生き延びられなかった。漫画アニメラノベゲームが転がった暗い部屋は、ぼくの最後の防波堤だった。
 押入れの中は安心だ。だれもぼくを笑わない。あの部屋と似た安心の匂いがする。ここにいる限りは守られている。ひとの視線から、悪意から、世間の干渉から。視線が干渉してくるというのは自意識過剰の被害妄想で、でも自分ではどうしようもなくて、実際そんなはずないと頭じゃ分かっていても生理的にだめなのだ。
 「う……」
 涙がにじみ視界がゆがむ。
 眼鏡は既にずりおちて、腫れた瞼を直接ジーパンの生地にあてがう。
 八王子東、お前はなんだ?負け犬か?八年前から自分のしっぽを追っかけてぐるぐるぐるぐる同じところを回ってばかりで一歩も先に進まない。『なにかあったらまたすぐ部屋に逃げ込む』『本当にだめだな、お前は』兄さんの声、説教。わかってるよ、自分がどれだけダメなヤツか。ぼくなんか死んだほうがいい、死んだほうが世の中のためだ『死ーね』『死ーね』のっぺらぼうのクラスメイトが声を合わせ『なに勘違いして学校きてんだよ、きめえんだよお前』廊下の外に出された机をひとり抱え教室にもどす惨めさ恥ずかしさ悔しさ『いい年したアニメキャラのキーホルダーなんか持ってくんなよ』あざ笑い『似合ってるじゃん東』無理矢理穿かされたスカートの妙にすーすーして落ち着かない感じ……だれも、だれ一人、ぼくに生きててほしいなんて望んでない。
 『俺たち今付き合ってんだ』 
 黒田が得意げに見せた携帯、仲の良さそうなカップル。ふたりともイマドキ風に垢抜けてお似合いだった。八年ぶりに会う須藤さんはどぎつくない茶髪とショートヘアがとても似合っていた。ぼくは、ばかだ。大馬鹿野郎だ。今の今までずっとおめでたい勘違いをしていた。ぼくが学校に行かなくなればほかのクラスメイトは笑って済ませても少なくとも須藤さんだけは気に病んで、八年間罪の意識に苦しんで、ずっとぼくを覚えていてくれるんじゃないかと浅ましく期待していた。暴言吐いて電話を叩き切ったくせに、こっちから関係を絶ったくせに、都合よくそう思い込んでいたのだ。
 現実には須藤さんは過去の出来事なんかきれいさっぱり水に流して、八年前クラスメイトがいじめが原因で不登校に追い込まれたことなんか忘れ去って、携帯画面で楽しげに笑っていた。自分もいじめに加担したくせに、ぼくを追い詰めたくせに、そんなこと最初からなかったような顔で笑ってるのだ。
 「……死んじまえ」
 みんなみんな死んじまえ。憎悪の渦の底から呪詛が浮かび上がる。
 もうだれにもなにも期待しない、希望なんか持たない。希望を持つから裏切られて傷つく。あの時須藤さんの呼び出しを真に受けのこのこ体育用具倉庫になど行かなければ、普通に中学を卒業して普通に高校に進学して、今頃は大学で友達に囲まれ楽しくやってたかもしれない。ここまで卑屈にならずひとの目に怯えず吃音癖もでずにすんだろう。
 膝を強く強く抱きしめる。
 八年前は死ぬ勇気さえなかった。八年間、惰性で生きていた。ぼくなど死ねばいい、兄さんや両親に迷惑をかけ他人を不快にさせるぼくの存在理由がどれだけ必死に考えても見つからない。
 泣き疲れて黙り込む。頭が熱に浮かされぼうっとする。空腹が身を苛む。ずっと泣き通しで体力を使い果たした。帰宅から何時間経過したか正確なところはわからないがもう夜になってるだろう。あれから水も食事も摂ってない。
 涙と鼻水でべとつく顔を袖口で拭い、天井にぶつからぬよう頭を低め襖に這い寄る。
 襖に耳を添えるも反応はなく、深呼吸し、ゆっくり慎重に開けていく。
 部屋の電気は点けっぱなしだった。
 隙間からさした人工の明かりが思わぬ強烈さで目を射り、視界に赤い斑点が乱れ舞う。
 腹がうるさく鳴る。シャツの腹部がへこむ。ひもじさが身にしみる。
 隙間から出した手で畳をさぐり、小金井が用意してくれたご飯の皿とレンゲを掴み、ばっと押入れの中にひっぱりこむ。
 押入れの前にはラップをかけられた料理が並んでいた。小金井の得意料理のひとつ、チャーハン。襖をわずかに開け、隙間からさしこむ明かりを頼りにラップを剥がし、レンゲを手にとる。
 口中に生唾が湧く。
 「……いただきます」
 蚊の鳴くような小声で呟き、のろのろと一口。数時間放置されたチャーハンはすっかり冷えきっていた。惰性で口動かし咀嚼、喉に流し込む。小金井はパスタでもサラダでもなんでもできるが、主婦が昨日の残り物で作る、こういう気取らない家庭料理が一番うまい。
 チャーハンにレンゲを突っ込み、こんもり盛り上がった山を突き崩し口に運ぶ。
 最初こそ鈍重だった動きに空腹から拍車がかかり、どんどん咀嚼と嚥下のペースが速くなる。
 チャーハンをレンゲですくう、口に運ぶ、咀嚼もそこそこに嚥下。そのうち咀嚼をおざなりに省略し、ひたすらすくっては口に流し込む反復運動となる。
 冷えたチャーハンを夢中でがっつく。引っぺがしたラップに湯気が結露する。
 どんなにみじめで最低でも生きてる限り腹が空く。
 生理現象を不思議に思う。
 小金井のチャーハンが、やけにしょっぱい。
 小金井が塩の分量を間違えるなど初歩的なミスをやらかすはずなくて、チャーハンを食べながら、いつしかぼくは泣いていた。
 「うぐ、はぐ」
 鼻水を啜り、涙を噛み、塩加減がきついチャーハンをかっこむ。
 この八年間、何も作り出さず生み出してこなかった。
 ご飯ひとつ自分で作れないくせに不満ばかり一人前。
 冷え切ったご飯の味に八年前の記憶がまざまざ蘇る。
 部屋の外、廊下に置かれたお盆、ラップをかけられ冷めきったご飯。部屋から一歩も出てこない息子のために母さんが用意してくれたご飯を、つまらない反抗心とあてつけから手をつけず残したことさえあった。
 自分が食べるものさえ人まかせなくせに、ひとが作ったごはんで生かしてもらってるのに、なにひとつ恩返しできない。
 社会の役に立たない。だれにも必要とされない。
 八年前と同じ、ひとに手間と世話をかけるだけかけて、一歩も前に進めぬ自分に嫌気がさす。
 「がほっ、ごほっ!!」
 泣きながら食べていたらご飯が喉に詰まる。
 前のめりに突っ伏し激しく咳き込む。胸を叩き、涙目で苦痛に耐える。ご飯の塊が喉につっかえ、なかなかとれなくて苦しい。
 その時だ、襖がノックされたのは。
 「だいじょうぶ、東ちゃん?」
 小金井。
 とっくに寝たとおもってたのに。
 不意打ちに心臓がとまる。拍子に喉のつかえがとれ、窒息の危機を脱する。
 「…………」
 うるさくして起こしてしまったか。
 小金井に申し訳なく思う。思うが、素直に口に出せず背を向ける。
 「なんでもありません………ほっといてください」
 かすれた声でようやくそう返せば小金井が立つ気配。続き、台所で蛇口をひねり引き返してくる。
 「ほい」
 襖の隙間から水を汲んだコップを差し入れる。
 余計な事をするなと怒鳴りたい気持ちを抑え、見えないのを承知で頭をさげ大人しく受け取る。
 小金井が背中越しに座り込む気配。沈黙が漂う。チャーハンは全部きれいにたいらげた。
 ぼくが食べ終えるのを待ち、小金井が聞く。
 「飯、冷えてまずくなかった?」
 「だいじょうぶ、です」
 「言ってくれたら作り直したのに」
 「……冷めても美味しいから」
 小金井がひそやかに笑う気配が空気を縫い伝う。
 「東ちゃん、それ殺し文句」と小金井が言い、静かにレンゲをおく。
 先に口を開いたのはぼくだった。
 「小金井さんはドラえもんの道具でひとつだけ使えるならなにがいいですか?」
 「いきなりなに?」
 襖を背にし座り込んだ小金井が、質問に意表を突かれ振り向く。
 小金井と背中合わせに膝を抱え座り込み、壁の一点を見詰め、淡々と続ける。
 「ぼくは独裁スイッチがいいです」
 「独裁スイッチって、ぽちって押すだけで気に入らないヤツみんな消えちゃうってあれ?」
 「そう、あれです」
 「東ちゃん独裁者になりたいの?」
 素朴な疑問といった感じの能天気な声。
 暗闇の中、窮屈げに膝を抱え身を丸める。
 ずっと肩身の狭い思いをしてきたから体を折りたたむのは得意だ。
 ぎゅっと抱きしめた膝に顔を埋め、言う。
 「……ちがいます。そんな大それた野望、滅相もない」
 「じゃあなんで」
 小金井の口調はあくまで軽く。
 だからぼくも、ぽろっと本音をこぼしてしまう。
 「だって、世界からだれもいなくなれば怖がらなくてすむじゃないですか。世界からみんな消えてぼくひとりならもう人の目に怯えずにすむ、噛んだらどうしようかなんて先回りしてあせらなくてすむ、のびのび生きられる。外に出たって怖くない。ぼくがどんなみっともない服着てどんなみっともない顔してどんなみっともない髪型でどんなみっともない歩き方だろうが、だれも笑ったりしないんです。臭いとか汚いとか気持ち悪いとか、いやなこと言われなくてすむんです」
 もし今ここに独裁スイッチがあるなら、押さずにいられる自信がない。
 ぼくは死ぬのが怖い。いまだに怖くて怖くてたまらない。
 ならばいっそぼくに死ねと理不尽を言う人間全部を消してしまえばいい。
 死んだほうがマシだと自分を嘲りながら、死ぬのが怖いから他人を消したいと望む八王子東は、どこまでも卑怯で最低な人間だ。
 「だれもぼくを笑ったりしない、いやなこと言わない。おたくだからって……いい年して、はたちすぎて、漫画アニメゲームが好きだからって肩身狭い思いしなくってすむんです。引け目を感じずにすむんです。世界から人が消えれば、きっと、ぼくだって……堂々と外を歩けるんだ」
 語尾が力なく消え入る。膝を抱え弱音を吐き、こんなぼくに小金井はなんて言うだろう、失望しただろうか、がっかりしただろうか、嫌気がさしただろうかと先走り勘繰って背中を強張らせる。
 小金井の答えは、そのどれとも違った。
 「けどさー、独裁スイッチ使っちゃったらきっとすげーつまんない世の中になるよ?」
 「え?」
 かぴかぴに糊付けされた膝から顔を上げ、振り返る。
 襖の向こう、背中合わせに座り込んだ小金井が明るく言う。
 さも当たり前の事を言うみたいに、気取らない口ぶりで、あっさりと。
 「東ちゃんが大好きな漫画やアニメやゲーム、コンビニで買うカップラーメン、見えねーけど一生懸命作ってる人いるんだよ?ドラえもんのアニメでもあったじゃん、お母さん消しちゃったから誰も飯作ってくれなくて……レストランの人も全員消えちゃって、しかたなく缶詰食うの。でもさ、のび太は台所のことぜんぶお母さんまかせで、缶切りの場所もわかんないんだ」
 「………………」
 「そうやってさ……上手く言えないけど、めぐりめぐってるんじゃねーの?」
 考えたこともなかった。
 八年も、たっぷり時間はあったのに。
 ぼくの思考は独裁スイッチを押して、人がいなくなった世界を大手を振って歩く想像で完結して、そこから先に一歩も出ていなかった。 
 「人と関わらず生きるなんてむり」
 小金井が妙に達観した台詞を吐く。
 いつもならむかついたはずの台詞に、この時ばかりはすんなり納得できた。
 ぼくはこれまでずっと、自分が背を向けた世間に生かされていた。
 家族に、目に見えないだれかに。ぼくが大好きな漫画アニメゲームを制作し市場流通に乗せる人々、ぼくが食べるカップラーメンを作る人々、目に見えないけど一生懸命働いてる人たちがいる。ぼくは彼らに生かしてもらっていて、なのにその事実に小金井に諭される今の今まで気付かず、無為に時を過ごしていた。
 自分を守るように膝を抱く手からふっと力が抜ける。
 小金井の言葉に少しだけ緊張がほぐれ、温かい感情が胸の内を満たしていく。
 襖越しに、感じるはずもない体温を感じる。互いの背中を拠り所にして寄り添う。
 子供っぽい願いを口にした気恥ずかしさも手伝って、やや強引に話題をかえる。
 「小金井さんはドラえもんの道具でなにがいちばんほしいですか」
 「タイムマシン」
 即答だった。
 「定番ですね」
 小金井ならもっとひねった回答をするかとおもったのに意外だった。
 無意識に変化球を期待し肩透かしをくえば小金井がさらっと言い放つ。
 「親の顔見たくて」
 言葉を失う。
 「覚えてないからさ……面白くなくてごめん」
 「………そんな、謝ることじゃないです」
 ぼくはどれだけ馬鹿で鈍感で無神経なんだろう。
 安直な質問を悔やみ、一瞬でもがっかりした自分を恥じる。
 小金井らしいとからしくないとか、そうやって本人の知らないところで勝手に型に嵌めこむのがどれだけ傲慢で愚かしいことかぼくだけはわかってなきゃいけなかったのに。
 再び沈黙が落ちる。
 襖一枚へだて、小金井と親和性の高い沈黙を共有する。
 不思議と心安らかだった。人といてリラックスできたのはひさしぶりだ。 
 小金井の顔が見えない事が救いだった。こんな泣き腫らした顔、みっともなくて見せられない。
 優しい闇と緩慢な時間の経過に身を浸す。襖の向こうで小金井が静かに口を開く。
 「電車の中で会ったアイツ、知り合い?クラスメイトとか言ってたけど……」
 「………中学の時の」
 「あの写メは………」
 「ぼくの」
 続けようとした言葉をひっこめ、さんざん迷ってから舌にのせる。
 「初恋の人です」
 小金井がかすかに身じろぐ気配。
 半身をひねり、透視を試みるように襖に目をこらす。
 きっと小金井は怪訝な顔をしてるだろう、中学のクラスメイトとばったり再会したにしちゃぼくの態度は不自然すぎた。
 深呼吸で気持ちを落ち着け、人生最大の汚点と恥じて、これまで誰にも話したことのない身の上話を打ち明ける。
 「ぼく、中学中退なんです」   
 口に出した途端、その重みにうちひしがれる。
 努めて平静を装い虚勢を張っても、膝を抱く手の震えはごまかしきれない。
 「……中学の時、いじめにあって。不登校になって、それからずっとひきこもりで。高校は……なんとか通信制卒業したけど、トラウマひきずって、対人恐怖症が治らなくて……バイトはおろか、就職なんかとてもむりで。黒田は……アイツは、中学の時のいじめのリーダー格です。携帯に写ってた女の子は須藤さんていって……ぼ、ぼくが、好き、好きだった子で」
 「無理して言わなくていいよ」
 「言う、言います、言わせてください」
 むきになっていたのは認めよう。八年間逃げ続けてばかりいたぼくだけど、小金井の前では逃げたくなかった。
 ありったけの勇気を振り絞り、何度も深呼吸して度胸を吸い込み、膝を抱く手に自分を支える力を込める。
 ぎゅっと閉じた瞼の裏に須藤さんの懐かしい顔が浮かぶ。
 「消しゴム、拾ってくれたんです」
 「え?」
 「好きになったきっかけ。……ぼくがおっことした消しゴム、いやな顔ひとつせず拾ってくれたんです。ほかのクラスメイトならもっと遠くに蹴っぽるか、『汚え』『菌がついちまった』って騒ぐのに……」
 ひとを好きになるきっかけなんて単純だ。思い返せば本当にささいなことだ。
 八年前のぼくにはそれだけで十分だった。
 思い出す。席替えして最初の日、後ろの席の男子にとがった鉛筆で背中をつつかれ、使っていた消しゴムをおもわず落としてしまった。
 しまったと思った時は遅く、とっさに伸ばした手もむなしく、消しゴムはてんてんと床をはね、斜め前の女子の机の下に転がりこんでしまった。
 遠くに蹴られるか、とりにいけば手を踏まれるのを覚悟して席を立ったぼくに、須藤さんはさも当たり前のように消しゴムを拾って「はい」とさしだしてくれた。
 その瞬間、恋に落ちた。
 「……好きだった。ホントに」
 「そっか」
 「いじめられっこにもプライドがあるってみんな忘れてるんです」
 「知ってる。だから痛いんだ」
 小金井が相槌を打つ。
 好きな子にいちばん見られたくない姿を見られた翌日、どんな顔して須藤さんと会えばいいかわからなかった。
 ぼろぼろのプライドを守るために、八年前、ぼくは暗い部屋に逃げ込んだ。
 他のクラスメイトなら何をされても我慢できた、諦めが付いた。最初から期待してないんだから失望しようがない。でも、須藤さんは。
 「………未練があったんです」
 なまじ信じて期待していたからこそ、ショックが大きかった。
 顔が引き歪み、自嘲の笑みが浮かぶ。口角を吊り上げ、毒々しく吐き捨てる。
 「ひとを信じたぼくが馬鹿だったんです」
 「ちがうよ東ちゃん。ひとを信じるのは悪いことじゃない、いいことだよ」
 「でも、馬鹿です」
 「そりゃ時々は馬鹿を見るかもしれないけどさ」
 襖越しに聞く小金井の声はあくまで飄々と穏やかで、一方で強くしなやかな芯を感じさせ、心地よく耳朶をくすぐる。
 おそらくは襖に背中を預け、片膝立て座り込み、小金井が断言する。
 「ひとを信じない自分カッコいいって思ってるヤツより、よっぽどかっこいいよ」
 様々な修羅場を体験し克服してきたからこその重み伴う率直な言葉が胸を打つ。
 襖越しに聞く声が耳朶をくすぐり鼓膜にしみて、八年間、体の奥底に凝っていた澱が洗い流されていく。
 腕でぐいと顔を擦り涙を拭い、少しだけ明るくなった声で小金井に聞く。
 「ぼくが話したんだから小金井さんも初恋の子のこと教えてくださいよ」
 「俺?施設の先生」
 「先生!?」
 「ませガキだったから」
 さらっと大胆告白。
 問題発言をかました小金井は恥じるどころか得意げに甘酸っぱい初恋の思い出を振り返る。
 「若くてキレイで優しくて母親……は年齢的にむりがあるか……年の離れた姉ちゃんみたいで、ガキどもに慕われてた。俺が悪さして叱られてると飛んできてなぐさめてくれた。いたいのいたいのとんでけーって……こないだの女の子見て、妙に懐かしかった」
 「実はあの子のお母さんが初恋の人とかってオチだったり」
 「まっさか、ぜんぜん別人。ずっと前に結婚してやめちゃったけど」
 途中、感傷で声が湿っぽくなる。小金井にこんなしめやかな声を出せるなんて、ちょっと意外だ。まだまだぼくの知らない一面がある。
 初恋の人の話を聞き、なぜだか胸が痛む。
 「会いたいですか?」
 「幸せに暮らしてりゃそれでいいよ」
 その答えに、なぜだかほっとする。
 休止符のような沈黙。 
 話の合間合間に訪れる凪に、距離が遠のく不安より気持ちが通じ合う親近感を抱く。
 襖一枚隔て背中に他人の存在を感じる心強さに、今まで胸の奥底にしまっていた本音を口に出す。
 「………八年も時間があったのに、結局、なにもできなかった」
 この八年ぼくがしてきたことといえば、現実から逃げ続けることだけ。
 何も生み出さず作り出さず、無為で不毛な生を漫然と消化して。
 まるで消化試合のような余生。
 「料理も……食べるものさえ家族や誰かに作ってもらって。自分は暗い部屋にこもりきり、ゲーム三昧。自分は世の中に必要ない人間だ、死んだほうがマシだって何度もおもった。けど、どうしても死にきれなくて。死ぬのが怖くて。家族に迷惑かけるだけだってわかってるのに、兄さんのお荷物になるだけだってわかってるのに、へたれでびびりで、死ぬのが怖いから逃げて逃げ続けて、独裁スイッチとか、そんなありもしない空想に縋り付いて」
 ぼくなんか死んだほうがいい。
 八王子東は、きっと死んだほうがマシな人間だ。
 中学時代、須藤さんを除くクラスメイト全員にそう言われた。登校するたび死ね死ねコール大合唱で出迎えられた。
 「……気持ち悪いですよね」 
 はたちすぎた男の愚痴。
 「はたちすぎた男がなにかあるたび押入れに逃げ込んで、だんまりで、ストライキで……べそかいて。自分でもわかってるんだけど……なんか、上手くいかなくて……ぜんぜんだめで……二十二にもなって漫画アニメゲームやめられなくて、就職もできなくって、親にアパートのお金出してもらって。こんな情けなくてダメなヤツ、死んだほうが世の中のためになる……」

 「俺、東のこと気持ちわるいなんておもってないよ」

 突然、名前を呼び捨てにされた。 
 出会ってからずっと、それこそ初対面の時からなれなれしくちゃん付けしていた小金井が突然呼び方を改め、たじろぐ。
 膝から顔を上げたぼくが襖を隔て見えるはずもないのに、その声はひどく強く優しく、譲れぬ意志を秘めて。

 「死んでほしいなんて思ってない」
 
 舌の回し方を忘れる。
 絶句し、空白の頭で必死に言葉を探す。
 襖の向こうから突然かけられた予想外の台詞になんて返せばいいかわからなくて、ひどく混乱して、胸の動悸が速まって、フラッシュバックに翻弄される。
 電車の中席を立ち歩み寄る黒田、薄暗い体育用具倉庫、固くしけったマットレスの感触、体を這い回る手とのっぺらぼうの顔、顔、顔……

 「でも、ぼくは。みんな、死んだほうがいいって。みんなそう言う、みんな」

 朝、教室に入るたび。
 死ね。死ね。死んじゃね。死ねよ。うざい、学校くんな、きもい、臭い、寄るな。
 
 「ぼ、ぼくが変、だから。普通の人みたく、ひっ、ちゃんとできない、ひぐ、から」 

 ほらまた泣く。
 だめだ、どうしても。泣いちゃいけない泣くなと自分を叱咤し言い聞かせ涙腺を律するも、感情の堰が決壊し、勝手に嗚咽が迸る。

 「普通の人、みたく、ちゃんとしゃべれないし、ひぐ、いつまでたっても、こわ、怖いし。怖くなくならないんだ、人が」

 わからない。
 人ってどうしたら怖くなくなるんだ?

 「人の前にでると緊張して、ちゃんと話そう話そうっておもうほど汗が出て、匂いが気になって、変なふうに舌が縺れて。アニメとか、漫画とか、普通の人は小学校で卒業するのに、ひぐ、できなく、て。でも、好きなこと、やめたぐ、ない」
  
 洟を啜る濁音と押し殺した嗚咽の間から訥々と言葉を絞る。
 小金井は黙ってぼくの話を聞いていた。
 茶化さず、せかさず、聞き苦しいぼくの話にじっと耳を傾けてくれた。

 「でも、ひぐ、好きなこと好きでいるだけで嫌われて、死ねって言われるなら……ぼく、ひ、ほんとに死、んだほうが」
 
 突然、襖が開く。
 勢いよく桟を滑り、目一杯開け放たれた襖のむこうからあふれた光が、涙で潤んだ目を灼く。
 
 「俺は東に生きててほしい」
  
 開け放った襖の向こう、逆光を背に立つ影が言う。

 「世界中のくだらない百人が死ねって言ったって、目の前のたった一人が生きろって言ったら生きるっしょ」
 
 目の前のたった一人が、押入れの隅でぽかんと膝を抱え込むぼくに向かい、憂鬱を吹き払う最高の笑顔を湛える。 
 押入れの中に踏み込むやぼくの腕をとり外へと引っ張り出す。
 「!いや、だ」
 接触と同時にクラスメイトの手の感触が蘇りパニックをきたしかけるも、桟に躓き倒れこみ、背中を抱かれ抵抗を封じられる。
 小金井の胸に顔を埋め、規則正しい鼓動の音を聞くにつれ、筋肉の固さがとれて体から力が抜けていく。
 小金井の手が顔の前に回り弦を持つ。
 「はずしていい?」
 「いや、だ、いやです。さわんないでください」
 一生懸命頼んだのに聞くだけ聞いて取り合わず、自分勝手に了承して眼鏡をゆっくりはずしていく。
 涙の粒が付着したレンズが遠ざかり急激に視界が曇り、微熱と水分で潤んだ双眸が外気に晒される。
 よわよわしく首振り抗うもあまりによわよわしくて通じない。
 力ない首振りにあわせ前髪がぱらつく。
 みっともない素顔を晒す羞恥に頬が燃えたつ。
 至近距離から顔を覗き込まれ心臓が蒸発しそうに脈を打つ。
 ぼくの睫毛に結ぶ涙の粒をしげしげ見つめ、小金井がいたずらっぽく含み笑う。
 「涙飲ませてくんない?」
 「!!っあ」
 温かく柔らかなものが眼球に触れる。
 小金井の舌。
 一瞬何がおきたのかわからなかった。
 小金井がぎりぎりまで顔を近付け、ぼくの瞼をなめる。
 「しょっぺー」
 眼球の表面に舌先がふれ唾液がしみ、熱く柔らかい粘膜の慰撫に抗う腕が萎える。
 睫毛の先にひっかかった大粒の涙を窄めた舌でつつき唇で吸う。
 「いぁ……」
 目に透明な膜を張る涙を直接啜られ、小金井の服を掴んだ体勢から腰が砕けてずりおちる。
 「やめ、離れ、て……小金井さん、いきなりなに、ねこじゃあるまいし!?」
 非力ながら懸命に引き剥がそうと努めるも、小金井は傷をなめて癒す動物のように舌を使い睫毛に結ぶ涙をついばみ、頬に生々しく残る塩のあとを綺麗になめとっていく。
 畳に寝転がったぼくに覆いかぶさり、唇で涙を転がし、熱い息を吐いて囁く。
 「あれ見て」
 部屋の隅、棚の上に計二十体ずらり整列し精鋭軍の威容を誇るガンプラを顎で示し笑顔で説く。
 「八年間なんも作り出してねーとか嘘。東ちゃん、ガンプラいっぱい作ったじゃん。一体一体精魂こめてさ」
 「………あ」
 「なんも作り出してねーとか自分卑下すんのやめなよ、オタクのプライドもつなら。……弟子として哀しい」
 小金井の唾液と涙でべとつく顔を拭い、畳に手をつき起き上がる。
 棚に居並ぶガンプラを虚ろに見詰め、自虐的に呟く。
 「でも、あんなの役に立たないし……いたっ!」
 デコピンをくらう。
 「怒るよ?」
 口元の軽薄な笑みと真剣な眼光の取り合わせでやんわり叱責。
 「役に立つとか立たないとかで全部分けんのつまんねーじゃん。そんなこといったら東ちゃんが大好きな漫画アニメゲーム全部世の中の役に立たないっしょ?」
 柔軟なバネを駆使しがばり跳ね起きしな大胆に両手を広げ、漫画アニメラノベが散乱し足の踏み場もない部屋をぐるり指し示し高らかに宣言する。
 「役に立たねーけどほら、東ちゃんはじめとした世界中たくさんの人に愛されてる。役に立ねーけど面白いもの、かっこいいもの、世の中には別に必要じゃなくてもどこかの誰かには絶対必要なものやことやひと、結構いっぱいあるんだよ」

 世の中には必要とされなくても、どこかの誰かが必要としてくれるなら、こんなぼくにも生きる価値と資格があるのだろうか。
 世界中のくだらない百人が否定しても、目の前のたった一人が肯定してくれるなら、ぼくはまだ、生きてていいのだろうか。
 やり直すきっかけがもらえるのだろうか。

 「…………こがねいさ、ぼく、ぼくは……」
 言葉が続かない。どうしてこんな大事な時に詰まってしまうんだろう。
 何を言えばいいかわからず、何が言いたいのかわからず。
 こみ上げるものを抑え切れず、小金井の服の胸を両手で掴み、縋り付く。
 熱とくすぐったさに溺れ小金井の胸をかきむしり、熱く震える息を吐く。
 「ご飯……ごちそうさまでした……」  
 「どういたしまして」
 「美味しかったです」
 「うん」
 小金井が作ってくれたチャーハンはやけにしょっぱくて涙と鼻水の味がして、だけど、とても美味しくって。
 まず、ご飯を作ってくれた人にありがとうとごちそうさまを言うところから始めよう。
 そこから一歩進もう。
 ご飯を作ってくれる人に感謝を。
 ぼくを生かしてくれる人たちに感謝を。
 つっかえていい、噛みまくりでいい、どもっていい、みっともなくたっていい。
 小金井の胸元を掴み、顔を埋め、安心の匂いを貪り、おもいっきり鼻をかむ。
 
 「変わりたい、です」
 「うん」
 「変われるでしょうか」
 「手伝うよ。やれるだけやってみよう」
 「大丈夫」と安易に請け負わず、「むり」と否定せず、小金井は大きな手で、小さな子供にするみたいにぼくの頭をなでてくれた。
 ずっと昔、泣き虫で弱虫なぼくの頭をこんなふうになでてくれた人がいた。

 小金井の胸にしがみつき、しょっぱい涙の味を噛み締め思う。

 世界や世間なんて漠然としたものに必要とされるより、たった一人に必要とされるほうがずっといい。
 たぶんずっとずっと幸せだ。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010222155612 | 編集

 リハビリはフロムAから始まる。
 「なかなかいいのないなあ………」
 冊子のページと真剣に睨めっこする。
 両ページはぎっしりコマ割りされその中に募集要項や時給が詳細に記されている。
 前かがみに顔を近付けつぶさに検証するもなかなかこれはというものが見つからない。
 ずりおちた眼鏡を押し上げ次のページを開く。
 「これなんかいいじゃね」
 隣から太平楽な声とともにすっと指がのび右端の枠をさす。
 コンビニのバイト募集の告知。
 「初心者はここらへんが無難。お手軽だし」
 「いやですよ、コンビニのバイトなんかしたら人が来るじゃないですか!?」
 「そりゃ来るさ、コンビニだもん。便利だし」
 小金井が枠をちょんとつつき気軽に言う。余計なお世話、いらぬお節介。
 横からうるさく口出し手出しするヒモに反感を持ち、ページにおかれた手を邪険に払う。
 「だってお客さんにおつり渡すときとか間違えたりおとしちゃったらどうするんですか、殺されますよ」
 「そんなバイオレンスなお客いないって、滅多に」
 「滅多にってことはいくらかいるんですね、全体の一割くらいはいるんですね!?ほら見ろやっぱコンビニのバイトはなし、こんな危険な仕事とんでもないです、やりきる自信がありません、危険手当が付いたってお断りです!ちがうのさがしますちがうの」
 小金井のアドバイスを激しく首振り断固として拒否、加速した手付きでページを次々開く。
 こうしてみると世の中には本当にいろんな仕事があるなあと感心する……って、呑気に感心してる場合じゃない。探さなきゃ仕事。眼鏡ごしの目をこらし非常な集中力をもって片っ端から募集要項をチェック、時間帯と時給を確認、あーでもないこーでもないと選り好みして頭を悩ませるぼくの横で小金井は胡坐をかきゲームに耽溺。コントローラーを叩き今しも春麗自慢の脚線美で敵を悩殺、必殺の蹴りを一閃してあざやかに倒す。
 ひとが真面目に仕事を選んでる横でこの男は。
 「小金井さんうるさいから静かにしてくださいよ、集中できないじゃないですか!」
 痺れを切らし注意するも小金井は馬耳東風、「へーい」といい加減な返事をしてまたゲームに戻る。
 反省の色がかけらもない態度に苛立ちつつ上から下へ右から左へと目を移動させ理想の……は無理でも、妥協できる線のバイトをさがす。小金井は無難だと言うが初っ端からコンビニのバイトはきつい、なにせ八年のブランクがあるのだ。対人恐怖症をいまだ克服できない身にはハードルが高すぎる。
 コントローラーの棒をぐりぐりいじくりまわし順調に勝ち進みながら小金井が聞く。
 「東ちゃんはさーどんなバイトがいいの?」
 「できるだけ人に会わない仕事、うちで出来るのがベスト。あ、これなんかいいかも」
 新たなページの真ん中あたりに掲げられた告知に目がとまる。募集要項と仕事内容を精読し、確認と兼ね合いをかね、ひとり真面目くさって頷く。 
 「どれどれ」
 「ダイレクトメールを折り畳んで封筒に入れる仕事。あ、封筒の内職もいいなあ」
 「………地味」
 小金井がぼそり呟く心ない一言というか率直な感想に傷付く。まあ、事実ではあるんだけど。
 ぼくの手元を覗き込んだ小金井がなんとも言えない顔をする。
 「東ちゃんさー、それじゃ全然進んでないよ。せめて外出ようよ。ダイレクトメールを封筒に入れる仕事とか家でも出来るじゃんさ。もうちょい積極的にひとと関わりにいこうって」
 「だってそんな、いきなりハードル高すぎですよ。ろくにしゃべれもしないのに接客業なんて出来ないし、まかり間違ってファーストフードの中の人にでもなったら注文復唱のたび噛みまくりだし、お釣り銭渡すときにひたっと指が触れちゃったらどうするんですか!」
 襖ごしの対話から一週間が経過した。
 あれからぼくは小金井に導かれゆっくり少しずつ変わる努力をし始めた。
 立川・八王子版フロムAを読むのはその一環だ。
 前は週に一度、深夜人目を避けるようにして最寄りのコンビニに買出しにいくのが関の山だったが、最近は小金井の積極性に感化されーというか引きずられーいやいや不承不詳昼間でも外出するようになった。小金井は根っから活動的な性質で、家の中にこもってる時と外を歩いてる時とじゃまるで表情が違う。
 外出の用件は食材の買出しだったり単なる散歩だったり様々だ。
 小金井と出会う前は、月に一度の秋葉原遠征を除いて外に出ることなく部屋にこもりっきりだった。秋葉原遠征時は貪欲なるおたくの業で対人恐怖症を克服していた。できることなら外に出ず人に会わず済ませたいがそうもいかない哀しきかなおたくのさが、ことフィギュアに関しては現物にじかに触れて接してみないとわからないという信念がある。フィギュアにかける情熱プラス新刊フラゲの誘惑と対人恐怖症を秤にのせたら、ほんの少しだけ前者に傾く。
 前日まで怖くない怖くないとイメージトレーニングを積み重ね暗示をかけ、そうまでしてもヤワな心臓と胃が耐えきれず、極度の緊張とストレスによる腹痛に見舞われ当日になって秋葉原行きを断念した経験も少なくない。一度など本気で神経性胃炎を疑ったほどだ。
 外に出るという行為はぼくにとってそれほどまでにプレッシャーを伴う。
 小金井が来てからほんの少し外への恐怖が薄まった。玄関の敷居は相変わらず高いけど、ものすごく頑張ればこえられないほどじゃあない。
 ぼくがたっぷり十秒間葛藤し、運命の一歩を踏み出す決断に至るまでの間、小金井は傍らでじっと見守ってくれる。
 せかさず、茶化さず、ゆっくりと。
 じれったいほどとろくさくて優柔不断なぼくを自然な素振りで待っててくれる。
 まあそれはそれこれなこれなわけで。
 「ガンプラ作りで鍛えた手先にはちょっと自信あるんで。細かい作業得意だし、あんま苦になんないし、これなんかいいとおもうんだけどなあ」
 実際バイトを選ぶ段に至って重視するのはシフトよりも時給よりもなにより、なるべく人と会わず関わらず済ませられる仕事という一点。
 消極的な消去法。外出頻度こそ増えたものの、人との接触はまだ怖い。接客なんてとんでもない、想像しただけでいやな汗をかく。
 そんなぼくがこなせる仕事といったら外に出ず人に会わず在宅で出来る内職に限られるわけで、造花を作ったり封筒を糊付けしたりダイレクトメールをひたすら折り畳み封筒にいれ折り畳みいれ封筒にいれての反復作業なら慣れ次第でなんとか……
 「ネガティブ思考禁止」
 小金井の能天気な声が憂鬱を吹き払う。
 ゲームに飽きてコントローラーを放り出した小金井がごろんと寝返りを打ち、ぼくの読む冊子を覗きこむ。
 「東ちゃんがそれでいいならいいけどさ、延々ダイレクトメール折る作業も単調で疲れるよー」
 「小金井さんやったことあるんですか」
 「いんや、ないけど」
 小金井がぼくの手からフロムAを奪う。あっと叫び取り返そうとするも、小金井はすでにフロムAを顔の前にかざし、ふむふむと読み始めていた。
 「恋愛も仕事もAから……どうしたの東ちゃん、なに赤くなってんの?まさかこの程度で照れてンの?童貞っぽいなあ」
 「うるさいな、関係ないです。返してくださいよそれ、読んでるのに」
 このフロムAは先日出かけたコンビニで無料配布されてたのを貰ってきたもので、イメージトレーニングをかねもう何十回も読み返している。
 意地悪くにやつく小金井の手からフロムAをひったくり、栞がわりにページの端を折り曲げる。
 残念ながらいまだイメージトレーニングどまりで面接の予約電話をかける決心がつかない。つくづく弱気な自分が情けない。
 いじいじ三角にページの端を折り曲げ落ち込むぼくの背後で、唐突に小金井が立ち上がる。
 「もうこんな時間か。買出し行ってくる」
 「あ、ぼくも……」
 行きますと続けようとした時には小金井はすでに軽い足取りで玄関に向かっていた。
 玄関に脱ぎ散らかした靴に足をもぐらせ、鍵を開錠し振り返る。
 「東ちゃんは気がすむまでフロムAと睨めっこしてなさい」
 「え」
 「んじゃいってきまーす」
 さしのべた手を引っ込めようかどうしようか迷うぼくを置き去り、ひとりさっさと出かけていく。
 ドアが閉じ、小金井の背中が視界から消える。
 漫画アニメラノベゲームが散乱し堆積する爆心地のような部屋に取り残され、呟く。
 「………なんだよ、あれ」
 付いてこなくていいって何だよ。
 安堵と同時に釈然としない気持ちを抱く。
 外に出なくてすんだ安心感にもまして、単身留守を任された疑問が膨れ上がる。
 ひょっとして、挙動不審なぼくと一緒に歩くのが恥ずかしくなったんだろうか。
 買出しに行くコンビニでは会計が終わるまできょろきょろそわそわ落ち着かなくて、いい年した男二人連れが平日の昼間にコンビニに来るなんて珍しくて目立ちまくりで、散歩がてら公園に寄れば井戸端会議に集う主婦が明らかにこっちを見てひそひそ噂していて、つまりそれはぼくに嫌気がさしたってことで 
 まさか、このまま出て行くつもりじゃないだろうな。
 「……………っ………」
 ぼくがあんまりぐずでうざいから、変わりたいとか口先だけで実際はフロムAと睨めっこしてるだけ面接の電話もかけられない究極のへタレビビリだから、愛想が尽きてしまったんだろうか。
 買い物は口実で、出ていったきりもう帰ってこないんじゃないか?
 胸の内で膨れ上がるどす黒い不安。
 暗澹たる想念が渦巻き、思考がネガティブな方へ急傾斜していく。
 おかしい、なんでこんな不安なんだろう。
 小金井なんかいついなくなったっていいじゃないか。もとから招かれざる客、疫病神の居候だ。
 ぼくの日常にずかずか土足で上がりこんだ無礼極まるヒモなんかとっとと消えてくれたほうが……
 小金井がいなくなった部屋はやけに殺伐と広く空疎に感じる。落ち着かない気持ちに駆られ、ぐるりと部屋を見回せば、おもむろにそれがとびこんでくる。
 「あ」
 小金井の財布。
 「……サザエさんじゃないんだから」
 定番すぎ。
 小金井は肝心の財布を持たず出かけてしまった。イマドキ財布を忘れて買い物にでかけるなんてベタな失敗をやからす人間がいるなんて驚きだ。
 ひとり突っ込みをいれ拾い上げた財布を掴み、いそいそ玄関へ向かい、ドアを開くー
 ドアを細めに開け、隙間から外を覗き、咄嗟に閉じる。
 小金井は階段の途中にいた。だれかと話してる。だれと?ぼくのよく知る人物……
 兄さん。
 なんで兄さんがここに?またいやがらせにきたのか?
 アパートの廊下に生活費をばらまかれ拾わされた屈辱的な思い出がよみがえる。
 十分警戒しつつ、階段の半ばで立ち話するふたりの様子をドアの隙間からうかがう。
 「お兄さん、なんで」
 「ちょうどよかった。話がある」
 「東ちゃんなら部屋に」
 「君にだ」
 え?
 予想外の台詞に狼狽。小金井も怪訝な顔。
 背広で決めた兄さんは尊大な態度で小金井を身なりを観察し、先に立って階段をおりだす。ついてこいの意思表示。
 「立ち話もなんだな。近くに公園があったろう、そこへいこう」
 「いっすよ」
 小金井が軽く応じる。ふたりして階段をおりる。ドアの隙間から背中を見送り混乱をきたす。
 なんで兄さんが?ぼくに用があるんじゃないのか?小金井に何の話だ?
 気付けば財布を掴む手がじっとり汗ばんでいた。慎重にドアを開け、小金井と兄さんを追って階段をおりる。
 十分距離を空け尾行を開始、電柱を隠れ蓑にしつつ後を追う。外は怖いとか人に会うのが怖いとかさんざんぼやいていたくせに、好奇心に負ける。
 じき公園に到着する。小金井と兄さんが前後して公園に入っていくのを確かめぐるり迂回し、反対側の入り口からこっそり忍び込む。
 公園はそこそこ賑わっていた。ベンチのそばでは近所の主婦が井戸端会議を開き、子供たちを目の届く範囲で遊ばせている。
 元気に駆け回りはしゃぎまわる子供の歓声で満ち溢れた公園の隅、兄さんが寂れたベンチに腰掛け、小金井に座るよう促す。
 目配せを受けた小金井が軽く会釈し、隣に座る。ぼくは……ええと、どうしよう。いつまでも立ち尽くしてたらあやしまれる、尾行がばれてしまう。
 所在なくあたりを見回し、中腰の姿勢で頭を低め忍び歩き、遊具の陰から陰へと身を隠しつつ中央をめざす。
 公園のちょうど真ん中あたり、お椀を伏せたようなドーム型に、ロッククライマーの練習壁に似た凹凸が穿たれた謎の物体がある。
 遊具に分類していいのか非常に判断がむずかしい外観で、遠目には不時着した未確認飛行物体のようにも見える。
 コンクリートの小山の基底部にトンネルが掘り抜かれている。無邪気に遊ぶ子供たちに紛れ、壁に沿って後ろに回り、トンネルをくぐる。子供の体格なららくに通り抜けられるだろうが、大人は身を屈めねば通れない。
 窮屈なトンネルをじりじり這い進み、可能な限りベンチに近付く。天井は異様に低く圧迫感がある、油断すると頭をぶつけそうだ。
 トンネルはドームの東西南北四箇所あり、中で交差し、声がよく響く設計になっていた。まさかこの年になって子供の目線を体感するはめになるとはおもわなかった。暗いトンネルのむこうから光が漏れる。終点の光をめざし進む。コンクリートトンネルの中、外の喧騒が独特のこもった反響を帯びて響く。
 ベンチに並んで腰掛ける兄さんと小金井。ちょうど出口の斜め前あたりにベンチが置かれている。距離はそれほど離れてない、普通の声ならぎりぎり聞こえる程度だ。兄さんは膝の上で手を組み俯いている。物思いに耽っているようにも重大な話を切り出そうとしているようにも見え、口の中が乾く。
 「あ」
 兄さんと小金井が座るベンチの前を小さな男の子がふたり駆けて行く。
 一人が転び、派手に投げ出す。小金井がすぐさまポケットから手を抜き、助けおこす素振りをする。兄さんの目にも一瞬躊躇の光が宿る。手を貸すべきか貸すまいか逡巡し、浅く腰を浮かせ固まる兄さんの思惑をよそに、もう一人の男の子が引き返してくる。
 おそらく兄弟だろう。
 べたんと地面に突っ伏し号泣する幼児といえる年齢の男の子を、年嵩の子が「泣くなよ、かっこ悪い」と叱咤し、腕を掴んで立たせてやる。
 小金井が手をひっこめる。
 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に甲斐甲斐しく膝の砂汚れを払い、優しさを見せた照れ隠しだろうか、やや乱暴にその腕を引っ張って連れて行く。
 再び駆け出した幼い兄弟を見送り、ベンチへと戻る。
 兄さんが懐かしそうに目を細める。
 「……東もなにもないところでよく転んだ」
 「今の子たちみたいにふたりでよく遊んだんですか」
 「昔の話だ。弟の遊び相手といったらたいてい俺だった。昔から人見知りが激しく情けないやつだった。隣家の飼い犬に吠えられて泣く、砂場でトンネルを掘って生き埋めになる、転んでは泣く、母親が作った弁当を残してごめんなさいと泣く。……世話ばかり焼けた」
 「仲よかったんですね」
 「……くさっても兄貴だからな。しかたなく尻拭いをしてた」
 「何歳はなれてるんですか」
 「六つだ」
 沈黙が漂う。小金井と兄さんは不思議とリラックスした表情で大して広くもない公園を眺める。
 子供たちが無邪気に遊び主婦が談笑し木漏れ日がちらちら地面に舞う。
 「………」
 昼下がりの日差しを浴びベンチに安らうふたりと対照的に、ぼくは暗く狭いコンクリートのトンネルにこもりきり、ばれないよう息を潜めている。
 兄さんがおもむろに口を開く。
 「東はアンパンマンで泣く子供だった」
 小金井が振り向く。
 ぼくも顔を上げる。
 「バイキンマンが負けてばかりで可哀想、一回くらい勝たせてあげればいいのにって……そういういやになるほど優しいヤツなんだ、あいつは」
 兄さんのこんな感傷的な声を聞くのは何年ぶりだろう。
 ぼくが知る兄さんはいつもいつでも堂々として、こんな湿った声を出すような人じゃなかった。
 砕けた私服の小金井はともかく、背広姿の兄さんは周囲から浮く。会社をサボって公園で暇を潰す会社員と誤解されかねない。多忙なスケジュールを何とかやりくりし病院から脱け出してきたのだろう証拠に体からうっすら消毒液の匂いが漂う。
 「お兄さんと東ちゃん、よく似てます」
 兄が緩慢な動作で顔を上げる。
 小金井は飄々と続ける。
 「素直じゃないところが特に……どっちもしんどい生き方してるなってのが感想です」 
 「ふん。君になにがわかるんだ」
 「わかる……っていったら傲慢かもしれねーけど、お兄さんと東ちゃん見てたら、すれ違いって切ないなと思います」
 知ったかぶった口をきく小金井に、兄さんが皮肉げに鼻を鳴らす。
 「……君は一緒に暮らし始めてたかだか一ヶ月かそこらだろう。俺は八年間東のダメさ加減を見てきたんだ」
 そんな兄さんの態度をしれっと受け流し、小金井がほくそえむ。
 「やっぱり。お兄さん、あれからもたびたびアパートに来てましたよね」
 え?
 小金井の思わぬ発言に目を丸くする。
 図星を突かれ兄さんがたじろぐ。
 「部屋に直接こなかったのはやっぱこないだのこと気にしてるんですか?毎回アパートの近くまで来るのに」
 「東は相変わらずか。はたちすぎて漫画だのゲームだの子供の遊びにかまけてるのか?」
 「ちょっとだけ変わりました。いや、ちょっとじゃないかな……出会ったころに比べればすごく変わった」
 「どんなふうにだ」
 「よく外に出るようになりました……つっても、頑張って週三が限度だけど。この公園とかコンビニとか、行く場所もたいてい決まってるけど。身だしなみにも気を付けるようになったし……あ、そうだ、ボディソープとシャンプー買ったんです。ちゃんと体と髪洗いたいからって。前はちびた石鹸ひとつ使いまわしてたのに」
 「そうか。きみたちは日中何してるんだ?」
 「ゲームしたりガンプラ作ったり漫画読んだりパソコンしたり……ぐうたらすごしてます」
 「社会人失格だな」
 「自覚してます」
 「東は、その……やせてないか。吐いたりしてないか、最近」 
 不器用に聞く兄さんに小金井が小さく笑う。
 「逆にちょっと太りました。東ちゃんやせすぎだからちょうどいいです。東ちゃん、料理作るようになったんですよ」
 「カップラーメン以外に調理ができるのか」
 「自分でもやってみたいって言い出して、弟子入り志願。俺も料理はそこそこ腕に覚えがあるし、部屋におかせてもらってる礼に暇をみて教えてるんだけど、東ちゃんもとから手先が器用だから結構上手いんですよね。最初のころは油がはねるのが怖くて、フライパンをできるだけはなしてもって、おっかなびっくりフライ返しを使うもんだから見てるこっちがひやひやしたけど……目玉焼きとかチャーハンとか、今は簡単なものなら自分で作れるようになりました」
 襖ごしの一夜が明けてから自発的な意志で小金井に料理を習い始めた。
 せめて自分が食べるものくらい作れるようになりたい。
 ひとに甘えっぱなし、頼りっぱなしの現状から脱け出したい。
 小金井はぼくの頼みを快く引き受け、素人にもできる簡単な料理をいくつか教えてくれた。
 最初のころはフライパンを扱う手付きも危なっかしく、油がとんでは大騒ぎして「東ちゃん、コンロの火とめて!」と小金井に泡を食わせたが、最近やっと要領が飲み込めフライパンの扱い方に安定感がでてきた。
 小金井の手料理より若干味はおちるし、見た目もこげていたりくずれていたりお世辞にもいいとは言えないが、自分で苦労して作ったものはなぜかとても美味しく感じる。自然食欲が出て箸が進み、最近少しだけ体重が増えた。
 「………そうか」
 兄さんがふしぎと和やかに相槌を打ち、小金井を見る。
 「君は……東の何なんだ?友達なのか。どこで知り合った」
 「一ヶ月前、秋葉原で東ちゃんが絡まれてたとこ偶然助けたんです。俺、ちょうどその時元カノんち追い出されて困ってたところで」
 「東のお人よしにつけこんで転がりこんだのか」
 「まあそんなとこです」
 小金井が頬をかく。兄さんはため息を吐く。
 「………あいつに友達ができたなんていまだに信じられん」
 「頬つねってあげましょうか」
 「いい、余計な事はするな。言葉のあやだ」
 兄さんが少し慌てる。
 「冗談ですよ」と指を引っ込め笑う小金井に憮然とする。
 小金井が両手をズボンの尻ポケットにさしこみ、企み顔に笑みを含む。
 「お兄さんはさっき出会って一ヶ月の人間になにがわかるって言いましたけど、ニブイ俺にもわかることありますよ」
 「なんだ」
 「廊下に生活費ぶちまけて拾わせたの、単なるいやがらせじゃなくってちゃんとワケあるんでしょ」
 「…………あいつは金の有り難味を思い知るべきだ」
 「東ちゃんの前に現れなかったのはこないだの事気にして?」
 「会いたくないだろう、東は」
 暗いトンネルに隠れ、二人の会話を盗み聞く後ろめたさに心臓が高鳴る。
 兄さんの声はどこか普段とちがう。ぼくが知る兄さんは、こんな寂しげな声を出したりしない。
 「……一年間会いにこなかった理由もうっすら察しがつきます。ライオンを気取ったんだ」
 「獅子は自分の子を千尋の谷へと突き落とす」
 「そして上ってきた子だけを育てる。……ホントなら谷底に見にきちゃいけなかった、ずっと知らんぷりしてなきゃいけなかった。心配で我慢できなかった、ちがいますか」
 「一年会わずにいれば多少は変わってるかもと期待したんだが、買いかぶりすぎだった」
 失望のため息を吐く。やりきれなさに顔が歪む。ぼくはまた、兄さんをがっかりさせてしまった。
 一体何度ひとの期待を裏切れば気がすむんだろう。
 「そりゃそっすよ、お兄さんが千尋の谷に突き落としたのはライオンの子供じゃなくて生まれたてのバンビだったんです」
 「言いえて妙だな」
 ………意気投合されても。
 小金井がフォローする。 
 「バンビだけど、がくがくしながら立ち上がろうとしてます」
 「俺の目から見ても東は変わった。すべては君と出会ってからだ」
 兄さんが訥々と言う。
 「俺や両親が八年かかって出来なかったことが、たった一ヶ月の間になしとげられた。最近、東は明るくなった。随分マシな顔をするようになった。昔は……八年前は、あんなふうに笑えなかった。君と一緒にコンビニや公園に出かけるとこを何度か見かけたか……楽しそうだった」
 「あちゃ、見られてたんだ」
 「すまん」
 兄さんが素直に詫び、ふいに口を閉ざし、憂いに満ちた顔を伏せる。
 「………八年前、東がひきこもるきっかけを作ったのは俺なんだ」
 「え?」
 「中二の時、あいつは酷いいじめにあった。なにをされたのか、とうとう自分の口から詳しく語らなかったが……症状と傷を見ればおのずと察しがつく。酷いものだった。一時期は家族にさえ怯えていた。朝おきて、飯を食べて、制服に着替えて、いざ学校へ行こうと玄関へ出るたび吐いてしまう。俺は、それを甘えだと決め付けた。うちは……父が院長で、俺は外科志望で、恥ずかしい話、心の病気方面にはおそろしく疎かったんだ。何も事情を話さず部屋にひきこもる東の態度は逃げているとしか映らなかった。俺は一方的に怒鳴り散らすばかりで、苦しみを理解しようともしなかった」
 『どれだけ母さんに迷惑かければ気がすむ!』
 『ここを開けて出て来い東!』
 兄さんが息を吸う。ひとつひとつ言葉を絞るたび、伴う苦痛に顔が歪む。
 「なら一生ひきこもってろ、みっともないから外に出るな……八年前、俺が言った台詞だ」
 兄さんがこぶしを噛むようにして俯く。
 「ずっと後悔してたんですか」
 「責任の取れない言葉を口にすべきじゃなかった」
 「お兄さんは東ちゃんに嫌われ憎まれ続けることで責任をとろうとしてる。ちがいますか」
 「東がひきこもりになったのは、俺のせいだ」
 「生活費を廊下にぶちまけて拾わせたのも東ちゃんの事を本当に考えてたからで、いやがらせなんかじゃなかった」
 ぼくは。
 ずっと、八年間ずっとずっと勘違いしていた。
 兄さんに嫌われてると思い込んでいた。
 周囲の人の優しさに甘え依存してなんとか生かしてもらってるのに、全然気付かなかった。
 兄さんは贖罪をかね憎まれ役を演じた。
 あの時感情的に怒鳴った一言がきっかけでぼくがひきこもりになったと思い込んで、ずっと苦しんでいた。
 確かに兄さんの言葉は、ぼくがひきこもる一因となった。だけど、おおもとの原因はぼくにある。ぼくがもう少し強ければ、もう少しだけ強ければ、兄さんは八年も自分を責め続けずにすんだのに。兄さんはずっとずっと自分が引き金を引いた自責の念に苛まれ苦しんで苦しみぬいて、ぼくに冷たく当たったのは立ち直らせたい一心で、廊下に生活費をぶちまけ拾わせたのもいやがらせじゃなくって、金の有り難味を思い知らせたいがための苦渋の決断だった。
 なのにぼくは、八年間ずっと、兄さんの本心に気付けずにいた。
 自分は嫌われてると思い込んで、勝手にコンプレックスを育んで、なにをやらせても完璧な兄さんに羨望と嫉妬と憎悪の入り混じった暗い感情を抱き続けていた。
 ぼくは、本当にどこまで
 「お兄さん、本当は東ちゃんが心配なんだ。東ちゃんが大好きなんだ」
 どこまで、ばかなんだ。
 思い出した。むかしのぼくはかっこよくてなんでもできるお兄ちゃんが大好きだった。しょっちゅう兄さんのあとをついてまわっていた。
 兄さんは怒ると怖いけど、ぼくが砂場でいじめっ子に山を蹴り崩され泣いてたら血相かえて飛んできて、傷だらけで戦ってくれた。
 何もないところでよく転ぶ弟に手を貸さず、「立て」と命令し、こみ上げる涙と擦り剥いた膝の痛みを堪え立ち上がったら偉いぞと褒めてくれた。
 「くさっても弟だからな」
 思い出す。部活でくたくたに疲れきって、帰ったら真っ先にベッドに倒れこみたいのに、兄さんは毎回ぼくの部屋に足を運んでくれた。
 思い出す。負けてばかりのバイキンマンが可哀想と泣く弟を、「アンパンマンとバイキンマンはほんとは仲良しなんだ、バイキンマンはいじめられてるわけじゃないんだ。今度こそは勝ってやるって、がんばって研究して、色んな道具を発明したりいたずらを考えるのを楽しんでるんだよ。だってさ、アンパンマンに勝ったらそこで終わっちゃうだろ。そしたらきっとつまんないよ、すぐあとはよくたってライバルがいなきゃ張り合いないよ」と懸命になぐさめてくれた。
 兄さん。
 兄さん。
 「………ッ………!」
 ごめんなさい。
 トンネルの中、通路の壁に背中を預け、膝を抱え込む。
 兄さんは八年間ずっと嫌われ者の役割を演じてくれた、憎まれ役になりきってくれた、バイキンマンに徹してくれた。
 イースト菌のハンドルネームはぼくが自分でつけた。
 中学時代の蔑称をそのまま受け継いだ自虐的な名前をあえて選んだのは、八年前から一歩も進んでないぼくにはその名前こそふさわしいと思ったからだ。
 ぼくは八年前から全然変わってない。兄さんもまた、八年前のあの日に心の一部を置き去りにしたままだった。
 
 一生ひきこもってろ、みっともないから外に出るな。
 ぼくを切り刻んだ言葉は、同時に兄さんをも傷付けた。
 いや。
 ぼくのように逃避も依存もせず、現実と戦ってきた兄さんこそ一番辛かったのかもしれない。

 ぼくの心は八年前、十四歳の時点で成長をやめてしまった。
 二十二歳の体に十四歳の心の子供は、身近な人の苦しみを想像すらしなかった。

 「……やっぱよく似てる。兄弟そろってツンデレだ」
 「は?ツン……なんだ?」
 「ツンデレっていうんですよ、そういうの。東ちゃんの受け売りだけど」
 頭の上をふたりの会話が流れていく。まだ顔を上げられない。
 自分が情けなくて恥ずかしくて、兄さん母さん父さん、八年間ぼくを包んでくれた家族に対し、さまざまな感情が湧き上がって、喉が詰まって。
 食事にラップをかけ毎日欠かさず部屋の前においてくれた母さん。
 毎日ドアを叩いた兄さん。
 実家を出る前日、荷造りするぼくを眺め、「……手伝おうか」と言い出した父さん。
 なんでもっと、ちゃんと話してこなかったんだろう。
 今だ顔を上げる勇気は出ず、抱え込んだ膝に顔を埋めたまま、兄さんの声だけを聞く。
 「……東は優しいヤツなんだ。子供のころ、いじめっ子に砂山を蹴り崩されて泣いていたところに偶然通りかかって追い払ってやったが、そしたらもっと泣くんだ。どうしたのかって聞いたら、何も言わず、プラスチックのバケツをもって水汲み場にとんでいって……水をばちゃばちゃこぼしながら戻ってきて。小さな手で一生懸命すくって、俺の膝にかけるんだ。いじめっこに転ばされて、擦り剥いた膝に。殆ど指のあいだからこぼれてしまったが……」
 ぼくが覚えてない小さい頃の思い出を、兄さんはちゃんと覚えていた。
 「……あんなに思いやりがあって優しいヤツが、ダメなはずがない」
 「直接言えばいいのに」
 小金井が含み笑いでからかう。兄さんが息を吐く。
 「……正直、よく知りもせん相手にこんなことを言うのはどうかと思う。思うが……君が来てから、東がいい方向に変わってきてるのは事実だ。八年間同じ場所にいたあいつがほんの少しずつ前に進んでるんだ。おそらく君の背中を手本にして」
 「前に立つんじゃなくて隣を歩くんです」
 小金井が穏やかな顔で言う。
 「たぶん東ちゃんに必要なのは、前に立って歩く人じゃなくて、隣を歩く人じゃないかな。遅くたっていいんですよ。回り道したから見えてくるものやわかることきっといっぱいあるし……あー、バカだからうまく言えねー。言えないけど、ダメな自分を自覚して、そこからちょっとでも進もうって足掻いてる人に必要なのは過干渉な手助けでも突き放す優しさでもなくって……」
 語彙の少なさと説明の拙さを恥じるように一呼吸おき、吹っ切るようなとびっきりの笑顔でてらいなく言う。
 「……少なくとも俺は、見苦しく足掻いてる今の東ちゃんが大好きです。すンげー人間臭くって」
 大好きです。
 その言葉を聞いた瞬間、頬が燃え上がる。
 「そういえば君は何の用で外にでたんだ」
 「これから買い物にいくんです」
 「東は一緒じゃないのか?」
 「秘密っすよ?」
 小金井がいたずらっぽく人さし指をたて、兄さんのほうへと体をずらし、こっそり打ち明ける。
 「今日は東ちゃんと出会ってから一ヶ月と一週間記念日なんです」
 え?
 予想外の台詞に面食らう。兄さんも同様らしく、理解不能といった顔。小金井はひとり嬉々として続ける。
 「ホントは先週が一ヶ月記念だったんだけど色々あって祝うどころじゃなかったから、一ヶ月と一週間目にリベンジでドッキリパーティーっす。一緒に買出しにいったら献立わかってお楽しみ半減じゃないですか、てなワケで東ちゃんにはお留守番してもらってます。あー何がいっかな、やっぱブナンに鍋かなー。パーティーの醍醐味つったらやっぱ鍋っすよね、でもただの鍋じゃ芸がないから闇鍋かな、でも鍋はふたりだと盛り上がらないんだよなー。そうだ、よかっらお兄さんも一緒に」
 「遠慮しておく」
 兄さんが柔和に苦笑しベンチを立つ。平和な陽射し注ぐ公園に子供たちの歓声がこだまする。
 小金井も腰を上げ、兄さんと向き合い立つ。
 兄さんが物言いたげに小金井を見詰める。小金井もまた気負わず見返す。
 兄さんが意を決し顔を引き締め、小金井に対し、深々と頭をさげる。
 「弟をよろしくお願いします」
 兄さんが人に対し腰を折るのを見るのは、これが初めてだった。
 丁寧に一礼された小金井はといえば、いつもどおりだらしない姿勢で笑みを浮かべ請け負う。
 「わかりました」
 兄さんが去っていく。公園を突っ切る途中、砂場で遊ぶ先の兄弟をちらり一瞥し、眩げに目を細める。
 楽しげにじゃれあう幼い兄弟に何を思ったのか、それきり振り返らず公園を出て、道を歩いて去っていく。
 兄さんがいなくなるのを待ってコンクリートトンネルを出、小金井に気付かれぬよう、遊具に隠れつつ移動する。
 「あれ?財布どこやったっけ」
 「小金井さん、これ!」
 ズボンのポケットをさぐり困惑する小金井に、いかにもたった今追い付いたといった具合に、公園の外から声をかける。
 「東ちゃん」
 小走りに駆け寄り財布を渡す。
 「サンキュ」
 礼を言って受け取った小金井がちょっとだけ気まずげにぼくを見る。悪戯が仕掛けの段階で発覚したような顔。
 ぼくはあえて知らぬ存ぜぬふりを選ぶ。
 「じゃ、帰りますね」
 「え?せっかく外でたのに買い物行かないの」
 「ついてきてほしいんですか」
 「あ、いや、そういうんじゃねーけど……じゃなくて、別に東ちゃんが来ちゃ悪いとかじゃなくって、そりゃ一緒のが楽しいんだけどさ」
 珍しくうろたえる小金井がすごく面白い。
 「帰ります。ゲーム途中なんで」
 きっぱり言うなり身を翻し、来た道を駆け出す。背後から小金井の声が追っかけてくるも吹っ切って、アルファルトの道を軽快に蹴りアパートへと急ぐ。
 本音を言えば、これ以上小金井の顔を見てるのがいたたまれなくて。
 平静を装う自信がなくて。
 
 『俺は東ちゃんが大好きです』

 小金井が何気なく放った台詞が耳の中で響いて、心臓の音がうるさくそれを圧して、頬に上った血が顔全体を火照らせる。
 他愛ない言葉に、なんでこんなに動揺してるんだろう。
 耳朶まで熱くし、一散に道を駆けながら、脳裏でぐるぐると同じ言葉が回り同じ情景が再生される。


 ひとに好きだなんて言われたのは生まれて初めてだ。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010221184229 | 編集

 八年ぶりに鍋を食べた。
 「うへえ」
 ちゃんと歯を磨いたのにまだ口が甘い。
 それもこれも小金井のせいだ。鍋に板チョコをぶちこむなんて無茶だ、旺盛すぎて傍迷惑なチャレンジ精神を発揮しないでほしい。
 調子に乗ったヒモが無礼講と称しシュークリームやポッキーをどぼどぼぶちこんだせいで鍋は見るも酸鼻なおどろおどろしいカオスと化した。
 魔女が謎の呪文を唱えグツグツ煮込みかき混ぜる釜の中身を連想させる惨状にどん引きするぼくをよそに小金井は浮かれはしゃぎ「遠慮せずどんどん食べて東ちゃん、ほんの気持ち」と勝手にぼくが食べる分を器に盛り付けていた。あんなドロドロした気持ちはいらない、慎んで返上する。

