ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

関連記事 [スポンサー広告]
スポンサー広告 | コメント(-) | ------------ | 編集

 ブラック会社につとめている鈴木一郎は限界だった。
 というわけで、横領して逃亡した。

 「ざけんなワレッ、いてもうたるどッ!!」
 鈴木一郎の最大の不幸は鉄砲玉とおなじエレベーターに乗り合わせたことだろう。
 人生を左右する重大局面において致命的なドジを踏んだ一郎は、鞄を抱えて角ににじり寄り、とことんツイてない自分を嘆く。
 鈴木一郎はその名が象徴するとおり平々凡々な人生をおくってきた。
 父親は会社員、母親は専業主婦。
 長男だから一郎という、由来を知って脱力した安易安直なネーミング。
 日本人の代表的姓鈴木と、推敲の手間を放棄してわかりやすさに特化した名前の組み合わせをネタに子供の頃からさんざんからかわれ、ややもすると優柔不断で自己主張ができない性格になってしまったが、普通すぎてむしろ個性的な名前の他は容姿・頭脳、全てにおいて可も不可もない中庸路線を極めている。
 けっして裕福ではないまでも安定した収入のある中流家庭に生まれ育ち、地元の小中校を経てそこそこの高校からまあまあの大学へ進み、世間様に恥じる程の欠点もない代わり自慢できる点も見当たらぬパッとしない人生を歩んできた彼の悩み事といえば、履歴書だ。
 履歴書の賞罰、趣味特技備考欄は書くことに困る。
 読書感想文で表彰されたことも学校中の窓ガラスを叩き割って停学くらったこともない。
 理由なき反抗や青春の勲章とは無縁に、ばっさり切ってしまえば安全第一のつまらない生き方をしてきたせいで、履歴書が非常にそっけない仕上がりになってしまうのが常に悩みのタネだ。今の会社に提出する際もやたらと余白が目立つ用紙と睨み合い、さすがにこれじゃまずかろうと一時間ばかり悩んだすえにボールペンを舐め、趣味の欄に「人間観察」と申し訳につけたした。
 履歴書の余白を埋めたい一心で人間観察を趣味にこじつけた一郎の目から見ても、おなじエレベーターに乗り合わせた男が堅気じゃないことはよくわかる。
 「おうなんじゃないそのつらは、お口チャックでだんまりか。おどれは塗り壁か?そうやってぬぼっと突っ立ってガン利かせて、タッパだけで勝うたつもりか?」
 むしろ一方的にガンつけてるのではと、突っ込みたいのをぐっとこらえる。
 黒い光沢放つ地に絢爛な金糸で虎を刺繍した今時はそれはどうだろうという派手派手しい革ジャン、逆立つ髪は日本人にはありえない金色、黄色いサングラスごしの双眸は気性の激しさを映して険悪に吊りあがる。とどめとばかり、胸元には二連の極太チェーンネックレスがじゃらつく。
 チンピラだ。
 チンピラは大層怒っている。
 原因は眼前に聳え立つ。
 「……シカトかい。関西人とは話もできんちゅうんか」
 とぐろ巻く気炎を吐き、沸々滾りたつ怒りに獰猛極まる笑みを剥く。
 一番遠い角に避難した一郎には革ジャンの背中しか見えないが、大口かっぴろげて牙を剥く猛虎の迫力にたじろぐ。
 「どうあっても通さん言うんなら……」
 続く展開を予期し、一郎はひっと耳を塞ぐ。
 「力づくでぶち破ったるわ!」
 厚い靴底が扉にぶちあたる。
 どう見ても堅気ではない。
 そもそもエレベーターの扉に喧嘩を売ってる時点でまともな人間の範疇から外れるだろう。
 があん、があん。