 一ヶ月と一週間記念の晩餐は闇鍋だった。

 公園で盗み聞きしていたから正直特に驚きもなかったが、小金井が好意から立ち上げたドッキリ企画をむげにするのも心苦しかったので、せいぜい喜ぶ演技をしてやった。小金井の乗りにはしゃいだふりをするのは大変だった。しかし本当の地獄はここからだ。
 小金井がどっちゃり買い込んだ材料といえば長ネギや鳥のすり身団子カニかまぼこ魚肉ソーセージの無難な線から、上に挙げた板チョコシュークリームポッキーなど菓子類の多岐におよび、個々で分けて食えば美味しいそれぞれを一緒にぶち込むことで化学反応がおきて、鍋は一口が致死量となる地獄の釜と化した。それでもおもに小金井がひとりでたいらげた。食べ物を粗末にしたらばちがあたるという信条があるみたいで、早々に口を押さえギブアップしたぼくをよそに、小金井は「ん、まあまあイケる」とチョコレートベースのだしを小皿で啜っていた……舌がどうかしてるんじゃないか?
 思い出して気分が悪くなってきた。
 無意識に口を押さえ身を丸める。吐き気と戦うぼくの隣で、惨事を演出した張本人は豪快ないびきをかいてる。小金井はめちゃくちゃ寝つきがいい。寝相悪く毛布を蹴って爆睡する小金井の寝顔を見ていると、自分のデリケートさがばかばかしくなってくる。

 小金井と同居を始めて一ヶ月目と一週間目。
 襖ごしの対話から一夜明けて、ぼくは小金井と同じ布団で寝るようになった。

 『そんな暗くて狭いとこに閉じこもってないでこっちで寝よ。前も言ったけどここ東ちゃんの部屋なんだから、あるじが狭苦しい押入れにこもりっきりで居候がど真ん中占領して爆睡っておかしいよね?』
 『……敷金も家賃も親持ちですけど』 
 そう言って小金井がさしのべた手を、これも変わるために必要な第一歩だと妥協し、不承不承とる。 押入れからの脱出に成功したものの、いまだ一枚の布団を共有するのは抵抗がある。
 『小金井さんはいいですか?』
 『いいって、なにが?』
 『同じ布団ですよ?一緒に寝るんですよ?いやじゃないですか、くっついて寝るの』
 緊張しまくり噛みまくり、腕を引っ張る小金井に激しく首振り同衾を拒否するも、ヒモはへらっと笑って言う。
 『いんや別に。施設じゃ二段ベッド分けて使ってたけど、たまに一時預かりのガキが増えたり部屋割の関係で一緒に寝る事あったし全然抵抗ねー。つか、歴代元カノともフツーに同じベッド使ってたし……冬なんか暖房いらなくていいよ、お互いの体であっためあうの。あれ、東ちゃん真っ赤。想像しちゃったんだ?』
 赤面するぼくを至近距離から覗き込み、小金井がからかう。
 『男同士だし恥ずかしがることねーよ、俺もダチに泊めてもらった日はザコ寝だし……それとも何、寝言聞かれんの心配してんの?大丈夫だって、俺一度寝たら起きない体質だし東ちゃんがおねしょした年齢とか恥ずかしい秘密口走っても知らん知らん』
 『恥ずかしい秘密なんて口走りませんよ、見損なわないでください!せいぜいキュアレモネードへの愛と量産型ザクとシャア専用ザクの差異についての考察くらいです』
 『それは恥ずかしくないんだ……』
 売り言葉に買い言葉。気付けば小金井の巧みな口車に乗せられ同衾を承諾していた。
 さすがヒモ、口先が達者だ。
 小金井なら結婚詐欺をやらせても成功するかもしれない……って、犯罪だし。
 迷走する脳内思考に突っ込みをいれるも、以前のぼくならどんなにせがまれたところで他人と一枚の布団で寝るなんて考えられなかった。
 小金井と出会って、一つ屋根の下で暮らし始めて、ぼくの内面も着実に変化しつつある。なにより驚いた事に、息遣いと衣擦れが生々しく伝わる距離に他人が寝ているのに、肝心のぼくがちっとも不快感を感じてないのだ。
 恐怖心はある。
 警戒心も若干。
 けれども生理的嫌悪は限りなく薄まって、反対に、小金井がすぐ隣に寝ている現実に安心感さえ覚え始めている。
 怖い夢を見たらすぐ手が届く距離に小金井がいる。
 『俺、東ちゃんが大好きです』
 あの台詞に特別な意味なんかこもっちゃない、他愛ない台詞だ。
 小金井はいつだって軽いのりでぼくをからかう、それとおなじだ。 
 そう言い聞かせ平常心を保ち寝よう寝ようと努めるも、瞼は全然重くならず目はかえって冴えきって、隣に横たわる小金井を大いに意識してしまう。
 公園で兄さんとの会話を盗み聞いた。
 ぼくを語る小金井の声はとても優しくて、まるで友達の自慢をしてるみたいで、こっちの方がこそばゆかった。
 ベンチに座る小金井の声が、表情が、忘れられない。
 どうしてしまったんだろうぼくは。ひとに好きって言われたのは生まれて初めてで、家族以外の人間に褒められた経験あんまり……というか、めったになくて、だから必要以上にあとひいてまごついてるのだろうか。
 『じゃーん!』
 『小金井さんどうしたんですか、それ。すごい荷物ですけど』 
 『居候一ヶ月と一週間目を祝して闇鍋パーティー!』
 小金井と食べた鍋はまずかった。
 まずかったけど多分、一生忘れられない味になるだろう。
 鍋を食べるのは八年ぶりだ。八年前、ひとりぼっちで部屋にこもってた時は、毎日ラップをかけられた冷えたご飯を食べていた。そもそも鍋は大人数でつつくのが醍醐味でひきこもりには縁のない料理だ。実家を出て一人暮らしをはじめてからはカップラーメンや電子でチンの冷凍食品のお世話になりっぱなしで、やっぱり鍋を食べる機会はなかった。ちなみにぼくはコンビニ弁当を買わない。店員さんに「温めますか?」と聞かれたら「いいえ」にしろ「はい」にしろちゃんと対応する自信がないからだ。
 八年ぶりに食べた鍋は一生残る思い出になった。
 たぶんきっと、小金井と食べたから

 『東ちゃんも食べてみなよ勇気だして、ショコラフォンデュだとおもえばいけるって余裕で』
 『食事でんな勇気だしたくありません』 
 小金井がいたから

 「…………だから、なんだよ?」
 頬を中心に発した熱が首筋まで広がっていく。
 独り言を呟き、ふてくされ寝返りを打つ。
 小金井に背中を向ける。規則正しい寝息を背中で聞く。
 鼓動がどんどん速くなる。毛布に包まり目を瞑り眠気の訪れを待つもだめで、全然眠くならなくて、小金井がすぐそこにいるそばにいる寝返り打てば肘がぶつかりあう距離に、そう思うだけでどんどんどんどん胸が高鳴って喉から飛び出そうで頬が熱く赤く染まる。
 大好きって言われたくらいで動揺して。
 人と接触した経験がなくて、八年間ブランクがあって、免疫も耐性もなくて、だからただ背中合わせに寝転がってるだけでどきどきするんだろうか。男同士なのに……
 電気を消した暗い部屋。
 壁の棚や机にずらりならぶプラモやフィギュアも闇に沈む。
 布団のまわりにはゲーム機のコントローラーや漫画やラノベが散らかり放題で腐海の様相を呈す。闇を縫って伝ってくる電車の音、断続的な振動、線路を通過する電車の規則正しいリズム……
 夜ってこんなに長かったっけ。
 体感する時間が何倍にも引き延ばされたようだ。
 押入れの中に戻りたいと切に願う。押入れならきっとぐっすり眠れる、つらつら思い悩まずにすむ。
 狭苦しく寝苦しくて寝返りのたび頭や肘をぶつけこぶやあざを作る押入れが懐かしい。
 ああ、ドラえもんになりたい。
 
 その時だ、小金井がいきなり押しかぶさってきたのは。

 「ひっ!?」
 突如として柔らかく熱く重いものが押しかぶさってきて、ぼくの腕を掴みむりやり正面に向ける。
 喉がひゅっと鳴る。
 こみ上げた悲鳴を辛うじて飲み下し、噛み締めた歯の間から鋭く呼気を吐く。
 何、なんだ突然、どうしたんだ?
 咄嗟に枕元を手探り近くにおいたはずの眼鏡をもとめるも見付からずますますパニックが加速、押しのけるのが遅れる。
 視界が歪む。視軸が歪む。ぼくはド近眼で眼鏡がなきゃ何も見えない、輪郭とおぼろな目鼻立ちしかわからない。だけどだからこそ生々しい息遣いをリアルに感じひそやかでしめやかな衣擦れの音が耳朶をくすぐり触れた場所から伝わる体温が腰の芯を疼かせる。
 「な、ななななっななん、い、やめ、は、へ……!?」
 助けてドラえもん。
 困った時のドラえもん頼みとはよくいったもので今のぼくにはのび太の気持ちがよくわかるというか子供の頃からのび太くんに似てると言われてきたどそれは今どうでもよくて、今考えなきゃいけないのはなんで小金井が上に乗っかってるのかって一点で、とりあえずどかさなきゃこの体勢は密着過ぎてまずいもろに吐息が
 「寝ぼけてるんですか小金井さん、やめ、どい」
 「て」と発するより早く、小金井の手がシャツの裾を捲り、中へともぐりこむ。
 「っひゃ!?」
 色気のない悲鳴を放つ。汗ばむ手が素肌に触れ粟立つ。小金井の顔……闇の中よく見えない眼鏡がないから距離感掴めず不安が募る、本気になればどかせる、でも動けない、金縛りにあったように竦み硬直して体が言うこと聞かない。
 「-んっ……」
 敏感な脇腹をまさぐられ、鼻から細く息が抜ける。
 「こがねいさ……」
 「サチコ……乳……しぼんだ?」
 「え?」
 だれ。
 まさか。この展開は。昔の彼女とぼくを、寝ぼけて間違えてるのだろう……か?
 「FカップからAAカップに……」
 脇腹をやわやわまさぐっていた手が胸板に移動し、ない膨らみを揉むように五指を折り曲げる。
 小金井が怪訝そうに首を傾げる。
 「脂肪がしぼんだ………プッ」
 オヤジギャグかよ。 
 「ストップ小金井さ、ぼくはあんたの元カノでもないし女でもなー……ッ!?」
 続きは言わせてもらえない。
 しっとり汗ばんだ小金井の手がひたり肌に吸いつく感覚に自然と声が上ずる。 
 貧弱に薄い胸で手のひらが円を描く。小金井が騎乗の体重をかけてくる。圧迫感、恐怖感。
 「ぅあ……やめ、そこ……は、……ッ、く」
 媚びるような堪えるような声が、噛み締めた唇から漏れる。
 小金井の、手。骨ばった男の手。器用そうな長い指で仕掛けられた悪戯な愛撫は驚くほどたくみで、居候初日の夜這い未遂の記憶がまざまざよみがえって、だけどあの時と違って今の小金井は無意識で……ぼくを元カノと勘違いしていやらしいまねをしてるだけ、本人に悪気はない、じきに飽きてやめるか目が覚めて正気にもどる、だから……
 「!んっ」
 唇が首筋を這う。じゃれつくような接吻。
 小金井がぼくの首筋に顔を埋め、軽くついばみ、汗を味見する。
 『涙飲ませてくんない?』
 不実な笑顔と悪戯っぽくしたたかな声が耳の中に響く。眼球に触れた舌の感触、睫毛をはむ唇の感触、くすぐったくむずがゆい一種の性感にも似て淫靡な……
 息が、どんどん上擦っていく。
 じかに触られた体がやるせなく火照りだす。
 伏せた背中に伝わる断続的な振動、鼓膜をかすかに震わす電車の音、夢と現実の境がどんどんぼやけていく。小金井の動きが速く激しくなる。首筋をねぶる唇が劣情の熱を帯び、欲望が発露し、片手をぼくの腰へと回し抱き寄せる。
 「っ、勘違い……こがねいさんいい加減おきてください、ほんと追い出しますから……」
 小金井の顔を両手で掴み半泣きでひっぺがそうと頑張るもむだ、ヒモの手が意地悪く巧妙に動き、腰から内腿へと移る。
 緩やかに内腿をさすられぞくりと性感が芽生える。
 他人にさらわれたことはおろか自分でもさわったことない場所をおそろしく淫靡な手つきで撫で上げられ、全身から力が抜けていく。
 「……は……」
 引き剥がそうと肩を掴んだ手がずりおち、辛うじて服にひっかかる。
 小金井に縋り付いた体勢から弱々しく首を振る。かすかに首振り消極的に中断を訴えることしかできない、非力で無力で臆病な自分がとことん情けない。
 体が熱い。
 内側も、外側も。
 体の中から淡く官能の震えが広がって、やがてそれが性感に結び付く。
 涙で潤んだ目を上げ、至近に迫った顔に凝視を注ぐ。
 闇になれた目がおぼろに捉えた小金井の顔。
 至近距離でじっくり見ると意外と睫毛が長い。
 美形と一言で表現するのは簡単だけど、どんなに頑張っても二枚目半がせいぜいなのはどことなくだらしなくゆるんだ目元とにやけた口元のせいだろうか。
 「髪……さらさらだ」
 ぼくの髪をすくい、手の間をすり抜ける感触をうっとり楽しむ。
 髪には性感帯も神経もないはずなのに、小金井にもてあそばれ余裕をなくす。
 「………っ、はなし……はなしてください、ふざけないで……髪、は、やめてください……」
 「感じる?」
 「感じませんてば!」
 いつかとおなじ応酬。やっぱり寝ぼけてるのだろうか。
 感情も露に怒鳴るぼくをよそに、髪で遊ぶのに飽きた小金井が、突如として髪に顔を埋め匂いを嗅ぐ。
 熱く湿った息遣いを直接頭皮に感じ、悪寒とも快感ともつかぬ震えが、ぞくりぞくり脳天から爪先へ波打ち走り抜ける。
 唇が帯びた熱で、吐息で、愛撫で。
 全身の皮膚が性感帯へと造り換えられていく。
 「いやだ……」
 肌と服が擦れ合う感触さえ悩ましくじれったい。
 小金井が深く呼吸して髪の匂いをむさぼる。
 「……シャンプーかえた?いい匂い……フローラル」 
 外人?
 フローラよりビアンカのがタイプだ。
 「……髪、食べないでください……美味しくないから」
 「食べてない。嗅いでるだけ。すーっはーっ」
 「馬鹿じゃないですか……」
 本当に馬鹿だこの男。手に負えない。
 出てけよ布団から、アパートから。
 弱々しく憎まれ口を叩く。もう虚勢を張る元気もない。本気で暴れればどかせる、でもそうしたら起こしてしまう、その後のことを考えるとすごく気まずい。
 小金井の手がぼくの服の裾を大胆にめくり上げり、慣れた動作で再び腰に回る。
 何十回何百回と女を抱きなれた動作にみだらがましい妄想がふくらむ。
 「ぅあ、っく、も、むり……」
 怖い気持ち悪い膨らむ嫌悪を押しのけ蹴散らし煽り煽られ燃え上がる羞恥心、恥ずかしい恥ずかしいなんでこんな脱がされて服はだけて、気持ち悪い人肌のぬくもり気持ち悪いはずなのにどうしてこんな湿った声でるのか自分でもわからない。
 接触と同時に覚悟していたフラッシュバックが瞼の裏にちらつくも、性感帯を知り尽くし巧みに踊る指がすぐそれを蹴散らして、じき翻弄され雑念が介入する余地がなくなる。
 小金井の吐息が髪を湿らせ頭皮をくすぐり、腰をなぞる手が脊椎の突起をひとつひとつ辿りだすや、自分の体におきた偽りがたい変化におののく。

 勃っ、

 「………はっ?」」
 ズボンの股間が固くなる。
 そんなばかな、嘘だ。三次元の、生身の、しかも男にあちこちいじくられて……
 小金井はいい加減気付いてもよさそうなものなのによっぽど溜まってたのか抜きたいのかぼくを完全に元カノと勘違いして、体にさわればあるもんないしないもんあるしで性別ばれそうなものなのに全然で……

 拒む暇がなかった。
 拒もうという意志さえ働かなかった。
 
 「優しくするから」

 視線が絡んで。
 吐息の湿り気を顔に感じて。
 だって、小金井がそう言って笑うから。
 
 「!?んぶ、」
 唇に被さる唇。熱く柔らかな粘膜で口を封じられ抗議の声がこもる。咄嗟に首を振りもぎはなそうとすればはずみで前歯がぶつかりあう、けれども小金井はキスをやめない、両手を強く掴み縫いとめ強引に唇を奪う、行為の激しさに前髪がばらつく。
 唇をこじ開けもぐりこむ舌、ぬめる口腔を暴き貪り這い回る、口の中舌の裏に性感帯が隠れてたなんて知らなかったチャットの誰もタートル仙人さんもハルイチさんもまりろんちゃんも教えてくれなくて予備知識も心構えもできなくて動揺と醜態を晒す、唾液をこねる卑猥な音が耳につき頬が燃え立つ、小金井がぼくの舌を吸う、はむ、むりやり絡めとる。唾液に溺れ息ができず苦しい、小金井の肩を懸命に叩き懇願する、だけど小金井は行為に夢中で聞き入れてくれなくて解放されたいなら必死に応じるしかなくて、最初はおずおずぎこちなく、口の中を蹂躙する軟体の不快感を我慢して自分の方から絡めにいく。
 「はあっ、んく、ぁふ」
 小金井と二人分混じりあう唾液で顔がべとつく。体の芯が疼く。
 怖い気持ち悪い気持ち悪いで占領された頭が朦朧とぼやけて脳内麻薬が分泌され次第に気持ちよくなって、体がふわふわしてくる。
 たどたどしく舌を使う。
 引っ込めようとすれば小金井が積極的に絡めにきて、またしても強引に絡めとられてしまうくりかえしで、息継ぐ暇を与えてくれない。
 『東ちゃんが大好きです』
 『手伝うよ、やるだけやってみよう』
 『かっこよくなったじゃん』
 ぼくは、どうして
 
 「ふぁ、ふく」

 秋葉原で助けてくれた。
 アパートに押しかけた初日に夜這いをかけてきた。
 二人で散歩した夜道、街灯のほの明かり、餌付けした野良、アパートでぶちまけた小銭を拾うの手伝ってくれた、兄さんにお説教され落ち込んでたら公園に誘って慰めてくれた、ふたり競い合って高く高くブランコをこいだ、髪を切ってくれた、料理を教えてくれた、黒田を追っ払ってくれた
 開け放たれた襖のむこうから溢れる眩い光、さしのべられた手。
 『俺は東に生きててほしい』
 『世界中のくだらない百人が死ねって言ったって、目の前のたった一人が生きろって言ったら生きるっしょ』

 「ん、ぁふ、っあ、や」

 声が
 言葉が
 底抜けに明るい笑顔が
 かたくなに凝り固まった心をほぐしていって
 
 顔を手挟まれ中から蕩ける口付けの恍惚に溺れるさなか、目だけ動かした拍子に壁の棚に飾ったフィギュアとガンプラが目に入る。
 キュアレモネードが見てる。


 「!!!っ、」
 一瞬で理性が回復し、力一杯小金井を突き飛ばす。
 小金井は抵抗なく倒れこむや、そのまま大の字に寝転がって、ふにゃり弛緩した笑みを浮かべ夢の世界へと戻っていく。
 「はあっ、は、はっ……」
 くりかえし手の甲で唇と顔を拭う。全身にびっしょり汗をかき、ぬれた服が体にまとわりつく。
 手をつき、のろのろと上体をおこすもそこで力尽き、腰が抜けてへたりこむ。
 虚脱して布団に座り込み、震える指を唇にそえ、、闇鍋じみたキスの感触を反芻する。
 闇鍋?
 突拍子もない連想に、泣き笑いに似て顔が崩れる。
 「ほんと、闇鍋だ……」
 そんなふうにしてかきまわされたら、底から何がでてくるかわからない。
 現に。
 キスひとつで心をめちゃくちゃにひっかきまわされ、経験不足故自覚に至れなかった、本当の気持ちを暴き立てられてしまった愚かものが一人。
  
 今ならわかる。
 なんで髪にさわられただけで耳まで熱くなったのか、なんで呼び捨てにされてあんなにどきどきしたのか、わかる。

 キスの余熱を帯びてかすかに震える唇に指を這わせ、生唾を飲む。
 
 

 ぼくは、小金井が好きなんだ。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010220003915 | 編集

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MASTER > まりろんさん、いらっしゃい。
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まりろん >あり、めずらしくいちばんのり?おーい(へんじがないただのしかばねのようだ)
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まりろん >タートル仙人さんはまだ仕事かな。ハルイチさんも課題で忙しいって言ってたしいーちゃんは最近すっかりご無沙汰だしまりろんつまんなーい。放置プレイとか好きくなーいぐれちゃうぞーぷんぷんッ
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まりろん>もう暴動!ひとり暴動!まりろんに冷たくすると酷いんだからっ、爪剥ぎと指詰めダブル拷問の刑だからね!(`ε´)ぶーぶー
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MASTER > イースト菌さん、いらっしゃい。
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イースト菌 >┳┻╋┻┳┻┳╋┳┻╋┳┻╋┳┻┳╋┻┻┫д・)o コッソリ…まりろんちゃんが犯罪者予備軍発言を……
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まりろん >w|;゚ロ゚|w ヌォオオオオ!!ばれた!?
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MASTER > イースト菌さん、さようなら~。
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まりろん >いやーんいーちゃん見捨てないでー!!?(汗)
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MASTER > イースト菌さん、いらっしゃい。
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イースト菌>すいません、まりろんちゃんの本性目撃した動揺のあまりつい退室ボタンおしちゃいました……身の危険を感じて。爪剥ぎと指詰めダブル拷問とか想像しただけで気分が悪く……うぷ
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まりろん >いーちゃん繊細すぎ、冗談だって。みんなの紅一点アイドルまりろんがそんなおっかないことするはずないでしょー?血を見ただけで失神だよ
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イースト菌 >だってぼくむかしからグロとかスプラッタ苦手でバイオハザードできないですもん……ゼノギアスの缶詰やクロノトリガーのジェノサイドドームもトラウマで
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まりろん>相変わらず多難な人生送ってるねえ。もうちょっとグロ耐性つけたほうがいいよ?
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イースト菌 >世の中無難に生きてく限りそんな耐性いらないですって!
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イースト菌 >今日はハルイチさんと仙人さんいないんですか?まりろんちゃんだけ?ちょうどよかった
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まりろん >まりろんに何か用?あ、ひょっとして……告白?(*´ェ`*)ポッ
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イースト菌>ちgあiмぁす告白とかじゃなくてでも間違ってなくて!
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まりろん >盛大に誤字るほど取り乱すような用件なのかな?とりあえず落ち着いて深呼吸ひっひっふー
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イースト菌 >それ深呼吸じゃなくてラマーズ法だしなに産ませるつもりなんですかー……ひっひっふー
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まりろん>落ち着いた?じゃあまりろんに話してみんさい。ハルイチさんと仙人さんの在室の有無確認したってことはふたりに話しにくい用件?
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まりろん >腐った女の勘だけど~……ひょっとして例のヒモ兼居候くん関連?
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イースト菌 >いやまあ実は……するどいなあまりろんちゃん
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まりろん >いーちゃんが深刻そうに入ってくる用件といったら大体そんなとこっしょー?どうしたの、喧嘩したの?お姉さんに話してみなさい
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イースト菌>(お姉さんてまりろんちゃんほんとはいくつなんだろ……)あー……まりろんちゃんてその、ボーイズラブについて詳しいんだよね
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まりろん >え?まあそりゃね、鉛筆と消しゴムどっちが受けで攻めかって議論は十年前に通過した自覚あるけど。ちなみにまりろんの見解だと消しゴム包容攻めで鉛筆が襲い受け、分度儀がクール受けでコンパスがリバ有り
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イースト菌 >ボーイズラブ系の小説とか漫画とかよく読むんだよね?
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まりろん>自分から聞いたくせにさりげなく無視とか酷い……うん、読むよー。最近は勅使河原カモ子先生の放課後の保健室シリーズにハマってて……攻めさまがいいんだよね、俺様な鬼畜で。受けの保険医がこれまたステキなクール毒舌受けで攻めに押し倒されるたび白衣を乱して憎まれ口叩くんだけど新刊の『アレにオキシドールぶっかけるぞ!』って啖呵はかっこよくてしびれたなー。
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イースト菌 >その……そういう話だと、男が男を好きになるのってよくあることなんだよね。きっかけがいまいちわからないんだけど
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まりろん >きっかけなんて千差万別よりどりみどりだよ。出会った瞬間恋に落ちる一目ぼれ路線が王道でいまだ根強い人気だけど、最初は友達だったのが相手に彼女ができて初めて自分のホントの気持ちに気付くパターンもあるし、身も蓋もない例だと強姦から始まる恋もあるしね。あー、でもやっぱ一番ありがちなのは街で不良に絡まれたり電車で痴漢されてたところを偶然助けられてドキッ☆かな。あとはそうだなー借金のかたに売り飛ばされかけてヤクザと専属愛人契約とか
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まりろん >ピンチに颯爽と現れた気になるアイツ。攻めへの反発を経て信頼が芽生え徐徐に愛情へと変わってく心理描写が醍醐味
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イースト菌>じゃあ、ものはたとえなんですけど。最初はウザかったのに一ヶ月一つ屋根の下で暮らすうちに好感抱くとかいうパターンもあるんだよね?そういう場合どうしたらいいのかな、このままでいいのかな。特別意識してそわそわしても怪しまれるし、かといってもこれまでどおり何でもないふりできる自信ないし……距離の取り方が掴めなくて……アマゾンでボーイズラブ本いくつか注文して研究してるんだけど全然わかんなくって、というかいきなり強姦から始まったりいきなり凄い挿絵がはさまってたりで読めなくて、まりろんちゃんなら詳しいし、おもいきって相談してみたんだけど
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まりろん >……待て待ていーちゃん、ひとりで突っ走らないで落ち着いて説明して。なにを研究してるって?
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イースト菌 >心構えというか予備知識というか……本読んで勉強すればちょっとは明るくなるかなっておもったんだけど、その……まりろんちゃんいつもあんな過激なの読んでるの?そりゃぼくもエロリ漫画もってるしエロゲやるしひとのこと言えないけど、その……正直ぜんぜん参考になんないって、バレンタインデーにチョコあげるとかそのチョコを体にぬりたくったばかりじゃなく人に言えない場所に!!
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まりろん>ヒモに惚れたの?
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イースト菌 >、
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まりろん >例のヒモくん、好きになっちゃったんだ
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まりろん >いーちゃん?だいじょぶ?
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イースト菌>好き……好きっていったらいいかわかんないけど、多分好きで間違いないと思う……思うんだけど、よくわからなくて
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イースト菌 >漫画や本色々読んでもわかんなくて、チャットでまりろんちゃんに聞けば確信もてるとおもったんだけど
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イースト菌 >ごめんなさい、変なこと言い出して。気持ち悪いですよね、いきなりこんな……まりろんちゃんだってこんなこといきなり相談されたって困るってわかるんだけどここしか行くあてなくて、まりろんちゃんしか頼れる人いなくて。ハルイチさんや仙人さんは話分かるいい人たちで信頼してるけど、でも、ぼくが同性好きになったって知ったら絶対引く……どん引きする。ぼくだって多分ハルイチさんたちの立場ならそうだ、気持ち悪いっておもう。仕方ない、しかたないんだけど……やっぱ決心つかなくて
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まりろん>まりろんのこと信頼してくれたんだ?
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イースト菌 >まりろんちゃんは自他ともに認める腐女子だし、なんかいいアドバイスくれるんじゃないかって。……他力本願だよね
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まりろん >いつのまに好きになったの?
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イースト菌 >……わからないんだ。いつのまにか、気が付いたら好きになってたとしか
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イースト菌>八年間ずっとひきこもりだったこと、知ってるよね
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まりろん >うん
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イースト菌 >ひとを好きになるのも八年ぶりで……それを言ったら家族以外の人間とちゃんと話すのも八年ぶりで。秋葉原でオタク狩りにあったところを助けてもらって、免許証とりあげられて、八王子のアパートまで押しかけられて……初めの頃はひっかきまわされてうんざりした、一日も早く出てってほしかったのに……小金井さんって、ぼくと何もかもまるで正反対のタイプなんです。人懐こくて、人好きがして、子供や動物にモテて。初めて会った人にも屈託なく話しかけるし近所の人にもちゃんと挨拶する。外見はチャラチャラしてるくせにぜんぜん気取ったところがないんです、料理もうまいし
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イースト菌>最初はうざったかったんだけど、そのうち……すっかりペースに巻き込まれて、隣にいるのが当たり前になって
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イースト菌 >そばにいないと物足りなくって
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まりろん >盛大なのろけだー(;^ω^A テレテレ
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イースト菌 >のろけとかじゃ……
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イースト菌>………やっぱ気持ち悪いですか、男の人を好きになるって
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イースト菌>ぼくも……正直まだよくわかんなくて。この気持ちがなんなのか……ただ、初めてできた友達に依存してるだけかもしれなくて。中学もろくに出てない、ゲーム漫画漬けのおめでたい頭で、依存を恋と勘違いしてるんじゃないかって
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イースト菌 >この八年、ずっとまわりのひとの優しさに気付かず一方的に依存してきて。家族にも迷惑かけてばかりで、なにひとつ返せなくて。変わろうと努力してるけど、まだバイトも決まらなくて、小金井さんはゆっくりでいいよ、あせんなくていいよって励ましてくれるけど、かえってそれが辛くて
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イースト菌>変わりたいって思えたきっかけは小金井さんなんです
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イースト菌 >小金井さんが友達って言ってくれたから……恥ずかしくない自分になりたくて
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まりろん>いーちゃんは小金井くんが好きなんだよね?恋愛の方の意味で
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イースト菌 >近くにいるとどきどきするんです。顔が勝手に赤くなって……体が熱くなって……変な、感じで
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イースト菌 >そばにくるだけでビクッとして。首に息がかかるだけで皮膚がぞくっとして。コントローラーの操作に失敗して、これでもう何連敗だろ。前はこんなんじゃなくて、もっと普通でいられたのに、この前の夜……好きかもしれないって自覚してから必要以上に意識しちゃって。なんかだめなんです、全然。自分でもどうしたらいいかわかんなくて、『同性愛』『初体験』『カミングアウト』のキーワードでぐぐってみたら刺激強いのばっかでて、『夜這い』『未遂』『キス』足してやってみたらもっと凄くてとうとう窓閉じちゃって
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まりろん>……いーちゃんになにがおきたか大体察しがついた
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イースト菌 >キュアレモネードが助けてくれなきゃどうなってたか……押しが弱いぼくのことだ、きっとあのまま……
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イースト菌>だけど。自分でも意外でふしぎなんだけど、覚悟してたより気持ち悪くなくって。逆に、その……ふわふわしたかんじで。小金井さんが慣れてて巧いのかもしれないけど。腰とか……首とか……口の中とか、あまったるく蕩けてく感じで
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イースト菌>ごめんなさい忘れてくださいあーもーまりろんちゃん相手になに言ってんだよ恥さらして、もう二度とチャットこれなくなってもいいのかよばか!!
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まりろん >どうどう、ひっひっふー
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イースト菌>だめだだめだだめだめだシンジくんより情けない、親父にぶたれたことないアムロ以下です!ガンプラ作り教えてる時普通にしてなきゃいけないのにばれないようばれないようって言い聞かせれば言い聞かせるほど指が震えて汗が出て、小金井さんのシャツから伸びた首筋とか、ガンプラを扱う手とか見るたびこないだの夜の事がフラッシュバックして顔がぼっと燃え出して……あの手がぼくにさわったんだ、あの手が服の中に忍び込んで色々したんだって妄想が暴走して……だめだ、こんなんじゃ……頭の中身見られたらきっと嫌われる……
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まりろん>嫌いな相手と一ヶ月も暮らせないよ、いーちゃん
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イースト菌>ぼくといてくれる理由がぜんぜんわからない……根暗で吃音で人見知りで引っ込み思案、ひきこもりニートキモオタ、ガンプラ作りとフィギュア集めが趣味で、心の恋人はキュアレモネード。好きなエロゲジャンルは妹系、好きな漫画は……ほら、好きになってもらえる要素が見付からない
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イースト菌 >小金井さんは「手伝うよ」って言ってくれたけど……不安で不安でたまらない。いつかそのうち、嫌気がさすんじゃないかって。飽きっぽい猫みたいにふっといなくなっちゃうんじゃないかって
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イースト菌 >それに小金井さん……居候して一ヶ月もたつのに自分のことちっとも話してくれないんです。行くあてないって言うけど、小金井さんほど明るくてしゃべりやすいひとなら友達たくさんいそうだし……雰囲気からいって絶対モテるし、余っ程の事情でもない限り行くあてないなんてありえない。ぼくは……小金井さんに恥ずかしいところいっぱい見られてる、もう取り繕いようないくらい晒しちゃってる。兄弟喧嘩の醜態もひきこもりになった大元の原因も全部……なのにぼくだけ小金井さんのこと知らないなんて不公平だ、不安なんだ。生い立ちとかちらっと話してくれたけど、なんだか最近……様子がおかしくて
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まりろん>おかしい?
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イースト菌 >おもてに出るたびちらちらよそ見してるんです。だれかをさがしてるみたいな……いや、ちがうな……尾行を警戒してるみたいな感じで。どうしたんですかって聞いてもなんでもないって笑ってごまかされて、それきりで、腑に落ちないんです。前も一回あったんだけど……小金井さんが来て一週間目くらいかな、ふたりでコンビニ行った帰り道、いきなり目つきが鋭くなって。むこうの電柱をじっと睨んで。まるでだれかに追われてるみたいな……
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まりろん>自称ヒモくんとは一ヶ月前、秋葉原で出会ったんだよね
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まりろん>あのさ、いーちゃん。もういっかい詳しくなれ初め聞いていい?
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イースト菌>一ヶ月前、秋葉原で、オタク狩りに絡まれてたところを助けてくれたんです。第一印象は典型的チャラ男。黒地に髑髏のシャツにシルバーのドックプレート、茶髪ピアスのちゃらちゃらした外見で、助けてくれたひとにこんなこと言うのもなんですけど、ああ、近寄りたくないタイプだなあって一目で苦手意識を持ちました。おまけに電車の中までついてきてアパートに押しかけるし、見た目どおりずうずうしいヤツだなあって……まりろんちゃん?
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まりろん>一ヶ月前、秋葉原で、髑髏のシャツ。間違いないね?
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イースト菌>?間違いないけど
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まりろん>外見もっとくわしく聞いていい?髪の長さとか顔立ちとか年齢……
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イースト菌 >えっと……髪は普通の長さ。ってもわかりにくいか、無造作ヘアーでテキトーに散らして……襟足にちょっと届かないくらいかな?顔は整ってる方、ぱっと見ナンパな優男です。年は二十二……かな。あくまで印象だけど……まりろんちゃん?
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まりろん>下の名前は?
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イースト菌>え?
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イースト菌>ごめん、それはさすがに……
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まりろん >なんで?ここまでばらしちゃったんだから別にいいじゃん、チャットだけのオフレコってことでさ。まりろんといーちゃんの仲で秘密とか水くさい
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イースト菌>っていうか、なんでそんな突っ込んだことまで……まりろんちゃん、へんだよ
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まりろん>へんとか失礼じゃないかな逆に、まりろん真面目に相談にのったげてるのに。いーちゃんが先に言い出したんだよ
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まりろん>いいじゃん教えてよ名前。別に名前わかったからってどうもしないし、どうしようもないし
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まりろん>言えないの?話せないの?いーちゃん、まりろんのこと信じてないの?今まで何回何十回てチャットでおしゃべりしてきたのに、困った時だけ泣き付いてこっちの質問はスルーってずるくない?ゲンメツ
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イースト菌>……小金井リュウさん、ですけど……
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MASTER > まりろんさん、さようなら~。
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MASTER >ハルイチさん、いらっしゃい。
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ハルイチ>ありゃ、まりろんちゃんと入れ違い?おしかったなー
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ハルイチ>まりろんちゃんとふたりっきりでなに話してたの?まりろんちゃん妄想力豊かだからなー、ま~たからかわれてたんじゃないの?
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イースト菌>ハルイチさん、あの……
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MASTER >タートル仙人さんが入室しました
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タートル仙人>お、ちょうどいい、菌ちゃんがいる!今日こそは俺の説教に耳を傾けヒモとの腐れ縁をすっぱり
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イースト菌>ごめんなさい、ちょっと急用ができたんで失礼します。あとはお二人でごゆるりと楽しんでください
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MASTER >イースト菌さん、さようなら~。
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タートル仙人>逃げるか卑怯者め!……しょうがない、今晩はふたりでもっふり楽しむとするかハルいっちゃん。俺が攻めならお前が受けで
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ハルイチ>あ、ぼくも貞操の危険を感じたんでこれにて
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MASTER >ハルイチさんさようなら~。
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タートル仙人 >なんだよ!冷たいよ!俺は道化か!?
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タートル仙人>くそっ、今夜はヤケ酒だ!ヤケ酒かっくらってアイマス弥生の等身大抱き枕とがっぷり四つに組んでふて寝だ!
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MASTER >タートル仙人さん、さようなら~。
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そしてだれもいなくなる。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010219204423 | 編集

 「あ」
 ドアを閉めると同時にしまったと悔やむ。
 「まーたふたりでおでかけ?仲良しねえ」
 隣の主婦と階下の大家は懇意の仲でしょっちゅう井戸端会議を開いている。近所の何さんがおめでただのだれそれが浮気しただのどこのスーパーの豚肉が安いかだのかまびすしく情報を交換し合い、地域社会の人間関係とエンゲル係数が円滑に回るよう油をさすのに余念がない。
 「ちわっす、大家さん相変わらず美人っすね。木戸さん髪型変えたんだ?似合ってるよ、若返ったみたい。女子高生かと思っちゃった」
 「嘘ッ、リュウくんてば!いくらなんでも女子高生はないって、からかわないでよー」
 女性を喜ばせるセールストークでは小金井の右に出るものがない、なんたって経験値がちがう。
 世辞と挨拶をかねご機嫌をとる小金井を囲み、主婦と大家がドッと盛り上がる。
 実を言うと廊下で立ち話中のふたりに出くわすのは決して珍しい事じゃない、外出のうち五回に二回は遭遇する仕様になっている。新婚ほやほやで満たされてる隣の若奥さんはともかく、欲求不満気味な大家さんは小金井めあてで待ち構えてる疑いが濃い。
 小金井と同居を始めて一ヶ月と二週間目、二人で買出しにいくのがささやかな日課になった。
 ゲームに小休止をいれ表に出る。先に立ち上がるのは小金井。ぼくはといえば小金井に促され、不承不承コントローラーをおき、セーブを忘れずゲームを中断する。小金井は一日一度必ず外の空気を吸う、窓を目一杯開け放って濁った空気を入れ替える。そうして「行こうよ、東ちゃん」と笑ってぼくを誘う。
 その一歩は小さくても、ひきこもりにとって大いなる一歩だ。積極性の塊のような笑顔と言葉にほだされ、脱ひきこもりの目標に尻を叩かれ、深呼吸してドアを開ける。通算十回目ともなれば少しくらい慣れるか度胸がついてよさそうなもんだけど、いまだにすごく緊張してしまう。
 こんなふうにばったりご近所さんと遭遇した日はとくに。
 「今日はどこにお出かけ?」
 「そこのスーパーに。全品10パーセント値引きってチラシ入ってたから」
 「リュウちゃんすっかり主夫が板についちゃって」
 「料理できる若いコって感心ねえ。うちの息子なんかもー全然……ちょっとは母親にらくさせてほしいわあ」
 「あう、あの、その」 
 小金井の背中に隠れ、どもる。挨拶は舌を噛み断念。
 小金井が世間話担当ならぼくはひとりかくれんぼ担当、後ろでこそこそする日陰役担当だ。早く話が終わってほしいと一心に念じる。さいわい大家さんと隣の奥さんは小金井との話に夢中でぼくの存在に気付いてない、このまま無事やりすごして……
 「東ちゃん、ほら、挨拶」
 くそ小金井余計なことを。
 「!ひっ、あの、その、」
 「こんにちはあ」
 「……こんにちは……」
 語尾が消え入りそうに萎む。奥さんの顔がまともに見れない。隣家の奥さんは若くて可愛いくてすごく感じの良い人だ。廊下ですれちがうたび気付かぬフリで無視し、歩調を速めてやり過ごそうとするぼくにちゃんと挨拶してくれる。小金井の背に隠れ、会釈する。必要以上に深く頭をさげたはずみにずりおちた眼鏡を、両手であたふた直す。たぶんぼくの頬は真っ赤になってると思う。いい加減赤面症を治したい、みっともないったらありゃしない。
 生身の女の人とちゃんと話す自信がぼくにはない。ブラウン管やパソコン画面を隔ててなら「可愛いよ」「君は最高だ」「世界で一番輝いてる」「モリガンになら踏まれてもいい」ってな弾切れ知らずのマシンガンの勢いでこっぱずかしい台詞吐けるのに、現実は羞恥心に勝てない。
 回らない呂律でなんとか挨拶を返し俯けば、人見知りで引っ込み思案、おどおどうじうじ女が腐ったような態度のぼくに苛立ち、大家がごほんと咳払い。
 「大家に挨拶は?」
 「こ、こんにちは」
 「はいよろしい。……まあた猫背になってる、ちょっとは見られるようになったんだからシャキッとなさい」
 ぼくは大家さんが苦手だ。おっかない。正座で二時間説教されたトラウマをひきずってる。
 自然腰が引け、小金井の背に隠れがちとなる。渋面を作る大家さんとにこやかな奥さんをびくびく見比べる。
 こういう時、ゲームだったらいいのになとよく思う。ドラクエみたいに村人に話しかけるか話しかけないか選択できたらいいのに……
 「東ちゃん、隠れてないでほら」
 鬱々と消極的思考に逃げるぼくの手を強引に引き、前へと押し出す小金井。
 足が縺れたたらを踏み、小金井に無理矢理手を引かれ隣に並ぶ。
 それでも強情に俯くぼくに大家がため息を吐く。
 頭の上を会話が流れていく。小金井は一人で二人分の饒舌を発揮し、嘘臭くない程度の世辞をまじえ、大家と主婦とを喜ばせる。ささっと買出しに行って帰ってくるはずが、予定が狂った。服の下を汗が流れていくのを感じる。頬にさした赤みを悟られないよう、顔を伏せる。
 小金井がきてだいぶマシになったとはいえ八年間のブランクは大きい。
 ちゃんと話そうと自分にプレッシャーをかければかけるほどボロが出て舌が粘る。
 変わりたい変わりたいと口先では言いつつ一向に前に進まないグズな自分がもどかしい。こんな調子じゃいつか小金井に愛想を尽かされるんじゃと不安の芽が育つ。
 ひとり思い煩うぼくの気も知らず大家が言う。
 「そうだ、スーパーいくんだったらついでにいちごが売り切れてないか見てきて」
 「出回り始める季節ですもんね」
 「練乳かけて食べると美味しいわよね~。私あれ好きで」
 「子供の頃はたっぷり砂糖かけて潰してミルクかけるのが大好きで」
 「あ、俺も俺も。ガキっぽいってダチにばかにされたけどアレ大好きで、前の彼女にねだってよく作ってもらいました」
 ダチ。彼女。
 小金井がさりげに発した言葉に胸が痛む。
 会話に混ざれず孤立感が募り、疎外感を味わう。賑わう廊下の隅で場違いな自分を痛感し、いたたまれなさを噛み締める。
 下調べもせず部屋を出たのは失敗だった、もう少しあとにでるべきだった、いっそ外出をとりやめてこのまま……どうしよう、ずっとだんまりじゃ不審に思われる、現に大家さんがしらけた顔でこっちを見てる。できるだけ自然に話に加わって、でもなんて言えばいいんだ、どういうふうに流れに乗ればいいんだ、ぼくもいちごの練乳がけ好きなんですっていきなり言い出したらかえって何こいつって思われないか?そもそも男のくせにいちごの練乳がけ好きとかどうなんだ嗜好が女々しくないか……
 余計な事ばかり先回りして考えて煮詰まっていく。
 「小金井さん、あの」
 帰っていいですか?
 そう言おうとした。
 言わせてもらえてなかった。
 「!?っ、」 
 咄嗟にもぎはなそうとするも、そうはさせるかとますます握力が強まる。大家と主婦の顔色をうかがう。さいわいばれてない。小金井が体に隠して手を握ってるせいで悟られてない。もしばれたら?絶対おかしい、はたちすぎた男ふたりが手を繋いでるなんて非常識で絶対あやしまれる。
 手を振り解こうと抗うも小金井は笑いながら話す傍ら、痛みを与えない程度に加減し、意地悪く力をこめてくる。
 「ケーキもいいっすよね。俺ケーキのいちごは一番最初に食べる派なんです」「ああ、リュウちゃんは見るからにそんなかんじねえ」「そんなかんじってどんなっすか、意地汚いってこと?ひどいなあ、おれそんな育ち悪く見えます?」「甘酸っぱくて美味しいよね」「デパ地下のケーキ屋さんが美味しいの、うちいつもそこで買うわ」……他愛ないやりとりがいつ終わるとも知れず続く中、手の戒めから抜け出そうと悪戦苦闘試行錯誤する。
 小金井が横顔だけでほくそえむ。
 「ーっ、ぁ」
 つっと指がすべる。
 人さし指で手のひらをなであげられ、口から漏れかけた声を慌てて噛み殺す。
 ぼくの反応に味をしめた小金井が細めた目に笑みを含み、手のひらをこねくり回す。
 指の股をくすぐり、手のひらの窪みで遊ぶ。
 「………ふざけないでください……」
 頬を真っ赤にし、かすかな、本当にかすかな声で囁く。
 精一杯の抗議をあっさり聞き流し手のひらを包み、絡めた指を入念に愛撫する。
 小金井の指を感じる。
 悪戯な指の動きがもどかしくじれったく生々しく伝わり、手のひらが汗ばみ、火照る。
 汗で湿った手のひらは過敏になり、小金井の指が緩慢に円を描くたび、窪みをこちょこちょくすぐるたび、ぞくとっと快感が駆け抜ける。
 「あ、っく」 
 我慢、するしかない。
 平気なふりをするんだ。
 上ずりかけた息を噛み殺し、恍惚の吐息を呷る。
 対人恐怖症のはずが、だれかさんのせいですっかり接触過敏症になってしまった。 
 赤面症をかねてるからなおさらたちが悪く始末におえない。
 自分の体が先の先までこんなに感じやすく出来てるなんて知りたくなかった。
 大家さんと隣の奥さんは話に夢中でぼくの異変に気付かない、どうかそのままずっと気付かないでほしい、ばれませんように。
 体の内側で徐徐に快感の水位が高まっていく。
 そのうち溢れ出し飲み込まれ押し流されそうだ。
 ふれあい絡みあう手から規則正しい脈と人肌の体温が流れ込む。
 手のひらの皮膚がひたり吸い付き密着し、柔らかに指をねじ伏せる。
 隠れてこそこそ手をいじくり回される落ち着かなさに視姦の恥辱が加わり、唇を噛む。
 「………………………」
 一緒にいるだけで恥をかかされてる気がする。
 からかわれてるとわかっても振りほどく勇気がない、いやだと声を上げる度胸がない。
 猫の喉をなでるような手付きで弄ばれ、煽られ高められた熱のやり場に困る。
 「どうしたの?熱でもあんの?顔真っ赤」
 「平熱高いんです……!ッ、ふあ」
 手をぎゅっと握られる。
 「きつい?」
 「じゃなくて……人が見てるからやめてください」
 「見てなきゃいいの?」
 執拗に手のひらをまさぐられ、指の逆剥けをゆっくり剥がされるのに似てひりつく痛みとむず痒さを伴う性感が芽生える。
 耳元で囁かれ耳朶まで赤く染まる。
 大家さんが相好をくずし口を手で覆う。
 「新婚さんね~」
 「そ。仲良しさんです」
 予想とは裏腹に、はたちすぎの男ふたりが手を繋いでる現場を見てもたいして面食らわなかった。本気とも冗談ともつかぬ小金井のキャラのおかげだろう。
 見せつけるように大きく手を振ってみせる小金井に引きずられつんのめる。
 「そういえばリュウくん、知ってる?最近変なひとたち見かけるのよ」
 「変なひとたち?」
 大家が胡散くさげに声をひそめる。
 隣の主婦も既知の情報なのか、首肯で同意を示す。  
 怪訝な顔で聞き返すリュウにあたり憚る目を配り、大家が話し始める。
 「ご近所で噂になってるんだけど……駅の辺りからこのへんにかけて、人相と目つきの悪い男たちがうろついてるの。ヤクザよ、絶対。どっか行くとき気を付けてね」
 「こないだ近くにベンツがとまってたし。買い物にいく途中で見たんだけど、昼間っから黒いフィルムで窓覆って……いかにも怪しかったわ。防弾仕様じゃないかしら」 
 「警察に連絡する?」
 「今のところ実害ないしほっときましょうよ……気味悪いけど」
 大家と主婦が顔を見合わせ相談する間、小金井は虚空の一点を見詰め、なにごとか物思いに耽っていた。
 「小金井さん?」
 強張った横顔が不安をかきたて、おもいきって声をかける。
 普段見慣れたおちゃらけた小金井らしくない鋭利な表情、目に浮かぶ警戒と思索の色。隠れ家を嗅ぎ当てられた犯罪者さながらやましい雰囲気。
 豹変した小金井の心はここじゃないどこかを漂ってるみたいで、最前までぼくの手のひらをくすぐり悪戯を仕掛けてた時とは別人みたいで、違和感を抱く。
 「どうかしたんですか?」
 「……なんでもない」
 微妙な間。取り繕うのが遅れた。
 小金井の手がすっとすり抜けていく。
 「用事できた。ちょっと出かけてくる」
 「え?」
 「夕方までには戻るから」
 用事?
 唐突な発言にあっけにとられ、反応が遅れる。
 ともに暮らし始めて一ヶ月と二週間、小金井が単独行動をとった回数は少ない。殆どないといってもいい。小金井はどこへ行くにも何をするにもぼくと一緒だった感がある、ちょっとそこのコンビニに行くにしても必ず断りをいれてくれた。
 「どこ行くんですか?」
 「内緒。どのみちすぐ帰ってくるから部屋で待ってて。鍵かけて、絶対出ないで」
 やっぱり変だ、おかしい。違和感がどんどん強くなる。目的地を告げないなんて変だ、わざわざぼかすようなことなのか?
 鍵をかけて、絶対出るな。そう言い置いた表情は真剣で、油断を許さぬ眼光を孕む。
 いつもまとう軽薄な雰囲気が払拭され、だらしなく弛緩した横顔が引き締まり、プレッシャーが漲る。
 豹変した小金井の態度に動揺を隠せず、大家と主婦が閉口する。
 「じゃあね、東ちゃん」
 最後に笑い、軽く片手を挙げる小金井。
 呼び止める暇もなく、カンカンカンと鉄板を叩く靴音も甲高く軽快に階段を駆け下りて、沿線の通りを駅の方向へ走っていく。
 「待っ、」
 手すりに縋り階段を駆け下りて通りに立つも、小金井は決して振り返らず、その背中はどんどん小さくなっていく。
 あっさりすり抜けた手の感触が残っている。
 余熱をもてあまし火照る手のひらを握りこむ。
 「なんだよ、いきなり……」
 アパート近辺を徘徊する不審な男たち、相次ぐ目撃談。
 なんで急に買い物をとりやめた、小金井はどこへ行くんだ。
 一ヶ月と二週間小金井が遠出した事は皆無、近所のコンビニに出かける時も忘れず行き先を告げてくれたのに……
 『じゃあね』
 もし帰ってこなかったら?
 ふらっとどこかへ消えてしまったら?
 「……………」
 まさかそんな。否定しようにも、否定しきるには根拠が足りない。ぼくは小金井のことを何も知らない、小金井も肝心なことはなにひとつ教えてくれない。
 小金井が消えた理由は男たちと関係あるのか?
 近所を徘徊する男たちの正体が本職のヤクザと仮定して、それにどう関わってるんだ?
 思い返せばそうだ、最初から不自然だった。
 いくら常識知らずだって初対面も同然の男のアパートにいきなり転がりこんで押しかけ同居なんておかしい、小金井ほど人好きのする性格なら泊めてくれるあてたくさんあるだろうに何故ぼくを選んだ?
 小金井は逃げていた?だれから?なにから?なにをして?どうして追われる羽目になったんだ?
 「八王子くん!?」
 気付けば駆け出していた、がむしゃらに小金井を追っていた。鍵をかけてこもってろという言いつけは理性と一緒に蒸発し、感情に任せアスファルトを蹴る。
 焦燥と不安で胸が高鳴る。
 電車と競争して沿線の道を走り、繁華街の雑踏をかいくぐり、駅へと駆け込む。
 小金井は……いた。雑踏の中でも目立つ、一発で見つける自信がある。
 列に並び券売機に硬貨を投入、点灯したボタンを押す。
 眼鏡をずりあげ手元に目を凝らす。
 小金井駅。
 里帰り?
 切符を購入し改札へ向かう。
 ちょうど前の人が空き、震える手で硬貨を落としこみボタンを押す。
 吐き出された切符をひったくり改札へ、どうにかひっかからず無事に抜け、ホームを行きかう人ごみに混ざりつかず離れず慎重な距離で尾行する。
 電車がホームに滑り込む。小金井が乗るのを遠目に確認、競って乗り込むサラリーマンと学生に押され弾かれ懸命に抗い何とか乗り込む。
 アナウンスが入り電車が出発する。
 人いきれ、人声、雑踏、喧騒……断続的な揺れが襲い足元がぐらつく。
 小金井は……いた。吊り革に掴まり、思わしげな風情で車窓を眺めている。
 あやしまれぬよう十分距離をとり、ドアと座席に挟まれた僅かな隙間に身を縮こめる。
 小金井からは座席の背もたれが邪魔してちょうど死角になるはずだ。
 ひとりで電車に乗るのはハードルが高い。
 だけどそんなこと言ってられない、気にしちゃられない。
 追跡は発作的な行動、尾行は自発的な意志だ。
 対人恐怖症は今も克服できない。
 今も、人が怖い。
 電車が揺れ隣のサラリーマンと肘がぶつかりそうになるたび、前に立つ女子高生の髪にさわりそうになるたび、ドッと汗を噴いてドーパミンが拡散し心臓が脈を乱す。
 けれども、今ここで小金井を見失うわけにはいかない。
 人前で恥をかくより、小金井がこれきりいなくなってしまうほうがずっと怖い。
 靴裏から断続的な振動が伝わる。
 電車の中で交わされる会話は奇妙に現実感が褪せて、耳を素通りしていく。
 『武蔵小金井ー武蔵小金井ーお降りの方はお忘れ物なく足元に気を付けて……』
 再びアナウンス。電車が失速し、やがて完全に停止。
 ドアが開くのを待ちなだれ出す人波に便乗し降りる小金井を追いホームを踏む。
 改札を出る、追う。
 武蔵小金井駅で降りるのは初めてだがあたりをじっくり見回す余裕もない、呑気に見物してる場合じゃない。小金井が生まれ育った場所、小金井の地元。駅の施設に限っていえば、八王子よりだいぶこじんまりして寂れた趣がある……小金井市の皆さんごめんなさい、ぼくは八王子贔屓なのだ。
 勝手知ったる地元といわんばかりの足取りで歩き出す小金井。
 十分距離を空けて尾行再開、郵便ポストや電柱や路駐の車にところどころ隠れて慎重を期す。
 「へえ、こんなところなんだ……」
 そもそもぼくは気合入ったひきこもりで、月一の八王子・秋葉原の往復を除き、近隣の市に下車した経験がない。
 何の変哲もない平凡な光景がやけに新鮮に映るのは、心境の変化もあるのだろうか。小金井は駅からどんどん離れていく、もう三十分は歩き続けている。駅前こそ少し拓けていたけど、このへんまでくると本当に普通の街だ。電柱に通学路の表示が貼られている。犬を散歩中の老人がいる。女子高生が楽しげにじゃれあってしゃべっている。
 この街で、この空気を吸って小金井は育ったんだなあと考えるとなんだか感慨深い。
 悪ガキだったと称する小金井の子供時代を空想の中で疑似体験しつつ、前方十五メートル離れた背中を追う。
 風に乗って無邪気な歓声が聞こえてくる。元気に遊び子供たちの声。小金井が歩調をおとし、足を止める。門を押して中へと入る。
 「え?」
 ここは。
 小金井が中へ入ったのを見届け、同じく歩調をおとし、横手の門柱に掲げられた表示を見やる。
 『俺が育った施設?ひまわりホームっての。だっせえ名前』  
 「小金井さんがいた施設……?」
 そこは養護施設だった。
 門の中には遊具を備えた庭があり、幅広い年齢の子供たちが遊んでいる。ボール投げをする子、縄跳びをする子、くりかえし滑り台をすべる子……お転婆な子腕白な子引っ込み思案な子、あちこちに散らばったそれぞれを職員が指導している。
 平和でのどかな光景。親がいなかったり色んな事情があったりで施設に居る身なのに、一見した限り、子供たちの表情は明るい。
 庭のむこうには幼稚園に似た造りの建物があり、コンクリ固めの犬走りに面し、直接出入り可能な大きな窓が並んでいる。
 「いたっ」
 なにかが頭に当たる。
 「おにいちゃんボールとって!」
 足元を見下ろせば、ぼくの頭を直撃したとおぼしきゴムボールが転がっていた。
 とりそこね大きく軌道がそれたボールを拾いにやってきた子供に前に、「え?え?」と狼狽するも、無視するのも忍びなく中腰に屈んでボールを渡す。
 「はい」
 「ありがとー」
 元気に礼を言い友達のところへ駆け戻る男の子に笑みを誘われ、視線を戻しー……

 硬直。

 「リュウ!!」
 窓のひとつがガラリと開け放たれ、エプロンを掛けた若い女性がとびだしてくる。
 「どこ行ってたの、ケータイに連絡もくれないで……心配したんだからほんとに!」
 「ごめん、元気してたララちゃん?」
 「元気してたじゃないわよもうっ、ばか!!」
 小金井がいた。施設の敷地内にいた。
 今しも窓を開け放ち、サンダルを突っかけ駆け出した女性に抱き付かれ、激しく頬擦りされている。
 小金井は笑いながら女性の背中に腕を回し、大事そうに支える。
 「だいじょうぶ?ちゃんと食べてた?どこもけがしてない?家とかどうしてたの、また他の人に泊めてもらってたの?」
 「ちゃんと食ってたしけがも病気もしてないって、安心して。それよかララちゃんこそ大丈夫、俺がいないあいだなんもなかった?」
 「ばか……心配ならもっと早く様子見にきてよ」
 続きは嗚咽が詰まって声にならず、小金井の胸に顔を埋め縋りつき、見知らぬ女性が詰る。 
 しゃくりあげる女性の肩をさすってなだめる小金井は、とても優しい顔をしていた。
 愛情が滲んだ目、嘘偽りのない笑顔。
 小金井の腕の中で嗚咽する女性のおなかは大きく膨らんでいて、明らかに妊娠し出産を控えている。
 「ララちゃんが無事でよかった」
 もう一回、強く、女性を抱きしめる。
 ララと呼ばれた女の子はおそらくぼくと同年代で、ふっくら童顔で可愛い顔立ちは家庭的な優しさを感じさせた。
 ナンパで軽薄な小金井とは対照的な雰囲気だけど、ふたりはすごくお似合いに見えた。
 後ろ向きで卑屈なぼくとは何もかも正反対な。
 微笑むだけでまわりがぱっと明るくなるような、善良で前向きな性格が伝わってくるような、好感のもてる女の子だった。
 いい加減な小金井にぴったりな、しっかり者の彼女。
 「いい加減ふらふらほっつき歩くのやめて戻ってきてよ、リュウ。子供だってもうすぐ産まれるのに……」
 「ごめん。まだ帰れない」
 「なんで?行かないで」
 「余計な心配しないでララちゃんは元気な赤ちゃん産むことだけ考えて。俺は大丈夫だから」
 「大丈夫とか……またそうやってひとりで抱え込んで、なんにも話してくれなくって。だってリュウに何かあったらあたし」
 「大丈夫。絶対帰ってくるから」
 「ほんと?」
 「ララちゃんひとりぼっちにしてどっかいったりしない。約束する」
 あの女の子は小金井にとって、きっと、特別な存在なんだ。
 口にはしなくても。愛情深く見守る目から、優しく触れる手から、柔和で誠実な雰囲気から、痛いほどその事実が伝わってくる。
 ぼくをからかう不実な手とは対照的な慎み深さと控えめな愛情をもって、小金井はララに触れる。
 その髪をかきあげて、小さい女の子にでもするように人さし指で甲斐甲斐しく涙を拭ってやって、大きなおなかに手をあてる。
 「蹴ってるのわかる?リュウに怒ってるんだよ、行っちゃやだって」
 「女の子だったらお転婆になりそう」
 小金井が微笑めばつられてララも笑う。温かく家庭的な空気がふたりを包む。

 ぼくの居場所はどこにもない。
 家族の絆で結ばれた幸福な二人の間に、入っていけるはずがない。

 小金井とララは特別な関係で。
 あの子は小金井の彼女で、おなかに子供がいて、その子はきっと小金井の子供で、小金井はこれから父親になって、新しい家族を作って『東ちゃん』アパートを出て行く?『東ちゃんそれ卑怯、必殺コマンドなしの方向で!』ぼくの隣からいなくなる『世界が明るくなったっしょ』目の前が暗く『東ちゃんから離れろ』どうして、なんで『世界中のくだらない百人が死ねって言ったって』『手伝うよ、やるだけやってみよう』小金井の大切な人は別にいて小金井の大切な家族は別にいて、ぼくはただ一緒に暮らしてるだけ家を提供しただけ友達でも何でもないただの居候先で何も話す必要ないから何も教えてくれなくって

 「リュウ、大好きだよ。ちゃんと帰ってきてね」
 「俺もララちゃん大好き」
 
 頭を屈め、ララの唇の端っこに軽くじゃれるようなキスをする。

 『涙飲ませてくんない?』  
 
 ララの頬を伝い、唇の端をぬらした涙のしずくをなめとる。

 「全部終わったら必ず帰ってくるから、待ってて」

 小金井にはちゃんと帰る場所があって
 待っててくれる人がいて。

 八王子のアパートは、小金井の居場所じゃなかった。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010218165218 | 編集

 画面に意識を集中、コントローラーを高速連打。
 戦闘を盛り上げるBGMが流れる中コントローラーを右へ左へ波乗りの要領で傾け、選択画面でカーソル移動させ項目を指定し使い魔を召喚。
 ドロンと煙を吐き出しパーティーの最前列に出現した召喚獣と敵モンスターが激しくやりあう画が眼鏡のレンズに反射するも、目を通した情報は頭まで入ってこない。八年間朝昼夜関係なくゲーム漬けだった成果だろうか、頭は空白で思考停止状態でも手だけは脊髄反射で独立して動く。
 ひたすら漫然と画面を見詰めながらその実なにも見ていない、ただ画面を向いてるだけ、テレビと向き合っているだけ。
 何度目だろうこのゲーム。
 この後の展開も予想がつく。
 勇者さまご一行は小ボスを倒し中ボスを倒しラスボスを倒しめでたしめでたし大団円、主人公とヒロインはともに旅した仲間に祝福され故郷の村で結婚式を挙げるのだ。
 現実はうまくいかない。
 みんな仲良く幸せになんて夢のまた夢、安っぽい虚構。
 人生の方程式、だれかの幸せはだれかの不幸の上に成り立つ。
 勇者の活躍の陰に涙を流す村人や虐げられたモンスターがいるように、勇者の幸せが魔王の犠牲の上に成り立つように、ごく一握りの登場人物の幸せを引き立てるために一山いくらで使い捨てられるものたちがいる。
 ただそれは語られない。しらけるから、興ざめするから、脇役のその後はしいて語られずなかったことにされる。
 それはもうどこまでいっても、残酷なまでにご都合主義。
 最近は平和主義の主人公が増えてモンスターとの争いを嫌ったり魔王と友達になるぬるいパターンが増えたけれど、誰かの幸せが間接的に誰かの不幸を生む根幹の図式は変わってない。
 みんな仲良く幸せになんて不可能なんだ、むりなんだ、理想は理想でしかない。
 ぼく自身その事を痛感している。
 いつだって引き立て役の側に回ってきた身にはよくわかる。
 もしかしたら主人公とヒロインの挙式に列席する権利が与えられるかもしれない、拍手を送る役が割り振られるかもしれない、でもそれだけ。お情けのおこぼれ。ぼくは主人公ってキャラじゃない、勇者ってガラじゃない、せいぜいが村を襲ったモンスターに一番最初に遭遇しあわやというところを助けられる幼馴染の役。
 モンスターに襲われて泡くって腰ぬかすのがぼくにはお似合いだ。そしてすぐ退場。
 「…………」
 無意識に手が動く、コントローラーをいじる。
 ボタンを連打、カーソル移動、呪文を選択。召喚獣が火を吐き、敵モンスターを薙ぎ払う。
 安っぽい効果音。カーテンをきっちり閉め切った部屋は埃臭く薄暗い。
 畳一面に漫画ラノベゲームソフトが散らばって足の踏み場もない不浄な腐海。ぼくを中心にブラックホールが発生しそうな勢い。
 叩く、回す、押す、抉りこむ。
 何百回とやりこんで鍛え抜いた反射神経を発揮し、高速で手を動かす。
 毎度改札にひっかかるほど鈍くさいくせにプレイ中の反射神経は異常にいい、八年におよぶ反復のたまものだろうか。ピコピコ電子合成の音が鳴る。画面が放つ光がレンズを漂白し顔に不健康な影がつく。

 胸の内を苛む虚無。
 胸の内を蝕む寂寥。

 抜け殻の如く眠たげな目でぼーっと画面を見詰める。見詰め続ける。
 瞬きも忘れ無気力に、ただ映像を映す目。 
 カンカンカン、切羽詰った靴音が急接近。今しも階段を駆け上り廊下を突っ走りこっちへ向かってくる。体が強張る。コントローラーを持つ手が緊張する。
 ドアの前で靴音がやむ。
 服をさぐる気配に続き鍵穴にカチャリと合鍵がさしこまれ開錠、だれかが慌しく駆け込んでくる。
 振り向くまでもなく、わかる。ぼくが合鍵を渡した人物はひとりっきりだ。三和土に転がり込んだ男が疾走で乱れた呼吸を整える。
 靴を脱ぎずかずかあがりこむ。勝手知ったる他人の家、迷いない足取りを無礼と感じる暇もない。その歩幅は強い意志と激しい怒りを感じさせる。
 「東ちゃん」
 名前を呼ばれる。振り向かない。ゲーム画面だけを見詰め、手を動かし続ける。
 「東ちゃん、こっち向いて」
 二度呼ばれるも、無視する。相手の声に苛立ちがまじる。
 「東ちゃん!」
 「おかえりなさい小金井さん。なんですか?今いいとこなんであとにしてください。耳元でうるさく呼ぶのやめてくださいよ、気が散る。おなかが減ったんなら昨日買ったいちごが冷蔵庫にあるから勝手に……」
 脇からのびた手が電源を叩き切る。
 画面がブラックアウト、強制終了。セーブさえさせてもらえなかった。
 コントローラーを体の前に持ったまま、暗転した画面を凝視する。
 ぼくの許可も得ずゲームを中断した小金井が、らしくもない低く、暗い声で呟く。
 「あとつけたでしょ」
 「…………………」
 「鍵かけて、絶対出るなって言ったのに。アパートで待ってるって約束したのに」
 小金井がぼくにむかって、こんな物騒な声をだすなんて初めてだ。まるで脅しつけるような声。
 コントローラーを握り平静を装う。
 「ばれてたんだ」
 あんなずさんな尾行ばれないほうがおかしい。
 小金井は普段とぼけてるが、妙なところで野生動物なみに勘が鋭い。
 「……明……東ちゃんがボール拾ってあげた子から聞いた。優しそうな眼鏡のおにいちゃんていうから、ピンときた」
 「……そうですか」
 おもわぬところからボロがでた。意外な伏兵がひそんでいたものだ。
 元気に礼を言った男の子の笑顔を脳裏に思い描き、複雑な想いに浸る。
 深刻な雰囲気、重苦しい沈黙。
 背後に立った小金井が、なにかを推し量るようにじっと、ぼくを見下ろしているのが気配でわかる。
 「なんでそういうことすんの?俺に黙ってあとつけたりとかさ」
 振り向く勇気が湧かない。今振り向いたら、きっと、なにかが決定的に壊れてしまう。
 ぼくと小金井の間に存在する何かに、致命的な亀裂が生じてしまう。 
 「約束したじゃん、部屋から出ないって。ちょっとの間でよかったのに……人のあと黙ってこそこそつけたり、ずりーよ。東ちゃんはそういうことしないと思ってた」
 まるで、自分の信頼を裏切ったぼくこそ悪いみたいな言い方。
 息を吸う。吐く。そのペースがどんどん速くなる。
 内にひた隠した動揺が表に出、激情の水位上昇に伴い、かすかに指が震えだす。
 「見損なった」
 その一言が、引き金となった。
 「見損なったのはこっちです」
 「?」
 「だれですか、あれ。おなかの大きい女の人。ララちゃんて呼んでだけど」
 やめろ、その先は言うな。
 素直に謝れ、ごめんなさいと謝ってしまえ、そうしたら何もかも今までどおり丸くおさまる、ごまかして暮らせる。
 小金井は細かいところにこだわらない後腐れない性格だ、ぼくが素直に謝ればきっと許してくれる、そうしてまたいつもの日々がもどる。
 一つ屋根の下ふたり一緒にのんべんだらりゴロ寝してゲームに明け暮れガンプラ制作を教える自堕落な日々がまたやってくる、ちょっとそこまで散歩にでかけコンビニに寄る日々が帰ってくる、だから

 ララ。

 ぼくが口にした名前を聞いて、明らかに小金井の様子が変わる。
 動揺が走った気配を見逃さず、すかさず畳みかける。
 「小金井さん、ちゃんと帰る場所あったんですね。行くあてないとか嘘だったんだ。ヒモとか……嘘じゃないですか。あれ、あそこ、小金井さんが子供の頃いた施設ですか?いい感じのとこですね、仲よさげで……大家族っぽい雰囲気で……こんな汚い、散らかって、畳もしけったアパートの部屋なんかより、よっぽど……」
 激情の水位が上昇し、怒りのバロメーターが振り切れる。
 コントローラーに痛いほど指が食い込む。
 顔を伏せ、呟く。
 カーテンを閉め切った薄暗い部屋に、乱れ始めたぼくの息遣いだけがひそやかにひそやかに流れる。
 「家、あったんだ」
 血が繋がらなくても、迎えてくれる家族がいて。
 待っててくれる人がいて。 
 「小金井さん、なんでこんなとこにいるんですか?」
 あんなふうに抱きついてむかえてくれる人がいるのに
 ララはきっと小金井の彼女で、大切な人で、本命で。特別な存在なのだ。
 いとおしげに触れる手で、頬擦りするしぐさで、わかる。ちゃらんぽらんでいい加減な小金井と正反対にしっかりした感じの女の子で、優しそうで、可愛くて、ふたりはすごくお似合いだった。
 ララと抱き合う小金井の笑顔がフラッシュバック、胸を切り裂く。
 あれからどこをどう歩いて帰ったのか覚えてない。
 駅にたどり着き切符を買って八王子に戻ってアパートへの帰路を辿り、そのすべて断片的に分解され、奇妙に現実感が褪せている。現実と地続きのゲームの世界にでも迷い込んでたような実感の希薄さ。
 もちろんこれは惰弱な心がへこたれて現実逃避を試みたからで、ぼくが小金井を尾行してわざわざ小金井市まで行ったのは事実で、そこで目撃した光景は全部本当で。『ただいま』『おかえり』家族の合言葉『どこ行ってたのリュウ』呼び捨て『もうどこにもいかないで』嗚咽し、必死に引き止める声。
 小金井は必死に縋り付くあの手をやんわり引き剥がし、またここへ戻ってきたのか。
 「知らなかった……小金井さん、なんにも教えてくれないから。どうでもいいことばかり話して、大事なことはぜんぜん」
 「東ちゃん」
 「そんなに頼りないですか、ぼく。信用できないですか。おたくだから、ひきこもりだから、ニートだから……話しても役に立たないし、単なる居候先の住人に話す必要ないって……適当に調子合わせてご機嫌とっとけば匿ってくれるって、そう思ってたんですか」
 「たんま、話聞いて」
 「ぼくだって好きでつけたんじゃない、しかたないじゃないか、あんたが何も話してくれないから……一ヶ月も一緒に暮らしてるのに自分がどうして逃げてるのか、なにから逃げてるのか、肝心なことはスルーで、こっちはあれこれ勘繰って深入りして」

 心配で。
 心配で。

 生まれて初めてできた友達を失うのが怖くておいていかれるのが怖くて小金井が何から逃げてるのか知りたくて、それがわかればこんなぼくでも少しは力になるんじゃないかと思い上がっていた。隠し事の存在には薄々気付いていた、気付いて知らんぷりをしていた。でももう限界だ、最近の小金井は明らかにおかしかった、なにかを警戒していた。ぼくは、何も教えてもらえなかった。直接問い詰める勇気もなかった、小金井が自分から話してくれない限り聞けるわけがなかった、少しはマシになったって根っこはあいかわらずへたれびびりなぼくが突っ込んだ質問できるはずがない。
 「ひ、ひとりで電車にのって、小金井に行って。そしたら、小金井さんが……知らない女の子と抱き合ってて」
 「ちがう、あれは」
 「子供、いるんですよね。もうすぐ赤ちゃん産まれるんですよね。小金井さんの子供ですよね?」
 ひどいどもりで聞き取りづらい。小金井は即答しない。
 「これからお父さんになろうって人が、他人の家ふらふら渡り歩いて、なにやってんですか。なんで帰ってあげないんですか」
 「東ちゃん」
 「可哀想じゃないですか、あの人。泣いてたじゃないですか。小金井さんだってまんざらじゃなかったくせに、優しくなぐさめてたのに、ちゃんと本命いるくせにいつまでぼくの部屋に居座って……!!」
 ダメだ、堪えようにも堪え切れず語尾が嗚咽に紛れる。
 事実を確認し現実を追認する自分の言葉ひとつひとつが、鋭い刃となって胸をずたずたに切り裂く。
 どうしよう、息ができない。
 喉が苦しい、かきむしりたい、おもいっきり叫びたい、発狂したように泣いて叫んで喚いて部屋をめちゃくちゃにしたい。
 真っ赤な怒りが理性を食い荒らし食い破り激発、発作的にコントローラーを叩きつけ立ち上がる。
 「とっとと消えろよ、ヒモめ!!」
 「東ちゃ」
 体ごと振り返る。
 当惑顔で立ち尽くす小金井に面と向かい、激しく腕をふってドアを示す。
 「さあ消えろ今すぐ消えろぼくの目の前からいなくなれ、家があるんだから帰れ、ちゃんと家族がいるくせにふらふらすんな!小金井さんはぼくとちがう、色んな女の子と付き合った経験がある、でもあの子は特別だってそんなのぼくにだってわかる、一目でわかった!中学中退だからってばかにすんな、頭悪くたってちゃんとわかる、あのララって子は小金井さんの彼女なんだ、おなかの子は小金井さんの子なんだ!!あんた、あんたこんなところで何やってんだよ、こんなとこに入り浸って呑気にゲームやってていいのかよ、一番不安な時に彼女ひとりぼっちにして見損なったよ!!小金井さんはそんな人じゃないとおもってた、ああそうだよずっとずっと騙されてた、どこにも行くあてないって嘘真に受けて一ヶ月も居候させたぼくが馬鹿だったんだ、全部全部大嘘だった、小金井さんは家族に見限られたぼくとちがう、実家に帰れないぼくとちがう、血なんか繋がってなくたって温かく迎えてくれる家族がいるくせに!!」
 ぼくは実家に帰れないのに、だれも歓迎してくれないのに、ぼくが玄関に立ったところでせいぜい迷惑そうな顔をされるのがおちなのに
 実の親とは現金を振り込まれ口座を確認するだけの疎遠な関係で、実の兄さんはぼくをダメなヤツと蔑んで罵って、家族に見放されたぼくの居場所はこの汚くて狭苦しいアパートしかないってのに、小金井にはずっと帰る場所があって待っててくれる人がいて、こんなのって詐欺じゃないか。
 勘違いして浮かれて、馬鹿みたいだ
 「出てけよヒモ、ごく潰し!!」
 行くあても帰る場所もないなら、ずっと一緒にいられると思ってた。
 「ホントはずっと迷惑だった、うざくてうざくてたまらなかった、一日も早く出てってほしかった!得体が知れなくて怖くてずっと黙ってた、けど言わせてもらう、この一ヶ月ずっとあんたに迷惑してたんだ!初っ端からひとの寝込み襲って、図々しく居座って、いやだっていうのに無理矢理外連れ出して前髪切って着せ替え人形にして……っ、なんだよホントに、ぼくはあんたの暇つぶしのおもちゃじゃない、あんたがそうやってぼくのアパートでぐうたらずぼらに過ごしてるあいだ可哀想なあの女の子はずっと待ってたんだぞ大きいおなか抱えて、何がヒモだよ何が主夫だよ、えらっそうにひと変えるとか立ち直らせるとか言える立場かよ!?」
 激情に乗じ堰を切ったようにあふれ出す暴言。
 ぼくの剣幕に気圧されたじろぐ小金井に大股に詰め寄り、机上に放置された作りかけのガンプラをひったくる。
 ぼくが小金井に教え、八割がた完成したガンプラを畳に叩き付ける。
 衝撃で腕がもげて転がる。
 自分の手でガンプラを壊したショックや罪悪感を自分勝手な小金井に対する怒りが上回る。
 騙されていた、裏切られていた、ぼくひとり浮かれていた。小金井がこのままずっと一緒にいてくれると信じて疑わなかった、こいつと一緒なら立ち直れると無邪気に愚直に信じきった、もう一度やり直せると思った。
 なのに
 「ーっ、信じてたのに!!」
 あんたを、小金井リュウという人間を。
 襖を開け放ち手をさしのべてくれた初めての人を、ぼくを冷たい暗闇から連れ出してくれた男を、その笑顔を

 『手伝うよ、やるだけやってみよう』
 『世界中のくだらない百人に否定されたって、目の前のたった一人が生きろって言ったら、生きるっしょ』
 その言葉を。希望を。
 信じさせて裏切るなんて、反則だ。

 口端をひくつかせ、卑屈に笑う。
 「あんたがどこにも行くあてないっていうから、手伝うよって言ったから、やり直そうって思えたんだ。嘘、だったんだ。ぼくはただの隠れ蓑で……使い捨てで……ッ、小金井さん、いつでも消える準備できてたんじゃないか」

 ぼくはばかだ。
 八年前と同じ間違いをした。  
 八年前須藤さんに裏切られて、もう二度とだれも信じないと決めたのに、ころっとだまされてしまった。

 ようやくまた、人を好きになれたのに。
 八年ぶりに、だれかを好きになれたのに。

 好きになった人に、また裏切られた。

 「!?ちょっ、待」
 「免許証返してください」
 凄まじい剣幕で小金井に掴みかかり、シャツの懐をまさぐる。
 体の線にそって手を滑らせ大雑把に身体検査、ズボンの膨らみに気付く。
 「俺の話聞いてよ東ちゃん、ララちゃんは俺の……大事な人なのはほんとだけど、東ちゃんが思ってるような関係じゃないんだって!」
 「言い訳は聞きたくありません。免許証返して出てってください、警察に突き出されるのがいやなら自分から」
 もっと早くこうすべきだった。一ヶ月決心つかず、ぐずぐずしてた意志の弱さを悔やむ。
 ぼくが甘い顔してたから小金井が付け上がった、もっと早くに断固たる態度をとるべきだった。
 抗う小金井を押さえつけ服の上から性急にまさぐる、激しく揉みあう。こんな時まで小金井は優しい、うんざりするほど優しい。本気を出したらぼくなんか一発で倒せるのに怪我させないよう手加減して、肩を掴んで引っぺがそうとする。小金井の腕の中で駄々こねるように身をよじり暴れ、尻ポケットからはみ出た免許証入れを抜き取る。
 「東ちゃんたんま落ち着いてよ、黙ってたのは悪かったけどこれには理由が」
 見苦しく弁解する小金井に自制心が破裂する。
 「好きだって言ったじゃないか!!」

 『見苦しくあがいてる今の東ちゃんが大好きです』
 『俺もララちゃん大好き』

 ふたつの好きは重みが違う。
 好きの意味が違う。

 憤激に駆られ激烈な拒絶反応を示し、小金井の手を肩から払う。
 はずみに免許証入れがぱたりと落ち、免許証入れにつられ、ポケットから半ばでかかった財布も落ちる。
 「あ」
 同時に視線が行く。
 畳の上に落ちたはずみに二つ折りの財布が開き、中に挟まれた写真が目にふれる。
 
 そこにはララと呼ばれた女の子を真ん中にして、若い小金井と、もう一人、男が写っていた。
 「………」
 写真の小金井は、若い。少年と形容したほうがまだしも違和感がない。
 今より少し髪が長く、いかにも悪ガキっぽい、やんちゃそうな顔をしている。
 小金井に肩を抱かれキスされたララは恥ずかしそうに笑っていて、その隣の少年もまた、ララの肩に腕を回し笑っている。

 『俺のダチ。悪さするときはいつも一緒だった』
 小金井の話に出た施設の悪友だろうと直感する。

 三人はすごく仲が良さそうに見えた。
 ぼくが入っていく隙なんて、どこにもなかった。
 小金井はこれを肌身離さず大事に持っていた、友達と彼女と撮った写真を大事に大事に隠し持ちずっとぼくを裏切りだまし続けていた。
 ぼく以外にも友達がいるくせに
 「……ぼくには、あんたしか」
 ぼくには、小金井さんしかいなかったのに。
 だから依存した、だから縋った、だから夢を見た、だから信頼した、だから

 小金井は最初からひとりぼっちじゃなかった。
 ひとりぼっちなのは、ぼくだけで。

 両親にも兄さんにも愛想尽かされてご近所さんともまともに挨拶できなくてコンビニの店員にも言いたいこと言えず人目を避けて歩いて、友達なんかずっとずっとひとりもいなくって、漫画アニメゲームだけが友達で、ガンプラ作りとフィギュア集めに心の安らぎ見出して、そんな情けないぼくを小金井は心の中でこっそり笑っていた。
 写真の三人は自然に密着し、心底楽しげな笑みを浮かべていた。

 「……中学中退だから。ぼく、卒業アルバムもってないんです」

 自分の声が、遠く聞こえる。
 ひどく、死ぬほど、惨めな思いを噛み締める。

 「修学旅行とか……いやな思い出しかなくって……集合写真なんか、どれも隅っこで俯いてて……友達と撮った写真、一枚もなくって」

 だから?だから?何が言いたいんだ、八王子東。
 小金井とぼくは違う。ぼくは小金井と釣り合わない。普通に考えればわかることだ、小金井がぼくなんか本気で相手にするはずない、本気で友達だと思うわけがない、好きになってくれるはずがない、好きになる理由がない、好きになったふりをすれば得をする。

 「押しが弱くて、流されやすくて、利用するにはちょうどいい」

 つまりはそういうことで

 「ぼくは」

 だれもぼくのことなんか好きになってくれない。
 兄さんも本当は腹の底でぼくを馬鹿にしてるだめなヤツだと思ってる黒田は今でもそう思ってるだから無神経にも須藤さんとのツーショットを見せた、ご近所の奥さんも大家さんも目でわかる哀れんで蔑んでる、すれちがうやつみんなみんなぼくを馬鹿にしてる
 手が、勝手に動く。
 自分でも何をしようとしてるかよくわからぬまま、億劫げな動作で机上の缶スプレーを掴み、そしてー

 「うわっ!?」
 小金井めがけ放つ。
 フックを押し込み噴射、その勢いで小金井を玄関のほうへ追い込む。
 漫画やゲームソフトを蹴散らしあとじさる小金井を容赦なく追い詰める、小金井が脱ぎ散らかした服を踏み付け尻餅をつく、腕を掲げ顔を庇う、茶髪が肩が服がどぎつい赤色に染まっていく。畳に飛沫が散る、ぼくの顔に飛ぶ、眼鏡のレンズと前髪をべっとりぬらしていく。
 「出てけ!!」 
 非力で無力なぼくが唯一思いついた反撃の手段。
 小金井は腕を掲げ顔を守りながら何か言おうと口を開き、でもスプレーを噴射され、たまらず口を噤む。
 防御に徹し、無抵抗を貫く小金井の優しさがまた癇に障り、大きく腕を振り上げるー……

 「あ、」
 塗料でぬれた手が滑る。
 畳の上におちた写真に猛烈な勢いで噴射。

 「!」
 小金井の顔が固まる。
 驚愕に目を見開く小金井の視線の先、たった今まで大事に持ち歩いてた写真は今やべったり赤い塗料を吹きかけられ汚れている。
 左端の少年は赤い塗料に完全に塗り隠され、真ん中のララは腹から引き裂かれたように血に染まり、小金井だけが辛うじて原形をとどめる。

 ごめんなさい?
 わざとじゃない?

 謝罪も言い訳もできず立ちすくむ。
 畳に這い蹲った小金井が、変わり果てた写真にのろのろ手を伸ばす。
 自分が見ているものが信じられないというふうな放心の顔つき、うつろな目。
 塗料でべとつく写真を胸に抱きしめ、感情のこもらぬ平板な声で呟く。
 「見損なった」 
 前髪の奥から放つ辛辣な眼光。他人を見るような目。
 足元が揺らぐ。頭がぐらつく。キュアレモネードが見ている、ザクが見ている。住み慣れた居心地いいはずの部屋がなぜだか息苦しくなっていたたまれなくって、罪悪感と怒りと悔しさとがせめぎあって

 「はははははっはははははははははははははっ!!」
 仰け反るようにして笑い出す。

 畳に這い蹲って写真を握り締める小金井の醜態をめちゃくちゃに笑いのめす、追い討ちをかける、失意のどん底に叩きおとす。
 「ざまあみろ、いい気味だ、ずっとぼくをだましてたからばちが当たったんだ!なんだよその目、言いたいことあんならはっきり言えよ、どうせ情けないかっこ悪いヤツだと思ってんだろ、でもこれがぼくだ、今あんたの目の前にいるのが本当の八王子東だ!!」
 情けなくて、意気地がなくて、かっこ悪くて
 視界が真っ赤に染まる激情に駆り立てられ、涙腺が熱くじんと痺れて、泣くな、今泣いたらかっこ悪すぎる、ならいっそ嫌われたほうがましだ、とことんいやなヤツになってやる、心にもないことを口走る。 
 手をすりぬけた缶スプレーがからから畳を転がっていく。
 「わざとだよ、あんたが大事にしてたからわざと台無しにしてやったんだ、なに落ち込んでんだよわざとらしい写真一枚くらいで!どうせ他にもあるんだろ、ぼくと違ってモテますもんね小金井さんは男にも女にも、友達たくさんで彼女もたくさんで幸せ一杯でぼくとは全然ちがう、二次元しか逃げ道ないぼくと違って現実でやってけるんだからそんな古い汚い写真一枚……」

 腕を掴まれ、強引に引き寄せられる。

 ぼくの腕を掴み、力尽くで引き寄せたかと思いきや、畳一面を覆う漫画や服やゲームソフトを蹴散らし大股で部屋を突っ切る。
 「!?なっ、どこへ……」
 「知りたいんだろ、俺がどんな人間か」 
 腕に指が食い込み、痛い。
 腕をねじりあげられる痛みに顔が歪む。今度は容赦がない。
 ぼくの私物を雑に蹴散らし、あるいは蹴飛ばし踏み付け突き進みながら、殺気立つ気配とは対照的に抑揚を欠いた口調で言う。
 「本性見せてないのが自分だけだとか思ってた?」
 ぼくの位置から仰ぐ小金井の顔は返り血を浴びたように赤く染まり、ばらけた前髪が額にへばりつく。
 「はな、せ……はなしてください、警察呼びます、大声あげますから!」
 小金井の豹変に身の危険を感じる。辛うじて抑制してはいても、ひりつく殺気が伝わってくる。
 揺れる前髪の奥から覗く暴力的な眼光、険悪な形相。
 抵抗するなら腕を折るとでも言いたげな力のこめ方に寒気を覚える。
 踏ん張り抗うぼくの腕を引きずり、風呂へと通じるガラスの引き戸を乱暴に開け放つ。
 「!?ぅあっ、」 
 浴室に放り込まれる。
 タイルを貼った壁に寄りかかる呼吸を整える。
 ピシャンと甲高い音たて戸が閉まり、小金井が前に立つ。
 「教えてやるよ、俺が本当はどんな人間か」
 低く押し殺した声が胸をざわつかせる。すさみきった眼光に気圧され、生唾を飲む。
 いつも口元に乗せてる軽薄な笑みを払拭し、凄みを帯びた顔でにじり寄る。
 逃げろ。
 頭が命令を飛ばすも足が竦んで動けない。浴室は狭い。引き戸はすぐそこ、手を伸ばせば届く。
 咄嗟に身を翻そうとするも小金井がばんと壁に両手を付き、すかさず顔を寄せてくる。
 「………ばれちゃったんならしかたない」
 目を細めるようにして、残忍に、嗤う。ぼくが知らない顔で嗤う。
 フックに掛かったシャワーを取り外し、片手で器用にコックを捻る。
 「!?げほっ、な、うあ」
 次の瞬間、勢いよく迸った湯が顔面を直撃。
 頭からぬるま湯を浴びせられ狼狽する、顔の前で腕を交差させ防御の姿勢をとるぼくめがけシャワーを浴びせる小金井、タイルを貼った浴室に意地悪い忍び笑いが陰々と響いて渦を巻く。
 髪が、服が、水を吸ってしどとにぬれていく。水が口に入ってむせる、激しくみせる。缶スプレーの飛沫がとんだ髪からしずくが滴る、水滴がレンズに付着して視界が曇る。
 「汚れちゃったからキレイにしてあげる」
 「がほ、やめ、ふざけ……ふざけっ、ないでくださ、げほげほっ!」
 ぬれそぼつ髪が額にへばりつく、大量の水を吸った服がぴっちり肌にへばりつく。
 窒息しそうな密着感に喘ぐも、口を開ければまた水が流れ込み、溺れてむせる悪循環。
 壁際に追い詰められ逃げ道を絶たれた状態でシャワー責めにされる。上着はおろか下着にまで水がしみこんで滴ってすごく気持ち悪い、肌がどんどんふやけていくのがわかる。髪や顔、服から溶け流れた塗料が渦を描いて排水口へ吸い込まれていく。
 『暴れんなって言ってんだろ、可愛くしてやるから』
 『そっち持て、押さえつけとけ』
 『ねーリップクリーム持ってるー?ぬったげようよ、口紅がわりにさ』
 いつだったか体育用具倉庫で聞いた嘲笑がタイルを打つ水音とまじりあう。
 封印した悪夢を追体験し、体の芯から震えを発する。
 「………は……………」
 「よし、キレイになった」
 シャワーホースを片手にもった小金井が満足げにひとつ頷き、ちょっと身を引いて頭のてっぺんから爪先までぼくを眺め、口端を持ち上げるようにしてサディスティックに笑う。
 その笑みが、いつかの黒田にだぶる。
 陰湿に陰険に、ぼくを嬲り倒す行為に快感を覚えていたあの顔と、だぶる。

 そして小金井は
 「東ちゃんて童貞だっけ?……お気の毒さま」
 シャツの裾におもむろに手をさしいれた。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010217192832 | 編集

 「げほがほごほっ!」
 容赦なくシャワーをかけられ追い詰められる。
 背中がタイルに衝突、完全に逃げ道を絶たれる。
 「悪ふざけはやめてください、いい加減にしないとひと呼びますよ、ぼくの服びしょぬれにしてなにが楽しいんですか!?」
 「楽しいよ、いやがる東ちゃん見てるの面白い」 
 小金井が笑って受け流す。
 口角を吊り上げ嗜虐的な笑みを浮かべる小金井、細めた双眸が残忍な光にぬれる。
 見慣れた光、八年前ぼくを陰湿にいじめ抜いたクラスメイトの目に見たのと同じサディスティックな色。
 小金井の目にだけは絶対見ることないと根拠もなく信じきっていたものと接し、戦慄が襲う。
 「あ………、」
 膝からかくんと力が抜ける。タイルを貼った壁に凭れ辛うじて姿勢を保つ。
 声を上げなきゃ。
 ポケットをまさぐり携帯を取り出すも小金井に弾かれ、カチャンと軽い音たて携帯がタイルをすべる。
 打ち払われた手にジンと痛みが走る。
 そんなに強くなかったけど、小金井が暴力をふるった事実そのものにうちのめされる。
 怖い。
 目の前の男に対し絶大な恐怖を感じる。
 肝心な時に舌が回らない、体が動かない。
 頭の片隅に残った一握りの理性を働かせ考える。
 ここは浴室、シャワーは出しっぱなし、大声で助けを呼んでも近所には聞こえない。 
 小金井はそこまで計算にいれて浴室に連れ込んだ?
 「東ちゃん童貞?お気の毒さま」
 小金井が詰め寄る。
 壁にへばりつきできるだけ距離をとろうにも無駄なあがきで、タイルの水を蹴散らし歩み寄った小金井が、シャツの裾に手をさしいれる。
 「!!っ、」
 まじりけなしの嫌悪感と恐怖、そして羞恥心。 
 小金井の手がひたり脇腹に吸い付く。
 片手でシャワーを持ったまま、余った手をシャツの裾にもぐらせ肌をまさぐり始める。
 「ぅあ、いや、やめ………」
 シャワーで火照った体を緩急つけて手が這う。
 いかがわしく腰を這いのぼり、いやらしく背に回り、薄く貧弱な胸板をなでまわす。
 大量の水を吸ってシャツが密着し半透明に肌を透かす。
 裾からぽたぽたたれたしずくがタイルを叩く。
 「ばっちり透けてる。やーらしい眺め」
 小金井がちろりと上唇をなめる。とんでもなく好色な顔。
 稚気閃く笑顔が性質を変え、相当の経験を積んだ色悪な雰囲気を醸し出す。
 耳元で揶揄され、カッと顔が熱くなる。
 ぬれてへばりつくシャツの下で性急にうごめく手をいやでも感じてしまう。
 「叫ぶ?どうせ聞こえないよ、シャワーだしっぱなしだし。隣の奥さんは今の時間パート、大家さんはテレビ見てる頃。試してみる?」
 「なに……する気、ですか」
 「強姦ごっこ。……ごっこじゃないかな」
 「嘘、ですよね?」
 悪趣味な冗談。からかってるんだ。
 媚と怯えを含んで潤む上目で、引き攣る笑みで小金井をうかがう。
 小金井がそんなことするはずない、ぼくに腹を立ててるんだとしてもそんな……懸命に自分をなだめ言い聞かせるも否定しきれない、現実がすでに希望的観測を裏切っている。
 じゃあなぜ小金井はぼくを真昼間から浴室に連れ込んだ、戸を閉めた、軟禁した、服の上からシャワーを浴びせた?行動が理解できない、動機は理解できる、ぼくは本当の本気で小金井を怒らせてしまった、小金井が大事に持ち歩いていた写真にとりかえしのつかないことをした。
 彼女と、友達と写した写真。
 「!ひっ、あ、そこやめっ……」
 熱い唇が首筋を這い、うなじに回る。
 突然のキス。心構えができない、させてもらえない。
 唇が移動する。
 ぬれたシャツが浮き立たせる鎖骨の尖りを唇でなぞり、呟く。
 「………とがってる」
 「見ないでください………おねがいだから……」
 意地悪い指摘に身悶える。
 水が滴るシャツの胸に、ピンク色の突起がうっすらいやらしく透けている。 
 「口ではいやがっててもまんざらじゃないんだ。体は正直ってヤツ?」
 「ちが………う……」
 「違わないっしょ。じゃあこれ何、なんで尖ってんの、乳首。シャワーだけで感じちゃった?俺にさわられてこんななった?前からおもってたけど敏感肌だね東ちゃん。男だってこうして性感帯刺激してやればちゃんと勃つんだよ、女の体と変わんねー」
 「………べたべたさわるから……ちがう、リアルなんて興味ない、生身に興奮するわけない、相手は男で……こがねいさんで……嘘だ、こんなの……」
 いやだ逃げたい恥ずかしい死ぬほど恥ずかしい、一体ぼくの体はどうしてしまったんだちょっとさわられただけで勘違いしてシャツに恥ずかしい尖りを浮かせて、小金井の手がなぞった腰が甘く疼いて、唇が辿った首筋がジンと痺れて

 「白状しなよ。ずっと俺に抱かれたかったんだろ」
 こんなのちがう
 「だから泊めたんだろ」
 絶対ちがう

 弱々しく首振り否定するも弱々しすぎて説得力をもたない。
 口調をがらりと変え、媚を売るような調子で囁く小金井はまるで別人のようで、見知らぬ他人のようで、膝ががくがく震える。
 小金井が知ったかぶって含み笑い、シャツの上からぼくの胸をつねる。
 「ー!!痛っ、」
 きつくつねり上げられ、鋭い痛みにたまらず呻く。
 額をぶつけるようにして正面から覗き込み、恥辱に赤らみ苦痛に歪む表情を観察しつつ、残忍な指先でシャツ越しの乳首を揉み絞る。
 勃ち上がり充血した乳首を揉み転がされる痛みに生理的な涙が滲む。
 執拗な責めに次第に息が上ずり始める。
 「キレイなピンク色。感度も絶品」
 胸のしこりを器用に指で挟み絞り潰し揉み転がし、あるいはシャツごとひっかき、卑猥な揶揄で煽りたて辱める。
 男の手で乳首をもてあそばれ屈辱的なはずなのに、痛いだけの行為のはずなのに、縮むシャツの窮屈な締め付けと相まって被虐的な快感が沸き起こる。
 きつくつねったかとおもいきやねっとりこねくりまわし、緩急つけて尖りきった先端を刺激しつつ首筋をついばむ。
 「は…………」
 「感じてるんだ?かーわいい、東ちゃん」
 「ちが……」 
 「ごまかさなくたっていいって。目がとろんと潤んで、顔赤らめて、すっげ気持ち良さそ。エロい」
 小金井の手が、唇が、息遣いが。
 じれったいほどもどかしく劣情を高めていく。
 拒絶する心と裏腹に体を暴かれていく。シャワーの音が鼓膜を叩く。
 霞がかったように頭が朦朧として思考が正常に働かない。
 浴室に漂う白い湯気。小金井の舌がシャツの胸へと移る。
 シャツの上から乳首を吸われ、強烈すぎる快感に喉が仰け反り、壁に付くほど背中が撓る。
 「ひぐっ……!」
 「口でされるほうが感じる?」
 「ひあ、うあっ、やッ、っとにも……こがねいさ、やめ、あやまるから!」
 首筋をむさぼりながら、達者な手つきでボタンをはずし、シャツの前を暴く。
 シャワーでぬれそぼったシャツの前を開き、上気した肌を外気に晒す。
 必死に小金井を制止する。
 けれども小金井は嗚咽まじりに懇願するぼくを腕力と上背でねじ伏せ、水を吸って下肢に密着したズボンをずらしにかかる。 
 「ごめっ、ごめんなさい、謝る、あやまるから許してください、ひっ、酷いことしないで……いや、だ、なんでこんな、っ、小金井さんはこんなことしないって、一ヶ月ずっと、最初の日も、冗談で、最後までいかなかったから安心して、し、信じ、てたのに」
 恥もプライドもかなぐり捨てたどたどしく謝罪をくりかえし、小金井の胸元に縋り付く。
 小金井に抱き付いてる自覚はない、そうでもしないと立っていられない、腰砕けに座り込んでしまう。
 小金井の胸を掴み首を振る、ふやけた頭で罵倒する、呪詛を吐く。
 信じてた、頼っていた。
 依存とすりかえても違和感ない傍迷惑な信じ方でも、信じていたのは事実で。

 『大人しくしねーと酷いぞ、東』
 『とっととこれに着替えろよ』
 小金井が黒田の同類だなんて、思ってもみなくて

 失望と絶望と怒りと哀しみと羞恥と、色んなものが混じり合い沸騰し、小金井のシャツに指を食い込ませる。
 「ごめ、ごめんなさい、許してください、痛いことしないでください、酷いことやめてください、もうやだ、終わったと思ったのに、八年たって終わったと思ったのに、また……」
 「まだ始まってもない」
 静かに、断固たる意志を秘めて宣言。 
 ぼくの肩を掴み引き剥がす。
 愛撫を再開。割り開いたシャツからこぼれた胸板に顔を埋め、舌を使う。乳首を口に含む。
 粘膜の熱い潤みを直接感じ、軽く歯を立てられ甘美な電流が駆け抜け、頭がどうにかなりそうな快感に翻弄される。
 「お仕置きだよ、東ちゃん。悪いことしたらちゃんと謝らなきゃ」
 「謝ったじゃないですか……」
 「謝っただけじゃ足りないよ。体で償ってよ。一ヶ月いい子のふりしてて溜まってるんだ、俺」
 肌が湯だつ。頭がゆだる。息が浅く荒くなる。
 嫌なのに、怖いのに、嫌悪感と羞恥心でいっぱいいっぱいなのに、どうして
 「俺なりに努力したんだよ。部屋においてもらうには気に入られなきゃいけないから、女の子とも遊ばずに、一日中ゲームに付き合って……経験値稼ぎに精出して、ゴロ寝して、漫画読んで。そんな毎日送ってたらそりゃ溜まるよ。責任とってよ、東ちゃん」
 「だってぼく男で、小金井さんだって」
 「男同士でもできる」
 叫び声をあげそうになった。
 小金井が無造作にズボンの股間を掴み、大胆に揉みしだく。
 睾丸ごと包み、円を描くようにねっとり股間をまさぐられ、腰がとろけてずりおちる。
 不意打ちに唇を噛み、耐える。
 「………勃ってんじゃん、ここ」
 恥辱と快感に耐え俯くぼくと向かい合い、舌なめずりしそうな顔で笑う。
 「やめてください………」
 小さく、本当に小さな声で懇願する。
 息の音に紛れてかき消えそうな声で。
 だけど小金井はやめない。
 今にも泣きそうなぼくをよそに、膝を立て、それを股間におしつけてくる。
 「っあ……」
 リズムをつけ膝を揺する。
 小刻みな膝の揺れが股間を刺激し、摩擦による甘い痺れが広がりゆく。
 シャワーホースを取り、勢いの衰えた湯が迸る先端を、ぼくの股間へ押し当てる。
 「!!―――ッあああぁああ、」
 放水の勢いを少し弱めたといえど、敏感に張り詰めた場所を布越しに刺激され、それだけで軽く達してしまう。
 小金井が淫猥に手を動かす。
 シャワーから迸った湯を吸収しシャツとズボンが変色する。
 乳首と股間を重点的に刺激され、小金井のシャツを掴む手から急に力が抜けていく。
 抵抗が衰えた隙を見て、下着ごとズボンをおろす。
 裸の股間を見下ろし、小金井が少し驚く。
 「………へえ、マジに童貞なんだ」
 「………………ッ………………」
 羞恥の極限。
 小金井がまじまじとまだ剥けてないぼくの一部を見詰める。
 きつく瞑った瞼の奥から涙が伝う。
 恥ずかしくて、いっそ死んでしまいたい。
 二十二歳にもなるのに経験がなくて、剥けてなくて、自分で慰めたことはあるけれど、下半身は子供のままで。十四歳のまま、成長しなくて。
 「……気がすんだなら穿かせてください……」
 虚勢を張ろうとして、失敗する。
 どれだけ強い声を出そうとしても、語尾の震えを隠せない。
 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい。
 小金井が見ている。ばかにしてる、笑ってる。
 二十二歳にもなって剥けてない、皮を被ったまま子供みたいなピンクがかった肌色、子供みたいに小さい、みっともない。二次元の美少女キャラをおかずにしたことは何回もある、須藤さんを思い描いたことだって何回かある、現実の異性とは一度もない、できるとも思わない。

 セックスはずっと、ぼくには無縁の空想の産物でしかなかった。

 「ちょっと痛いけどガマンして」
 思案顔で黙り込んでいた小金井が呟き、おもむろに手を伸ばし、ぼくのそれを掴む。
 「―――――――!!?痛ッあ、ひっぁ、あ」
 「暴れないで」
 熱い手に口を塞がれ、悲鳴がくぐもる。
 「ふぐ、ふ、ふぐ、ふーっ」
 無力を承知で毛を逆立てた猫のように唸る。
 もう一方の手で包み込み、指をめりこませ先端をわずかに捲り、そこから果実の皮でも剥くみたいにするりと包皮を剥いていく。
 やすりがけされたようにひりつく痛みに涙がこぼれる。
 一皮剥けた下からさらけ出された粘膜の色の生々しさ、強制的に大人にされた性器の形状にショックを受ける。 
 「こっちのがやりやすいから」
 反省の色なくしれっと言い、剥いたばかりの性器をしごきだす。
 「ひっ、や、も、こがねいさん……さっきの事謝る、謝るからやめてください、ふあ、写真、弁償するから……あっ、あう、やっ」
 「どうやって弁償すんの、あれ一枚っきりしかないのに。テキトー言わないほうがいいよ」
 小金井の手が加速する。
 ぼくの前をしごき立てる傍ら、腰をもって後ろを向かせシャツをひん剥く。
 タイルを貼った壁に肘を付き、今にも膝から崩れ落ちそうな体を支える。
 小金井が裸の背に密着、合わせた肌から体温と鼓動が伝わってくる。
 シャワーをフックに掛けなおす。
 頭上からぬるい湯が降り注ぎ、体と床を叩く。
 狭い浴室に湯気と水音が満ちる。
 ぬれそぼった髪にゆるやかに手がもぐりこむ。
 もう片方の手は根元から先端にかけ剥かれたての前をしごく。
 全身の皮膚が粟立ち、体の内側がざわつき、ぞくぞく快感が駆け抜ける。
 太股に固いものが当たる。小金井がぼくの腰を掴み、耳元で囁く。
 「泣いてもいいよ。どうせ聞こえないから」
 「小金井さん……ッ、なんでこんなこと……」
 言葉が続かない。
 小金井の手は止まらず激しさを増し、残酷なまでにぼくを追い上げ追い詰める。
 壁に縋り付き、身をよじるようにして少しだけ振り返り、小金井を仰ぐ。
 水滴がびっしり覆う眼鏡がずりおち、視軸が歪む。

 熱い塊が切実にこみ上げ喉を塞ぐ。
 息が上手く吸えない。

 怒らせたぼくが悪いのか、原因を作ったぼくが悪いのか、じゃあ小金井は悪くないのか、そんなはずないそんなわけない、ぼくが言ったことは間違ってない。帰る場所があるなら帰ればいい、待っててくれる人がいるんだから出てけばいい、小金井はぼくとはちがう、ちゃんと人の中で生きていける。小金井が逃げてた事情は知らない、だれから逃げてるかも知らない、だけどもう知る必要がない、ぼくなんか手を貸さなくても頼れる友達がいる

 ぼくは小金井に必要ない。
 小金井だけじゃない。だれにも、家族にも、必要とされない。世の中に必要ない人間だ。
 世界中のくだらない百人に否定されても目の前のたった一人が認めてくれるなら、生きてていいよと言ってくれるなら、生きていけると思った。生きてみようと思った。
 八年かけて小金井と出会えて、初めて前向きになれた。やり直すチャンスがもらえたと舞い上がった。
 だけど。それなら。
 目の前のたった一人に否定されたら、どうすればいい?

 「………ふ、…………」
 手の甲を噛み、こみ上げる喘ぎを堪え、滲んだ目で正面を見詰める。
 目の前にあるのは壁だけ。無機質なタイルを貼った殺風景な壁だけ。
 誰もぼくに、生きてていいよとは言ってくれない。
 タイルについた手を握りこみ、壁をぶつ。
 「最低の嘘吐きだ……」 
 「今頃気付いたんだ」
 「ぼくに言ったこと、全部嘘じゃないか。行くあてないとか……好きだとか……手伝うとか……その場しのぎの、部屋に居座るための口実で……騙せると思ったんだろ」

 こんな気持ち悪いヤツ、好きになってくれる人いるわけない
 わかってたはずじゃないか

 「……死んじまえ……」

 わかってたのに、
 いまさら、なんで傷付くんだ?

 「………友達でもないくせに……ふりのくせに……ちゃん付け、鳥肌立つんだよ」
 壁のタイルに額を当てる。
 小金井の手に導かれ、前に血が集まる。  
 イきそうだ。イきたくない、小金井の前でイきたくない。
 我慢できない、小金井が見てる、視線が肌を焼く、弄ばれる。

 だめだ、
 助けて

 「ぅあっ、あっ、あああああぁあああああぁあっ!!」
 脊髄ごと引き抜かれるような虚脱感。
 小金井の手の中に精を吐き出す。
 小金井の指を伝い落ちた白濁が、シャワーの水と混じって排水口に飲み込まれていく。
 壁に両肘を付き、今にも折れそうな膝とずり落ちそうな体を保つ。
 「東」
 耳の裏側が吐息に湿る。
 呼び捨てにされ、乱れた呼吸を整えながら虚ろに目を上げる。
 小金井が笑う。笑いながら言う。
 「そうだよ、嘘だ。あんなの全部、部屋においてもらうための嘘に決まってるじゃんか」
 指のはざまで粘つく白濁をこねまわし、潤滑油代わりにして後ろをほぐしにかかる。
 「ひぐ、ぁぐ」
 これまで排泄にしか使ってこなかった場所に指をねじこまれ、無理矢理押し広げられる。
 吐き気と悲鳴を堪え唇を噛む、タイルに額を押しつけ苦痛を伴う行為に耐える。
 ぼくには見えないぼくの一部が指で押し広げられる、かきまぜられる、使いやすいようほぐされる。
 指が一本、二本と増える。
 異物を押し戻そうと緊張する臀部と腹筋の抵抗をものともせず、白濁にまみれた指を根元まで抜き差しする。
 「秋葉原で一目見てピンときた。いかにも気が弱そうだし、ちょっとびびらせたら簡単に言う事聞いてくれるだろうって。人を見る目は確かなんだよ、俺。予感的中、あんたときたら俺みたいな得体の知れない男が部屋に押しかけて無理矢理居座ったってのに誰にも相談せず泣き寝入りきめこんで……おかげで助かった、いい隠れ家ができてさ」
 「ふあ、いっ、ひあぐ、痛ッ……こがねいさ、指、抜いて……ひっ、あうぐ、や」
 「笑っちゃうよ、ほんとに部屋から一歩も出ないんだもん。ま、暇つぶしにはなった。ただでゲームやり放題漫画読み放題、慣れれば結構快適。ひきこもり更正計画も楽しかったしね。けどさ、そろそろドラクエ経験値上げも飽きたし……あんたで遊ぶのもおしまいにする頃合かなって、ぼちぼち引き際見てたんだ。一ヶ月一緒にいておたくの生態も色々わかったし、アニメ好きな女落とす時の参考にするよ」
 裸の背にのしかかり耳朶を噛む。
 後ろに指を突っ込まれる屈辱的な行為にも増して、残酷な言葉が心をずたずたに切り裂く。
 これこそ本性だと宣言するように性悪な笑みを浮かべた小金井の首元で、規則的な動きに合わせ、ドッグプレートが銀に光る。
 「一回男で試してみたかったんだよね。あんたみたいに気弱なタイプなら強姦されても被害届け出せないだろうし、だれにもチクったりしないっしょ」

 友達がいないぼくなら。
 家族に見限られたぼくなら。

 後ろから乱暴に指を引き抜く。
 ベルトの金具がふれあう音に衣擦れが続き、後ろに熱く固いものが触れる。

 「最後に一回犯らせてよ。いいじゃん、減るもんじゃなし……内心期待してたんだろ」
 
 うなじをすべる唇

 「いやだ、」 
 
 前髪からぽたぽたしずくが滴る

 「知らない」
 『俺、行くとこないんだよね。東ちゃんとこに泊めてほしいな、なんつって』『リュウって呼んでよ』『猫はだいじょうぶなんだ?』『ザクを作らせたら世界一だ』『東ちゃんはさっき自分なんかずっと部屋にこもってりゃいいって言ったけどさ、今日外にでなきゃ大の大人が人目を気にせず本気出してブランコこぐのがこんなに気持ちいいなんて、きっと永遠にわからずじまいだった』

 『世界が明るくなったっしょ?』 
 世界がまた暗くなる
 
 『世界中のくだらない百人が死ねって言ったって、目の前のたった一人が生きろって言ったら生きるっしょ』
 そのたった一人が、やっぱりお前なんかいらないって言い出したら

 物思いをさえぎって、熱い肉塊が押し入ってきた。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010216014807 | 編集

 熱い塊が肉を裂いて押し入ってくる。
 「いやっ、あ、ひうっ……!!」
 生木を裂くように下肢を引き裂く激痛に理性が蒸発、かすれた悲鳴が迸る。
 フックに掛けたシャワーが生温かい雨を降らし、うつ伏せの後頭部と剥き出しの背中を叩く。
 「痛ッ、ひ、小金井さんやめ、お願いだから……あっ、うあ、や」
 「死なないよこれっぽっちで。まだ先っぽしか入れてないじゃん」
 耳の裏側に吐息の湿り気を感じ、背筋にそってぞくりと悪寒が這い上がる。
 何がどうなってるんだ?
 ぼくの位置からは見えない、見えないからおぞましい想像が働く。
 目の前には無機質な正方形のタイルを貼った殺風景な壁。
 浴室に乳白の湯気がこもる、タイルを叩くシャワーの音が規則的に鼓膜に響く。
 排水口に渦巻き飲み込まれていく大量の水が裸の足裏を浸す。
 タイルと向き合い肘を付き、尻を突き出す屈辱的な格好で悲鳴を上げる。
 何度も何度も行為の中断を訴える、恥も外聞もプライドもかなぐり捨て哀願し謝罪する、お願いだからもうやめてくれと良心に縋る、この一ヶ月ぼくが見てきた小金井の残像に縋り付く。  
 「嘘だ、こんなの……小金井さ、んが、こんなことするはずない」
 激痛と熱で朦朧とする頭で、呂律の回らぬ舌でうわごとを口走る。
 小金井がこれまでぼくに見せてきた顔は芝居か、演技か、ぼくを騙し部屋に居座るための仮の姿か、これが小金井の本性?
 指三本で慣らしたってまだきつい。
 当たり前だ、排泄器官に異物をねじこまれるのは生まれて初めて簡単に慣れるはずない、よくなるはずがない。
 挿入は激痛を伴う。
 小金井は慣れた動作で律動的に腰を使う。
 ぼくの腰を掴み手前に引き、速いペースで容赦なく腰をぶつけてくる。
 「痛ぐっ………や、ぁう」
 タイルに爪を立てる。
 喉の奥で悲鳴が泡立つ。
 今自分が強いられている行為を現実と認めたくない、認めたら最後壊れてしまう、心が打ち砕かれてしまう。
 「すっげ……絞まる、きっつ」
 内腿をなまぬるい水が伝う。
 床を叩くシャワーに薄赤いものが一筋混ざる。血。
 内臓を抉られる痛みと負荷に背骨が軋み、背中が撓る。
 「は……ははっ、男とヤんの初めてだけど……意外とイケるもんだね。女の締め付けと違って新鮮」
 タイルにぎりっと爪を立てる、ひっかく、血が滲むほど唇を噛む。
 気持ちよくない、全然。
 痛いだけだ、すごく痛い、痛くて痛くて気持ち悪い。
 セックスなんか妄想の中だけで十分、ぼくには二次元があればそれで十分なのに高望みした罰だ、身の程知らずに恋なんかした罰だ、人を好きになった罰だ『気持ち悪いんだよオタク、死ねよ』『なに勘違いして学校きてんだよ、うじうじしたメガネづら晒して不快にさせんじゃねーよ』『生きてる資格ねえよ』そうだ、ぼくには生きてる資格がない、こんな根暗でうじうじして気持ち悪いヤツはたちすぎてアニメ漫画を卒業できずすぐべそかく女の腐ったようなヤツが人を好きになるなんて身の程知らずもいいところだ。
 須藤さんだってぼくを見捨てた、見殺しにした、自分の保身のために切り捨てた。なら出会って一ヶ月の小金井がぼくを利用するのは当たり前で、ぼくは小金井にとって都合のいい道具にすぎなくて、なのにおめでたい頭で勘違いしていい気になって強烈なしっぺがえしをくらった。
 自業自得だ
 「許してください、ごめ、んなさい、お願いだから抜い、て……」
 八王子東は死んだほうがマシな人間だ。
 「なんでもする、から、お金払うから、ひっ、ふあ、中入ってるの抜いて、ひあぅ、も、ッ、こんなの死ぬ……」
 「お金なんかいらないよ。体で楽しませてよ」
 ぼくは被害者で。小金井は加害者で。その加害者に、お金を払うから見逃してくれと涙ながらに頼むぼくは、どこまで卑屈なんだろう。
 見下げ果てた人間。
 死んだほうがいい人間。
 そのお金だってぼくが苦労して稼いだもんじゃない、親から貰ったものだ、あの部屋の中で一体自分が働いて稼いだ金で買ったものがあるか?
 ないだろうひとつも。
 「……痛ッ、あ、うあ、こがねいさ、おねがいだから、やめて、たすけて、いたい、動かさないで……」
 「そそる声で泣いてもだーめ」
 小金井が乱暴に突き入れてくる。
 熱い塊が中の粘膜をえぐり、穿ち、鋭い激痛が脳天まで貫く。
 肉と肉がぶつかりあう音、タイルを浸す水を蹴散らす音、獣じみて荒い劣情の息遣いに性急な衣擦れが混じり合う。
 どうすればいい、どうすればやめてくれる、土下座すればいいのか、ぼくが口ですればいいのか、黒田はどうした、八年前を思い出せ。
 八年前中学のクラスメイトは何がきっかけでぼくをいじめるのをやめた、きっかけ?そんなものない、始まるのも終わるのも気まぐれで突然だった、飽きるまで延延続いた、じゃあ今も?小金井が遊び飽き嬲り疲れるまで悪趣味な行為に付き合わされるのか、それしかないのか? 
 固く閉じた瞼の裏にちらつくかつてのクラスメイトの顔、のっぺらぼうの顔下半分に刻まれた嘲笑。
 いつしかそののっぺらぼうの目鼻立ちがくっきりとして、小金井の顔に変化していく。
 「ぐちゃぐちゃ音鳴ってるの聞こえる?東ちゃんの中から」
 「………は………」
 「やらしい音。粘膜の音。男って勝手にぬれないから不便だよね。東ちゃんが俺の手にたくさん出してくれたからちょっとはマシだけど……ローション代わりになって」
 耳朶を唇が這う。
 一筋、髪を咥える。
 「言うな……」
 荒い息のはざまから小さく言う。喘鳴にかき消されそうな、本当にかすかな声。
 ますます抽送を加速させながら一方の手でぼくの腰を掴み、もう一方の手を前に回して戯れにいじくりこねまわし、嗜虐の愉悦に酔いしれ小金井が囁く。
 「東ちゃんわかる?……見えないか、そこからじゃ。下半身、ピンク色に染まってる。恥ずかしいの?俺の言葉に興奮して?」
 「強姦まがい……犯罪……」
 「東ちゃんは誰にも言わないし言えない。そうでしょ?誰にも頼れないもんね、そういうふうに生きてきたんだ」

 人と関係を結ばず。
 その努力を放棄し。
 八年間、暗い部屋に閉じこもって。

 「警察に………いあっ、ああああああぁあああああああっ!?」
 「それで脅してるつもり?できもしないこと言うのやめなって、かっこ悪い」
 いやだ、立ってられない、立つのが辛い。
 挿入の角度が変わる。
 熱く潤んだ粘膜の一番感じる箇所に小金井が当たる。
 小金井が反応に味をしめそこを激しく突けば、快感に比例して腰が跳ね上がる。 
 ちがう、嘘だ、男に強姦されて感じるわけない、無理矢理突っ込まれてよくなるはずない、そんな都合いい話フィクションの世界だけだ、ならなんで小金井に突っ込まれて感じてしまう、頭が朦朧として激痛が薄れてくに従い違うものがこみ上げてくる?
 湯気にあてられ頭がふやけていく、全身の肌が鮮やかに上気していく。
 意地悪い声に、手に、唇に、全部に感じてしまう。
 「あっ、あ、あああっ、きつっ、いやだ………うち帰して、かあさん、とうさん、にいさん……助けて……」
 無意識に今ここにいない家族を呼ぶ、助けを求める。
 うちに帰りたい。八年前、学校にいる間中、ずっとずっとそう思っていた。下校のベルが待ち遠しかった。
 今は?ぼくが帰る場所なんかどこにもない、このアパートしかない。助けを呼んだってだれもきてくれない。携帯はそこの床に水浸しで転がってる。
 「………前勃たせていやがったって喜んでるようにしか見えないよ?」
 「!!ふあ、あぅいくッ、い、やめ、手はな」
 小金井が前を扱きだす。前と後ろ、同時に激しく動かされて快感が相乗し暴走する。
 「東ちゃん、ほんとはいじめられんの好きなんじゃねーの。俺に酷い事されて、言われて、中もすっげ熱くなってきたし。こっちもびんびん」
 信じたくない。
 この小金井はあの小金井と同一人物かぼくが一ヶ月暮らした小金井と同一人物か、これまでぼくが見てきたものはなんだったんだ、全部嘘だったのか、部屋においてもらうために心にもないでまかせを言ったのか、今の小金井が本当の小金井ならぼくは

 ぼくが好きだった小金井は、本当は、どこにもいないのか?
 ぼくが頭の中で都合よく捏造したフィクションなのか?