 間延びした轟音が棺を縦にしたような直方体の空間にけたたましく反響する。
 靴底で激しく扉を蹴り穿ち、訛りまくりの関西弁でがなりたてる。
 「エレベーターの分際で勝手にとまりよってボケカスが、お客さまを目的地まですみやかにお連れするんが仕事ちゃうんかい、それを何やチ―ンも言わずだんまりかい!?阿呆くさ、こんなムダな時間食いよるんやったら階段使うんやったわ、そっちのが確実やんけ!エレベーターならぴんぽんぱーんであっちゅうまにイける思て乗り込んだんが間違いやった、詐欺ちゃうかこれ」
 ごつい靴でたてつづけに蹴りつける。
 厚い靴底が扉の表面と激突、轟音と振動が狭い空間に響く。
 そのつど一郎は首を竦め、懐の鞄を抱く。
 「おどれがそのつもりなら考えあるでぇ、死んだ旦那に操を立てる未亡人の如くぴっちり閉じた股ぐら力づくで開けたるわい、言うとくけど容赦せえへんぞ、俺の太いのでおどれの秘密の扉を奥の奥までこじ開けて全てを暴いたる、淑女ぶってもあかんで、おどれが誰彼かまわず股おっぴらく淫乱てとうにネタ割れとんじゃい……」
 ぜぃぜぃ息を切らしつつチンピラがドアを蹴りつけるたび縦揺れが襲い、三半規管が攪拌され眩暈に酔う。
 
 なんで俺がこんな目に。
 人生が懸かってる大事な時に。

 若者は完全にまわりが見えなくなってる。
 サングラスに隠れた顔の造作は不明だが、がんがん狂ったようにドアを蹴りつける剣幕からは鉄火肌の気質が窺える。おそらく、非常にキレやすい性格なのだろう。
 このままではドアを破壊しかねない。
 蹴り続けるうちにスイッチが入ったか、暴力の熱狂に酔った若者は狂気の哄笑を発し、ぐっと膝を撓めて渾身の一撃を放つ。
 「フィストキックじゃあ!!」
 「あ、あの、あのなーきみ」
 刺激せぬようびくつきつつ、棒読みで呼びかける。
 関わりたくないのが心底からの本音だが、1メートルと離れてないのではそうもいくまい。
 なによりこのまま暴れられたら警備員が来てしまう。
 トラブルに巻き込まれ時間をくうのは避けたい。
 一郎は今、罪を犯して逃げる途中なのだから。
 「……悪いけど、静かにしてくれないか。人の迷惑だ」
 顔色をうかがいつつ遠慮がちに言う。
 斜に構えて振り返り、生意気なサラリーマンをねめつける。
 「他人て、具体的に」
 「え」
 「エレベーターは宙ぶらりん。ドアは開かん。騒音に迷惑する他人がどこにおる」
 わざとらしく手庇を作り見回すチンピラに対し、小首を傾げ自信なさげに呟く。
 「俺?とか……」
 「疑問形かい」
 体ごと向き直ってサングラスをちょいとずらす。
 レンズのむこうから覗く目は酷薄の一言に尽きる。
 「うるさいか、俺は。ジャマか?」
 「エレベーターが故障した時はじっとしてたほうがいいぞ……このビル電気系統がいかれてるみたいでさ、時々止まるんだ。五分くらいで直るけど」
 「前にもあったんかい」
 こくこく首を振る。
 急激に殺気が萎み、怪訝そうな表情が取って代わる。
 「―ちゅーか、あんさん、いつからおった」  
 「最初からいたけど……」
 「何階から乗った」
 答えようとして、口を噤む。
 「なんや?言えへんのか?」
 このがさつな若者が、あのブラック会社と関係あるはずないとおもいたいが……

 悶々と打算が渦巻く。
 悶々と疑心が苛む。

 早くも胃が痛くなってきた。
 鈴木一郎は真面目で保守的でつまらない男だ。
 周囲にさんざんそう言われてきたし、自分でもそう思う。
 よくいえば無難、悪くいえば凡庸。
 大学生の頃までは自分はきっとそこそこの会社に就職し、そこそこの人と結婚してそこそそこの家庭を築くんだろうなあと将来設計ともつかぬ漠然さで想像していた。
 そして当時、一郎が漠然と思い描いた「将来起こり得るかもしれないもしもリスト」のどこにも、「他人とエレベーターに閉じ込められ取り残される」というドラマティックな項目はなかった。一郎が暇つぶしに作成した「もしもリスト」で一番意外性ある項目は、「お年玉つき年賀状で一万円あたる」。せめて十万円ぐらいは夢を見ればいいのに、せこい。
 嵐が凪ぐ。
 暴れ続けて体力を消耗したのか単純に飽きたのか、最後に一蹴り見舞うや一郎へと興味を移す。
 「あんさん、このビルの人間か」
 まずい。
 大股でこちらに引き返してくるや、正面にどっかと胡坐をかく。
 「ものごっつ痺れたわ。あいつ強情じゃ」
 「はあ……」
 「蹴っても殴ってもよう反応せん。不感症じゃ」
 淫乱よばわりの次は不感症か。どっちだ。
 「お互い災難やな、こんなエレベーターに乗ってもうたばっかりに」
 「まさか止まるなんて」
 「セイテンノヘキレキ」
 痺れた足をさすりつつ舌を打つ。
 「むずかしい言葉知ってるじゃないか」
 「泣かすぞ、ワレ。ガキかて知っとるわいヘキレキぐらい、常識じゃ。関西人がエレキしか知らん思たら大違いやぞ」
 感心する一郎にガンをつける。
 修羅場をくぐった目つきの迫力に、おもわず懐のバッグを抱き直す。
 ドアを蹴っても足を痛めるだけと遅ればせながら悟ったか、無反応の相手につっかかるのに飽きたか。
 隅っこに縮こまった一郎をロックオンし、ぶっきらぼうに話をふる。
 「いつ動く」 
 「さあ……なるべく早いといいけど。わからないな」
 「しゃあない、待つか」
 「すぐ再開するさ。エレベーターがこなかったら待ってる人が騒ぐだろうし……」
 希望的観測を口にし、四角い天井を仰ぐ。
 一郎の視線をおって天井を仰ぎ、名前も知らぬ若者は言う。
 「ボロいビルさかいガタきとんのか」
 「テナント料もすごく安い。四階と七階は空きだし……電気も点いたり消えたりで、口が悪い近所の人は幽霊ビルって呼んでる」
 「やっぱこのビルのもんか」
 やってしまった。
 動揺を見抜き、してやったりとほくそえむ。
 「水臭いで、隠す事あらへん。俺もここに用があるんや」
 「関西人……大阪?」
 「ただ待っとんのも暇さかい、おしゃべりしよか」
 フレームに指をひっかけサングラスを前傾、一郎を見る。
 「青は競歩で黄色は走る、赤は猛ダッシュ」 
 「は?」
 「さてなんや」
 若者の目が挑戦的に光る。
 一郎は考え、おそるおそる言う。
 「信号、か?」
 「ピンポン。冴えとんで、あんさん。大阪の人間はせかせか歩く。皆で渡れば怖くない、もとい、おどれ負けるかワイ先じゃ。ほなヨーイドン、チキンレースのはじまりや。東京もんはお上品やな、青に変わるまでちゃんと待っとる。ツンとすましてヤなかんじ」
 「それがマナーだ」
 「マナーがなんぼのマネーになるっちゅうねん、信号ちかちかはいざ勝負の合図やろ、血が滾らんかい?」
 「パドック入りした競走馬じゃなし……関西人こそ血の気が多すぎだ」
 「東京入りしてびっくらこいたわ、ドア開いてひと降りるまで電車乗らんと待っとんのな。大阪はおしくらまんじゅうやで」
 「やっぱり大阪か」
 「格好見てわからんかい」
 若者が笑い、身をよじってジャンパーの背中を示す。
 一郎は素直に頷く。