 「どうしてこんな……酷いこと……」

 信じてたのに。
 好きだったのに。
 ようやく好きだって自覚したのに。

 「東ちゃん、自分じゃ気付いてないけど割にかわいい顔してるよ。いじめたくなるような顔。涙目がすっげえそそる」
 「ふあ、ぁうくっ、や、そこ、深……やめて、ください、前……さわんないで、おかしくなる……」
 頭がどうかしそうだ。
 ぐちゃぐちゃ淫猥な水音、小金井が腰を使って後ろの粘膜をかき混ぜる。前をいじくると同時に後ろの奥深く抜きさし、前後から激しく責め立てられ息が上ずる。小金井に、男に、無理矢理されてるのに、自分が信じられない。信じたくない。心が拒んでるのに、拒絶してるのに、体に注入された快楽は麻薬みたいで、どうしても抗えなくて、シャワーの水と一緒に押し流されて
 張り詰めた前の根元を掴み射精をせき止め、小金井が脅す。
 「やめていいの?」
 「………ッ………」 
 「イきたくねーの」
 助けて。だれか。だれでもいい。かあさん、とうさん、にいさん、気付いて。助けて。恥ずかしい、痛い、熱い、体が変な感じだ。ぞくぞくがとまらない、風邪の引き始めみたいな悪寒、快感。水を吸って縮むシャツに締め付けられ、身動きがとれない。前髪から顎からしずくが滴り、床を叩く。
 先走りの汁をすくいとり、糸引くまでこねて尿道口に塗りこめ、小金井が囁く。
 「どうしてほしいか自分で言いなよ、東ちゃん」
 「死ねよ……」
 「酷くするよ」
 性感帯を知り尽くした手がぬるつく前をいじくり倒す。
 後ろに突っ込まれたものがひと回り大きくなり圧迫感が膨れ上がる。
 前立腺をこそぐような律動に腰が砕け、その場にへたりこみそうなのを膝裏の筋肉を突っ張り耐え、残りわずかな気力をかき集め口を開く。
 「……ぼくは……あんたの、なんなんですか」
 一瞬、虚を衝かれたように動きが止まる。
 滲んだ目でタイルと向き合い、快感に乱れまくった息を整えようと努め、続ける。
 「一ヶ月ずっと……一緒に暮らして……ッ、ふあ……強引で、うざくって、あんたがそばにいるせいで、落ち着いてゲームもできなくって……エロゲもじっくりできなくて……ふ……チャット仲間ともごぶさたで……だけど、それでも、いいかなって……あんたと一緒だと、楽しくって……普通の人になれた気がして……」
 俺は見苦しくあがいてる今の東ちゃんが好きです。
 ザクを作らせたら世界一だ。
 「……好きとか……一番とか、ずっと、縁のない言葉で……誰かに言ってもらえることなんて、絶対ないって諦めて……」

 気持ち悪い。
 うざい。
 女々しい。
 暗い。
 ひきこもり。
 ニート。
 おたく。
 人間失格。

 「初めて言ってもらえて……す、ごく、嬉しかった………のに。あれもこれも、全部嘘だったんですか」
 「嘘だよ。信じたの?」
 「ぜんぶ……部屋においてもらうための……」
 「いい人演じるの得意なんだ、ずっとそうやって世間渡ってきたからね。東ちゃんのことなんか好きでもなんでもないよ、利用できたから利用した、それだけ。秋葉原で偶然会って……オタク狩りにびびりまくってたあんたなら強引におしかけても断りきれないって踏んだんだ。実際世間ズレしてないからやりやすかったよ、自分色に染めてくのも楽しかったし……ねえ、何回同じ説明させれば気が済むの?いい加減わかりなよ、俺がこういう人間だって。酷いヤツだって。今自分がなにされてるかわかってる、タイルに手え付かされてバックで犯されてるんだよ、犬みたいにさ。ははっ、今の東ちゃんいーかっこ、写真に撮っておにいさんに送ちゃおうか」
 心臓が冷える。
 「それとも……そうだ、東ちゃんがやってるブログに載せてみる?みんなびっくりするだろうね、アクセスぐんとアップするよ」
 「小金井………あんた……」
 冷たい憎悪。殺意。
 体の内側で膨れ上がったどす黒いどす汚い感情は、何度目かの強引な挿入によって蹴散らされる。
 「あっ、あああああっ、ひっ、あう、あああああああっああああああ!!」
 体重をかけのしかかる小金井、体の奥深く貫かれ前立腺をピストンされる、タイルに爪が食い込む、前をしごく手に高められ連続で熱を吐き出す、もういやだ、助けて、体が保たない、ばらばらに壊れてしまう、砕け散ってしまう、助けて、ごめんなさい、許してください、もうしません、なんでもする、するから許して、苦しい、息ができない、体の内側に熱いものが広がる、弛緩した穴からとろりと白濁がこぼれ足を伝うー……
 カシャンと眼鏡が落ちる。
 膝から砕けて座り込んだ頭上にシャワーが降り注ぐ。
 鋭利な剃刀で抉られたように肛門のふちがひりひりする。小金井が出した白濁と、ぼくが出した白濁とが、シャワーの水と合流して排水口へ吸い込まれる。
 ふらりと前屈みになる。壁に額を付け、虚ろな目で裸の下半身を見下ろす。
 「………よかったよ、東ちゃん」
 小金井の、声。行為の余韻に陶然とした、満足げな声。
 コックを締めてシャワーをとめる。
 ぬれそぼった髪をかきあげ首を振ってしずくを散らす。崩れた色気匂い立つけだるげな動作が目を奪う。
 いつまでも立ち上がらないぼくに、面倒くさげに手をさしのべる。
 「大丈夫?」

 『押さえつけとけよ』

 小金井の手が、顔が
 黒田の手と、顔と、だぶる。

 絶叫する。
 無我夢中で小金井の手を打ち払う、タイルの水を蹴散らし跳ね散らかし半狂乱であとじさる、背中がドンと壁にあたる、壁に沿って横這いに移動する。
 「東ちゃ」
 「さわんないで、さわんないでください、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ひっ、うあ、」  
 『逃げんなよ東ー』
 『遊ぼうぜー』
 『そんなに暴れたらリップクリームぬれないでしょ、じっとしてよ』
 記憶の中で渦巻く嘲笑、哄笑、記憶の中から蠢き這い出る無数の手。
 体に絡みつくそれら無数の手からこけつまろびつ逃げる、タイルで足が滑って尻餅をつく、下半身を引き裂く激痛、全身びしょぬれで跳ね起きて浴槽の縁に縋る、衝撃で上にのせた蓋が滑り落ちけたたましい音をたてる。
 ズボンと下着をあげるのも忘れたまま、ぬれてへばりつくシャツの前をしどけなく開いて、陵辱の痕跡もあらわな裸身をさらけ出す。
 助けて、怖い、だれか助けて、にいさん、とうさん、かあさん、体中痛い、ずきずきする、なんでぼくがこんな目に、何も悪いことしてないのに
 「な、なんでぼくがこんな目に、ひ、何にも悪いことしてない、気持ち悪いっていうから、できるだけ人に会わないようにして、八年間部屋から出ないようにして、みっともないって兄さんがいうから、だから」
 走る、滑る、けっつまずく、震える手で浴槽にしがみつく。
 「東ちゃん」
 ぱしゃんと水音。
 小金井がこっちにむかって一歩を踏み出すのに、深く頭を抱え込み、金切り声で悲鳴を発する。 
 「ごめんなさい、もう出ない、一歩も出ない、ドアの鍵閉める、ちゃんと閉める、だから許して、一生ひきこもる、だから許して下さい、い、痛いことしないでください、あ、あんなのやだ、もういやだ、現実なんていらない、二次元だけで十分だ、チャットだけで満足してればよかった、秋葉原なんか行かなきゃよかった、そしたらあんたと会うことなかったのに、こんな痛くて惨めで死ぬほど恥ずかしい目にあわずにすんだ!!」
 青ざめた肌が急激に体温を失っていく。
 白濁がこびりつく前は萎れ、前が開いたシャツから覗く胸板に散りばめられた鬱血のあとが、いっそう生々しく痛々しく映える。
 小金井が怖い、もう恐怖と嫌悪しか感じない。
 腰が抜けて立ち上がれない代わりに四つんばいに這って逃げる、水浸しのタイルをぱしゃぱしゃ打って惨めにみっともなく逃げ続ける、這い這いを覚えたばかりの赤ん坊のようにひたすらに
 眼鏡をなくしたせいで前がよく見えない、小金井の顔もタイルもぼやけている、それでも構わない、小金井の顔なんて二度と見たくない
 怖い、痛い、恥ずかしい、畜生酷くみじめだ、生きていくのが辛い、息を吸って吐くだけで切り刻まされる
 
 『世界中のくだらない百人が否定したって目の前のたった一人が生きろって言ったら生きるっしょ』
 『俺、東ちゃんが大好きです』
 『友達です』

 「出てけ。あんたの顔なんか二度と見たくない。次に現れたら、今度こそ、警察に突き出す」
 頼むから、お願いだから、視界から消えてくれ。
 アパートから出てってくれ、二度と戻ってこないでくれ、ぼくの知らないところで勝手にやってくれ。
 「………わかった。出てく」
 小金井の返事は、ひどくあっさりしていた。
 遊び飽きたおもちゃにはもう興味がないというふうに、壊れたおもちゃに未練はないとでもいうふうに。
 軽く肩をすくめ、下着ごとズボンを引き上げ、後始末をする。その間中、ぼくはずっと浴槽にへばり付き、小金井の一挙手一投足を過剰に警戒していた。
 タイルの水をぱしゃぱしゃ蹴散らし戸へ向かいながら、小金井がふと言う。
 「………世話んなったね、東ちゃん。漫画ゲームはほどほどに。俺がいなくても、ちゃんと食ってよ」
 
 最後に優しいふりをしたって、むだだ。
 ぼくはもう本性を知ってしまった。

 擦りガラス入りの戸に手をかけた小金井が、ぼくに背中を向けたままポケットをまさぐり、何かをとりだす。 
 放物線を描き飛んできたものを取り損ね、床におとす。
 水浸しのタイルの上に軽い音たて落ちたのは、合鍵。
 背中を向けた小金井が、身も心もぼろぼろのぼくを、安心させるように呟く。
 「もうこないから」
 甲高い音たて引き戸が締まり、ヒモの背中が完全に視界から消える。

 そして小金井はアパートから出て行った。
 もう二度と会うことはないだろう。 

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010215123903 | 編集

 「ねえいるの八王子くん、三日間顔見ないけど」
 ドンドンドンドン。
 頭から毛布を被って伏せる、ドア越しに響く煩わしい他人の声に無視を貫く。
 「まさか風邪なんかひいてるんじゃないでしょうね、ちゃんと生きてるの。隣の奥さんも最近物音しないから心配してるわよ、生きてる気配がしなくって」
 うるさい、ぼくのことなんかどうでもいいだろう、ほうっといてくれ。
 両手で耳を塞ぐ。
 きつく目を瞑る。
 さっきからずっとこれだ、延延続くお説教とノック音。
 部屋の前に突っ立ちドアを叩き続ける大家の心配げな声。だまされるもんか。
 布団から這い出す気がしない。喉がひどくいがらっぽい。
 もう何日換気と掃除をしてないんだろう、狭い部屋の底にざらつく埃が沈殿する。
 体がだるく熱っぽい。本格的に風邪ひいたかも……わからない、体温計がないから確認できない。昔から腺病質な虚弱体質で、ちょっと運動しただけですぐ息が切れたし、寒い中で薄着してると熱を出した。八年前ひきこもりになってからは昼夜逆転の不規則な生活習慣と裏腹に小康を保ってきて、幸いなるかな体温計や医者のお世話になったことはない。
 笑ってしまうが、ぼくは自分の保険証の場所も知らないのだ。
 多分部屋のどこかにあると思うが、散らかりすぎててわからない。発掘は半日がかりの大事業になりそうで、そもそも病人が働くのは本末転倒だ。
 医者の息子が不養生で風邪をひいたなんて父さんにばれたらまた携帯でどやされる。
 再び布団にもぐりこむ。
 保険証がない、だから医者に行かない。外出を嫌う対人恐怖症の言い訳。
 自分に対しても本音と建前を使い分ける八王子東は卑怯者だ。
 「ねえ、ほんとに大丈夫?部屋にいるんでしょ?リュウくんはどうしたの、最近姿見かけないけど……」
 リュウ。
 大家が発した名前を聞き、心臓がすっと冷える。
 突然息が苦しくなる。
 「ひょっとして、喧嘩?喧嘩して出てっちゃったの?挨拶もなしなんて水臭い……聞いてるの、八王子くん。うんとかすんとか言いなさいよ」
 ノックの調子を速め、ヒステリックにがなりたてる大家に神経が苛立つ。
 うるさい、うるさいうるさい。放っといてくれ。
 耳を塞ぐ、毛布を羽織って丸まる。
 お節介は消えろ。
 どんだけ心配してもらっても行動で報えないぼくなんか放っといてくれ。
 心配してもらったって感謝の気持ちなんかこれっぽっちも生まれない。
 うるさい、ババア、あっちへいけ、消えろ、ぼくにかまうな。
 脳裏に無限に繁殖する呪詛、捌け口をなくしストレスの内圧が高まる。
 やつあたりだとわかってる、子供っぽい自分が嫌になる。
 損得抜きの親切なんて存在しない、下心ぬきの優しさも思いやりも信じない、信じられるもんか。
 現実のノックが過去のノックと被さる。
 八年前、手が痛くなるまでぼくの部屋のドアをノックし続けた兄さんの必死な声音を思い出す。
 「ここ開けるわよ。家賃まだもらってないし……」
 家賃の催促、衣擦れの音、合鍵を探る気配。
 「開けないでください」
 動きが止まる。ドアの外から困惑の気配が濃厚に伝わる。ちゃんと声が出たことにひとまず安堵……ちゃんととは言えないか、実際かすれて酷い状態だ。
 声を出すのは三日ぶりだ。小金井が出ていってから一言もしゃべらなかった。
 「いるんなら返事しなさいよ、びっくりするじゃないの。最近出てこないけど大丈夫?食事はどうしてるの、ちゃんと食べてるの。店屋物とってる痕跡もないけど……」
 「ちゃんと食べてます。……ちょっと具合が悪くて。風邪ひいちゃったみたいで、食欲なくて」
 「大丈夫なの?声変よ。とりあえずここ開けて、少しでもなんか食べたほうがいいわ。おかゆ作ったげるから」
 「いいです……寝てれば治りますから」
 だれとも会いたくない。
 「今月分の家賃はポストに入れてありますんで」
 引き取る口実を与えれば、大家が諦めたように息を吐く。
 カチャン、軽い金属音。
 郵便ポストの中をさぐる音。
 封筒を覗き、今月分の家賃が入ってるのを確認し引き返していく。
 「………辛くなったらちゃんと言うのよ。餓死した店子の地縛霊がでるって風評立ったらまた家賃下げなきゃいけなくなるし、こっちも食べてけないわ」
 やっと諦めてくれた。
 がなり声が途絶え、心底ほっとする。
 再び静寂が舞い戻る。
 耳に痛いほどの静寂……こんなに静かなのは一ヶ月とちょっとぶりだ。

 『東ちゃん、ここどうすんの?教えて』 
 『あ、そっか、そうやればいいのか!アイテムはっと……うわっ、こんな隅っこに隠れてた!さすが東ちゃん目のつけどころちがう!』

 小金井がいた頃は、毎日が騒々しかった。
 小金井は一人で二人分うるさかった。うざさも二乗だ。
 小金井がいない部屋。妙にがらんとしている。
 物理的な面積は広くなって……ちがう、広くなったんじゃない、前の状態に戻ったんだ。
 それだけ。
 ただ、それだけ。
 相変わらず漫画アニメゲームソフトフィギュアガンプラが散らかり放題、カーテン閉めきってるせいで昼間だというのに明かりが射さない薄暗い部屋。
 敷きっぱなしの布団はしけって、少し黴臭い。
 机の上に乱雑に放置された工具、缶スプレー、あちこちに付着して斑模様を作る色とりどりの塗料、なだれをおこした漫画の山。見慣れた、見飽きた、ぼくの部屋。住み慣れた部屋。二年前、実家を追い出されてから暮らした部屋が、何故だろうひどくよそよそしく見える。
 寒々しい広さをもてあまし、靴にもぐりこんだハムスターさながら隅で身を丸める。

 『リュウくんと喧嘩でもしたの?』
 「うるさい」
 『出てっちゃったの?』
 「……うるさいんだよ」

 ぞくりぞくりと悪寒が走る。
 体の表面は熱っぽいのに、芯は凍えて震えを発する。三日前、びしょぬれになったせいだろうか。 
 食事が喉を通らない。食欲がない。何も食べてないせいで、だるい。
 どうでもいい。
 どうせ冷蔵庫をあさったところで何もない、からっぽだ。
 喉が渇いたら足を引きずるようにして流しまで行き蛇口から直接水を飲んだ。
 下半身が痛い。
 ちょっと姿勢を変えるだけで鈍く疼き、寝返りを打てない。
 「………………」
 『俺に酷いこと言われてされて、ほんとは感じてるんじゃないの』
 小金井の、声。笑い顔。
 思い出したくないのに思い出してしまう。
 背中を押さえる手を、内腿を這う手を、腰を掴む手を、髪を梳く手を。
 耳の裏側を辿る唇を、首筋をつつく唇を、肩甲骨の形を浮き立たせる唇を。嗜虐の愉悦に酔った意地悪い笑い声も、残忍な光を溜めた双眸も、口元の酷薄な笑みも……忘れられない。多分、一生忘れられない。これから何十回何百回と夢に見るだろうきわめつけの悪夢。

 怖かった。
 羞恥心と恐怖心と苦痛がせめぎあって、悲鳴も上げられなかった。

 『あんなの全部嘘だよ、部屋においてもらうための』
 『あんたのことなんてなんとも思ってないよ』
 『一回男で試してみたかったんだよね』
 思い出す、乱暴に腰を掴まれ抜き差しされた。下肢を引き裂く痛み、脊髄から脳天まで貫く激痛、喉から迸る声、次第に頭が朦朧として粘膜をかきまぜ前立腺を叩く津波のような快感に飲み込まれていく。

 ぱしゃんと水音
 うつ伏せの後頭部と背中を叩くシャワーの音
 縋り付いた壁の無機質な冷たさ

 「…………かほっ、こほっ」
 なんであんな酷いことができたんだ。
 震える手で毛布の端を握り締める。
 強烈なフラッシュバックに吐き気がぶりかえす。
 体はまだだるい、あれからずっと熱がさがらない、だるさが抜けない。
 小金井がぼくの中に吐き出したもの全部、シャワーを使って一滴残らず掻きだしたはずなのに……
 体内に吐き出された精液のぬるさ、それが溢れて内腿を伝う感触を思い出し、ぐっと喉が詰まる。
 怖い、いやだ、思い出したくない、忘れたい。
 いっそなにもかも忘れてしまいたい、あんな事なかったんだ、夢だ、嘘だ。
 小金井に犯されたなんて嘘だ、ぼくが感じたなんて嘘だ、全部嘘に決まってる。
 小金井はあれきり姿を現さない。もう会うこともないだろう。
 それで、いい。
 それが一番いい。
 信じてたのに、好きだったのに、最低なまねをした。
 「……なんでこんな目に……」
 もう何度目かわからない疑問を呟く。
 身の程知らずにもひとを好きになったから、ダメなヤツのくせに普通の人間になろうとしたから、しっぺがえしをくらったんだろうか。
 苦しい。だるい。みじめで最低な気分。
 熱っぽく目が潤む。洟を啜る。
 小金井はもういない、ぼくが追い出した。もう二度と目の前に現れるなと、そう言った。
 後悔なんか、するはずない。

 『うぜえんだよオタク、二次元でマスかいてろよ』
 ぼくには二次元がある。
 小金井なんかいなくても、二次元さえあればそれでいい。

 枕元に転がったザクを抱き寄せ、キュアレモネードと添い寝する。
 ガンプラに囲まれてると心が安らぐ。

 『利用できたから利用した、それだけ』

 世界中どこをさがしたって、八王子東を好きになってくれる人間なんかいるはずない。
 おたく。ひきこもり。ニート。女々しい。うじうじしてる。すぐ泣く。はたち過ぎて救われない。家族に迷惑かけっぱなし、家賃まで払わせてる。
 両親の負担、兄さんの重荷、家族の恥、社会のゴミ。
 生きてる価値がない、生きてく資格がない。 
 たった一人、生きてていいよと言ってくれたひとは、もういない。

 『世界中のくだらない百人が否定したって、目の前のたった一人が生きてていいよと言ったら生きるっしょ』

 屈託ない笑顔とともにさしのべられた手。
 襖の隙間のむこうから射した光は、とてもまぶしくて。
 瞬間、とんでもない勘違いをしてしまった。

 「……やり直せるなんて……」

 ありえないのに。

 「何が、たった一人だよ……あんただって、くだらない百人のうちの一人じゃないか」

 一番くだらないのはぼくだ。八王子東だ。
 今すぐ呼吸をやめたほうがいい、死んだほうがいい。
 大家さんには後始末で迷惑をかけるけど、その方がいい。
 小金井は戻ってこない。
 ぼくはひとりぼっち、暗く冷たいアパートの部屋でひからびて死んでいく。
 ザクを抱いて、フィギュアに挟まれて。
 好きなものに看取られて逝けるなら悪くない死に方だ。
 お父さんお母さん、ついでに兄さん、先立つ不幸をお許しください。
 そこまで考え、はたと思いつく。

 「………エロゲ消さなきゃ」
 億劫げに毛布をはだける。
 右腕にザクを、左腕にキュアレモネードを抱いて半死半生机に這いずっていく。
 のろのろ電源を入れ初期画面を立ち上げマウスをクリック、もたもたカーソル移動して入れたエロゲやら落とした動画を削除。
 死ぬのは構わないが、死に恥をさらすのはごめんだ。
 遺品を引き取りにきた親にパソコンの中身を見られたら恥ずかしさで二度死ねる。
 出来の悪い息子を持った親に、死後も迷惑をかけたくない。
 ぼくのパソコンの中身を見たら母さんはショックで卒倒、父さんは憤死するだろうきっと。
 「……完璧性犯罪者予備軍の部屋だもんな、これじゃ」
 周囲に散らばるエロゲソフトのパッケージでは、どう見ても小学校低学年にしか見えない女の子がパンツ丸出しのあざとい座り方で媚を売る。
 一般人には刺激の強すぎるパッケージのエロゲを箱ごとかき集め机の下に放りこみ惰性的マウスクリックで証拠隠滅、アンインストール完了を待つあいだ青白い光を放つ画面を虚ろに眺める。
 
 『東ちゃんこんなのやってんだ。ロリコン?』
 『二次元限定です、リアルには興味ありませんから』
 『だってこの子小学生っしょ、まずくない?』
 『建前上は十八歳以上ってことになってるから問題なしです』
 『なんで金髪なの?目え青いし』
 『如月サミイは日仏ハーフで帰国子女って設定なんです。このゲーム「魔法少女フランボワーズ」はマニアのみぞ知る伝説ゲームで主人公アルカ役の声優は今や超有名となった藤井リリ子、語尾を甘ったるくのばす独特のしゃべり方と「トリックオアトリート、ブルマがなければ黒ストはけばいいじゃ~ん」の決め台詞が最高で、ってあ、やめっ、イヤホン抜かないでくださいよご近所に声が漏れる!?』
 『いいじゃん、聞かせてやろうよ。お隣新婚さんだしお互い様だって』
 『全然お互い様じゃないしエロゲプレイ中にイヤホン抜くとか素で羞恥プレイだし鬼畜すぎます小金井さんは!!』
 『……それでもプレイする東ちゃんて意外と神経図太いよね』

 「…………っ………」
 
 三日前。
 浴室を出て部屋に戻ると、机の上に免許証が置かれていた。
 水浸しの風呂場に投げ出さなかったのは最低限の気遣いか。

 パソコンの横、置きっぱなしの免許証に目を移す。
 証明写真の写りの悪さが笑いを誘う。
 「………変な顔……」
 虚勢で自嘲の笑みを刻もうとして失敗、泣き崩れるように顔が歪む。
 二年前、父親に言われてしぶしぶ免許をとった。高校もまともに出てないんだから免許くらいとっておけ、言うことを聞かなければ漫画を全部捨てると脅され、いやいや教習所に通った。訓練期間は苦痛でしかなかった。あれでまた対人恐怖症がエスカレートしたと思う。
 「免許とったって、運転しなきゃ意味ないのに……」
 持ち逃げしなかったのは最後の良心だろうか。
 小金井は、アパートを出て行った。
 がらんとした部屋にうずくまり孤独を痛感、ようやくその現実を認識する。
 ゲームをやりながらふざけてじゃれあった、構って構ってとうるさく手出し口出しする小金井を振り払うのに苦労した、毎日毎日
 「あんなヤツ、知るか」
 どこへなりとも行っちまえ。顔も見たくない。
 ザクを抱く腕に力がこもる。
 熱いものが喉にこみあげてくる。
 ずずっと塩辛い洟を啜る、俯く、まとわりつく残滓を懸命に振り払う。
 
 『世話んなったね、東ちゃん』
 うるさい
 『俺がいなくなってもちゃんと食ってよ』
 余計なお世話だ 
 最後にいいヤツのふりしたってむだだ、手遅れだ、ぼくはもう本性を知ってしまった、だまされるもんか。
 
 「詐欺師め」
 消えてなくなれ
 「いなくなってせいせいする」
 居場所なんかない
 「部屋が広くなって快適だ。汚い手でべたべたガンプラにさらわれなくてほっとする、あんたときたら乱暴に扱うもんだからおちおちよそ見してられない、ひとがゲームやってる時にうるさく口出してホントうざい、エロゲ中は空気読んでトイレにこもるか外出てください、買い物先でなんでもぽいぽい目についたもの放り込む癖なおしてください、トイレットペーパーとか……サランラップとか、所帯じみたものばっか、恥ずかしい……新婚さんじゃあるまいし……男二人で、しょっぱい……」
 本人に面と向かって言えなかった愚痴、不満。
 「ポテトチップとか、お菓子つまみながら漫画読むの、言語道断です」
 いくら注意しても直らなかった
 反省の色のない、あっけらかんとした笑顔を思い出す。

 ザクを抱きしめる。
 キュアレモネードを抱きしめる。
 壊れそうなほど強く、強く。 
 
 畳の目にこびりつく菓子くず
 未完成のガンプラ
 乱雑に放置された工具
 脱ぎ散らかした衣類に埋もれたフロムAの三角に折れたページ端
 二人分接続したコントローラー

 部屋の至る所に他人の痕跡が残ってる。

 居候がいなくなった。
 部屋は広くなった、快適だ。
 もうゲームや漫画の楽しみを他人に邪魔される心配ない、時間を忘れ趣味に没頭できる、食事の時間になったからってフライパンとお玉の定番スタイルのヒモにうるさくせっつかれずにすむ 
 せいせいする、本当に

 これで全部元どおり

 「…………どうして」
 
 なのに

 「なんでだよ?」

 ひとりで漫画を読んでもつまらない
 ひとりでゲームしてもつまらない
 ひとりでガンプラ作ってもつまらない

 全部小金井のせいだ
 小金井がいないからだ

 「一ヶ月前に、八年間ずっとそうだった状態に、戻っただけじゃないか」
  
 一ヶ月前は、一日も早く出ていってほしかった
 一週間前は、一日も長く一緒にいたかった
   
 今は?

 小金井。
 ぼくが自分で追い出した、怒り狂って拒絶した、怯えて青ざめて振り払った、お願い頼む出てってくれ二度と現れないでくれ次顔見せたら警察呼ぶ絶対だ、もう構わないでくれと頭を抱え悲痛な嗚咽を上げ懇願した。
 小金井はなにひとつ言い訳せず部屋を出て行った、行為を終えたら指一本触れなかった。
 孤独な背中を思い出す。
 拒絶され、絶望した、あの背中を夢に見る。
 「悪いのはあんたじゃないか、あんたが無理矢理……っ、信じてたのに」
 被害者が罪の意識に苦しむなんておかしい、間違ってる。
 今だってそうだ、裏切られた悲哀に溺れ憎悪に窒息しそうな今でさえ心の底では小金井を憎みきれずにいる。
 自分を強姦した男を、憎んでも憎み足りない相手を追い求めている。
 最初の日は下半身がずきずきしてろくに眠れなかった。
 今も微熱は続いてる、行為の余熱がけだるい残滓となって腰にまとわりつく。
 体がひどく敏感になってしまった。
 服と肌が擦れあう感触さえもどかしい。

 誰か、助けてくれ。
 体を苛む熱をなんとかしてくれ。
 不在の喪失感を埋めたい一心でマウスをクリック、チャットの入室画面を表示する。
 結局、ぼくが縋る場所はここしかないのか。
 人生経験豊富なタートル仙人さんやハルイチさんならきっとアドバイスをくれる、親身に相談にのってくる。
 お互いの顔が見えないからこそリアルと違って信頼できる。
 入室ボタンを押そうとしてためらう。
 こないだ、まりろんちゃんは挨拶もせずにチャットを落ちた。あれ以来、チャットに来ない。
 原因はわからない。わからないけど、きっと、ぼくのせいだ。ぼくが悪い。ぼくの鈍感で無神経な言動が癇に障ったんだ。まりろんちゃんは空気の読めないぼくにうんざりした、嫌気がさした、ぼくと会いたくないからチャットに来ない。
 
 逃避先を失った。
 今度こそ本当に、ひとりぼっちだ。

 マウスから力なく人さし指が滑り落ちる。
 「…………」
 まりろんちゃんに、みんなにあわす顔がない。今さら行っても空気を悪くするだけだ。
 「………同じじゃないか、ぼくも」
 小金井と同じだ。
 都合のいい時だけ他人を利用して、泣いて縋って。アドバイスをほしがって。
 リアルの友達は一人もいない。携帯の登録画面は家族以外まっさら……そういえば、小金井の番号を入れたままだ。
 もう必要ない。
 繋がるかどうか試す気力もないし、意味もない。
 小金井は今どうしてるんだろう。気にならないといえば嘘になる。
 地元に帰っておなかの子供ごと彼女を抱きしめてるんだろうか、水入らずで団欒してるんだろうか。

 関係ない。
 したいようにすればいい。
 横取りされたと恨むのは筋違いだ。
 邪魔者は、ぼくの方で。

 「……………」
 繋がりを、未練を絶とう。
 携帯のボタンに指を這わせ、深呼吸し、液晶に登録番号の一覧を表示する。
 指先に少し力をこめるだけでいい、そうすれば完全に繋がりを絶てる。わかってる、そうしなきゃいけない。一日も早く忘れよう忘れたい、小金井の存在はぼくにとって重荷でしかない、自分を強姦した男の事を覚えていたい男がどこにいる、忘れたい記憶、洗い流したい痛み、排水口に渦巻き吸い込まれていく水と一緒に-……

 『東ちゃん』
 もう会えない、
 『俺の友達です』

 会いたい会いたくない矛盾した葛藤に引き裂かれる憎い憎みたい憎めるなららくなのに憎ませてくれない、飄々とした笑顔があっけらかんとした口ぶりが一緒に過ごした一ヶ月の思い出が机上に残された未完成のザクが免許証が合鍵が
 感情の堰が決壊しあふれ押し流される
 「―ひぐっ、」
 堪えようにも堪えきれず潰れた嗚咽をもらす、洟を啜る、ザクとキュアレモネーを抱きしめ鼻水と涙で汚れきった顔を埋める、強く強く抱きしめる、拠り所がほしい。
 どうしてこの部屋こんなに寒いんだ、暗いんだ、あいつが
 『そこでメラゾーマ使うとはテクニシャンな!?』
 いないから
 八年間平気だった、耐えられた、ひとりだった、今はひとりぼっちだ
 会いたい。
 会ってぶん殴りたい、責任をとらせたい。
 消す決心もかける決心もつかず液晶を凝視する。かけても繋がるかわからない、着信拒否されたらどうしよう、もうぼくのことなんて忘れて……

 突然、携帯が鳴りだす。
 
 「!!」
 心臓が飛び跳ね、反射的に通話ボタンを押してしまう。
 小金井か?
 『東、いるか』
 ……違った。
 「………兄さん」
 『どうしてるかと思ってるな……声の調子が変だが、具合悪いのか』
 不器用な気遣いを滲ませた声に、安堵のあまり涙腺が緩み、泣きたくなる。
 息を吸い、吐く。ひたすらそれを繰り返す。ペースがどんどん速くなる。
 『……東?』
 上擦る息。詰まる嗚咽。手の中の携帯を見下ろし、情けなく震える声を吐く。
 「……ぼくなんか……死んだほうがいいんだ……」
 『は?いきなり何、』 
 
 兄さんの愕然とした声に被さり、複数の靴音が殺到する。
 「!?」
 驚き、携帯を取り落とす。
 アパートの階段を慌ただしく駆け上がる複数の靴音、殺気立つ気配がドアを包囲。
 突然の事態に狼狽し、浅く腰を浮かせ、ドアに注視を注ぐ。
 「ちょっといきなり何なんですかあんたたち、警察呼びますよ!?」
 「うるせえババア、いいから鍵出せ鍵!」
 「いるってわかってんだぞ、おとなしくここ開けろや!!」
 ドアのむこうで激しく揉みあう気配、物音、ヒステリックな金切り声。
 だれかがぶち壊さんばかりの勢いで乱暴にドアを叩く、蹴りつける。一人じゃない、何人もいる。ドアむこうの喧騒はささくれた殺気を孕み、怒鳴り声が飛び交う。
 大家さんの悲鳴じみた声、鍵穴をガチャガチャほじくる音。
 次の瞬間蝶番が馬鹿になる勢いでドアが蹴り開けられ、外の空気と一緒に物騒な集団が殴りこんでくる。
 たたきから部屋へと土足で上がりこんだ連中はいずれも目つきが悪い、チンピラを従えた黒スーツの男が剣呑な眼光で室内を見回す。
 「なっ、なんなんですかあんたたち、ひとの部屋に勝手に……」
 「黙ってろ!」
 動転し舌が縺れる。最前までの感傷も吹っ飛ぶ。  
 チンピラの一喝がとぶ。
 屈強な体躯を仕立てよい背広に包んだ男は、右頬にナイフで抉られたような傷を持ち、いかにも筋ものっぽい雰囲気を醸し出している。おそらくこいつがリーダーなんだろう、うるさく吠え立てるチンピラとは物腰からして格が違う。
 靴裏の泥を畳になすり毛羽立たせ踏み込んだ黒スーツが、無造作に腕を振りかぶり、棚に並んだガンプラを薙ぎ払う。
 「!!やめろっ」
 我を忘れ叫び駆け出すもチンピラに足払いをかけられ突っ伏す。
 蹂躙は続く。黒スーツが顎をしゃくり、徹底的なガサ入れを命じる。チンピラが散開し、手当たり次第に部屋をひっかきまわす。机の上に載ったものが薙ぎ払われ畳になだれおちる、缶スプレーが転がる、新聞紙が舞う、ガンプラが土足で踏み付けられる、フィギュアが蹴飛ばされる、カーテンが引きむしられ外の光がまともにさしこむ。
 一体なにが起こってるんだ?
 「いい加減にしてください、警察呼びますよ、部屋から出てってください!!」
 精一杯の勇気と肺活量を振り絞って叫ぶ、哀訴に近い涙声で。
 怯えの色を隠しきれない訴えに、壁に沿ってぐるり一蹴し、机のところに戻ってきた黒スーツの男が初めて反応を示す。
 暴力沙汰に慣れた冷徹な目の色に息を呑む。
 酷薄な無表情に徹し、鼻先に屈みこむ。
 チンピラに命じぼくの腕を後ろ向きにねじりあげ、言う。
 「あんた、小金井リュウを知ってるか?」 
 
 小金井。
 初対面の人物の口から出た既知の名に、目を見開く。
 
 驚きを露にしたぼくを鉄面皮で眺め、黒スーツは言った。
 「居場所、吐いてもらおうか」

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010214004136 | 編集

 「ぼくのキュアレモネードにさわるな!」
 ありったけの勇気を振り絞って張り上げた牽制の声もむなしく、畳に叩きつけられたキュアレモネードの腕がもげる。
 バラバラに分解されたフィギュアを容赦なく踏みつけ踏みにじる無数の足、陰険ににやつく顔、顔、顔。
 嗜虐的な笑みの男たちが羽交い絞めにされたぼくの眼前で部屋を荒らしまわる。
 プライバシー侵害上等な徹底的ガサ入れ、精力的な捜索、まさしく蹂躙と表現するにふさわしい所業。
 吊り棚に並ぶプラモやガンプラをなぎ払う、壁にぶつける。
 「やめてください、それはぼくが初めて作った!」
 手も足も出ないぼくに見せつけるようにガンプラを蹴飛ばす、蹴散らす、ゴミのように扱う。
 ゴミのよう?
 ちがう、ゴミなんだ、ぼくの宝物はこいつらにとって何の価値もないゴミ同然だから粗雑に扱える壊せる破壊できる。
 だけどぼくにとっては違う、今しも派手なシャツを着崩したチンピラが笑いながら土足で踏みにじるザクは八年前初めて手がけたものだ。
 中学でいじめられ教室に居場所をなくしたぼくが一日中暗い部屋にこもりスタンドの明かりを頼りにコツコツ作り上げたザク、八年間ずっと一緒だった、昔の夢を見た時は泣きながら抱いて寝た、添い寝するだけで勇気づけられた。
 そのザクが、今、破壊される。
 「なんだあこの部屋、壁にべたべたアニメのポスターはってある。気持ち悪い、オタクの巣かあ?」
 「うわ、ガンダム。なつかしー」
 「ゲーム機も最新機種そろってんなあ。金持ちだな、お前」
 チンピラたちが馬鹿にしきって笑う。
 口角を吊り上げ嘲弄しつつ、畳を這うゲーム機のコントローラーを蹴飛ばし、汚い手でべたべたフィギュアやガンプラをいじくり回し、空中戦の真似事をして遊ぶ。
 怒りが沸騰、頭に血が上る。突如得体の知れない連中が部屋に殴りこんできた、土足でずかずかと許可も得ず……明らかな犯罪行為じゃないか、これは。
 「あんたたちどうやって部屋に入ったんですか、鍵は……」
 そこまで言いかけはっとする。
 「大家さんは!?」
 「心配すんな、女に手荒いまねしねえよ」
 ぼくの他に合鍵を持ってるのは大家さんだ。
 小金井は去り際、律儀にも免許証ともども合鍵を返却した。
 大家さんの身を案じヒステリックに叫べば、一目でチンピラ達より格上とわかる壮年の黒スーツが、つまらなそうに呟く。
 その手の中に、鍵。おそらく大家さんから力づくで奪ったものだろう。紐に指を通し鍵を振り回しつつ、黒スーツが言う。
 「用があるのはあんただけだ……口止めはさせてもらうがな」
 黒スーツが表に目配せする。
 意味深な目つきが不安をかきたて、窓の方を向いて通りをうかがう。
 アパートの周囲をぶらつくチンピラ風の若者たち。
 厳戒態勢、包囲網。
 完全に退路を絶たれた。
 「下手な真似はしないほうがいいぜ」
 黒スーツが淡々と指摘する。指先に絶望がしみてくる。
 若い衆を見張りに立たせた黒スーツが表情の読めない目でこっちを見下ろす。
 畳に這い蹲ったまま、生唾を飲み、その目を見返す。
 凄まじい威圧感にねじ伏せられ、弱々しく目をそらす。
 視線だけで人を殺せそうな圧力。
 吠えるしか能がなさげなチンピラと違って黒スーツの男には幾多の修羅場をくぐりぬけた底知れぬ貫禄が備わっている。
 怖い。
 風邪の悪寒とは違う、恐怖心から発する震えが上下の歯をかち合わせる。
 どうしてこんな目に?
 一体なにがどうなってるんだ。
 脳裏に渦巻き繁殖する疑問、絶体絶命のピンチ。部屋は密室、おそらくぼくと同様軟禁状態だろう大家はあてにできない、ご近所さんが異状に気付いて通報してくれれば……
 他力本願。
 こんな時まで人任せか、ダメ人間め。
 自分でなんとかしろ?無茶いうなできるわけないキャパシティの限界軽くこえてる、一体こいつらはなんなんだ、小金井の居場所を吐けって……
 「小金井はどこだ?」
 「知りません」
 「嘘つくとためにならんぞ」
 「ほ、ほんとに知らないんです……」
 「調べはついてるんだ。一緒に暮らしてたんだろう」
 「誤解を招く言い方はやめてください。……事実だけど」
 どうやらこの男たちは小金井を捜してるらしい。
 目的は?分からない。分からないが、まともな連中じゃないのは確実。
 ひとんちのドアぶち破って押し入るような連中がまっとうな人種のはずがない、玄関で靴を脱がないなんて非常識にもほどがある、掃除が大変だ。
 ああ、畳をはりかえなきゃ……また出費がかさむ、大家さんにどやされる。
 現実逃避の一環か、脳がどうでもいいことを考える。男たちに踏み荒らされた畳はささくれだち、そこらじゅうに泥まみれの靴跡がこびりつき酷いありさまだ。
 「!痛ッ、」
 黒スーツが尊大に顎をしゃくる。チンピラの一人がぼくの背に馬乗りになり、上体を前に折り曲げるようにして、ねじりあげた腕に体重をかけてくる。
 このシチュ、前に漫画で見たぞ。
 へたに暴れるのは賢くない、どうかすると腕が抜ける。
 ほら漫画をたくさん読んでるとためになるだろ?
 随分拷問に手馴れている。本職のヤクザ屋っぽい。
 ひねりを加え締め上げられた腕の激痛を堪え、生理的な涙が滲んだ上目で、正面の黒スーツを睨みつける。
 「あなたたち、なんなんですか……小金井はどこだって、小金井さんのこと、知ってるんですか」
 「あのガキには随分手え焼かされた」
 黒スーツがニヒルに笑う。
 笑ってるのに、ちっとも親近感が湧かないのが逆に凄い。
 顔筋の収縮に伴い右頬の傷が不気味に引き攣るせいだろうか?
 脅しにしか使えない笑顔だ。
 「森さん、間違いありません。リュウのヤツちょっと前までここにいました」 
 「ほう?」
 黒スーツの名前は森というのか。
 案外普通の名前で拍子抜け。極道な容姿から石動とか力石とかそのへんを想像してたのに。
 森が興味深げに眉根を寄せ、報告したチンピラを一瞥する。
 チンピラは勝手に冷蔵庫の扉を開き、主人に褒められるのを待つ忠犬のように森を手招く。
 「ひとんちの冷蔵庫勝手に……!」
 抗議の声を上げるぼくを無視し台所へ向かう。
 チンピラの肩越しに冷蔵庫の中身を覗き込み、「ほう」と顎を揉んで唸る。
 「ビンゴ」
 心なし上機嫌な声とともに、冷蔵庫に手を突っ込み、なにかを取り出して戻ってくる。
 「これでもまだしらばっくれる気か」
 森が手に持つものを見て、絶句。
 いちご。まだパッケージを破いてもない。
 冷蔵庫の中はからっぽだと思っていた。勘違いだった。
 思い出した、こないだ小金井がスーパーで買ったのだ。
 いちごを包む透明なセロファンに油性マジックででかでか名前が書いてある。
 「小金井リュウ」とへたくそな文字で。
 「あのばか……」
 食べ物に名前書く癖、直せって口をすっぱくして言ったのに。
 施設育ちの小金井にとってはそうするのが当たり前だったのだろう。
 目を閉じて思い出す、小金井はあの日いちごの包装に油性マジックでぐりぐり名前を書きながら「東ちゃん半分こしようね」と嬉々として言ってのけたのだ。

 もう永遠に叶わないけど。
 あんまりばかばかしくて笑ってしまう。 

 小金井が少し前までたしかにアパートにいたという紛れもない証拠を手にし、森が呟く。
 「小金井はどこだ?知ってんだろ、お前」
 「………知ってどうするんですか」
 「かばうのか」
 腕に圧力がかかる。
 激痛が破裂して悲鳴を上げる。
 「腕の一本でも折っちまえば唄いますよ、兄貴」
 「二度とマスかけねえようにしてやろうか?」
 部屋をひっくりかえすのをやめたチンピラ二人が戻ってきて、暇つぶしにぼくを小突く。
 肩を蹴り飛ばされ痛みが爆ぜる、前髪を掴まれ頭ごと畳に打ちつけられる。
 頭ごと掴まれ、畳に顔を押し付けられたぶざまな体勢から、くぐもった声を絞り出す。 
 「なんで小金井さんを……どうしてぼくのアパートに」
 「森さんの情報網なめんなよ」
 チンピラの一人が自分の手柄を誇るように鼻の穴を膨らませ、もう一人がぼくの肩を踏みがてら、尊敬のまなざしで森を仰ぐ。
 「いいか?この人はなあ、東京に嵐を呼ぶ男なんだよ。森嵐といえば目下業界で売り出し中の若頭、野望はでっかく関東制覇、ガキ一匹さがしだすのなんて簡単……ぶっ!?」
 のたまうチンピラの顎に裏拳が炸裂、大きく顎が仰け反る。
 チンピラを見もせず鉄拳をくれた森は、片方の手で歪んでもないネクタイの位置を正し、低い声で脅す。
 「余計なこたあいい。ごたく述べてる暇があるんならリュウの行き先の手がかりでも見つけてこい」
 「ヤクザ………」
 体の先からすっと血が引く。
 一目見た時からそうじゃないかと直感していたが、やっぱりそうだった。
 人は見かけによる、おおいに。
 なんでヤクザが部屋に?目的は小金井?
 だけどなんで小金井がヤクザに追われてるんだ、ヤクザ絡みのトラブルで逃げてるにしちゃ本人あっけらかんとして深刻な素振りが全然なかったけど……
 「小金井が追われてる理由、知りたいか」
 一瞬の躊躇。
 ためらう心をふっきり、頷く。
 森が股を開いて屈みこむ。
 「リュウ……あのガキはな、うちで飼ってた売人の死体から、ヤクと銃を盗んで逃げたんだよ」
 戦慄。
 衝撃を受ける。
 「……漫画でしょう、それ」
 引き攣り笑いを浮かべる。森は笑わない。
 目の温度は相変わらず冷め切って、冗談を言ってる感じはしない。
 「小金井さんが……死体から追いはぎ働いたって、本気で言ってるんですか」
 あの小金井が、覚せい剤と銃を持ち逃げするような男だって
 「……一ヶ月前、リュウは俺の組の下っ端売人が始末された現場に居合わせた」
 「しまつ?」
 馬鹿みたいに繰り返す。
 「始末」の単語が意味するところは漠然と察しがつくが、良心が理解を拒む。
 頬の古傷をひくつかせ憫笑する森。
 「何とちくるったんだか……そいつはさんざん世話んなった組に後ろ足で泥かけて辞めたいとか言い出した。お決まりのコースでヤキ入れたんだが、若いのがちょっと行き過ぎちまってな。で、死んだ。俺たちの世界じゃありがちな揉め事だよ。だが誤算があった。偶然リンチの現場に紛れ込んだガキが、売人の死体からヤクと銃かっぱらって逃げたんだ」
 「小金井が……?」
 まさか。信じられない。語尾にどうしても疑問符がつく。
 森が語る小金井の人物像とぼくが知る小金井の顔がどうしても重ならない、一度も会った事ない他人の話を聞かされてるようだ。
 「嘘だ。小金井がそんなことするはずない」
 無意識に庇う、口走る、否定する。
 森に対しての否定じゃない、自分の中で湧き上がった疑惑を否定するために力強い口調で、激しい語気で。
 「だって小金井さんは、あの人はいつもおちゃらけていて、初めて会ったときからそうで、ふざけてばっか冗談ばっかで、ひとが真面目に言ってもぜんぜん聞いてくれなくて、疫病神さながら強引に居座って、すごく迷惑で、ぼくがいやがってるのに無理矢理昼間外に連れ出すし、スーパー連れてくし、公園に散歩行ったし、ほんとすごく迷惑で、でも約束守ってくれた、交換条件守ってくれた、すごくめんどくさいドラクエ経験値上げ愚痴こぼしながらコツコツ一日もさぼらずやってくれた、あの人がそんな」

 美味しそうに肉まんを頬張る小金井
 老人が連れた犬に頬擦りなでまわす小金井
 野良猫をいともたやすく手懐けてしまう小金井
 小銭拾いを手伝ってくれた小金井
 いつでもどこでもフォローしてくれた小金井

 「ありえないです。小金井さんはヒモだ、ただのヒモなんです、女の人にだらしなくて部屋追い出されてしかたなくぼくのアパートに身を寄せた、それはホントです、認めます、でも犯罪者なんかじゃない、犯罪者だったらあんなにのうのうと毎日おもしろおかしく暮らせるはずない、毎日ゲーム三昧漫画読み放題で料理作ってぼく呼んで、犯罪者が作った料理があんなに美味しいわけない」

 小金井が作ったチャーハンは涙と鼻水の味がしてしょっぱくてでもとても美味しくて、あんな美味しいチャーハン作れるヤツが悪人なはずない。
 思い出す。
 正座で向き合い前髪を切ってくれた、古着をコーディネートしてくれた、黒田を追い払ってくれた、子供みたいな笑顔で高く高くブランコこいだ、トイレに駆け込み洗面台に突っ伏す背中をいたわりさすってくれた、押入れを何度もノックしてくれた、襖を開けて手をさしのべた

 『俺は気持ち悪いなんて思ってない』
 『東に死んでほしいなんて思ってない』
 あの言葉も、嘘?でたらめ?

 「違う、そうじゃない、違う」
 違う?違わない、小金井は最初からそういう人間だった、とんでもない性悪で尻軽だった、事の最初から出会う前からぼくを裏切っていた。
 優しい言葉でだまして明るい笑顔で乗せて友達のふりをして、それ全部部屋においてもらうための演技で、本当はぼくのことなんて都合の良い道具としか思ってなかった。
 本当に?それが小金井のすべて?あの日ぼくを風呂場で襲った、服の上からシャワーを浴びせ体中まさぐった、シャツの裾に手を突っ込み恥ずかしいところをべたべたさわりまくった、下着ごとズボンを脱がせ幼い性器を剥いた、しごいた、無理矢理絶頂に導いた連続で。
 壁に手を付かせ臨む犬のようなスタイルで後ろから貫いた、何度も何度も何度も痛いと泣き叫び拒んでも聞きいれず腰を使った、小金井もぼくも頭からびしょぬれだった、あの時ぼくは後ろ向きで

 小金井の顔を、表情を。
 湯気に曇ったそれを、はっきりとは見てない。

 「…………!ッ……」
 今、初めて気付き、愕然とする。
 小金井が行為中嘲笑を浮かべてたのは、ぼくの捏造、妄想。
 壁と向き合い後ろから犯されてるのに表情がわかるわけない、不可能だ。
 ただでさえぼくの眼鏡はびっしり結露し、湯気で曇っていた。  

 あの時小金井は、本当はどんな顔をしていたんだ?

 風呂場でぼくを犯した小金井『本当は興奮してるんじゃないの』尖りきった乳首をつねる『中熱い。前もびんびん』勃ちあがった前をいじくり倒す『そそる声で泣いてもだーめ』意地悪い声『いじめられんの好きなんじゃねーの』さんざん言葉で責められ辱められ嬲りものにされた、羞恥に感じてしまう自分を憎んだ、小金井になら何をされても感じてしまう自分が怖かった。

 小金井。
 一ヶ月ぼくが見てきた小金井こそ本物で、風呂場のあれこそ演技だとしたら?

 違う、待て、どっちだ、どっちが本当だ?
 森の言い分を信じるなら小金井は立派な犯罪者、売人の死体から覚せい剤と銃を奪って逃走した、ぼくのアパートはいい隠れ家だった。ぼくは隠れ蓑?
 どっちが本当か教えてくれ小金井、一ヶ月の思い出の重みと三日前の悪夢、どっちがー……
 「行方をくらましたリュウを俺たちは追っていた。しかしとんと足取りがわからなかった。それがとある筋からの情報で判明した……八王子たあ盲点だった」
 森が感慨深げにひとりごち、混乱するぼくを見下ろす。
 頭の中でかちりとピースが嵌まる。
 呆然と森の顔を見詰め、呟く。
 「まりろんちゃんから聞いたんですか?」
 『小金井くんのこと教えて、いーちゃん』頭の中で自動再生される空想上の甘ったるい声、チャットでの不自然な態度、過剰な詮索。
 今思えばまりろんちゃんの態度は明らかにおかしかった、もっと早くに不審を抱くべきだった。
 馴染みのチャット仲間に油断していた。 
 
 まりろんちゃんに売られた。

 「まりろん?だれっすか、それ」
 「あ、わかった、こないだ六本木で酌したフィリピーナでしょ……ってぶはっ!?」
 まりろんちゃんはフィリピーナだったのか。
 チンピラの顔面に再び鉄拳が炸裂。
 鼻血を噴いて盛大に仰け反ったチンピラは見向きもせず、森がうっそり囁く。
 「阿呆、あれはマリオンだ。……タレコミ先はどうでもいいだろう、部外秘だ。おい、大丈夫か?目がいっちまってんぞ」
 まりろんちゃんに裏切られた。信じていたのに。  
 やっぱり、他人なんか信頼すべきじゃなかったのか。
 無防備に信じて悩みを打ち明けたぼくが馬鹿だったのか。
 そういえば、自分が住んでるところの話を、どうせばれないだろうという安心感もあってチャットで色々のたまった。八王子駅から徒歩十数分、沿線のアパート。築二十年の鉄筋コンクリート二階建て、家賃は月二万と破格に安い。
 電車の音がうるさく、大揺れのたび漫画の山がなだれを起こすと愚痴った際にぽろっとこぼしたんだっけか。
 それだけ情報を開示すれば、不動産屋をあたればおおよその見当がつく。
 「…………」
 喪失感が胸の内を蝕む。
 会ったことはないけど、性別をこえた友達だと思っていた。思っていたのはぼくだけだった。
 現実の異性とは緊張してまともに話せないけど、チャットのまりろんちゃんとは普通に話せた。
 「はは…………オンでもオフでも、女の子にはだまされてばっかだ」
 まりろんちゃんと森の関係なんて知りたくもない。森の愛人だろうが、懇意な情報屋だろうが、知ったこっちゃない。
 ただ裏切られた事実だけが、胸に響く。
 包装をはがす音に上を向く。
 森がいちごの包装を破り、蔕の部分を摘み、ひとつ口に放り込む。
 「!?それ小金井さんの……!」
 口が、勝手に動いていた。
 もう戻ってこない男のためにとっといてもどうしようもないのに、賞味期限すぎて腐るだけなのに、我知らずそう叫んでいた。
 『東ちゃん、一緒に食おうよ。砂糖とミルクたっぷりかけてさ。んまいよね、あれ』
 小金井と一緒に食べようと思って、楽しみにとってあったいちごが、ひとつ、またひとつと森の口の中へ消えていく。
 「やめてください、食べないで、残しといてください!」
 拘束をふりほどこうと身をよじり必死に叫ぶ、チンピラが背中に膝をおきのしかかる、目の前で悠長にいちごを頬張る森がこっちを見る。
 森は無表情にいちごを食べる。
 黒い粒粒が散らばった艶かしく赤い表面を舌でねぶり、口に含み、くちゃくちゃ音たて咀嚼する。
 いかがわしい食べ方に怖気をふるう。
 いちごの汁で口元を赤く染めた森が、またひとつをつまみ、それをおもむろにぼくの方へ向ける。
 「!?んッ、」 
 「お裾分けだ」
 いちごを口元におしつけられる。
 首を振って拒み抗うも、チンピラに頭を押さえ込まれ、口の端にもぐりこんだ指で押し広げられる。
 「小金井はどこにいる?」
 「し、しらな……しりません、うあ、やめ……」
 唇を割り、強引に押し込まれてくるいちご。
 森は無表情に徹し、ぼくの口の中をいちごを使ってかき回す。
 「ふぐ、ぁぐ」
 「しゃぶれ」
 舌に歯に粘膜にいちごが当たり、分泌された唾液でぬめる。
 咄嗟に吐き出そうとするも強引にねじこまれむせる。
 ぴちゃぴちゃ唾液をかきまぜる音、抵抗すれば腕を締め上げられ痛みに仰け反る羽目になる、それ以上に怖い森の眼光に屈服、ぎこちなくいちごに舌を這わす、舌先に粒粒の隆起を感じる。
 必死に、一生懸命に、無心に、いちごの形を舌で辿るようにして愛撫するうちに口の中に甘酸っぱい汁が滲み出す。
 舌で絞るようにして森の指ごといちごを味わう。
 「かほっ、こほっ」
 喉に逆流した唾液にむせる。
 唾液にぬれそぼったいちごが引き抜かれ、また突っ込まれる。
 「うまいか」
 答える余裕なんかない。
 ぴちゃぴちゃ水音を伴いあらっぽく抜き差しされるたび舌を絡めしゃぶりつく。
 あふれた唾液で顎がべとつく、胸焼けする、頬張る。
 「やめへくだはい……」
 切れ切れの息のはざまから懇願。
 見た目可愛らしい果実に口の中を犯される感覚に吐き気を覚える。
 溶け崩れたいちごが粘着な唾液の糸引き引き抜かれる。
 ねっとり唾液の糸引くいちごは、透明な粘膜に包まれ淫靡に濡れ光る。
 「リュウの居所を吐け」
 「だからしらないって、んっぶ、ふぐ」
 「隠すと痛い目みるぞ」
 「本当に知らな、出ていったから、行き先告げずに、げほっ、もう戻ってこないから、張ってたってむだです!」
 また突っ込まれる、無理矢理。
 唇を割ってもぐりこんだいちごに歯を立てる、噛む、噛み潰す。
 甘酸っぱい果汁がじわり滲み広がり喉を焼く。
 夢中で咀嚼し、やっとの思いで飲み下す。
 喉を通る異物感にまた吐き気が膨らむも、目を瞑り耐える。
 「見かけによらず強情だな、お前」
 ぼくの涎と果汁にまみれた指先をなめ、森が目だけでチンピラに合図する。
 「やれ」
 チンピラがパソコンにとびつきマウスをクリック、断りもなく中身を覗く。
 手がかりが残ってないか調べ尽くす魂胆か。
 「やめてくださいパソコンには何も入ってません、お願いだからほっといて、ああ変なボタンおさないで!?」
 「うわ、なんだこれ、壁紙アニメじゃん、きもっ。ん?」
 チンピラがマウスをクリックした途端ー

 『やめておにいちゃんひああああぁあああああああぁんッ、そこ、そこいいよう、もっとしてえぇ―――!!』

 耳を塞ぎたくなるような女の子の喘ぎ声が大音量で迸る。
 パソコンの液晶をフルスクリーンで埋め尽くす絵、金髪碧眼ツインテールの美少女が裸にニーソックスという非常にマニアックなかっこで押し倒され喘いでいる。
 『ひゃあぁんッ、やめ、もっとそこ激しく突いて、サミイおかしくなっちゃう!』
 イヤホンが抜けたパソコンから薄い壁を通しご近所さんに筒抜けの喘ぎ声が漏れ、マウスを持ったチンピラが固まる。
 一生の不覚、人生最大の汚点。
 「エロゲ、アンインストール中だったの忘れてた……」
 『やめて、ニーソは破かないで!』と甘ったるい泣き声でお願いするサミイをガン見、チンピラが微妙に顔を引き攣らせる。嫌悪と軽蔑が入り混じった表情。
 「こいつ、アニメで抜いてんのか。真性ロリコン変態のオタクかよ、信じらんねえ、マジ気持ち悪ィ」
 「よくこんなんで勃つよな。アキバ系の思考回路わかんねーよ、生の女のほうがよっぽどいいじゃん肉感的でさあ」
 「現実の女に相手にされねー童貞クンだからアニメに逃げたんだろ、察してやれよ」
 「お前これで抜いてんの?ぬけるもんなの?うわばっちい、イカくせえマウスさわっちまった!」
 パソコンにたかったチンピラたちが互いをつつきあって爆笑する。
 下品に笑いあうチンピラたちは本来の目的を忘れ次から次へマウスをクリック、ぼくがしこしこ保存した人には言えない画像を覗き見ては「うげー」「マニアック」「しかも縦笛かよ」とどん引き突っ込みを入れる。 
 「やめてください、おね、お願いだから、音小さくして、せめてイヤホンしてやってください!」
 恥ずかしい恥ずかしい死にたい
 「いくらモテねえからってエロゲに逃げちゃおしめえだよな、人として」「しかもロリばっか」「ランドセルしょってるガキに興奮するとかマジ変態じゃん、きめえよ」「見ろよ、すっげえ」「机の下にエロゲどっちゃり、中学生かっつの」「はは、ほんとだ!」
 「うるさいうるさいだまれお前らになにがわかる、ぼくはなにも悪いことしてない、エロゲ好きで何が悪い、ひとりでこっそり楽しみに耽るのがそんなに悪いことか、妄想で満たされるならばち当たらないだろ!いいから離れろ、汚い手でさわんないでください、この部屋のものに一切さわんないで」
 「この部屋のもの、お前が稼いだ金で買ったのか」
 硬直。
 いちごを全部たいらげ、からになったプラスチック容器を、片手でぐしゃり握り潰す森。
 「もう一度聞く。この部屋のもの、俺が今食ったいちご、自分が働いて稼いだ金で買ったのか?」
 なにも、言い返せない。
 「じゃーん、羞恥プレイ」
 チンピラたちがはしゃぐ、マウスをカチャカチャ小刻みにクリックし音量を跳ね上げ最大に設定、ご近所全域に悩殺ロリータの喘ぎ声が響く。
 これで完全に、ぼくがオタクだとばれてしまった。
 最悪の形で、ご近所中に暴露されてしまった。
 「う………」
 耳まで赤く染め俯き、生き恥をさらす。
 最大音量で再現される濡れ場、扇情的な喘ぎ声に、こんな時だってのに下半身が疼く。
 八王子東は死んだほうがマシな人間だ。
 羞恥と憤りと混乱でこんがらがった頭をうなだれ、屈辱に肩を震わせるぼくの視線の先で、森がひょいと携帯を拾い上げ中身を覗く。
 まずい。
 「返せ!」
 死に物狂いでもがくぼくの努力もむなしく、案の定、それを見つけてしまう。
 番号一覧に登録された、小金井の名前。
 「片腕、放してやれ」
 森が命じる。片腕だけ自由になる。
 解放された片手に携帯を握らせ、有無を言わせぬ眼光で脅迫。
 「かけろ」  
 この状態でさからえるはずがない。左腕は依然背中で締め上げられたまま、少しでも抵抗の素振りを見せればへし折られかねない。
 震える手で携帯を受け取り、生唾を飲み短縮を押す。番号を呼び出す。
 『東ちゃん、携帯貸して』
 『番号登録しといたから、いつでもエンリョなくかけてきてよ』
 出てくれ。出ないでくれ。相反する気持ちに引き裂かれる。声が聞きたい、いや聞きたくない、出たら居場所がばれてしまう。
 ドアがぶち破られる前にもっと早く番号を削除してればよかった、そうしたら線が繋がらずにすんだ。小金井を危険にさらしたくない、そう思う一方ぼくが今こんな目にあってるのはあいつのせいだと恨む。ぼくは小金井に巻き込まれただけ、関係ないのに、もう友達でもなんでもないのに、騙されただけなのに……
 手のひらが緊張に汗ばむ。
 息の通り道が閉塞し、呼吸がひどくしづらくなる。
 一秒が一分にも間延びして感じられた。小金井はおそらく地元の施設にいる、彼女のもとに帰ってる。居場所がばれたら、こいつらは、施設にいく?
 瞼の裏にちらつく幸せそうなララの顔、ボールを手渡してあげた男の子の笑顔。

 ああ、どうか神様
 誰も出ないでください
 小金井がぼくを無視してくれますように
 
 『もしもし?』

 繋がってしまった。
 畜生、がらにもない神頼みなんかするんじゃなかった。
 
 「小金井さん……」
 三日ぶりに聞く小金井の声。いつもどおりの、声。
 言いたいことは山ほどあった。あったはずなのに、ひとつも満足にしゃべれない。
 そもそもかける予定じゃなかった、忘れようと心に決めた。なのに小金井の声を聞いた途端安堵して、心臓がぎゅっと縮んで、鼓動が速くなって、きつく瞑った瞼の裏に、ぼくがこれまで見たどんな高画質アニメより鮮烈な色彩と生き生きした躍動感をもって、元居候の顔が浮かぶ。
 元気そうな声に安心する、同時に腹が立つ。
 泣けばいいのか笑えばいいのか、判然とせず顔が歪む。
 『なんでかけてきたの、東ちゃん。免許証返したっしょ』
 そっけない声。つれない態度。背後に響く子供たちの無邪気な歓声……やっぱり施設に帰ったらしい。
 汗ばむ手に携帯を握り締め、横目で森をうかがう。会話を続けろと念を押される。
 再び携帯に向き直り、息を吸い、吐く。
 どうやってごまかそう、この場を切り抜けよう、頭を高速で回転させる。
 「小金井さん……今どこにいるんですか」
 『関係ない』  
 他人行儀な返事が胸に刺さる。
 そうだ、それでいい、最後までとぼけてくれ。
 見事にとぼけきってくれ。
 ぼくは最低の人間、ひきこもりオタクニート依存心が強くはたちすぎて親に家賃を払わせてるダメ人間だけど、小金井の彼女や、子供たちや、関係ない人間までトラブルに巻き込みたくない。
 ひきこもりオタクニートにだって、最低限のプライドはある。
 『用それだけ?切るよ。もう東ちゃんとはなんでもないんだから電話してこないでよ、迷惑』
 小金井の、声。
 聞きたくて聞きたくてたまらなかった。
 風呂場で耳裏をくすぐった意地悪い声、劣情の息遣い、思い出すたび体が疼く。今だって
 視界の端、森が顎をしゃくり、ぼくの背にのしかかった男になにかを命じる。
 男の手が体の前に回り、そしてー……

 「!?―ッあ、うあ、や」
 『東ちゃん?』  

 体の前に回った手が、ジーパンの上から股間をまさぐる。
 右手は携帯を放せない。左腕は背中で締め上げられたまま、それをいいことに無防備な股間を揉みしだく。
 『東ちゃん、どうしたの。今の声……』
 「なんっ、でもな……気にしないで、ください……」
 いやだ、聞かれてしまう、我慢しろ、耐えろ。唇を噛む。
 続けろとぼくと拘束係両方に目で促す森。
 携帯を握り締め、呼吸を整えるぼくの耳裏に、熱い吐息がかかる。
 「あんた、敏感だな」
 『?だれかいんの』
 「誰も……いません………」
 携帯を、切りたい。震える指をボタンに移しかけるも、森が手首ごと掴んで阻む。
 居場所を聞き出さなきゃ。平気なふりを装え。声の調子を変えるな。
 「ぅあ、や、ひっ」
 『東ちゃん?どうしたの、おかしいよ。息切れてるし……風邪?』 
 ジーパンの中にもぞつき手がもぐりこむ。
 骨ばった男の手が、下着から引っ張り出した性器を直接握ってしごきだす。
 「すっげえ、エロゲの喘ぎ声だけで勃っちゃうんだ?」
 「さすがオタク」
 外野が笑う。背後の男も笑う。
 森は笑わない、観察すような目でじっとぼくの痴態を眺める。
 吐息が淫蕩な熱を孕む。腰がへたれる。
 乱暴に前をしごく、睾丸を包み揺すり立てる、強制的な快楽で脊髄と頭がジンと痺れてくる。
 「ぅあ、あああっあ、やめッ……」
 『東ちゃん?具合悪いの?』
 いやだ、聞かれたくない、今すぐ切りたい。
 時間稼ぎ。話題をそらせ。
 「ちょっと風邪ひいちゃって……ふくっ、ん、は……熱、あるだけだから……たいしたことない……」
 死ぬ気で喘ぎ声を噛み殺す、唇に血が滲み鉄さびた味が広がる。
 性急な衣擦れの音、上擦る吐息。
 先走りの汁をすくい、もたげ始めたカリ首をぬるつく手でほじる。
 携帯を握り締める手に力がこもり、喉が仰け反る。
 もうどうでもいい。
 じらしの快楽に理性が曇り、決心が鈍る。
 「こがねいさ……今どこか、教えてください……」
 『言えない』
 いやだ、快楽で頭がおかしくなる、恥ずかしい、ひとが見てる、にやにや笑いながらこっちを見てる。
 ジーパンごと下着を膝まで下ろされ下半身を露出、半勃ちの前を見知らぬ男の手でしごかれる。小金井が居場所を言えばラクになれる、拷問が終わる。
 「!!―――――っああああ、」
 ぎゅっと股間を掴まれる。
 激痛と快感が同時に駆け抜け、堪えきれずに叫ぶ。
 『東ちゃん?』 
 「ふあ、こがねいさん、お願い、します、携帯切って……聞かないでください、うあっ、あああっ、ンくッ、そこ出て、逃げて、はやく」
 先走りの汁がだらだら零れる。
 鼻にかかった甘い声で喘ぐ、啜り泣く、ねだるように腰を揺する。
 熱を放出したい欲望と自制心がせめぎあう、理性と本能が綱を引き合う。
 ぼくがまだ自分を保ってられるうちに携帯を切って逃げろ、こいつらの手が届かないところへ逃げろ、ぼくがぼく自身を裏切り友達を売る前に逃げてくれ!
 鈴口を執拗にこねまわされ気が遠くなる、小金井の声が耳を性感帯に変える、知らない男の手で裏筋をなであげられ肌がざわつく。
 イきそうだ、イきたくない、いやだ、知らない男にいじくられて達したくない、小金井に聞かれたくない。
 指をすり抜けた携帯を拾い森が言う。
 「久しぶりだなリュウ」
 『……その声……あんた、なんで東ちゃんアパートに?』 
 「さがしてたんだよ。姿が見当たらないからお友達に聞いてるところだ。見かけによらずなかなか強情で手こずってる」
 『………てめえ、東ちゃんに何した』
 遠のく意識のむこうでかすかに聞こえる会話。
 「ふあ、ふっ、ひぐっ、いやだ、やめて……」  
 森が、ぼくの口元に携帯を押し付けてくる。
 「聞こえるか、お友達の喘ぎ声。俺の舎弟にズボンひっぺがされて、アレをしごかれまくって腰振ってるすがた、見せてやりたいぜ」
 「こがねいさん、ちがう、嘘です、ぼくの声じゃない、エロゲの……ふあ、っああああっ、ひ、うあ、あ!?」
 やすりがけるように前をしごかれ強烈な快感に飲み込まれる。ぐちゅぐちゅ淫猥な水音、鈴口から滴った汁がピンク色の性器をぬらす、男の手に包まれた性器が生き物みたいに痙攣する、自分の手なら調整できた、今はできない、力加減はぜんぶ相手次第、イかせるイかせないも相手の気まぐれに委ねられる、相手が飽きるまで続けられる悪趣味なお遊び。
 「ちが、っこんなのちが、ぼくは平気だから、あんたなんかいなくても平気だから、顔も見たくな……うあ、ひ、ああっ」
 限界まで追い上げられてるのに根元を押さえられ射精を許されず、鈴口をカリッと掻かれて意識がとぶ。
 来るな、来ないでくれ、関係ない、小金井リュウは友達じゃない、裏切り者だ、自分の幸せのことだけ考えろ
 「友達を無事に返してほしかったらあれを持って来い」
 聞くな、
 「どうする?断るか?こいつがどうなっても構わないならそれもいい、正気がなくなるまで責めて責めて責めまくって捨ててやる。言っとくが、俺らのやりかたはきついぞ」
 どうか、

 『……東に指一本触れるな』 
 携帯から漏れる、笑いの成分をまったく含まない、真剣な声。 
 恫喝の凄みを帯びた声で言い、諦念の吐息を交えて呟く。
 『……わかった。逃げ回るのはよす。どのみち潮時だと思ってたんだ』
 「相変わらず友達想いだな」
 どういう意味だ?
 重苦しく沈黙する小金井に「また連絡する」と言いおき通話を切り、ぼくの携帯を背広にしまう。
 森と目が合う。
 前屈みによがり喘ぐぼくの痴態を無関心に眺め、どうでもよさげに命じる。
 「生殺しは可哀想だろう、イかせてやれ。……先は長いんだからな」
 
 長い長い夜が始まる。 

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010213215335 | 編集

 八年前と今とどっちがより最悪だろうか。
 ぼくは今地獄を体験してる。
 「そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ 胸の傷がいたんでも……げぼげほっ!!」
 「どうした、続けろよ、まだ途中だろ」
 「許可なくやめんじゃねーよ、サボらず舌使えよ」
 脇腹に靴のつま先が食い込む。
 両手で腹を庇う。
 脂汗が噴き出す。
 頭上を取り囲む黒い影、三つの顔。
 「続けろよ。言うこと聞かねーと痛い目あわすぞ」
 今ので鼓膜が破れたか?三半規管がぐらつき眩暈が襲う。
 不規則に痙攣する腹筋を両手で庇い、青ざめた唇をかすかに動かし、切れ切れの歌声を紡ぐ。
 「なんのためにうまれて なにをして 生きるのか こたえられないなんて そんなのは い、やだ……今を生きる ことで 熱い こころ 燃える、だから 君は いくんだ ほほえんで……そうだ うれしいんだ 生きるよろ、こび たとえ 胸の傷がいたんでも……」
 「はいお上手ー。拍手ー」
 ぱちぱち、熱の入らないふざけた拍手。
 これで何度目?
 さっきからずっと大声でアニソンを唄わされている。断れば即蹴りがくる、パンチがとぶ。
 唄いすぎて喉を痛めた。酷い声だ、ガラガラに掠れている。
 ちょっとでもつっかえたりどもったりしたら容赦なく小突かれる、噛んだら爆笑を誘う。
 「げほげほ、かほっ、ぁぐ……なにが君の しあわせ なにをして よろこぶ わからないまま おわる そんなのは い、やだ……」
 喉が痛い、腹筋が痛い。
 合間合間に激しく咳き込む。
 「俺さー思ったんだけどアンパンマンてマゾじゃね?」「ジコギセーセーシンにあふれすぎで気持ち悪イ」「自分に酔ってんだよ」「よいこの味方だからな」「ねー、ぼくの顔噛んでー餡が、餡がいっぱい詰まってるよーう」「ああん、あんまり強くすると餡がでちゃうよーう」
 チンピラたちの爆笑が遠く近く三半規管に渦巻く。
 「げほげほげほ……ぁがっ、ふ……」
 全身生傷と擦り傷だらけ。殴られ蹴られた回数は覚えてない、いちいち数えるのも不毛だ。
 片手で床を掻き、もう片方の手を腹に回し咳き込む。
 喉を収縮させ酸素をむさぼる。
 息の通り道が狭窄して上手く息が吸えない、肺に酸素を送れない。
 視界が暗い。
 ここはどこだ?
 断線、混線。記憶が上手く繋がらない、ばらばらになってしまった。
 断片的な映像がフラッシュバック、脳裏が白い閃光に染まる。
 始まりから終わりまで今日一日の出来事を音速で振り返る。
 風邪をひいて寝込んだ、体が辛い、ろくなもの食べてないせいでだるかった、微熱があった。エロゲアンインストールしながら小金井思い出してぐずぐず泣いた、未練たらたらの自分が情けなくてもっと泣いた、耳を劈く大家さんの悲鳴、ヒステリックな怒鳴り声と争い合う物音、鍵穴をガチャガチャほじくる音に続きドアがぶち破られ土足で乗り込んでくる男たち、黒スーツの壮年を筆頭に殴りこんできたチンピラ一堂羽交い絞めにされ手も足もでないぼくの眼前で部屋中荒らしまくって