 「ファッションがけばけばしいからそうじゃないかとおもった」
 「ちゃうわアホ。虎や。虎といえばなんや?―阪神じゃ」
 気分を害し、背中の虎を叩いてアピールする。注目点はそこか。
 とりあえず無難な感想を口にする。
 「………かっこいい革ジャンだな」
 「せやろ?アメリカ村で買うたんや」
 誇らしげに胸を張る。
 次の瞬間、声が凄味を含む。
 「……で、どの球団贔屓じゃ」
 巨人だと答えたら利発小坊主の逸話よろしく、実体伴って具現した背中の虎に噛み殺されそうな雰囲気。
 というか、「阪神以外の球団あげたらどたまいてもうたるど」と顔にでかでか書いてある。
 「野球は興味なくて……」
 曖昧に言葉を濁し、俯く。
 「はあ?」と素っ頓狂な声をだし、ぎょろ目をひん剥く。
 「日本人に生まれて野球に興味ないてつまらんやっちゃのう」
 余計なお世話だ。
 どうせつまらない人間だ。
 己を卑下し落ち込む一郎をよそに、若者はドアを睨んで呟く。
 「バースがおったら一撃で吹っ飛ばしてくれるんやけど」
 「ぶつかったら危ない。というか君バースの現役知らないだろ、まだ生まれてもないよ」
 「ほならあんさんは知っとんのか?」
 「知らないけど……」
 「バースの破壊力ナマで見たことないくせにほざくなや」
 「待て、いつバースを侮辱した?」
 「バースの棍棒じゃドアのおかちめんこぶち破れん言うたやんけ、今」
 「エレベーターの中で長くて固いものをぶん回すのは感心しないって言ったんだ」
 「せやけど今ここにバースの使たバッドがあったら振るやろ?ファン心理として」
 「振らない。人巻き込んで怪我させたら大変だ、気持ちはわかるけどエレベーターでぶん回すなんて非常識な自殺行為」
 「かあっ!!」
 痰を吐く真似をし、次第に熱くなりつつある一郎の主張を遮る。
 「もしもの話しとんのに安全面の是非論じられても困るがな。そもそもドア開かん前提なのに、どないして屋上でて素振りするんや?」  
 「あ」
 盲点だった。
 「バッドでぶち破らんでも開けば苦労せんわ」
 あほくさと片手をひらつかせる。
 「これさかい頭でっかちはつきあいきれん。せやけど妙にバースに詳しいな」
 「俺はよく知らないけど親父がファンで……」
 「先言いや」
 一転、砕顔。
 どうやら親が阪神ファンなら子もファンという刷り込みがなされてる模様だ。
 一郎の父親はあくまでバースファンであって阪神という球団自体のファンではないのだが、延命措置としてとぼけつづける。
 関西人のタイガース信仰はやっぱり異常だ。
 こっそり胸なでおろす一郎だが、一方で若者の感情の起伏の激しさ、躁鬱の振れ幅の大きさを危ぶむ。
 こいつは危険だ、近寄らないほうがいい。
 今、自分がなすべきことに優先順位をつける。
 まず真っ先にすべきはバッグの死守。
 さりげなくバッグを庇いつつ、すこぶる上機嫌な若者を観察する。
 一郎もまた阪神ファンと思い込み、「今年の阪神は絶対優勝すんでなんたって監督が真弓や今までとは一味ちゃう」と熱弁する顔は生き生き輝いて、屈託ない。
 さっきまでの刺々しさが嘘のようだ。
 関西人を味方につけたきゃ阪神ファンと自己表明し、巨人はクズと罵れという関西出身の友人のアドバイスに当時は笑ったが、あながち冗談でもなかったのかと思い直す。
 楽しそうな若者と反比例し、一郎の表情は強張っていく。
 なまかじりの野球知識しか持たぬ故、おもに「そうか」「そうだね」「そのとおり」の三段活用に頼りきり、当たり障りない半笑いで場を濁す一郎に対し、若者が目を細める。
 「時間は大丈夫か」
 「え?」
 「そのなり、会社員やろ。仕事とか、はよでんと困るんちゃうか」  
 スーツ姿の一郎を見つめる目は胡散臭い。
 「あ?え、違う、もう帰りだから。どうせこのあと仕事ないし、だから俺はいいんだけどさ」
 慌てて首を振り釈明する。若者はついと指を上げる。
 「さっきから気になっとんのやけど、そのバッグ」
 凍りつく。
 一瞬、思考が停止する。
 「パンパンやな。なに入っとるんや」
 咄嗟に嘘をつく。
 「……下着とか……靴下とか……着替えとか歯磨きとか、お泊りセット一式」
 「会社に寝泊りかい?大変やな、社会人も」
 「まあ、な、らくじゃないさ。不況だ派遣切りだで人件費削減したぶん一人あたりの仕事量は増えてるから、徹夜で残業しなきゃ納期に間に合わないのさ。やっと仕事が終わって、さあ思う存分寝だめするぞってエレベーターに乗ったんだけど……はは、調子くるうよ全く」
 「ドライアイには気ぃつけや」
 ぎりぎりセーフ。なんとかごまかしとおせた。
 若者は一郎の言葉を疑う事なく、同情する。
 沈黙が漂う。五分が経つ。
 「……まだかいな」
 「まだだ」
 「とうに五分たったで。五分たったら動きだすんちゃうんか」
 「あくまで目安だからきっかりってわけには……なにかトラブってるのかもしれない」
 行儀悪く片膝立て、人さし指で床を叩いてリズムをとる。
 かつかつかつ。
 かっかっかっ……かかっ。
 リズムが乱れ舌打ちがまじる。ひしひしプレッシャーが募り行く。
 低くこもった空調の音が機械的に響き、沈黙に重圧を上乗せする。
 時間の経過と苛立ちの加速に伴い、床を叩く間隔が性急に狭まっていく。
 ピックで調弦するギタリストの如く床を爪弾き、胡乱な半眼で命じる。
 「おもろい話せえ」
 思わず聞き返す。
 「俺が?」
 「あんさん以外にだれがおる」
 「え……いや、俺話つまんないから。面白くないよ」
 「んなのしてみなわからんやろが、やるまえから弱気んなるな。うじうじおどおどけったくそ悪い男やのー。暇つぶしになりゃええんや、こっちは。吉本のプロ芸人やなし、山あり谷ありオチありの三拍子なんぞ求めてへんわ」
 一郎はがちがちに緊張する。若者はどんどん不機嫌になっていく。
 イライラと危険な雰囲気。
 若者はじっとしてるのがねっから苦手な性分らしい。
 口を閉ざしてられるのは五秒が限界と来た。 
 不興を買って殴り倒されても困る。
 「……あんまり期待しないでくれよ」 
 若者の要求をしぶしぶ承諾、念を押す。若者が「おう」とうけあう。
 軽く咳払いし、口を開く。
 「こないだコンビニ行ったんだ」
 「ほんで」 
 「煙草と週刊誌買って来いって言われて……俺、会社で一番年が若くて日が浅いから、上司や先輩にあちこちパシらされるんだ。で、この先にあるコンビニにとんでった。昼食のサンドイッチと一緒に言われたもの買って、店をぶらり一周してからでようとおもったんだけど、レジで会計中思いがけない事がおきた」
 スーツのポケットから一枚の紙片を引っ張り出し、丁寧に皺を伸ばす。
 若者の鼻先にかざす。
 「合計777円」
 「………で?」
 「すごくね?777円。ゾロ目。キリ番だよ。パチンコだったらラッキーセブン大当たり。奇跡だ。ご利益あっかなーと思ってさ、記念に持ってきた」
 「オチはどこや?」
 「レシート7並び……」
 「おどれだけがおもろい話か!!」