 『小金井はどこだ?』

 さんざん小突かれいじられた、畳に突っ伏してひたすら耐えた、拳や蹴りが振ってくるたび八年前の要領で丸まり身を庇った。
 どんなふうにすればダメージを減らせるかぼくも学習している、黒田やクラスメイトが教えてくれた、文字通り体に叩き込まれた。
 『小金井はどこだ?』質問『居場所を吐け』尋問『見かけによらず強情だな』拷問
 手も足も出ないぼくの眼前で無表情にいちごをしゃぶる森、口一杯頬張る、小金井とぼくで食べる予定だったいちごを次々と。無遠慮にセロハンを剥がし包装を毟る音、蔕を摘み口にほうりこみねっとり舌をまといつかせしゃぶる。油性マジックででかでか名前書いてあった小金井の名前、子供っぽくへたくそな字、それはもう思わず笑っちゃうほどで『残しといてください!』非難の声を上げた、精一杯の勇気を振り絞って、無理矢理突っ込まれしゃぶらされた、口の粘膜を見た目可愛らしい果実に犯される感覚はおぞましくもどこか淫靡で吐き気がぶりかえす。
 右手に持たされた携帯、震える手で短縮を押す、三倍速の巻き戻しのように瞼の裏をよぎるララの顔施設の顔施設の平和な日常、出てほしい出てほしくない矛盾した葛藤に引き裂かれ呼び出し音を聞く……

 『東ちゃん?』
 小金井は、出た。
 拍子抜けするほどあっさりと。

 願えば叶うなんて嘘、ご都合主義な展開は現実に通用しない、フィクションの中だからこそ有効な決まり事。
 絶望と安堵を同時に感じた、小金井の声を聞けた嬉しさと安堵で胸が熱くなるもそれはすぐ散らされた。
 体の前に回る手、卑猥に股間をまさぐる、チャックを噛む音、下着から引っ張り出された性器のピンクがかった肌色……『あっ、あああっ、ふあ』堪えようと、した『やめ、ぅあ、さわんないでくだ』必死に、一生懸命に、『小金井さん、逃げて!』伝えようとした

 「う……」

 あれからどうしたんだ?
 チンピラに挟まれ部屋を連れだ出された、乱暴に腕を持たれ引きずられた、自分の足で歩いた気がちっともしない、ぬれた下着が気持ち悪い。
 カンカンカン縺れた足でアパートの階段を下りる、前の通りに一台車がとめてある、遮光フィルムを張った黒い車。

 拉致された。
 
 朦朧とかすむ目で弱々しくあたりを見回す。
 鉄骨を幾何学的に組んだ天井は高く、劇場効果で声や音がよく響く。
 二階分の高さがある巨大な倉庫。今は使われてない、従業員の姿が見当たらない。
 森の……森が属する組の持ち倉庫?
 思考の鈍った頭で推理を働かせる。
 脳内麻薬が鎮痛剤の役目をはたし、脇腹の痛みがほんの少し引く。
 頬をつけた床から冷気が伝わる。
 見張り役を任されたチンピラたちは退屈しのぎに人質を嬲り、飽きたらおのおの勝手な事を面白おかしくしゃべりちらす。
 森は二階の事務所に消えた。
 二階部分には壁に沿って一周するように足場が組まれ、そこに階段が繋がっている。
 「っ………」
 ぼくはすでにボロくずに近い状態だ。
 森はチンピラの好き勝手を許してる、黙認してる。
 森の監視を離れたチンピラたちは調子にのって人質を小突き回す。
 「歌が聞こえねーぞ、だれがやめていいって言ったよ?」
 中の一人が爪先で肩をつつく。
 惰性的に口を開き、吐息に紛れてかき消えそうな声を懸命に絞り出す。
 どこまでいったっけ?最初から
 「なんのために 生まれて なにをして 生きるのか こたえられない、なんて……そんなのは いやだ……っあぐ!?」
 「ばかか、同じとこ唄ってどうするよ?」
 みぞおちに衝撃が炸裂、吹っ飛ぶ、背面のダンボールに激突。
 ダンボールの山が崩れ濛々と埃が立つ、みぞおちの激痛と埃を吸い込んだのとで激しく咳き込む。
 「学習能力なさすぎー」
 「んだよ、その目は。不満があんならちゃんと口で言えよ、お口で」
 「あはっ、こいつ涙目だ!びびってんの?しょうべんちびっちゃう、ねえ?」

 痛い。
 助けて。
 もうやだ、こんなの。
 なんでぼくがこんな目に、なにも悪いことしてない、八王子の片隅のボロアパートで誰にも迷惑かけないよう息をひそめ暮らしてきたのに理不尽だ。

 チンピラたちがへらへら笑いながらぼくを取り囲む、中の一人が正面に大股開きで屈みぼくの頬を平手で打つ。
 「きもいんだよ、おたく」
 「あんたさー素朴な疑問だけど生きてて恥ずかしくねえの?いい年して部屋にべたべたアニメのポスターはって、ガンダムやフィギュア飾って、パソコンの中身はロリコン御用達でさあ……マジ鳥肌もんなんだけど」
 「エロゲで抜くコツ教えてくれよ、やっぱオタクってアニメじゃなきゃ興奮しねーもんなの?三次元お断り?」
 失笑、嘲笑、冷笑。渦巻く悪意。
 チンピラたちは嘲笑い、ぼくの趣味生き方存在すべてを全否定。

 八王子東は社会のゴミだ。
 今すぐ死んだほうがいい人間だ。
 だからこんな目にあっている、こんな目にあってもだれも助けてくれない。
 自業自得。

 「う………」
 床に手をつき苦労して上体をおこそうとするも、肘が砕けずりおち、再び突っ伏す。
 したたか床で顎を打ち意識が飛ぶ。
 醜態をさらすぼくを見て不良たちがますます笑う、涙を流して笑う。
 クスリでもやってるんだろうか、それとも素でこのテンション?……どっちかというと後者のほうが怖い。
 「だっせえ眼鏡。見るからにオタクってかんじだな」
 「さわらないでください……」
 「偉そうにご意見できる立場かよ?」
 中の一人が眼鏡に手を伸ばす。
 レンズに指紋がつく恐れから身を引けば、それが気に障ったらしく、険悪な形相になる。
 「あんたさあ、リュウと一緒に暮らしてたんだろ」
 リュウ。
 右側に立つ一人を慄然と仰ぐ。
 小金井の名前を出したチンピラは、ぼくの反応をにやつき観察しつつ、もったいぶって続ける。
 「可哀想に、どうせ脅されたんだろ?じゃなきゃあんたみたいな腰抜けが正反対のタイプ居候させるはずないもんな」
 「盲点だったよ。灯台もと暗しっての?てっきり女のとこ渡り歩いてるとばっか思い込んで虱潰しに当たってたのにさ、面識ねー男のアパートに転がりこんでるなんて予想できねーよ。どうりで一ヶ月必死こいて探しても見付かんねーわけだ」
 「頭いいよリュウは。組事務所は新宿、二十三区内にいたらさすがにばれる、その点八王子なら近すぎず遠すぎず安心だ、少なくとも時間稼ぎにゃなる」
 「目えつけられたな、あんた」
 「カモがザクしょって歩いてきた?」
 小金井。
 『東ちゃん今日の飯なにがいい、リクエスト応じるよ』小金井『へー簡単そうに見えて結構むずかしいんだね、色塗り。奥深いなあガンプラ』小金井『いいじゃん隠さなくっても、ブログ見せてよ』小金井『すげー、制作工程ぜんぶアップしてんの?』小金井

 ぼくを、だましてたのか。
 利用したのか。
 本当に、それがすべてか?
 こいつらや森が言うように、小金井はケチな悪党で、犯罪者で、売人の死体から銃とクスリを持ち逃げして横流しで稼ごうとか考えるヤツで。

 「こがねい、さんは……」

 『ザクを作らせたら世界一です』
 『気持ち悪いなんておもってない』
 『俺は東に生きててほしい』
 『じゃあね』
 『指一本触れるな』

 「あの人は、悪い人じゃない」

 だって、生きてていいよって言ってくれた。
 好きだって言ってくれた。
 チャーハンを作ってくれた。

 初めてできた友達。
 信じて裏切られてそれでもあがいて信じようとして、また裏切られるのを心のどこかで恐れている。だけど信じたい、まだ信じたい、小金井がそんなことするはずないと信じていたい。

 風呂場でぼくを犯した。
 言葉でさんざん辱めた。

 それは事実で
 だけど真実じゃない
 
 「こがねいさんが……売人の死体から、クスリと銃を盗んで……逃げて……ぼくのところに転がりこんだのが、ホントだとしても……それからおこったこと全部、嘘だとは限らない……」

 犬に頬擦りなでまわしたのも、野良猫に優しくしたのも、ぜんぶ油断を誘う演技?
 違う、そうじゃないだろう。
 あの中には本当も含まれていた。

 「ぼくはこがねいさんのこと殆ど知らない、これまでどうやって生きてきたのか、何してきたのか知らない……けど、この一ヶ月のことなら、言える……」
 
 言葉を吐くだけで体力を消耗する。
 腹筋が引き攣って痛い、でも言わずにはいられない。
 埃だらけの床をかきむしり、億劫に上体をおこす。
 ばらけた前髪の間から強い眼光を放ち、チンピラたちを睨みつける。

 「小金井さんは……悪い人じゃない。世間がどうとか知らない、だけどぼくは……酷いこともされたけど、痛かったけど、それ以上に、もっとたくさんのもの、あの人からもらったんです」

 小金井と暮らした一ヶ月は、暗い部屋にこもって過ごした八年間より、ずっと生きてる感じがした。
 八年間感じなかった生きる喜びが、ぎゅっと凝縮された一ヶ月だった。 

 最悪の別れ方をした。
 あの時どうしてもっとちゃんと向き合わなかったんだろう、理由を聞かなかったんだろう、追いかけなかったんだろう。そうすればよかった、後悔しても遅い、追えばよかった、泣いて叫んで行かないでと頼めばよかった、本当は行かせたくなかった、ずっと一緒にいてほしかった。

 大人げない八王子東
 小金井には家族がいるのに

 「ほんといい加減な人で……いっつもへらへらしてて、真剣みが足りなくて……ふざけてばっか、てきとー言ってばっかで、時々すっごいむかついたけど……」

 小金井。

 「すっ、ごく、楽しかった」

 会いたい

 「友達、初めてだったんだ。初めてできたんだ、ぼくを気持ち悪いって言わない友達、一緒にいてくれる人。こんな……二十二にもなって漫画アニメゲーム卒業できない、根暗でうじうじ気持ち悪いヤツなのに、小金井は」

 会って、話がしたい。
 ぼくの願いは誰かを不幸にするぼくが小金井を求めればララと生まれてくる子供を不幸せにする、フィクションの世界みたいに登場人物みんなが幸せでハッピーエンドなんてありえない、釣り合いがとれない。
 ぼくには漫画がある、ゲームがある、二次元がある。リアルの小金井なんていなくても平気だ。
 平気なはずなのに、

 「……なんでだよ……」

 小金井がくれたもの、教えてくれたこと、多すぎて。
 いやだ。
 ひとりぼっちはいやだ。

 一緒にゲームしたい、ふざけたい、小金井さんが作ったチャーハン食べたい、散歩いきたい、あれもしたいこれもー

 「!!痛ッあぐ、」 
 前髪を掴まれ力づくで顔をおこされる。
 「寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。リュウが悪い人じゃないだあ?笑わせんな、あいつは相当のワルだよ」
 ぼくの前髪を無造作に掴み吊りさげ、間近で覗きこむチンピラの顔に、下劣な笑みが広がる。
 「……小金井さんを……知ってるんですか……?」
 前髪を毟られる痛みに顔を歪め、上擦る息を抑えて聞けば、チンピラたちが示し合わせたように視線を行き来させ含み笑う。
 「リュウはな、うちの組のパシリやってたんだ」
 「二・三年前、まだ十八かそこらだったけどな……クスリこそ扱ってなかったけど、女受けのよさ利用してダフ屋の真似事してパー券さばいたり、兄貴の愛人借りて美人局やったり、いっぱしのワル気取りだったぜ」
 「喧嘩も強かったし上にも可愛がられてたのに、突然足洗うとか言い出してさあ……薄情もんだよ、ダチ裏切って」
 「え?」
 ダチを裏切った?
 チンピラが顔をつきつけてくる。
 「リュウの連れで耕二ってのがいたんだ。二人一緒に組んで色々悪さした仲の……言うなりゃ腐れ縁の悪友だな」
 小金井が肌身離さず持ち歩いてた写真の左端、ララの肩を抱く少年。
 「リュウは耕二を切り捨てて自分だけとっとと社会復帰」
 「恨まれてもしかたねーよ、ありゃ」
 「ま、リュウはクスリさばいちゃなかったし……杯もらうまえだから、抜けるとか言い出しても半殺しで済んだけどな。耕二はそうもいかねーだろ?」
 「……耕二さんを殺したんですか」
 耕二。初めて聞く名前。おそらく、小金井と施設から一緒だった友達。
 『むちゃくちゃだよ、あいつ』
 ぼくの髪を切りながら昔話をする小金井に妬いた。
 「リュウは酷えヤツだよ、昔なじみのダチを二度裏切ったんだから」
 「組抜ける時と今度の二回。ダチの死体からクスリ持ち逃げするなんてよっぽど金に困ってたのかあ?」
 「お前が目えはなすからだろテツ」
 「うっせえ、ちょっとよそ見してるあいだに逃げたんだよ。逃げ足だきゃあ速いんだよ耕二、腹抉ったから逃げる元気ねーだろって高くくって失敗した」
 「けどさー、あんな状態で逃げ出してどうするつもりだったんだろうな。自分で病院か警察駆け込む気だったとか?」
 「馬鹿だなーお前、リュウがあそこにいたの偶然なわきゃねーじゃん。死ぬ前に呼び出して復讐するつもりだったんだよ」
 チンピラたちが喧々囂々意見を交わし合う。
 こいつらは、本当の人殺しだ。しかもそのことになんら罪の意識を抱いてない。
 「腹を抉ったって………」
 「ああ?そうだよ、ナイフでぐりっと」
 「ちょっとこそいだだけなのに大げさに痛がりやがって……」
 いやだ、帰りたい、うちに帰りたい。
 このまま、ぼくはどうなる?
 小金井をおびきだす餌にされて、最後は……殺される?
 耕二のように?
 「ひっ……」
 床を蹴ってあとじさる、情けない悲鳴が尾を引く、背中にドンとダンボールの箱が当たる、全身が震えだす。
 こいつらは人殺しだ、手柄でも話すように人殺しの経験を話す。
 どうかしてる、狂ってる、ついていけない。ぼくは?ぼくも殺されるのかここで、どことも知れないくらい倉庫でだれにも知られることなくナイフで腹を抉られるのか、いやだそんなの、まだ読んでない漫画見てないアニメしてないゲームたくさんある、ハクトさんの新作フィギュアゲットしてない、チャットのみんなに別れも言えず死ぬのはいやだ、こんなところでひとり惨めに死にたくない耕二の二の舞になりたくない!
 恐怖心から恐慌を来たしせわしく顔を振り分け出口を模索、暗闇の圧迫感にひゅうひゅうと喉が鳴る。
 過呼吸の発作でも起こしそうなほど追い詰められ立ち上がり走り出す全速力で、倉庫を出る、逃げる、タクシー捕まえてアパートに帰る!
 足払いをくらい転倒、ろくに受身もとれずしたたか体を打つ。
 体育用具倉庫の時と同じ致命的ミスとロス、あの時もたしか黒田に足払いをかけられ引きずり戻された、今度も同じだ、チンピラたちに下半身を掴まれ引き戻される、埃だらけの床を腹で擦る
 「いやだ、助けて、うち帰して!!」
 精一杯もがいてあがいて暴れる、接触面との摩擦で上着がめくれ肌がひりつく 
 「煙草もってる?急に吸いたくなってさあ」
 背中にのしかかったチンピラが場違いにのどかな口調で話し服をまさぐり煙草をとりだす。
 ライターの着火音、鼻先に回りこむ紫煙。
 「しまった、灰皿がねえ」
 「どっかそのへんに捨てとけよ……待て、いいのがあった。じゃーん」
 悲鳴が喉に詰まる。
 ぼくの正面に立ったチンピラが背中から抜き放ったのは、見覚えあるザク。
 「なに、持ってきちゃったのお前?さてはお気に入りだな?」
 「ちがうって」
 チンピラが意味深にほくそえみ、床に這い蹲ったぼくと胡散くさげな仲間とを眺め、一呼吸ためて提案。
 「灰皿代わりになんだろ?」
 打ち合わせどおりの芝居、脚本を棒読みしてるかのようなわざとらしさ。
 目を細めるようにして笑い互いに歩み寄る「やめ、」叫ぶ、必死に「やめてくださいお願いだからさわんないでください、そのザクぼくが作ったんです、初めてのザクなんです!」覚えてる、見間違えるわけない、あの塗りの剥げ方はぼくが一番最初に作ったザク、学校でいじめられ教室に居場所をなくしたぼくが一日中部屋にこもって完成させたザク、ほんの数時間前まで右腕に抱いてた、ぼくの大事なー……
 胸の悪くなる音。
 プラスチックがこげる臭気が鼻をつく。
 「あ………」
 チンピラがザクの胴体に煙草をおしつける。
 「うあ、あ、ああ」
 言語中枢が麻痺、手をばたつかせ赤ん坊のように喘ぐ、体が勝手に動く、床を這いずってチンピラの足に縋り付く、服の裾を引っ張って懇願する
 「やめ、おねがい、返して、なんでもする、します、やめてください、ザクに罪ない、それぼくの」

 『きめえんだよオタク』
 『また親に買ってもらえりゃいいだろ』
 『キーホルダー一個にマジんなってばっかじゃねえの』

 「返してください、お願いします、もういやだやめてくださいぼくの大切なザク初めて作ったザク八年ずっと一緒だった怖い夢見たら一緒に寝たシンナーくさい友達、しゃべんなくても固くても大事な友達、お守りなんだ、だから!」
 「手のひら上に向けろ」 
 とにかくザクを守りたい一心で言われた通りにする今ぼくの頭の中はザクを救いたい取り戻したい一色でプラスチックが溶ける臭気。
 間に合わなかったキーホルダー、腕がもげたキュアレモネード、今度もまたー……

 「あああああああああああああああああっあああああああああああああ!!?」

 音が、した。
 上にかざした手のひらに穂先を押し当てられた、たんぱく質がこげる甘ったるい臭気が鼻腔を突く、初めて体験する壮絶な痛み手と神経が焼き切れる
 「あぐっ、あうっ、痛ッ……」
 捻りを加えた穂先が手のひらを穿孔、貫通。
 身をよじり払いのけようとした先から肩と手首を踏まれ床に固定、チンピラが笑いながら穂先をぐりぐり回す、抉りこむ、手のひらから蒸気が上がる、全身の毛穴が開いて濁流の如く噴き出す脂汗、瞼の裏で点滅する赤い輪っか、熱い痛いこんな痛み知らなかった「ひあっ、あうっ、あ」目を剥く「熱ッ、やめ、手、」まだ?まだ続くのか終わらないのか、引っ込めようにも手首を踏まれてたんじゃ無理、不可能、助けてだれか

 「灰皿になるんだろ?」
 「大好きなザクの身代わりになれて幸せもんだ」

 悶絶、仰け反る、ばたつく、声にならない絶叫を放つ。

 「うるせえぞ、お前ら。なにやってる」
 「あ、森さん。すいません、遊んでたんです」
 薄れゆく意識の彼方でドアの開く音、森の声、チンピラが途端に気をつけの姿勢をとる。
 ようやく煙草がひっこむ。
 手のひらの皮が剥けてひりつく。

 「……う……ぁぐ、ふっ……」

 塩辛い涙が頬を伝う。
 手のひらから一筋煙が上がる。
 目と鼻の先にザクが投げ落とされる。
 指を一本動かしただけで激痛が苛む。
 鼻先に落下したザクに震える手を伸ばす。
 気絶しなかったのが不思議だ。
 どうにかザクとの接触に成功し、懐へと掻き寄せる。
 
 情けない八王子東。
 泣くしかない八王子東。
 大事なものが目の前で壊され貶められてもなにもできない、所詮はひきこもりニートオタクの八王子東。

 「こがねいざん……にげで……」
 
 こんなヤツたすけにくる価値ない
 ほうっといてくれ

 死んだほうがいい人間なんだから
 いらない人間なんだから
 迷惑かけっぱなしなんだから
 生きてたってどうしようもないんだから

 鼻水と涙を一緒くたに啜り、ザクを抱きしめて呟く。
 「聞いた?こいつなまってやんの、笑える」
 「八王子の方言かあ?」
 チンピラが暴行を再開、頭に肩に背に腿に蹴りがくる、芋虫のように身を縮める、壊れたザクをぎゅっと胸に抱きしめる、ぼくは平気だ、痛みなんか感じない、ザクが一緒だから平気だ、せめてザクだけは最後まで守り抜く。
 冷たく固い床に転がる、身を挺しザクを庇う、ぼくの大切な物、八年間ずっと一緒だった友達、辛い時苦しい時いつも見守ってくれた、悪夢にうなされた夜は抱いて寝た、そうしたら不思議と安らかに眠れた、だから守る、守り抜く、殴る蹴るされるくらいなんだ、須藤さんに裏切られた方がもっと痛かった、小金井に裏切られた方がもっと痛かった、小金井を信じられなかったほうがもっと……
 
 「ごめんなざい、ごめんなざい、ごめんなざい」

 唇が切れ口の中に鉄さびた味が広がる、強く強くザクを抱く、渾身の力で抱きしめる、無我夢中で謝る。
 ぼくは誰に対し詫びてるんだろう。

 チンピラに?
 小金井に?
 迷惑かけどおしの家族に?
 電話を叩ききった須藤さんに?
 守れなかったキュアレモネードに、ザクに?

 「やめろ」

 森の一声を合図に、暴行がやむ。
 
 「来た」

 重い音たてシャッターが開く。
 二階の手すりを掴み眼光鋭く睥睨する森、さらに暴行をくわえようと足振り上げた姿勢のまま静止するチンピラたち、鼻血を流したぼく。
 全員の注目を集め、シャッターの向こうからやってきた影の目鼻立ちが、闇に慣れた目におぼろに浮かぶ。
   
 硬質な靴音を殷々と響かせ、野良猫のようにしなやかな身ごなしで闇を渡ってきたのは
 
 「こがねいざん………」
 「遅れてごめん、東ちゃん」


 小金井リュウの大馬鹿野郎。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010212215334 | 編集

 「なんで………」
 絶句。
 「なんできちゃうんですか!!」
 罵声を受け流しおどけて肩をすくめる小金井。
 顔にははにかむような笑み。
 「ご挨拶だなあ。東ちゃんが電話くれたんじゃん、会いたいって」
 「会いたいなんて一言も言ってないです、どうしてあんたはそう自分の都合いい方いい方ばっか解釈するんですか、プラス思考にうんざりです!!」
 たとえ事実だろうが否定する、本音をひた隠す、だって今認めたらこれまでぼくが必死に守ってきたもの保ってきたものが均衡とれず崩壊する。
 がらがらに嗄れた聞き取り辛い声で、喉を痛めつけるようにして叫ぶ。
 なんでやってきた小金井、ほうっといてくれと一心に念じた、それは虚勢で強がりで本当は来てほしかった。ぼくのせいか?身の程知らずにまた会いたいと思ってしまった、助けてほしいと縋って祈ってしまった、だから来たのかここに?

 小金井は笑う。
 あんまりにもいつもどおりで、胸の痛くなるような笑顔。
 たまらなくなる。
 激情の水位が急上昇、抑えた声で言う。

 「ぼくにあんなことしといてよくぬけぬけ顔出せましたね、神経おかしいんじゃないか、あんた……次顔だしたら警察突き出すって言ったのに」
 あんなこと。フラッシュバック。
 風呂場にたちこめる濛気、手を付かされたタイルのぬれた感触、後ろ向きに突っ込まれ揺さぶられ激痛に泣き叫んだ。
 「二度と会いたくなかった、顔も見たくない、あんたのせいで風邪ひいて寝込んだ、まだ熱がある、あんだけ言ったのにどうして来るんだよ、ぬけぬけ現れるんだよ、もういいよ帰れよ、帰れよ!!」

 帰ってください家族のところへ
 まだ間に合う、手遅れにならないうちに、あなたを必要としてる人たちのところへ帰ってください

 「彼女いるくせに、家あるくせに、どうしてぼくなんか構うんだよ?一度出てったくせにどうして戻ってくんですか、今日からあんたのこと出戻りヒモって呼びます、決定です、この出戻りヒモ!いやなら帰ってください、逃げてください、八王子にあんたの居場所なんかないんだから勘違いしないでください!!ーっ、もうぼくとは何の関係もないんだから、たかが一ヶ月居候させただけの関係でしかも解消済みだ、最悪の別れ方をした、こっちは小金井さんいなくなってせいせいしてるんです、部屋も快適に広くなったし一日中ぶっ続けでゲームしても文句言われないし食事で中断されなくてすむしエロゲに熱中できるし」

 小金井がいなくなってよかった、ああほんとよかったせいせいする、何もかも晴れて元通りぼくはまたオタクライフ満喫できる、ぼくにはザクがキュアレモネードがモリガンがリリスがいる、二次元という最強の味方がついてる、ひとりぼっちでも寂しくない、小金井なんかいらない、のしつけてララに送り返す。

 「なん、で……」

 送り返したつもりだったのに。
 なんで、こんな最悪のタイミングでもどってくるんだ。

 「電話……声、聞いて……ゲ、ゲンメツしたでしょう……かっこ悪……恥ずかしい……男の人にしごかれて、息上擦らせて、喘いで……」
 小金井に聞かせたくなかった。
 携帯ごしに痴態を聞かせた羞恥に顔が染まり、小金井をまともに見れず、唇を噛む。
 「会いたくなかった……消えちまえ」
 力なく憎まれ口を叩く。
 小金井が少し肩をすくめ、冗談ぽく頬をかく。
 「だって、きちゃったもん」
 「おしゃべりはそこまでだ。ブツは持ってきたか」
 森は必要最低限の言葉しか口にしない。寡黙さは自信と実力の表れか。
 鉄面皮は相変わらずで、小金井と向き合えば異様な存在感がいっそう際立つ。
 底冷えするような凄みを利かせた目つきと、太いバリトンで問う森に相対し、小金井はポケットは後ろ手に隠し持ったなにかを突き出す。
 ハンドバック。
 「この中だ」
 正面まで来たチンピラが無造作に手を伸ばすのを見計らい、ひょいとハンドバックを引っ込め、不敵に交換条件を提示。
 「東ちゃんが先だ」
 「取引できる立場か、リュウ。まわりを見てものを言え」
 森が言う。
 チンピラたちが布陣を敷き、じりじり摺り足で距離を狭めてくる。
 面白半分にぼくをいたぶっていた時とは一変、緊張を孕んだ殺気が漂う。
 「倉庫に来た時点で敗けを認めたんだよ、お前は。多勢に無勢って日本語、知ってんだろ」
 「こがねいさん……」
 むなしく名前を呼ぶ。
 5メートルを隔て対峙する森から床に這うぼくへと視線を転じ、小金井がちらりと微笑む。
 優しい笑顔。
 自分の不利をけっして悟らせまいとする気遣いが滲んで、いっそ痛々しい。
 再び森につきつけた視線は、剃刀の鋭さを帯びていた。
 「………指一本さわんなって言ったよな」
 「…………」
 「約束、破ったのか」
 「した覚えがない」
 「あんたはそういう人じゃないとおもってた。ヤクザって義理堅いんじゃなかった?」
 「仁義を大切にしてたらいまどきヤクザなんて商売できんさ」
 さんざん殴られ蹴られボロ屑同然と化したぼくを、痛みを堪えるような表情で見詰める小金井。
 そんな顔、しないでほしい。
 「……まあ、こいつの件に関しちゃ俺が目をはなした隙に若い連中がはしゃぎすぎたようだが」
 森が付け足し、背広のあわせを探って煙草をとりだす。
 すかさず右隣の子分が手で囲いライターをさしだし着火、その音で反射的に身が竦む。
 「ひっ」
 鷹揚に紫煙をくゆらしつつ、酷薄な目で一瞥くれる森。
 ザクを懐に抱き身を丸め震える。
 穂先に点るオレンジ色の火、鼻先に漂う紫煙、手のひらがじくじく痛みだす。
 森が片手に煙草を摘み、悠揚迫らぬ物腰でぼくのほうへ歩いてくる。
 底冷えする眼光でチンピラを追い払い、ぼくの手首を軽く蹴り、手のひらを上に向かせる。
 「!!」
 小金井が驚愕に目を剥く。
 手のひらに一点穿たれた黒こげの穴。生々しい拷問の痕跡。
 肉眼で確かめるのを恐れ、目を背け続けていた火傷の傷口が外気に晒され、小さく悲鳴を上げる。
 「………てめえら………」
 軽薄な笑みを払拭し憤怒の形相へ豹変、闘気を漲らせる小金井。
 ぼくが何をされたか悟ったのだろう。
 「いじめるといい声で鳴くんだ、こいつ」
 「お前にも聞かせてやりたかったぜ、こいつの悲鳴と歌声。さっきまで大声でアニソン唄わせてたんだ」
 チンピラの一人が野卑に唇の端をめくり、もう一人が調子に乗ってぼくの尻を蹴る。
 手首に体重がかかる。
 「!!痛ッあああああああっ、」
 森がぼくの手首を踏み、煙草の先をトントンと叩き、手のひらの上にわざと灰を落とす。
 熱い灰が丸い火傷の上にまぶされ、痛みに仰け反る。
 「ブツが先だ」
 「……………」
 「お友達の手に穴が開くとこ見たいか?マスかくとき不便だが、お前が手伝ってやるってんならそれもいい。まずズボンを下ろすとこからな」
 うっそり韜晦を含む声色。
 物騒な台詞とは裏腹に、退屈げな顔は変わらない。
 裏社会を生き抜いた年季を感じさせる物腰は、チンピラが束になってもかなわぬ貫禄を備え、小金井を圧倒する。
 「……………わかった」
 諦念の吐息。
 小金井がハンドバックを小脇に挟みゆっくり歩き出す。
 「やめ………あうっ」
 ぎりっと靴裏をねじこまれる。
 一瞬、小金井の目に激情の嵐が荒れ狂う。
 小金井と森が向き合う。ハンドバックを手渡す。
 ハンドバックのチャックを開け、手を突っ込み、白い粉末入りパックをとりだす。
 あれがクスリ……覚せい剤か。
 「ちゃんとあるな。拳銃も」
 「ああ」
 小金井が頷く。
 納得したのかしてないのか読み辛い無表情のまま、子分にハンドバックを手渡し詳細な検分を任せる。
 森と向き合い、真剣な面持ちで口を開く。
 「東を返してくれ。……そいつは関係ないんだ」
 関係ない。
 その言葉が、胸に突き刺さる。
 小金井はぼくの方を見ず、挑むようなまなざしで森を見据え、淡々と言う。
 「あんたたちは誤解してる。俺とこいつはなんでもない、ただ一ヶ月一緒に暮らしただけの関係だ。あんた達から逃げる最中……山手線ぐるぐる回ってる時、見付かりそうになって、あわてて葉原で降りて、そこで偶然知り合った。カモがザクしょって歩いてきたって思った。ほら、見るからにいじめられっ子タイプでしょ?免許証巻き上げて強引に押しかけて、次の行き先決まるまで、時間稼ぎに利用したんだ」
 「……女は虱潰しにあたった。だが誰も行方を知らなかった」
 「酷いことしなかったよな?」
 「女をいたぶる趣味はない」
 緊迫した駆け引き。森は深々と紫煙を一服する。
 「……フェミニストだな、お前。自分を匿った女に迷惑かかるの恐れて、誰んとこにも長居せず逃げまくって。おかげで手こずった。長くて二・三日で出てく、行き先も告げず。女のほうも不思議と悪く言わない、どうかするとかばう始末だ」
 「人徳だね」
 「ヒモのか?」
 森が煙草の灰を叩いて落とし、目にかすかな疑問の色を浮かべる。
 「どうして今回は一ヶ月も長居した?とっとと出てけばよかったんだ」
 「………色々都合があるんだ」
 「特別居心地よかったのか?」
 「いいだろ、もう………そいつは放してやれ。ご覧のとおり、俺とはまったくもって関係ないんだからさ。オタクとヒモがつりあうわけねーよ」
 小金井がふざけて両手を広げる。
 森が片頬を歪める。
 「これから自分がどんな目にあうかわかってんのか」
 「半殺しですめばいいけどね。……希望は持たないでおく」
 「小金井さん!!」 
 我慢できず叫ぶ。
 小金井は振り向かない。
 「……正直、逃げ回んの疲れた。煮るなり焼くなり好きにして」
 「いいのか?」
 「俺が馬鹿だったんだ。組を敵に回してボロ儲けなんて上手くいくはずねーのに夢見て……はは、笑っちゃうね。馬鹿な夢見たせいで破滅に一直線、耕二もざまあみろって地獄で笑ってる」
 耕二。
 小金井の友達。施設から一緒だった悪友。
 「もういいよ。……いいんだ」
 「小金井さん!!」
 どうしたんだ、こんな消極的な小金井らしくない、ぼくの知ってる小金井じゃない、ぼくが知ってる小金井はいつも大胆不敵で、前向きで、後ろ向きなぼくを明るく励まして、間違ってもこんなふうに従容とうなだれたりしない。
 「一ヶ月、生きた心地がしなかった。俺さ、びびりだから。向いてなかったんだ。わかってなかったんだよ、自分で……自分がとんだ腰抜けだってこと。その場のノリでクスリと銃持ち逃げしたまではよかったけど、後の事、ぜんぜん考えてなかった。たまたま金に困ってて……あれ売ったら遊ぶ金できるかなって、軽く考えて……」
 小金井はナンパに笑う。さすがに表情は力ないが、見た感じ、ヤクザに取り囲まれリンチにかけられようとしている悲愴感危機感とは無縁だ。
 その笑い方が喧嘩を売ってると映ったか、チンピラどもが気色ばみ、間合いを詰める。
 いよいよリンチが始まる。
 ぼくが受けた暴行が子供だましに思えるほど容赦ない私刑が
 「小金井さん!!」
 「気持ち悪いから話しかけんなよ、オタク」
 小金井が振り向きもせず言う、突き放す。羽交い絞めにされたぼくの視線の先、突っ立つ小金井とチンピラが接触するー……
 「なんだこりゃ、小麦粉じゃねえか!!」
 一同、そっちを凝視。
 森から渡されたバッグを掴み、袋を破いて粉をひとなめした子分が、みるみる憤怒の形相へと変わる。
 「リュウ、てめえ……どこまで馬鹿にすりゃ気がすむんだ……?」
 「へたな小細工が組に通用するとおもったか」
 「本物の粉はどこか吐け」
 子分が腹立ちまぎれに力いっぱい袋を床に叩きつけ、濛々と粉塵が舞い立つ。
 「ばれちゃった。あんた達単純そうだからイケるかなって」
 続きをさえぎり鉄拳がとぶ。
 顔面にパンチが炸裂、小金井が勢いよく吹っ飛ぶ。
 「あ、ああっ」
 尻餅ついた小金井をチンピラたちが取り囲み殴る蹴るの暴行を開始、一人がみぞおちに蹴りを叩き込む、腹を庇って仰け反る小金井をすかさず蹴りが襲う、一人が前髪を毟り顔を上げ往復ビンタをくれる、今度は胸に蹴りが炸裂、苦しげに咳き込む小金井によってたかって拳を振るう。
 「げほっ!!」
 一方的な暴力、サディスティックな熱狂、愉悦。倉庫内の空気が熱膨張したような錯覚。小金井が仰け反る、咳き込む、喘ぐ、呻く、突っ伏す、そこへ容赦なく降り注ぐ靴裏。蹴る、蹴りまくる、相手が無抵抗なのをいいことに有利な多勢を嵩にきて圧倒的な優位を振りかざしたった一人を嬲りものにする。
 思い出す、かつて教室で行われた事。
 クラスメイトの哄笑がチンピラヤクザのヒステリックな笑いに被さって三半規管に渦巻く。
 「気絶すんのは早いぜ、起きろよ」
 チンピラが前髪を引っ掴み無理矢理顔をあげさせ、唾とばし怒号を放つ。
 「前から気に入らなかったんだよお前は、要領よくて上に可愛がられてるくせに組抜けてるとか言い出してさ、ちょっとばかし女にモテるからっていい気になってんじゃねえぞ!!」
 「どのみちおしまいだよ、耕二の二の舞だ、残念だったな、逃げ切れるとでもおもったのかよ!?」
 「痛ッあぐ、あがっ、がほっ」
 前髪を持って乱暴に揺さぶる、何本か毛髪が抜ける、鎖骨に蹴りが炸裂し全身を痙攣させるようにして呻く、肋骨が軋む、体重かけた靴裏でごりっと腕を踏みにじられ声にならない声で絶叫波長が空気を攪拌、鬱血した瞼が倍も腫れあがって片目を塞ぐ、唇の端が切れ血が滲む、鼻血がたれる。
 首元のドックプレートが引きちぎられ宙に舞う、床に落ちる、ぼくの足元に落ちたそれを森が踏む。
 「いいざまだなリュウ、どうした、抵抗してみろよ、喧嘩強いんだろ!?」
 「んだよびびってんのかよだらしねえ、オタクに感化されて腰が抜けちまったかあ!?」
 「一ヶ月一緒に暮らしたせいでへタレが感染したんだろ、一発ぐらい返してみろよ、やられっぱなしでいいのかよ!」
 背中からダンボールの山に激突、騒音をかなで埃を舞い上げ崩壊するダンボールに埋もれる小金井、しかし倒れこむのを許さずチンピラが胸ぐらを掴みひきずりおこす。
 「ははっ、色男が台無しだなリュウちゃ~ん」
 「お前の持ち逃げであいた穴どうやって埋めんだよ」
 「女ならソープに沈めっけど野郎は使えねえな、いっそハードゲイビデオにでも出演して体で稼ぐ?」
 「いいね名案、そこの眼鏡と絡ませて高値で売るか!?」
 巻き舌の恫喝、あからさまな揶揄、嘲笑、罵倒。
 相手の尊厳を踏みにじり貶め苦痛を与える。暴力の熱狂に酔ったチンピラたちが異常なテンションで小金井を嬲る、小金井はどんどんボロボロになっていく、胸ぐらを掴まれ投げ飛ばされる、脱力した腕が宙を薙ぐ、錐揉み転がりダンボールの壁に激突、再び生き埋めに。
 「やめ、やめてください、し、死んじゃう……」
 足が竦む。
 舌が縮む。
 駆け寄りたいのに動けずその場に硬直、震える声で制す、懇願する。
 小金井が死ぬ、このままだったら確実に死ぬ、嬲り殺されてしまう。
 助けなきゃ、どうにかしなきゃ、どうにかできるのはぼくだけだ、他の連中は笑って見てるか自業自得と醒めた目で傍観してるだけ小金井が瀕死の状態でも指一本動かす気はないと態度で宣言する、助けなきゃ、でもどうやって、携帯は森にとられたまま通報できない、そもそもここがどこかわからないんじゃ助けが呼べない、だれか、だれかー……
 ゲームだったら漫画だったら主人公が助けにきてくれる、仲間で力をあわせてピンチを打破する予定調和な展開、だけどぼくはひとり、小金井もひとり、まわりは敵ばかりでどうしようもない。
 無力で非力なひきこもりニートオタク八王子東、お前になにができる、よかれと手を出したら裏目に出るんじゃないか、これまでもそうだったようにー……

 身の程を知れ
 「ッ、」
 知るんだ

 『まったくお前はダメなヤツだ』『気持ち悪いんだよおたく』『こっち見んな』『やだーあの人きもーい』『おたく?』うるさい『両手に紙袋さげてる』『アキバ系?』『はたちすぎて漫画アニメ卒業できないなんて情けない』『私の育て方が悪かったの?』『ごめんね東くん』うるさいうるさい『就職もしないで』『みっともないから外にでるな』『一生ひきこもってろ』うるさいうるさいうるさい!!

 腫れふさがった目で小金井がこっちを見る、思い詰めた光、早く逃げろと急かす
 「来い」
 ぐいと手を引かれ、けっつまずく。
 森がぼくの腕を掴み、大股に倉庫内を突っ切って、シャッターをなかば下ろした出口のほうへ引きずっていく。
 「森さん、そいつは」
 「俺が送っていく」
 「ただで帰しちまっていいんですか?口封じは……」
 「怠りない」
 不審顔の子分に背を向けずんずん歩く。
 踏ん張りをきかせ抗うも無駄、腕力と体格が違いすぎる。
 シャッターをくぐり外に出る、倉庫の外はアスファルトを張った駐車場でいかにもヤクザが好みそうな黒塗りの車が三台とまっている。
 倉庫の中から響く鈍い殴打音、くぐもった悲鳴、ぼくが森と揉みあってる間も小金井は暴行を受けている。
 「いやだ、はなして、小金井さんが」
 「聞き分けねえな、あんたも」
 「見殺しにできないです、し、死んじゃう、もういいじゃないですか許してあげてください、クスリ持ち逃げしただけで怒ることないです、ひ、ひと殺したわけじゃない、だれかに怪我させたわけじゃない、だから……」
 衝撃。
 車のボンネットに押さえ込まれ、後ろ手に腕をねじ上げられる。  
 「かはっ……」
 「眠たいこと言うなよ、坊主。平和な日常に戻りたいだろ?」

 平和な日常。
 小金井と出会う前の。

 「ヤクザに踏み込まれることのない、拉致られて焼きいれられることない平和な日常が恋しいだろ。いいか、胸に手えあてて思い返せ。お前をトラブルに巻き込んだ張本人はだれだ?八王子の片隅のボロアパートで平穏に暮らしてたお前の日常をぶち壊した張本人は?」

 小金井リュウ。
 疫病神。

 「忘れちまえよ、この一ヶ月のことすべて。あんたははなから関係ない、これは俺たちの問題だ、本来内輪で処理すべき案件に素人巻き込んじまったのは俺らの手落ちだ。だからまあ、命だけは見逃してやる。ギブアンドテイクさ」

 小金井のことを忘れれば、切り捨てれば、自由になれる。
 小金井との思い出を水に流して全部なかったことにすれば命だけは助かる、またもとの平穏な日常に戻れる。
 アパートに帰りたい。
 部屋ではガンプラやフィギュアが待ってる、撮り溜めたアニメも観なきゃ、パソコンにエロゲいれなおさなきゃ、やることいっぱいだ、忙しい、そうさ小金井なんかに構ってられない、二次元がぼくを呼んでる、フィクションこそぼくが生きるべき世界、煩わしいだけの現実なんかくそくらえ
 麻薬のような言葉に頭が酔う。
 耳に注ぎ込まれた言葉が意志を縛り、ボンネットに押さえ込まれた体勢から、絶望に身をゆだねる。

 ぼくは悪くない。
 やるだけのことはやった。

 痛いのも苦しいのももうこりごりだ、小金井は疫病神だ、そもそも小金井と出会わなければこんな目にあわずにすんだ、ザクを壊されずにすんだ、元凶は小金井だ。
 血流に乗じ、毒のように体に回りゆく苦い諦念。
 保身を選んで何が悪い、だれだって自分が一番可愛い、命は惜しい。
 ぼくだってー……
 『東くん』
 須藤さんだって

 自分が助かるために他人を見殺しにするのは正しいことだろう?

 「……………」
 欺瞞が良心に打ち克つ。
 「……わかりました。うちに帰してください」
 「それでいい」
 森が満足げに頷き、後部座席のドアを開ける。
 のろのろ後部シートに乗り込む。
 バタンとドアが閉じる。森が運転席に乗り込み、キーを回し、エンジンをふかす。
 これでいい。
 やりきれない感情をもてあまし、膝の上で固くこぶしを握りこむ。
 ぼくになにができる?
 倉庫内に単身取って返して小金井を救い出せとでも?
 むり、不可能、多勢に無勢。それに小金井は自業自得じゃないか、友達を裏切って組を抜けた、その友達の死体からクスリと銃をかっぱらって逃げた、無関係なぼくをトラブルに巻き込んだ、あんなヤツ同情に値しない、助ける価値ない。

 手のひらに爪がくいこみ新鮮な痛みをもたらす。
 あんまり強く握りこんだせいで手のひらの火傷が疼く。

 「今日のことは悪い夢だとおもって忘れろ。言っとくが、警察に駆け込んだりしたら……」
 はっと顔を上げる。
 車の前部、ミラーの横にキーホルダーがぶらさがっている。
 ピンキーストリートのキーホルダー。 

 「あんたが無事ですむ保証がな」
 「まりろんちゃんですか?」

 瞬間、森が初めて表情らしい表情を垣間見せる。
 ものすごい勢いでこっちを振り返った横顔に広がる紛れもない動揺の波紋、驚愕の表情。
 愕然と目を剥いた森に確信を強め、前シートの背もたれを掴んで身を乗り出す。
 「まりろんちゃんチャットで言ってました、ピンキーストリートにはまってるって。あなたがまりろんちゃんなら……そうか、性別偽ってたんだ、腐女子の演技でチャットのみんなだましてたんだ」
 「いきなりわけわからないことを、」
 「まりろん。もりあらし。本名いじくったのか」
 МARIRОN
 МОRIRAN
 ぼくと同じく本名をいじくったハンドルネーム、単純なアナグラミング。
 「だったら筋が通る、今まで小金井さんの居場所突き止められなかったのに急に動いたのはチャットでぼくが口滑らしたから、まりろんちゃんの態度は不自然だった、ぼくと同居してるヒモが自分が捜してる人間と同一人物だと気付いたんだ」
 まりろんちゃんの正体はヤクザだった。
 動揺を露にする森に勢いを得て饒舌に詰め寄る、背広を掴まんばかりの剣幕で糾弾する。
 「まりろんちゃんですよね?とぼけないでください、お芝居が見事でだまされたけど間違いない、ピンキーストリートのキーホルダー以外にも根拠はある!!」
 「その根拠ってのは何」

 殺気立つ車内に流れる場違いに軽快なアニメソング。
 ドラゴンボール、無印のテーマ。

 「………ぴちぴちの平成生まれとか大嘘じゃないか」
 性別の時点で大嘘だけど。
 絶妙な間合いで流れ出した着メロに観念したか、背広に手を突っ込んで電源を切った森が、ばつ悪げに呟く。
 「……会うのは初めてだな、いーちゃん」 
 「ヤクザだったんですか……待って、じゃあ腐女子とかいうのも大嘘で、え、腐男子?タートル仙人さんやハルイチさんは知って……」
 「知らない」
 「騙してたんですか!!?どうりでおかしいとおもった平成生まれ自称するわりにドラゴンボール詳しいし知識古いし、えっ、でもなんで、まりろんちゃんがヤクザで男の人で嘘で嘘吐いて何の意味が」
 衝撃の事実が発覚し頭が混乱、森の背広を掴んだまま顔に疑問符を浮かべれば、最前までの無表情にわずかに不機嫌な渋みを加え、森が言う。
 「……出来心だ。一度別人になりきったら楽しくて、癖になった」
 「そんな理由……」
 「あんたはわからんだろうが、ヤクザって商売は面倒な制約が多い。娑婆で羽目はずそうにも行き先は限られる。考えてもみろ、すね傷もちが漫画喫茶やゲーセンにいけるか?浮きまくりだろう」
 微妙に声色も変わる。おそらくこれが森の素顔だろう。
 運転席のシートにもたれかかるや、遠くを見るようような目をフロントガラスのむこうの闇に投げ、煙草を口に運ぶ。
 「その点ネットは自由だ、だれも現実の俺を知らん。性別を騙ったのは……ちょっとした悪ふざけだ。ああも簡単に鵜呑みにするとはな。いまさら実は男でしたとは言えん。必死で勉強したさ、嘘を塗り固めるために」
 森が言う勉強とは、すなわちBL関連の知識増強の事で。
 「………まあ、色々読んでくうちに深入りしちまったわけだ。察してくれ」 
 「むりです」
 すごい省略。
 森は無言で煙草を吸う。哀愁の翳り漂う横顔を呆然と見詰め頭を働かせる。
 「ひょっとして……ぼくを庇って……?」
 「………」
 思い出す。
 突如アパートに踏み込んできた森、ガサ入れを子分に指示しむりやりいちごを突っ込みぼくを辱めた、だけどそれは子分の手前致し方ない行為で、後々ぼくを逃がすために必要なフラグだった?
 現に森は倉庫からぼくを連れ出した、今も逃がそうとしてくれてる。
 「……小金井のことは忘れろ。あんたは関係ない」
 「まりろ……森さん!」
 「右手の治療費は出す。部屋の修繕費も。それでちゃらにしてくれ」
 「あんた、ぼくのズボンおろしてしごかせたの忘れたんですか!?」
 「仕事と私情は分ける主義だ。小金井をおびき出すにはあんたのやらしい声聞かせるのが一番だと踏んだ。チャットの報告聞いた感じ、深い仲だってのは十分伝わってきたからな」
 「深い仲なんかじゃありま、いやあるけど!」
 「盛大にのろけてたもんな」
 車に備えつきの灰皿で煙草を揉み消し、バックシートのぼくを睨む。
 「腰抜け。意気地なし。へたれ。びびり。社会のゴミ」
 いきなり暴言をぶつけられ、シートを片手で掴んだまま息を呑む。
 「あんたがチャットで自分をさしてのたまった言葉だ。想像してた通りの人間だよ、いーちゃん。部屋の中のオモチャ、ガンプラ、フィギュア、漫画、ゲーム……ぜんぶ親の金で買ったんだろ?」
 「……………ッ………」
 「腰抜け。意気地なし。へたれ。びびり。社会のゴミ。……わかってるじゃないか」

 八王子東は普通以下の人間だ。
 今すぐ死んだほうがいい人間だ。

 皺のよった背広を手でなでつけ、蔑みきったまなざしでぼくを眺め、森が事実を指摘する。

 「ひきこもりの出る幕はない。あんたは暗い部屋でしこしこチャットやってんのがお似合いだ」
 違う
 「小金井が死のうがどうなろうが関係ねえ」
 違う
 「巻き込まれて怪我すんのはいやだろ?自分が一番可愛いだろ?チャットで長い付き合いだからわかる、いーちゃんは弱虫泣き虫の臆病者だ、卑屈根性にこりかたまったヤツだ。あいつがどうなろうが関係ない、なあそうだろいーちゃん、あんた度々言ってたじゃないか、現実なんてくそだ、フィクション万歳、アニメ漫画最高、自分にはナマ友達も彼女もいらない、ネットがあればいい、一生部屋から出なくたってー……うん?」

 唄う

 「なに唄ってんだ?」

 口ずさむ
 貧乏揺すりにあわせ、子供の頃、兄さんと一緒に唄ったテーマソングを
 今度は自分の意志で
 前髪に目を隠し、俯き加減に口をぱくつかせる。

 「………そうだ うれしいんだ 生きる よろこび たとえ 胸の傷がいたんでも……」
 「おい」
 「今を生きる ことで 熱い こころ 燃える だから 君は いくんだ ほほえんで」
 「いーちゃん?」

 目を瞑る。 
 胸が燃える。
 瞼の裏で真実と出会う。

 なんのために生まれてなにをして生きるのかこたえられないなんてそんなのは

 ―「いやだ!!!!!! 」―
 
 目を見開くと同時に前シートにかけた手を撓め飛び出す、不意打ちに仰天した森がドアに激突、素早くボタンを操作してロックを解除、ドアが開き森がそのまま背中から地面に落下する。
 運転席にすべりこみキーを深くさす、ハンドルを掴みアクセルを踏む、おもいっきり。
 凄まじい振動、抵抗。
 全体重をかけアクセル板を踏み込めば車が猛然と加速し急発進、正面からシャッターに突っ込む。 
 轟音、衝撃、半端に開いたシャッターが紙切れのようにへこみひしゃげ弾けとぶ。
 車のライトで暗闇をなぎ払う、煌々と照らす、表からさした強烈な光に目を炙られチンピラたちが殺気だった怒声を交わす。
 「いっけええええええええええええええ!!」
 再びアクセルを踏む。ぎゅるぎゅるタイヤが回りコンクリ床を削る、森が転落した運転席ドアは開いたまま走行に合わせ揺れる、そのドアが呆然としたチンピラをひっかけ転ばせる、運転席をのっとったぼくに気付き向かってくるチンピラがボンネットに乗り上げ放物線を描いて後方へおちる。
 初めての轢き逃げ。
 「小金井さん乗って!」
 「ひがしちゃん?」
 ペーパードライバー甘く見るな、免許とってから初めてハンドル触るけど大丈夫いける度胸頼みだ、アクセルを踏んで加速に次ぐ加速で驀進、ダンボールの山に正面から突っ込んでなだれを起こす、その中をかいくぐって一気に現場へ向かう。
 小金井は?いた、倉庫の床にのびている、呆然と目を丸くした顔がライトの光に浮上し安堵で泣きたくなる、小金井の後ろに立ったチンピラが手に持ったナイフを振り下ろすー……
 「ぼくの友達に手を出すな!!」
 我知らず叫び片手間にロック解除、行儀悪く足をのばし助手席のドアを蹴り開けハンドルを半転、荒れ狂う遠心力に耐える。
 ハンドルに突っ伏し遠心力にもってかれそうな体を押さえる、前輪を軸に正確に百八十度回転した尻が今まさに鉄パイプをふりかぶったチンピラを弾く。
 「小金井さん、早く!」
 「すっげえ東ちゃん、正義の味方だ」
 血にまみれ腫れあがった顔に弱々しい笑みを浮かべる小金井。ライトの直射をくらったか、ぼくを仰ぐ目は何故だかひどく眩げで……

 一発の銃声が轟く。

 「え?」
 
 全身から血の気が引く。
 ドアを開け放った助手席に乗り込む小金井。いや、事実に即し表現するなら倒れこんだというべきか。
 スローモーションのような一瞬。
 フロントガラスのむこう、ダンボールの直撃をくらって今ようやく這い上がったチンピラが銃を構えている。
 小金井の左肩から血が噴き出す、ぐらり前によろめく、ハンドルから放した片手でその体を支える、かき抱く。
 頬に飛び散るなまぬるい液体、それは小金井の血。肩を撃たれた小金井の顔色は蒼白で、服に大量の血が滲み出し、どんどん範囲が広がっていく。
 「こが、こがねいさ、うわ、血、いっぱい、やだ、びょういん」
 「くるま……出して、東ちゃん」
 冗談みたいに震えるぼくの手を握り、そっとハンドルへと導く。
 「いきたいところがあるんだ、最後に」

 小金井は、そう言って笑った。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010211222939 | 編集

 痛む手で不器用にハンドルを握る。
 「東ちゃん運転できんの?」
 「一応教習所通いました……よく怒られたけど。ブレーキと間違えてアクセル踏んじゃったりハンドル逆に切ったり」
 「……聞かなきゃよかった」
 「うるさいな、けが人は黙っててください」
 正面を向き一喝、小金井が荒い息遣いのはざまに苦笑する気配が伝う。
 肩を庇い助手席のシートにぐったり身をもたせる小金井、顔色は失血で蒼白に近い。
 半ば瞼を閉じた顔は血に縁取られ憔悴の色がさす。
 集中しハンドルを握る。
 フロントガラスに道路が映る。
 時間帯が深夜なこともあってか道路は空いてる、ほとんど車がない。
 衝突の危険がなくて助かる。カーナビ機能がついてるのも幸いした、こいつが道案内してくれる。
 小金井が告げた行き先は予想外の場所だった。
 「馬鹿な……寄り道してる場合ですか、病院いきますよ!」
 目的地を聞き、思わず怒鳴る。
 だけど小金井は頑として譲らず、達観した目でぼくを見て、乱れた息遣いにかき消えそうな声で懇願する。
 「……お願い、東ちゃん……」
 「―っ、意味分かりません、自分の状況わかってるんですか小金井さん怪我してるんですよ、肩撃たれて服真っ赤に染まって重傷で、今すぐ病院いかなきゃて、て、手遅れになるかもしれないのに……」
 「……大丈夫、俺は……殺しても死なないから……まだ動けるし、しゃべれる……けが、たいしたことねー……」
 「たいしたことねえ人がんな汗びっしょりで死人みたいな顔色してますか、二重に苦しい嘘吐かないでください!」
 とにかくもう小金井にしゃべらせたくない余計な体力使わせたくない温存してほしい、決定だ、小金井がごねてもぐずっても病院に急行搬送する、救急患者なら飛び込みでも面倒見てくれる、事は一刻を争う。
 床一面に散乱したダンボール箱を蹴散らし跳ね飛ばしアクセル全開猛然と倉庫を出る、エンジンが獰猛に咆哮する、アスファルト張りの駐車場を突っ切って道路を暴走する。
 ミラーを見て追跡を確認する余裕もない、背後で殺気だった怒声が飛び交う、車に振動が走る、揺れる。
 おそらくヤクザの放った弾丸のいくつかが車にめりこんだのだ。
 「じきヤクザが追ってくる、ぼくたちを殺しに追ってくる!病院に、いや警察が先か、やっぱり病院に?」
 「東ちゃん」
 「寄り道してる時間ありません、大体そんな苦しそうな息して大丈夫とか大した事ないとか説得力ないです、あんたはいつだってそう……ッ、もうちょっとマシな嘘吐いてくださいよ!」
 「東ちゃん落ち着いて」
 落ち着いてられるはずがない。
 だって小金井はけがをしてる、瀕死の重傷だ、弾丸は貫通してるみたいだけど出血が酷い、はやく手当てしなきゃ命が危ない。
 できるかぎり平静を装ってなだめる小金井の気遣いに涙が滲みフロントガラスのむこうがよく見えない。
 「兄さんの病院行きます、兄さんならきっとなんとかしてくれる、助けてくれます、兄さんはすごいんだ、ぼくと違って」
 「東ちゃん……」
 「兄さんは腕のいい医者なんです、優秀なんです、小金井さんの肩治療してくれる、また元通り腕動かせるようになるから心配いりません、お金は……ぼくが働いてなんとかするから、バイトでコツコツ貯めるから、ツケてもらいます。まだ決まってないけど、面接の電話もいれてないけど、大丈夫、いける、なんとかする、します、しなくちゃ、小金井さんは何も心配しないでけが治すことだけ考えて。どうせお金ないんでしょう、お金がないからヤクザ敵に回してクスリ持ち逃げとか無茶を……」
 兄さんならきっとなんとかしてくれる、兄さんは優秀な外科医だ、小金井の肩を元通り治療してくれる、兄さんが働く病院に行けば安心だ、ぼくらは助かる。
 携帯は?さっき森にとられたまま、救急車は呼べない。なら直接行くしかない、アポなしだろうが肩を撃たれた患者を追い払ったりはしないだろう。
 ちらりカーナビを見る。
 八王子まで数十キロ、合成音声が告げる。
 よし、いける、だいじょうぶ、だいじょうぶじゃなくてもなんとかする、するしかない。
 小金井の生死はぼくの運転テクにかかってる。
 肩で息をしつつ急く気持ち逸る心を抑え、慎重にハンドルを回す。
 瞼の裏に浮かぶ兄さんの顔。
 ぼくが小金井を連れていきなり病院に行ったらどう思うだろう、また迷惑かけてと辟易するだろうか、幻滅するだろうか。
 ……それでもいい、小金井が助かるなら兄さんに軽蔑されるくらいなんだ?
 ぼくは兄さんを信頼してる、子供の頃からずっと憧れていた、コンプレックスと同じ位の強さで羨望と憧憬を抱いていた。かっこよくて頼りになってなんでもできる兄さん、兄さんならきっと……
 一縷の希望に縋る。
 深夜の道路は標識のほかに障害物もなく閑散としてる。
 カーナビによると現在地は小金井市、くしくも小金井の地元だった。
 「……東ちゃん、お願い」 
 小金井が何度目かのお願いをする。
 悲痛な、必死な声音で。
 珍しく、縋るような調子を滲ませて。
 ハンドルは手放さず目だけで助手席をうかがう。
 シートにもたれかかった小金井が、苦痛に濁り始めた目で虚空を仰ぐ。
 「行かなきゃいけないんだ、あそこ……耕二との約束だから」
 耕二。
 その名に一瞬、手の動きが止まる。
 「小金井さんの友達、ですか……」
 友達。
 自分には縁のない単語を口にするように、複雑な表情で呟く。
 闇に沈むフロントガラスに映りこんだぼくは、憂鬱な顔をしていた。
 どうする?
 「小金井駅になにがあるんですか……」
 「東ちゃんが推測してるとおりのもんだよ」
 「……そうですか」
 小金井は多くを語らない。
 ぼくも多くを答えない。
 多くを語らなくても、気持ちは通じ合う。
 逡巡、葛藤。フロントガラスのむこうの闇を挑むように見据える。
 ハンドルを握る手のひらに汗をかく。
 煙草の火傷のせいでハンドルを握りにくいが、痛みをこらえ運転を継続する。
 「……バカなこと言ってんのは百も承知」
 「小金井さんがばかなのはいまさらです」
 「はは。……さりげに酷いなあ、東ちゃん」 
 諦めの息を吐く。
 葛藤を断ち切り妥協に至る。
 カーナビで方向を確かめハンドルを切り、駅の方角へと針路をとる。
 「そこ、右に曲がったほうが早い」「左に折れて」小金井が口数少なく指示を出すのに無言で応じる。さすが地元だけあってカーナビより正確、地理に精通してる。
 車内に重苦しい沈黙が漂う。
 エンジンの排気音、車の走行音が静寂を際立たせる。
 ふと小金井が鼻歌を口ずさんでるのに気付く。
 二十年も前に流行ったロボットアニメのテーマソング。
 「……それ、随分むかしのですね」
 「あ、知ってる?さすがオタク、詳しいね」
 「小金井さんもアニメソング唄うんですね。意外」
 「……まあね。これは特別、思い出があってさ」
 口を開くだけで体力を使うくせに、小金井は何故だか上機嫌な様子で、むかし懐かしいアニメソングを口ずさむ。
 感傷に浸るように懐古の光をためた目を細め、かすかな笑みさえ浮かべた柔和な横顔に、胸が痛む。
 そこには、一ヶ月間見慣れた小金井がいた。
 三日前の別れ際に見せたそっけない背中、悪ぶった態度は引っ込んで、あの頃の小金井が戻ってきていた。
 「どうして……」
 胸の内で激情が荒れ狂い、口からぽろりと疑問がこぼれる。
 小金井が聞きとがめたせいで、それは質問になった。
 車内に流れる鼻歌が途切れ、初めてぼくがそこに存在することに気付いたように、小金井がこっちを見る。
 手をおいたハンドルを見詰め、道路際に設置された常夜灯の反射で表情を隠し、胸を切り裂く痛みを伴う言葉をしぼりだす。
 「どうして、あんなことしたんですか」
 あんなこと。三日前。風呂場の出来事。
 回りくどい表現を、しかし小金井は正しく汲み取った。
 片手で肩を抱いたまま、ライトの照り返しを沈めた目をすっと細める。
 信じていた。
 信じていたからこそ、辛かった。
 眼鏡のレンズがライトを反射し、情けない表情を隠してくれるのがせめてもの慰めだ。
 「合鍵も免許証も置いて出てって、そのくせ倉庫に助けにきて、意味わからないです。ぼくのことなんか無視すればよかったのに。もう関係ないんでしょう?その関係ないヤツのためにわざわざ敵の懐にとびこんで、殴る蹴るされて、ボロボロになって……半殺しの目にあって、あげく撃たれて。損じゃないですか」

 見殺しにすればよかったんだ
 「ぼくなんて、助ける価値ないのに」
 八王子東は死んだほうがましな人間だ
 だれもがそう言う、みんながそう言う、僕自身そう思う

 「見殺しにすればよかったんです。電話も無視して……バカ正直に来ることなんてなかった。彼女いるくせに、家あるくせに、どうして……」
 「彼女なんていないよ」
 「え?だって、」
 「それ勘違い。ララちゃんは、俺の……」
 そして小金井は言った。
 もう二度と戻らない日々を懐かしむように、哀悼をささげるように、かすかに伏し目がちに。
 「耕二の彼女。俺とは幼馴染。三人、ガキの頃から施設で一緒だった」
 「え?だってあの人妊娠して」
 「耕二の子供」
 愕然。
 そんな、ぜんぶぼくの勘違いだったのか?
 だって抱き合っていたじゃないか、いかにも親密げに頬擦りまでして、写真も一緒にー……
 「嘘、えっ、マジ、じゃあ小金井さん友達の彼女に手えだしたんですか最低だ!?」
 「ストップ東ちゃん、ちゃんと俺の説明聞いて。ね?」
 自分の信用なさにいささかうんざりし、小金井が淡々と話し出す。 
 事の発端を。
 ぼくと小金井が出会うきっかけとなったトラブルの一部始終、その真相を。
 「………どっから話そうかな。長くなるけど。俺と耕二が施設で一緒だったってのはもう知ってるよね?」
 「……はい」
 「ガキの頃からふたりでいろいろ悪さした。何回も警察のお世話になった。中学出る頃にはいっぱしのワル気取りで、ヤクザとも顔見知りになってた。早くあそこ出たくてさ……中学出た頃からヒモ同然の生活して、女ンとこ渡り歩いてたんだ。耕二も似たようなもん。だけどあいつにはララちゃんがいた。俺と耕二とララちゃんは同い年で、ガキの頃から俺たちが悪さするたび、真剣に心配して叱ってくれたのがララちゃんだった。耕二の世話女房みたいなもん」
 写真に写った三人を思い出す。
 仲のよい友達というよりは、家族のような特別な絆で結ばれた三人。
 辛いこと苦しいこと楽しいこと、全部一緒に乗り越えてきたからこそ生まれる絆。
 「施設出てからも耕二と組んで随分悪さした。チンピラたちが言ったことはほんとだよ……俺、ぜんぜんまともな人間じゃないんだ。美人局の真似事したりパー券売りつけたり……でもさ、こんなんじゃだめだって思った。まともな人間になってやり直そうって、今までの自分変えたくて、ヤクザと手を切ろうとしたんだ。ララちゃん泣かすのもいやだったし……マジで心配してくれる子もいたし。美人局やった時知り合った風俗の子なんだけどさ、ホントいい子で。リュウはやればできるんだからこんなとこでくすぶってちゃだめだって真面目に叱ってくれたんだ」
 「………その人、兄さんと同じこと言ってる」
 まさか小金井がぼくと同じこと言われてたなんてと、親近感を抱く。
 小金井もまた変わろうとした。ひょっとしたら、ぼくよりずっと真摯に変わる努力をしたのだ。
 並大抵の事じゃないだろう。
 相手はヤクザだ。怖かったはずだ。
 それでも小金井はやりとげた、自分を心配する人たちの心に精一杯応えようとした。
 ぼくのように諦めず投げ出さずふてくされず、一生懸命頑張ったのだ。
 「………俺は抜けた。ヤクザと手を切った。だけどさ、真人間になるのって意外とむずかしくて……ついラクなほうへラクなほうへ流されちゃって。何年か、知り合った女のところを渡り歩く生活続けて……別に不満もなくて、そこそこ充実して、楽しくて……女の子大好きだし、セックスも好きだし、ああ、こういうふうにテキトーやって生きて死んでくのが俺にはお似合いかもって思ってた頃に、耕二に相談受けたんだ」
 話が核心に迫る。
 小金井の顔が若干引き締まる。
 緊迫した雰囲気に引き込まれ、生唾を飲む。
 「耕二、売人やめたいって言ったんだ。きっかけはララちゃんの妊娠。ララちゃんに子供ができて……自分が親父になるってわかって、ヤクザと手を切って、クスリから手を洗って、まともな人間になりたいって言い出したんだ。だけど耕二は杯をもらってる、やめたい、はいそうですかと簡単には行かない。それに、あいつ……組から卸されたクスリに手をつけてたんだ、内緒で」
 「……横流しですか?」
 小金井が肩の力を抜いてシートにもたれる。
 脂汗が滲んだ顔が悲哀に歪む。
 「……出産費用稼ぎたくて。ふたりで住むアパートの敷金払いたくて、それで……ばかだよなあ。んな無茶やって、死んじまったら元も子もねーじゃん」
 小金井は笑う。痛々しい笑顔。
 耕二はララと生まれてくる子供のために切り売人をやめようとしたが、はいそうですかと簡単にはいかない。
 使い込みがばれる前に、耕二はせめて、ララの出産費用に足る分とアパートの敷金だけでも稼ぎ出そうとしたのだ。
 その無茶が、結果として裏目にでた。
 「相談受けて……説得したよ。あせるな、待て、俺がなんとかするからって。だけど、間に合わなかった。耕二のヤツ、ひとりで突っ走って……あいつ、昔からそうなんだ。一回こうだって思い込んだらひとの話まるで聞かねーでやんの」
 耕二は使い込みがばれてリンチを受けた。
 おそらく使い込みがばれた最悪のタイミングで、組を抜けたいと言い出したのだろう。
 「……一ヶ月とちょと前、ケータイにメールがきた。耕二からだ。俺に会いたいって……会って渡したいものがあるっていうからそこ行って、びっくりした。あいつさ、倒れてやんの。腹刺されて、路地裏で。なにそれ?血のり?どうしたの?って半笑いで聞いたらさ、リンチにあって……必死で逃げてきたって……」
 「もういいです、小金井さん」
 「ハンドバック持ってて。俺に渡して。これもって、逃げてくれって……最後の頼みだから、聞いてくれって……わけわかんねーよ、いきなりさ。耕二のヤツ、最後に良心でも芽生えたのかな。むかしさんざん悪さしたくせに……最後の最期で親父の自覚が芽生えて、たったひとつでいい、生まれてくるガキに誇れる事したかったのかなって」
 「小金井さん」
 「自分はもうだめだから……できねーから……俺に、代わりに。こんなこと頼めるのお前だけだって、そんな信じ方されても迷惑なのにさ、ちょっとはこっちの都合考えろよ?警察に届けてくれって、遺言で……ララちゃんと生まれてくる子供のこと、よろしく頼むって……」
 「もういいから」
 「耕二のヤツ、見栄っ張りで……自分がクスリ扱う売人だってこと、ララちゃんに言ってなかったんだ。ララちゃん巻き込むわけにはいかない、ただでさえ耕二が死んでショック受けてんのに危険な目にあわせられない。ララちゃんは施設に預けた、あそこなら安全だ、市営だしヤクザも迂闊に手を出せない。施設から一歩も出んな、理由はあとで話すってケータイで言い含めて、俺は……女のとこ渡り歩いて……山手線ぐるぐる逃げ回って……偶然おりた秋葉原で、東ちゃんと出会った」
 「こがねいさん」
 「追いつかれそうになって、偶然降りたのが秋葉原。あてもなく歩いて……東ちゃん、見つけた」
 まるで、かくれんぼをしてるような口調で言う。
 「運命の出会いってヤツ?」
 そう言って軽薄に茶化す。
 激痛をこらえ、むりしてるのが見え見えの笑みは、壮絶に痛々しい。
 目が曇って顔がよく見えない。
 風呂場の時とおなじだ。
 こんなに近くにいるのに遠い、だからせめてぬくもりを感じたい、小金井の体から抜け落ちていく体温を取り戻したい、その一心で片手をのばす、小金井が力なく投げ出した手に触れる。
 ひどく冷たい。
 「なんでぼくなんですか?」
 嗚咽に濁り始めた声で、それだけ聞く。
 「ほかにもたくさん人いたのに……ひと、歩いてたのに……もっととっつきやすそうなひと、感じ良さそうなひと、たくさんいたのに……よりにもよってぼくなんか、こんな……見るからに根暗で、うじうじして、気持ち悪いヤツ……脂っぽい前髪伸ばして、顔わかんなくて、ひとの目もまともに見れない腰抜け……ダメなヤツ……」

 どうしてぼくを選んだ?
 どうしてぼくだった?

 世界には大勢の人がいる。
 ぼくよりもっと見られる容姿、性格のいい人たくさんいる。
 こんな気持ち悪くてダメなヤツわざわざ選ばなくても、小金井のルックスなら引く手あまただったろうに。

 縋るように小金井の手を握り締める。
 おいてけぼりを恐れる迷子の必死さで、体温の失せた指を温める。
 助手席のシートに仰向け、服の胸を浅く上下させつつ、小金井はかすかに笑う。
 「キュアレモネード……身を挺して、庇った……」
 「はあ?」
 「自分が盾になって……地面に這い蹲って……」
 「なんでそんな……見てたんならわかるでしょ、かっこ悪い……人通りのど真ん中であんな……」
 「かっこ悪い……?ちがう、すっげえかっこよかった……一生懸命……なりふりかまわず……大切なもの、守りきった……」
 小金井の目には、そう映ったのか?
 かっこ悪いぼくが、かっこよく映ったのか?
 小金井が再びアニメソングを口ずさむ。
 今にも途切れそうな弱々しい調子で口ずさみつつ、疲れきった瞼をおとす。
 「耕二とダチんなったきっかけ……思い出した……俺、捨て子で……親の顔知らなくてさ……保護された時、当時流行ってたロボットアニメのおもちゃ抱いてて……親の手がかり、残してくれたもん、それだけで……大切にしてたんだけど、ある日、年上のいじめっこにとられて……相手、図体でかくって、俺、当時ちびで、びびって声もでなくて……返しての一言言えなくて……そしたら、耕二が……俺の代わりに……いじめっこに立ち向かってったんだ」

 『返せ!』
 聞こえるはずのない声が、確かに耳に響く。
 小さい男の子の必死な声。
 恐怖のあまり漏らしそうなのをこらえ、自分より強い相手に立ち向かっていく背中。

 「案の定、ぼろぼろにされた……ロボット、目の前で地面に叩き付けて壊されて……だけど……代わりに、ダチができた」

 耕二は小金井の大事な友達だった。
 腐れ縁の悪友で、施設からずっと一緒だった家族で、いじめっ子からかばってくれた恩人で、かけがえのない人で。
 だから小金井は、亡き友達との約束を守るため、傷だらけで奔走した。
 亡き友達が守ろうとしたものを守り抜くために、誰にも相談せず、ひとりで頑張った。

 「あの時、フィギュアを必死でかばう東ちゃんが耕二とだぶった。そんで、こいつならいいかもって思った。こいつなら信じられる……」
 「こがねいさん……」
 ぼくは、キーホルダーを守れなかった。
 いじめっ子に窓から投げ捨てられたキーホルダーの記憶が常につきまとって、だから
 「………巻き込んで、ごめん」
 小金井が殊勝に詫びる。
 「ぼくに……あんなことしたのは……」
 わかってる。今ならわかる。三日前の小金井の行動の目的、本音。
 どうしてあんなことをしたのか、その理由が。
 「突き放して……断ち切って……さがさないように、追いかけてこないように、自分が抱えてるトラブルに首突っ込まないように……?」
 ぼくを危険に巻き込まぬために憎まれ役を演じた。
 ヤクザが居場所を嗅ぎつけたと知って、アパートを出ていく潮時を読んで、だけどあの時すでに、ぼくは小金井なしじゃ生きられないほど依存しきっていた。
 あのタイミングで小金井が蒸発したら、死に物狂いでさがしたろう。
 「……………もうひとつ。くだらない理由……聞きたい?」
 「………はい」
 緩慢な動作で腕を持ち上げ、額にのせ、天井を仰ぐ。
 車の規則的な振動が眠気を誘う。
 「………前に話した初恋の先生……結婚決まって施設辞める時、俺、いじけてさ……みんなが門前まで見送りに出てるのに、ひとりだけすねて、部屋にこもってたの。外からにぎやかな声聞こえて……他のヤツらがバイバイって手え振って、先生も振り返して……最後に背中向けて……全部、窓から見てた……ホントは今すぐ飛び出して、いかないでってしがみつきたかったのに、つまんねー意地張って」

 小金井の声が湿っぽくなる。
 表情は片腕にさえぎられ見えない。

 「……あの日……東ちゃん、俺帰ってきたのわかってたのに、ゲームに夢中で振り向かなくってさ。背中、先生と重なって。彼女んとこ帰ればいい、出てけって怒鳴られて……あの日、先生がいなくなった日と同じ……背中向けて……」

 ああ、そうか
 そうだったんだ

 「気付いたら、夢中で腕掴んで、風呂場に連れ込んでた」

 おいてけぼりにされるのが怖かったのは、小金井のほうだ。

 「写真汚されてカッときて……おしまいだって思うとたまんなくって……怖くて……どうせ終わりなら、最後に、俺がいた証残したくて」
 「こがねいさん……」
 「自分で決めたのに、おしまいにするって。いざ時がくると……やべえ、かっこ悪、ぜんぜん……同じなのに、これまでやってきたようにするだけでいいのに……今までは大丈夫だったのに、色んな女に世話んなって、でてく時ちゃんと笑ってられたのに……畜生……失敗した……」
 追い詰められて、余裕を失って、あがき苦しんで
 「後悔ばっかだよ、俺の人生」
 片腕で顔を隠し、嗄れた声を絞り出す。
 口の中が切れてしゃべるのも辛いはずなのに、言い残すのを恐れるように、衝動に駆り立てられ続ける。
 「先生にも、ちゃんと別れの挨拶したかったのに。最後だったのに。耕二のことだって……あいつ、俺がふざけてララちゃんにキスしたらマジぶちぎれて……あのあと、半殺しにされたっけ……畜生、なんでだよ……ぜんぜんうまくいかねえ……」
 「後悔しないで生きるなんてむりです」
 ハンドルを握りながら、もう片方の手で、自分を責める小金井の手をぎゅっと握り締める。 
 「どんなに用心深く生きたって、絶対、きっと後悔するんです。けど……後ろを振り返るから前に進めるんだ」

 前だけ見て歩いてたら自分が今どこにいるかわからなくなる。
 だから来た道を振り返る。
 人の中で生きる自分を確認するために。
 人との関わりの中で生かされる自分を確かめて、信じ直すために。

 「………東ちゃん、怒ってる?」
 「怒ってますよ。何の相談もせず勝手に出てって」

 根っこは子供みたいな小金井。
 臆病で、腰抜けで、びびりで……不器用で。
 十四歳のまま、成長してないぼくといい勝負。

 「じゃなくて……風呂場の」
 「……怒ってます。三日間寝込みました。今もだるいし、熱っぽいし……腰痛いし。でも、むかえにきてくれたからチャラです」
 噛まずにすらすらしゃべっていることに気付き、軽く驚く。
 小金井相手なら、卑屈で人見知りのぼくだって、こんなふうに自然にしゃべれるんだ。
 小金井の手を少し強く握り、運転に集中するふりで呟く。
 「………次はやさしくしてください」
 一瞬、小金井の指がぴくりと震え、繋いだ手から驚きが伝わるもしらんぷりをきめこむ。
 「着きました」
 ブレーキを踏む。駅前広場に車を斜めにとめる。
 ロックを解除、ドアを開け放つ。
 深夜、とっくに日付が変わり、終電が出てしまった駅前は無人だ。都心ならいざしらず、小金井や八王子は本当に人けがなくなる。
 傷にさわらぬよう細心の注意を払い小金井の肩を抱き、車をおりるのを手伝う。
 「……駅……」
 「終電でちゃいましたよ?」
 「コインロッカー……そこにある……」
 小金井はぼくより上背がある。やせて見えるけど、結構重い。
 ぐったりした小金井をなかばおぶさるようにして駅へ向かう。階段を上る。
 宿直の駅員がいるだろうし、まさか銃撃戦には発展しまい。
 そう楽観し、一段一段注意深く階段をのぼり、閑散と静まり返った構内を突っ切ってコインロッカーをめざす。
 小金井とぼく二人分の靴音と、苦しげな息遣いだけが広い構内に響く。
 「……クスリと銃はそこに?」
 「……灯台もとくらし……なんてね」
 「でも小金井さん、三日前まで地元に帰らなかったんでしょ?山手線沿いぐるぐる逃げ回ってたのにどうやって……」
 「世話んなった彼女のひとりに運んでもらった。その子俺と入れ違いに海外留学したから今日本にいないんだ……中身はテキトーにごまかしたけど」
 小金井がちょっとしょげる。
 「……やっぱ最低だ、俺。女の子に運び屋の真似事させて」
 「今さらですよ。でもなんで小金井駅……新宿駅とか、もっと人多い場所のがよかったんじゃ?地元で安心感あったとか」
 「………俺、ここに捨てられてたんだ」
 構内の、ちょうど真ん中あたりで歩調をおとす。
 息を呑み、間近の小金井を見る。
 血糊がこびりつき、ばらけた前髪に憔悴した顔を隠し、淡々と言う。
 「殆ど覚えてないけど……小金井駅の隅っこで、ロボット抱いてうずくまったとこ保護されて……二歳か三歳かそこらで、自分の名前も言えなくて……ホントの名前わかんないから、保護された市の名前をもらったんだ。小金井って」
 言葉を失うぼくに寄りかかり、頬に頬をこすりつけるようにして呟く。
 「ドラえもんの道具でほしいもの……タイムマシンて言ったじゃん?親の顔見たいのもほんとだけど、タイムマシンがあれば、耕二助けられたんじゃないかって……先生にも、きちんと別れの挨拶できたんじゃないかって……ずっと、ずっと、息が詰まるほど後悔してる。だけど……」
 ぼくの目をまともに覗き込み、晴れやかに笑う。
 過去の葛藤も鬱屈も吹っ切って、前向きな自分を取り戻し、笑う。
 「東ちゃんと出会えてよかった。その事だけはきっと、何があっても後悔しない」
 ゴールは近い。
 もうすぐだ。
 一歩一歩、踏みしめるようにして歩く。肩によりかかる小金井をひきずって、コインロッカーのゴールをめざす。
 「キーもってますか」
 「ここに。……俺、手、使えないから。頼んでいい?」
 「一緒にやりましょう」
 とうとう辿り着く。小金井が顎をしゃくる。ジーパンの前ポケットをさぐり、番号札がついたコインロッカーの鍵をとりだす。
 深呼吸し、コインロッカーのひとつと向き合う。小金井もぼくの隣で真剣な顔をする。
 「「せえの」」
 どちらからともなく声をあわせる。
 キーを持つ小金井の手に手を重ね、強く握り締め、鍵穴へと導く。カチッとかちあう音がし、ゆっくり扉が開いていくー……

 「案内ご苦労だった」

 清潔な明かりで満たされた構内に朗々と響き渡る太いバリトン。
 硬質な靴音を響かせ、今やっと階段をのぼりきった黒背広の男が、こっちに銃を向けている。
 男を中心にして散開、迅速に包囲網を敷く生傷擦り傷だらけのチンピラたちが、殺気にぎらつく目でこっちを睨む。

 「っ……なんで……!」
 「気付かなかったか?車から落ちる間際、運転席の下に携帯すべりこませた。発信機付きのな」
 不自由な体を押してぼくを庇い立つ小金井の問いに応じ、森が宣言する。

 「ブツを渡してもらおうか」

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010210202050 | 編集

 「ご都合主義にもほどがあります!」
 蛍光灯が漂白する駅構内のコインロッカーを背に、ずらり居並ぶヤクザと対峙。
 「森さんほどの大物になるとなあ、拉致監禁日常茶飯事で携帯に発信機能必須なんだよ!!」
 「ヤクザの携帯は衛星携帯の常識知らねーのか、アキバ系のくせによ!?」
 「アキバ系はアキバ系でもぼくはあくまでフィギュアガンプラ漫画オタクでパソコン関連はものすごく詳しいってほどじゃないです、エロゲは黎明期から詳しいけど!!」
 油断していた、相手は尾行のプロだ。素人に気取られるような凡ミスは犯さない。
 森のバイオレンスでデンジャラスな日常は知ったこっちゃない、現実を見ろ八王子東、打開策を考えろ。
 小金井が肩を庇いつつ虚勢で笑う。
 「………泳がされてたんだ……しくったね」
 「クスリの隠し場所なんざ寄らず逃げりゃよかったのに……もっとも、バカなおかげで助かったか」
 肩幅に足を開き、泰然と踏み構える森。
 剃刀じみて鋭利な眼光、うっそり陰惨な表情は殺人にもなんら心を痛めぬ冷血漢のそれ。
 引き締まった体躯が放つ抑制した殺気は、やたらがなりたて声高に恫喝するチンピラヤクザ十人分にも匹敵する威力を持ち、畏怖の波紋を広げゆく。
 「銃刀法違反……なんて、いまさらか。駅で銃抜くなんて余裕ないね、よっぽど追い詰められてんのかな」
 「地元コインロッカーとは盲点だな。短絡だが安全な隠し場所だ……鬼ごっこはおしまいだ、リュウ。ハンドバックを渡せ。いい加減上がお怒りだ、下っ端に振り回されちゃしめしがつかん」
 「耕二の形見だ」
 「価値わかってんのか?お前が奪って逃げたヤクは南米ルートで仕入れた純正品、単価にして五百万はくだらん」
 「嘘だあ」
 ふざけた桁数におもわず笑っちゃうも、小金井と森は真顔で睨み合ったままだ。
 ……どうりでと、執拗な追跡の理由が腑に落ちる。いや、呑気に腑に落ちてる場合じゃないんだけど。
 小金井の意志は固く、静かな恫喝にも怯まない。
 断固たる決意を秘めた双眸で森を見据え、申し出を拒絶する。
 片手に銃を預け、もう片方の手を無造作に虚空にさしのべ返却を促す森が、口端を吊り上げ薄く笑う。
 「警察に駆け込む気か?その体で?死ぬぞ、お前。行き先を間違ったな、とっとと病院いきゃあよかったのに……親切に道案内までしてくれた」
 「……時間、ないから………やること、やっとかないと」
 「生き急ぐなよ」
 小金井の息は荒い。凄い汗。前髪から顎先から大粒の玉となって滴り落ちる。
 一言しゃべるたびに体力が削り落とされていくのが痛いほど伝わる。
 片目はむざんに腫れふさがり、口の端は切れて乾いた血がこびりついた面持ちが、憔悴の度合いを強調する。
 「小金井さん……むりしないで、ぼくが代わりにしゃべりますから……」
 「ごめん、東ちゃん……世話かけて……」
 「世話なんて出会った時からかけてるでしょう」
 ずりおちた小金井を苦労して抱き直す。
 体重がまともにかかり、二、三歩よろめもくも、意地で持ちこたえる。
 小金井はリンチの危険をかえりみずヤクザがたむろう倉庫にぼくを助けに来た。
 今度はぼくの番だ、ぼくが小金井を助ける番だ。
 「森さんの声が聞こえねーのかよ、さっさとこっち持って来いよ!!」
 「ぐずぐずしてっと殺すぞ!!」
 殺気立つチンピラの顔面に必殺の裏拳が炸裂、膝から崩れ落ちるように沈没した子分を振り返らず、森が顎をしゃくる。
 「場所かえようや。そこの広場でいいだろう。……わかってるだろうが、妙なまねしたらズドンだ」
 これ以上音が響く構内で揉みあうのは得策じゃないと踏んだらしい。
 断る、拒む選択肢はない。
 大声で助けを呼ぼうにも森が引き金を引くほうが早い、駅員の到着を待つあいだに小金井もろとも始末される。
 深夜の構内に大勢の人間がいたら目立つ、それが人相と目つきのよくない男たちときたらなおさら異彩を放つ。
 森の命を受けたチンピラが殆ど足音をたてず素早く駆け寄ってきて、ぼくたちを挟みこむ。
 いくら鈍感なぼくでもわかる、駅構内で発砲したら駅員に気付かれずにすまない、ぼくと小金井に危害を加えるつもりなら場所を移動する。
 「!!あぐっ、」
 「やめ、乱暴しないでください、けがしてるんですよ!?」
 チンピラが小金井の脛を蹴り、邪険に腕を引く。
 前のめりによろめく小金井を案じ手をのばすも、もう一人がぼくの肩に鉤の形に曲げた指を食い込ませる。
 「っあ………」
 「手間かけさせやがって」
 片手でぼくの背中を突き飛ばす。
 突き飛ばされ蹴飛ばされ、捕虜として手荒く扱われながら、森の背中を追って一段ずつ階段を下りる。
 横目で小金井をうかがえば、顔色は青を通りこし白くなっている。
 何も出来ない自分が悔しい。無力感に苛まれ唇を噛む。
 広場へと誘導される。駅前の店舗はすべてシャッターがおりて人けがない。
 人けが絶えた駅前を不気味な静寂が包み込む。
 闇に沈み散らばる男たちから伝わる殺気が、帯電したように空気をひりつかせる。
 ここが、処刑場だ。
 「ブツを渡せ」
 「いやだ」
 森が二度くりかえす。
 頑として拒む小金井の肩を、後ろに回ったチンピラがしこたま殴りつける。
 「!こがねいさんっ、」
 鋭く悲鳴を上げる。激痛に二つに身を折り、膝をつく小金井をあわてて支える。
 殴打でまた傷口が開き、出血の勢いが激しくなる。
 服に範囲を広げ、手のひらをべとつかせる血液の量に言葉を失う。
 ハンドバックはぼくの膝の上。
 「東ちゃん、バッグ……渡さないで……」
 息も絶え絶えな小金井の懇願に我に返り、バッグを胸にひしと庇う。
 チンピラの不意をつき、地面を蹴って猛然と走り出す。
 「こいつっ……森さんが下手にでりゃつけあがりやがって!」 
 激したチンピラが振りかざす手をこけつまろびつかいくぐる。
 蹴っ躓く、転げる、尻餅を付く、立ち上がる暇を惜しみ横に回転、手の甲に頬に剥き出しの肌のあちこちに砂利と小石が食い込む、地面にへばりつくガムが髪の毛にまつわる、視界がぐるぐる回転反転空と地面が交互に映る、ヤクザの逆さ顔、森の倦んだ顔、脂汗にまみれた小金井の切実で悲痛な顔。
 飛び交う怒声が鼓膜を叩く、混乱する靴音。
 ぼくは?
 どうする、すぐつかまる、袋叩きにされる、小金井もろともおしまいだ。
 このままじゃバッドエンドを回避できない、どうする?
 手を考えろ八王子東、きっとなにかあるはず、小金井に託されたハンドバッグ、耕二の意志が託された形見、耕二が守ろうとして果たせず小金井に託した形見をやすやすと渡してなるものか!
 
 小金井に信頼された、初めて人にお願いされた、その事実が胸を熱くする。

 「東ちゃん!」
 小金井の叫び声、必死な。
 ヤクザの怒鳴り声、苛烈な。
 逃げきれるはずがない、広場の面積は大した事ない。
 この時間タクシーも走ってない、多勢に無勢で現に取り囲まれている。
 袋のねずみ。
 けどこっちに有利な点もある、敵は人数が多すぎて同志討ちの危険があるため迂闊に発砲できない。注目を避けて車のライトを落としているため、暗闇に乗じ、ポールや花壇や自販機などの遮蔽物に隠れ逃げ回る獲物が判別しにくい。
 運動音痴なぼくにできる戦い方、すなわち地形を利用した戦略。
 小金井駅前広場はどことなく八王子駅前と似ている。
 自販機やベンチの配置道の交差し方に既視感が働く、ポールやベンチや車や歩道橋の手すりを遮蔽の盾にしつつ音速で飛来する弾丸を躱す。
 チンピラは小金井に気を取られ一瞬ぼくから注意がそれた、だから不意をつくのに成功した。
 のるかそるかいちかばちかの賭け。
 抑えた銃声が空気を震わせ、次の瞬間灼熱の風が頬を裂く。
 「!!ぶっ、今う、弾丸、銃撃!?」
 走りながらしゃべったいせで危なく舌を噛みかける。
 サイレンサーつきらしく発砲に際しても殆ど音がせず、頬を掠めた風圧に一呼吸遅れ痛みと血が伝う感触が襲う。
 頬を銃弾が掠めた際に毛髪が何本かちぎれ宙を舞う。
 前方の花壇に弾丸がめりこみ土が弾ける、頬の薄皮が裂けて血が滲む、撃った今撃たれたあと数ミリそれてたら確実に死?
 顔が削れて抉れていた嫌だいやだどうしてぼくがこんな目に、怖い、死に瀕した恐怖の絶頂で失禁寸前、思考が拡散して舵を切るのが遅れる、足が縺れ地面が急接近
 衝突?
 「どわっ」
 花壇に躓き豪快にダイブ、頭から泥をひっかぶり跳ねた土くれが口に入りこむ。
 激しく咳き込み吐き出す顔を上げー……
 後頭部にごりっとめりこむ固い鉄。
 「タイムアウトだ」
 後頭部を削る固い鉄の塊……銃口。
 いつのまにか忍び寄っていた森に背後をとられた。
 「手を挙げろ」
 言うなりに片手を挙げる。
 それでもハンドバックは片手に持ったまま、絶対放さない。
 「まりろ、森さん………」
 「その名前で呼ぶな」
 冷えた鉄の如く無慈悲な声音にわずかに不機嫌な成分が混じり、引き金にカチリ圧力がかかる。
 「バッグをよこせ」 
 「いや、です」
 「死ぬか」
 「じにだぐないでず」
 口の中に広がる泥のくすんだ味。
 唾吐きたいのを堪え、ぐずつく鼻声で答える。
 死にたくない、いやだ、こんなところで死にたくない、ヤクザのトラブルに巻き込まれ撃ち殺されるなんて最期みじめすぎる、怖い、冷えた鉄の感触、頭蓋骨を削る銃口、裂けた頬に外気がしみてじくじく疼く、だけどバッグは手放さない、手放すもんか、これには小金井と耕二の想いが一杯詰まってる、ふたりは友達だった、施設から一緒の腐れ縁の悪友で家族でかけがえのない人で、耕二は小金井を信頼してこれを託して小金井はぼくを信頼してこれを託して

 裏切れない。

 「なら渡せ」
 「わたぜまぜん……」
 かすかに顎を引き首を振る。自分の動悸と呼吸音がうるさい。
 花壇にダイブすると同時に、ズボンの尻ポケットのふくらみに気付く。
 さりげなく後ろに手を回し尻ポケットからそれを抜き、チューブから透明な中身を搾り出し、バッグに塗りつける。
 「!ひっ、」
 上着の背中を掴まれ放り出される、起き上がるのを待たず眉間に銃口がくいこむ。
 眼前に無表情の森が立つ。
 ぼくを見詰める目に漂う殺伐とした色。
 頬を斜めに過ぎる傷跡が禍々しく闇に映える。
 眉間に固定された銃口の重量に喉が収縮息がし辛い、目の前に立つ森に不可避の死を予感、死臭を嗅ぎつけたサメのように群れてやってくるヤクザたち。

 殺される殺される殺される嫌だ助けて土下座でもなんでもする『返してほしかったら土下座しろよ』『やだーホントにする?』情けなくて構わない、笑いたきゃ笑え、やるだけのことはやった、必死に逃げた、逃げきれなかった、ぼくのせいじゃない、ぼくにしちゃ頑張った、だから許して『オタクが息吸うなよ』『学校くんな』たすけてくだしあ『うぜえ』『死ね』『アニメでオナニーしてんの?』ぼすけて『まったくだめなヤツだな、お前は』ぼくはだめなヤツだ、精一杯あがいてあがいてあがいたけど限界なんだこれが、現実の壁は高く厚い、フィクションのぬるま湯にどっぷり浸かりきったひきこもりが太刀打ちできるはずなかったんだ

 身の程知らずだった。
 今だって死ぬほど怖い、漏らしそうに怖い、銃口の暗黒を覗きこめば気が遠くなる。
 なのになんで、バッグを手放さないんだ?
 頑固に、強情に、しぶとく。
 
 バッグをてこでも放さぬぼくに森は鼻白み、子分に顎をしゃくる。
 子分が恭しく捧げ持ち、森に献上した物を見て、愕然と目を剥く。
 「ザク………!」 
 「倉庫に忘れてったろ」
 子分から受け取ったザクを片手で退屈げにもてあそぶ森の指摘に、頭が真っ白になる。
 ぼくは、オタク失格だ。
 命の次の次の次くらいに大事なザクを倉庫に忘れたまま、今の今まで気付かなかった。
 チンピラに殴られ蹴られた間中身を挺し庇ったザクなのに、傷だらけになってまで庇ったザクなのに、小金井登場の衝撃ですっかり忘れていた。
 「あ………」
 「取引だ。ザクを返してほしかったらそれを渡せ」
 ザクは傷だらけだ。
 乱暴に扱われたせいで腕がもげ足が折れ、塗装があちこち剥げて実にみすぼらしく哀れを誘う。
 無意識に腕をのばし取り返そうとするが、森が素早く引っ込めてしまう。
 
 ザクと小金井の板ばさみとなり、脂汗を流し苦悩する。
 視界の端、チンピラに押さえ込まれた小金井が固唾を呑む。
 
 ザクか?
 小金井か?
 二者択一、究極の選択。

 「おいこいつマジに悩んでんぞ……」
 「悩むような選択かよ」
 
 外野の野次は気にしない、気にする余裕がない。
 小金井は重傷だ、早く病院に運ばなきゃ命が危ない、出血多量で死ぬ危険もある。
 だけどザクはぼくの友達、八年間辛い時苦しい時一緒にいてくれた親友だ。
 思い出す、初めてザクを作ったとき。おそるおそる箱を開けた時の胸ふくらむ高揚感、ときめき、慣れない手つきでパーツを切り離し接着剤を丁寧に断面に塗った。

 「ザクを人質にとるなんて卑怯です……!」
 「卑怯で上等。ヤクザだからな」

 どうする八王子東?
 森の手の中のザクが赤い複眼で何かを訴える、地べたに這い蹲った小金井の思い詰めた顔、揺れ動く心。
 現実か?
 フィクションか?
 八年間一緒だったザク、悪夢にうなされ添い寝した、そうしたらふしぎと安らかに眠れた、八年間いつもそばで見守ってくれた、ぼくにとっては友達以上の存在、分身、この世でたった一体のザク。

 公国軍にとっては量産型でも、ぼくにとっては八年前、生まれて初めて作ったザクで。
 悩みに悩んだ末、断腸の決断に至る。

 「小金井さん、ごめんなさい……ぼく、やっぱり、ザクを見捨てられない……」
 小金井は一瞬目を見開くも責める言葉は吐かず、しかたなさそうに苦笑する。
 「………いいよ、ザク以下で。それでこそ俺の好きな東ちゃんだ」
 「おい、なんかいい話風にまとめてるけどおかしいだろこの展開!?」
 「あれザクだよな?おもちゃだよな?子供が遊ぶもんだよな?」
 チンピラがどよめく。小金井は納得した表情。
 この選択もまた八王子東の一部だと受け入れる寛大な笑みに、胸が疼く。 
 森が手に掲げるザクに視線を定め、予断を許さず警戒した動作で、ゆっくり慎重に立ち上がる。  
 一歩一歩間合いを詰めるごと、駆け引きの緊張に張り詰めた空気が撓む。
 チンピラが睨みを利かせる中、森の正面で立ち止まり、ハンドバッグを手渡す。
 森が銃をもったのと逆の手をのばし、ぼくがさしだしたバッグを掴み、そしてー……
 「?何、」
 狼狽。
 森の手のひらにぴったり貼り付くバッグ、無表情に動揺が走る、その隙を見逃さず体当たり、銃をひったくる。
 「!このっ、」
 森が憤怒の相に豹変、銃を取り返そうと手を振りかざすのを引き金に指かけ制し、叫ぶ。

 「攻めの反対はなんだ!?」
 「受け!!」

 間髪入れず答えるも、自ら口走った失言に愕然と立ちすくむ。
 森ーまりろんの口から想定内の言葉を引き出し、勝利を確信した笑みが閃く。

 「それでこそまりろんちゃんだ!!」
 
 できる、やれる、いける
 森をこけにされ激怒周囲のチンピラが一斉に動き出す、殺到する靴音、吹きつける猛烈な殺気、小金井が必死な形相でなにかを叫ぶ、チンピラの一人が銃をとるー

 『あいつはだめなヤツなんかじゃない』
 兄さんの言葉が、勇気をくれる
 「八王子東は死んだほうがましな人間なんかじゃない!!」
 『東ちゃんは俺のダチです』
 小金井の言葉が、勇気をくれる

 ぼくは死んだほうがましな人間なんかじゃない、決めつけるのはやめだ、やる前から諦めるのはなしだ
 小金井と一緒に生きたいから

 「今ここで諦めたら、八王子の名前に泥を塗る!!」

 八王子は、小金井に恋してるから 

 ビシッと亀裂が生じる音、腋に挟んだザクの覆面に銃弾がめりこむ。
 ザクを盾にし無我夢中で引き金を絞る、反動で後ろ向きに吹っ飛ぶ、靴裏で地面を掴む、轟音、広場に斜めにとまっていた車のフロントガラスに放射線状の亀裂が生じ白く染まる、飛散したガラス片をまともに被りチンピラ何人かが取り乱す、続けざまに発砲、反動で腕が痺れる、肩が抜けそうだ、両手でしっかり銃底を支え歯を食いしばり耐えて撃つ、狙いもなにもあったもんじゃない、霍乱が目的で無差別に

 発砲、
 反動、
 発砲、
 反動、

 夢中で撃って撃って撃ちまくる、ドーパンが血管中に拡散し最高にハイな気分、後ろ向きな自分にさよならだ!!

 「八王子に誇れる男になる、小金井を助ける、友達と生きて帰る、そして兄さんに紹介する、バイトだって見つける、黒田や須藤さんを見返す、真人間になる!!」
 
 ザクがキュアレモネードが八年間ぼくを見守ってくれたものたちが応援してくれる
 がんばれと、お前ならできると、ひきこもりおたくニートの意地と底力を見せてやれと 

 両手で銃を構え踏ん張り、腹の底から絶叫し、夜気を震わす。
 「こんなところで死んでたまるかああああああああっ!!」

 「東ちゃん!!」
 「小金井さん!!」
 たがいに名前を呼び合う、ガラス片の直撃を受けたチンピラの拘束をふりほどき駆け出す小金井、森の手から剥がれたハンドバッグをそっちに蹴飛ばす、小金井がスライディングキャッチ、血糊と脂汗と生傷にまみれた会心の笑顔で親指を立てる。
 ヤクザが応戦開始、銃弾が肩を腕を脇腹を掠める、だけど当たらない、紙一重で逃げ回り回避、ポールに跳弾する弾丸、自販機にめりこみ破壊する弾丸、地面を穿ち抉る弾丸、奇妙なダンスでも踊るように足縺れさせそれらをよける、よけてよけてよけてー……

 「リュウ!?」
 
 聞き覚えのある声に引き金を引く手から力が抜ける。
 予期せぬ闖入者。けたたましいサイレンを鳴らし広場に滑り込んできたパトカーが一台二台、ランプの鮮烈な赤が尾をたなびかせ闇を染め抜く。
 銃撃戦を中断し愕然と立ち尽くすヤクザを乱暴にドア開け放ちパトカーから続々降りた刑事なり警官なりが取り押さえにかかる。
 「畜生、なんでサツが!?」
 「どうなってる、誰が連絡した!?」
 「森さん、早く逃げてください!」
 一台のパトカーから大きなおなかを抱えララが転げ出る。
 「なんでここに……っていうか、どうして警察!?」
 いきなりの展開に頭がおいつかない。
 連射の反動で腕が痛い。手のひらの火傷も痛い。
 銃撃戦の現場に殴りこんだパトカーを見るなり、引き金にかけた指から力が抜け、膝が盛大に笑い出し、ぺたんとその場にへたりこむ。
 安堵のあまり腰が抜けてしまった。
 逃げるヤクザ追う刑事、高音域のサイレンが夜の静寂を切り裂く、パトカーから息せききって駆け下りたララが泣きべそかいて小金井に抱き付く、ヤクザと刑事が乱闘に発展する喧騒が現場を包む。
 「言うとおりにしたよ、日付変わっても戻ってこなかったら警察に電話しろって……ってどうしたの、そのけが!?だいじょうぶ、痛くない!?」
 「いたくないいたくない……はは、ちょっと気が遠いだけ……」
 「顔白いよ!やだリュウが死んじゃう、やだよ、耕二の次はリュウが……耕二のばかの代わりに俺が出産までついてるって言ったじゃん」
 激しくしゃくりあげるララの肩を、泣き虫な妹を慰めるような保護者的手つきでよしよしさする。
 耕二の仇のヤクザと決着をつけにいく前に、小金井はあらかじめ保険をかけていた。
 小金井が帰ってこなかった場合、居残り組のララが警察に連絡を入れる手はずになっていたのだ。
 「……どのみちバッグは警察が回収する予定だったんだ。キーは俺が持ってたけど番号教えてあったし……」
 「……っ、まわりくどい……じゃあ最初から警察に」
 「ごめん……」
 胸に縋って泣くララを優しく引き剥がし、改めてぼくと向き合う。
 「……通報遅らせたの、俺のわがままなんだ。耕二を殺したヤツらが逮捕されるとこ、この目でちゃんと見届けたかった」
 「そのために自分がおとりになって……袋叩きにされて……」

 小金井リュウはばかだ。
 傍迷惑な友達の遺言を守って、一ヶ月もの間バッグを持って逃げて逃げて逃げ続けて、危険を承知で戻ってきて、思い出深い地元で弔い合戦を繰り広げて。
 友達の仇をとるため、自分の命を質に入れ予定調和の茶番を仕組んだ。
 本当に、ばかで、友達思いだ。

 「東ちゃんだけは……無事に帰したかった。あいつらも、素人の命までとらないだろうって。でも……」
 続きは言えず、深くうなだれて足元に目を落とす。
 「ザク……壊しちゃった」
 力なく呟き、足元に落ちたザクを拾い、真心こめた丁寧な手つきで汚れを払う。
 パトカーのランプが点滅し、逃げ惑うチンピラと刑事が格闘を繰り広げる修羅場で、向き合うぼくと小金井の間だけ沈痛な空気が漂う。
 「ごめん」
 叱られるのを待つ子供のようにしょげきった小金井の手から、変わり果てたザクを受け取る。
 憔悴した横顔を、眩く旋回するランプが赤く染める。
 おくれ毛がほつれまとわりつく顔はひどく子供っぽくて、ぼくは、再び手にもどってきたザクをそっと抱きしめる。  
 「………いいんです」
 「でも、」
 「………おかしいな。チンピラに殴る蹴るされた時、必死で守ったザクなのに、今の今まで倉庫に忘れてきたことさえ気付かなかったんです」
 ララは怪訝な顔。小金井が押し黙る。

 静かに目を瞑り、倉庫の惨劇を回想する。
 あの時ぼくは小金井の事で頭が一杯で、どうやったら小金井を救い出せるか二人で無事逃げ出せるかそればかり考えていて、八年間身近にいたザクのことをド忘れていた。
 ぼくの中では、もう答えが出ていた。

 ぼろぼろになったザクを見詰めるうちに、鼻の奥がツンとする。
 「……ごめん。今までありがとう」
 八年間ずっと一緒にいてくれた友達と、初めてちゃんと向き合い、心からの感謝を述べる。
 八王子東は腰抜けでへたれびびりのひきこもりニートだ。
 二十二歳にもなって漫画アニメゲームを卒業できず就職もせず、親の金で遊んで暮らす社会不適合者だ。
 だけど

 「まりろんちゃん!!」

 チンピラがあらかた手錠をかけられパトカーに連行され、残る一人となった森もまた手錠を嵌められ、刑事に挟まれ歩いていく。
 ザクを抱いてそっちに駆け寄れば、森が胡乱そうに目を細める。
 正直、その一睨みで足がすくむも、ありったけの度胸をしぼって頭を下げる。
 「あの、さっき、逃がそうとしてくれてありがとうございます」
 「………バカか、あんた。殺そうとしたんだぞ?」
 「……いえ……時間稼ぎでした、あれは」
 本気でぼくを殺そうとした割には、あまりにも隙だらけだった。
 覚せい剤と銃を詰めたハンドバッグは警察が回収した。
 森やチンピラはこれから署で取り調べをうけるのだろう。 
 耕二への傷害致死とぼくと小金井に対する拉致監禁暴行がどの程度の罪になるかわからないけど、そうあっさり釈放されまい。
 小金井が辛い体を押してぼくの隣にやってくる。
 森を見詰める目には複雑な色……親友を殺された怒りと哀しみが綯い交ぜとなった色。
 「……あんたが耕二を殺せって指示したのか」
 「下っ端の暴走だ。信じる信じないは勝手だがな。これだから今の若い連中は加減を知らなくて困る」
 ララが聞き耳をたてる気配。
 小金井が放った台詞に反応し、その表情がみるみる強張りゆく。
 悪びれず言う森と、十歩空けて対峙する小金井とララの表情を、規則的に回るランプが不明瞭に暴く。
 「……それが知りたかった」
 小金井が薄く息を吐く。
 「まさか、俺が耕二殺しを指示したかどうか知るためだけにこけおどしの茶番を仕組んだのか?」
 「……ヤクザだけど、あんたには世話になったから。耕二を手にかけたなんて信じたくなかった」
 「甘いな、相変わらず」
 小金井から目をそらし、ちらりとララを見る。感情の読めない無表情。
 ララは唇を噛み、あらん限りの怒りと憎しみを滾らせ森を睨みつける。
 「……あんたが嫁か。耕二のヤツが自慢してた、もうすぐガキが産まれるって」
 ララの表情が動く。
 憎しみに歪んだ形相が弱々しく揺れ、大粒の涙が目に浮かび、なおなかを庇う手が震える。
 声をたてず啜り泣くララを森は無表情に見詰めていたが、ふいにその顔に苦渋が滲み、唾と一緒に辟易と吐き捨てる。 
 「………ったく、因果な商売だよ」
 森が刑事に挟まれ歩行を再開、ぼくらに背を向け去っていく。
 パトカーに半身入れ乗り込んだ森に駆け寄り、途中から歩調をおとし、大声で叫ぶ。
 「チャットで待ってますから!」
 森が凝然と振り返る。
 半ばパトカーに乗り込みかけた体勢で振り返った顔には、紛れもない驚きの色。
 「……幻滅したんじゃないのか、俺に」
 「お互い様でしょう」

 多かれ少なかれ皆嘘を抱えている。
 現実を離れた虚構の世界で、違う自分を演じている。
 森はきっと心のどこかで、ヤクザという因業な商売に嫌気がさしていたのだ。
 偉くなれば偉くなるほど、若者に慕われるようになればなるほど、自分を慕ってくれる相手に対し時に冷徹に制裁をくださねばならぬ立場のジレンマに苦しんでいた。
 だからこそチャットでは、現実の自分とかけはなれたお気楽な女の子になりきっていた。
 互いの顔を見ず付き合えるチャットは、弱肉強食がまかりとおる殺伐とした世界に身をおく森にとって、貴重なガス抜きの場だったのだ。
 現実は辛い。
 だから逃げ道を作る。
 それ自体はきっと悪いことじゃない、そうしなきゃ追い詰められた精神の均衡が取れない。
 八年前、いじめから逃れて暗い部屋にひきこもったぼくのように。

 訝しげな森と向き合い、小金井とララの視線を背に感じながら、人前でしゃべる羞恥に顔を熱くし、早口に畳みかける。

 「たしかに酷い事されたけど、まりろんちゃんに色々相談のってもらったの事実だし……紅一点まりろんちゃんがいるのといないのとじゃチャットの雰囲気が全然ちがう、タートル仙人さんもハルイチさんもまりろんちゃんが大好きです、たまに腐った思考回路にうんざりするけど賑やかで楽しくて、ハイテンションなまりろんちゃんと話してるとこっちまでつられて明るくなるんです。だからえーとその、何が言いたいかっていうとつまり……」

 一呼吸おき区切りをつけ、森の目をまっすぐ見て言う。
 「帰ってきてください」
 禍根はある。恐怖もある。
 なにもかも全部、綺麗さっぱり水に流して元通りというわけにはいかないだろう。

 だけどこれっきりまりろんちゃんがいなくなってしまうとすれば、それはとても寂しいことで。
 まりろんちゃんはタートル仙人さんにとってもハルイチさんにとっても、もちろんぼくにとっても、大事な仲間なのだ。
 後ろ向きで落ち込みがちなぼくが、まりろんちゃんの底抜けの明るさに救われていた面は否定できない。
 それが演技でも、救われた事実に変わりない。
 性別や履歴を詐称してようが、漫画アニメゲームを愛する気持ちに偽りないなら、まりろんちゃんはまりろんちゃんだ。
 
 ぼくはまりろんちゃんを信じる。
 わざと隙を見せ憎まれ役を演じ、ぼくを逃がそうとしてくれた森の良心を信じる。
 森が罪を償って、まりろんちゃんとしてチャットに復帰したら、「おかえりなさい」と迎えてあげたい。
 なんとも言えない顔で頭のてっぺんから爪先までぼくを眺め、張り詰めていたものが切れたように、ふっと表情を和ませる。
 きっと笑ったのだろう。

 「……おれも昔はいじめられっ子だったんだ」

 突然の告白に戸惑う。
 右頬の傷を不器用に引き攣らせ、面映げに視線を斜めにそらし、続ける。

 「なめられたくなくていきがって、あげくこんなになっちまった。だから他人とは思えなかった。けどな……いーちゃんはまだ間に合う、やり直せる」

 一瞬だけ森が垣間見せた笑顔には、過酷な現実と戦い続け、修羅と呼ばれた男の精悍さが刻まれていた。
 肩越しに片手を挙げ、今度こそパトカーに乗り込む。
 ランプの残像を引いて走り去るパトカーを見送り、心のどこかで、森はこの結末を予期していたのではかと思う。
 「そういや東ちゃん……さっき、森があわててたのって?」
 ズボンの尻ポケットをさぐり、一本のチューブをとりだす。
 「強力接着剤です。ガンプラ作りの途中で突っ込んどいたの忘れてました。これをバッグにぬりたくって、はいどうぞと手渡して……」
 あっけないネタばれに小金井が豪快に吹き出す。
 「はははははっはははっ、マジ?そんな単純なの?ばっかだー、森のヤツ見事にひっかかってさ!ザクを笑うのものはザクに泣く、機転の勝利だね、ザクを人質にとったからバチが当たったんだ!」
 「ちょ、小金井さん、そんなに笑うと傷に障りますよ?」
 いわんこっちゃない。
 目に涙を浮かべ仰け反るようにして爆笑する小金井が突如バランスを失い倒れこむ。
 「リュウ!?」
 「小金井さん!!」
 ララと同時に手を伸ばしその体を支える、弾丸が貫いた肩の出血は洒落にならない範囲に広がりつつある。
 「救急車よんでくる!!あの、すいません、この人持っててください!」
 「うわっ、ちょ、もってろっていきなりむりっ……!」
 ぼくの叫びむなしくララは大きなおなかで走り出す、刑事に掛け合って大至急救急車を呼んでもらうつもりだ。
 ララの背中を追って宙にさしのべた手はすかっと空振り、小金井と二人分の体重を支えきれず縺れ合って倒れこむ。
 ザクを真ん中に挟んで川の字に寝そべる。
 パトカーのランプが煌々と夜を照らす、広場を照らす、何かが吹っ切れたように快活に笑う小金井の顔を照らしていく。
 「あははははっ、痛でっ、ちょ、これ洒落になんねーし、マジ痛いんだけどははっ、やべー超ウケる!!」
 「ウケないしぜんぜん面白くないです、小金井さんのせいでこっちは大迷惑です、大事なザクは再起不能だし部屋の畳も張り替えなきゃだし、ああ、エロゲもインストールし直さなきゃ面倒なんだよなあれ、てかご近所さんと顔合わせらんないです恥ずかしくて、大家さん兄さんに叱られる……」
 「一緒に謝る」
 「当たり前です」

 笑いの発作が鎮まるのを待ち、どちららともなく手を絡め、パトカーのランプに照り映え、喧騒が包む夜空を仰ぐ。

 ここは八王子じゃないけれど。
 ぼくのアパートでもないけれど。
 
 やっぱり今、一番ふさわしい台詞はこれだろう。

 「……お帰りなさい」
 「ただいま」

 小金井は全治二週間だった。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010209093313 | 編集

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MASTER >タートル仙人さんが入室しました
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タートル仙人>ちわーす
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タートル仙人>おやだれもいない?またもだれもいない?なんちゃってどっか隠れてんじゃないのー担ごうとしたってむだだぞーおーいやほー
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タートル仙人>……ほんとうにだれもいない?[壁]_☆)キラーッこの隙に俺が新開発した顔文字で一発芸!
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タートル仙人 >○―○←めがね
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タートル仙人>もういっちょ ◎―◎←ベンゾーさん
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MASTER >ハルイチさんが入室しました
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ハルイチ>ROM中 || ・_・)o)) ソーッ……なにやってんですか仙人さん……
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タートル仙人>∑( ̄□ ̄ || 〒 ||はっ、おぬしいつからそこに!?
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ハルイチ>「ほんとうにだれもいない?」のあたりから虎視眈々ロムッてました。しかもつまんないしめがねと鉄アレイ区別つかないし
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タートル仙人>くそっ、なんたる上級者向け羞恥プレイ……おれひとりに恥ずかしいまねさせて自分は画面の向こうでほくそえんでるとはさては鬼畜攻めだな!
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ハルイチ>鬼畜攻めって……だいぶまりろんちゃんに毒されてるなあ(乾笑)
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タートル仙人>だって最近人いなくてつまんないんだもんよ、最年長参加者としていっちょ盛り上げなきゃって義務感に駆られてさあ。菌ちゃんはすっかりご無沙汰だしまりろんちゃんもオフが忙しいのがさっぱりだし、ハルイッちゃんとふたりっきりでお見合いがデフォルトじゃん?もーいっそ付き合っちゃうか!
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ハルイチ>きもい
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タートル仙人 >……地味にへこむその返し
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ハルイチ>けどほんと心配ですよねーイーストさんはともかく二日と空けずチャットに通ってたネット廃人風味のまりろんちゃんまで欠席が続くとなると……病気とか、なんか事故か事件にでも巻き込まれたのかなあ
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タートル仙人 >キャッチを断れなくてあげく二百万の坪十ヶ月払いで買わされそうないーちゃんはともかくまりろんちゃんに限ってそれはないだろ
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ハルイチ>ですよねーまりろんちゃんに痴漢するような命知らずが日本に存在するはずないし(笑)いや、実際会ったことないけどチャットのあのテンションが素だとしたら普通引きますって、痴漢もよってきませんよ
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タートル仙人>痴漢はありえないにしても心配だな
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ハルイチ>メールしてみましたか?
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タートル仙人>一応な。返信なしだけど
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ハルイチ>どうしちゃったんだろふたりとも……寂しいな……
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タートル仙人>なんだ、俺が相手じゃ不満かハルイッちゃんは
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ハルイチ>はい
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タートル仙人>ばっさり!?Σ( ̄ロ ̄lll) ガビーン
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ハルイチ>だって……これまで二日と空けずチャットでだべってた面々がさっぱり顔見せないんですよ?そりゃ寂しいし不安ですよ、気にならないほうが嘘です、人として
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タートル仙人>ハルイッちゃん……
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ハルイチ>はは、やだなあ、相当ネット依存ですね。ぼくの田舎九州なんですけど……なかなか訛りが抜けなくて、それがコンプレックスで、上京してからすっかり引っ込み思案になっちゃって。なかなか友達作れなくて……そんな時、このチャットの面々に救われたんです
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ハルイチ>親元離れて上京して、慣れない都会の一人暮らしで、右も左もわからない時、仙人さんやイーストさんやまりろんちゃんが親身に相談のってくれた恩は忘れません。まりろんちゃんは最寄りのとらのあなの場所教えてくれたし、イーストさんは……えーと、そうだ、中央線と京王線の見分け方教えてくれました。オレンジ色が中央線、シルバーが京王線
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タートル仙人>それ色で一発じゃね?わざわざ教えてもらわなきゃわかんないことか?というか俺役に立ってなくね?
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ハルイチ>いえ、イーストさんがちゃんと特徴教えてくれたおかげで乗り換えの時混乱せずにすみました!ほかにも中央線は投身自殺が多いから来たら親指隠せってアドバイスを
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タートル仙人>霊柩車の対処法じゃん!
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ハルイチ>やっぱりふたりがいないと寂しいです……物足りないっていうか……
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タートル仙人>同意。あ、いや、別にハルイッちゃんの話がつまんないとかじゃなくて、ほら、大勢いたほうが楽しいよな?
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ハルイチ>わかってますよ、ぼくだって仙人さんが嫌いなわけじゃ……どっちかというと好きなほう……あ、変な意味じゃないですよ?
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タートル仙人>面と向かって言われると照れるな(笑)ハルイッちゃん実は俺に気があるな?
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ハルイチ>そういう冗談よしてくださいって、まりろんちゃんが目の色かえて食いつくでしょう(笑)
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MASTER >イースト菌さんが入室しました
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イースト菌>どうも おひさしぶりです
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タートル仙人>菌ちゃん!!ちょうどいいところに、たった今噂をしてたんだ!!召喚魔法が聞いたな!!
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ハルイチ>イーストさんお久しぶりです元気してましたか、最近ぜんぜん顔見せないからすっごく心配してたんですよ、事故にでもあったんじゃないかって!タートル仙人さんなんか悪徳詐欺にひっかかってサラ金に滓まで搾り取られて今頃マグロ漁船にのせられてるに違いないって
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タートル仙人>言ってない×2捏造すんな!!(汗)
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イースト菌 >ごしんぱいおかけしてすいません おふがちょっとごたごたしていて;でももうだいじょうぶです
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タートル仙人>なぜにひらがな?
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イースト菌>ごめんなしあ ちょとてをけがしていて へんかんしにゅくえんです
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タートル仙人>歯肉炎か。ご愁傷様、固いもの食えないだろう
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ハルイチ>だいじょうぶですか?ひょっとしてそれでチャットにこれなかったとか……?
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イースト菌>いえ ぼくじゃなくて ともだちがおおけがして つきそってたんです びょういんに
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イースト菌>今日たいいんしたんです 
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タートル仙人>例のヒモか?菌ちゃんに介護させるとはけしからん、下の世話まで!!
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ハルイチ>けがって……ヒモくん、なにがあったんですか?車にひかれたとか上から鉄骨が落ちてきたとか……ストーカー化した元カノに刺されたかサラ金の取立てに袋叩きにされた線が一番ありそうだけど
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イースト菌>はなすとながくなるんですが
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MASTER >まりろんさんが入室しました
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まりろん>おっひさー☆みんなのアイドルまりろんふっかーつ!!
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タートル仙人>おおぉおおおおおおおおおおおぉおおおおお、まりろんちゃん待ってたぞ!!いなくてさびしかったー!!
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ハルイチ>うわー相も変わらず元気そうでよかったあ、かれこれ二週間まりろんちゃんがチャット来ないなんて初めてだからあれこれ妄想ふくらませて気に病んでたよ!!
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まりろん>ひっどーいふたりとも、まりろんを幽霊みたいにィε=(>ε<) プーッ!!怒っちゃうぞっ
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ハルイチ>でもなんでこなかったんですか、やっぱ仕事が忙しかったとか?確か自由業ですよね?
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まりろん>そうそ、オフがごたついてたんだけど一段落ついたからさーチャットに挨拶しとこうかなって……いーちゃんもひさしぶりだねっ☆
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タートル仙人 >いーちゃん?沈んでるのか?
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(内緒モード イースト菌>まりろん)もりさん けいさつにいるんじゃないですか なんでちゃtィますか!!
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(内緒モード まりろん>イースト菌)……その分だと手はまだ治ってないようだな。治療費は出す、あとでメールよこすからあて先に請求書送ってくれ
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(内緒モード イースト菌>まりろん)だつごくですか
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ハルイチ>あー、これでやっと全員そろいましたね!チャットはやっぱこうじゃなきゃ!
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タートル仙人>もりあがらないよな!
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まりろん>寂しい想いさせてごめんねーてかロムってたんだけどハルイチさんとタートル仙人さんは相変わらずラブラブで嫉妬(笑)むしろおじゃま?
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(内緒モード まりろん>イースト菌)その件だが……若いのを飛ばした
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(内緒モード イースト菌>まりろん)たかとび!?
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ハルイチ>誤解まねく発言やめてまりろんちゃん、最近仙人さんも悪乗り過ぎるんだから!
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タートル仙人>つれないこというなよハルイッちゃん、生肌で温めあった二週間を忘れたのか
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ハルイチ>ほらー!肌と肌で温め合ったとか仙人さんの妄想です、ほんのりなまあたたかいのはパソコンの排気熱のせいです!!
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(内緒モード まりろん>イースト菌)ちがう、飛ばすってのは俺らの隠語でムショ入りしたって意味だ。耕二を嬲り殺した実行犯……覚えてるだろ?いーちゃんをさんざん痛めつけたヤツら、二・三人、あいつらにおんぶさせた。上の意向が働いてな……どうやら俺をまだシャバに繋ぎとめておきたいそうだ。跡目争いだなんだ大変な時期に抜けられると困るとか……手前勝手な都合だよ
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(内緒モード まりろん>イースト菌)かっこつけて去ったのに……ざまあねえ
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(内緒モード まりろん>イースト菌)もっとも仮釈の身で完全に自由たあいかねえ。今も表にゃサツが張り込んでるし……うっかり出かけようもんなら尾行がつく、家にこもってしこしこチャットにふけるのが唯一の息抜きさ
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タートル仙人>復帰を祝してチュウ所望!!>まりろんちゃん
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まりろん>えーセクハラー
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タートル仙人>いいじゃんいいじゃん、二週間お預けだった詫びの意味もこめてさあ……サービス×2!
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まりろん>しかたないなあもぅ、今回だけだよ? ( ̄3 ̄)むっちゅううううう>男性陣
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タートル仙人>まりろんちゃんのkissゲットだぜ!!ヤッタァー!\(`∇\)(/`∇)/ヤッタァー!
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ハルイチ>イーストさん沈みっぱないですけど……だいじょうぶですか?パソコン調子悪い?
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イースト菌>iktます
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(内緒モード イースト菌>まりろん)あんがいはやくもどってきましたね…… びびりました
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(内緒モード イースト菌>まりろん)おかえりなさい
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(内緒モード まりろん>イースト菌)……こそばゆいな……改めて言われると
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(内緒モード イースト菌>まりろん)どっちでよんだらいいですか もりさん? まりろんちゃん?
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(内緒モード まりろん>イースト菌)まりろんのままでいい……せめてこのチャットではまりろんでいさせてくれ
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タートル仙人>まりろんちゃんのキスで元気百倍タートル仙人!
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ハルイチ>もーげんきんなんだから
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(内緒モード まりろん>イースト菌)あの時あんたに言ったことは本当だ。ヤクザなんて……ぶっちゃけ人に誇れる仕事じゃねえ。だけど俺はこの生き方しかできねえ、骨の髄まで染まっちまってるんだ。だからせめてチャットでは……ネットではまったく違う自分になって、違う人生を生きてみたかった。「まりろん」は俺の夢、願望なんだ
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(内緒モード まりろん>イースト菌)あんただって……引くだろ?いい年した強面の男が、頬傷目立つヤクザが、ピンキーストリートだのなんだの可愛い物に目がなくてちまちまコレクションしてるなんてよ。だけどな、逆に……こんなツラしてっからこそ、ああいうちんまくて可愛いもんに惹かれちまうんだ
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(内緒モード イースト菌>まりろん)わかります ぼくがガンプラ作るのとおなじですね
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(内緒モード まりろん>イースト菌)腐女子……男の場合は腐男子ってのか?あれも最初は出来心だったんだが……ネットで本注文して、色々勉強してくうちに深みにはまっちまってよ。恥ずかしい話、俺、むかしからあーいうベタなのが好きなんだ。恋した惚れた掘られた掘った、障害あり、ロマンス……おれたちの世界を書いた話も多くてよ、現実と比べて読んでくと面白くって……その、なんだ……ド腐れ外道なんだ、俺は。ヤクザの風上にもおけねえヤツなんだよ本当は
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(内緒モード イースト菌>まりろん)しゅみをはずかしがることありません 胸をはってください
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(内緒モード まりろん>イースト菌)いーちゃん……
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タートル仙人>全員そろったところで重大発表パフパフー!かねてより温めていたオフ会計画始動!!
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ハルイチ>えっ、聞いてませんよ!?
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タートル仙人>今初めて言ったんだもん、全員いる時に言おうと思って今の今までじっと我慢の子だったわけよ。いや、マジな話、俺らがこうやってチャットに集まってだべるようになってかなり経つじゃん?ここらでお互いの顔知っときたいなって思ってさ……実際会って話したいことたくさんあるし
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ハルイチ>そんな勝手に決めて
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タートル仙人>ハルイッちゃんはいやか?
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ハルイチ>いやじゃないけど……イーストさん、まりろんちゃんはどうします?
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(内緒モード まりろん>イースト菌)どうするいーちゃん、あんた対人恐怖症だろ?ハードル高いんじゃないか
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イースト菌>まえむきに けんとうします
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タートル仙人>えっ、くんの!?
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ハルイチ>自分から言い出しといて酷ッ!!まさしく背後から忍び寄って崖から突き落とす鬼畜の所業!!
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タートル仙人>ちがうちがう、だってまさか人見知りで対人恐怖症でひきこもりの菌ちゃんが色よい返事くれるとはおもわなくて、説得難航すんだろうなって踏んでたのにあっさりと……ホントに大丈夫か、オフ会初めてだろ?俺らに気を遣ってんならなしだぜ、むりしなくていいんだ、いやなら来なくても
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イースト菌>じぶんをかえたいんです
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イースト菌>うたれるのにくらべたら ぜんぜんこわくない
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ハルイチ>討たれ……撃たれる?
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タートル仙人>……本当にいいのか菌ちゃん。後悔しないか
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イースト菌>みんな ともだちだから   しょうじき怖いけど はちおうじひがしはほんとはこんなヤツだって 知ってもらいたい
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イースト菌>いまよりもすこしマシなじぶんになって はちおうじひがしとして おふかいでたい みんなとしゃべりたいです
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タートル仙人>いーちゃん……成長したなあ(しみじみ)あ、目から煮汁が
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ハルイチ>ヒモの影響は偉大だ……
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まりろん>調教済みってかんじ?
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ハルイチ>まりろんちゃんそれちがうから
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タートル仙人>じゃ、再来月の十五日で。その日ちょうど東京出張の予定入ってるから近場で会おうや、俺の友達がやってる居酒屋に予約いれとくから……あ、まりろんちゃん酒飲める?平成生まれだよね確か
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ハルイチ>待て待て先走らないで、まだまりろんちゃんがOKか聞いてませんて。まりろんちゃんはいいの、オフ会?男ばっかになっちゃうけど……オフで会うの抵抗あるならむりしてこないでもいいんだよ、やっぱ自分以外全員野郎ってのはハードル高いし
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まりろん>あー………うーん………
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まりろん>いってみよっかな
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イースト菌>え!!?
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タートル仙人>よし、全員出席!そうこなくっちゃ!まりろんちゃんならむさ苦しい野郎ばかりだろうが慈悲深い女神の心でOKしてくれるだろうって信じてさ!
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ハルイチ>テンション高いなあ、まりろんちゃん来るって聞いたとたん(笑)仙人さんの会社そんなに若くて可愛い女の子少ないんですか
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タートル仙人>若い子はそこそこいても可愛いがイコールするとは限らない世知辛い世の中だぜ……
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(内緒モード イースト菌>まりろん)いいんですか おふかい ばれますよ!?
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まりろん>でもね……きっとみんなが考えてるのと全然ちがうよ、まりろん。素顔知っても引かないでね?
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(内緒モード まりろん>イースト菌)潮時だ……いーちゃんが男を見せたってのに、俺がぐずってたんじゃまりろんの名が廃る
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(内緒モード まりろん>イースト菌)チャットで嘘吐き続けるのも心苦しかった頃合だ……ちょうどいい。張り込みのデカと舎弟巻いて、意地でも顔だすさ。流れ弾の一発二発くらうのは覚悟の上だ
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イースト菌>ぼうだんべすと そうびしてください
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ハルイチ>??ぼうだんべすと?
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タートル仙人>いきなり何言い出すんだいーちゃん、おれら狙撃するつもりか!?
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まりろん>もーっいーちゃんてば心配性なんだから!オフ会ジャマする悪い子はまりろんが指詰めてコンクリ詰めて東京湾に沈めちゃうからだいじょうぶだよっ
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(内緒モード イースト菌>まりろん)ないしょもーどしわすれました はずい おちたい
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タートル仙人>来月のオフ会たのしみだなあ!
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まりろん>仙人さんが受けか攻めかは実際会ってから決めることにするよ
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ハルイチ>そっちか!まさかそれが目的でオフ会参加決めたわけじゃあ……
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まりろん>ばれた?(〃´・ω・`)ゞえへへっ♪
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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010208121800 | 編集