 キレた。
 「だから面白くないて言ったじゃないか」
 一郎の胸ぐらを力任せに揺さぶりつつ、本場のお笑いを知る若者は吠え猛る。
 「ヤマなしオチなしイミなしでも許す、素人ならしゃあない、せやけどおどれは客を喜ばそういう肝心のサービス精神がまるきり欠けとる、笑いなめとんのかい!?なんやその棒読み、なんやそのアクションの少なさ、間のとり方まだるっこしいわ、もちっと緩急テンポよく引っ張るとこは引っ張ってオチならオチで強調せんかい!あかん全然ダメやなんば花月から出直してこい、吉本入りなんぞ十年早いわ、第一オチ弱すぎじゃ!!」 
 「ヤマなしオチなしイミなしでも許すって言ったじゃないか!?俺吉本入んねーし」
 「じゃかましボケ、口答えすな!ヤマのない話に山場を作る、オチのないネタにオチつける、それが芸人魂ちゅうもんや!ヤマもオチもなかったらこじつけい、そんくらいちと考えりゃわかるやろ、俺はテキトーに茶ぁ濁して守りに入る芸人が大嫌いなんじゃ!!」
 「あっ、返せ!」
 隙をついてひったくったレシートをためつすがめつ、意地悪く嘲笑う。
 「皺くちゃで汚いのう。どれ、日付……一週間も前やん。一週間も前に貰たレシート後生大事にとっとんのかい、みみっちいのー」
 「ほっといてくれ、くじ運からっきしの俺にとっちゃゾロ目レシートはお年玉付き年賀状なみの価値があるんだ!」
 レシートをぴんと弾いて豪快に笑う若者に食ってかかる。
 売り言葉に買い言葉、若者への恐れや怯えを馬鹿にされた憤りが上回って自制をなくし、レシートを取り上げてくるくる回すその腕を強く掴む。
 「しかしわからん。パチンコやルーレットならわかるけどレシートで7がならんでそこまで幸せになれるなんて、どんだけ福と縁の薄い人生おくってきたんや?おどれの懐に金が入るわけでもないのに、けったいなやっちゃ」 
 「夢とかロマンとか!そういう概念聞いたことないか!?」
 「夢とロマンで腹ふくれるか、こんなシケたレシート一枚に幸せみいだすくらいなら風俗行くわ。ええで大阪の子は、東京と違て愛想が売りでみな可愛い。東京の風俗嬢はお高くとまって好かん、まあそのお高くとまった口に俺のバッドしゃぶらすんも一興……」
 「「っ!?」」
 ゴトン、なにか固いものが落下する。
 視界がぐらつき、次の瞬間、縺れ合ってすっ転ぶ。
 若者の胸にすがって目を回す一郎は、いつのまにか懐が軽くなってることに気付き、泡を食う。 
 「バッグ―……!」
 慌てて見回す。あった、すぐそこだ。
 揉み合いの最中、片手で抱いてたのを落としてしまった。
 素早く這いよるもバッグのそばに落ちた黒い鉄の塊に気付き、血の気が引く。
 拳銃。
 「………見たな」
 地の底から沸くような、声。
 「見よったな」
 革ジャンの内側に隠していた拳銃を目撃され、迅速に跳ね起きるやサングラスを取り払う。
 外気に晒された双眸が殺気にぎらつく。

 どうしてこんなところに拳銃が。
 どうして拳銃なんか持ってる。

 脳裏で膨らむ疑問の嵐。心拍数が急上昇し喉が渇く。
 落ち着け鈴木一郎、ひとまずバッグの確保を最優先―……
 「させるか!」
 震える手をバッグに伸ばした一郎の行動をなんと誤解したか形相が豹変、床を蹴ってとびかかる。若者の位置からは、拳銃に手をのばしたように見えたのだろう。
 足を払われ体ごと視界が旋回、天井が映る、暗くなる、したたかぶつけた肘と背中が痛む。
 「違う、バッグ拾おうとしただけ―」