 「だーれだっ」
 「うわ、ちょっとジャマしないでくださいよ、チャット画面が見れないでしょう!?」
 おもむろに目隠しされキーボードにのっけた手がすべる。
 だーれだもなにもこの部屋にはぼく以外に小金井しかいない。
 「~小学生ですかあんたはっ、ひとがパソコンしてるのジャマしないでザクと対話して大人しく待っててください!」
 「小学生だもーん」
 「こんな図体でかくて声低い小学生いません」
 目を覆う手のひらをべりっと引き剥がし猛然と振り向く。
 小金井はザクと膝詰め対話していた。
 「だって東ちゃん、せっかく退院したのにパソコンばっかでつまんねーんだもん。酷くね?二週間ぶりに四畳半復帰した居候ほっといてさあ」
 「う。……まあそれは悪いとおもってるけど、ちょっと待っててくださいって言ったじゃないですか」
 不満顔で詰られ言葉に詰まる。
 小金井の言い分も一理あるといえよう。
 「チャットと俺とどっちが大事?」
 「選べませんよ!」
 「……『俺』って即答しないんだ……ちょっと傷付いた」
 まずい、本格的に拗ね始めた。
 小金井が頬袋を膨らませ、しょんぼりとぼくの肩でのの字を書く。
 チャットにやきもちやくとか大人げないにもほどがある。
 待てができないなんて出戻りヒモ失格ですと説教してやろうかと思ったが、今日退院したてのヒモにきびしく当たるのも良心が咎める。
 ふてくされたヒモは放っておき、再びパソコンに向き直りたどたどしくキーを叩く。
 ……やっぱり打ちづらい。
 引き攣る火傷の痛みにいちいち顔をしかめつつ、右手をメインに左手を添え、一字ずつ文字を打ちこんでいく。
 「ねーねー東ちゃん」
 「うるさいな、あっちいっててください」
 「ねーってば」
 「ザクと遊んでてください。あ、くれぐれも壊さないように。腕むりに曲げたりしたら八代先まで祟ります、折ったら末代まで」
 「そういうのあり?ありなわけ?けが人だよ、今日復活したばっかだよ、もうちょっといたわってくれてもバチあたんねーよ」
 「やたら態度のでかい自称けが人は労わりたくありません」
 「つめてー」
 「毎日見舞いにいった上入院中退屈しないようアニソンメドレー入りアイポッドさしいれたのに……どっちが薄情ですか、電車賃往復で請求しますよ。だいたい大げさなんですよ、脂汗垂れ流して死にそうな顔色で呻くもんだから瀕死の重傷かとおもったら全治二週間って……詐欺ですよ、詐欺!!」
 拍子抜け。
 小金井のけがは実は大したことなかった、二週間でけろりと退院したことから推してしかるべしだ。今にも死にそうに青ざめた顔色と大量の脂汗、苦しげに乱れた息遣い、とどめは「最後に」「行かなくちゃ」と遺言ぽい台詞のオンパレード。
 瀕死の重傷と誤解しテンパらないほうがおかしい、さんざん振り回され死なないでと泣いてすがってばかみたいだ。
 「えー。だってあン時はマジ痛かったし、東ちゃんがうるうる目え潤ませるもんだからついのっちゃって」
 倉庫からの逃走劇、およびヤクザとの銃撃戦から二週間が経つ。
 控えめにいって激動の二週間だった。
 警察に呼ばれ色々事情を聞かれるし、親に連絡が行ってこってり絞られ、大家さんには「無事だったのね八王子くんマグロ漁船にのったまま帰って来ないと思った!」と窒息する勢いで抱きつかれた……どうも噂に尾ヒレがついて流布してるようだ。
 現実との関わりを避け暗い部屋にひきこもってたぼくが、世間の荒波に揉まれまくった二週間だった。
 銃撃戦の現場でララが警察にかけあい救急車を呼び、小金井は即病院に搬送された。
 一時は本当に危なかったのだ。
 小金井は激しい運動で貧血をおこしていたし、担架にのせられ運ばれていく小金井に付き添ったぼくもララも異常な雰囲気に飲み込まれ「小金井さんしっかりして!」「やだやだリュウが死ぬのいやだまだ赤ちゃん見せてないのに!」「作りかけのザク放置したまま死ぬなんて許しません、死の淵から這い上がって再びモデラーナイフをとってこそガンオタです!」「リュウ死んだら携帯の中身見るよ、歴代元カノに女性遍歴暴露して修羅場で刃傷沙汰だよ、それがいやなら生き返って!」と泣いて叫んで無茶言って、病院関係者の方々に多大な迷惑をおかけした。
 ……ごめんなさい、反省してます。
 病院の廊下は走っちゃいけない。
 「あん時は肝が冷えたよ……元カノのアドはちゃんと消しとくべきだよね」
 「聞いてたんですか?」
 「うっすらと。覚えてるよ、ララちゃんと東ちゃんが処置室まで付き添ってずっと手え握っててくれた」
 小金井が幸せそうにふにゃけた顔でぼくの腰に腕を回し、背中にぽふんと顔を埋める。
 ……熱い息がうなじにかかってくすぐったいし、身動きとりにくい。
 相変わらず漫画ラノベゲームが爆心地の如く乱雑に散らかり放題の部屋。
 ぼくと小金井以外だれもいないのに、棚に飾られたガンプラフィギュアの視線を気にしそわそわ挙動不審を呈す。
 「べたべたしないでください、暑苦しい……キー打てません……」
 「パソコンなんていつでもできるじゃん。構ってよ」
 ぼくの手に手を添えキーから払う。
 後ろ抱きの息の湿り気をうなじに感じるとともに、さわられた手がカッと火照る。
 小金井の肩を抉った弾丸は、さいわい重要な血管をそれていた。
 今もまだ服の下に包帯を巻いてるが、腕が元通り動くようになると聞いて本当に安心した。
 「血、ありがとう。まだちゃんとお礼言ってなかったから」
 「蚊ですか」
 「俺ん中に東ちゃんの血ながれてるんだね」
 「気持ち悪いこと言わないでください」
 ……改めて言われると妙な感じだ。
 大量の血を失い一時危険な状態におかれた小金井は輸血を必要とし、ぼくは血を提供した。
 どうでもいいが、テキトーな小金井がぼくとおなじA型というのは腑に落ちない。
 「針刺すの怖くなかった?注射、ブスッて」
 「……怖かったけど……その……」
 「うん?」
 小金井を失うほうが怖かったなんて素面で言えるか。
 何々とにんまりほくそえみ顔を近付けてくる小金井がうざったくて、そっぽを向く。
 幼稚園から予防注射のたびびびりまくり、生まれてこのかた二十二年献血とも無縁に生きてきたぼくにとって、自ら名乗り出ての輸血は大冒険だった。

 小金井の中にぼくの血が流れてる。
 少しでも彼を生かす力になれたら嬉しい。

 小金井がジーッとパソコン画面を覗き込んでいるのに気付き、冷や汗をかく。
 「見ないでください!!」 
 慌てて腰を浮かせ、ばたつく両手で画面を隠す。
 「えーいいじゃんよ、ケチ」
 「だめです絶対だめ、しっしっ」
 「んだよ、こないだは俺もチャットにこないかってのりのりだったくせに」
 「あの時はあの時、今は今です!!」
 チャットにはまりろんちゃんが在室している、まりろんちゃんの名前がばっちり表示されてる。
 発言数の少ないぼくをよそに紅一点アイドルを迎えたチャットの盛り上がりは最高潮に達し、今しもタートル仙人さんが熱烈「脱げ!脱げ!」コールを送っては、常識人のハルイチさんに「テンション高すぎますよ仙人さん、それセクハラですから」いましめられている。
 まりろんこと森は「えーそんなにまりろんの裸見たい?ふふ、まりろん脱ぐと凄いんだから。引くよ?」「え、なに、どうすごいの?巨乳的な意味で?」「傷だらけで(笑)リアルケンシロウだもーん」と応じる。
 ……ううむ、できるぞこやつ。
 幸か不幸かふたりとも性別詐称については気づいてない。
 まりろんちゃんの正体を知ってるのは唯一ぼくだけ。
 再来月のオフ会が色んな意味で心配だ。
 「………みんな元気そうだな」
 二週間ぶりに顔を出したチャットには全員そろっていた。
 タートル仙人さんもハルイチさんも仮釈放中の森……まりろんちゃんも。
 ちょっとした同窓会気分を味わい、自然と顔がにやけてしまう。
 他人に指摘されなくても、青白く不健康な光放つ液晶と向き合ってほくそえむ自分は気持ち悪いと思う。
 小金井はぼくの手の下から覗き込むようにして頭を低め、と思えば指の隙間から覗き見るように目を細め、書き込みを斜め読みしていく。
 「な、なんですかっ」
 後ろめたさに声が上擦る。
 まさか、まりろんちゃんの正体に気付いた?
 銃撃戦の現場でぼくは森を指して「まりろんちゃん」と大声で叫んでいる、あの時はどさくさ紛れで流れたし当事者以外は意味不明だろうと高を括っていたが、ばれたら非常に気まずい。
 小金井は何か言いたげにチャットとぼくの顔とを見比べる。
 ぼくの腹の下でゆるく組んだ手をぶらつかせ、背中にぴとりひっつく。
 「……ずるい。チャット馴染みにはちゃんづけのくせに、どうして俺はいつまでもさんづけなの?」
 「はあ?」
 脱力。
 「俺には敬語なのにチャットでは砕けてるし……一ヶ月以上一つ屋根の下で暮らしてんのに、さんづけに敬語って水臭い」
 「……チャットの面々とのほうが付き合い長いし、しかたないです……小金井さんとはまだ一ヶ月だし」
 「もう一ヶ月」
 なんだか罪悪感。
 小金井は不満顔。
 ひょっとして、これは……嫉妬?
 ぼくの手を少し強めに掴み、むりやりキーボードから引っぺがす。
 「!あ、ちょ、待、勝手に電源切らないで、ちゃんと手順踏んで終了させなきゃ壊れる!」
 鼻歌まじりに終了手続きをとる小金井に抗議の悲鳴を上げる。
 しかし小金井はためらわず、ぼくの脇から手を突っ込みカチャカチャマウスクリック、むりやり終了画面にもっていく。
 「もー退室の挨拶もしてないのに落ちちゃってチャットのみんなが気を悪くするじゃないですか非常識な!」
 「友達ならそんくらいで嫌いになったりしないよ」
 「じゃなくてネットマナーの問題、」
 続きは言わせてもらえない。
 退室の挨拶もできずチャットから弾かれ、腹を立てるぼくの裾に、するりと手がしのびこむ。
 「!!んっ、や」
 不意打ち。
 片手でマウスをクリックしつつ、もう片方の手を腰に回し、裾をさばいて脇腹にもぐりこませる。
 パソコンの明かりが落ち、電源が切れる。
 小金井が背中にはりつく。
 ささやかな衣擦れの音が耳につく。
 「……やめ……へんなとこさわんないでください、ふは、くすぐったい……」
 くすぐったいだけじゃないから、怖い。
 口からこぼれた笑い声に官能が含まれているのに気付き、羞恥に頬が熱くなる。
 弱々しく身をよじり小金井の手を払おうとする、だけど小金井はぴとり密着しはなれない、この男しぶとい、ぼくの腰に手をまわしもぞつかせる、裾をさばいてもぐりこんだ手が弱い脇腹を揉む。
 小金井が一際感じやすいうなじを控えめに吸う。
 「やさしくするから」

 『次はやさしくしてください』
 ぼくの言葉を、約束を、ちゃんと覚えていた。
 けがで意識が飛んでたのに。

 「……忘れていいことばっかおぼえてるんだから……」
 「東ちゃんが言い出したんだよ?わー積極的」
 「あれは……あの時は、特別……ひっ!」
 脇腹を繊細に愛撫され、色気のない声が口から迸る。
 過敏な反応に小金井がしてやったりと含み笑う。
 「効果抜群。もいちど東ちゃんを抱きたくて戻ってきた」
 「……抱くとか言わないでください、男に」
 「やらしいことしたくて」
 「……ますますだめだ……」
 次第に呼吸に抑制がきかなくなる。
 小金井の手が腰に回りゆるやかに上下する、性感帯を探り当てるように。
 服の上から愛撫されるだけでぞくぞくと快感が走り抜け息が上がり始める。
 小金井の手が上に移動していく。
 「―んっ……」
 「やらしい声」
 「やらしくないです」 
 「やらしいよ。腰に来る。すっげ興奮する」
 「こがねいさんのほうがやらしいです……ふぁ、あふ」
 この状態は、非常にまずい。
 危険な密着度。
 後ろから抱きすくめられ身動きとれない、電源を落とした液晶の暗い画面に自分の顔が映る、鼻梁にずりおちた眼鏡の奥で熱っぽく潤んだ目が揺れる。
 小金井がうなじに強弱つけキスをする。
 いやだ、だめだ、堪えろ、流されるな、流されるのはぼくの悪い癖だ。
 「んぅ……だってこがねいさん、退院したばっかなのに……傷ひらく……」
 「二週間お預けだったんだよ?ガマンできねえ」
 切羽詰った声が官能に火をつける。
 うなじをついばむ小金井の顔は見えない。
 他人にさわられる不快感とか恐怖とかそういうのは当然あったはずなのに、何故だろう、小金井にべたべたされるのは嫌じゃない。
 もうかなり前から気付いていた、自分の変化に。
 風呂場で後ろから犯された時は顔も見たくないとおもった、激烈な拒絶反応を示し追い払った、それが今は
 「こがねいさんっ、あの」
 「ん?」
 「……電気、消さしてください」
 快楽に押し流されそうになって踏みとどまり、これだけは譲れないと必死な声を絞る。
 抱擁の拘束がゆるむ。名残惜しげな小金井の腕から抜け出し立ち上がる。
 どうしよう心臓がばくばく言ってる、顔が熱い、全身が火照っている。
 ぼくから言い出したことだ、往生際が悪いぞ八王子東、変わりたいんじゃないのか、まずは約束を守るところからだ。
 深呼吸一回、電気の笠からたれた紐に手を伸ばし棚にずらり並ぶガンプラと目が合う。
 小金井に二回目に襲われた夜、夢中で舌を絡めあっていたさなか、キュアレモネードと目が合った事を思い出す。
 紐から手をはなし棚に向かい、こっちを向いたガンプラおよびフィギュアを、一体ずつ丁寧な手つきで後ろへ向かせていく。
 「まだー東ちゃん?」
 「文句いうなら手伝ってくださ……たんま、今のなし、手垢がついたら困る」
 「……さりげにひどくね?」
 畳を這って面倒くさげに手伝いにきた小金井を追い払えば、さすがに機嫌を悪くする。
 棚の真ん中、ひときわ目立つところに安置してあるのは、チンピラに壊されたあのザク。
 折れた腕と足は接着剤で継ぎ済みだが、覆面に穿たれた拭い去れぬ弾痕に胸が痛む。
 胸の内でごめんと謝りつつ、ザクをくるり後ろに向かせる。
 ガンプラやフィギュアを一体残らず反対側にひっくり返したのを指さし確認後、よしと頷く。
 「まだー?」
 「うるさいな今いきますって!」
 情緒もへったくれもないヒモについいらだち、ヒステリックに声を張り上げる。
 いい加減退屈しはじめた小金井がわざとらしくあくびなどするのが癪だ。
 感傷を台無しにされた腹立ちも手伝って大股に中央に取って返し、紐を引く。
 電気を消す。
 部屋が暗闇に包まれる。
 突然視界が暗くなり、それに応じ鼓動が跳ね上がる。
 漠然と不安を覚え、小幅でせこせこ歩き回り、虚空を手探りして小金井を求める。
 「!っあ、」
 その手をぐいと掴み、引かれる。
 熱く柔らかいものが顔面にあたる。
 小金井の胸に倒れこんだ、らしい。
 続く衝撃、背中を受け止めるせんべい布団のしけった感触。
 部屋の片隅にしきっぱなしの布団にふたり縺れ合って倒れこむ、というか押し倒されたんだ正確に言えば、急展開に思考停止、小金井の腕の中でしきりと身をよじってもがく、抜け出そうとあがく。
 覚悟を決めたはずだ。
 でも怖いすごく怖い、じゃあ全然決まってないじゃないか、ガンプラフィギュアはそろって回れ後ろで電気も消して準備万端あとはヤることヤるだけ、でもなんかいきなりだ、二週間ぶりだ、そりゃこの二週間毎日見舞いにいってたけど小金井が部屋に戻ってくるのは二週間ぶりで、二人おなじ布団に寝るのも二週間ぶりで、そりゃ嬉しいけど、でもなんだろうなんていうか
 「あの、こがねいさっ、いたっ、苦しい!」
 「ごめん、加減忘れた……痛っ!」
 「ほら言わんこっちゃない、傷開いたでしょ今!?」
 「ひらいてないひらいてない、畳におっこってたモデラーナイフが突き刺さっただけ。電気消す前に危険物チェックしといてよ東ちゃん」
 「もうやめましょうよ、別に今日じゃなくていいし、今日やる意味ないし、全快してからでも遅くないし、あ、ほら、ご近所迷惑ですここ壁薄いしお隣に筒抜けだしまかり間違って声聞かれでもしたら外歩けな……どさくさまぎれに服に手をかけないでください!」
 油断も隙もあったもんじゃない。
 手が早いというか手癖が悪いヒモが、勝手に服を脱がそうとするのに抗う。
 性急な衣擦れの音に混じる性急な息遣い、他人の手で服を脱がされる羞恥と屈辱にまた顔が熱くなる。
 嫌々と首を振り、非力なりに手を突っ張って小金井を押し戻す。
 「自分で脱げますから……子供じゃないんだし」
 「脱がしたいの」
 わがままだ。
 「手えあげて」
 「……………」
 「返事は?」
 「…………はい」
 諦めの息を吐き、言うなりに腕をあげる。
 降参、万歳のポーズ。
 相手はけが人だ、無思慮に暴れまくって傷が開きでもしたら一大事。
 我慢、我慢だ八王子東、今だけ耐えろ。
 子供みたいに腕をあげ脱がされるのを待つ。
 揉みあいに勝利した小金井がほくそえみ、ぼくの上着の裾を掴み、手馴れた動作で引き上げる。
 下腹が外気に晒される。
 ついで痩せた腹筋、薄く貧相な胸板、左右対称の鎖骨、脆弱な首筋と露出させていく。
 首のところでつっかかり、逆さになった上着が顔を覆う。
 首からすっぽ抜けた上着を放り捨て、今度は自分が脱いでいく。 
 暗闇で目が見えないせいで耳が過敏に研ぎ澄まされる。
 見えないからこそ想像が逞しくなる。
 服がぱさり畳に落ちる。
 上半身裸になった小金井が布団に膝をつき、ぼくの方へと手を伸ばし、反射的にびくりと硬直。
 ぎゅっと目を瞑る。
 強張る肩を手が包む。
 風呂場のフラッシュバック、あの時乱暴に掴んだ肩を今度は壊れ物でも扱うように優しく包む。
 「………キス………していい?」
 ごく小さく頷けば、それを待っていたように、暗闇の中顔が迫る。
 肩を掴む手から緊張が伝わる。
 顎をそらし、顔を上向け、待つ。
 熱く湿った息遣いが顔にかかり、心臓の鼓動が爆発寸前まで高鳴る。
 唇に熱く柔らかいものが触れる。
 小金井の唇。
 思わず身を引こうとするも肩を掴んで阻まれ、今度はもっと深く、強く吸われる。
 「!ん、」
 巻き起こる嫌悪感、それを圧してこみ上げる甘い疼き、くすぐったさ。
 思い出す一回目のキス、二回目のキス、これで何度目だ?
 風呂場ではキスされなかった裸のうなじや肩や背中に一方的にキスされた、これは合意だ、というかふたりとも意識ある状態で合意のキスは初めてじゃないか?
 前歯をぶつけないように慎重にキスをする、唇を味わう。
 怖い。
 本能的な恐怖と拒否感、粘膜をこねあう嫌悪感、他人と接触するのが怖い、怖くて怖くて気持ち悪い、だからこれまで徹底して接触を避けてきた、なるべく人と関わらないようにして生きてきた、だけど今小金井と唇を重ねている、これはぼくの意志だ、受身で流されてるわけじゃない、そう信じたいけど
 「……ん、ふあ、はっ、はあ……」
 上手く息が吸えない、苦しい。
 唇を重ねるだけじゃ足りず、舌を絡める。
 最初は試すように遠慮がちに、次第に大胆に濃厚に、たがいの唾液を飲み交わし口腔をむさぼる。声……なるべくだしたくない、聞かれる恐れがある、お隣さんにばれたら生きてけない、ただでさえエロゲの声聞かれて生き恥かき捨てなのに……
 横目で隣との境の壁をうかがう、壁沿いに視線をめぐらしガンプラや本棚、机の配置を無意識に確かめる。
 そうやって意識をそらしてないと熱に押し流されてしまいそうで怖い、口の中からどろどろに溶けてしまいそうで怖い
 「ふあ、あふ、んくっ、こがねいさ、も、や……めてくださ、いっ、息すえなっ……くるし……」
 キスが長く続き酸欠状態に陥る。
 塞がれた唇の隙間から息を吸う、前歯がせわしくかちあう。
 小金井はキスが上手い、対するぼくはへたくそだ、小金井がせっかくリードしてくれても上手く応じられない、無心になるあまり前歯をぶつけてしまう。
 唾液の糸引き唇がはなれる。
 口腔の粘膜をさんざんかき回し溶かされ、恍惚と目が潤む。
 頬の裏側、舌の裏側に性感帯があったなんて知らなかった。
 「……やーらしい声。ヤクザにも聞かせたの?」
 「聞かせたくて聞かせたんじゃな……いっ!」
 へそのくぼみをなめられ、未知の感覚に仰け反る。
 小金井は腹筋にそって犬のように舌を使う。
 唾液をこね回す音が淫猥に響く。
 布団の端を掴み、腹をなめまわされる気色悪さに耐える。
 「そこ、きたない……から、やめ……」
 「いいの?でかい声だすとお隣に聞こえるよ」
 声を堪えるぼくの表情を意地悪く笑みを含んだ目で観察しつつ腹をくだっていく。
 ジッパーが噛みあう音。
 「………ちょっとでっかくなってる」
 「言わないでください……」
 「……明るいとこで見たかったな。知ってる?東ちゃんのここ、キレイなピンク色なんだ。赤ちゃんみたい」
 「どうせ童貞です……妄想とエロゲだけが友達です……ち、小さいし……なんか、色々とアレだし」
 こないだ剥けたばかりだし。
 風呂場で股間に手を回され、無理矢理剥かれた屈辱的な記憶がぶりかえし、腹立ち紛れと照れ隠しで口走る。
 「こ、こがねいさんのも、さわらせてください」
 「え?」
 ……バカか、ぼくは。
 「だって、その、ずるいじゃないですか。フェアじゃないです、自分ばっか。風呂場でもそうです、自分ばっか勝手にいじくってたのしんで、その……今度はぼくの番だってことが言いたい」
 語尾がしゅるしゅるとしぼんでいく。
 自分でも何言ってるのかわからない、意味不明だ。

 小金井がぼくの手にふれる。
 びくりと竦む。

 「いいよ。さわってみ」
 秘密めかし囁き、ぼくの手を自分の股間へと導く。
 布越しに熱く脈打つ肉を感じ、ぼくのものとは明らかに違う形と存在感に手を引っ込める。
 「入んないです、こんなの……むり……」
 泣きたい。
 すでに半泣きだけど。
 「入るって。だいじょうぶ、一回入ったじゃん」
 「強引に突っ込んだんじゃないか、やだって言ったのに……」
 「ちゃんと慣らすから」
 「痛いのいやだ……です……」
 「なるべく痛くしないようがんばる」
 それでがんばるのはなにかちがう気がすごくする。
 駄々をこねるぼくの背中を、むずがる赤ん坊をあやすような手つきでさする。
 小金井の手が下着の内側に忍び込み、少しだけ勃ちあがった性器を包む。
 「……んッ……!」
 「……キスだけで感じたんだ?すっげー敏感」
 テクニックを勝ち誇って低く笑い、手に包んだそれをゆるゆると擦る。
 「口塞がれて……唾液にむせて、息吸えてなくて苦しかったくせに、カラダはちゃんと興奮してたんだ?俺の舌にめちゃくちゃにひっかきまわされて、ここ、こんなに固くして……」
 似たようなシチュ本で読んだぞ、言葉責めってヤツだ。
 その手にのるか。
 じらされ股間をしごかれ、こみ上げる甘い喘ぎを堪え、頬にさした赤みを悟られぬよう小金井の胸にことんと額をもたせる。
 「感じやすくした責任とってください……」 
 接触過敏症になったのは小金井のせいだ。
 小金井のせいで。
 小金井がやたらべたべたさわってくるから、手のひらも、背中も、腹も、カラダの全部が性感帯になってしまった。
 上着の胸を震える手で掴み、縋り、上擦る息を抑えて掠れた声で訴える。
 「!うあっ、」
 小金井の片手が背中に回り、背筋にそってなで上げれば、悪寒と紙一重の快感が走り抜ける。
 窮屈なジーパンを剥き、完全に下半身を外気に晒す。
 一糸まとわぬ下半身に小金井の凝視を感じ、恥辱で頭の働きが鈍る。
 「……東ちゃんの肌、すべすべ」
 「……もともと薄いんです……」
 「前も薄かったしね。ほとんど生えてない。……さわり心地がいい、髪と同じくらい」
 背中にあたる布団の感触。
 被さる人影の肩越しに仰ぐ天井の木目が、闇に慣れつつある目におぼろに像を結ぶ。
 眼鏡がずれたせいで視軸がぶれ、間近にあるはずの小金井の顔がよく見えない。
 押し殺した吐息の下から、小金井ががらにもなくためらいがちに聞く。
 「眼鏡はずしていい?」
 「いやだ……」
 「キスの邪魔」
 顔が迫り、鼻の先端が触れ合う。
 ぼくの表情をうかがいつつ眼鏡の弦に手をのばし捧げ持つ小金井に対し、左右に首振り拒む。
 「どうして。恥ずかしい?」
 素顔を暴かれるのは恥ずかしい、羞恥心の抵抗を感じる。
 眼鏡はぼくにとって視力矯正の道具であると同時に人を遠ざける防壁だ。
 でも、それ以上に。
 目を伏せがちにし、油断すれば眼鏡を奪おうとする手を拒み、頑固に首を振る。
 「だって、これがないと……こがねいさんの顔がよく見えない……」
 暗闇の中で眼鏡をはずせば迷子になった気がする。
 小金井が遠くなってしまう。
 突然、抱きつかれた。
 「あーもー畜生っ、可愛いなあ!!」
 「うあ、やめ、倒れる!?」
 やけっぱちのように叫びぼくの背中にぎゅっと腕を回し頬擦りする小金井、過激な愛情表現に心臓がばくばく言う。
 小金井ごと布団に倒れこむ、拍子に眼鏡がまたさがり視界がぼやける。
 小金井の手が背から腰へ、その下へと移り、ぼくの両足を抱えて割り開く。
 股間をさらけだす卑猥な体勢を強制されあまりの恥辱に涙さえ浮かぶ、小金井とまともに向き合えず唇を噛みそっぽを向く、両手で布団をひっかく。
 小金井が自分の指を一本ずつしゃぶり唾で湿し、十分潤ったその手を、ぼくの後ろ、窄まりへと潜らせる。
 「ひっ!」
 膝に絡まったジーパンと下着の中の窮屈な締め付けが抵抗を封じる。
 後ろにひやりとした感触、唾でぬらした手が窄まりの周囲でねっとり円を描く。
 排泄の用しか足してなかった器官に指が入りこむ。
 異物を挿入され括約筋が収縮、抵抗を示す。
 「あっ、や、うあ、気持ち悪……動かさないで……」
 内腿が引き攣り、ざらつく鳥肌が立つ。
 体内で異物が蠢く不快感と拒絶感に背中が突っ張り、ひくひく痙攣が襲う。
 ある程度覚悟していたが、生理的嫌悪がものすごい。
 本来出てく場所に物が入ってくる、何かが絶対間違ってるという本質的違和感を拭い去れない。 
 だけど小金井は容赦しない、指を抜く素振りも見せない。後ろの窄まりに挿入した指で粘膜をこね回し、中をひっかき、浅くピストンさせる。
 「うあっ、や、やめ、んんッく……」

 気持ち悪い。
 怖い。
 膨れ上がる生理的嫌悪と吐き気。
 だけどそれとは違う、熱い感覚がじんわり下腹部を中心に広がりだす。
 指が一本、二本と増える。
 律動的な抜き差しに合わせ、もっともっととねだるように、自然と腰が揺れだす。
 最初は気持ち悪いだけだったのが、緩急つけた抜き差しに煽られ、徐徐に違う感覚が芽生え始める。 

 声……まずい、聞かれる。
 こんなことなら大音量でテレビつけとくんだった。

 「ふむっ、ふぐ、ふむぅ」
 仕方なく片手で口を塞ぐ、それだけじゃ足りず手の甲を噛み声を殺す、指の抜きさしに合わせくぐもった喘ぎを漏らすぼくに小金井が少しあきれる。
 「そんな面白い声あげないで、素直に出せばいいじゃん」
 「声……アパート、聞かれたくない……ただでさえエロゲの声聞かれて恥ずかしい思いしてるのに、恥かくのいやだ……こんなことしてるって、ばれたら、追い出される、かもしれないし、あっ、あああっあ」
 しゃべるのと喘ぐの同時進行はむずかしい、同時にこなそうとすれば舌を噛む。
 小金井が生唾を飲む。
 自制心を総動員し、沸々とこみあげるものをやっと堪えているような真剣な顔つき。
 性急な手つきで自分の下着ごとズボンをおろし、勃起した下半身を晒す。
 ぼくのものとはまるで違う、大人の形をした性器に目を見張る。
 「やっぱむりですおっかない、入るわけないですあきらかにサイズあってないし!?」
 「いける。入る。腹筋から力抜いて……息吸ってー吐いてー」
 「すーはーすーはー……ぅげほ、がほっ!」
 小金井の教えに合わせ深呼吸を繰り返すもシンナー臭い空気を目一杯吸い込んで激しくむせる始末。
 「むりです……わかりやすくたとえるならぼくがただのザクで小金井さんシャア少佐専用赤ザクなみだし……あ、いや、言いすぎましたごめんなさい、ぼくは量産品どころかただの試作機……」
 「入れるよ」
 ひどい。聞いてくれない。
 「ぅあ、っひぐ、熱ッ、きつ……」
 引き裂かれるような激痛、溺れるような恐怖。
 多少はほぐれた窄まりをむりやり拡張し押し入ってきた熱い楔に中から焼かれ、無我夢中でしがみつく。
 子供を抱っこするようにぼくの背中に片手を回し、上下に往復させ、もう一方の手で腰を支えさらに奥へと楔を穿つ。
 「んっ、んんっ、あぐ、はふ………」 
 風呂場の時と違い、唾液でしめされ指でほぐされていたから少しはマシだったが、挿入に伴う激痛に消耗する。

 今度は強姦じゃない。
 ぼくから小金井を受け入れた。
 合意の上で行為に及んだ。
 なのにぼくばかり痛いなんて不公平だ。

 「……はふ……もうやだ……満足したら、ぬい、てください……約束守った……」
 「まだ全然……足りないよ」
 「こんな状態で動かたら死ぬ……も、限界……ゆるして……ごめんなさい、あやまるから……」
 腹が苦しい。
 小金井が一杯に詰まってる。
 一言しゃべるたび喉が詰まり、ひきつけをおこしたようにびくつく。  

 これがいいのか?
 わからない、ぜんぜん気持ちよくない、セックスなんて痛くて不潔なだけだ、できるものなら避けて通りたい。

 「痛いのは最初のうちだから、辛かったら違うこと考えて。好きなアニメのこととか、ザクとか、キュアレモネードとか」
 「こんな時にザクとキュアレモネードの名前持ち出さないくださいっ」
 「ごめん」
 小金井がしゅんとする。
 「泣かないで、東ちゃん」
 小金井が優しい手つきでくりかえし背中をさすりつつ言う。
 しゃくりあげつつうらみつらみを吐く。
 「………いじめてたのしいですか……」
 「いじめてるんじゃないよ。………あんま説得力ねーけど。俺も夢中で、ちょっと、余裕なくて」
 しばらく無言で小金井と抱き合う。
 荒く浅い息が二人分混じり合う。
 密着した裸の胸から、互いの鼓動が流れこむ錯覚に浸る。
 汗でしっとり汗ばんだ小金井の肌、上下する肩。
 右肩に巻いた包帯の白さが痛々しく際立ち、抵う気力が萎む。
 痛みが去るのを辛抱強く待ち、繋がりあって抱擁する。
 「……ずっと疑問だったけど……なんで敬語なの?」
 「………?どういうこと、ですか……」
 「だって俺、年下じゃん」
 は?
 おもわず顔を上げ、訝しげに凝視。
 自分の顔をゆびさし、小金井が悪戯っぽく笑う。
 白く健全な歯が闇に冴える。
 「東ちゃん二十二。俺、はたち」
 「うそ………」
 突然の告白に衝撃を受ける。
 熱と快楽に弛緩した頭で記憶を巻き戻す。
 小金井と初めて会ったときオタク狩りから助けてもらったあの時たしか小金井は免許証を勝手に見て
 「気付いてたんなら言ってくださいよ!!」 
 怒り爆発。
 「言ったら敬語やめた?」
 「う」
 一本とられる。
 同い年くらいだろうとあたりをつけていた、まさか二つも年下だとは思わなかった。衝撃の事実が発覚し、しばらく絶句。
 「こがねいさん大人っぽくて、ぼくよりずっとしっかりしてて、女の人に慣れてて、余裕あって……てっきり同い年か年上だろうっておもってたのに、はたち、はたち、一年前はお酒もたばこもだめだった……」
 「いや、十代の頃からやってたけどね、フツーに」
 不良だ。
 「年下なんだから気ィ遣わなくていいよ。タメ口で。さんもいらない。ずっと言おう言おうって思ってたんだけど、なんかさ……ひとにさん付けされるの、上の名前で呼ばれることなくて、シンセンで……言いそびれた」
 まんざらでもなさげな顔でしれっと言ってのける。
 おそらく、これまで小金井が付き合ってきた彼女たちは、リュウと呼び捨てにしてきたのだろう。
 さん付けされる経験はおろか、敬語を使われる経験もなかった小金井にしてみれば、年上に「小金井さん」と呼ばれる状況はさぞ面白かったにちがいない。
 「東ちゃんにさん付けされんのも嫌いじゃないけど……そろそろ敬語やめてほしいな、なんつって」
 小金井がぎゅっとぼくを抱く。背中に回された腕に力がこもる。
 「いきなり言われても困ります……ずっとさん付けだったし、いまさら変えられない……」
 「リュウってよんでみて?」
 「…………」
 試しに呼んでみようと薄く唇を開くも、どうしても続かない。
 そもそも同級生にも敬語を使っていたのだ、簡単に体質は変わらない。
 呼び捨てに挑戦しようとして断念、諦めて口を閉ざす。
 歯痒げに顔が歪む。
 小金井は同じ姿勢で辛抱強く待つ。
 けっして急かさず焦らせず、唇の開閉を繰り返すぼくを優しい目で見守り続ける。
 胸の内に愛しさがこみ上げる。
 小金井の目が、表情が、包容力のにじむ笑みが、その愛しさをかきたてる。

 『俺、駅に捨てられてたの。ホントの名前わかんないから、保護された市の名前もらった』
 自分の本当の名前も知らないと語る寂寥の笑みが、瞼の裏にちらつく。

 喘ぐように息を吸い、吐き、頬に血を上らせ、かき消えそうな声で呟く。
 「リュウさん………」
 小金井が、笑う。
 最高のご褒美をもらったとでもいうふうに無邪気に微笑んで、じゃれるようにぼくを抱きしめ、ますます深く突き入れてくる。
 「あう、やっ、ふくっ……」
 「愛してる、東」
 密着の度合いが増せば比例して挿入も深くなる。
 耳元で吐息にまじえ囁かれ、それだけで達してしまいそうになる。
 小金井が、動く。ぼくの様子を見て慎重に腰を使う、深く穿たれたものが粘膜を巻き込んで動く、ぐちゃぐちゃぬれた音たて律動的に抜き差しされる、腰を中心に甘ったるい快感が広がりゆく、背骨が蕩けていくようなかんじ、体中で小金井を求める、むさぼる、ほしいほしいとねだる。
 「こがねいさ、あっ、や、やめっ、強、も、ぬいて、へんになる!」
 「しゃべると舌噛むよ」
 「怖い、あ、そこ、や、だめっ、うあ、ひ……ちょっ、まって、眼鏡なおす、なおすまで待ってください、おねがい……」 
 「壊れるのいやならはずしてくださいってお願いして」
 「顔見えない、暗い、こわいです」
 「見なくていいから、感じて」
 小金井が腰の動きを鈍らせ、改めてぼくを上からのぞきこむ。
 ちょっと動くだけで粘膜がこねられ激烈な快感を生む、理性が押し流される恐怖に喘ぐ。

 どうなってしまうんだろう。
 気持ちよすぎて怖い。最初は気持ち悪かった、痛かった、怖かった、今は自分が怖い、だんだん歯止めがきかなくなってきた、声を抑えられなくなってきた。
 小金井はセックス慣れしてる、それはテクニックからおのずと察しがつく、しかしぼくに触れる手つき指づかいは誠実さを感じさせる、いとおしくていとおしくてたまらないという切羽詰った感情が痛いほど伝わってくる。

 怖い、
 「こがねいさん、」
 なんでぼくなんかを、こんなに
 他のだれでもなく、八王子東を?

 怖い、好きだ、怖い、好きだから怖い、見捨てられるのが見放されるのが見限られるのが途方もなく怖くて不安でたまらない、いつかきてしまう別れが怖い、繋がったそばから引き離されるのを恐れるぼくはどうしようもない腰抜けだ。
 小金井の肩の後ろに手を回す、こっちへと抱き寄せる、裸の胸に顔を埋める
 「き、気持ち悪くないですか?」
 くぐもった声で、呟く。
 「どうしたの、いきなり」
 小金井の戸惑う声。
 ほら、やっぱり不審がられた。
 しなやかに筋肉ついた裸の胸に顔をすりつけ、鼻水を啜りつつ言う。
 「気持ち悪くないですか……髪とか、べとべとしてないですか。汗、変な匂いしないですか。裸、がっかりしませんでしたか。下も、こんな……子供みたいで。痩せてて、なまっちろくて、みっともなくて。女の人みたく柔らかくないし、抱いても気持ちよくないし、声も……色気ないし。やっぱり、ぜ、ぜんぜんだめで、セックスとかわかんなくて、動き合わせるタイミングとかさっきからずれまくりで、なんか、ひとりだけよくなってる気がすごくする……」
 「そんなことない。気持ちいいよ」
 小金井がぼくの手をとり、ひたりと自分の頬にあてがう。
 小金井の顔がまともに見れない。眼鏡がずれたせいと、目にたまりゆく涙のせい。
 「いい加減、いやになりませんか。うんざりしませんか。自信なくて、おどおどうじうじして、後ろ向きで……別に可愛くもないし……男に可愛いってのもへんだけど……せっ、セックスもへたくそだし、痛い痛いって泣き喚いてばっかでうるさいし、興ざめだし、ぜんぜん」
 自分を卑下し否定し卑屈になる。コンプレックスの塊、それが八王子東の正体。
 自分に自信がもてない。一緒にいる人をぜんぜん楽しませられない、ばかりか不愉快にさせる、いらつかせる、退屈させてしまう。

 よかれと思ったことはすべて裏目に出る。

 今だってそうだ、小金井だって本当はうんざりしてる、さっきからずっと痛がって喚いてばかりでちっとも色っぽくない、どうしたって小金井がこれまで付き合ってきた恋人たちと比べてしまう、自分はどうなのだろうと鬱々悩み悶々考えてしまい行為に集中できない。
 おたく、ひきこもり、ニート、うざい、死ね。
 これまでぶつけられてきた暴言が脳裏をめぐり、八年前、ぼくを教室から追い出したいじめっ子の顔が瞼の裏に浮かぶ。

 「横にいるだけでうんざりする……外に出るだけで、すれちがうひとに迷惑かけてる……はたちすぎて……っ、もう二十二なのに、大学もいかず、就職もせず、一日中部屋にこもりっきりで……ネットやって、漫画読んで、ガンプラ作って、フィギュア愛でて、エロゲふけって……きもちわるい、うざい、恥ずかしい、みっともない……こんなヤツに、どうして優しくしてくれるんですか」

 一体どうして、
 「どこが好きなんですか?」
 小金井の優しさに報えない自分が悔しい。オタクとヒモじゃ釣り合わない。ルックスも、中身も、なにもかもひけをとる。

 一緒にいるだけで好きな人に恥をかかせてしまう。
 好きになってもらうのが申し訳ない。

 「……だからだよ」
 額にはりつくばらけた前髪をやさしく梳く。目のふちに唇をつけ、涙を啜る。
 ぼくの涙を飲み干し、小金井は儚く微笑む。
 そして話し始める。
 だれにも明かしたことない胸の内を、胸の内に降り積もった真実を、たがいの息遣いとささやかな衣擦れの音だけが響く暗闇で淡々と物語る。
 「俺……後悔ばっかの人生のくせに、自分だまして、そのこと気付かないようにしてた卑怯者なの。今が楽しけりゃそれでいーやって、反省を次に生かさず、ラクなほうへ流されまくって……そのテキトーさがたくさんのひとを不幸にした」
 感傷に湿った告白が胸に響く。 
 伏せた目に宿る寂寥の光、後悔に歪む顔。
 ぼくよりはるかに苦労しただろう二十年の人生を回想し、見送れなかった人へ、救えなかった人への後悔の念を強くし、呟く。
 「だからかな、三歩歩くたびに立ち止まって後ろ振り返る東ちゃんが新鮮だった。……正直、すげえって思った」
 「うそだ……ぜんぜんすごくなんか……」
 再び目に涙を浮かべ抗うぼくを腕の中にぎゅっと抱きこみ、胸の内に凝った苦悩を押し出すように、深く息を吐く。
 「車ん中で言ったこと覚えてる?後ろを振り返るから前に進めるんだって……後悔してもいいって……あれで俺、救われたんだ」
 「ぼくは……ふぁ、あっああっ」
 小金井が音たて首筋を吸う。
 唇が鎖骨に移り、起伏を辿り、尖りきった胸の突起を甘噛みする。
 「小金井が八王子に、ヒモがオタクに恋したっていいじゃん」
 「あう、あっ、やめ、そこ、弱……」
 「それに東ちゃん、自分じゃ気付いてないかもだけどすっげー可愛い」
 「うそ、だ、かわいいはずない、だれからも言われたことない、だます気だ」
 「可愛い。ほんとだって、信じて、俺の目見て。最初は前髪のばしてたから気付かなかったけど、目とかうるうるしてるし、生まれたての小鹿っぽいし、肌とかすげー白くてすべすべだし、真っ黒の髪キレイだし……優しい顔してる。バンビーナ?」
 「ばんびーなとかそれ女の子に言うコトバだし男だったらバンビーニ、褒めてるつもりでもうれしくない、です……うあ、あああああっ、あっ、ひあ、やうっ!」
 腰の動きを再開、ぼくの両腕を掴み強引に開かせ激しく突き入れてくる。
 深く繋がった場所から快感が渦巻き巻き起こる、腰の奥でマグマが沸騰しどろどろに溶け出すような感じ、声を抑えられない、汗みずくで叫ぶ、喘ぐ、腰を揺する。 
 部屋がぐるぐる回る、見慣れた部屋なのに違う部屋みたいだ、小金井が腰を突き入れる、繋がった部位からこぼれる卑猥な水音、粘膜をぐちゃぐちゃにこねまわされ濃厚な快感が腰全体を蕩かす、怖い、自分が自分じゃなくなる、理性が蒸発自我が霧散、気持ちよすぎて何がなんだかわからなくなる、溺れそうだ、たすけて、だれか、小金井、無我夢中でしがみつく

 「はっ……すげ、中熱ッ……」
 「うあ、やめ、怖い、ヘン、になる、体、ぞくぞくして、腰、かってに……こがねいさん、おねがい、めがね」

 出会ってから一ヶ月間の出来事が瞼の裏をあざやかによぎる、記憶に伴う感情が蘇り荒れ狂う、小金井と繋がる、ひとつになる、繋がった場所からどろどろに溶け合って境があやふやになっていく、怖い、たすけて、嗚咽に濁った喘ぎ声、淫蕩な熱に潤んだ目、上気した肌、小金井が辛そうに顔をしかめる、絶頂が近いんだ

 『八王子東っていうんだ?ヘンな名前』
 小金井
 『何これ、ガンプラっていうんだ?』
 ヘンな男
 『もー経験値あげ飽きた』
 ずうずうしいヒモ
 ひとの免許証とりあげ無断で覗き見て八王子のアパートに押しかけ強引に居座った、ぼくの生活にずかずか土足で踏み込んで日常ぶち壊した、徹底して人との関わり世間との接触を避けてきたぼくの日常は小金井によって完全にひっくりかえされた
 『俺は東ちゃんの友達です』
 初めて友達ができた
 『ザク作らせたら世界一だ』
 初めて世界一になれた
 『ブランコおもいっきりこぐの気持ちいいっしょ』
 そう言って笑う顔に魅了された
 『気持ち悪いなんて思ってない』
 『俺は東に生きててほしい』
 その言葉に救われた
 『世界中のくだらない百人が死ねって言っても目の前のたった一人が生きろって言ったら生きるっしょ』

 「眼鏡、とってください」

 目の前のたった一人を、信じる。
 小金井が腰を使いながら眼鏡をはずす、眼鏡が枕元におちる、遮る物がなくなり正面から唇を重ねあう、キスをする。
 睫毛にひっかかった涙がこめかみを伝う、口の端から溢れた唾液が一筋顎を伝う、前歯をぶつけあう激しいキス。
 小金井が唇を放す、その隙に酸素をむさぼる、逆流した唾液にむせかけながら首の後ろに回した手を強める、小金井のぬくもりを求める。
 「ふあっ、あああああああっあああああ!!」
 銃撃にさらされ死ぬほど怖いおもいをした、死にかけた、だけど今こうしてここにいる、小金井に抱かれている、小金井を感じている
 
 ずっと一緒にいたい
 離れたくない

 「東ちゃんと出会えてよかった。ホントだよ」
 曇りゆく視界に小金井が映る、いとおしげにぼくに触れる、キスをおとす。

 大好きだって気持ちを伝えたい、
 
 「すき、です、っあ、すきで、いさせてください」
 
 兄さんに、みんなに、胸を張って誇れる八王子東になるから
 頑張るから、努力するから、もうすぐ部屋から出れるようになるから、自分の意志でドアを開けるから、自分の足で好きなところへ歩いていくから

 あなたと同じくらい、自分を好きになる努力をする。
 それはすごくむずかしいけれど、あなたが好きといってくれたから、ほんの少しだけ自分を好きになれた。 

 小金井の顔が最後に泣き笑いに似て歪む、悲哀と愛しさの綯い交ぜとなった表情、その顔が遠ざかっていく、反射的に虚空に手をさしのべ追いかける
 体内に熱が爆ぜる。
 ぼくの中に精を放った小金井がどんどん遠ざかっていく、小金井が達すると同時にぼくもまた絶頂に達する、脊髄ごと引き抜かれるような虚脱感が体を支配し眠りの世界へとひきずりこまれていく。
 仰向けに倒れこむ視界が最後に捉えた光景、暗闇に浮かび上がる優しい笑顔、虚空にさしのべた指先を掴み耳元で囁く

 「さようなら、東ちゃん」
 別れの言葉

 行かないで
 抗うも抗いきれない、体力が底を尽く、体が眠りを欲してる、口が動かない、舌が回らない、芯から溶けて眠りの羊膜に包み込まれる。
  
 翌朝目覚めると小金井は消えていた。
 書置きひとつ残さずに。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010207160421 | 編集

 「ありがとうございましたー、またおこしください!」
 自動ドアがスライドする。
 背中を向けて出ていく客を丁寧なお辞儀で送りだす。
 「ちょっとまだー?急いでるんだから早くしてよ」
 「はっ、はい、申し訳ありません!」
 語尾を上がり調子に伸ばしたギャルのブーイングに姿勢を正し、あたふた商品をスキャンする。
 小金井の失踪後、コンビニでバイトを始めた。
 シフトは午前十時から午後二時まで、月水金の週三日。
 朝や昼は弁当を買いに来る人の応対に駆り出され忙しい。
 まだまだわからないことだらけ、足手まといの域をぬけきらないがなんとか逃げ出さず頑張っている。
 今では小金井がいた期間のことを夢のように思う。
 思い返せば激動の一ヶ月とちょっとだった。
 秋葉原でオタク狩りに絡まれたところを偶然助けられ免許証を取り上げられ八王子のアパートにまで押しかけてきたヒモ、しめしめ寝込みを襲って居候許可の口約束を取り付けた食えない男、小金井リュウ。
 土足でずかずか日常に踏み込んできたヒモに振り回され、じっくり腰を据えゲームもできずネットにも身が入らぬ悩み多き一ヶ月も、過ぎてしまえば懐かしく楽しい事ばかり思い出す。
 「ただいまお釣りお渡ししますので少々お待ちください」
 慣れない手つきで品物を袋に詰めつつ、小金井がいなくなってからのそれなりに波乱の日々を回想する。
 二週間の入院を経て、現実復帰した小金井と結ばれた……この表現は恥ずかしい、訂正しよう。小金井と肌を重ねた……待て、これもどうかと思う、じゃあどう言えばいい、ぼくの語彙じゃ無難な表現が思いつかない。
 漫画やラノベ以外の本も一般教養として読んどくべきだったといまさら後悔しても遅い。とにもかくにも、退院した小金井と同じ布団で寝た夜が明けてみれば、ヒモは忽然といなくなっていた。

 朝目覚め呆然とした。
 開いた口がふさがらないとはまさしくあの状態だ。

 前日の夜、気を失うも同然に眠りにおちて日が高くなってから目を覚ましてみれば、小金井は布団の皺だけ残し薄情にも消え去っていた。
 姿の見えない小金井を追い求めさてはトイレかとドアを開け覗いてみたがはずれ、押入れの襖を開け呼びかけるも応答なし、机の下はスペースの関係で隠れられない、さすがに張り替えたばかりの畳を剥がすのはためらわれた……そもそも死体じゃあるまいし、常識で考えるならそんなところに生身の人間は隠れたりしないのだが小金井ならばやりかねない。
 小金井が部屋から消えた。
 漫画アニメゲームが乱雑に散らかり、ゲーム機のコードが植物の如くのたくる部屋にひとり取り残されたぼくは、窓からさす日差しを浴びて、しばらく放心していた。
 辛抱強く帰りを待った。
 五分、十分、三十分。
 一時間、二時間、三時間、半日。
 ちょっとそこまで、コンビニに煙草でも買いにいったんじゃないのか?
 書置きひとつ残ってないのは、すぐ帰ってくるつもりだからじゃないか?
 根拠のない可能性、希望的推測に縋る。
 ぼくは小金井を待った。
 からっぽの部屋、ひとりぼっちで、一日中待ち続けた。
 秒針が時を刻む音だけが静かな部屋にこだましていた。
 いつのまにか夜になった。
 玄関に小金井の靴は見当たらない。
 小金井の服も携帯も部屋からさっぱり消えていた。

 小金井は完全に出ていった。
 もう帰ってこない。

 すぐには現実を受け入れられなかった。
 小金井が去った事実を認めたくなかった。
 昨日はあんなに幸せだったのに、小金井に抱かれ幸せ一杯だったのに、一日たてば全ては夢のように希薄だった。
 小金井のぬくもりが去った部屋はひどく広く空疎で、何をする気もおきなかった。
 食事をとるのはおろか、トイレに立つのもパソコンの電源をつけるのも億劫だった。
 二・三日、抜け殻のような無気力状態が続いた。
 人間、本当にどん底だと涙も出ないんだと初めて知った。
 泣く元気を回復したのは四日目からだ。
 まる一週間、べそをかいてすごした。
 ゲームをやっててもネットをしてても勝手に涙が出てくるのには参った、麻痺した心の代わりに締め忘れた蛇口さながら涙腺がしょぼしょぼ水を垂れ流すのだ。
 フィギュアを塗ってる最中に涙が出てきた時は辟易した、何度も眼鏡をはずし目を拭かなきゃいけなかった。漫画のページに涙が落ちて印刷が滲んだ時は本気で小金井を恨んだ。
 コントローラーを叩きつつ、パソコンキーを叩きつつ、泣いて泣いて泣き腫らしてついに吹っ切った。

 キスのつたなさにあきれて?
 セックスのへたさに嫌気がさして?

 出てった理由はわからない、知るもんか、考えたってわからない、考えるだけむだだ。
 きっと小金井には小金井の理由が、小金井の人生があるのだろう。
 悶々悩んで鬱々考え、前向きに生きることに決めた。
 傍迷惑なヒモと手を切れたのだからむしろ喜ぶべきだ、発想の転換次第で人はいくらでも幸せになれる。
 小金井の失踪から一週間後、フロムAに出てたコンビニに面接予約の電話をかけた。

 小金井が消えても、小金井が教えてくれたことは覚えている。
 小金井がくれたものは、心の中でちゃんと生きている。

 面接はところどころ記憶がとぶほど緊張したけど、よっぽど人手不足だったらしく、即採用が決まった。
 赤面症でどもりで挙動不審、緊張が頂点に達すると無意識に貧乏揺すりする癖がある二十二歳を、面接に当たったコンビニ店長は「……まあ、きみならレジのお金盗んだりしないだろうしね」と遠い目でぬるーく評価してくれた。
 トラウマでもあるんだろうか。
 履歴書の趣味特技欄は「読書、ネット、工作」、志望動機欄は「社会勉強のため」と書いてごまかした……嘘は言ってない。
 はたち過ぎの男が「社会勉強」と言い張るのもちょっと恥ずかしいけど、まずここから始めよう。
 今朝アパートを出る時、ゴミ出しにいく大家さんとすれ違った。
 「こ、こんにちは」「あら八王子くん、バイト?」「はい、そこのコンビニで……始めたばっかりなんだけど、」「続くといいわね。朝っぱらから部屋にこもってゲームばっかじゃ体に悪いし親御さんも心配するもんねえ」と、立ち話をした。
 二ヶ月前からすれば大きな進歩だ、小金井と出会う前なら頭を低め目を伏せてそそくさやりすごしていた。
 ひとの目をまっすぐ見るのは怖いけど、とりあえず逃げずに話せるようになった。
 どもってもいい、噛んでもいい、落ち着いてゆっくりしゃべろ。
 暑くもないのに一人汗かき、噛みまくりで受け答えするぼくを、大家さんはどこかほほえましげに見詰めていた。
 口うるさくて怖い人という印象が先行してたけど、聞き取りづらい店子の話にいちいち相槌打ってくれる大家さんはいい人だ。今のぼくには、わかる。
 「リュウくんからまだ連絡ないの?」
 「ええ……はい」
 「携帯にかけてみたら?番号登録してあるんでしょう」
 「……ケータイかえたのかもしれません。試してはみたんだけど」
 曖昧に口ごもるぼくにずいと詰め寄り、頬に手をあて嘆く。
 「どこ行っちゃったのかしらねえ。リュウくんいないとうるさくなくて物足りないわ」
 小金井の行方を案じる口調は、餌をもらいに通っていた野良猫の身を案じる程度には深刻だった。大家としては問題発言だろう。
 小金井を行方を尋ねられてもぼくは何も言えない。
 ぼくだって何もせず手をこまねいてたわけじゃない、一応行方をさがしてはいるのだ。
 かといって、成人済みの居候が突然消えたからと警察に捜索届けを出すわけにもいかない。
 小金井は自分の意志で出ていった。
 またヤクザ絡みのトラブルに巻き込まれたのか、ぼくに心配かけまいと姿を消したのかとやきもきしたが、現状では無事を祈るしかない。
 小金井がいなくなってから、ぼくは煮え切らない日々を送っている。
 自動ドアが開き新たな客が入ってくる。
 レジに人が並ぶ。
 せわしく手を働かせながら、つらつら違うことを考える。
 小金井が消えてからも色んなことがあった。話したいことがやまほどある。
 でも話せない、連絡がとれない、携帯も繋がらない。
 小金井は自分の意志でぼくとの連絡を絶っている、そうとしか考えられない。

 やっぱり嫌われたのだろうか。
 へたくそだから、幻滅したんだろうか。

 小金井を十分喜ばせられなかった自分が歯がゆい、情けない、恥ずかしい。
 小金井は笑ってフォローしてくれたけど、やっぱりぼくはへたくそで、自分ひとりで気持ちよくなってたのが本当のところだ。
 バイト先へくる途中、ゴミ捨て場で隣の奥さんと出会った。
 エロゲの音声だだ漏れ事件以降、顔を合わすのを避けてきたのだが、人には言えないぼくの趣味が暴露されてからも彼女は態度を変えなかった。
 遠目に姿を確認するなり回れ右逃げようとしたぼくを呼びとめ、普通に話しかけてきたものだから、逆にこっちが困惑した。
 「ああ、あれね、あの事?いーのいーのぜんぜん気にしなくて、お互い様だし」
 お互い様。
 その言葉が含むのは自分も新婚でエロゲなんかよりもっと露骨で過激な夜の「あの声」で迷惑かけてるんだから、ということで
 「あの、でも、気持ち悪くないですか。隣に住んでるいい年した男がエッチなゲームにふけって、隣の部屋から昼っぱらから大音量であんな声ながれてきた日には、正直通報されてもしかたないと……」
 「だいじょぶよ、わたしそういうの偏見ないから。普通の人がエロ本買うのと同じ感覚でしょ?むしろと安心しちゃった、東くんもエッチなこと興味あるんだーって。だって考えてみてよ、隣に若い子住んでるのにAVの音声漏れ聞こえてこないほうがためこんでるんじゃないか配になるわよ」
 「そういうもんですか?」
 「そういうもんよ。エッチな本やゲームに興味津々なのは健康な男の子の証拠だもん……あ、でも今度からは音さげてね?私は気にしないけど小さいお子さんいる主婦とか眉ひそめる人もいるだろうし」
 バイトに出かけるぼくに手を振りながら、「東くんてへタレ受けよね」と最後に呟いたのは気のせいだと思いたい。
 自分を棚に上げて言うのもアレだが、身近に腐女子はひとりで十分だ。
 ……あれを腐女子に分類していいのか判断つきかねるけど。
 「ありがとうございました、またおこしください」
 働き始めて半月、マニュアル対応も板についてきた。
 自動ドアを出ていく客にお辞儀をする。
 接客スマイルはまだまだ固さがとれないけど、品物を袋に入れる手付きは様になってきた。
 最初のころはおつりを渡し間違えたり挨拶を噛んだり失敗の連続で恥をかいたが、続けるうちに少しずつ人に慣れてきたと思う。
 正直、まだ実感が湧かない。
 八年間ひきこもりだったぼくが、コンビニのレジに立ち、見よう見まねで接客をしている。
 少し前までは考えられなかった。
 認めるのは癪だが、小金井の影響だろう。
 「八王子くんなにぼーっとしてるの、次のお客さんきてるよ!」
 「は、はいっ、すいません!次の方どうぞ」
 反対側のレジを使うオーナーの注意に姿勢をただす。
 前の客と入れ替わりに出た男が、レジに投げ出すように品物を置く。
 無造作で感じの悪い置き方にむっとする。
 ……親に養われてる身が偉そうに言うのもアレだけどお金を払ってないうちはお店のもの、粗末に扱うのは感心しない。
 不快感を顔には出さず、商品をひとつずつ手に持ち、バーコードをスキャンしていく。 
 ピッ、ピッ、と軽快な電子音が鳴る。
 バーコードを読み取る作業中、どんくさいぼくに痺れを切らし客が横柄な声を出す。
 「ちょっとー、俺これから約束あって急いでんだけど早くしてくんね?」
 「申し訳ありませ……ん?」
 聞き覚えある声。
 相手も同様の事を思ったか、目を眇めるようにしてこっちを睨む。
 ……いやな予感。
 「東?」
 デジャビュ再び、目の前に黒田がいた。
 「あ」
 レジを挟み、中学中退以来二度目の邂逅を果たす。
 読み取り機をもったまま呆然と口を開けるぼくに対し、黒田は店員が知人とみるや途端にずうずうしくレジに肘を付き、笑顔で話しかけてくる。
 「なんだよ、お前ここでバイトしてんの?駅の近くで便利だからたまに使うんだよ、でも品揃え悪ィよなこの店、大学の近くのほうが缶コーヒー種類そろってるしよー。ははっ、その制服似合わねー中学生のコスプレみてー。サイズでかすぎじゃね?」
 黒田は相変わらずマイペース、ありていに言えば空気を読まない。
 昼が近付き混み始めたというのにレジの前に陣取りどかず、親しげにしゃべりかけてくる。
 「あの、お客さん並んでるんであとにしてくれませんか?」
 「んだよ、冷てーなーあ。中学のころはあんなに仲良かったのに。あ、俺らが一方的に遊んでやったんだっけ?」
 こんなところで黒田と会うなんて誤算だ。
 もう二度と会いたくなかったのに。
 レジ台をへだて黒田と向き合ううちに嫌な汗が滲み出し、心臓の動悸が速くなる。
 例のフラッシュバックが巻き起こり、中学時代のいじめの悪夢が脳裏に荒れ狂う。
 落ち着け八王子東、平常心を保て、今はバイト中、他のお客さんやオーナーに怪しまれたくない。
 一秒でも早く黒田を追い払いたい、店から出てってほしい。
 あせればあせるほど手がもたつき、袋詰めに必要以上に時間がかかる。
 黒田はひとり試行錯誤するぼくを、意地悪そうな笑みを含んだ目で眺めている。
 「そういやさ、こないだ電車で……あいつなんなの、すっげー感じ悪ィ」
 あいつ。小金井。
 電車の中で追い払われたことをまだ根に持ってるのか。
 「ダチとか言ってたけど全然タイプちげーじゃん。あ、わかった、パシらされてんだろ?財布扱いされてんだろ、お前。そうだよ、そうに決まってる。中学ん頃からいじめられっ子体質変わってないんだな、東ちゃんは。安心した」

 東ちゃんと、
 そう呼んだ。
 小金井とおなじ呼び方で、小金井とぜんぜん違う不快にねばつく声で
 缶コーヒーを袋に入れようとした手がとまる。
 ぼくの表情の変化に気付かず黒田がぼやく。

 「疫病神に絡まれてからケチのつきどおしでさー……杏里と別れたんだよ」
 「え?」
 杏里。
 たしか須藤さんの下の名前だ。
 須藤さんと黒田が別れた。
 なんで?
 電車の中じゃ乗客の迷惑もお構いなしに、下品な大声でのろけてたくせに……
 困惑するぼくの方へ身を乗り出し、顔をくっつけるようにして黒田が囁く。
 「電車でお前と会った事、杏里に話したんだよ。だってさー、すっげえ偶然じゃん?中学辞めた元同級生と電車で再会なんてさ。相変わらずネクラで暗くてオタクっぽかった、眼鏡もだせえ、服のセンスはちょっとマシになってたけど根っこはあいかわらずうじうじオーラ炸裂でうざかったって……中学のクラスメイトと合コンやる時呼ぶか、また女装させたらウケるぞって笑いながら話したらいきなりビンタ」
 「……それで、別れたんですか」
 「あったりまえだよ。付き合ってらんねーよあんな凶暴女、意味わかんねー」
 自分の声が低く、物騒になっていくのを感じる。
 須藤さんが、ぼくのために怒ってくれた。
 ぼくのために、黒田と別れた。
 胸が熱くなる。
 八年前、体育用具倉庫に誘い出され暴行を受けた。
 あのとき須藤さんもそこにいた、ぼくを「東くん」と呼んでくれた優しい女の子、消しゴムをひろってくれた初恋の女の子。
 いじめの現場に居合わせながら目を背け続けた須藤さん、後日不登校になったぼくに謝罪の電話をかけてきたただ一人の同級生。ドアの隙間からさしいれられた子機から漏れた震える「ごめんなさい」、須藤さんは罪悪感に苦しんでいた、ぼくをだまし裏切り傷付けた罪の意識に苛まれ精一杯の勇気をふりしぼり電話をかけた、純粋にぼくを心配し電話をくれた。

 ぼくのこと、忘れたわけじゃなかったんだ。
 八王子東を、覚えていてくれたんだ。
 酷いことしたのに
 ろくに話も聞かずに電話を叩ききったのに

 「別にいいけどな、あんな女。どーせ飽きがきてたし」
 口端を吊り上げるようにしていやらしく笑い、混み始めた店内に目を走らせ、再び向き直るや耳打ち。
 「知らないだろ、お前。あいつ、エッチ下手なの。なめるのへたくそだし、マグロみてーに寝転がってるだけで全然使えねーの。一回二回の浮気ですぐキレるし面倒くせえったらねーよ、せっかく笑かそうとして冗談言ってもノリ悪ィし……別れて正解だった」
 『東くん、ごめんね』
 嗚咽を堪え心細げに震える声、ぼくを傷付けた女の子の、傷付け返した女の子の
 黒田は須藤さんがぼくの初恋だと知っている、知っているからこんなことをいう、ふられた腹いせに憂さ晴らしに思い出をぶち壊し踏みにじり元の彼女をさんざんに貶す。
 なおも話を続けようとする黒田、ズボンの尻ポケットから携帯をとりだしフラップを開く。
 一向にどく気配のない態度に後続の客が眉をひそめる。
 「お前も今度の合コンこいよ、懐かしいメンツ集まるから。コスプレリベンジで笑いとれよ。うーし決定、つーことでアドレスおしえ」
 考えるより先に手が出た。
 「て、」と同時に黒田の胸ぐら掴み、おもいっきり引き寄せる。
 まさか胸ぐら掴まれるとは予期せず、面食らう黒田に近付く。
 「女の子に飽きたんならぼくが舐めてあげましょうか?」
 眼鏡ごしの双眸を細め、口角をねじるように不敵に笑い、挑発的な媚態を作る。
 黒田が絶句。
 間抜け顔が笑いを誘う。
 上着の胸からするりと手を放し、音速で手を動かし、商品を完璧に詰めた袋を落ち着き払って渡す。
 どん引いた黒田の手に袋を握らせるや、一回深く息を吸い、挑むように強いまなざしで断言。
 「……男女不問セフレ募集中ならともかく、普通の友達として付き合う気はこれっぽっちもありませんのであしからず。ケータイ教えるつもりもありません」
 「!おまえっ、オタクの分際で逆らうのかよ!?」
 黒田が激発、怒りに顔を紅潮させ殴りかかる構えをとるのを冷ややかに見返す。
 レジの下に隠れた膝は震えていた。
 内心の怯えを虚勢でひた隠し、慇懃無礼な表情と態度でもって、醜態を呈すかつての同級生をあしらう。
 「たしかにぼくはオタクだけど、同級生をむりやり女装させて興奮するような手合いよりマシだ」
 「ッ……」
 黒田の顔が醜く歪む。
 憤怒で真っ赤に染まった顔が揺らぎ、ぼくに対する一抹の引け目が発露。
 次の瞬間、ぼく如きにびびった事実にショックを受け、感情に任せ振り上げたこぶしを引っ込める。
 「おいお前、いつまでそこにいるんだ。会計終わったんならとっととどけよ、急いでるんだよこっちは!」
 「空気読んでほしいよねー」
 いよいよ痺れが切れたか、後列の客が黒田に盛大なブーイングをとばす。
 客の辛辣な目と非難に晒され、劣勢を悟った黒田が舌打ちひとつ、ぼくの手から乱暴に袋をひったくって駆け出していく。
 「もうくるかこんな店!!」
 「ありがとうございました、二度とこないでください!」
 「ちょ、ちょっと八王子くん、今のはなしだよ!?」
 別のレジで接客にあたっていたオーナーが慌てふためく。
 「すいません、気をつけます。つい本音が」
 「当たり前だよ、気を付けてもらわなきゃ困るよ!?」
 オーナーに悪いと思う一方、腹の底からこみ上げる痛快さに顔が自然に笑うのを抑えきれない。
 八年前は逃げてばかりだった。
 今は違う。
 現に今、ぼくは自分の意志と力で黒田を追い払った。
 須藤さんを侮辱され全身の血が逆流した、黒田に対する怯えや恐れを上回る怒りと衝動に突き動かされた。
 黒田なんか怖くない、ヤクザの銃弾のほうがもっと怖い、風呂場で小金井に襲われた時のほうがもっと
 「……………こがねいさ、」
 
 目の錯覚?