 なんて不運なんだ俺は、エレベーターで狂犬とでくわすなんて。
 弁解もろくにさせてもらえず力づくで組み伏せられる、床に後頭部が激突し鈍器で殴られたかと思うほどの激痛が響く、打撲の痛みに呻く一方手探りでバッグを追い求める、あった!手がバッグに届く、掴む、引き戻す。
 「おどれの心配よりバッグの心配とは余裕やな」
 若者が舌打ち、苛立たしげに一郎の手を払う。そのはずみにジッパーをひきさげてしまう。
 ばさばさと、大量の紙束が羽ばたきなだれおちる音に若者が耳をそばだてる。
 ……―チェックメイト。
 「………なんじゃ、これ」
 若者の目が床一面にぶち撒かれた紙幣に吸い寄せられる。
 「札束……モノホンの?」
 札束の海に仰向け、企ての頓挫を悟った一郎はきつく目をつぶる。
 転瞬、素晴らしい瞬発力を発揮し若者が動く。
 胸元にぶらつくチェーンネックレスを毟りとるや、一郎を邪険に蹴り転がしうしろを向かせ、手首をまとめて縛り上げる。
 「何するんだ!?」
 「だまっとれ」
 うつ伏せの姿勢でばたつき抗議するも、若者は手慣れた動作で一郎の両手を束ねるや、極太チェーンネックレスできつく縛り上げてしまう。
 金属の鎖が手首に食い込む激痛が混乱と恐怖を呼び招く、体を揺すって手鎖をほどこうと悪戦苦闘する一郎を床に転がすや札束にとびつく、片膝ついておそるおそる一枚を拾い極端に顔を近づけ観察後、製造番号の透かしを確かめて正真正銘の本物と納得、顔が卑しく欲望にぎらつく。
 ざっ、ざっ、ざっ。
 無造作に乱暴に、紙幣をバッグに突っ込んでいく。
 「おい、それは俺の金」
 こらえかね口走れば、一郎の額にめりこむ冷たく固い鉄の感触。
 片膝つき、片手に銃を構えた若者が、床に転がった一郎の額に銃口をつきつける。
 「どうせまともな出所の金ちゃうやろ」 
 銃口に圧力が加わる。眼光に気合負けする。生まれて初めて銃を向けられ、言葉を失う。
 若者は随分喧嘩慣れしているようで、人体の急所を心得ている。
 喧嘩は幼稚園の頃以来の一郎がかなうわけない。
 バッグに金を回収し、銃を引っ込め、ドアの方へと慎重にさがる。
 死と直結した銃口の圧力が取り除かれ、全身が弛緩する。
 「わけ、聞かせてもらおか。レシート小噺よか愉しめそうや」
 交互の手で銃をもてあそび、バッグは膝の上に確保し、にやつく。その口調は脅しをかけるものでも、なれなれしさ全開で野球の話をふってきた時とも違う、サディスティックな愉悦に満ちていた。
 バッグは若者の手に渡った。
 失敗した。ドジ踏んだ。
 階段を使えばよかった。急いでたんだ、早くビルをでたかった、俺のやったことがバレて会社の連中が騒ぎ出す前に。
 早く彼女と落ち合いたい一心で、少しでも時間を短縮したくて、たまたま到着したエレベーターに駆け込んだ……
 「はよ言え」
 若者が銃口を振る。地獄に繋がる銃口の暗さに目が釘付けになる。
 死ぬのは怖い。心底怖い。
 乾ききった唇を一舐め、ぎこちなく口を開く。 
 「横領したんだ、会社の金庫から」
 一郎は平々凡々の人生を踏み外す事になった経緯を吶々と話し始めた。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ

デッド・エンド・リセット | コメント(-) | 20010503004242 | 編集
ブログ内検索
    © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。