 袋詰めをしていた手がとまる。
 今しもレジにならぶ客の後ろを通り過ぎていく若い男、黒地に髑髏の悪趣味なパンクファッション、耳朶に嵌まるピアス。
 本人か確かめる暇もなくレジの前を突っ切って自動ドアを抜けていく。

 願望が生んだ幻覚、錯覚、白昼夢?
 あんまり会いたくて、一日中あいつのことばかり考えていて、幻を見た?

 「八王子くん!?」
 「すいません、すぐ戻ります!!」
 気付けば駆け出した、床を蹴り必死に、猛然と。
 レジ前にたむろうお客さんが驚く、一陣の風と化し自動ドアを抜け通りに走り出る、通行人が何事かと注目する。
 駅へと向かう雑踏を突っ切り走る、人ごみに見え隠れする背中を追う。
 見覚えある後ろ姿に手を伸ばす、人ごみをかきわけ突き進む、すれ違う人に見られるのが怪しまれるのが恥ずかしいとか言ってる場合じゃない、そんなこと言ってるあいだに行ってしまう、だから追いかける、今度こそ追いつく。

 また会えた、
 「小金井さんっ!!」
 やっと会えた、

 白昼の往来を全速力で走る。
 ひさしぶりの運動はきつい。
 がむしゃらに足を蹴りだす、ボロいスニーカーでアスファルトの地面を蹴る、両腕を吸い寄せられるように前へ前へのばし空を薙ぎ払う。
 駅前の繁華街、派手派手しい看板、低空を席巻するさまざまな雑音、路上に溢れる大勢の人の中でたったひとりを見分ける。

 「待てよ、出戻り!!」
 肺活量いっぱい、絶叫する。
 
 深呼吸し、恥も外聞もかなぐり捨ておもいっきり叫ぶ。
 喉から振り絞った声が空に響く、通りにごったがえすサラリーマンが女子高生が大学生が年寄りが親子連れが訝しげにこっちを見る。
 人ごみに紛れ前を行く背中が止まる。
 「出戻りに反応した……ってことは、やっぱり小金井さんだ」
 確信をもち、泣き笑いに似て滑稽に崩れた顔で、ふらつきつつ間合いを詰める。
 五メートルまで迫った頃、ようやく男が振り返る。
 「……ひさしぶりだね、東ちゃん。元気してた?」
 ばつ悪げに笑うその顔は、見間違えようもなく、小金井。
 突然現れ突然消えた、人騒がせなヒモに違いなくて。
 「―っ、あんたってひとは……」
 言いたいことは山ほどある。
 なんで何も言わず突然消えたのか声を大にして問い詰めたい、胸ぐら掴んで揺さぶりたい、今までどこ行ってたのか、どうしてひとりぼっちにしたんだ、好きだって言ったのは嘘か、まただましたのか、どうして、どうして……
 人さし指で頬かく小金井と向き合う。
 時間に追われる人の流れが、道のど真ん中で対峙するぼくたちを左右に避けていく。
 「今までどこいってたんですか。どうしていきなり消えたんですか」
 「ごめん」
 「心配したんですよ、すっごく……何も言わず、書置き一つ残さず、ケータイも繋がらないし……ララさんも知らないっていうし、完全に行方知れずだし、っ、ほんと、最低だ……」  
 胸の内に激情が吹き荒れる。
 油断すると視界が滲む。
 ぶん殴りたい衝動を体の脇で指をにぎりこみ懸命に堪える、理性の抑制を働かせる、どうして消えたいなくなったひとりにした寂しかった、小金井がいなくなってから何を食べても味気なくて部屋が広くて色んな物あふれててもからっぽで
 何から話そう、何を言おう、小金井と会ったら最初に話すことずっとシュミレートしていた
 深呼吸で昂ぶる心を落ち着かせ、渇いた喉を唾で湿し、口を開く。
 「バイト、始めたんです。コンビニで」
 「うん」
 「失敗ばっかでぜんぜん役に立たないけど……レジ打ち覚えたんです。袋詰めもできるようになったし、ちょっとずつ、仕事おぼえて」
 どうしよう、小金井の顔がまともに見れない。まっすぐ目を見れない。
 ぼくは変わったのに、あれから少しマシな自分になれたのに、久しぶりに会う緊張と興奮でともすれば舌が縺れ言葉を噛みそうになる。
 小金井の優しい目にいたたまれず下を向くや、何年間も履き古してボロボロになった靴が目に入る。
 「オフ会、もうすぐなんです」
 「うん」
 「新しい靴買いたくて。皆の前に出ても恥ずかしくないように、自分が働いたお金貯めて……まずは靴から、バイト続けてもっと貯まったら家賃も払う。いつまでも親に甘えっぱなしじゃいられないし……その」

 まずは靴からはじめて、そのうち家賃も払えるようになるのが、今のぼくのひそやかでささやかな目標。
 それだけじゃない。
 夢ができた。
 まだ誰にも明かしてない夢、無謀な夢、それを明かすなら一番最初はこの人だと心に決めていた。
 深呼吸で度胸を吸い込み、一回目を閉じて覚悟を決め、開き、今度こそまっすぐ小金井を見つめる。

 「フィギュアの原型師になりたいんです」

 他人にバカにされるかもしれない夢、大きな声では言えない夢、本当はずっとずっとなりたかった、心の奥に秘め続けていた、八年前ザクを作りながら八年間ザクを作りながらフィギュアを作りながら原型師に憧れていた。
 収入の不安定な仕事だとわかってる、成功者はほんの一握りの業界だ、世間は甘くない、趣味を極めた職人を本気で目指すなら荒波にもみくちゃにされ何度も挫折を味わうだろうと予感してる

 でも

 「……親には恥ずかしくて言ってない、言えば叱られる、いつまで夢見てるんだって……だけど、ぼく、ほんというとずっと原型師になりたかったんです。尊敬するハクトさんのフィギュア見て……感動して……フィギュアとか、ガンプラとか、八年間飽きずに毎日こつこつ作りまくった。写真撮ってブログにアップしてたけど、だんだんそれじゃ飽き足らなくなって……実力、試してみたくて。自信なくてずっと言い出せなかったけど」

 そこで言葉を切り、はにかみがちに笑う。

 「今、バイトしながら色々資格の勉強してるんです。将来のこと考えたら資格とっといて損ないし……中学もまともに出てないから難しいけど、真面目に勉強するの久しぶりで、意外と楽しくて」

 繁華街に溢れる多彩な人々、他愛ない日常の喧騒。
 道の両側に建つ店舗から流れる音楽が活気ある人声とごたまぜになって、雑音が渦巻く。
 「脱ひきこもりしたばっかで将来の夢とか語るの思い上がりかもしれないけど……バイトはじめて、資格勉強して、オフ会参加して。色んな人と出会って、色んな経験して、これからもっと……自分を好きになりたい」
 そう思えたのは、小金井がいたからで。
 「頑張ってるんだね、東ちゃん」
 小金井が嬉しそうに笑い、今度は自分から近付いてくる。
 近付きがてら尻ポケットをまさぐり何かをさしだす。
 思わず受け取ったそれを見下ろし、当惑。
 名刺だった。 
 物問いたげに見上げるぼくに照れくさそうな笑みを返し、小金井が言う。
 「仕事始めたんだ」
 「ホストですか?」
 「名刺読んで」
 言われた通り、じっくり二回名刺を読み返す。
 刷られていた店の名前に覚えがある。
 「東ちゃんの服を買いにいってた古着屋、あそこの店長と仲良くなっちゃってさ。人手たりないからバイトしないかって誘われて」
 「ホストじゃないんですか」
 「……そんなにホストっぽいツラしてる、俺?」
 小金井が自分を指さし情けなさそうに肩を落とすのに、心のままに頷く。
 手持ちぶさたの手をポケットにひっかけ、自分を避けて流れゆく雑踏に視線を投じ、ぼくの前から突如消えた理由を話し始める。
 「ホストも悪かねーけど、夜の世界からいったん距離おいてこっちで頑張ってみたくて」
 再び向き直った目には感傷の光、口元には儚い笑み。
 「黙って出てって悪いと思ってる。けどさ、ああでもしないと……決心つかなくて。俺、自分がダメなヤツだってよくわかってるし。意志、すっげー弱いんだ。あの日……東ちゃん抱きながら、ああ、このままじゃだめだなーって思った。また流されてんなーって」
 「出戻りヒモって呼んだの気にしてたんですか?」
 「……まあそれもあるんだけど。俺に抱かれながら東ちゃん言ったでしょ、自分を好きになる努力するって。で、そこではたと思っちゃったんだよね。俺はどうよ?って。今のままでいいワケ?東ちゃんが変わる努力してんのに、俺は相変わらず無職のヒモでひまな一日ぶらぶらして、東ちゃんの金……正確には東ちゃんの親の金だけど……食い潰してる。ふと自分の現状に立ち返って、すっげー情けなくなった。ああ、このままじゃだめだ、まーたラクなほうへ流されてる、このままずるずる一緒にいても一生懸命やり直そうとしてる東ちゃんのジャマになるだけだ」
 「そんな……」
 否定しかけ言葉を失う。
 小金井の指摘もまた事実だった。
 ぼくはとかく依存心が強い。
 小金井が隣にいたらぬるま湯の日常に浸かりきって、バイトを始める踏ん切りがつかなかった。
 「小金井リュウとして仕切り直して、東ちゃんに会いにきたかった」
 「でも携帯も繋がらないし……」
 バイト中電源を切っておいた携帯をポケットから抜き出し、目の前の本人にかけてみる。
 「買い換えたんだ」
 「え」
 「前使ってたヤツ……東ちゃんに番号教えたヤツだけど、ほら、元カノのアドレス登録したまんまの。脅しのネタに使われちゃたまんないから履歴削除しようとしたんだけど、片手間にやってたもんだからついトイレにおっことしちゃって、防水加工してなかったらヒサンな目に」
 「トイレでケータイ使わないでくださいよ非常識な!?」
 「ごめん」
 反省はしてるらしく、素直な謝罪に毒気をぬかれる。
 「それならそれで書置きくらい残してくれたって」
 「字、へたくそだし」
 「そんな理由で!?いや、たしかにへたくそですけど!!」
 「書置きとか残すとかえって心配させちゃいそうで……がらじゃないじゃん。いや、嘘、今の見栄。ホントは俺の問題で……まあぶっちゃけると、書いてる間に決心鈍るのびびったんだよね。東ちゃんが起きる前に出ていきたかった」
 「起き出せば止めるから、それで……」
 小金井が静かに首を振り、言おうか言うまいか迷い、息を吸う。

 「あんなかわいい寝顔反則。いつまでも見てたくなる」 
 そう言って、自分こそ反則気味の笑顔を浮かべる。

 「バカじゃないか……」
 「俺もそう思う」
 白昼の往来でだらしなくにやけのろける小金井を、顔を赤く染め睨みつける。
 手に持った携帯が、ふいに軽快なアニメソングを奏で始める。
 個別の着メロに反応し、慌てて通話ボタンを押す。
 『東か』
 耳にあてた携帯から漏れたのは、聞きなれた兄さんの低い声。
 『今バイト中か?大丈夫か?休憩中か?』
 「兄さん、どうしたんですか」
 『別に用ってほどのことはないんだが、その……失敗してないか?叱られてないか?店の人に迷惑かけてないか、クレームきたりとかは』  
 小金井が目だけで「お兄さん?」と聞いてくるのに携帯を手で隠し頷き、困り果てた息を吐く。
 「兄さんこそ、忙しいのに一日に二回も三回もかけてこなくていいですって。ぼくは何とかやってますんで」
 『そうか?でもお前ちゃんと外に出るの八年ぶりだし、お前のことだから職場で意地悪な上司やバイト仲間にいじめられて誰にも言えず悩んでたりするんじゃないか。要領悪いお前のことだ、レジ点検のとき合わなくて店長にあらぬ疑いかけられて泣いてやしないかと』
 「妄想です!というか当事者でもないのに被害妄想膨らませないでくださいよ、ぼくはいいから自分の仕事に集中してください、医療ミスとかされたらこっちが罪悪感です!!」
 『だが東、』
 心配性な兄さんにうんざりする。
 携帯と言い争うぼくを行きかう人が面白そうに眺め忍び笑う、不特定多数の視線が注ぎ顔が熱くなる。
 「もう切りますよ、休憩終わりだし!」
 『またかけるからな』  
 「当分いいです」
 『東』
 まだあるのか。
 過保護な兄さんに辟易し、どうせお説教だろうという諦念から「なんですか」となげやりに聞けば、予想外の台詞が返る。
 『………甘えるな。頼るのは許可する』
 ……意訳すると、「悩みがあれば相談しろ」だろうか。
 一方的に切れた携帯にため息ひとつポケットにしまえば、小金井が笑いをかみ殺すような、大変むかつく顔でやってくる。
 「お兄さんの着メロ、アンパンマンなんだ。東ちゃんも言うようになったね」
 兄弟そろって不器用だねとでも言いたげな顔に腹が立ち、赤みがさした頬を悟られぬよう高速でそっぽを向き、弁解する。
 「心配性なんですよ兄さんは、ヤクザ絡みのトラブルに巻き込まれてからというもの一日一回は必ずケータイにかけてきて仕事は順調か風邪ひいてないかテレビ漫画ゲームは程ほどにって口うるさく探り入れてくるし、神出鬼没のだれかさんと一緒ですごく迷惑です!あーもー、ぼくもう帰りますからね、まだ仕事中なんです、レジ任せて飛び出してきちゃったから早くもどんないと」
 途端にあたふた回れ右し、コンビニへ取って返しかけた背中に、間延びした声がかかる。
 「ねー東ちゃん、俺、一度どーしてもやってみたいことがあったんだけど」 
 「なんだか知らないけどやればいいじゃないですか、勝手に」 
 「そ?じゃあ遠慮なく」

 背を向けたぼくをよそに小金井が胸一杯空気を吸い込む。
 構うもんか、小金井なんかもう知らない、どこへでも勝手に行けばいい、テキトーに生きればいい

 小金井なんかいなくても八王子東はぜんぜん平気だ、立派に更正して見返してやる、ひとりでもちゃんとー……


 「小金井リュウは八王子東を愛してます!!」


 白昼の往来に馬鹿でかい声が響き渡る。
 道行く人々が一斉に歩調をおとし振り返る、通りのど真ん中に仁王立ち口の横に手をあて叫ぶ小金井、雑音と人声を圧し空へと吸い込まれたそれは愛の告白
 
 「なっ、なっ、な………」
 肺活量いっぱい絶叫を放ち、野望をなしとげた者特有の清清しい笑みを浮かべ、小金井が嘯く。
 「愛の告白っていったらやっぱこれっしょ?」
 けっして悪びれないその笑顔。
 悪戯が成功したやんちゃな子供のような笑顔は、初めて出会った時からちっとも変わらない、ぼくが大好きな小金井の笑顔

 右向き左向き後ろ向き逃げ場をさがす、雑踏のど真ん中で大胆にも愛の告白をやってのけた小金井に道行く人々が好奇のまなざしを投げかける、そこかしこから沸き立つくすくす笑い、告白した方より告白された方がいたたまれないって不条理だ、理不尽だ、不公平だ、納得いかない

 頭と顔に血が上る、しれっとした顔の小金井に憤然たる大股で詰め寄る、憤激に駆られ怒鳴りちらす。
 「なんで居直り出戻りヒモ風情に生き恥かかされなきゃいけないんだ、正直エロゲ大音量ご近所羞恥プレイより恥ずかしいです、人生最大の生き恥だ!!」
 「東ちゃんは?俺のこと好きくないの?いないほうがいいの?」
 小金井が悪戯っぽく含み笑う、わかりきった答えを問うように。
 ああ、くそ、答えなんか決まってる。
 言ってやる、言ってやるさ、今のぼくに怖いものなんかない、銃弾の嵐をかいくぐるのに比べたら全然へっちゃらだ、人の目なんて怖くない、くすくす笑いはしらんぷり、せいぜい八王子の青い空の下道化を演じてやる

 そしてぼく、八王子東は
 二十二年間生きてきた中で、文句なく一番おおきな声を出す


 「八王子東は小金井リュウを愛してます!!」

 
 小金井は八王子に恋してる。
 そして八王子は小金井に恋してる。 


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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010206212617 | 編集

 皆さんお元気ですか。僕は元気です。
 「東ちゃん、今日何の日か知ってる?」
 ヒモも元気です。
 「もちろん知ってますよ、忘れるわけありません」
 14インチのテレビ画面ではちょびひげの似合う世界一有名な配管工がぴょんぴょん土管を飛び越していく。
 跳ぶ、跳ねる、跳ぶ、跳ねる、跳ねる跳ねる頭突きで金貨を獲得。
 空中に浮かぶブロックに頭突きをくれるごとちゃりんちゃりんと音たて金貨が降り注ぐ。
 「ねー東ちゃん、ゲームばっかしてないでこっち見てよ」 
 「さすが元祖マリオは違いますね、ポリゴンでもCGでもない黎明期のドット表現に味がある。操作は基本を踏まえ単純なようでいて奥が深い。複雑なコマンド入力がない代わりに連打の間隔と速さでセンスが試される。ステージは初心者でもこなせるよう平易に設定されてるようでいて、スタート地点を逆走しなければ見つからない隠しアイテムなんて憎いまねを」
 「ねえってば。っていうかこんな古いゲーム機どこで手に入れたの」
 くぅんくぅんとでっかいわんこのように構って光線を発する。うざい。
 無視してゲームに意識の照準を絞る。
 中学時代から朝昼晩とほぼ一日中傍らに積み上げたソフトをこなしていって固くなった親指でボタンを叩く。
 カメックを踏み台にしてジャンプ、ブロックに頭突き、ちゃりんちゃりん。
 「もちろんネットオークションです」
 「遊べるんだ」
 「保存がよかったんでまだまだ現役です、繋いでやればほら、ちゃんとプレイできます。さすがに画像は劣化してるけど」
 赤と白のレトロな筐体に顎をしゃくって自慢げに鼻の穴をふくらます。
 小金井が疑い深げに眉をひそめる。
 「ネットオークションて何円したの」
 「………」
 「おーい東ちゃん、聞いてますかー?」
 「えいっ、そこだ!イナズマイレブン!」
 甲羅にひっこんだカメックを蹴っ飛ばす。
 ステージを一直線に滑走していく亀を見送る。
 後ろから抱きつく小金井が小さく呟く。
 「……言えねえほど高い買い物だったんだ」
 「常識ハズレってほどじゃないですよ、妥当な金額です。保存状態よくて現役で遊べるハードならむしろ安いくらい」 
 「何万円?」
 「言いたくありません」
 「万単位なんだ」
 ひっかかった。動揺で指が滑りボタンを打ち間違える。操作に失敗、あと一歩でステージクリアというところでマリオが倒れる。
 「あああああああぁああああああぁあああああ、もう少しでクリアだったのにィいィい!!」
 コントローラーを両手にもち悔しがる。
 「さっきの質問にもどるけど今日は何の日か知ってる、東ちゃん。大事な日なんだよ」
 小金井が耳元でしつこくくりかえす。
 コントローラーを握ったまま放心、ややあって自分を取り戻す。
 「藤原はづきの誕生日でしょう」
 「はあ?誰それ」
 小金井が面食らう。ずれた眼鏡の位置を直しつつ、かいつまんで説明してやる。
 「おジャ魔女どれみのはづきっちですよ。ほかに同じ誕生日のキャラといえばガンパレードマーチの石津萌、らきすたの小神あきら、ダ・カーポの水越眞子が」
 「たんま!」
 のべつまくなしに語り始めた僕を制し、疑惑に満ち満ちた目つきで追及する。
 「わざとやってる?それとも天然でマジボケ?今日は恋人たちにとって欠かせない大事な日っしょ」
 「つまんないこと言ってないでバイト行ったらどうですか」
 「今日は休みだってば。以下、話そらすのなしね」
 見抜かれてる。
 現在僕はコンビニでバイト中、小金井は古着屋の店員にちゃっかりおさまってる。
 つい先週バイトから正式な従業員に格上げされたと嬉しそうに報告してくれた。
 小金井は抜群にセンスがよく話し上手で接客が上手い。
 小金井を雇ったおかげで売り上げが伸びたと思わぬ拾い物に店は喜んでるそうだ。
 小金井は着々と更正している。
 もうぼくなんてとっくにおいていってしまった。
 祝ってやらなきゃと頭では分かっていても、なにをやらせてもだめな僕とちがって小金井は環境にさえ恵まれれば素質を磨いて才能を発揮できる人間なんだと思い知らされるようで少し寂しくもある。白状すると、遠くに行ってしまうのが怖いのだ。
 畳の上には資格取得が動機で購入した参考書が散らばってる。
 僕だって頑張っているのだ、少しでも今よりまともな人間になるために、夢に近付く為に。
 だけども劣等感を抱いてしまうのは小金井が僕に甘すぎるからで、僕みたいに根暗で卑屈で後ろ向きでうじうじめそめそしたオタクを相手にしなくても小金井は女の人にモテモテなのに、だけどそうなると僕にかまう理由がなくなってしまうからで、しまいにはどうして小金井が今もまだ僕と暮らしてるのかわからなくなる。
 逃亡者の汚名が払拭されて危機が去ったのに。小金井を捜していたヤクザは警察につれていかれたのに。
 彼がまだ僕に愛想を尽かさないのが奇跡に思える。
 自分に自信がない。どうして彼が僕を好きでいてくれるのかわからなくていつも不安だ。
 愛されてる実感は我ながらもう贅沢だなとあきれるほどあって
 「えいっ」
 「ひゃあっ」
 たとえばこんな時。
 「な、なにするんですかこがねいさ、あひゃっ、脇腹弱いって、ちょ、やめ」
 「かまってくんないと悪戯しちゃうぞ」
 脇腹に回した手をこちょこちょいかがわしく蠢かせる。たまらない。脇腹をくすぐられ仰け反り笑う。
 僕の頭に顎を乗せ、両手でくすぐり倒しながら不満そうに口を尖らせる。
 「ゲームなんていつだってできるじゃん、俺がうちにいるときくらいかまってくれたってバチあたんねっしょ。せっかくふたりっきりなのに東ちゃんさっきからテレビと睨めっこでちっとも俺の方見ねえんだもん」
 小金井の顔が逆さに垂れる。僕を頭上からのぞきこみ怒ってるんだぞとアピール、おっかない顔をする。ちょっとびくつく。
 「ついでに距離近すぎ、ゲームは離れてやりましょうって学校で言われなかった?それ以上目え悪くなっちゃったら困るでしょ」
 「いいでしょう、ほっといてくださいよ」
 大人ぶった口調での注意に反発、逆さ顔を振り払う。次の瞬間、手で挟まれ頬がつぶれる。目と鼻の先に真剣な顔がくる。
 「よくない。東ちゃんが目え悪くしたら俺が哀しい」
 「~なんで小金井さんが哀しいんですか、意味わかんないですよ!」
 「言わせる気?」
 小金井が屈託なく笑う。僕が目下最大の弱みとするところの笑顔。
 小金井はでかくて人懐こい犬みたいだ。
 僕の顔を手挟んでおもいっきり近付く。
 宙に垂れた髪の中心にはにかむような笑顔が浮かぶ。
 「のろけなんて言うだけヤボってもんさ」
 堪忍袋の緒が切れる。小金井の手を乱暴に振りほどくやドアの方を指さしヒステリックに叫ぶ。
 「邪魔ばっかするなら出てってください、僕はゆっくりと一人でゲームがしたいんですっ!」
 「なんで俺がでてかなきゃなんねーわけ?家賃半分こしてるのに」
 「う」
 そう、そうなのだ。この春から親の仕送りは打ち止めとなり、アパートの家賃は小金井と折半で払ってる。
 「少なくとも部屋の半分は権利主張していいと思うけど」
 「居候が偉そうに……」
 「元・居候ね。今はちがうし」
 「いまはなんですか」
 小金井がにやつく。
 「彼氏」
 「冗談」
 「恋人?」
 「却下」
 「愛人」
 「お断りです」
 「飼い犬」
 「まあそれなら……」
 「っていいのかい」
 小金井が手刀をおろしてびしっと突っ込む。ノリツッコミが上手くなった。一緒に暮らし始めてから着々と僕の影響を受けている。
 「でかくてうるさくて茶色くてかまってちゃん、実際犬みたいなもんですから」
 一人でゆっくりゲームをしたいのに空気を読まずじゃれついてくる小金井につれなくし、顎をしゃくって境界線を示す。
 「そっちの畳の縁からむこうが小金井さんの私有地です。トイレと風呂があるこっち側はもらいますからね、許可なく入ってこないでください」
 「ケチ」
 「元から僕の部屋ですってここは」
 ああもううるさいなあ。構ってる時間がもったいない。口論に飽きてコントローラーを握りなおす。再びピコピコやりだした僕に相手にしてもらえず完全に拗ね、畳をごろごろ転がって境界線のむこうへと移動する。
 五分経過。
 「そろそろ寂しくなったっしょ」
 「よし、第二ステージクリア」
 十分経過。
 「東ちゃーん」
 「今助けにいくよピーチ姫」
 三十分経過。
 「お~い……」
 「クッパめ、なんて卑劣な手を!!世界一有名な配管工をなめるな、えいっ」
 「東ちゃん」
 「うるさいないまいいとこなんだからあとに」
 「これ捨てていい?」
 音速で振り向く。畳のへりのむこう、頬杖ついて寝転がった小金井が片手にひらつかせているのは……
 「返せ僕のまりなたん!!!」
 一番お気に入りのヒロインの名前を絶叫、ラストステージ直前でコントローラーを放擲するや小金井が人質にとったエロゲソフトを体当たりで取り返す。
 「エロゲソフトをたてにとるなんてクッパより卑劣なひとですね……見損なった!」
 「やっとこっち見た」
 満足そうに笑う顔に不覚にもときめく。むきになったのが急に恥ずかしくなりそそくさとゲームに戻る。小金井なんてもう知るか、空気のように無視してやる。最終決戦に臨む僕の背後に忍び寄る気配、背中に被さる体温。
 「さて質問、今日は何の日だ」
 「またですか……」
 うんざりする。もちろん、答えはとっくにわかってる。でも言わない。意地でも言うもんか。ここで正解を口にしたら負けだ、小金井の思惑どおりじゃないか。むすっとしてボタンを叩く。マリオが画面の中を走り回る。クッパは手ごわい。手こずる。よそ見しながら勝てる相手じゃないとわかってるのに気が散ってしまうのはうなじに息があたるせい、背中にひっついた小金井が首筋に頬擦りし頬を引っ張ってうにょ~んと伸ばしとこりずにちょっかいかけてくるからだ。藁のような質感の髪が首筋を掃いてくすぐったい。
 根負けし口を開く。
 「……髪伸びました?」
 「ん~?そうかな」
 「それ、おかしいですよ」
 「長くて?」
 「じゃなくて……色ちがうの」
 動揺で舌が縺れてしまう。大きくなるばかりの心臓の音が聞こえてしまいそう。
 くっつきすぎだ。暑い。というか熱い。小金井は強すぎず弱すぎず、適度に力が抜けてリラックスした絶妙の按配ですっぽり僕を抱きしめている。ただでさえ同年代に比して小柄で華奢な僕はたやすく丸めこまれてしまう。
 「新しいの生えてきて中途半端に色ちがうし」
 小金井の髪は綺麗に二色に分かれている。髪の半分は軽薄な茶色、もう半分、毛根に近い方は天然の黒。染めてからだいぶ経つせいで髪の色が元に戻りかけているのだ。しかし元ヒモは僕の控えめな指摘というかアドバイスも一向気にした様子なく飄々としてる。
 「ツートンカラーもイケてね?」
 「イケてません。かっこ悪いです。染め直したらどうですか」
 「このままほっとく」
 「どうして……」
 訝しげな僕に悪戯っぽい流し目をおくり、僕を抱く手にぎゅっと力をこめ、誇らしげに宣言する。
 「伸びた分だけ東ちゃんと過ごした時間。染めないのは今自分の意志でここにいる、意地でも立ち直ってやるって覚悟」
 けっしてなくしたくない大事なものを守るように。
 もう十分立ち直ってる、古着屋の店員の仕事を立派にこなしてるじゃないか。
 そう言いたいのを寸手でこらえ、ゲームに集中するふりをしつつ、一言たりとも聞き漏らすまいと耳をそばだてる。
 「変な験担ぎっしょ?ララちゃんに話したらリュウらしくないって笑われた」
 「ララさんと会ってるんですか」
 僕が知らない間に小金井がララさんと会ってたという事実に少しだけ胸が騒ぐ。
 そんなんじゃないとわかっていてももしかしたらと疑ってしまう、意志の弱さが恥ずかしい。
 息を呑み続きを待つ。腕がほどける。急に寒くなった。反射的に振り向こうとして、振り向きたい衝動をなにもかも台無しになってしまう未知の恐怖から辛うじて抑制し、ただひたすらに返事を待つ。
 いつか見た光景が瞼の裏を過ぎる。
 子供たちが歓声上げて走り回る養護施設、大きなおなかの妊婦と抱き合う小金井……
 「ほい」
 赤ちゃんのドアップ。
 「うわっ!」
 突如として視界を遮られコントローラーを持つ手が狂う。
 次の瞬間、爆音が轟いてマリオが自滅。
 放心する僕をよそに、目の前に携帯の液晶を突き出した小金井がさも嬉しそうにしゃべりだす。
 「ララちゃんが送ってくれた子供の写真。親子だけあって目と鼻のあたりが耕二に激似」
 「う、産まれたんですか!」
 「もうかなり前に。言わなかったっけ?」
 「あ、いや、そういえばお見舞いに行くとか言って出てったことあったけど」
 「東ちゃんエンリョするんだもんなー」
 「だ、だって小金井さんはともかくララさんとはほぼ初対面だし会ってもなに話したらいいかわかんなかったしあの時はまだ対人恐怖症治ってなかったし、いや今も完治してるとは言いがたいけど多少はマシになったし、じゃなくてそうですか、もうこんなに大きく……」
 ほぼ初対面という奇妙な言い方をしたのはこちらが一方的に小金井との抱擁を目撃したからだ。あちらは僕の事など知らないだろう。
 一緒にお見舞い行こうという誘いを辞退したのは勝手に勘違いして空回った負い目があるからだ。
 よく知らない女の子と引き合わされたところで何話せばいいかわかんないしきっと赤面症がぶりかえす。同じ施設育ちのララと小金井は兄妹とも幼馴染ともつかぬ特別な絆で結ばれていて、亡き耕二を介して強く結ばれていて、そんなふたりが忘れ形見を囲んで故人を偲び、これまでを振り返りこれからに思い馳せるだろう場所にお邪魔虫がいちゃ悪いと思った。
 過ごした年月の長さではララや耕二に勝てないから。
 彼らの思い出を壊すつもりも彼らの絆に割りこむつもりもない。
 当たり前だけど、本当に当たり前の話だけど、小金井が僕だけの小金井じゃないと思い知らされるようで内心とても複雑だ。
 「可愛いっしょ」
 まるで自分の子供のようにでれでれと写メを見せつける。
 液晶の小さい画面に映った赤ちゃんは目一杯あくびをしている。まだ乳歯もはえてない小さな口。
 「わらび餅があくびしてる」
 つい正直な感想を零してしまう。頬がしまりなくゆるんでいるのが自分でもわかる。
 確かにものすごく可愛いけど、個人的にもっと気になることがある。
 「小金井さんその、ララさんとよくメールのやりとりしてるんですか?」
 「ん~そうだね、会うのはなかなかむずかしいけどメールならいつでもどこでもできるし……耕二ジュニアの成長ぶりも気になるし。あ、こないだのメールではようやくお乳から離乳食になったって」
 耕二ジュニアは元気に育ってるらしいと安心する。ララさんはあれでいて肝っ玉母さんのようだ。小金井の身を案じ銃撃戦の現場に駆けつけてくる行動力を鑑みればさもありなん。写メを眺めつつ感慨に耽る僕を現実に引き戻したのは、意外な一言。
 「こんど東ちゃんに会いたいって」
 「え?な、なんで?」
 「東ちゃんのこと話したらぜひ会いたい、会ってお話したいってさ。俺がいろいろ世話かけて悪いとか面倒みてくれてありがとうとかじゃね?会うの楽しみにしてたよ」
 「え、だ、だってそんなむり、心の準備が……」
 「一番の友達だって言ったら興味津々で」
 固まる。小金井が携帯を閉じてひっこめる。どうしたの?と目で問う小金井の顔をまともに見れず、深く俯く。
 「ぼ、ぼくなんかが一番でいいんですか?」
 こんな僕なんかが、
 「一番の友達は耕二さんじゃ……」
 結局のところ、僕はあんまり成長してない。
 外で働きだし家賃を折半するようになって、バイトに励む傍ら原型師になるため猛勉強をはじめ一皮むけたつもりでも、根っこのところはうじうじめそめそした八王子東のままちっとも成長してないのだ。
 小金井が帰ってきてくれてすごく嬉しかったのに変な意地を張ってしまう、冷たくしてしまう。
 愛されるに足る自信がなくて、率直すぎる愛情表現にどうこたえたらいいものかわからなくて、つい反発してしまう。
 悄然と俯く。無言で畳の目を数える。かっこ悪い。ザクだって笑ってる。しっかりしろ八王子東、これじゃまるでララと耕二にまで嫉妬してるみたい……
 肩を強く掴み体ごと振り向かす。叱責されるのかと首を竦め待つ。
 「耕二はララちゃんの一番、ララちゃんは耕二の一番」
 一呼吸おく。
 「んでもって、俺の一番は東ちゃんだよ」
 誇らしげに笑う。心臓のリズムが狂う。
 「こんどの休み一緒に会いに行こう、耕二ジュニア生で見せてえし抱っこだってしてもらいてえし……よしそうしよ!」
 「小金井さんあの、」
 「いや?」
 「いや、じゃないけど」
 「赤ちゃんだっこしたくね?」
 「だっこしたい、させてください、ぜひ!」
 噛みまくりつつ、ようやくそれだけ言う。
 頭の中では小金井の東ちゃんが一番という台詞が際限なくリフレインして心臓の鼓動と競うようにして鳴り渡って、全身がひとつの鐘になったみたいだ。どんだけゲンキンなのさと自分の変わり身のはやさにあきれる。
 「おっしゃ!」
 小金井がこらえかねたように急に抱きついてくる。
 「うわっ」
 後ろから抱きしめられ大の男の膝のあいだにもたれかかる。かなり恥ずかしい体勢。
 「ちょ、やめてくださいって!」
 「誰も見てないんだからいいじゃん」
 「そういう問題じゃなく……もー」
 小金井は僕を膝で挟み、僕はといえば照れ隠しの渋面を作り、体育座りでゲームを再開する。
 ぴこぴこちゅどーんとエコノミーな効果音が響く。いつしかこの体勢に馴染んでしまっている自分に驚く。サイズ的にしっくりくるというか抵抗をやめてみれば意外に快適というか、ぬくもりに包まれて安心感を憶える。
 いつしか隣にいることがあたりまえになっていた、小金井のそばが一番居心地いいと感じていた。 
 脇腹に膝がくっつく。膝にぶつけないよう手を上げ下げコントローラーを操る。
 敵を撃破するたび「おー」と小金井が上げる賛嘆の声にはまんざら悪い気がしない。
 いい加減じらすのはやめてやる。
 「……知ってますよ、今日が何の日か」
 「え?なに、聞こえない」
 テレビの音声がうるさくて聞き漏らしたのかそれともわざとか、小金井が耳に手をあて倍でかい声で聞き返す。
 今日が何の日か忘れてしまうほど仙人じみて浮世離れした生活をしてるわけじゃない、世塵に塗れた下界の情報はメディアを通しちゃんと入ってくる。今週刊行の漫画雑誌ではやたらそのイベントに関したネタがとりあげられネットではゴディバかロイズかモロゾフかとアンケートが白熱してるのだ、ストイックに徹して無視しきるほうがむずかしい。
 「目をつぶってください」
 腕の間をすりぬけ抜き足差し足忍び足、ブツを持って戻ってくる。小金井と向かい合い正座、緊張した声音で命じる。
 「手をだして」
 小金井がさしだした手にそれを乗せる。
 「開けていいですよ」
 ゆっくりと目を開けつつある様子を固唾を呑んで見守る。自らの手にあるものを見、驚きに目を剥く。
 「チョコエッグです」
 なんともいえぬ沈黙。いたたまれずそっぽを向けば、棚の特等席に飾ったザクと目が合う。
 「東ちゃんこれ……あんだけ長いお前ふりしてじらして期待もたせてオチがこれ!?」
 「い、いやなら食べなくていいですよ悪かったですね!こっちにだって事情があるんです、デパートやスーパーで綺麗にラッピングされたチョコなんか買ったら彼女がいない誰からも貰うあてのない寂しい男が自分の為に買ってヤケ食いするって思われるじゃないですか、いやですよそんなの絶対オタクのプライドが許しません、そりゃ彼女いないのはホントだし貰うあてないのも事実だけどじゅうぶん二次元で充実してるんです間に合ってるんです、見るだけさわれない生殺しだけどバレンタインイベントはギャルゲーエロゲーのお約束だし二次元の世界ならチョコくれる美少女ヒロインたくさん」
 しどろもどろ言い訳しつつ精一杯の勇気をふりしぼって上目遣いにうかがう。
 まずかったか。がっかりしたか。そりゃそうだ、あんだけ期待させといてチョコエッグ一個きりだなんて……
 無表情にチョコエッグを見つめる小金井に若干引く。異様な気配が濃厚に漂う。
 ちゃんとしたチョコを買うべきだったか?
 でも今月お金ないしチョコって結構高いし大事なのは外側より中身で気持ちだし、僕だって一応真面目に選んだのだ。小金井に喜んでもらいたくて、日頃の感謝と好きって気持ちをこめて、どれにしようかなとひとつずつ手にとってためつすがめつ十分以上かけて決めたのだ。
 悪ノリしやすいチャット仲間には「東ちゃんはカレ(笑)にチョコあげないの?」とさんざんからかわれ恥かいたし……
 「いやならいいですよ、食べますから。ついでに中身ももらいます」
 耐えきれず膝を浮かせかけた次の瞬間、小金井がチョコエッグを真ん中からふたつに開く。
 「!?なっ、」
 そうしてから、外側のチョコのコーティング部分だけを食べ始める。軽快に齧られ、チョコの殻がたちまち欠けていく。
 「ごちそうさま」
 呆然としてる僕の前であっというまにたいらげて、精巧にできたキリンの模型を指先に挟んで見せびらかす。
 「キリンさんは好きです。でも東ちゃんのほうがもっと好きです」
 「!!―んっ、ぅむ」
 八重歯を剥いてやんちゃな笑顔を見せるやおもむろに肩を掴んで押し倒す。
 唇に吸いつかれる。口の中で溶けたチョコの甘い味が唾液と舌を介して僕の口へと引っ越す。
 「ひとりじめしちゃ悪いからおすそわけ」
 「―いっ、なっ、ばっ、ばかですかあんた!」
 火をふきそうに赤面し頭が沸騰、呂律が回らぬ口で罵倒するも反省の色なく、小金井が僕の頭にちょんとキリンの模型をのっける。
 「あああああっ」
 テレビ画面で爆音轟きまたしてもゲームオーバー、つられて這いずりよればバランスを崩してキリンが転げ落ちる。
 「あちゃ、首なげーからやっぱバランスわりいなあ」
 「呑気に感心してないで反省してください、小金井さんの悪ふざけのせいでま~たゲームオーバーしちゃったじゃないですか!」
 畳の上に転がっていた携帯がアニソンの着メロを奏でる。アンパンマンのマーチ。
 小金井と向き合ってると頭の血管が軽くぶち切れそうなので、咄嗟に携帯を拾って怒り任せに怒鳴る。
 「はいもしもし!」
 『東か?嫁がお前にチョコを作ったから渡したいそうなんだが』
 聞き覚えある声―低く威厳に満ちた、これぞ大人の男という声が耳を打つ。
 「ひゃうあっ!?」
 『東?おいどうした?』 
 「いや、なんでもありませんこっちの事情、ちょ、やめ、電話中はやめてくださいって小金井さんほんともーいい加減にしないと怒りますよ、やっ、あっ、くすぐった……そこ弱いんですって、さわんないで……!」
 不意打ちでキスしただけじゃ足りないのか、ケータイで話し中の僕を後ろから抱きすくめ耳にべとつく舌を絡めてくる。
 同時に服の裾をさばいて手をいれ痩せた腹筋をねっちょり愛撫、ズボンをずりおろして今度は下着を毟りにかかる。
 「いや、やっ、あ」
 声が続かない。とても話ができる状態じゃない。
 さかりがついた元ヒモは僕をはりつけにし、首筋に性急にキスし、はだけたシャツの下から大胆に覗く貧弱な胸板や腹筋を唇ではむようにしてついばみ、ほつれたおくれ毛がまつわる顔に切迫した劣情と物狂おしい情熱をたたえ、色っぽく潤んだ瞳で凝視を注ぐ。
 「ゲームの続きはあとで」
 「昼っぱらから……!」
 「お隣さんや大家さんに聞こえないようできるだけしずかにやる」
 しかし通話中の兄さんには確実に聞こえるわけで。
 「せ、せめてケータイ切らしてください繋がったまま繋がるとか羞恥プレイだから……!」
 非力な腕を突っ張り死に物狂いで小金井を押しのけ、畳に転がったケータイを手に取る。
 『……今行く。そこを動くな』 
 「誤解です兄さん、今の変な息遣いはやりっぱなしのエロゲの声で!」
 『五分で行く。正座で待て』
 土下座で待てと言われなかっただけマシなのか、ケータイが切れる。五分とか物理的に無理だ。
 「さっき言ったでしょ畳のへりのあっち側からでてくるなって!」
 してやったりとほくそえみ、僕の肘の下敷きになった部分を見ろと促す。
 畳の縁。
 「越えてる……いつのまに」
 「こっち側なら好きにしていいんでしょ?」

 完敗だ。
 ああいいさ、好きにすればいいさ。どうせ惚れた弱みだ。

 「………もう一回お裾分けしてください。それでちゃらにしますから」

 もうお金を送らなくていいと親に頼んだ。
 二十歳過ぎて親に家賃の面倒まで見てもらうのは情けない、これからは自分で稼いだ金で衣食住を賄うと宣言した。
 一体どういう心境の変化だと驚く両親に対し、ケータイを握り締めてこう言った。

 『友達ができたんだ』
 
 父さんは『そうか』と言った。一言呟いてからだいぶ間をおき、『いい友達だな』と噛み締めるように呟いた。
 切々とこみ上げる色々なものを押さえ込んで、泣くまいと最後まで踏ん張りぬいて、『うん』と頷き返した。
 父さんの後ろで母さんの嗚咽が聞こえた。

 「了解」
 小金井がくすぐったげに笑い、つられてぼくも笑う。ふたりして顔を見合わせ笑い合う。
 子供に返って転げまわったせいで天井壁床に振動が響いて埃が舞い、頭や肘や足がぶつかってそこらへんに積み上げた漫画やソフトが雪崩を起こし、小金井が咄嗟に僕を庇い、僕は小金井に抱かれ、互いに一分の隙なくくっつきあって二重奏の笑い声を響かせる。
 「あ、待ってください」
 「どうしたの?」
 「テレビ消さなきゃ。電気代もったいない」
 「ケチくせー……」
 「生活苦しいんだから節約しましょう」
 「じゃあネットオークションで散財すんのやめてよ」
 押し倒され仰向けになった姿勢からぎりぎりまで腕を延長、ファミコン本体に届かせスイッチを切る。
 画面を暗闇が包む。至近距離で見つめあう。
 僕の額に唇を押し当て、ついでレンズをずらし瞼にくちづけ、耳をまわりこんで冷たい弦を噛みながら囁く。
 「眼鏡とっていい?」
 「………こがねいさ」
 「リュウ」
 「……どうぞ、リュウさん」

 
 小金井には内緒だけど、コンビニで普通に売ってるチョコエッグをあえてバレンタインにあげたのには本命の理由がある。
 言葉にしてみればあんまりにも乙女チックで恥ずかしくて口にした途端蒸発してしまいそうだけど。


 来年もチョコエッグを
 再来年もチョコエッグを。
 その次もその次もチョコエッグを。

 
 全種類コンプリートするまで彼が僕の隣にいてくれますようにと、チョコでできたたまごを手にとって、夢が孵るよう胸で温めた。
 大好きな人とともに在るしあわせがいつまでも続きますようにと願掛けし、最後にそっとキスをした。

 この日チョコエッグから生まれたキリンはザクと仲良く並んでいる。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010206212616 | 編集

1 お名前と年齢を教えて下さい。
「小金井リュウぴちぴちのはたちでーっす。いえーい」
「は、八王子東といいます。恥ずかしながら二十二歳です」

2 相手の名前と年齢は?
「八王子東ちゃん俺よりふたっつ上の二十二歳。童顔で可愛い」
「やめてくださいよどさまぎに……小金井リュウさん、二十歳です。初対面じゃてっきり同い年かその上かと勘違いして恥かきました」
「俺ってばそんなに大人の色気垂れ流し?照れるぜ」
「はいはい」 

3 性別は?
「野郎」
「男です」

4 年の差や性別気にする?
「そりゃ気にしますよ、ぼくもリュウさんも男だしやっぱりどうしたって人目っていうか世間の目気にしちゃうじゃないですか。それにぼくのほうが年上だし……いや、見た目はあんま変わんないんですけど、やっぱ年上ならもうちょっとそれらしい風格とか威厳かもさなきゃまずいんじゃないかって最近思うんです」
「むりしなくていーよ、東ちゃんはそのままで」
「ほらすぐそうやってひっつく!やめてくださいよ人前で!」

5 貴方の性格は?
「引っ込み思案、内気、自信がない、ネクラ、オタク、弱虫泣き虫いじけ虫……自分で言ってて落ち込んできました……」
「どんまい東ちゃん、うじむしじゃないだけマシ」
「それでフォローしてるつもりですか」
「俺はねー、人からはよくおおらかとかなんも悩み事なさそうとか言われる」
「小金井さんの脳はきっとスライムでできてるんですよ」

6 相手の性格は?
「上を参考にしてください。ばかです」
「ひでーよ東ちゃん……何?最近毒舌になった?扱いひどくね?」
「倦怠期です。諦めてください」

7 好きになったきっかけを教えて下さい。
「秋葉原にでかけたときたまたま通りかかった小金井さんがオタク狩りから助けてくれて……その時ほんとはヤクザから逃げてたんですけど。それで助けてやったんだから泊まらせてって免許証取り上げられて」
「恐喝から始まる運命の恋」
「ナレーションいらないですから。って、それはぼくらの出会いできっかけじゃないか。きっかけ……すいません、恥ずかしくて言えません」

8 告白はどちらから?そのセリフをどうぞ。
「沢山したよね。どれかひとつに絞る?やっぱ決め手は小金井リュウは八王子東をあい」
「あー!あー!わー!ぼくは死にません!」

9 告白した(された)時の心境は?
「蒸発したいほど恥ずかしかった……道のど真ん中でなに考えてんですか、正気疑います」
「ホントは嬉しかったくせに」 
「嬉しくないです。迷惑です」
「赤くなってる。かーわーいいー」
「女子高生みたく語尾上げないでください、不愉快です」

10相手に何て呼ばれたい?
「リュウ」
「呼び捨てですか?……ぼくは普通にちゃんづけで……」
「東」
「な、なんですか」
「呼んでみたかっただけ」
「嬉しくないですよ、別に……」 
 
11相手を動物に例えたら何?
「大型犬ぽいかな……?ゴールデンレトリバーとか色素薄い系の人懐こい犬」
「バンビ。いっつもぶるぶる震えてる」

13 相手へのプレゼントは何をあげましたか?まだの人は何をあげる?
「東ちゃんには服買ったげたよね、俺がコーディネートしたやつ」
「小金井さんにはぼくがこないだ作ったエヴァ初号機あげます。大事にしてください」
「わー枕元においとくと魔よけになりそう」

14 プレゼントを貰うとしたら何が欲しいですか?
「けいおんの澪等身大ポスター」
「東ちゃんの笑顔」

15 相手に対して不満が有りますか?どんな不満?
「いい加減なところを直して欲しいです。トイレ入るときはちゃんと鍵かけてください、間違って開けて毎度びっくりします」
「いいじゃん一緒に住んでるんだからさ」
「親しき仲にも礼儀ありです、だいたい小金井さんはルーズすぎますよそういうとこ、ちゃんとけじつめつけてください」
「東ちゃんに不満?とくにねーけど……あ、フィギュアゲーム漫画チャットばっかしじゃなくもっと構って欲しいかも」
「構ってあげてるじゃないですか」
「あれじゃ足りねーよ」
「~っ、こっちだって色々譲歩してるのに!小金井さんが構って構ってうるさいから仕方なく膝に抱っこさせてるぼくの立場ないじゃないですか!」
「東ちゃんを後ろからだっこしてると落ち着くんだよね。あったかくて柔らかくて、こう、ちょうど腕にすっぽり入るサイズっての?肩や頭に顎のせて遊んだり」
「チャット中はよしてください、すごく邪魔です……」
「チャット中じゃなけりゃいいんだ?じゃ布団の中で」
「あー!わー!あー!」

16 一緒に住みたいと思う?
「ってか住んでるし」
「不可抗力で……」

17 貴方の癖って何?
「癖なんかあったっけ?わかんね」
「イライラすると爪を噛む、緊張すると眼鏡をいじくりまわす、人と目があうと俯く、あとは……思い出せません。すいません」

18 相手の癖って何?
「自分が悪くねーのにすぐ謝る」
「人肌好き。やたらひっついてきてすごくうざいです。だいたいスキンシップ過剰なんですよ小金井さんは、こないだなんてエヴァ初号機ぬってるときにいきなりハグしてきたから手が滑って赤く染まっちゃったんですよ!」
「使徒の返り血だよきっと」

19 相手にされて嬉しい事は?
「料理作って待っててくれるのはありがたいですね。経験値上げも」
「ただいまのキスとおかえりなさいのキスと猫耳プレイ」
「しませんよ?」

20 貴方のすることで相手が怒ることは何ですか?
「自分を粗末にしたりなにも言わず勝手にいなくなると怒る……かな」
「ぼくなんかとか、死んでもいいとか、そういう自分を卑下する言葉を使うと怒られちゃいます。なるべく使わないよう気をつけてるんだけどつい癖で口にしちゃうんですよね……」
「ぼくなんか一回につきデコピン一回ね」
「ひいッ」

21 二人はどこまでの関係?
「………どこまででって……」
「夫婦だよね、すでに。一緒に風呂入ってるし、ふがっ」
「沈め!暗黒面に沈め!」

22 初デートはどこへ?
「デートらしいデートっていやこないだふたりで秋葉原行ったかなー。東ちゃんが新発売のエロゲと声優が唄うアニソンCD欲しいって言って……東ちゃんすっげえご機嫌だったね、電車の中じゃあ緊張してたけど秋葉原に着くなり素にもどって弾けまくって……そういや18禁の同人誌も紙袋一杯たんまり買い込んで」
「違う!!あっ、あれはまりろんちゃんに頼まれたんですよ後で郵送してほしいってぼくが読むんじゃないですよ滅相もないっ」

23 その時の二人の雰囲気は?
「いいかんじだったよねー?」
「……まあ、そういうことにしときましょう」

24 その時どこまで進んだ?
「ずっと手えつないでた」
「……メイド喫茶の机の下で足絡めてくるのやめてくださいよ……絶対誤解された……メイドさんこっち見てひそひそ言ってたし……」
「誤解じゃなくね?」
「もうあのお店行けません。小金井さんのせいです」
「ごめん。俺、メイドになろうか」
「既に家政夫みたいなもんじゃないですか」

25 行きたいデートコースを教えて下さい。
「えーと……こないだは付き合ってもらったから今度は小金井さんが行きたいとこでいいですよ」
「マジ!?マジで!?俺ずっと東ちゃんと行きたいと思ってたとこあんだよね、うわー超たのしみ!まず渋谷行ってマルキューで買い物して東ちゃんコーディネートして洋楽CD見て、それから映画行って……あ、そだ、クロムハーツの新作ドッグプレート出てるからチェックしねえと。近くに美味い中華料理の店あっからそこで北京ダックと酢豚と飲茶と杏仁豆腐食って~……東ちゃん渋谷はじめてだよね?ハチ公の前で記念写真とろうよ、ハチはさんでふたりでハイチーズ」
「ごめんなさい、想像しただけで胃が……あいてて」

26 付き合って良かったと思う時は?
「美味しいご飯作ってもらった時ですね」
「たくさんありすぎて数え切れねー」

27 別れたいと思った事ある?
「今んとこなし」
「……夜中はひとりもっふりエロゲに耽りたいのに小金井さんが無理矢理ねだってくるから集中してゲームできない……」
「東ちゃん割と俺の扱い酷いよね」

28 相手のことをどれくらい好きですか?
「一生専属のヒモでいたいくらいには」
「……ザクの次くらいには……」

29 では、愛してる?
「もち」
「………………」
「あいしてますかー?リピートアフターミー」
「あい……きゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」

30 言われると弱い相手の一言は?
「………東ちゃんて笑うと可愛いねとか……牛肉買おうよとか……」
「ふあっ、や、首弱いんだからあんまりさわんないで」
「言われると弱い一言じゃなくてぼくの弱いとこ暴露してどうする気ですか、むしろどうしたいんですか!?」

31 浮気を許せる?
「アニメキャラ限定で」
「浮気……小金井さんが浮気……それはいやだけどでも仕方ないかな、ぼくなんかこんなうじうじじめじめネクラで後ろ向きな性格で愛想尽かされても自業自得だし世の中にはもっと素敵な女の人が沢山いてそっちのほうがずっと小金井さんと釣りあうし、そもそもぼくと小金井さんじゃザクとエクシアくらいスペックに差があるから一緒に歩くのも気後れするし、一緒にいてくれるだけでもったいないような人だから浮気も仕方ないかなって……痛ッ!?」
「ぼくなんかって言ったからデコピン一回。俺は東ちゃんだから一緒にいんの。浮気なんてザクに誓ってしません」

32 浮気しそうな時はどんな時?
「東ちゃんがゲームばっかで構ってくんないと浮気しちゃうかもなー?」
「その手はくいませんよ」

33 相手がデートに1時間遅れた! どうする?
「一時間くらいどうってことねーし待つよ。ケータイしてたらあっというまじゃん」
「DSポータブルで時間潰します」 

34 相手の身体の一部で一番好きなのは何処ですか?
「全部って言いたいとこだけどあえてしぼるなら目かな。うるうるしててすげえ保護欲くすぐる」
「……手かな……大きくて、さわってもらうと安心する」

35 相手の色っぽい仕種ってどんなの?
「眼鏡はずすと不安げにきょろきょろして俯くんだよね。その様子が、こう、くる。いじめたくなる」
「いじめないでください。小金井さんの色っぽい仕草……ええと……髪かきあげるとき、よそ見しながら頬杖つくとき、足の爪を切るとき無意識に目を細めるのも……」
「よく見てるね東ちゃん……」
「い、一緒に住んでるんだから当然です……」

36 二人でいてドキっとするのはどんな時?
「いつも。いつでも」
「不意打ちで抱きつかれるとドキッとします」

37 相手を泣かせた事ある?どんな時?
「黙っていなくなってごめんなさい」
「もうしないでください」

38 何をしている時が一番幸せ?
「ゲーム漫画チャットフィギュア作りなど非生産的なサブカル活動に励んでる時が一番人生充実してるっていうか幸せを感じます」
「そんな東ちゃんを頬杖ついて横で見守ってる時『あー俺いま幸せだなー』って思う」

39 喧嘩をしたことが有りますか?
「こないだはなんだっけ、もやしの値段で喧嘩したよね」
「一番新しいのは小金井さんがうっかりセーブし忘れてぼくがやったドラクエ9のデータ消しちゃったのが原因じゃないですか!」 

40 どうやって仲直りするの?
「大抵俺から謝る。……それか布団の中で」
「もういいから、あんた黙れ」
「押入れや便所や風呂場にひきこもったらノックして入っていいか確認とって、そっと入っていって、拒絶されないかな?どうかな?って空気読んでから後ろからぎゅって抱きしめんの。そンで仲直り」
「言うなよ……もー」

41 生まれ変わっても恋人になりたい?
「あと十回転生しても添い遂げたいな」
「ぼくはせいぜい三回でいいです」 

42 愛しいと感じるのはどんな時?
「一緒に歩く時……はぐれないようにって俺の服の端掴んでくるんだよね。可愛い」
「一緒に歩く時、さりげなく歩調を合わせてくれたり、待っててくれたり……そういう気遣いには感謝してるし、やっぱすごく嬉しいです」

43 愛されていると感じるのはどんな時?
「………朝起きたら小金井さんが隣にいて……ぼくの顔じっと見てたり、腕枕してたり……バイト帰りに都まんじゅうお土産に買ってきてくれたり、エヴァのチケット予約して買ってきてくれたり、そういうのはこんなぼくでも……愛されてるって自信もっていいのかなって、ちょっと思います」
「俺のために車で突っ込んできてくれた時は愛を実感したね!」

44 不安になるのはどんな時?
「小金井さんは色々無茶やるから心配です」
「反省します」

45 貴方の愛の表現方法はどんなの?
「ハグ・キス・セックス、スキンシップ」
「死ねばいいのに」

46 二人の間に隠し事はある?
「ねーよ。あ、でも前付き合ってた女の事は微妙に秘密か」
「とりあえず二重仕掛け本棚の後ろに入ってる18禁エロリ同人誌の存在は気付かれてないはず……」

47 貴方のコンプレックスは何?
「全部です」
「言い切るとは男らしいね」
「少しはマシになったんですけど……」
「俺のおかげ?」
「はいはい」

48 ライバルが現れたらどうする?
「東ちゃんが好きって気持ちで他のヤツに敗けるわけねーし、実力で追っ払うだけ」
「……おっかないけど……ほんとはぼくなんか身を引いた方がいいのかもしれないけど……ごめんなさい、それでもやっぱりこんなどうしようもない小金井さんが大好きなんです」

49 独占欲は強い?どんな時に焼きもち妬く?
「またお兄さんからメール?」
「またララさんからメールですか?」

50 貴方にとって愛って何?
「東ちゃんの事!」
「意味わかりませんて……」

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010206172201 | 編集

090329_1506~01 (1)
ノコさまからいただいた「小金井は八王子に恋してる」完結記念イラスト第一弾、小金井×東です。
うわーああああああ東可愛いーーーーー作者の想像以上の美少年でたまげました、すごいです、小金井がまた色っぽくて見るからにたらしですごくツボ……!!涙をすくうシーンに萌え死にました!!
近い!近いよ距離が!メガネをもつ手がエロスだ!
090329_1455~01
第二弾、体は男心は腐女子=極道魔法使いまり☆ろんとサポーター東。
裸ネクタイに背広は冗談だったんですが忠実に再現してくださって嬉しいのと一抹の罪悪感とで作者が大変です。東可愛いな……背広をぎゅっと握る手が母性本能くすぐりますな!

ハイテンションですいません。お見苦しいところをお目にかけました。
ノコさま大変素晴らしいイラストありがとうございました!

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010206172200 | 編集

307730362.jpg
「東ちゃん早く出てよ、朝ションしたい」
「ぼくはゆっくりトイレもできないんですか!」
右手さまから頂いた「小金井は八王子に恋してる」の東。ボクサーパンツシリーズです。
東は絶滅危惧種な白ブリーフかと思ってましたがボクサーも捨てがたいですね!
眼鏡を外すポーズに萌えます。

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小金井は八王子に恋してる | コメント(-) | 20010206172159 | 編集
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